空はすっかり機嫌を損ねてしまった様子で、暗雲が幾重にも重なり
その中をまるで龍が走るかのように稲光が瞬く。
ピカピカと薄暗くなった空を照らす雷に紛れるように一筋の光が地に落ちた。
雷の戦士が降り立ったのだ。
雷光とも謳われた、最速の魔導師フェイト・T・ハラオウン……
またの名を、仮面ライダーザビーが戦場へと躍り出た。
魔法少女リリカルなのはsts masked rider kabuto
こちらを威嚇するような不気味な唸り声を上げるワームにむかってザビーは射抜くような視線とともに歩を進める。
眼前の怪物達は、突如として割り込んできた自分の存在に戸惑っている様子だ。
群れの一匹が意を決したようにこちらに突進してきた。
がむしゃらに振るわれる一撃をかわしつつ、ザビーは敵の様子を観察した。
やはり、サナギの知能は高くない。
その証拠に、複数体いるにも拘らず統率のかけらもない戦法で襲い掛かってくる。
自分を取り囲むように前後左右からの攻撃を、ザビーはその頑強な装甲で受け止め、逆に拳の一撃をお見舞いする。
続けて裏拳を背後に陣取ったワームに叩き込む。
たまらず仰け反るワーム達
迫り来るワームの姿は、未来永劫見慣れることがないであろう醜悪なものだ。
呪詛のようにも聞こえる唸り声は耳障りなことこの上ない。
その全てが、勤めて冷静に対処しようとするザビーの・・・・・・
フェイトの闘争本能を刺激する。
脳裏にフラッシュバックする記憶を打ち消し、拳を振るう。
ぐっと歯を食いしばり無心にならなければ、怒りで我を忘れてしまいそうだ。
横目にスバルとティアナを見やると、ワームの群れは二人に興味をなくしたのか
一匹残らずこちらを相手にしているようだった。
四方を囲むワーム……
そろそろ、頃合いか。
「キャストオフ!」
〈〈CAST・OFF〉〉
その一言で、ザビーを取り囲んでいた10体以上のワームは一掃された。
彼女がしたことといえば、左腕のデバイスをくるりと180度回転させただけだ。
キャストオフ。
読んで字の通り、マスクドフォームとして全身を包んでいた装甲をパージすること。
いや、脱ぎ捨てると言うよりも脱皮と形容した方が適切であろう。
装甲排除だけが目的ではなく、四方八方に猛スピードで装甲を弾き飛ばす一種の強力な
質量兵器でもあり、ヒヒイロカネと呼ばれる特殊金属で構成されたマスクドフォームの
装甲は、事実上ミッドチルダに存在するどの金属よりも強固であり、魔力弾以上の初速で
弾き飛ばされた装甲が命中すればワームなど簡単に撃破できる。
もっとも、それが有効なのは「サナギ」だけであるのだが……
〈〈CHANGE・WASP〉〉
撃破されたワームの体液が蒸発し砂塵のような蒸気が立ち込める中、二対の大きな瞳がぼぅと光る。
仮面ライダーザビー〈ライダーフォーム〉
装甲をパージしたことにより、マスクドフォームの鈍重な見た目と対照的に魔導師本人の体格が顕著に現れ、戦闘時に俊敏な動きが可能となった形態。
その身のこなしは、華麗の一言に尽きる。
(すごい……)
目の前で繰り広げられた戦いに、スバル・ナカジマはすっかり見入ってしまっていた。
足がずきずきと痛み身動きが取れないと言う理由もあったが、突然現れた黄金の戦士
の姿に注目するなと言う方が無理な話であった。
ティアナだけは庇わなくてはと、彼女を背にワームに立ちふさがったスバルだが
リバルバーナックルを構える腕は自分でも驚くほど震えていた。
無力な自分をせせら笑うように、膝ががくがくと震えていた。
今、自分はどうしようもなく怯えている。
まるで7年前のあの日のように……
「誰かを守るということは、それだけ自分もおそろしいモノに立ち向かわなければいけない」
ふと浮かぶのはそんな言葉。
幼い自分に魔法の基礎、そしてシューティングアーツを教えてくれた姉の言葉だ。
その時は当たり前のことだと思ったものだが、今になってズシリとその言葉の意味が響いてくる。
強くなる。強くなって人々を守る……
そうあの日誓っておいて、覚悟を決めておいて……
こうして現実に直面すると自分は足を竦ませ、身動きひとつとれなくなっている。
恐怖心が喉から今にも飛び出さんとする。心が恐怖で氷付けにされたようだ。
それに比べて目の前に立つ戦士はどうだろう。
恐れることなく敵に立ち向かい、戦い、勝利している。
そういえば、その姿は自分を救った天使に似ているような……
