海鳴市のとある公園。そこのベンチに一人の男が座っている。
(あーあ……間抜けなくらい青い空だなあ……)
楽しそうに遊ぶ子供たちの声をBGMに男は空を眺める。
どこまでも続く青い空に所々に点在する白い雲。それらは見ている者の心を優しく癒やしてくれる。
空に向かい右手をかざす。
(ああ……まただよレム……。笑っちゃうなあ……もう叶いやしない事なのに……君にもこの景色を見せたいと思ってるんだ……俺は)
青空にレムの姿が浮かび上がる。
もうこの世にはいない人の姿。
右手を伸ばす。
そうすれば空に映るレムに届くと思って。
だが、右手は当たり前のように空を切る。
何にも触ることはない。
当然だ。レムはこの世に居ないんだから。
空を切った右手を寂しそうに見つめ、苦笑する。
「ほら、やっぱりヴァッシュさんだ!」
その時、聞き覚えのある声がした。
声がした方にいるのは一台の車とその後部座席に乗る二人の少女。
二人は車から出て、こちらへと歩いてくる。
「こんなとこで何してるんですか?」
「バカ、大の男がポツンと公園にいるのよ。サボりに決まってんじゃない」
「えぇ!?そうなんですか!?」
好き勝手に言葉を飛ばす少女たち。
だが男はそんな少女たちに言葉を返さず、和やかな笑みを浮かべる。
「どうしたの?ヴァッシュさん」
その様子を不思議に思った少女が問う。
「いや、なんでもないさ……」
男は少女たちの頭の上に手を置く。
いきなりの事に二人は困惑してしまう。
(……レム。やっぱり君にも見て欲しかったな……この平和な世界を……)
手を置いたまま男は透き通るような青空を眺める。
いつもと様子の違う男を見て、少女たちは不思議そうに顔を見合わせる。
「大丈夫……?」
少女たちから気遣いの声が飛ぶ。
そんな少女たちに男は――
「よし!二人ともアイス付き合え!」
ニコリと笑いかけそう言った。
■□■□
すずかは一人図書館にいた。
山のようにある本、静かで落ち着きのある空間、読者好きにはたまらない場所。
すずかはこの図書館が大好きだった。
何十とある本棚と本棚の間を歩く。
本を探すこの時間も好きだ。
本棚のジャングルを歩き自分の求める本を探す。まるで宝探しゲームみたいで何だかワクワクする。
そんなことを考えながら歩いていると、お目当ての本棚を見つけた。
それはファンタジー系の本棚。
本棚の前に立ち、今日読む本を選ぶ。
タイトルだけ見ても面白そうな本ばかりにすずかは悩む。
手を右に左に動かし、本を取っては戻す。
と、その時、本と本棚の間から一人の少女が見えた。
その少女は車椅子に座っており、上の方の本に向かって手を伸ばしている。が、あと少しというところで届かないらしく、精一杯手を伸ばし続けている。
それを見たすずかは、車椅子の少女の方へ駆け出す。
「これ、ですか?」
すずかは少女が求めてるらしき本を取り、女の子に渡す。
「あ……。ありがとうございます」
車椅子の少女は少し驚いたような顔をした後、微笑みながら礼を言った。
それからすずかと車椅子の少女ーー八神はやてが、友達になるのに大して時間はかからなかった。
二人は他の人の迷惑にならないよう小さな声で話す。
自分のこと、好きな本のこと、他愛もないこと。二人は会話に花を咲かせる。
とても楽しい時間が過ぎていった。
「あ、もうこんな時間や」
はやてが時計に目をやり驚く。
もう五時を回っている。話に夢中で気づかなかった。
「ごめんな、すずかちゃん。私、もうそろそろ帰らんと……」
