Lyrical Magical Stylish
Mission 02 Dark Truth



「時空管理局執務官、クロノ・ハラウオン。トニー・レッドグレイヴ、貴様を逮捕する」

 ダンテとなのはがマリオネットの群を一掃した直後、緊急事態を確認して現場に駆けつけてきたクロノが二人と向き合い、特にダンテと火花を散らす。

「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、ダ」

(念話で話せ)
(え、あ、えーっと)
(頼みがある)
(え、ええ?)
(口裏を合わせてくれよ。今はまだ、捕まるわけにはいかなくてね)

 微妙な沈黙が三人の間を行ったりきたりしている。その隙にダンテとなのはは念話をしているわけなのだが、こんな沈黙がいつまでも続くはずはない。
いずれ痺れを切らしたクロノが何事かを言うに決まっているのだから。

(……じゃあ、全部話してください)
(お前にだけな。男女の密約ってやつだ)
(分かりました引き受けましょう)
(大した決断力だ、惚れちまいそうだぜ)
(それはどうも)

「……トニー・レッドグレイヴ。間違いないな?」
「いんや、俺はそのトニーなんとかっていうんじゃないぜ」
「な、何だと!?」

(ダ、ダンテさん……いくらなんでもそれは……)

 なのはは内心冷や汗をかきつつ、いつ自分に話が振られても平気なように必死にポーカーフェイスを装い、二人の会話を聞く。
トニーじゃないと言い放ったダンテは全くもって見事なポーカーフェイスを見せつけ、クロノは予想外の展開に酷く動揺している。
まさか、ここまで来てなお否認するとは誰が思おうか。

「俺はテンダー、そのトニーさんってのは俺とそんなに似てるのか?」

 テンダー。ダンテをひっくり返しただけの小学生でも分かるようなアナグラム。だがそれでも、眉一つ動かさずに言われてしまってはそれ以上追求のしようがない。

「似てるも何も! お前はトニー・レッドグレイヴだろうが!」
「だから違うって言ってるじゃねーか。なぁ、なのは?」
「……そうなのクロノ君。私も最初ダ……テンダーさんをトニーさんだと思って、それで話をしてみたら人違いだったの」
「……なのは、君まで」

 内心でクロノにひたすら謝り続けながら、なのははボロが出ないうちにと矢継ぎ早に言葉を繋げていく。
ダンテからしてみればその焦り具合は酷く怪しいものだったが、そこを指摘するわけにもいかず黙って成り行きを見守るしかない。

「何でも、海鳴には友人を訪ねて来たとかで、でも道が分からなくて迷ってて、それで……」
「わかった、もういい」

 なのはの必死の言を遮り、クロノはダンテに向けて鋭い眼光を向ける。受けるダンテはつまんなそうにその視線を受け止める。

「え?」
「……トニー・レッドグレイヴ」
「お前さんもしつこいな」
「なのはと、この町を救ったことに免じて今回は見逃す。次はないぞ」

 クロノの高圧的な物言いに、ダンテのこめかみに青筋が浮かぶも、大人の対応でグッと我慢。思わず銃を取り出しそうになった手をポケットの中できつく握り締める。
 ダンテのいつかぶっ飛ばすリストの中にクロノの名前がしっかりと書き込まれたのはこのときである。

「ま、好きなだけ勘違いしてればいいさ」
「なのは。後で詳しく聞くからな」
「あ、あはは……ごめんねクロノ君」

 クロノは言いたいだけ言って、転送魔法を使ってアースラまで戻ってしまった。ダンテは消えるのを確認するなり中指をおっ立て、
そんなダンテをなのはは可哀想な人を見る目で見ている。

「けっ、一人じゃ何も出来ねー青二才が。随分上から言ってくれるじゃねーかよ、クソッタレ!」
「……下品ですよ、ダンテさん」
「うっせ。俺はあーいう権力を盾にする連中が一番嫌いなんだ」
「……一応私の上司なんですけど」
「ソイツは可哀想に。せいぜい胃に穴が開かないように気をつけな」

