「……これは、ちょっとやばいことになったかもしれへんな……?」
機動六課隊舎、部隊長室。
はやては書類を眺めながら、溜息をついた。
悩みの種は、他ならぬ小狼達の事である。
話は、数十分前に遡る……
ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE- ~ミッドチルダ編~
第2話「模擬戦」
「それじゃあ、よろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
小狼達が機動六課に現れた、その翌日。
彼等ははやて達へと、機動六課に協力するという旨を伝えた。
勝手の分からない異世界において、はやて達の申し出はこの上なくありがたかった。
羽根を探す上で都合もいいので、小狼達は機動六課に協力する事にしたのだ。
「ほな早速やけど、ちょっと皆にやってもらわなあかんことがあるねんな」
「何ですか?」
「リンカーコアの検査と、魔力レベルの測定だよ。
一応、魔力の有無に関して知っておきたいからね」
小狼達が機動六課に所属する上で、やっておかねばならぬ事。
それは、彼等のリンカーコアの有無の検査と、魔力レベルの測定であった。
部隊の運用上、これははっきりとさせておかねばならぬ事である。
早速小狼達はなのはに案内され、医務室にいるシャマルの元へと向かった。
ちなみにモコナだけは、流石に例外として検査は受けなくていい。
検査自体には然程時間はかからない。
はやては、自室で結果を待つ事にしたが……
この検査が、彼女にとって思わぬ悩みの種となったのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はやてちゃん、入るよ……って、どうしたの?」
「ああ、なのはちゃん、フェイトちゃん。
いやな……これ、見てくれへん?」
検査終了から数十分後。
隊長室へと入ってきたなのはとフェイトに、はやては検査結果が書かれた書類を見せた。
先日、小狼達に話を聞いた限りでは、魔力を持つのはファイとさくらのみだという。
自分が魔道士であると公言しているファイは兎も角、さくらの事に関しては、昨日小狼から聞いた。
尤も、それは「さくらには不思議な力があるから、魔力もあるのかもしれない」というレベルの話だったが。
しかし……検査の結果、予想を大幅に裏切られた。
「え……黒鋼さん以外、全員にリンカーコアが確認されたの?」
「それも、このレベルって……!!」
なのはとフェイトは、驚きを隠せなかった。
リンカーコアの存在が確認できたのは、何と小狼もであった。
黒鋼を除き、全員から魔力が検知されたのである。
しかし、これだけならまだよかった。
最大の問題点は……彼等の魔力レベルにある。
「小狼君はCランクで、全然問題はなさそうだけど……」
「……嘘」
小狼の魔力ランクはCと、それ程大きなレベルではない。
しかし、問題はさくらとファイのランクだった。
まずさくらは、A+……非戦闘要員であると聞いていた彼女が、まさかフォワード四人よりも上とは思ってもみなかった。
だが、これでもまだ許容範囲内である。
最大の問題は、ファイ……彼のランクは、SS+。
はやてを上回っての、機動六課最高レベルだったのだ。
まさかこんな結果が出ようとは、完全に想定外である。
彼等を六課の一員に加えるのには、色々と手間がかかりそうだ。
「ファイさん自身は、魔法は絶対に使わない言ってるけど……それでもこれは予想外過ぎたわ。
保護扱いにしても、レベルがこれだけあるとなぁ……ギリギリやね」
「そっか……大変だね、はやてちゃん」
「まあ、今日中に何とかするわ……それじゃあ、そろそろ行かんとね」
「そうだね……もう皆、そろそろ準備が出来てるだろうし」
はやては椅子から立ち上がり、大きく背伸びをした。
非戦闘要員であるさくらとモコナは別にして、残る三人に関しては戦闘能力を把握する必要があった。
幸い今日は、ヴォルケンリッターが四人とも手が空いている。
ならば彼女等と模擬戦をしてもらい、それを見て判断するのが一番である。
既に、小狼達は訓練場で待機している。
後は自分達が到着すれば、開始する事が出来る。
早速、訓練場へと向かおうと、はやてとフェイトは部屋を出ようとするが……その時だった。
「あ、ちょっと待って……少しだけ、時間いいかな?」
「なのは?」
「どしたん、なのはちゃん?」
「さくらちゃんの羽根の事で、ちょっと本局に連絡していいかな?