「あぶない!!」
「えっ」
突然、スバルの視界が暗転する。
文字通り身体が一回転したような感覚に陥り、地面にたたきつけられる。
受身をとったつもりだったが打ち所が悪かったのか、まるで自分の身代わりになるように足のローラーブレードがにぶい音を立てて壊れた。
気付けば目の前には新たな怪物の姿。
八つの足を自在に動かしながら飛び掛ってくる新たなワームの姿はグロテスクだった。
「脱皮したか……!」
自分の声がスバルに届く前に、事態は最悪の方向へ進んでしまっていた。
成虫ワームだ。
どうやら一匹仕留めそこなったらしい。
おそらくキャストオフの瞬間に脱皮し、逃げおおせたのだろう。
「あ、ぐぅぅ…」
視界が一気に上昇する。
ワームがスバルを持ち上げるように首を締め上げたのだ。
成虫ワームの力はサナギワームのそれを軽く凌駕しており、首の骨が悲鳴を上げる。
手の力を強め、きりきりと不気味な声を漏らすワームはまるでそれを楽しんでいるようだ。
「っ!!」
スバルを救おうとワームに拳を向けるザビーだが、次の瞬間には動きが止まる。
卑劣にもワームはスバルを盾にしたのだ。
知能も発達し、狡猾になったということか。
無機質な瞳がまるでこちらをあざ笑うかのように見つめる。
(……わたし、ここで死んじゃうのかな……?)
(やだ……いやだよ…わたしはまだ、なにもしてない…なにもできてない……)
途切れつつある意識の中、スバルは7年前の記憶を反芻していた。
ただ泣くことしかできなかった無力な自分。そんな自分を救った天使。
忘れようにも、忘れることなどできるはずもないあの時の光景を、託された想いを
(誓ったんだ!強くなるって!みんなを守れる人になるって……!)
途端に、消えかかっていた心の炎がかっと燃え上がる。
すべてを凍てつかせるように広がっていた恐怖心が、その炎によって焼き尽くされ
代わりに闘志がふつふつと沸いてくる
(そう、だから……こんなところで倒れるわけにはいかないんだ……!)
力なく揺れるだけだった右腕がぐっと握りこぶしを作る。
「ディバイン……っ!!」
なかなか音を上げないスバルに不信感を抱き
ワームがスバルの首にもう一方の手をかけようと頃にはもう遅かった。
既にスバルのリボルバーナックルには充分すぎるほどの魔力が集まっていたのだ。
「バスタァァァー!!」
スバルの右腕に魔方陣が展開され、エネルギーの塊が撃ち出される。
ディバインバスター…直射型の砲撃魔法の中でもシンプルなものである。
己の魔力を直接相手に叩き込む荒っぽい魔法で、威力もまちまちだが目と鼻の距離で放たれればひとたまりもあるまい。
事実、胸部にディバインバスターの直撃を受けたワームは、スバルの首から手を離し
のたうつ様に苦しんでいる。
「ディバイン、バスター…?」
ザビーは、いやフェイトは少しばかり困惑した。
スバルの放った技の元々の使い手をよく知っていたからだ。
まさかという疑念が胸をざわめかせる。
「やった……」
何度かむせながら、スバルは吹き飛ばされたワームを見た。
と、全身が重くなり、どっと疲労が噴出す。
そのままふらりとバランスを崩すと、スバルはその場に崩れ落ち……なかった。
「わりぃ、フェイト。遅くなった!」
「ヴィータ!ザフィーラ!」
倒れる寸前の所をザフィーラが受け止めていたのだ。
スバルへの疑念をさっと振り払い、フェイトは救援に来た二人の姿にほっと胸をなでおろす。
手足となって動く部下がいない今、意識を失った二人に気を遣いしながら戦う余裕は自分にはない。
「ったく、手間かけさせやがって……」
ヴィータがティアナの傷の様子を見ながら文句を言うが、地上本部からここまで
かなり距離があるので、口とは裏腹に彼女が全力で飛んできたのは明らかだった。
『ギ、ギ……!』
ワームはまだ生きていた。
やはりディバインバスターの直撃を受けても、ひるませる程度で致命傷にはならない。
八つの手足を広げ、全身で怒りの感情を露にするワーム。
『グォォォォ!!』
地が震えるのではないかと思うほどの雄叫びを上げると、ワームは音もなく消え去っていた。
忽然と、その場から姿を消したのである。
「二人をまかせました」
「ああ、かまわずぶっ潰せ!」
フェイトの言葉に、状況を瞬時に察したヴィータが血気盛んな彼女らしい激励を送る。
フェイトは小さく頷いてみせ、腰に巻かれたベルトに手を触れる。
「クロックアップ」