 ダンテの相手をしているほうが胃に穴が開きそうだ、なんてなのはが考えても決してダンテに文句は言えないのだが。
なのはは深い溜息をつき、そして今後のことを考えてさらに憂鬱になった。勢いでダンテの味方をしてしまったが、
今後何が起こるかとか何も知らないのだから、それも当然であるが。

「……で、ダンテさんは今どこに住んでるんです?」
「住所不定だ」
「……え」
「ついでに金もない」
「……嘘」
「何、あの店のストロベリーサンデーが美味くてね、つい二つ食っちまったのさ」

 パフェ二つで空になるダンテの財布、推して知るべし。なのはは本気で頭を抱える。

「……クロノ君にホントのこと話しちゃおうかな」
「ヘイヘイヘイ、背中を預けた相棒を売るのかい?」

 既に状況があまりにどうしようもなくて泣き出しそうななのはと、なぜか頗る嬉しそうなダンテ。
傍から見れば大人が子供をいじめているようにしか見えないが、実際いじめていると言われてもしょうがない状況である。
 なのはに残された手段、それはダンテを家に連れて行くという考えられるおよそ最悪の手段だけだった。

「……はぁ、お父さんに何て言おう」
「なーに、世の中なるようになるさ」
「ダンテさんは黙っててください。ほんとに頭が痛くなってきた」
「……何か、荒んだな」
「誰のせいですか! 誰の!!」

 強く生きろ、なのは。



「へぇ、立派な家じゃん」
「どうも」
「あの店が家かと思ったんだが」
「確かにうちのお店ですけど、あそこに住んでるわけじゃないんです」
「ふーん」

 気の抜けた感じでダンテは相槌を打ちながら、初めて見る日本家屋に興味津々とジロジロ見回している。
ユーノの時はまだ彼が変身魔法を使えたから良かったものの、ダンテを連れて行くのはかなり抵抗があった。当たり前だが。

「ダンテさん」
「ヘイ、どうしたなのは」
「……これから、お父さん達に事情を説明するんで、ダンテさんは黙っててください」
「あいよ」

 非常に軽い返事。絶対に何か喋るこの男。だが、話をする間外に出ててくれとも言えず、なのははダンテを連れて家の門を潜った。
こんなに気分が重いのは通知表が悪かった去年のあの日以来だ。いや、もっと最悪かもしれない。

「……ただ今」
「お邪魔すんぜー」

 三秒前の約束も覚えていないダンテを一睨み。だが、どんなになのはが睨んだところで所詮は子供と大人、軽くスルーされるのが悲しいところである。

「あらおかえりなのは……って、なのは?」
「あははは……これには深い深い訳があるの、お母さん」
「おや、今日俺にパフェを持って来てくれた美人さんじゃないか。奇遇だね」
「ダンテさん!!」
「ソーリーソーリー、黙ってるよ」

 なのはの母、高町桃子はなのはが連れて来たとんでもない異邦人に目を丸くするも、すぐに大人の目つきになり、ダンテを客人として家に招き入れることにした。
もちろん、まだなんの説明もしていない。なのはは驚いたが、玄関でうだうだ問答するよりは居間の方がいいかと思い直して、ダンテを連れて我が家へと入っていく。
 ダンテはとりあえず靴を脱がずに上がろうとしてなのはに蹴られ、靴を脱いで上がってドアを潜ろうとした段階で頭をしたたかに打ちつけ、なのはが悪いわけではないのになのはを恨めしげに睨む。
なのはは当然のように知らん顔。この数時間で随分ダンテのあしらいになれたようである。

「えーっと、まずは自己紹介かしら。なのはの母、高町桃子と申します」
「ご丁寧にどうも。俺はダンテ、礼儀作法やマナーなんてのは生まれたときから持ち合わせてなくてね、見逃してくれると助かるよ」
「それで、なのは?」
「えーっとねお母さん、実は……」

