Lyrical Magical Stylish
Mission 01 First contact



 第97管理外世界、通称「地球」の一部である極東地区、そのまた一部である日本のさらに一部である海鳴市。
未来のエースオブエースである高町なのはの住む世界である。
時期といえばちょうどプレシア・テスタロッサ事件、略してPT事件が終了して半月といったところだろうか、
なのはは今日もまた平和な一日を送ろうとして―――

「あれ、クロノ君から着信? なんだろ」

 朝目が覚めてみると、深夜二時とかいう小学生にとっては随分非常識な時間に着信があったようだ。
何の用だか見当もつかないけれど、そんな時間に連絡をしてくるとはよっぽど緊急な事態だったのだろうか。
なのはは思いつく限り何があったのか考えながらクロノに折り返しの電話を入れた。

「あ、もしもしクロノ君? 何か不在があったけどどうしたの?」
「なのはか、すまない、非常識だとは思ったんだけどね」
「まあ……結局起きなかったから、大丈夫だよ。それで?」
「ああ、どうも海鳴に第一級広域次元犯罪の重要参考人として指名手配中の男が逃げ込んだようだ」
「え」

 広域次元犯罪といえば、管理局の中でも相当の重罪だ。しかも第一級ときている。
プレシアと同レベルで何かやらかした人物がよりにもよって海鳴に来るとは。

「我々も全力を挙げて行方を追っているが、未だ見つかっていない。
なのはに連絡したのはそのためだ」
「私もその人を探せばいいのかな?」
「積極的には探さなくて構わない。日常生活もあるだろうしね。
ただ、見かけるかも知れないからそしたら教えて欲しいんだ」
「分かった。大変だと思うけど頑張ってね」
「ああ。それじゃあ携帯に情報を送っておくから。
くれぐれも自分から接触したりしないようにな」
「大丈夫だって」

 では、またな。と言って通話は切れた。
海鳴には何かそういったものを引き寄せる力があるのだろうか、
またしても大事になりそうでなのははゲンナリとした様子で溜息をつく。
それと同時にメールの着信を告げる能天気なメロディーが流れ、なのはは渋々携帯を開く。

「えーっと……Tony・Redgrave、と、とん……読めない……」

 出鼻を挫かれて読む気も失せた。簡単な英語ではあるが、小学三年生には早すぎたと言うことだろう。
と同時に携帯の時間を見て慌てて出かける準備をしだす。
PT事件以降、日課となっている早朝訓練の時間になりつつあった。

「いっけない、急がないと。レイジング・ハート、今日も一日頑張ろうね!」
「All Right. Stand by ready」

 名前は後で家族の誰かに聞いてみればいいか、と結論付け、なのははダッシュで家を飛び出した。



「トニー・レッドグレイヴ? ああ、あのトニーか。裏渡世の便利屋の。

 商売柄、ヤバい奴らならゴマンと見てるが、あの野郎ほどムチャクチャな奴ぁいねぇな。

 まず、笑っちまうほど腕が立つ。

 この前なんざ、ウージーを持った悪党一ダースを相手に、変な剣一本で楽々と切り抜けやがってよ、

 銃弾が鼻先1インチを通っても眉一つ動かしやがらねえんだ。

 おまけにとんでもねえ変わり者だ。

 依頼が気に入らねえと思ったら100ドル札を天井まで積まれても受けねえクセに、

 幽霊狩りだの悪魔払いだのってぇ胡散臭い仕事だとタダみたいな値段でも飛びつきやがる。

 奴の体にゃ青い血でも流れてんじゃねえかって噂だぜ。

 ま、あんなのに睨まれりゃ、悪魔でも泣き出すだろうね」

~とある非合法の情報屋より~


 クロノ・ハラウオンはアースラにある自身の執務室で、
海鳴に逃げ込んだとされるトニー・レッドグレイヴに関する情報を眺めて溜息をついていた。
トニーに関する情報を集めてみたものの、出てくるのはこういった胡散臭い又聞き話だけで、
本人が直接どうこうという話が殆ど出てこないのだ。
それでも指名手配されているのは、まあ、明確な目撃情報が一応ながらあるわけなのだが。


「マレット島? ああ、あのぶっ飛んじまった島のことか。

 は? 何でぶっ飛んだかって? いくらなんでもそこまではしらねーよ。

 まあ、トニーの奴がとんでもねぇ別嬪と一緒にその島に行ったのは知ってるけどな。

 詳しく知りたきゃ本人に聞きな」

~同情報屋より~


「テメンニグル……正直余り思い出したくない話だけどね。

 何があった? もう終わったことを今さら穿り返してどうする気?

