白い偽善と紫の勇気


街の片隅。
どこかアンティークな雰囲気漂う、広い部屋。
天井では扇風機がくるくると回り、机の上には一昔前の黒電話。
ドラムとジュークボックスが、この緊迫した殺し合いの場では楽しめないのが残念だ。
ついでにご立派なビリヤードの台まで用意されているが、広大なスペースはそれでもなお余る。

――Devil May Cry。

悪魔は多分泣く、とは一体どういう意味なのだろうか。
ともかくも、そんな風に書かれた真っ赤な看板がある事務所へ、彼女――かがみは転がり込んだ。
すっかり落ち込んでしまった恩人・スザクに連れられて。

ハカランダは、確かに隠れ所としてはいい場所だったろう。
あのままアイスピックなどを拝借できたかもしれないし、ひょっとしたら、探せば食材もあったかもしれない。
しかし、あのままあの場に留まるのは危険だった。
チェーンソーを派手に振り回す幼女との戦いの音は、この静かすぎる街の中ではさぞ周囲に響き渡ったに違いない。
それを聞きつけ、襲ってくる奴も出てくるだろう。
故に、彼女らは急ぎそこを後にした。
たどり着いたのが、この用途不明の変な建物。
事務所、と表現したが、それを示すのは電話の置かれたのと来客用の、2つの机だけ。
広いスペースには他のデスクもなく、いくつかの遊具が置かれているだけ。
部屋の間取りを間違えたとしか思えない。といっても、誰が主かなどは知ったことではないのだが。

「………」

スザクはソファーに座ったまま、俯いて一言も喋らない。
あの幼女の放った言葉は、相当堪えたのだろう。

――矛盾の塊だよ、お前。

――じゃあな偽善者。

それがスザクにいかなる打撃をもたらしたか、かがみには知る由もない。
彼が自分とは別の日本出身で、外国の軍隊でロボットに乗っていて、理想のために努力していた。
知っているのはそれだけだ。そこに何があったのか、かがみは知らない。

「…あの、さ…スザク…」

しかし、彼女は声をかけた。
何も知らずとも、かがみには放ってはおけなかった。
目の前で困っている人がいるというのは、どうにもむずがゆかった。
柊かがみは、そういう人間だった。


ブリタニアを内部から変えたかった。
力で他者を押さえ込む侵略国家を、共存できる優しい国にしたかった。
スザクはそれだけを願い、しかし体制に翻弄され続けた。
最後に彼が見た光――皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアも、今やこの世にはいない。
世界のために戦いたい。しかし振るう刃は、そっくりそのままブリタニアのためのものになる。
彼の矛盾は解消されなかった。
そして今ですら。
殺しのゲームの打破を願う今ですら、自分は偽善者呼ばわりだ。

ヒーローになりたいわけじゃない。
仇敵ゼロへの殺意を抱えた今ならば、それがよく分かる。
自分は、他人に悪い奴になってほしくない。
自分のように人殺しを願ってほしくない。
ただ、それだけ。

そんなささやかな願いですら、届くことはないのだろうか。
どこまで行っても、自分は偽善者なのだろうか。

ならば、自分は何のために戦えばいい?

「あの、さ…スザク…」

かがみの声がかかったのは、その時だった。
スザクが助けた、1つ歳上の少女。大きな紫の瞳が特徴的な少女。

「………」

その声に、スザクは無言で答える。
鬱陶しいとか、そういうわけじゃない。
今はただ、そちらを向いたり声をかけたりする余裕がない。

「確かに、色んな人がいるからさ…スザクのこと、アイツが言うみたいに…偽善者にしか見えない奴も、いるかもしれないわよ」

それでもかがみは言葉を続ける。

「あたしはスザクのこと、何も知らない。もしかしたら…本当に偽善者なのかもしれない…」

どこかためらいがちに続けられる言葉。
一言一言ごとに、文節が切られていく、たどたどしい口調。

「…でも…」

一拍の間。

「…アンタ、あたしを助けてくれたじゃない」

その後に発せられた声は、はっきりと響いた。

「えっ…?」

唐突に発せられた言葉。
思わずスザクの口から声が漏れ、驚きの色をたたえた顔が、かがみの方へと向けられる。
ここに座って初めて、彼は声を発し、表情を出し、身体を動かした。

