こうして無心になり身体を動かしていると、わずらわしいことを考えずにすんでいい
それが、常日頃から鍛錬を欠かさないフェイト・T・ハラオウンの本音だ。
しかしながら、彼女は精神を研ぎ澄まし、システムと己の肉体を完全に同調させ、ただひたすら拳や足で中を斬るこの感覚が嫌いではない。
だが、ふとした拍子で記憶というものはまるで決壊したダムの水のように溢れ出てくるものである。
思い出すのは決まって、本来ならば自分と肩を並べ戦っているはずの女性のこと。
いつも笑顔を絶やさず、周囲を勇気付け、空を駆けた彼女。
エースオブエースという言葉は彼女にこそふさわしい二つ名なのだろう、とフェイトは思う。
けれども、彼女はもう、ここにはいない。
折れた翼は二度とよみがえることはなかった。
そう、7年前のあの日から私たちの運命は大きく食い違ってしまった。
「っ!」
雑念のせいか、フェイトの動きが鈍った刹那、後方から凄まじい勢いの刃が迫っていた。
自分のよく知る太刀筋。すんでのところを後ろ手に受け止める。
咄嗟にプットオンしたフェイトの反射神経にも驚かされるが、そもそも頑強な刃の一撃を片腕で防ぐこと自体、通常のバリアジャケットでは不可能な芸当であった。
「さすがだな、テスタロッサ」
「シグナム・・・こういうやり方は感心しませんよ」
振り返ると、そこにはやはり見知った顔が待っていた。
なるほど先の一撃は彼女、シグナムのデバイスであるレヴァンティンによるものであったらしい。
「こうでもせんと、お前は延々鍛え続けるからな。しかし・・・」
「・・・?」
肩をすくめて笑ってみせるシグナム。
かつての彼女を知るものから見ればずいぶんと砕けた印象を受けるしぐさだが
そんなことはどこ吹く風のフェイトといえばシグナムの真意が理解できず、すこしばかり苛立った。
「バリアジャケットとデバイスの複合型システムと簡単に言うが・・・すさまじいものだな〈マスクドライダーシステム〉というものは」
「これを使わなければ虫退治は容易ではありませんからね。成虫相手には、たとえ魔法を使ったとしても」
少々、棘のあるフェイトの物言いにシグナムは一瞬顔をしかめる。
なにより、自分を前にして尚、文字通り仮面越しの会話という事実にシグナムは一抹の寂しさを感じていた。
「それで、用件はなんですシグナム?」
「む、そうだった。主・・・八神部隊長がお呼びだ」
これ以上会話をする気はないというフェイトの意思を感じたシグナムは口早に用件を伝える。
それに答えず、無言で背を向けたフェイトは、左腕首に装着されたデバイスに一言、「バルディッシュ」と声をかけた。
瞬間、全身を包んでいた黒と黄色の装甲が蜂の巣状のブロックになり消えていく。
そして、装甲は左手のブレスに収束してゆき、フェイトの本来の姿がその場に残った。
彼女の容姿は10年前のおもかげこそあれ、かつてのどこか儚げな印象は消え、その瞳は確固たる意思を持った強いものであった。
美しい女性だとシグナムは思う。
会うたびに鋭くなっていく、なんてことを言っていたのはヴィータだったか。
フェイトが、かかとを軸にひらりと身をこなすと、美しいブロンドの髪がつられてゆれた。
ピンと背筋を伸ばし、すれ違いざまにシグナムに一礼し彼女は訓練場を去っていった。
「本当に・・・変わったな、テスタロッサ」
自分以外だれもいなくなった訓練場でシグナムはぽつりとつぶやいた。
「訓練データ見たよフェイトちゃん。ライトニングは士気が高くてええね。さすがはフェイト隊長率いる精鋭部隊やわぁ」
「いえ・・・ひとえに私についてきてくれている隊員たちのおかげです」
「そないに謙遜することないのに・・・そんで本題やけど、今日呼んだのもそんなフェイトちゃんの力を貸してほしくてな」
部隊長室で待っていたのは八神はやて以下、シグナムと同じ彼女の守護騎士、ヴォルケンリッターであり、現スターズ分隊の隊長であるヴィータ、そして副隊長のザフィーラであった。
本来、スターズ分隊の隊長席は別の人物のために用意されたものであり、副隊長としてヴィータがつく予定であったのだが・・・
「虫ですか?」