 トニー? まあ、いいけど。あの男はどうかしてるとしか思えないわね。

 え、アイツがやったのかって? さあね。”塔”に登ったのは私が先だし、気付いたらいたわ。

 アイツが答えるかはわかんないけど、これ以上は本人に聞きなさいな。

 え、私も捕まえる? 上等、やってみなさいよ。悪いけど、手加減はしてあげないわよ」

~とある賞金稼ぎより~


「やれやれ……参ったな」

 バサリ、と書類を机に投げ出して大きく伸び。
手ずから入れたブラックコーヒーを飲み、そういえば胃に悪いからミルクを入れろと言われ続けていることを今さら思い出す。
トニーの外見はえらく特徴的だから遠からず見つかるだろうが、どう捕まえたものか。
出てくる話出てくる話、トニーの圧倒的な戦闘力を示唆するものだから、
今の自分でどうこうできるとも思えないし、だからといってなのはやフェイトを危険に晒すわけにも行かないわけで。

「……やっぱり、この情報も送っておくか」

 分量が多いから送らなかったけれど、なのはが単独行動でトニーに接触するのはやはり避けなければならない。
クロノはコンソールを引き寄せ、胡散臭い話に何度目になるか分からない溜息をつきながら文章を打ち込むのだった。



「あ、クロノ君だ」

 日課の早朝訓練を終え、帰る途中でメールを着信。差出人はクロノである。
トニーには絶対に単独で接触しないように、という注意書きの元、情報屋や賞金稼ぎの胡散臭い証言が並んでいた。

「……トニーさん、っていうんだ。何かとんでもない人みたいだね……」

 まあ、海鳴と言っても結構広いわけだし、まさかそんな偶然あるわけないよね、
ということでなのはは携帯を閉じ、家路を急ぐ。まだ朝も早いし、開いているのはコンビニぐらいだ。長く留まってもいいことはない。




「ねえお父さん、これなんて読むの?」
「んー? どれどれ……トニー・レッドグレイブ、かな? グレイヴ、かもしれないけど」
「ふーん、ありがとう」
「誰かの名前かな?」
「あはは……スズカちゃんの家で読んだ漫画に書いてあったの」

 そんな会話の後なのはは学校に向かい、その間にクロノからのメールを開く。
一通目、トニーに関する詳細が書かれている例のメールである。

「えーっと……テメンニグル次元断層事件及びマレット島消滅事件の首謀者と目される……何これ」

 事件の詳細は書かれていなかったが、どちらの事件も個人が軽々引き起こせるようなレベルではないことが事件名からも分かる。
次元断層を個人レベルで起こそうと思ったらプレシア級の魔力に加えてジュエルシードレベルのロストロギアの力が必要になる。
また、島一つ消滅させたというのは最早個人がどうこうという話ですらない。

「……身体的特徴、190近い長身、銀髪、赤いコート、
 大きなギターケース……すんごく分かりやすい気がするんだけど……」

 いつ逃げ込んだのかは分からないが、上を見上げながら町を歩けば一発で見つかりそうな特徴である。
管理局というのも案外いい加減なのかもしれない、なんてクロノが知ったら怒りそうなことを考えながら歩いていたらバス停だった。
なのはは携帯を閉じてバスに乗り込み、アリサやすずかと合流。
積極的には関わるな、って言われてるし、二通目は後で見ればいいか、と考えた。