〈〈CLOCK・UP〉〉
言うや否や、ザビーもまたワームに追随するように姿を消した。
さっきまで地面に足をつけ、存在感たっぷりに立っていたザビーが一瞬にして。
まるで、この世界自体から消失したかのように思えるが、違う。
超高速移動。
クロックアップしたのだ。
「ああなっちまったら、もう別次元の戦いだ」
もはや知覚できぬ領域へ移行した戦いに、ヴィータはあきらめた口調でポツリと呟く。
スバルを抱えたザフィーラもまた、こくりと頷きその言葉に同調した。
……現在までに確認されているワームの特性は大きく分けて三つ。
群れで行動すること。脱皮すること。そして、脱皮したワームは魔導師ですら視認できないほどの超々スピードで行動可能なこと。
後にクロックアップと呼ばれるその驚異的な能力は、局のベテラン魔導師も手を焼くものであった。
そんな状況を打開するために、対ワームの切り札として開発されたものがマスクドライダーシステムである。
デバイスシステムとバリアジャケットの特性を融合させた画期的なシステムとして誕生したそれは、魔導師自身の魔力を糧にワームとほぼ同じ超加速を実現したクロックアップシステムを内蔵したまさにワームと戦うためだけのシステムだ。
技術的問題で、カートリッジシステムを廃したライダーシステムは人為的な方法で魔力を増大させることができない。
カートリッジのバックアップが期待できないとなれば、頼れるものは自らの魔力のみ。
言うなれば、装着する魔導師の純粋な魔力をエネルギーとして構成される、魔力を食う鎧。
その為にフェイトは己の身体を、そして自分の分身といっても過言ではないデバイスを差し出したのだ。
「っ!!」
超加速状態の二体は、すべてが動きを止めた世界で戦いを繰り広げていた。
流れる風を身体に感じることもない、虚無のような世界。
頭上の雷雲は静止し、その間を走る稲光も一定の形状を保ったまま止まっている。
正確には静止しているように見かけ上見えているだけに過ぎず、知覚できないほどゆっくりとだが万物は動いてはいる。
しかし、今のフェイトにとってこの世界は、周囲のすべてから隔絶された戦場に違いなかった。
ビルの外壁に張り付くようにして移動するワームは、ザビーをからめとろうと口からクモのように糸を射出する。
ザビーは右に身体を跳ばし、それを避けた。
狙いをはずした糸は、背後のビルの外壁に直撃し鉄筋をえぐるが、破片ははじけ飛ぶことなくその場で静止した。
ザビーは強化された脚力を駆使し、外壁のワームの懐にパンチを叩き込む。
ディバインバスターの零距離射を受けた部分だ。
効いているのか、別のビルへ飛び移るワーム。
即座に追撃に跳ぶザビーだったが、動きはライダーフォームにもかかわらずどこか鈍い。
クロックアップしたライダーフォームは人間を遥かに超えるスピードで活動することが出来る。
が、それには前述の通り大量の魔力消費というペナルティが存在する。
なにより、装甲をまとっているとはいえ、クロックアップによってかかる装着者への身体的負担は想像を絶するものがある。
充分に訓練をフェイトでさえ、最大で7分程度しか加速状態に耐えられないほどだ。
加えて、極力無駄な魔力消費を抑えるためバインドを使った拘束、砲撃魔法による長距離攻撃などは一切使えない。
つまり、ほぼ素手の状態且つ短時間でけりをつける必要がある。
……既に加速状態に入り3分が経過しようとしていた。
ワームの猛追はとどまることを知らず、次々と発射される糸弾を避けるのにも限界が生じてきた。
縦横無尽に糸が張り巡らせたビル郡はさながら巨大なクモの巣である。
「?!」
ふいに、左腕に力任せに掴まれたような痛みが走った。
動きが鈍った隙を突かれ、ザビーの左腕に糸が巻き付いていたのだ。。
しなやかで金属のように強靭な糸は、力任せに引っ張っても取れそうになかった。
事実上、ザビーは左腕を封じられたのだ。
じっとりとした冷や汗が背筋に流れる。
口の糸を手繰り寄せながら、じりじりとこちらに向かってくるワーム。
首だけを動かし背後を見やる。
ここは高層ビルの屋上。いつの間にか端まで追い詰められ、一歩足を踏み出せばまっさかさまの位置にいた。
今の自分にはどうと言うことのない距離だが、落下中ワームは確実に仕掛けてくるだろう。
そうなれば打てる手段は限られてくる。
このまま眼前のワームに切り込もうか?いや、糸をどうにかして後ろへ跳ぶか?