残念そうな顔をしながら謝るはやて。その顔は帰りたくないことを、ありありと語っていた。
「ふふ、はやてちゃん帰りたくなさそう」
「う~そうなんやけどな……みんなのご飯作って上げへんと」
そのはやての言葉に感心しながらすずかは車椅子押していく。
出口へ向かう間も二人の会話は止むことはなかった。
出口に一人の女性が立っていた。
女性はすずか達に気付くと、その穏やかそうな顔に微笑みを浮かべ、お辞儀をする。
その丁寧な仕草にすずかもお辞儀を返す。
「すずかちゃん、また会おうな」
はやてはそう言い、女の人に押されていく。
女の人ははやてちゃんの家の人らしく、手慣れている。
「また会おうね。約束だよ」
すずかも、その後ろ姿に語りかけながら手を振る。
「うん!約束や」
はやては後ろを振り返りながらそう言い、手を振る。
最後に女の人が、もう一度お辞儀をし二人は去っていった。
「八神、はやてちゃんかぁ……」
一人残されたすずかははポツリとそう呟く。
その顔には笑み。
新たな出会いに喜びを隠しきれない、そんな笑みを浮かべていた。
――それは小さな出会い。
帰り道、はやてはシャマルに今日起きたことを語る。
すずかとの出会い。どんなことを話したか。
話したいことは山のようにある。
それらを一つ一つ楽しそうに口に出していく。
――心優しい少女と車椅子の少女との小さな出会い。
二人は笑いあいながら進んでいく。
そんな二人の進行方向に、一人の女と一人の男が立っている。
――だが、この出会いによって今まで噛み合うことのなかった歯車と歯車が噛み合う。
はやてはその二人に気付くと、嬉しそうに手を振る。
――それらが噛み合ったことにより、何が起こるかはまだ誰にも分からない。
二人に向かいはやては満面の笑みを浮かべる。
――だが、それでも歯車は止まることはない。
「待っていました、主はやて」
ピンク色の髪をした女性は、意志の強そうなその顔に小さな笑みを浮かべる。
「遅いぞ、はやて」
そしてもう一人の金髪短髪の男は表情を変えず、そう言った。
「ごめんなー、ちょっと時間見るの忘れててもうてな」
そんな二人に向けはやては謝罪を述べる。
「あぁ、そや。みんな今日の晩御飯何がええ?」
「ええそうですね、悩みます」
「俺は何でもいい」
微笑む女とは対照的に男は憮然とした顔で呟く。
「むー遅刻したこと怒っとるんか?」
「別に怒ってなどいない」
「だって笑ってないやないか」
男は溜め息を一つつく。
「だったら今日は俺の好きな料理を頼む」
その顔には小さな微笑み。
それを聞きはやてはドンと胸を叩く。
「まかせとき!――
――もし止まる時があるのなら
――ナイブズ!」
――それはどちらかの歯車が壊れた時だろう。
■□■□
PM7:45――はやてとすずかの小さな出会いから数時間後の海鳴市市街地。
そこから百数十m上空。
そこに彼女達はいた。
一人は赤髪の少女。
もう一人……いや、もう一匹は大型の狼のような蒼い毛並みの獣。
「どうだヴィータ。見つかりそうか?」
獣の方から男の声が響く。
「いるよーな……いないよーな」
獣が喋るという有り得ない出来事に動じることなく、ヴィータと呼ばれた少女は返事を返す。
ヴィータの手には一冊の古ぼけた本と一振りのハンマー。
少女には似つかわしくないその姿が、ヴィータにはどこかしっくり来る。
「こないだっから時々出てくる妙に巨大な魔力反応。あいつを捕まえれば一気に二十ページくらいいきそうなんだけどな」