「おはよー!」
「あ、なのは。おはよう」
「おはようなのはちゃん」

 こうしてまた、何事もない日常が始まる。



「やれやれ、管理局ってのは相変わらずシツコイぜ。
 まあ、俺がいい男過ぎるからしょうがないっちゃあしょうがないんだが。モテル男も楽じゃねーぜ」

 海鳴臨海公園のベンチに男が一人。
巨大なギターケースを持った巨大な男が、随分と暖かい季節だというのに真っ赤なロングコートを着て座っていた。
なにやらぼやいているようだが、通行人は遠巻きに眺めては足早に去っていくだけで、男も特に気に留めた様子もない。

「しっかし、腹減ったな……この世界にもピザぐらいあるといいんだが」

 ポケットの中の小銭を確認。ピザというのは意外と高価な食べ物であり、男の手持ちで食べれるかどうかは少し怪しい。
よしんば食べれたとしても、一文無しになるのは避けたいところだ。

「……どうしたもんか。まあいい、適当にうろつくか」

 追われている身だという自覚があるのかないのか、男は立ち上がり、ギターケースを担ぎ上げて歩き出した。
時刻は午後三時、ちょうどおやつ時でにぎわう商店街あたりに行けば何か格安で食べるものもあるだろう。




「……ストロベリーパフェ。サンデーじゃないのが気になるが……」

 ショーケースに飾ってあるのを見る限り、お気に入りのストロベリーサンデーと大差ない。
値段も良心的だし、男はパフェで一日を過ごすことを決めた。
男は頭をぶつけないように扉を潜る。すると、来客を告げるベルが小気味良い音をたてて中から店員がやってきた。

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「ああ。お嬢さんが同席してくれるなら二人だが」
「嫌ですわお客様、ご冗談がお上手ですこと。どうぞこちらへ」
「やれやれ、あっさりスルーされちまったぜ」

 店に入っていきなりナンパする男もどうかと思うが、どうやら相手は中々に上手だったようだ。
大して残念そうなそぶりも見せず、男は店員について行き、奥まった席に通された。

「ご注文はお決まりですか?」
「ああ、ストロベリーサンデー……じゃなかった、パフェを一つ」
「ストロベリーパフェ、ですね。少々お待ちください」

 店員が行った後、男は今後のことを考える。とりあえず言われるままこの世界に来てみたものの、出る兆候も感じられない。
といっても、出るときは兆候とかおかまいなしに出るのだが。しばらく過ごすのがいいのだろうが、手持ちに加えて管理局の捜査もある。あまりおおっぴらにうろつくわけにも行かない。

「ま、何とかなるか……」

 男はそのまま背もたれに寄りかかる。流れているのがロックじゃないのが残念だが、たまにはこういうのもいいだろう。



 そんなとき、店の奥では―――

「すっごいカッコいい人が来たのよ! お母さんも見たほうがいいって!!」
「あらあら、美由希がそこまで言うなんて珍しいわね」
「まあね。でもあれは凄いよ。モデルか何かかな?」
「へぇ……じゃあ、パフェは私が持っていこうかしら」

 親子の心温まる会話が交わされていたとかいないとか。
そんな会話で盛り上がってる最中、再度来客を告げるベルの音が鳴る。

「あ、お客さんだ。行ってくるね……って、なのはじゃない」
「あはは、ただ今お姉ちゃん。アリサちゃんたちも来てるんだよ」
「それじゃ、今何か飲むもの持って行ってあげるよ。
 席は……そうだなのは、スッごくカッコいい人が今来てるんだよ。ぜひ皆で遠目から見てみたらどう?」
「何それ……」
「いや実はナンパされちゃってねー」
「お姉ちゃん……」

 なのは、ゲンナリ。だが、ナンパ云々を差し引いても、姉である美由希が人のことをどうこうべた褒めするのは珍しい。
なのはは興味を惹かれ、美由希に教えてもらった奥の席のほうへ歩いていく。

「……え」

 そこにいたのは、朝来たメールに書いてあったとおりの男。長身で、銀髪で、赤いコートで、ギターケース。
全てが完璧に当てはまっている。男はボーっと天井を眺めていて、なのはに気付いた様子はない。
なのははもう少し近くで観察しようとして―――