 なのははダンテが何か言う前にとっとと説明してしまおうと、あることないこと混ぜてでっち上げの内容を話す。
友人を訪ねて来たはいいが、連絡も取れず道も分からずで途方にくれていた。
困ってフラフラしていたら、なのはが不良に絡まれていたので助けて、ついでに話を聞こうとした。
なのはが話を聞くも、なのはにも分からず、とりあえず何かお礼をということで家に連れて来た、という話だ。
 一応、不良ではなく人形に絡まれたり、友人を訪ねてではないけど仕事で来たりと、類似点はあるわけで、桃子もあっさり納得してくれた。

「そういうことでしたら、ぜひ晩御飯を召し上がって行ってください」
「いいのかい?」
「ええ。なのはを助けていただいたお礼です。遠慮なんかせずに」
「悪いね、助かるぜ」

 やれやれ纏まった、となのはが内心安堵していると、居間のドアが開いて父士郎が入ってきた。そして、ダンテを見てやはり驚きの表情を見せる。

「どうもダディ、お邪魔してるぜ」

 なのはは、とりあえず黙ってろという約束も守れないダンテが何か話すたびに足を踏むことにした。
割と本気で踏んだのにダンテは涼しい顔をしてなのはの父に話しかけていたが。

「貴方、こちらダンテさん。なのはが絡まれていたところを助けてくださったんですって」
「そうでしたか、これは不躾な真似を失礼しました」
「気にしてないぜ」
「今日の晩御飯、食べていってくれるそうよ」
「おお、そうですか。晩御飯もそうですが、我が家だと思って寛いでくださいね」

 なのはは直感した。きっと父とダンテはお互いお調子者で最高に相性がいいに違いない。だからきっと、酒でも飲もうものなら、かなり面倒くさい方向に話が進むんじゃないか。
 果たしてなのはの直感は悪いほうにはよく当たる。というわけで、晩御飯を食べた後酒盛りを始めた二人は、三十分と経たずに意気投合していた。

「いやー、ダンテさん。アンタは面白い!」
「いやいや、シローも中々どーして、クールだぜ?」
「うわははははは!」
「はっははははははは!」

 真っ赤になった士郎となぜか顔色が全く変わらないくせにテンションだけが急上昇しているダンテの二人の乱痴気騒ぎは留まるところを知らない。
気がつけば空になった酒瓶が17本、缶が無数。どう考えても飲みすぎである。

(ダンテさんに話を聞こうと思ったんだけどな……)

 なのはは、まあ、この分だとダンテは歩けなくなってなし崩し的に泊ることになるだろうから、明日にでも聞けばいいかと完全に諦観しているわけだが、単純に五月蝿くてキレそうである。
頼みの綱であった、桃子は久しぶりにはしゃぎまわる士郎に対してあらあらとか言いながら二人に酒を出しつまみを出し、楽しそうに眺めているだけで、騒動を収める戦力にはなりそうもない。
恭也は呆れたとばかりにそそくさと自室へ、美由希は道場で剣を振っているはずである。

「私も寝よう……」

 何だか色々あって疲れた。叫びまわるでかいバカは明日にしよう、となのはが部屋を出ようとしたとき、士郎が爆弾を落とす。

「ところでダンテさん、そのケースにはギターが入っているんですか?」
「おお、よく見てる。最高にクールなギターが入ってるぜ。一曲どうだい?」

 まあ、上手く流すだろうと思っていた矢先、ダンテが口走った台詞でなのはの時が止まる。
それもそのはず、なのははダンテのギターケース入っているのがギターじゃなくて無骨な大剣であることを知っているからだ。
そんなものを家の中で取り出されるわけにはいかない、というのが一般人の常識的見解である。

「それはぜひお聞かせ願いたいものですなぁ。なあ、桃子?」
「そうですね。せっかくですし、ぜひお願いしたいです」

(ちょっと!! ダンテさん何言ってるの!?)