ヴィータはハンマー――グラーフアイゼンを肩に乗せそう呟く。
「別れて探そう。闇の書は預ける」
「おっけーザフィーラ。あんたもしっかり探してよ」
「心得ている」
獣――ザフィーラはそう言うと後ろを向き空を駆けていく。
ザフィーラが去るとヴィータはグラーフアイゼンを振りかざす。
それと同時にヴィータの足元に赤色の光を放つ魔法陣が現れる。
「封鎖領域展開!」
『魔力封鎖』
その言葉と共に半透明な紫色の何かが広がっていく。
それはみるみるうちに大きさを増していき、市街地を覆っていく。
市街地を歩く人々や道路を走る車はそれに触れたそばから消えてしまい、市街地には誰もいなくなる。
それでもなお、それは勢いを弱めず範囲を広げていく。
そして、それは高町家にも到達する。
■□■□
PM7:45――はやてとすずかの小さな出会いから数時間後の海鳴市市街地。
そこから百数十m上空。
そこに彼女達はいた。
一人は赤髪の少女。
もう一人……いや、もう一匹は大型の狼のような蒼い毛並みの獣。
「どうだヴィータ。見つかりそうか?」
獣の方から男の声が響く。
「いるよーな……いないよーな」
獣が喋るという有り得ない出来事に動じることなく、ヴィータと呼ばれた少女は返事を返す。
ヴィータの手には一冊の古ぼけた本と一振りのハンマー。
少女には似つかわしくないその姿が、ヴィータにはどこかしっくり来る。
「こないだっから時々出てくる妙に巨大な魔力反応。あいつを捕まえれば一気に二十ページくらいいきそうなんだけどな」
ヴィータはハンマー――グラーフアイゼンを肩に乗せそう呟く。
「別れて探そう。闇の書は預ける」
「おっけーザフィーラ。あんたもしっかり探してよ」
「心得ている」
獣――ザフィーラはそう言うと後ろを向き空を駆けていく。
ザフィーラが去るとヴィータはグラーフアイゼンを振りかざす。
それと同時にヴィータの足元に赤色の光を放つ魔法陣が現れる。
「封鎖領域展開!」
『魔力封鎖』
その言葉と共に半透明な紫色の何かが広がっていく。
それはみるみるうちに大きさを増していき、市街地を覆っていく。
市街地を歩く人々や道路を走る車はそれに触れたそばから消えてしまい、市街地には誰もいなくなる。
それでもなお、それは勢いを弱めず範囲を広げていく。
そして、それは高町家にも到達する。
『警告、緊急事態です』
最初にそれに気付いたのはレイジングハート。
冷静に状況をなのはへと伝える。
いきなりのレイジングハートの言葉に困惑するなのはだが、次の瞬間にその意味を理解する。
「結界!?」
なのはは驚愕の声を出しながら辺りを伺う。
(近くにはいない……?)
その時、レイジングハートが再び声を上げる。
『対象、高速で接近中』
「向かってきてる……」
なのはは窓の外を眺める。
何が何だかはさっぱり分からない。でも――
数瞬の迷いの後、なのはは顔を上げる。
その顔にはあるのは決意。
なのははレイジングハートを首に巻き部屋を飛び出した。
■□■□
――それから時は少し遡る。
P.M7:30――ヴィータたちの襲来の十五分前。
まだ、なのはが勉強をしていた時間。
「……ガッ!グ……ガァッ!」
高町家の一室にある男のうめき声が響いていた。
男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードはベッドの上で、苦しそうに顔を歪めている。
何に彼は苦しんでいるのか?
