第二話『憎悪の牙、殺意の爪、我は漆黒の狂嵐』


(彼は、いったい―――)

フェイトは目の前で起きた事に驚愕する他無かった。
ガジェット達から一斉に砲撃をけしかけられそうになった瞬間、突如として現れた謎の民間人らしき青年。
その彼が不可解な構えを取り、大気中の魔力を吸収したかと思えば瞬く間に黒い装甲を文字通り全身に纏った戦士へ生まれ変わったのだから。

余りに荒唐無稽なイレギュラーだ。無茶苦茶にも程がある。
もしかすれば、これは己の夢なのかもしれないと思うくらいだ。
だが、この肌で感じ取れる魔力の昂ぶり。眠りから覚めてしまいそうなくらいの苛烈な闘志。
それが否応無くこれが現実だということを知らしめる。
彼の無骨にただただ鍛え抜かれた四肢は、今では黒の鎧と仮面が纏われており、それに彼が纏う雰囲気からして相当な実力者だという事も理解できた。

それは余りに異様で、恐怖と強壮に塗り固められた見た目であったが、
――彼女には何故か、禍々しくも神々しい『天使』のようだと想起させられた。

ガジェット達が彼の姿を凝視し、機械音を唸らせながらその場で硬直する。
……否、その場で動かぬ彼の身体に向けて光線を撃ち抜く為に確定(ロックオン)しているのだ。
何とかフェイトから狙いが逸らされ安堵の息を付くが、危険だという事には変わりが無い。

むしろ不確定情報が多すぎて、現状の方が危険だと言える。
AMFがギリギリ届かない程に離れている、黒い装甲に身を包んだ彼という存在に関してだ。
もしかすれば管理局の魔導師なのかもしれないが、見た限りではデバイスも無しにあの全身のバリアジャケット…らしきモノを展開できる者など、知る筈も無い。
彼という存在が、フェイトにとって敵であるかそうでないか。彼女は未だその答えを掴む事が出来ないでいた。

そのような不安が過ぎる中、彼が先ほどの構えを解かずして愉快そうに声を発する。

『ハハ――どうした、機械兵器ども。己(オレ)は此処に居るぞ。先ほど其処の女とやってみせたように、掛かって来い』

――その言葉が、引き金となった。
ガジェット達が一斉にその光線を、黒い鎧の男……サンダルフォンに向けて放たれたのだ。
その数はおよそ五十発以上。否、連続で射撃しているのだから、総計で八十に及ぶか否かの境。
まるで壁が押し寄せてくるかのような平面砲撃。放たれた寸前に行動をおこなえば回避できたであろうが、サンダルフォンは尚も笑い声を含ませ、微塵たりとも動く気配がなかった。
むしろ構えを解かずして、悠々と余裕を見せている始末ではないか。
このままでは幾らなんでも只では済むまい。それがフェイトの予想だった。

が。そのような常識的な予想でさえも―――黒天使は覆してしまう。

『破ァァァ――――――奮ッッ!!!』

怒号にも似た裂帛。
それと共に繰り出された正拳突き。
荒れ狂う光の波濤に対するには余りに脆弱そうで小さすぎる攻撃が、その光と重なった瞬間――――轟、という“鈍い音”が聞こえた。
一直線にサンダルフォンに向かって襲い掛かっていった光線が四方に向けて霧散する。
そう……彼は、ただそれだけの行為だけで、幾重にも折り重なり波状と化した閃光を文字通り粉砕したのだ。
しかもそれだけでは飽き足らず、余りに凄絶過ぎる彼の攻撃は、粉砕しても威力が弱まる事を知らず、遥か先にいるガジェット数体を拳圧のみで破壊した。
……幾らなんでも異常過ぎる。尋常じゃないにも程がある。

『ははッ、脆すぎる! 独活(うど)の大木とそう大差も無い』

拳を中空に浮かばせたまま、嘲りを帯びた笑い声を響かせる。
黒い仮面に隠れて表情は一切解らないが……おそらくは、その声と同じように狂った笑みを浮かべていることだろう。
フェイトは、言い様も無い不安に少なからず心が震えた。何なのだろうか。
何故、彼の動向の一つ一つを見るからにして、こうも苛烈で、破滅的で……悲哀に満ちてしまった空虚(ココロ)を感じてしまうのか。