 なのははばっちり目撃していた。ダンテがあのギターケースから剣を抜き出し、また、ことが済んだ後はケースに仕舞っていたことを。
パッと見だが、ケースの中は剣以外入っていない。どう考えても演奏なんか出来るわけないのに、何を言い出すんだこの酔っ払いは。

「ははは、任せな」
「ダ、ダンテさん!?」
「おーどうしたなのは。お前も飲むか?」
「違いますっ! え、演奏って、そのケースは……」
「なのは、どうかしたのか?」
「え、えーっと、その、あはは……」

 父に咎められ、慌てて誤魔化し笑い。いくらなんでも

「中にはギターじゃなくて剣が入ってるんだよ」

 なんてて言えやしない。だが、ダンテにはなのはの意図が伝わったのか伝わらないのか、平然と鼻歌交じりにケースのチャックを開けようとしている。

(ダンテさん! ギターなんか入ってないでしょう!?)
(Slow down bebe? 慌てなさんな。まあ、見てな)

 緊急手段である念話での呼びかけも全く通じない。ダンテはゆっくりとチャックを開け、なのはは思わず目をつぶり、そして―――

「おお……これはなんというか、凄いギターですな」
「ホント……初めて見る形です」
「世界に一本の貴重品だ。海鳴に来たのは、俺のダチがコイツのメンテをやっててね」
「そうでしたか……どうしたなのは、見ないのか?」

(え……?)

 両親の感嘆の声にダンテの軽い説明。どうも、剣を取り出したわけでは無さそうである。
ということでなのはは恐る恐る目を開け、そしてその楽器と呼べるのかどうかすら怪しいギターを目にする。

「……ギター?」
「どう見てもギターだろ」

 確かに、形状だけ見れば百歩譲ってギターと言ってもいいだろう。だが、なのはがテレビでよく見るギターとは明らかに違っている。なによりも違うのが―――

「……何か、放電してるように見えるんですけど」

 ギター全体に電気が走っているように見える点である。
それもそのはず、このギターはネヴァンという悪魔がギターに己の力を変えたものであり、れっきとした武器なのだ。
だが、ダンテは平然とチューニングの真似事なんかしつつ、なのはに向かってこともなげに言う。

「何も飲んでないのに酔ったのか? ネオンだよネオン」
「これは確かに、見ているだけで美しい、いいギターですなぁ」
「やっぱダディは話が分かる。よし、もう一杯だ!」
「いやー、ダンテさんはお強いですなぁ」

 いや、ネオンとかそういうレベルではない。明らかに放電している。
バリバリとかビリビリとか、そんな擬音が聞こえてきそうなくらいには紫電がギターを這うのを目視できる。
だが、ギター(仮)の持ち主であるダンテは当然として、完全に酔っ払ってダンテと意気投合している士郎もまた、些細(本人たち談)なことは気にしないというのだから、なのはにも止めることなど出来はしなかった。

「ではダンテさん、さっそくどうぞ」
「任せろ。じゃあいくぜ?」

 あんなもの弾いたりした日には家が雷で破壊されるんじゃないか、というなのはのわりと間違ってない不安をよそに、
ダンテは以外にしっかりしたメロディーと歌声を部屋に響かせる。

「~~~♪ ~~~~♪」

 ギターも、どう考えてもヘヴィメタルとかそういった方面の様相ながら、旋律はひどく優しい。
ダンテの歌声とあいまって、なのはは早とちりばかりしていた自分が少し恥ずかしくなる。

「~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪♪」

 見れば士郎も桃子も目を閉じて聴き入っている。

「~~~~~~~~~♪ っと、お粗末さん」
「いやー、お見事!」
「お上手でしたわ、ダンテさん」
「ははは、コイツが本調子だったらもうちょっと聴きやすかったと思うんだけどな」
「いやいや、十分堪能させていただきました。なんと言う歌なのです?」
「……『Devils never cry』ま、古い歌だよ」

 再び盛り上がる士郎とダンテ。なのはは、何やってるんだろうと思って寝ることにした。ここにいなければ、ダンテが何かやらかしてもフォローしなくて済む。
演奏自体は確かに凄かったけれど、そこに至るまでの心労を考えたら何度も何度もやってられない、と思ってしまうのも仕方のないことかもしれない。

「……じゃあ、私もう寝るね」
「いやー、ダンテさん本当にお強いことで!」
「いやいや、実は結構クラクラ来てるぜ?」
「またまた、顔色も変えずに何言ってるんですか!」
「……聞いてないし」