答えは単純にして明快である。
「グッ……ッ~~!……お腹が~!……ノォ~~!」
腹痛――それが彼を苦しめていた。
腹痛になった理由もまた単純。
食べ過ぎ。
昼にはアリサとなのはと共に山ほどのアイスを食べ、その後もなのはの制止を聞かず夕食を食べまくりーー結果、今の状態。
元気が取り柄のヴァッシュが、いきなり腹を下したことに士郎や桃子は心配するが、理由を聞いた途端に呆れてしまい、胃薬を渡し部屋へと帰っていってしまった。
なのはも心配してはくれたもののすぐに部屋へ戻ってしまい、ヴァッシュは腹痛との孤独な戦いを繰り広げるはめとなった。
「おぉぉお、もう無理~~!!」
ヴァッシュはそう叫ぶと、遂にトイレへと直行した。
――只今、主人公が大変見苦しい行為をしております。
チャンネルはそのままに、しばし御辛抱下さい。
――それから数分後、ヴァッシュはこれ以上ない最高の笑顔でトイレから出て来た。
「いやぁ~すっきりした」
ヴァッシュはそう言い、ベッドに寝転ぶ。
(もう1ヶ月か……)
ふと、カレンダーを見るとそんな事に気付いた。
平和で穏やかな日々。
充実していて退屈など感じる暇もない毎日。それは凄まじいスピードで駆け抜けていった。
色んな人と知り合うことも出来た。
アリサ、すずか、公園で遊んでいる子供たち、商店街で店を開いている気のいいおじいさんやおばあさん。
みんな優しい人達ばかり。
いつまでも続けばいい……この日々が……。
そういえば、あの時拾われてなければ死んでたかもしれないんだよな……。
いくら感謝しても感謝しきれないほど、なのはには感謝している。
『私……ヴァッシュさんがいて迷惑なんて全然思わない!ヴァッシュさんが傷つくのなんて絶対やだよ!』
あの時の言葉は今でも覚えている。
出て行こうとした自分を泣きながら引き止めてくれたなのは。
赤の他人のはずなのに、一日と一緒に過ごした訳でもないのに引き止めてくれた。
――ありがとう。
壁の向こうに居るはずのなのはにヴァッシュは心の中で礼を言い、就寝の準備を始めた。
――もしヴァッシュが腹痛に陥ることなく、少し早い眠りについていればそれに気付くことはなかったのかもしれない。
そうなっていたのなら、ヴァッシュには平和で穏やかな日々が続いただろう。
(――空気が変わった?)
――だが、ヴァッシュはそれに気が付いてしまった。
それは僅かな異変。熱砂の星で生き抜いてきたヴァッシュだからこそ感じ取れた微細な変化。
不思議に思ったヴァッシュは窓から外を眺める。
だが、窓から見える景色はいつもと全く変わらない。
(……何かおかしい)
それでも徐々に不安になってくる。
何が起きている。
それは確かだ。
ヴァッシュは部屋に置いてある一つの棚に目をやる。
そこに入っている物は自分があの世界から持ってきた唯一の持ち物。
ヴァッシュは数瞬の迷いの後、棚に近づいていく。そして引き出しに手をかけ――開けた。
出てくるのは銀色のリボルバー銃。
この世界では触ることの無いと思っていた相棒。ヴァッシュはそれを手にし外に駆け出した。
■□■□
外に出てすぐに、ヴァッシュは異変の正体に気が付いた。
(何だこの静けさは……?)
さっきから物音がしない。
近所の家族の団欒の声も、帰り道を急ぐサラリーマンの足音も、何もしない。
異常なまでの静寂が周囲を包んでいる。
訳も分からず辺りを見回すが、いつもと変わらない。ただ一つ物音がしないのを除いては。
その時、最悪の考えが頭をよぎる。
(みんなは……なのは達は!?)
ヴァッシュは慌てて高町家に戻っていく。
(……まさか)
扉を勢い良く開け、家の中へと踏み込む。
人の気配が……しない。
「なのは!士郎さん!」
返ってくるのは沈黙のみ。
階段を駆け上がり、片っ端から部屋を探し回る。
ヴァッシュの顔に焦りが浮かぶ。
一つの部屋を探し終えるたびに、焦りの色が濃くなっていく。
数分後、ヴァッシュは最後の部屋――なのはの部屋の前に立つ。
――いるはずだ。
自分自身に言い聞かせる。
この部屋にいるはずだ。なのはも、士郎も、桃子も、恭也も、美由希も――みんな。
そう、これは只の勘違い。俺が勝手に焦って、一人で走り回ってた。
ただ、それだけのこと。
ゆっくりとドアノブを掴む。
(いるはずだ。当たり前じゃないか。みんなが消えるなんてそんなバカなことがあるはず――)
そしてドアを開けた。
瞬間、ヴァッシュは目の前が暗くなるのを感じた。
(そんな……バカな!)