『次は己(オレ)の番だ―――精々、避ける努力くらいはしてくれよ、木偶の棒』

そんな彼女の一抹の不安を余所に、サンダルフォンは背部より、己と同じ色をした鋼鉄の翼が展開。
地面を一蹴りした瞬間、彼の姿が跡形もなく消失する……否、凄まじすぎるスピードで、彼の姿が掻き消えた様に見えただけだ。
その一動作をした数刹那の後、翼(スラスター)から噴出するフレアの爆音が響く。黒い閃光が、廃工場の下で翔けた。
一瞬にして数十体のガジェット等の包囲網の一つを一直線に蹴散らし、十体程のガジェットが跡形もなく爆発していく。

――だが、それでも圧倒的な破壊は終わらない。
彼の進路上に存在しなかったガジェット達も、音速並のスピードで飛翔する黒い閃光―――サンダルフォンに対して反応すら出来ず、その凄まじい風圧(ソニックブーム)の余波で装甲が拉(ひしゃ)げ、軋みを挙げて爆砕した。
今の一瞬で総計、十五のガジェットが塵芥の鉄塊に成り果てる。
それらを一瞥すらせずして一直線に黒光の軌跡を残し飛翔。

向かう先は―――聖者の磔の如く拘束された、フェイトの下へ。


「え……っ!? ちょっと待っ……!!」


余りに唐突過ぎると狼狽えるフェイト。
いくらなんでも、誰とも知らない……味方か敵かも判別も付かないナニかが何の因果も因縁もない筈である彼女の下へ真っ先に向かってくるなど、一体誰が思うだろうか。
が、そんな事など黒天使は構わず、音に迫る速さで翔け抜け―――予想を反して、瞬時に刃の如く抜かれた彼の手刀が、フェイトの両腕を拘束している鋼鉄の腕を切り裂いて、鉄塊へ姿を変えた。

だがそれでも、二度も彼は終わらない。終わりを知らない。
Ⅲ型の腕から半ば強引に開放されたフェイトは重力の法則に従い落ちる。その刹那、数秒に至るか否かの瞬く間に彼女は見た。
音に迫る程の速さを魅せたサンダルフォンは、慣性の法則を歪み曲げるように急停止。
行き場の無い速度という力の束を、身体ごと独楽の様に回転させ流動。行き場の無い筈の力の波に指向性を持たせ、地中に埋まっているであろう本体に向けて、あろう事か“踵落とし”を繰り出したのだ。


『牙ァァァァ――――――劫(ごう)ッッ!!!』


再度、裂帛。
そんな暴虐にして絶大的な力が、ある一定の場所に集束し衝突するとすれば、誰だって簡単に想像できるだろう。
在るとするならば、それは―――純粋無垢な、暴虐無尽である破滅の暴発。

荒れ狂う音速に迫る力が、大地と衝突し文字通り爆砕を果たす。爆砕する中で破壊が起きる。破壊が起きる中で破滅の力が乱舞する。
地中に巣食うⅢ型を破壊するのは勿論のこと、先ほど大地に痛々しく残した楕円形の傷跡すら生温いと表現するしかない程に、見るも凄惨な光景が眼下に広がった。

そんな破滅の最中、彼によってフェイトは無理やり拘束状態を外され、その破裂した大地に落ちる寸前に、これを創生した元凶の黒天使が……サンダルフォンによって素早く抱きかかえられ、難を逃れた。
逃れたのだが………。

「な、な、なァ――――……っっ!!?」

なにぶん男性に対しての免疫が少ない彼女にとって、見ず知らずの異性にいきなり抱きかかえられるなどという行為をされてしまえば、慌てふためくのも当然であろう。
いきなり現れた異分子(イレギュラー)、敵か味方かもわからない異端者(アンノウン)の登場で先ほどのフェイトの脳内も困惑を極めたが、コレが最期の一押しとなった。一気に頬が果実の様に真っ赤に染まる。
しかし、そんな慌てふためくフェイトを余所にサンダルフォンは憮然としたまま冷徹に言葉を出した。

『女、オマエには後で聞きたいことがある。――だが、その前にまずはこの木偶の棒どもを早急に殲滅したい。動けるだろうな?』

何の感情の介入すらない、必要な言葉だけで、拒否を赦さない絶対性を以った言霊だった。
その余りに底冷えする程の吐露が、狼狽するフェイトの熱を急激に冷ましていく。フェイトは自分を抱きかかえていた彼からようやく離れ軽く一息をついた。
だが、それでも彼女は、彼の表情を隠す仮面と真正面に向きながら、決定的な疑問を口にした。

「……はい。解りました、ご協力感謝します。――けど先にお尋ねしたい事があります。貴方は――― 一体、何者なんですか?」

その言葉を聴いて、天使は無言でフェイトに見詰め返す。
なんの感情もない仮面。右目から覗かせる翠色に煌く眼光が一瞬、細められた。
そうしてしばらくした後(といっても十秒にも満たない間ではあるが)、天使はようやく口にする。