 最後の最後にドッと疲れて、なのはは部屋を後にした。



 コンコン

 疲れて布団に倒れているなのはの耳にノックの音が遠く響く。
桃子が風呂に入れと言いに来たのだろうと思い、申し訳ないけど今日はもう精神的に多大なダメージを負ったから無視して寝てしまおうとしていた。
が、そんななのはの耳には考えていたのとは違う人物の声が聞こえてきた。

「……なんだおい、寝ちまったのか」

 なのはに聞こえてきたのは、下で士郎と飲みまくって潰れたはずのダンテの声。
まどろんでいた意識が覚醒し、ダンテが下に行ってしまう前にと慌ててドアに向かって声を張り上げる。

「え、ダンテさん?」
「何だよ、起きてるなら返事しろよ」
「ごめんなさい。今開けます」

 なのはが部屋に戻って約二時間、ひとしきり盛り上がったダンテと士郎だったが、遂に士郎が潰れて今日はお開きになったのだ。
そして、これまたなのはの読みどおり時間も時間ということでダンテは高町家に一泊することになったのである。
もっとも、下でそんな騒ぎになってる間、なのはは自室でクロノに説教されていたわけだが。
それでもダンテのことは言わなかった自分は意外と義理堅いんだなぁ、何て考えつつ、なのはは扉を開けた。

「こんな夜更けにどうしました?」
「話が聞きたいって言ったのはお前だろ。まあ、さっきは盛り上がっちまってそれどころじゃなくなって悪かったと思ってよ」
「……まさかダンテさんがそんな殊勝な心がけを持っているとは」
「お前な」

 ダンテのせいで説教されたのだからこのぐらいの仕返しは許されるだろう、となのはは文句の言えないダンテに向かって憂さ晴らし。
もっとも、酒がいい具合に回っているダンテはどこ吹く風で聞き流しているだけなのだが。

「はぁ……で、何が聞きたいんだよ」
「だから、全部ですよ」
「全部ってなぁ……さすがに面倒くせぇよ。知りたいことを聞きな、分かる範囲で答えてやる」
「じゃあ……さっきの人形、あれからお願いします」
「ああ、あれね」

 ベッドに腰掛けたなのはと向かい合うようにダンテは椅子に座り、本当に酔ってるのか怪しいぐらいはっきりとした口調で、でも大したことでもないように告げる。

「あいつ等は悪魔さ。ベッドの下とか影の中とかにいるって思ってるような連中さ」
「悪魔?」
「悪魔がなんなのかって聞かれるとちょっと説明のしようがないんだがな……ま、絶対に分かり合えない敵、かな」

 中には例外のような存在もいたが、そんな極少数の話をしたところで意味がないのでこの場では割愛。
ダンテは悪魔についてほんのさわりだけ説明すると、なのはの質問を待つ。

「……じゃあ、ダンテさんは悪魔と戦ってるんですか?」
「まあな。ちょっと訳ありでね」

 訳あり、そういった瞬間、本当に一瞬だけダンテの顔に暗いものがよぎる。彼自身の家族に深く関わる事項だけに、それも仕方のないことであろう。
なのははその変化に気付かず、ダンテに対してその訳を聞く。彼女に悪意がないのだけが救いだろうか。

「その訳って教えてくれないんですか?」
「そうだな……十年後、俺と結婚する際にでも教えてやるよ」

 軽い冗談、だが、軽く言えたのは僥倖だったかも知れない。
ダンテにとって、彼の家族や出生に関することは余り他人には知られたくない事項である。上手く話が逸らせたことに安堵しつつ、ダンテは先を促す。

「じゃあいいです」
「ワーオ、俺もう寝ようかな。ここのベッドで」
「蹴り落としますよ」

 その反対側で、なのはが随分暴力的になったな、なんてダンテは感心したりもしていた。会って一日しか経ってないのにこの馴染みようはなんなのだろうか。
元々そういった素質があったとしか思えないのだけれど、言ったら刺されそうな気がしたから黙っておく。

