白と紅のストラグル
カウンターの側にいたスザクの身体が、弾かれたように跳躍した。
ナイトメアフレーム操縦用のフィットスーツが躍る。
全身の筋肉がしなやかに動き、スザクの身体を加速させる。
殺到。
そして衝突。
きんっ、という音と共に、回式・芥骨の片割れとチェーンソーがぶつかり合った。
散った火花が、一瞬周囲の暗闇を照らす。
――やるな。
一合の激突。
わずかそれだけのやりとりによって、両者の意識がシンクロした。
見た目によらず大した力を持っている。
小さな女の子の割に。
青臭いガキのくせに。
瞬間、スザクの手が後方に引かれた。
同時に突き出される二撃目を当てるために。
きん、きん、きん。
3回、4回、5回…目にも止まらぬ速さで、双剣の刃が交互に繰り出される。
攻速はスザクの方が圧倒的に速い。
短い二振りの剣は、ボクシングのジャブのように突き出せる。
一方のヴィータのリーチは長く、大きく振る必要があった。
加えて、チェーンソーは元々戦闘用のものではない。刀剣や槍――それこそグラーフアイゼンと比べると、圧倒的に使いづらい。
「づぇぇぇやぁっ!」
しかし、チェーンソーは両手持ち。
力はこめやすかった。
「くっ!」
芥骨の攻撃を自分の身体ごと弾かれ、スザクは後方へと飛びすさる。
相当な腕力だ。自分達プロの軍人に匹敵するほどの剛腕である。
加えて、あの立ち振舞い。幼い出で立ちながら、恐らくかなりの戦闘経験を積んできたのだろう。
これは大人の戦士との戦いと考えた方がよさそうだ。
「!」
途端、ヴィータの小柄な身体が肉薄してきた。
猛烈な加速をつけ、今度は逆にスザクの方へと距離を詰める。
否。
狙われたのは彼ではない。
「な…!」
ヴィータのチェーンソーは、背後のかがみに向けて振り下ろされていた。
小柄な少女の一撃が、同じく小柄な少女の顔面を叩き割る。
きん、と。
「卑怯者!」
スザクの罵声が、芥骨の金属音に重なった。
「誰も一騎討ちはしちゃいねー。最初からこっちは1対2のつもりだ」
悪びれた様子もなく、ヴィータは言い放つ。
集団として相手を見ている彼女には、それが当然なのだから。
対して、スザクはヴィータを個人として見ていた。1対1のガチンコバトルのつもりになってしまうのも無理はない。
ならば、強引に一騎討ちに持ち込めばいい。
「下がっててください、かがみさん」
「あ…う、うん…」
横目で彼女の顔を見ながら言うと、スザクはヴィータ目掛けて特攻した。
「ふぅんっ!」
裂帛の気合と共に、怒濤の連続攻撃が打ち込まれる。
それらは、体重の軽いヴィータの身体を少しずつ、後方へと押し出していった。
すなわち、ドアの外へと。
「上等だ!」
決闘がお望みなら、気が済むまで相手になってやる。
そう、命の光がその瞳から消えるまで。
ヴィータは飛行魔法を行使すると、外の道路へと引き下がった。
「なっ!?」
まさかそんなことまでできるとは。
一瞬、スザクの目が見開かれる。
しかし次の瞬間には、再び平静を取り戻し、自身もハカランダの外へと躍り出た。
そう、相手が飛ぼうと関係ない。倒すだけのこと。
「だりゃあぁぁっ!」
雄叫びと共に、ヴィータの一撃が振り下ろされた。
両の芥骨をクロスし、それを受け止める。
相手がチェーンソーを引いたところで、スザクは反撃を試みた。
しかし、ヴィータはそのまま高度を取り、難なく回避。
スザクが舌打ちした。
そして思いっきり跳び上がる。
「つあぁぁぁぁっ!」
右の刃が振りかぶられた。全体重を乗せた、渾身の一撃。
命中精度はこの際抜きだ。当たって砕けろ。
無論、そんな攻撃を黙って食らうヴィータではない。
身をよじり、最低限の動きで回避。
一方のスザクは着地の際、勢いに押されて強く踏み込んでしまった。
そこへ襲い来る第二撃。
強引に左の芥骨を振り上げ、ギリギリの所で防御。
相手が飛べるだけでこんなにやりづらいとは。
あのトウキョウで対峙した紅蓮弐式もまた、このような心地だったのかもしれない。
「スザク…」
入り口付近から響く、消え入るような声。
小刻みに身体を震わせながら、かがみは怯えたような強張った表情で、戦闘を見守っている。
正直、一方的な戦いだ。
スザクの剣はヴィータを捉えることができず虚しく空を切り、反対にヴィータは好きなタイミングで攻撃ができる。
スザクは幼い子供に、完全に流れを掌握されていた。
相手がチェーンソーの使い方を知らないのが唯一の救いだ。
ここまでヴィータは一切チェーンソーを動かしていない。手を抜いているようには見えない以上、素で知らないのだろう。
震えている。
確かに自分の身体が震えている。
誰に対して?
ヴィータだけではない。
スザクに対しても、だった。
あれほど優しかった、穏やかな瞳。
今は鋭く引き締められ、冷たい闘志を放っている。
軍人ならばそれは当然だ。しかし、一般人のかがみには分からない。
彼女も傭兵少年が主役のミリタリー小説を読んだことはある。
しかし、小説の挿し絵は枚数が限られたものだ。おまけに、所詮はイラスト。そこにリアルはない。
戦う者の視線がどんなものかなど、かがみには知る由もなかった。
故に、彼女には区別がつかない。
殺すためのヴィータの視線と、止めるためのスザクの視線の区別が。
どちらも同じ、危険な目。
(ひょっとしたら…)
スザクもまたヴィータと同じ、危険な存在ではないのだろうか?
そんな思考が脳裏に浮かぶ。
異常な存在は、そのまま恐怖へと直結する。
怯えていた。
どうしようもなく恐ろしかった。
他ならぬ恩人のはずの、スザクが。
そんな風に思ってはいけない。必死に理性で否定しようとしても、感情がそれを許さない。
さながら獰猛な獣が爪を振るうように、芥骨を繰り出すスザクが。
自分を守るために、過激なまでの闘気を振り撒く男が。
…守るために?
「ッ!?」
次の瞬間、かがみの目に映ったのは、ヴィータに組み伏せられたスザクの姿だった。
最終更新:2008年02月15日 23:18