『己の名は―――サンダルフォン。ただ動いているだけの、“リューガ・クルセイド”という男の屍(しかばね)だ』


その言葉を皮切りに、黒色の閃光と金色の閃光が、昏い暗雲の立ち込める空の下で、螺旋を描くように翔けぬけた。

瞬間、機械を切り裂く音と砕く音の二重奏が静かに奏でられる。

光が踊る。
闇が乱舞する。




残りのガジェットをモノの数分と掛からず撃退した二人は、静かに廃工場にある二つの煙突にそれぞれ着地した。
フェイトは先ほどと同じように一撃回避の連続でガジェット達を蹴散らし続け、ロストロギア『レリック』の確保に成功。後は管理局の救援が来るまで暫く待機命令が下されている。
片やサンダルフォンという黒天使も、圧倒的な腕力……おそらく、対外から取り込んだ魔力を高速で循環させて出来る超絶的な身体強化だろう……でガジェットを紙切れの様に砕き、破り、貫いて殲滅した。
一騎当千とは、正にこの事か。たった一騎だけで千と渡り合えるのに、そんな力を持った者がこの場に二騎もいるのだ。ただの木偶の棒では、相手が務まる道理など無いのである。

そんな両者はお互い無言。そもそもフェイト自身、余り積極的に他人に話すタイプではないし、何より彼――サンダルフォンと語り合うのには、些か難儀な事だろう。
奇しくもサンダルフォンもフェイトと同様、あまり他人と戯れる性質が無い。今回の共闘は利害の一致と、何よりも一度確かめなくてはならない事もある為、自ら共闘を申し込んだだけに過ぎないのだ。
そんな両者の間に、どうやって会話の華を咲かす事ができるだろうか。十中十句、無理な相談である。

故にフェイトは居た堪れない空気から逃れるように、再び焦土と化した大地を見詰め、自身も知らず、ごくりと息を呑んだ。
幾らなんでも、デバイスも無しでここまで凄まじい破壊力を叩き出せるものだろうか。
そもそも、確かに魔力の流れを感じ取ることはできた。が、よくよく考えてみればあのような術式発動など、見たことすら無い。
魔法陣を形成することなく、ただ純粋に大気中に散りばめられていた微量の魔力の粒子を無理やりかき集め自らの体内に循環させ疾走させるなどという、端的でありながら無茶苦茶過ぎる術式だ。
もしかすれば、そういったレアスキルを持ちえた存在なのだろうかと仮定出来たのだろうが……何故だか彼女は、その考えに違和感を覚えたのだ。

レアスキル、なのだろうか? 確かにあんな術式は見た事も聞いた事も無い。ユニゾンデバイスを使用した痕跡すらも無いとなれば、それ以外の方法で発動された希少な能力(スキル)を持っているという見解は間違いではないだろう。
……が、それにしては何処か……そう、言うなれば『機械的』な術式だなと思考する。
何故そんな考えが思いついたのかは解らない、根拠もない回答だったのでフェイトは直ぐにそれを思考から外す。

目の前で立ち尽くす黒い装甲天使。黒天使『サンダルフォン』。
今夜は余りに無茶苦茶だ。彼女が理解しきるには、長い時間が必要な事態であった。


―――ふと、彼女の頭に冷たい感触。
夜空を見上げれば、一面の暗雲から僅かに水滴が落ちてきた。

「雨……降り出してきちゃった」

この場に居ては自分の体が濡れてしまう。
フェイトはそのまま煙突を後にして雨宿りできる場所へ降下する為、サンダルフォン……リューガといった青年に対して一緒に降下しようと声を掛けようとした時。

ふと、その姿が何故だか凄く、心に焼きついた。
昏い昏い暗雲を見上げる彼。右目しかない仮面から、一直線に空を見上げてる様は何処か、この空と同じ様に、とてつもなく昏いモノを感じ取れてしまった。


『―――イカ、―――ぇさん……』


ふと聴こえた彼の声色は、まるで愛しい人を見失った焦燥の様で、同時に苛烈に燃え滾る怨嗟の叫びの様に聴こえる。
その様が、フェイトにはどうしても眼に、脳髄に―――心に焼き付いてしまった。


雨が降る。
仮面に隠れた、彼の見えない涙を拭いさるように。彼の身体を燃やす業火を消し去らんとするように。
だけど、それでも彼は、■■の炎に燃え続けている。

この雨では、彼の炎を消すことは出来ないだろうと、何故だか確信できた。



続く

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最終更新:2008年02月20日 22:50