「じゃあ、次です。何で海鳴に来たんですか?」
「仕事だよ仕事。悪魔退治さ。まあ、そもそも悪魔なんて信じられないかも知れないけどな」
「どうしてです?」

 いくら卓越した魔法使いといえどまだ子供、そういった大人の事情に関してはやはり疎かった。
果たして、存在というか名前というかはおそらく全人類が知っている”悪魔”を実際に見たことがある人物がどれほどいるだろうか。

「いつの時代も、悪魔とか黒魔術とか、そーいったものは禁書扱いになることが殆どでね。皆怖がって存在を隠しちまうのさ、そんなことしても無駄なのにな」
「…………」

 きっと、管理局の図書館とかでもそうなってると思うぜ。好き好んで調べたい内容でもないしな、とここで一旦言葉を切り、天井を見上げながらダンテは続ける。

「だが、どんなに隠して忘れようとしてもな、悪魔は確かに存在する。
 影の中だとかって言ったのは喩えとかじゃなくてね、ホントそんぐらい身近にいる存在なのさ。ま、こんな話してもしょうがないけどな」
「……悪魔に関してはまあ、分かりました。じゃあ、悪魔退治っていうことはダンテさんの仕事は今日で終わりですか?」

 なのはの疑問も最も。ダンテの返答次第で今後どうなるかが決まると言っても過言ではないからだ。
ただ、今日マリオネットを掃討した後に「まだ捕まるわけにはいかない」と言っていたことからも、ダンテの仕事はまだ終わってないと考えるのが妥当か。
なのはがダンテのその言葉を覚えていたかどうかは定かではないが。

「まさか。あんなんで終わりだったら最初からこねーさ。俺が来たのはな、”繋がる”かもしれないからだ」
「繋がる……?」
「悪魔が住んでる場所、まあ、魔界ってんだけどな。文字通り漫画とかに出てくるものを想像してもらえればいい。
 普通は魔界とこっち側の世界ってのは繋がってないんだが、なんの拍子か繋がっちまうことがある。
 お前さんが言ってたテメンニグル、あれはこっち側から魔界への門を開こうとした事件で、マレット島ってのは向こうからこっち側に門を開いた事件なんだ。真相はな」

 ダンテにとってはどちらも苦い思い出である。
結果的に世界を救った、といえば聞こえはいいのだろうが、ダンテ自身にそんなつもりはさらさらなく、それ故彼自身は今まで真相を誰にも話さなかったのだ。

「……じゃあ、ダンテさんはどっちもその門を閉じようとしたんですか?」
「結果的に閉じた、が正しいかな。一番の目的は閉じることじゃなかったさ。ま、その辺はどうでもいい話だけど」
「……その魔界の門が、今度は海鳴に開くっていうんですか?」

 僅かに震える声。ダンテが関わったとされる次元断層事件に魔界の門が関係しているのであれば、
それがもし海鳴市のどこかに現界しようものなら、海鳴市がどうなるかは推して知るべし、それゆえの恐怖に震えているわけだ。

「まだ分からないな。魔界とこっち側ってのは実は薄皮一枚の差もない、文字通りお隣さんなんだよ。
 だから、ひょんなことで繋がっちまうことがままある。悪魔を呼び出す儀式だのってのが伝わってるのがそのいい例さ。
 条件さえ満たせばひどく狭い門だが、開けることが可能なんだ。ま、そんぐらいの門だったら世界の圧力に耐えられなくて勝手に閉じちまうんだけどよ」
「海鳴に開くかも知れない門っていうのは」
「まだ何も言えないが……俺の勘では、完全に繋がりうるレベルの門が開くんじゃないかと踏んでる」
「その根拠は」

 なのはにとっては悪い情報しか出てこない。
それでも真実を知ろうとするのは、やはりなのはという人物の強い意志がなせる業か、ダンテは内心子供とは思えない強靭な精神に舌を巻きつつ、説明を続けていく。