――誰もいない。
士郎さんも、桃子さんも、恭也も、美由希も、なのはも、誰もいない。
外へ飛び出し、叫ぶ。
「誰か!誰かいないのか!」
返答してくれる者はいない。
なのは達が――いや、誰もいない。
まるでマジシャンが手に持つボールを消すように、消えてしまった。
ヴァッシュは駆ける。人を求めて。
だが誰もいない。人っ子一人見当たらない。
遂には、市街地にまでたどり着くが、そこでもそれは変わらない。
普段だったら人々で賑わっているはずの街も、嘘のように閑散としていた。
「誰か……誰かいないのか!」
何かにすがるかのような虚しい叫びが無人の街に響き渡る。
だがそれは夜の空に吸い込まれ霧散するだけ。
答えを返すものはどこにもいない。
「くそっ!」
ヴァッシュは憤りを吐き再度走り始める。
分けがわからない。
なぜ、誰もいない?
みんなはどこに消えたんだ?
なぜ、俺だけ取り残された?
頭に浮かぶ数多の疑問。
ヴァッシュの心を絶望が満たし始め、遂に――
――足が止まる。
体が震えそうになるのを必死に抑える。
何かが、何かが変だ。
いくらなんでも人がいきなり消滅するなんて有り得ない。
さっきまでは普通に生活していたんだ。
それがいきなり――そうだ。あの時、空気の変化を感じ取った時。
あの時に、なにかが起きたんじゃないのか?
ヴァッシュは必死に考える。この事態の解決策を見つける為に。
――例えば、幻術をかけられたとか?
いや、ありえない。
あの時、自分は部屋に居た。他には誰もいなかった。
流石に姿を見せることもなく幻術をかけられる訳がない。
なら、何なんだ?
結局は堂々巡り。
自分以外の海鳴市に住む人々を消す。
そんな魔法みたいなことが出来る訳がない。
「どうなってるんだ……」
誰でもいい教えて欲しい。
力無くヴァッシュがうなだれた。その時――
ガァン!
――不意に、何かが聞こえた。
それは何かがぶつかり合うような音。
音のした方向は上から。
ヴァッシュは慌てて上に視線を動かす。
が、そこには何もなく星が輝いているだけ。
(気のせいか……)
余りの事態に耳までおかしくなったらしい。
ヴァッシュは薄く自嘲の笑みを浮かべる。
「きゃぁあああーーー!」
次の瞬間、少女――高町なのはの悲鳴がヴァッシュの耳を貫いた。
■□■□
無人の市街地。
そこにそびえる数多のビル。
その内の一つの屋上、そこに高町なのはは立っていた。
辺りの夜空を探るが、視認できる範囲には誰もいない。
困惑していないと言ったら嘘になる。
いきなり発生した結界。自分へと迫る何か。
それらが何なのかは全く分からない。
疑問が頭の中に浮いては消える。
だが、なのはには信念がある。
大変なことが起こるのなら止める。誰かが襲ってくるのなら話し合う。
どんな状況でもそれは変わらない。
止めるため、話し合うため――なのはは行動する。
『来ます』
レイジングハートの声が響く。
それと同時に、何か風を切り裂くような音がなのはの耳に届いた。
音の方に目をやると、赤色に光る何かが見える。
『誘導弾です』
それが何なのか理解する前に、レイジングハートが警告を発した。
その正体は魔力弾。
それが赤い光を纏い流星の如くスピードで迫ってくる。
いきなりの攻撃に驚きつつも、左手を突き出し障壁を張る。
レイジングハートを起動する暇はなかった。
直後、魔力弾と障壁が衝突する。
強い。
たった一発の魔力弾で、この術者がかなりの実力者だということが分かる。
なのはは吹き飛ばされないよう、踏ん張りながら魔力を高める。
魔力が障壁に流れていき硬度が増していくのが分かる。
これなら盾は破られない。
ほんの少しなのはは安堵する。
だが、そんななのはに――
「テートリヒ・シュラーク!」
――襲撃者の追撃が襲った。
魔力弾とは反対の方向からの不意打ち。
迎撃をする暇もない。
それでも何とか障壁を発生させる。
瞬間、障壁と相手の武器が激しくぶつかり合う。
(何て……力……!)