「…………」
「あれなのは? 帰ってたの?」

 背後から掛けられた声に思わずビクッとなって、声の主に思い当たり何とか返す。

「あ、お、お母さん。ただ今」
「なになにー? なのはも美由希に言われて見に来たの?」
「ま、まあね」
「でも確かにカッコいい人ね。モデルか何かかっていう美由希の言うことも分かるわ」
「もう……お父さん拗ねちゃうよ?」
「大丈夫大丈夫。それじゃ、私は注文の品を持っていくから、なのはは席で待ってなさい。ジュース持ってってあげるから」
「うん……」

 なのはは気が気ではなかった。どんな人かは知らないが、万が一極悪人であればこの店を巻き込んでしまうかもしれない。
大切な家族に大切な友人、近しい人たちが無残に転がる光景がちらついたなのはは慌てて頭を振ってその光景を追い出すと、
親友二人の待つテーブルへと踵を返した。その目に決意の光を宿して。

「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「混んでるの?」
「ううん、今日はこの時間にしては珍しく空いてるよ。お姉ちゃんにちょっと言われてね、奥のテーブルを見てきたんだ」
「ふーん。何言われたの?」
「お姉ちゃんが言うには、モデルか何かと見間違うぐらいカッコいい人がいるから見てきたら、って」
「で、見てきたと」
「うん」

 なのはも意外とミーハーなのねぇ、なんて、意地悪そうに笑うアリサと、それを嗜めるすずか。あはは、と照れ笑いを返しながら、
なのはは注文の品が届いて男が再び一人になったであろうときを見計らって男に念話で話し掛けることにした。

(……トニー・レッドグレイヴさん、ですよね?)
(……なるほど、感じた強い魔力はお嬢ちゃんかい。さっき俺を随分熱い目で見ていたようだが、惚れたかな?)

 返って来たのは想像していたのよりも随分軽い口調。
それでいて、ボケッと天井を眺めていてもなのはが見ていたことに気付いていたことを示唆するあたり、やはり只者ではないのだろう。

(残念ながら。それよりも、お話があります)
(やれやれ、ここの世界は皆男を見る目がないようだな。まあいい、話ってのは?)
(……トニーさん、今指名手配されているのは……)
(長くなりそうだな。俺、念話って得意じゃなくてよ、さっきから聞きづらいと思うんだが)

 トニーの言うことはそのとおりであった。ユーノやクロノと行う念話と違い、
トニーの声は酷くノイズがかかっていて余り正確に聞き取れない。本人も苦手だと言っているし、どうしたものかとなのはは悩む。

(……じゃあ、一つだけ。今すぐに、何かをしたりしますか?)
(偉く漠然としてるが……特に何も。飯を食いに来ただけなんでね)
(……信じても)
(何を信じて何を信じないか、それはお嬢ちゃんが決めることだぜ)
(……分かりました、信じます。それと、今晩にでも話を聞きたいのですけど)
(……臨海公園のベンチにいる。好きなときにおいで、気が向いたら話してやるよ)

 それだけ言って一方的に念話は切れた。なのはがガラス越しに覗いてみると、黙々とパフェを口に運ぶ姿だけが見える。

「なになになのは、そんなにカッコいい人だったの?」
「え、えーっと……確かにカッコよかった、と思うけど」

 自分で見た印象であるが、次元断層だのなんだのを引き起こしそうな人物には見えない。
何よりも、魔力を殆ど感じないのだ。だが、トニーかと聞かれて返事をしたことからも、おそらくあの男がトニー本人なのであろう。

「…………」
「なのはー?」
「あ、ゴメンゴメン。ちょっとボーっとしちゃって」
「こりゃ、そのモデルさんに握手でもしてもらったら昇天しちゃうんじゃない?」
「そういうのじゃないってばー」

 ともかく、最強の悪魔狩人と、後のエースオブエースの出会いである。





 日が沈みかかった夕刻。季節が初夏だけに、時計で言うと五時半を回ったあたりである。
なのはは一人、海鳴臨海公園へとやって来ていた。目的はもちろん、トニーと会うことである。

