「ん……?」

 グレイがこの世界に現れてから二日が経った。
 彼が目覚めたのはベッドの上。それも宿屋にあるような上等なものではなく、どちらかと言うと簡素なものだ。
 しばらくグレイはその場で停止する。どうやら状況を飲み込んだ上で、これからの行動を考えているのだろう。
 この状況になるまでに憶えている事は、エロールによってこの世界に飛ばされたこと。続いて燃え上がる建物の中での戦闘。それからの記憶は無い。
 これがどういう事かを考え、戦闘後に建物から連れ出され、ここに運び込まれたのだと結論付けた。
 あの場にいた中でそれができそうなのは、白服の女、高町なのはただ一人。あの後で誰かが来たのでなければ、なのはに連れ出されたのだろう。
 ふと、近くに来ていた看護婦が気付き、話しかけてきた。

「あら、目が覚めたんですね」

 そう言うと、看護婦がグレイへと歩み寄ってくる。対するグレイは、その看護婦に問い、看護婦もそれに答えた。

「ここはどこだ? 何故俺はここにいる」
「ここですか? ここは聖王医療院です。あなたはミッド臨海空港でモンスターと戦って、その後ここに運び込まれたんですよ」

 実に簡潔な回答。おかげで先程の考えが正しかったと証明された。
 さて、グレイの頭には現在、一つの単語が引っかかっていた。『ミッド臨海空港』という単語である。
 ここで言うミッドとは、おそらく彼の目的地であるミッドチルダ。つまり到着時の状況はともかく、目的地には到達できたという事らしい。
 と、ここで看護婦がグレイに一つ伝言を伝えてきた。

「ああ、そうそう。あなたが目を覚ましたら伝えるように言われていたことがあったんでした。
 目が覚めて、もし動けるようになったら時空管理局本局に来てほしいって、高町教導官からの伝言です」

 ……本局とは一体どこだ?


 Event No.02『高町なのは』


 目覚めてから数日後、グレイが本局ロビーの椅子に座っている。受付の順番待ちである。
 普段から腰に差している古刀は無い。どうやら管理局で預かっているようだ。
 先日の伝言には、本局に来たときに返すとの旨もあった。だから刀を返してもらう意味でもこちらには来る必要があったのである。
 ちなみに他の荷物は病院を出る際に返してもらっている。
 と、そんなことを言っている間にグレイの番が来たようだ。受付カウンターまで移動し、用件を伝える。

「高町教導官という人物に呼ばれて来た。取り次いでくれ」
「高町教導官に……ですか? ただいま確認しますので、少々お待ちください」

 そう言うと受付嬢は通信モニターを開き、なのはへと連絡を取る。
 こう言っては悪いが、いきなり現れてエースオブエースとまで呼ばれるような有名人に呼ばれたといわれても信用するのは難しい。
 待つこと数十秒、モニターの向こうになのはの姿が映った。

「あ、高町教導官。あの実は、教導官に呼ばれたっていう男の人が来ているんですが……」
『男の人? その人って、灰色の長い髪をしてませんでしたか?』
「え? あ、はい。確かにそうでしたけど……」

 その言葉になのはがしばらく考える。対する受付嬢は反応の無くなったなのはに怪訝そうな表情だ。

(もしかして、空港の時のあの人じゃあ……)
「あの……高町教導官?」
『あ、すいません。じゃあ、その人に待合室で待ってるように言ってくれませんか?』

 受付嬢の表情が変わった。本当になのはに呼ばれていたのがそんなに驚くような事なのだろうか?
 とにかく、すぐに了承して通信を切り、グレイにその旨を伝えた。


「遅い……」

 十数分後の待合室。グレイが暇そうな表情でそこにいた。
 近くの本棚から本を取り出して読もうとするも、マルディアスとは文字が違うために読めない。
 かといって剣の練習もこんな狭いところではできないし、術の練習もまた然り。
 それ故に暇潰しすらできずに椅子に座っているほかなかった。他にできる事があるとすれば集気法で回復速度を上げるくらいか。
 と、待合室のドアが開く。そこから現れたのはグレイにとっても見覚えのある女性だった。もっとも今は服装も髪型も違っていたが。