轟音と共に魔力弾を遥かに凌駕する力が盾を通して伝わってくる。
魔力弾とヴィータ。
二つの方向からの力は着実になのはを追いつめていく。
「くっ……!」
問題は赤服赤髪の少女の方。その姿からは想像出来ない程の力だ。
障壁が悲鳴を上げ始める。
レイジングハートの補助があるのならまだしも、今のなのはには耐えられない。
そして遂に――
「きゃぁあああーーー!」
――叫び声と共になのははビルから吹き飛ばされた。
「うぅ……」
なぜ、あの子は攻撃をしてくるのか。
なのはは落下しながら考える。
一つだけ確かなことはあの子が私を襲ったという事実だけ。
話し合おうとする暇もなかった。
なのはの心に迷いが生まれる。
だが、なのははすぐに覚悟を決める。
「お願い、レイジングハート!」
それは戦いを始まりを告げる叫び。
『OK.Set up』
レイジングハートはそれに答える様に声を上げる。
淡い光がなのはを包み込む。
本当は話し合いたかった。ちゃんとお話しをすれば分かり合えるはずだから。
でも、何も言わないで襲ってくるのなら……!
なのはの体に力が流れ込んでくる。
それは自分の意志を、信念を突き通す為の力。
そして、みんなを護る為の力が、全身にみなぎっていく。
なのはは戦う事を決意した。
ヴィータは光に包まれるなのはを見て攻撃の準備をする。
目的は相手を戦闘不能に追い込むこと。
わざわざ正面から戦う必要はない。
手に現れた砲丸大の魔力弾を宙に投げ、なのは向け撃ち出す。
が、その攻撃はなのはに防がれ、爆煙が立ち込める
あれだけの魔力反応を持っているんだ。これくらいやらるのは当然。
(本命はこっちだ!)
「うおりゃああーーー!」
気合いと共に、爆煙の中心――なのはの居るであろう位置に、グラーフアイゼンを振り抜く。
「……いきなり襲いかかる理由はないんだけど、どこの子?何でこんなことするの?」
だが、その攻撃も不発に終わる。
そこにはアクセルフィンにより高速移動したなのはがいた。
ヴィータの敵意ある眼差しを見つめ返し、なのはは語り掛ける。
ヴィータは聞く耳を持たず、魔力弾を形成する。
「教えてくれなくちゃ……分からないってば!」
それを見て、遂になのはが攻撃に転じる。
先ほど、回避行動のとき爆煙に紛れさせて形成させた二つのディバィンシューター。
それが背後からヴィータを狙う。
「くっ!」
だがさすがは、と言うべきかヴィータはギリギリで一撃を回避、そしてもう一撃をグラーフアイゼンで防ぐ。
だが、なのはの攻撃はこれで終わらない。
すぐさま、もう一つの魔法を発動させる。
それは、なのはが最も得意とする魔法。
「なっ!?」
それを見てヴィータの顔に驚愕が張り付く。
「話してくれなくちゃ、分からないってばー!」
叫びと共にレイジングハートの先から桜色の光ーーディバィンバスターがほとばしった。
砲撃魔法。
単純にして強力な攻撃。
それは生半可な防御など意味を持たない。
ヴィータにある選択は回避のみ。
必死に身をよじり、体の位置をずらす。が、それだけで避けきれる訳もなく――桜色の光がヴィータを掠めた。
掠めただけなのに関わらずもの凄い衝撃が体を揺らす。
吹き飛ぶ体を何とか制御する。
――そしてボロボロになり吹き飛ぶ帽子が目に入った。
瞬間、頭が沸騰する。
ぶっ飛ばす。
その言葉が頭を埋め尽くす。
戦闘不能にすることなど頭から吹っ飛んでいた。怒りに任せ叫ぶ。
「グラーフアイゼン、カートリッジロード!」
『Explosion』
ガコン、という音と共にグラーフアイゼンがカートリッジをリロードする。
溢れるような魔力がヴィータに流れてきて、グラーフアイゼンが形態を変える。
