エリオと金色の獣
其の一「エリオととら、出会う」
その獣は、何も無い空間を漂っていた。
周り一面奇妙な色で、どれだけ奥行きがあるのか、その向こうに何があるのかも分からなかった。
獣は最初からそこにいたわけではない。
数千年の昔から続く己の影との戦いを終えて一度死に、自身が元いた場所から次元を越えてそこにやって来たのだ。
獣には意思があったが、思考する事はせず、ただぼんやりとそこにいるだけだった。
(わしは……そうか、死んだんだっけな……
てーことは、ここはあの世への道か…)
ぼんやりとした意識の中、獣はそれだけを思い、また考える事を辞めた。
だが、少しすると変な事が起こった。
獣の周りの空間が揺れ始めたのだ。
それはさながら地震のような、波が動く海面のような、奇妙な揺れだった。
(……?)
獣は初め無関心だったが、揺れが大きくなるにつれ、違和感を覚えた。
そして次に獣は、どこが果てとも知れない空間の彼方から、“何か”が来るのを感じ取った。
その“何か”は信じられない速さで近付いて来て、獣を飲み込んだ。
(こりゃあ一体…?)
そこまで考えた後、獣の意識は一旦途絶え、体もその空間から完全に消え去った。
新暦0080年 第61管理世界「スプールス」
自然保護区画
「南地区は異常なし、と。」
「これで今日のパトロールは終了だね、エリオ君。」
「そうだね。早く戻ろうか、キャロ。」
JS事件終了から数年後、自然保護隊に入ったエリオとキャロはそれぞれ十五と十四になり、エリオは凛々しく、キャロは見た目麗しく成長していた。
そんな二人は今、保護区の森林の見回りをして回っていた。
「それじゃあフリード呼ぶね。」
「うん、お願い。……ん?」
エリオはふと見た先の草原に、何か光る物が落ちているのを見つけた。
「なんだろう?」
拾い上げてみると、それは五cm弱の大きさの、菱形を上下に伸ばした感じの形をした金属片だった。
ゴミかとも思ったが、そのまま放置する訳にもいかないので、エリオはとりあえずそれを自分のポケットに入れて戻る事にした。
「エリオ君、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。早くベースキャンプに戻ろう。」
「うん。」
そのままフリードに跨がって、ベースキャンプまで戻って行こうとした二人に、キャロのデバイス―ケリュケイオンが警告を発した。
『マスター、現在位置から南西700mの地点に次元震反応を確認しました。』
「「えっ!?」」
同時に驚く二人。しかしエリオはすぐに冷静になりキャロに指示を出す。
「キャロ、君はタントさんとミラさんの所へ戻って連絡して。僕は現場に向かうから。」
同じ保護隊員のタントとミラは魔導師ではない為、直接伝えに行かねばならない。
「うん。気をつけてねエリオ君。」
少し心配そうに言うキャロ。
「大丈夫だよ。それじゃあ行くよ、ストラーダ。」
『OK。Set Up』
腕時計の形をしていたストラーダが起動し、バリアジャケットと槍が現われた。
『フォルムツヴァイ デューゼンフォルム』
飛行が可能となる第二形態のストラーダを掴み、エリオは高速飛行で目的地へと向かった。
スプールス南西部の森林地帯
「ストラーダ、場所はこの辺りかい?」
デバイスの情報を元に現場に降り立ったエリオは、自分の足で森林を走っていた。
『もう間もなくです、マスター。』
「そう。ところで、生体反応の類いはあるかい?」
『大きな反応が現場と思われる所に一つ確認出来ます。』
「次元遭難者かも知れないな。急ごう。」
『はい、マスター。』
ストラーダとそんな会話をしていると、エリオは少し開けた場所に出た。
そしてエリオはそこにいた物を見て、思わず息を飲んだ。
そこには金色の体毛をした、四mはあろうかという大きな獣が横たわっていたからだ。
体付きは人に近いが、腕一本、否、指先一つにも力が漲っており、その先の爪は鋭くて刃物のようだ。
顔には隈取りのような模様が入っており、それが一層獣の迫力を引き立てている。
獣の体全体から溢れ出す圧倒的な存在感に、エリオは畏れすら感じた。
「う…ぐ……」
不意に獣が声を上げて身を起こし、エリオは反射的にストラーダを構えた。
「ん?……人間か?人間がいるってこたぁ、わしはまだあの世に来てねぇのか。
おい小僧、ここは一体どこだ?」
獣は体を起こすなり、突然エリオに質問をしてきた。
普通こんな生き物が喋りだしたら腰を抜かす所だが、エリオはアルフやザフィーラのような存在を知っていた為、それほど驚く事はなかった。
「ここは第61管理世界、スプールスです。」
「かんりせかい?すぷうるす?おめー何を言ってんだ小僧?」
獣は首を傾げながらそう言った。
「小僧じゃなくて、僕は時空管理局自然保護隊の、エリオ・モンディアルです。
あなたは、誰なんですか?」
エリオは獣に聞き返した。
「わしか?そうだな……今までいろんな名で呼ばれてきたが……やっぱりあれが一番だな。
おい、えりおとか言ったな。」
「は、はい。」
「わしの名前は とら だ。覚えときな。」
こうして、金色の毛を持つ最強の妖怪と、確かな実力を持った若き槍騎士は邂逅を果たした。
続く
最終更新:2008年02月22日 18:38