「えっと……怪我の具合はどうですか?」
「見ての通りだ。動ける程度には回復している」

 まずはその女性、なのはがグレイの具合を聞き、それに答えを返す。
 もっとも、動ける程度に回復したら来るよう言われていたので、ここに来ている時点である程度想像はつくのだが。
 それを聞き、なのはがほっとしたような表情を浮かべて礼を言う。

「そうだ、あの時はありがとうございました」

 急に礼を言われ、頭に疑問符を浮かべるグレイ。どうやら例を言われる理由がサッパリらしい。
 どういうことか分からないので、なのはに直接聞くことにしたよう。

「……? 何の事だ?」
「ほら、あの時命がけでモンスターと戦ってたじゃないですか」
「その事か……あそこを出るのにあれが邪魔だっただけだ。感謝されるいわれは無い。
 それより、俺を呼び出して何の用だ、高町教導官?」

 グレイがそう聞くと、なのはの表情が変わる。今までの優しい顔から多少厳しい顔に。

「一つ、あなたにとって重要な話をするために呼びました」


 話は空港火災の日まで遡る。

「なのはちゃん、ちょっと話があるんやけど」
「どうしたの?」

 空港火災の日、そこで指揮を執っていた茶の短髪の女性『八神はやて』がなのはを呼び止めた。
 表情からすると、何か真面目な話題なのだろう。いつになく真剣な顔である。

「まず、これを見てくれへん?」

 そう言ってはやてが出したのは、空港内で確認された何かの反応のデータが映ったモニター。
 それは人間だったりモンスターだったり、あるいは炎だったり色々である。
 少しずつ時間を進めるような形でデータを進め、そしてある所で一時停止をかける。

「……ここや」

 はやてが指差した箇所。その箇所には一秒前まで何の反応も無かった。一秒前までは。
 だが、そこに突如人間一人分の反応が現れた。同じように転移の反応も同時に。
 これが何を意味するか、理解に時間はかからない。

「え? これって、もしかして……」
「せや。転移魔法かそれとも次元漂流者かは分からへんけど、この時間に誰かがここに転移して来てるって事や」

 そのまま再生ボタンを押し、その反応を追う。その反応はどうやら出口を探しながら移動しているようだ。
 移動した軌道上のモンスターの反応は少しずつ減っていっている。その反応の主が倒したのだろうか?
 そしてある程度進んだ時点で再び一時停止。

「そして、この反応がなのはちゃんや」

 そう言いながら、その反応の近くにある別の反応を指差す。どうやらこれがなのはの反応らしい。
 近くには子供一人分の反応と、大物モンスターの反応もある。

「はやてちゃん、これ……」

 なのははすぐに感づいたようだ。その反応の主の正体に。
 そう言ったなのはに対し、はやても頷いて返した。

「これは多分、なのはちゃんが助けた灰色の髪の人の反応やろな」


 そして、その詳細や目的を確かめるためになのはがグレイを呼び出し、今に至るという訳である。

「えっと……」

 そういえばなのははグレイの名を知らない。そのため少し言いよどむ。
 それを察したグレイが、自分の名を名乗った。

「まだ名乗っていなかったな。俺の名はグレイ」
「それじゃあ、グレイさん……ここは、あなたがいた世界ではありません」

 この後の反応はなのはにも予想はできている。おそらく驚くか、あるいは現実を受け入れるのに多少考えるかの二択。
 今までの次元漂流者の場合は、ほぼ全てがそのどちらかだったと、データで見たことがあったし、今まで見てきたのも大抵そうだったからだ。
 だが、グレイの反応はそのどちらでもなかった。