そういえば向こう側のビルは確か…
……勝機はある。
自分の記憶が正しく、ワームがこちらの誘いに乗ればの話であるが。
ザビーは左手の糸をぐっと掴み、ぐいと力をこめて引っ張る。
これ幸いと、ワームは引っ張られる勢いに任せてこちらに飛び掛かってきた。
(かかった!)
ギリギリの距離までワームが迫った瞬間、ザビーは体勢を低くし飛行魔法で跳躍に加速を加え背後のビルに突っ込んでいく。
当然、慣性のまま糸に引っ張られたワームも連なるようにガラス窓を盛大に砕きビル内部に叩き入れられる形となる。
外壁の破片は中空に舞うことなく、その場で動きを止め、ガラス片のひとつがきらりと光った。
受身の態勢で突っ込んだザビーがワームよりワンテンポ早く立ち上がる。
魔法を使ったせいで、クロップアップの解除時間はもう間近だろう。
ここで決めなければ。
ザビーはぎゅっと拳を握り締め、依然糸が巻きついたままの左手を仮面で覆われた口元にかざす。
「ライダースティング!!」
〈〈RIDER・STING〉〉
バルディッシュの復唱と共に、腕首に装着されたデバイスは形を変化させ、ニードル状に変化したデバイスに金色の魔力光が雷のように走る。
ブレス付近にワームの糸がまきついていなかったのは幸運だった。
ニードルモードと呼ばれる黄金の針は、いかなる蜂の毒針よりも禍々しく、鋭い。
バチバチと音を立てニードル部分を中心に増幅された魔力がニードルの長さを倍以上にした。
『ギリ、ギギ……』
不意を衝かれたワームも遅れて立ち上がり身構えるが、もう遅い。
「はぁぁっ!!」
ザビーは渾身の一撃をワームの胸部の中心目掛けて放った!
バキバキと破裂音を響かせ、ライダースティングに吹き飛ばされたワームは真後ろに
設置された実技試験の最終関門、中距離自動攻撃型スフィアに背中から追突する。
途端に連鎖反応を起こし、轟音と共にスフィアは粉砕された。
ワームのクロックアップは胸部に受けた一撃で強制解除され、残った肉体はスフィアの爆発と共に焼かれ四散した。
もっとも、こちらには静止した空間で炎に包まれる寸前のワームが見えるだけであったが。
予想通りの結末だった。
スフィアを狙ったのは、魔力残量の心もとないライダースティングで仕留めるのは難しいと考えた上での判断だ。
こちらの作戦勝ちである。
〈〈CLOCK・ОVER〉〉
数秒遅れでこちらもクロックアップが解除された。
静止状態だった爆風と爆音が一気に押し寄せる。
さながらワームの断末魔だ。
「っ……!」
途端にがくりと膝をつくザビー。
クロックアップを使用した後はいつもこうだった。
脳が加速状態から元に戻りきれず混乱し、視界がゆがむ。
じっとりとした汗と疲労が全身を覆う不快な感覚。
そして、鈍く残る痛み。
このシステムが確実に自分の体を蝕んでいる。そう実感できる。
まさしく諸刃の剣であることが、そんなことはとっくに了解している
ブレスからバルディッシュをはずし、変身を解除したフェイトは力なく立ち上がる。
だからこそ、迷いはない。そんなものは捨ててきた。
自分が選んだ自分の道だ。
たとえその先に待つものが地獄であろうとも、ただ突き進むのみ。
足がただれ、血だらけになろうとも進み続ける。
それが、仮面ライダーだ。
雷雲は雷雨へと変わり、地を濡らしていた。
最終更新:2008年03月08日 13:25