昨日言ったばかりだから、まだ全然だとは思うけど……」
なのはは、本局に連絡を取りたいと言い出した。
さくらの羽根について、彼女達は昨日本局へと連絡を入れていた。
もしかすると本局が確保したロストロギアの中に、さくらの羽根があるかもしれないから。
管理世界のどこかで、羽根の存在が確認されているかもしれないからだ。
その件に関して、何か分かった事がないかを確認したいというのが彼女の意見だが……
フェイトとはやては、そんななのはをニヤニヤしながら見る。
彼女の本当の目的ぐらい、二人にはお見通しである。
「なのはちゃ~ん……そんな事言って、本当はユーノ君と話がしたいだけちゃうん?」
「ふぇ!?
え、えっとそんなことは……」
「なのは、顔真っ赤だよ?」
見事に図星を突かれ、なのはの顔が赤くなる。
確かに、さくらの羽根の事に関して聞きたいというのは本当である。
しかしそれ以上に、彼女は話したかったのだ。
無限書庫の司書長であり、そして自分の大切な幼馴染でもあるユーノと。
「アウグストの時も、凄い嬉しそうにしてたよね。
久しぶりにユーノに会えたって……」
「へぇ~……いやぁ、羨ましいなぁ本当。
そういう浮いた話って、私等には無いもんやし」
「ちょっと、二人ともぉ!!」
二人にからかわれ、なのはは困った顔をする。
今の所、お互いの関係は幼馴染以上恋人未満という形である。
傍から見れば、恋人同士といってもおかしくはないのだが。
とりあえず、これ以上は流石にと思いはやてはなのはをからかうのを止め、彼女の意見に答えた。
「まあ、連絡は確かに取っといた方がええやろね。
本局のロストロギア管理部には、小狼君達の事の報告ついでで私がしとくから、無限書庫の方に聞いてみよか」
「あ……ありがとう、はやてちゃん」
「ええってええって。
それじゃ、そうと決まったらさっさと連絡とろか」
早速はやては、無限書庫へと通信を繋ぐ。
さくらの羽根に関して、何か分かった事があればいいのだが。
昨日の今日だから少し不安ではあるが、それでも良い返事が来る事を三人とも期待する。
そして、無限書庫との通信が繋がり……スクリーンに、ユーノの姿が映し出される。
『なのは、フェイト、はやて。
こんにちわ、一体どうしたの?』
「こんにちわ、ユーノ君。
えっと、昨日言ったさくらちゃんの羽根の事なんだけど、何か分かった事ないかな?」
『ああ、その事なんだけど……』
――――おい、ハラオウン提督からまた資料請求きやがったぞ!!
――――えぇ!?この前やりやがったばっかだろ、あの鬼提督!!
――――先輩、三課から請求された資料ってこれで全部ですかぁ!!
――――おーい、九区画にあるBB事件の資料誰か取ってくれー!!
何か、ユーノの背後からドタバタと聞こえてくる。
どうやら今日も、無限書庫は中々忙しいらしい。
無論、今こそこうして通信に応答してこそいるものの、ユーノもここ数日は激務続きである。
流石は、管理局内における主要な情報が多く集う部署と言うべきだろうか。
「今日も大変そうだね……」
『あはは……えっと、さくらちゃんの羽根の事だよね。
僕も昨日、すぐに調べてはみたんだけど……今の所、それっぽいのは見つかってないんだ』
流石に、羽根に関する資料はまだ見つかっていなかった。
予想はしていたものの、やはり残念な事は残念である。
「そっか……ごめんね、ユーノ君。
忙しいのに、時間取らせちゃって」
『なのはが謝る事無いよ。
こっちこそ、期待に答えられなくってごめんね』
「ユーノ君……うん、ありがとう」
互いを気遣いあう二人の様子を見て、フェイトとはやては苦笑する。
やっぱりこの二人、中々いい感じである。
折角だし、ここは二人きりで話をさせてあげようか。
そう思って、フェイトとはやては部屋を出ようとするが……その時だった。
モニターの向こうから、雰囲気ぶち壊しな叫び声が聞こえてくる。
『し、司書長ォォォォォォォォォォッ!!!』
『うわっ!?
い、一体どうしたんですか?』
『やべぇっす、十三区画の資料が崩れ始めました!!
一個資料取ったら、そいつが上手い具合につっかえてた奴らしくって……
今は岐部さんが結界魔法で押さえつけてますけど、このままじゃ!!』
『えぇっ!?
分かった、すぐ行きます……ごめんなのは。
急がなきゃ……』
「あ……ううん、それより早く行ってあげなきゃ」
『うん、すぐに……』
――――う、うわああぁぁぁぁぁ!!!?? うわらばっ!?