「一番の根拠は、勘。二つ目は……今日、マリオネット―――人形の軍団を掃除したわけだが、ありゃいくらなんでも数が多すぎだ。
 うっかり出てくるはぐれ悪魔なんてのはせいぜい2,3体なのが普通だ。50はいくらなんでもおかしい、高位悪魔が意思を持って送り込んだ―――そう考えたほうが自然だ」
「高位悪魔?」
「悪魔ってのは力が全ての連中でね。一番上を魔帝、その下に腹心。その下に上級、中級、下級っていう括りがある。
 腹心より下はひどく変動的なんだが、基本的に力の弱い奴は強い奴に絶対服従。
 その上で、魔帝とその腹心ぐらいを高位悪魔なんつー呼び方をしたりする。こいつ等は人間並みの意思と知能を持ってることが多いな」

 もっとも、どうやって相手を殺すか、どうやって人間界を征服するか、それしか考えてないんだが。とダンテは付け加える。
なのはにとっては最初から最後までが何も信じられない話ばかりで、でも、自身味わった今日の経験とダンテの目がそれを真実だと痛いほど教えている。

「……海鳴にもしその門が開いた場合、どうなりますか?」

 今までの情報を総合して、最も起こる可能性が高い最悪の状況について。

「さあな……場所にもよるし、規模にも、どっち側から開いたのかにもよるな」
「……じゃあ、この場所に、マレット島の状況が起きたらどうなります?」
「海鳴市一帯は壊滅するだろうな」
「そんな……」

 配慮も何もあったもんじゃない、ただ淡々とダンテは未来を予想し、その結果をそのまま告げる。
なのはも頭では分かっていたこととはいえ、やはり目の前に突きつけられるとショックが大きいようだ。だが、そんななのはに力強い声が掛けられる。

「そーいった事態にならないために俺がいる。安心しな」
「……ダンテさん?」
「今はまだ無理だが、向こうとの境界が薄くなってきたら、こっちから安全そうな場所に門を開く。その上で魔界に乗り込んで魔帝を叩きのめす。これで海鳴はまあ大丈夫だろ」

 今までと同じようにやはり淡々と告げるダンテ。一切の誇張もなく、彼が思うことそのままの内容が、なのはの絶望を僅かに溶かす。

「そんなこと出来るんですか?」
「出来るさ」

 ダンテの目はこれ以上ないくらいに真実を語っていた。
なのはは知らないが、ダンテは一度魔帝を魔界へ送り返した経験も持つ、対悪魔戦のエキスパートなのだ。その自負が、ダンテの語る言葉に真実の重みを乗せていた。

「……分かりました、信じます」
「よし、イイ子だ。じゃあ、子供はそろそろ寝る時間だ、また明日な」
「……はい、おやすみなさい」

 あばよ、と言ってダンテは部屋を出て行った。なのはは布団に突っ伏し、ダンテの話を反芻する。
悪魔、魔界、ひょんなことから知った真実はひどく残酷で、その上で自分は今その真実に対して行動をする権利を得たのだ。
ダンテに全て任せて震えながら結果を待つのもいいだろう、クロノたちに話した上で対策を練るのも悪くない。だが、なのははどうしてもそうする気にはなれなかった。

「……そうしたらダンテさん、今もこれからもずっと一人だ」

 誰にも語ることなく戦い続け、そしてこれからもその歩みを止めないであろう男。
ずっと一緒に歩くことは多分出来ないだろうけど、どんな偶然か刻が交わった今この瞬間だけは、彼の味方をしたい。
理由は分からないけど、強く強くそう思う。

「あーあ、どうしちゃったんだろ、わたし」

 ごろん、と仰向けになって一人呟く。何のことはない、なのはは、いざとなったらダンテと共に魔界に向かおう、なんて大それたことを考えているのだから。
常識的に考えれば無理だ。一人より二人、そんなのは同じぐらいの実力があってはじめて成り立つ話であり、なのはとダンテでは比べる対象にすらならない。
ダンテから見ればなのははお荷物でしかないのだ。

「分かってるよそんなこと。でもさ、放っとけないよね」

 だったら、門が開くまでの後僅か、それまでに強くなる。せめて、ダンテが背後を気にせず戦えるくらいには。

「よし、やるぞー!」

 決意も新たに、なのはは明日から訓練メニューを倍にすること、ダンテに師事することを決め、眠りにつくのであった。

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最終更新:2008年03月08日 13:33