「ベンチ、って言ってたけど……」

 ベンチ多すぎで探すのも一苦労である。それでも、運良く公園を四分の一ほど回ったところで、
なのははやっぱり上を見ながらベンチにもたれかかっているトニーを発見した。

「トニーさん」
「よぉ、お嬢ちゃん。こんな時間に一人で出歩くなんて、悪い子だな」
「あ、あはは……」

 呼ばれて顔をなのはに向けたトニーは、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべて腕を持ち上げ、なのはを隣に座るように促した。
なのはは若干抵抗があったものの、トニーの隣に腰を下ろす。
単独で接触するなというクロノの言いつけを破ったことを頭の中で謝りながら、それでもなのはは見極めたかった。

「えっと……高町なのは、です」
「なのは、ね。十年経ったら口説きに来るから、俺のこと忘れんなよ?」

 トニーは器用にウィンクしながらなのはに笑いかける。自分よりふた回り以上大きな、
しかも外人の男ということですこぶる緊張していたなのはは、トニーのあまりの適当さ加減に速攻でゲンナリするも、
いい感じに緊張がほぐれたようで、半眼になってトニーに返す。

「あの……一応真面目な話をしに来たんですけど」
「おっと、ソイツはすまねぇな。ささ、気にせず続けてくれ」

 正直言ってトニーの言動は心臓によくない。冗談とも本気ともつかないようなことを平気な顔して言うのだから。
内心一人出来たことを若干後悔しながらも、なのははトニーに対して質問をぶつけていく。

「えっと……テメンニグルもマレット島も、トニーさんがやったことなんですか?」
「これまた答えにくい質問だな……まあ、関わってるのは事実だけどよ」
「何が目的でこんなことを?」
「目的……ま、色々あってな」

 ぽりぽりと頭を掻きながらトニーは何事もなかったかのように答える。
次元断層だの島を一つ消し飛ばすだのすれば、どれほどの人に迷惑がかかるのか、それが分からないはずもないのに、
本当にそれがどうしたと言わんばかりのトニーの口調はなのはをいらだたせるには十分すぎた。

「……答える気はない、ということですか」
「あー……どう答えたらいいものか。どっちについても言えるのは、
 最初から次元断層だの島ふっとばしだのをするつもりだったわけじゃない、ってことぐらいか」

 知らず、口調と目つきが険しくなっていくなのはを見て、トニーは少しだけ気まずげに何とか話せそうなところを話していく。
さすがに自身の出生だの兄弟だのに関する話を、初対面のしかも小さな女の子に話すのは躊躇われたのだ。
 別の目的があって、それを果たす過程で結果的にそうなってしまっただけだ、とトニーは言った。

「じゃあ、どうしてそう言わないんですか?」
「言ってどうするのさ。俺のしたことが消えるわけじゃないぜ」
「それは……そうです、けど」
「何を以って罪とするのか。罪に対する罰はどうするのか。そんなのは全部自分で決めるもんだ、少なくとも俺はそう思ってる」
「…………」

 トニーがそこで言葉を区切ると、なのはは何て言っていいのか分からずに黙ってしまう。
トニーもまた、知らず話し方が険しくなっていたことに気付き、やはり気まずげに鼻の頭を掻きながらなのはから目をそらし、前方を見つ

める。
 話が逸れちまったな、悪い。と言って、しばしの沈黙の後、わざと明るめの声でトニーはなのはにさっきの話の続きを促す。

「じゃあ……もう一つ、この海鳴に何をしに来たんですか?」
「……その話はもう少ししたら話そうか」

 今までフランクに話をしていたトニーが突然ギターケースを持って立ち上がる。
なのはは驚いてトニーを見上げるが、トニーは今まで見たことの無いような獰猛な笑みを浮かべて周囲を窺っている。

「やれやれ、アイツ情報だけは信頼できるってのが鬱陶しいぜ、ガセだったら慰謝料請求してやろうと思ってたのによ」

 この瞬間、トニーの体から業火のような魔力が放出されるのをなのはははっきりと確認していた。
そして、まるであわせたかのように周囲に濃密な魔力が満ち始める。隔離結界とも違う、もっともっと異質な魔力。
なのはが今までに感じたどの波動とも異なったもの。