「知っている。ミッドチルダだろう?」

 その事に逆になのはが驚いた。
 ここが異世界だと知っている上で、それで猶ここにいる。それはどういうことか。
 いくつか思い当たる可能性はあるが、直接聞いたほうが早い。もしかしたら犯罪目的で違法に転移を行った可能性もある。
 表情を若干厳しいものに変え、その疑問を口に出した。

「それはどういう事なんですか? 場合によっては、あなたを拘束しなければいけなくなるかもしれません」

 これはどうやら、グレイがエロールから聞かされていた真相を話す必要があるようだ。というより、そうしないと面倒になりそうである。
 意を決し、その真相を話した。


「――――俺が聞かされているのは、それで全部だ」

 その話は、なのはにとっては信じがたい事であった。
 何せ異世界の邪神が復活し始め、完全な復活のための力を蓄えるためにミッドチルダに来ているなどと聞かされても、どう反応すればいいのか分からない。
 だが、グレイの目は嘘をついている目ではない。おそらくは真実なのだろう。

「じゃあ、一人でそのサルーインと戦っているんですか?」

 相手が神だというのなら、一人で戦うのは無謀。なのに一人でいる……という事は、まさか一人で戦っているのだろうか。
 なのははそう思い、グレイへと尋ねる。そして返ってきたのは否定だった。

「いや、仲間があと四人いる。この世界に飛ばされる時に散り散りになったようだがな。
 ……そうだ、時空管理局……だったか? お前達の方で同じように見つけてはいないのか?」

 飛ばされる時に散り散りになった四人の仲間。それがこの世界に来ているのならば、管理局の方で見つけているはず。
 その事に一縷の希望をかけて同じように質問を返すが、なのはから返ってきたのは否定。

「……残念ですけど、あの日に転移してきたのはグレイさんだけでした」
「そうか……分かった」

 やはり落胆しているのだろうか、グレイは声のトーンを幾分落として返す。
 そうして次の瞬間には、席を立った。

「仲間を探す時間は無い。俺はサルーインを探しに行く」

 それはあまりにもいきなりな事。そのせいでなのはは面食らい、のけぞる。
 そのまま椅子ごと後ろに倒れるのを何とか踏みとどまり、何とかグレイを引き止めようとした。
 あても仲間もないのに出発するという自殺行為を止めたいという一心で。

「待ってください! 出発するって言っても、あてはあるんですか?」

 沈黙。
 やはりあては無かったらしい。

「それに、相手は神なんですよね? 一人で戦って勝てる相手なんですか?」

 さらに沈黙。
 「あ、これは絶対無茶だ」という思考が頭を支配しているのだろう。だからといって他の手など思いつかない。
 そういう事を考えていたグレイに対し、なのはがとある提案を持ちかけようとした。

「……グレイさん、管理局に協力する気は『なのはさん!』

 が、急にオペレーターからの通信が入り、中断せざるを得なくなった。

「どうしたんですか?」
『例の海賊たちです! 次元航行艦が一隻襲われました!』

 海賊? この世界にも海賊がいるのだろうか。
 そのような疑問を浮かべるグレイを尻目に、通信で二言三言話したなのはが椅子から立ち上がる。
 そしてグレイへと向け、謝罪の言葉を口にして部屋を飛び出した。

「ごめんなさい、グレイさん! 急ぎの用ができました!
 後で続きを話すので、ここで待っててください!」


 部屋に残されたグレイは、一人考えていた。
 会話の内容からすると、その急ぎの用とは海賊退治だろう。
 ならばある程度役に立つことはできるだろうし、何より待たされるのは御免だ。
 そして結論……なのはに同行し、手を貸す。話の続きは移動中でも可能だろう。
 その結論を出したグレイは、荷物袋から予備として持っていた武器『アイスソード』を取り出し、それを背に負って駆け出した。

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最終更新:2008年02月16日 22:24