その形態の名はラケーテンフォルム――グラーフアイゼンの直接攻撃に特化した姿だ。
「えぇっ!?」
それを見たなのはは驚愕する。
赤髪の少女がカートリッジロードと叫んだと同時に魔力が爆発的に増大し、デバイスが姿を変えた。
飛び出したスパイクに、片側にあるロケットの噴射口のような物。
その姿は先ほどまでと比べて明らかに攻撃的に見える。
今までの戦いで、見たことのない現象になのはは驚くことしか出来ない。
「ラケーテン・ハンマー!」
ヴィータがそう叫ぶと、噴射口から炎が吹き出し、独楽のように回り始める。
始めは緩やかだった回転速度も一回りするごとに速さを増していく。
そして、トップスピードに達した瞬間なのはに突撃して来た。
今までの攻撃のどれよりも速い。
十数メートルはあった距離を一瞬でつめる。
だが、流石はというべきか、驚くべき反応でなのはは障壁を張る。
「うおりゃあーー!」
轟音があたりに轟く。
グラーフアイゼンと障壁がぶつかり合い鮮やかな火花を散らし――障壁は一瞬の均衡の後易々と破れた。
「えっ?」
驚くことしか出来なかった。気づいたらレイジングハートに相手のデバイスが突き刺さっていて、それはガリガリとレイジングハートを削っていく。
「だありゃあーー!」
ヴィータはグラーフアイゼンを気合いと共に振り抜いた。
「きゃああぁぁーーー!」
あまりの衝撃に姿勢制御が出来ない。
グルグルと回転しながらなのははビルの一つへと突っ込んだ。
「ケホ……ケホ……」
体が痛む。
バリアジャケットがなかったら大変なことになっていただろう。
なのはは体の痛みを押し殺し立とうとして――ヴィータの追撃が襲った。
『プロテクション』
レイジングハートが自分の主を守るため独自に防御魔法を使用する。
敵の攻撃により故障寸前な自分を省みない捨て身のプロテクション。
――だが、それすらも
「ぶち抜けーー!」
『了解』
破れ去った。
なのはは敵のデバイスが自分の体に吸い込まれていくのを見た。
もはや、何もすることも出来ない刹那の時間。
敵のデバイスが体に当たった瞬間、バリアジャケットがパージされ、後ろに弾け飛ぶ。
後ろには壁。
そこに叩きつけられた。
それと共に激しい衝撃がなのはを襲――わなかった。
いや、衝撃自体は来た。が、それは対したものではない。バリアジャケットがパージされた今、なのはを護るものはない。
その状態であれだけの勢いで叩きつけられたのだ。
もっと激しい衝撃が体を襲うはずだ。
それどころか柔らかい何かに包まれているような感じがする。
なのはは不思議に思いながら目を開く。
途端、なのはの目が驚愕に見開かれる。
何でここに。
あまりの出来事に思考が止まる。そして何故か安堵感がこみ上げてきた。
それは金髪の男。
男は自分の体をクッションにするかの様になのはと壁との間に身を置いている。
男の頭から一筋の血が流れる。
「大丈夫かい」
男はそれを拭おうともせずなのはに呟く。
その顔にはこの場にそぐわない微笑み。
男――ヴァッシユ・ザ・スタンピードが現れた。
■□■□
ヴァッシュは階段を駆け登っていた。
先ほどまでのように人を探す為ではない。
その理由はただ一つ。
――なのはを助ける為に。
正直に言えば自分の見た光景は信じられなかった。
叫び声の上がった方を向くとなのはが落下していて、光が包んだこと思うと空を飛んでいた。
その前まで考えていた疑問の何もかもを頭から吹き飛ばす程の驚愕が襲った。
そして、それと同時に体が動き出した。
それは砂漠の世界を生き抜いて来た男の第六感というものなのか。
ヴァッシュは分かってしまった。
今、なのはが相手しているのは並大抵の敵ではないと。