――――き、岐部さあぁぁぁぁぁぁん!?
――――やべぇ、岐部さんが本の雪崩に飲み込まれたぞ!!
どうやら手遅れだったらしい。
悲鳴の内容から察するに、本棚の崩壊を食い止めていた岐部さんという司書が、飲み込まれたようである。
ユーノは一言なのはにごめんと謝ると、すぐに通信を切って現場へと向かっていった。
「……大変なんだね、無限書庫のお仕事って」
「こりゃ、下手したらうち等六課よりもきついんかもな……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ごめん皆、お待たせ」
それからしばらくして。
なのは達三人が訓練場に到着し、ようやく全員揃った。
小狼達も、既に準備万端の様子である。
「それで、俺達の戦う人達は誰かな?」
「ああ、私達だ」
ファイの問いに対し、ピンク色の髪の女性―――シグナムが返答する。
六課から模擬戦の相手として選出されたのは、ヴォルケンリッターの三人。
ヴィータ、シグナム、ザフィーラである。
形式は一対一ずつのタイマン勝負。
誰と誰が当たるかは、まだ決まっていないが……ここで黒鋼が、口を開いた。
「なら……俺は、その女とやらせてもらうぜ」
「私とか?」
黒鋼は、シグナムを己の相手に指名してきたのだ。
別にそれ自体は全く問題ないのだが、流石に驚かざるを得ない。
どうして自分を選んだのだろうか、シグナムは少し考えるが……すぐに理由を察した。
そして黒鋼も、同時にその理由を告げる。
「見りゃ分かる。
お前、剣を使ってんだろ?」
「ふっ……やはり、そういう事か」
黒鋼は、シグナムが剣士である事を見抜いていた。
それ故に、同じく剣の使い手として彼女と戦ってみたいと思ったのである。
シグナムはそれを、潔く承知する。
彼女もまた、剣士として黒鋼と戦ってみたいと感じていたのだ。
お互いに好戦的な性格の二人。
既にこの時点で、激しく火花を散らせあっていた。
その様子を見て、ファイはシグナムの隣で控えていたザフィーラへと視線を向ける。
「それじゃあ、俺はそこのワンちゃんとしよっか♪」
「……ザフィーラだ」
ファイに対し、少しばかり不機嫌そうにザフィーラが答える。
流石に、ワンちゃん呼ばわりはあまりいい気分はしないらしい。
一見お気楽な性格のファイと、落ち着いているしっかり者のザフィーラ。
随分と対照的な二人の組み合わせとなったわけだが……
(しかし……シャマルからの話によると、この男の魔力は主を上回っていると言う。
魔法は使わないと言っているとはいえ、油断は出来んか……)
「あれ、急に黙り込んじゃったけど、どうしちゃったのかな?」
「……何でもない、気にするな」
「……ワンちゃんって言われたのがショックだったら、他の姿になったらどうかな?」
「!!」
ファイの言葉を聞き、ザフィーラは大きく目を見開く。
彼は、自分には他の姿がある事を知っている。
自分が人間の形態になれるということが、分かっているのだ。
やはりこの男は油断ならない。
これは、一層気を引き締める必要がありそうだ……ザフィーラは、息を呑んだ。
「それじゃあ、あたしはお前とだな」
「そうみたいですね」
そして残る小狼は、必然的にヴィータと当たる事になる。
これで組み合わせは決定した。
後は、誰から試合を始めるかだが……ここではやてが、ごく自然に口を開いた。
「それじゃあまずは、ザフィーラとファイさんでいってみよか」
「分かりました」
「うん、俺はいいよ」
はやてはまず最初に、ザフィーラとファイとで戦うよう指示を出した。
その理由は勿論、この中ではファイの実力が一番気になるから。
SS+という高いランクでありながらも、魔法は一切使わないと言う彼がどの様なものなのかを、真っ先に知りたかったのだ。
ファイが、自分の身長ほどの長さがある棒を構える。
何てこと無い、単なる普通の木の棒。
それに対しザフィーラも、すぐさま跳びかかれる様に構えを取った。
ファイの表情は笑顔だが、ザフィーラの表情は真剣そのもの。
これ程までに正反対の二人が、果たしてどの様な戦いを繰り広げるのか。
見学のフォワード四人も、これには期待せざるをえなかった。
そして、皆が見守る中……はやてが、勝負開始の合図を告げる。
「よし……はじめ!!」
最終更新:2008年03月07日 21:29