「これは……」
「お嬢ちゃんにはちょっと刺激が強いかもな。ベンチにうつぶせになってお祈りしてな、すぐに済むさ」

 トニーとなのはを押しつぶさんとばかりに濃くなる、禍々しくて悪意に満ちた魔力。それを押し返すかのように吹き荒れるトニーの業炎

のような魔力。
なのはの持つ魔力を純粋なエネルギーとするなら、トニーの魔力は戦闘に特化した火薬、そんな印象さえ与えるほど、
なのはにはトニーの魔力が真紅のコート以上に真っ赤に見えた。

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「おいでなすったな!」

 突如、魔力の中から得体の知れない”何か”が大量に沸いて出てきた。なのはが知っている物で言うなら人形が最も近いのだろうが、

なのはの知っている人形とはあまりにも違いすぎる。人形は勝手に動かないし、何より人に対して殺気をぶつけることがありえない。
 その光景になのはは声すら失ってしまったが、トニーはこれ以上ないくらいに喜色の笑みを浮かべ、ギターケースから神速で”何か”抜

き放った。

「ト、トニーさん……」
「Slow down bebe? 慌てんなよ」

 謎の敵らしきものにも驚いたが、トニーの出したものになのははさらに度肝を抜かれる。
190近い身長のトニー、それと同じぐらいの長さの剣がトニーの右手に握られている。

「それ……」
「コイツか? 目の前のゴミ連中を掃除するのにはピッタリだろ?」

 これ以上ないというぐらい嬉しそうにトニーは言う。なのはは、これほどまでに異常な事態において、
なお楽しそうに笑うトニーの神経が理解できなかった。だがしかし、一つだけ理解したことがある。

「……一人で、こんな大勢と戦うんですか?」
「ああ。人様の庭を荒らす連中は退治するに限る」
「……分かりました、援護します」
「Huh?」
「レイジングハート!!」
「Stand by ready」

 なのはの決意の叫びと共に、周囲を覆っていた闇のドームが吹き飛ばされるくらいのの光が輝く。
突然の極光に思わず目を細めるトニーの前で、なのはは戦闘モードへと移行した。それをポカーンと見つめるトニーと、
杖を構えたポーズのまま固まるなのは、謎の沈黙が二人の間に広がる。

「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、トニーさん……そんな風に黙られちゃうと、私としても」
「アーッハッハッハッハッハ!!! コイツはいいや!!!!」
「うぇ!?」
「お嬢ちゃん、お前さん最高だぜ! こんなクレイジーで最高にスタイリッシュなことは中々ねーぞ!」
「あ、あの……ありがとうございます」

 周囲も気にせず爆笑するトニーと、そういった反応は始めてのためにどう対応していいのかわからないなのは。
そして空気を読んだ周りの人形連中。周囲に微妙な風が吹く。

「あー笑った笑った。ヘイなのは、お前さん最高にイカしてるぜ」
「どうも……トニーさんこそ」
「ダンテ」
「え?」
「背中を任せる以上、ほんとの名前を教えないとな?」
「あ、あの?」
「俺はダンテ。トニーってのは偽名だよ。ま、ダンテでもダーリンでも好きなように呼んでくれや、クールなマジカルガール」

 ぽんぽんと頭を撫で、トニーもといダンテは剣を引っさげて彼が言う庭荒しに向き直る。
呆然としていたなのはも慌ててそれに続いてダンテの背後をカバーするかのようにレイジングハートを構え、先端に魔力を集め戦闘態勢に入る。

「そういえばダンテさん、さっき私のことなのはって……」
「It's showtime!! 派手に行くぜ!」

 なのはの声は完全にスルーされ、弾丸と化したダンテが一直線に人形の群へ突っ込んでいく。
なのははそのあまりのスピードに目を剥いたが、自分の役割を思い出すと、毎朝練習しているとっておきの魔法を解き放つ。