「確かにアンタのしたことは、見方を変えれば偽善なのかもしれない…でも、その偽善で救われる人もいるのよ」

少なくともかがみはそうだ。
こんな異常事態に放り込まれ、双子の妹とも引き離され、怖くてつらくてわんわん泣いた。
もしスザクがいなければ、あの幼女にも成す術なく殺されていただろう。
もし幼女が来なくとも、スザクに会うことがなければ、それこそ誰も信じられず、結果1人で自滅しただろう。

「あたしは、アンタみたいに力も勇気もない、ただの役立たず…でも、アンタの力と勇気は、人を救える」

そう。
自分を救ったように。
かがみがこうして生きているのが、何よりの証明。

「まともじゃない正義と立派な偽善…どっちが人のためになるかなんて、すぐ分かることじゃない」

だから胸を張れ、と。
あの平穏な学園の日々のように。
ダメダメな級友やドジな妹に向けるように。
世話焼きかがみの笑顔で、そう言った。

「あ…」

スザクはしばし、呆気に取られたような顔で沈黙する。
意外だった。
偽善でいいのだ、と。そんなことを言われたのは初めてだった。
あのユーフェミアも、あくまで自分の行いを「善」だと信じてくれただけ。
そんな風に思われるのも、そんな考え方もあるのだと知ったのも、初めてのことだった。
そして。

「…ありがとうございます、かがみさん」

そうなのかもしれない、と思えた。
いつしかスザクの顔には、初めて2人が会った時の、あの穏やかな笑顔があった。

「――でも」

それでも、彼女の言うことには1つ誤りがある。
そこだけは、きっちりと正しておかねばならない。
故に、スザクは言葉を続けた。

「かがみさんに勇気がない、っていうの…間違ってますからね」
「え?」

今度はかがみが困惑する。

「武器を持たない一般人が殺人者に立ち向かうのは、とても普通じゃできないことです」

思い返されるのは、先ほどの戦闘。
ひどく戦い慣れした幼女のチェーンソーに倒れた自分を、かがみは救ってくれた。
彼女が投げたガラスコップが、今の自分の命を繋いでいる。

「かがみさんの勇気が、僕を救ったんです」

はっきりと。
スザクもまたそう言った。
彼が言った通り、あの時のかがみは、正しく勇者だった。
胸を張るべきは、むしろ彼女の方なのだ。

「あ…えと、あの…」

何だか照れくさくなって、かがみはうろたえる。
ほのかに赤面しながら慌てるその様子は、間違いなく普通の少女のそれだった。
そこに先ほどまでの、壊れかかったかがみの姿はない。
ふっ、とスザクが微笑む。

――ぱんっ。

「「!?」」

しかし、和やかな空気は一瞬にして引き裂かれる。
鋭い銃声は、南の方から響いてきた。
ここは戦場だ。こうした戦闘があって然るべきの場所だ。2人はそれを再認識する。
そして、またも聞こえてくる銃声。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ちゅんっ。
時折跳弾の音が混ざる。

「僕が様子を見てきます」

スザクの行動は素早かった。
戦闘中の連中の動き次第では、この建物すら手離す必要が出てくるかもしれない。
かがみが声をかけるよりも早く、回式・芥骨を掴み、音のする方へと駆け出した。


数分後。
角から顔を出したスザクの視界では。

つるはしを振るう灰色の服の少年と、拳銃を撃つオレンジの髪の少女が戦っていた。


【一日目 現時刻AM1:24】

【E-5 Devil May Cry】
【柊かがみ@なの☆すた】
[状態]健康
[装備]特になし
[道具]支給品一式(500mlペットボトル等)、カイザギア一式(カイザフォン除く)@マスカレード
[思考・状況]
基本 誰も殺したくない。家に帰りたい
1.スザク、1人で行っちゃったけど…あの銃声は一体…
2.勇気がある…あたしが?
3.何にせよ、スザクが立ち直ってよかったわ
4.これでつかさもいれば言うことなしなんだけど…

【E-6 市街地】
【枢木スザク@コードギアス 反目のスバル】
[状態]健康
[装備]回式・芥骨@リリカルスクライド//G.U.
[道具]支給品一式、ランダム支給品0~2個
[思考・状況]
基本 誰にも人殺しをさせず、このゲームを終わらせたい
1.戦っているのはあの2人か…!
2.ありがとう…かがみさん
3.もう迷わない。たとえ偽善だろうと…僕は、自分の信念を貫く!

023 本編投下順 025

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最終更新:2008年02月19日 21:46