最近は、以前に比べ活動が活発になってきている虫の兆候を知るフェイトは自然と語尾を強めて
眼前の上司に問いただす。
「ちゃうちゃう。そないにこわい顔せんといてぇな。 スターズに待望の新人メンバーが来るいう話や。うちの部隊は人手不足やから、うちとしては万々歳なんやけど、一応フェイトちゃんにも色々意見を聞きたいと思てな」
「魔法はまだしも、資格者だっけか?そーいうのはあたしら門外漢だしな。なによりウチの隊に入る奴らだ。素質がある奴を選びてぇ」
「俺もヴィータと同意見だ」
ひらひらと手を振るはやての様子に、フェイトはとりあえず緊張を解いた。
ザフィーラと同じくヴィータの意見は最もだと感じたフェイトは、こくりとうなずいて見せた。
「・・・わかりました。候補者のリストを見ておきたいのですが」
はやては、かたくるしいなーフェイトちゃん、などと呟きながら2枚のファイルを机にさっとすべらせる。
二名のデータに目をやるフェイト。両名とも女性。
スバル・ナカジマに・・・ティアナ・ランスター・・・
「その娘らなんかがうちのおすすめかな。まぁ、真価は明日ある昇進試験で確かめたらええわな」
「あ、はやて!あたしも何人かめぼしつけてたのに!」
「へへーん。部隊長権限やー」
「ぶーっ!」
はやてとヴィータのいつものじゃれ合いにほぅとため息をこぼすと、もう一度ファイルに目を落とす
実技関連が申し分なく、青い髪と快活な印象を与えるスバル
一方、対照的に全体的に成績優秀だが、どこか人と相容れない印象を受けるティアナ。
もっとも、写真と個人データを見ただけの評価ではあるが。
「どうだ?」
「ええ、部隊長の目に狂いはないと思います」
今は人間形態で隊の制服を着用しているザフィーラに尋ねられ、感じたことをありのまま答えるフェイト。
「せやろ?せやろ?どや、ヴィータ。仮面ライダーザビーのお墨付きやで」
「むむ・・・とにかく!あたしは明日ひよっこ共を実際に見てから決める!な、ザフィーラ!」
「異論はない」
「ほな、明日はよろしく頼んだで、フェイト隊長?」
「了解しました。八神部隊長」
仮面ライダー。そう呼ばれるのに慣れてしまったのは、はたしていつ頃であろうか。
部隊長室をあとにしたフェイトはふと考える。
〈マスクドライダーシステム〉の被験者となり、その第1号であるザビーの資格者になってから、はや4年。
システムコードから、日本出身のはやてが洒落の意味もこめて仮面ライダーと呼びだし、局内に浸透した。
たったそれだけのことではあるが、本来ならばもう一人その名で呼ばれるであろう
人物がいたことを知るものは、あまりにも少ない。
(なのは・・・)
今日はやけに彼女を思い出す機会が多い。
普段は記憶の奥底に鍵をかけ押し込めているというのに。
感傷的になることを否定はしないが、そんなことでは魔導師は・・・いや、ライダーは務まらない。
自分にそう言い聞かせ、顔を上げると、見慣れた少年と少女が見えた。
「エリオ、キャロ・・・」
自分の顔を見るやいなや、ニコリと笑って駆け寄ってくる二人にフェイトの顔も自然にほころぶ。
そう、この子達を守り導くためにも自分は「戦士」でいなければいけない。
「あの・・・フェイトさん、疲れてます?」
「うん?全然そんなことないよ。平気」
一礼してから、おずおずとそう尋ねてくるエリオ。キャロもひかえめながら心配げに頷いて彼に同調する。
そんな子供達を愛しく思いながらも、フェイトはつとめて明るく振舞うのを忘れない。
「それより二人とも、お昼まだでしょう?」
「はい・・・まだですけど」
未だ納得していない様子の二人に、フェイトは微笑みながら彼らの手をとる
「ほら、おいで」
「あ、はい」
「きゃ」
つないだ手をひき、両脇にエリオ、キャロとなるように並んで歩く
それは、一見すると仲のよい親子のように見えるほほえましい光景であった。
さすがに気恥ずかしさを覚えたエリオとキャロであったが、ふりほどくことなどせずにぎゅっとフェイトの手を握り返す。
魔法少女リリカルなのはsts masked rider kabuto
はじまります
最終更新:2008年02月24日 12:12