その姿からは想像出来ない程の力を有していると。
――そして、なのはが危険だと。
だから駆け登っていた。
なのはを助ける為に。
なのはを援護出来る場所へと移動する為に。
ようやくビルの中腹へとたどり着いたところか。
ふと、ビルの中を見回し確認する。そして再び階段を駆け上がろうとして――轟音と共にビルが揺れた。
音の出どころはすぐ近く。ヴァッシュは慌てて音のした方へと進む。
そして見た。
煙の中咳き込むなのはを。
ヴァッシュはそれを見た瞬間駆け出した。
だが、ヴァッシュよりも早くなのはに辿り着いた者がいた。
それは赤い服を着たまだ幼い一人の少女。
だが、少女はその見た目からは想像もつかない程のスピードでなのはにハンマーを振るう。
なのはも負けじと何かを出したが、均衡は一瞬。
敵の攻撃を直撃しなのはが吹き飛ばされる。
そして、なのはと壁の僅かな隙間にヴァッシュは飛び込んだ。
凄まじい衝撃と共にヴァッシュは壁へと突っ込む。それでも、なのはは離さない。
「大丈夫かい」
「ヴァッ……シュ……さん」
「……ごめんよ、遅くなって」
そして告げる。
体中の痛みを気にすることもなく微笑みながら、なのはに告げる。
その心に広がるのは安堵感。
「誰だよ、お前」
そんな二人にヴィータがグラーフアイゼンを突きつける。
それに対しヴァッシュは腰に手を動かす。
銃が刺さっているはずの腰に。
だが、そこで気付いた。
(……銃がない!?)
ないのだ。銃が。
確かに腰に差しておいた筈の銃がなくなっている。
マズい。目の前の少女は銃無しで戦える程甘い相手じゃない。
ヴァッシュは慌てて周りを探る。
すると、数メートル先に銃が転がっているのを発見した。
なのはを助けた時に吹き飛んだのか。
ヴァッシュは銃に向かい飛びつこうとする。が、思いとどまる。
自分が動けばこの子はなのはを攻撃するだろう。
動けない。
その間にもヴィータは一歩一歩近付く。
それに対しヴァッシュは、盾のようになのはの前に立つことしか出来ない。
今、ヴァッシュに出来ることは自分を犠牲にして、なのはが攻撃される瞬間を先延ばしにすることだけ。
それでも、ヴァッシュは諦めない。
なら、倒れなければいい。向こうが諦めるまで自分が倒れなければ、なのはは助かる。
そりゃあ痛いのは怖い。でもそれでなのはが助かるのなら安いもんだ。
「ヴァッシュ……さん!ど……いて!私……なら大丈夫……だか……ら!」
後ろからなのはの声が聞こえる。
ヴァッシュは首を回し、安心させるように微笑む。
「大丈夫さ、僕はこう見えても頑丈なんだ」
ヴィータはそんな二人を見ながらグラーフアイゼンを振り上げる。
ヴァッシュは自分を襲うであろう衝撃に身構える。
(やだよ……こんなの……誰か……ユーノ君……フェイトちゃん!)
そして、ヴィータはグラーフアイゼンを振り下ろした。
「ごめん、遅くなった」
さっきのヴァッシュと同じ言葉。
でも、それはヴァッシュのものではなく、どこか懐かしい声。
なのははハッと目を開く。
そこには見覚えのある少年の姿。
そしてヴァッシュをの前に立ちヴィータの攻撃を防いでいる少女の姿があった。
「仲間か……」
ヴィータは一歩距離を取り忌々しげに呟く。
それに少女は小さな呟きで答える。
「違う……友達だ」
少女――フェイト・テスタロッサはヴィータを睨み、バルディッシュを構える。
その目には小さな怒り。
――これは長い長い戦いのほんの序曲。
いや、序曲すら始まったばかり。
人間台風。管理局。謎の襲来者。
この三人の演奏者たちは何を奏でるのか。
――歯車は加速する。
最終更新:2008年02月24日 21:53