「ディバイン・シューター!!」

 解き放たれた魔弾が戦場を縦横無尽に駆け巡る。あるときは自分に狙いを定めた人形の首を打ち砕き、
あるときはダンテに背後から切りかかろうとした人形の背を打ち抜く。
放たれた四発の魔弾は、されど一発一発が猛将のような活躍を見せ、人形もどきに付け入る隙を与えない。
二つの魔弾が上空まで人形を打ち上げ粉微塵にしてる最中にも、残りの二発が確実に敵を打ち砕く。

(……派手な変身だけかと思えば、中々どうして強力な援護じゃねえか。こりゃ、負けてらんねーぜ)

 ダンテからしてみれば、マリオネットの軍団など何体いたところで傷一つ負うものではないが、単純に殲滅速度を上げるという点ではな

のはの援護に感謝していた。
銃弾の類は、使用及び携帯が禁止されているこの国ではすこぶる貴重品だし、インフェルノやエアレイドからの雷撃で殲滅、
というのも考えなかったわけではないが、単純に消費がバカにならないという理由で使いたくなかったのだ。

「イーーーヤッツハァァア!!」

 手近な一体の首を一撃で刎ね飛ばし、返す刃で胴体を両断。横から振るわれるナイフは見切って目の先一センチを素通りさせ、開いた左

手をがら空きの胴にぶち込んで貫通。
腕を引き抜くと同時に踵を振り上げて背後の一体の顎を粉砕し、一回転する動作の中で肩から袈裟懸けに両断。
その勢いを緩めぬまま三体を同時に切り捨て、僅かに開いた隙間に飛び込んで同時に飛んできたナイフを避ける。
起き上がりと同時に雷光の刺突を眼前の一体にお見舞い、一体を貫いたまま連続突きを繰り出し、三体をさらに剣に団子状態に刺し貫く。
 さらに速度を増し、最早分裂して見えるほどになった神速の剣が周囲のマリオネットを根こそぎ粉砕する。
その外から襲おうというマリオネットはなのはの魔法で粉砕され、その中をかいくぐった人形もダンテの体についぞ傷をつけることは出来なかった。

「おっと危ない、っと!」

 ディバインシューターの操作に集中していたなのはは、ダンテが撃ちもらした一体が近寄っていたのを確認して、慌てて頭上に飛び上が

る。
飛行能力がなく、遠距離攻撃が投げナイフ程度のマリオネットに対して、空を取るというのは圧倒的なリードである。
まして頭上をとったのが、射撃を主とするなのは。後はもう、見るほどのものでもないだろう。

「よくもやってくれたね……本気で行くよ!!」
「ヘイヘイヘイ、レディを狙うたぁ……って、ちょっとおいなのは! 俺まで巻き込む気かよ、ちくしょう! クールじゃねぇか!!」
「ディバイン……バスターーーー!!!」

 空を裂き、大地を割る極大の一撃が今なおうごめくマリオネットの群を一瞬にして粉砕する。ダンテは、なのはの魔力の高まりを見た瞬

間逃げるようにその場を退避しており、なのはの一撃の威力にクレイジーを連呼しながら手をたたいて喜んでいた。

「ふぅ……」
「よぉ、大したもんだな」
「あはは……どうもありがとうございます」
「だが、撃つ前に一言あっても良かったんじゃないか?」
「えーっと、ダンテさんを信じてましたから」

 その台詞にダンテは面を食らったような表情になり、そしてまた一本取られたとばかりに爆笑する。
なのはも、散々やり込められてたダンテから一本取ったということで自然と笑顔になり、ようやくこの戦いが終わったことを実感していた。

「さて、なんだったっけ?」
「えーっと……ダンテさんの仕事の話です」
「そーだそーだ。まあ、俺の仕事は見ての通りさ」
「……あれは一体何ですか?」
「なのはや友達がベッドの下にいるって思ってる連中さ」
「それは僕も詳しく聞きたいね」
「!!」
「ははは、パーティは終わったぜ、ボーイ?」

 突如背後から聞こえてきた新たな声に、なのはは恐る恐る、ダンテは余裕綽々で振り返る。その視線の先には、なのはが思ったとおりの

人物。つまり―――




「時空管理局執務官、クロノ・ハラウオン。トニー・レッドグレイヴ、貴様を逮捕する」

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最終更新:2008年03月08日 13:32