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 人は何かを破壊して生きている。
 それは食物であり、大気であり、物体であり、命。
 消費することで存在を維持し続ける不安定な生命。
 だからこそ人は感謝する。
 生かしてくれたことに。
 だからこそ人は罪を感じる。
 奪ってしまったことに。
 だからこそ人は尊大になる。
 己がより強大になったということに。
 そして、人が如何に感謝しようとも、如何に悔やもうとも、如何に喜ぼうとも、命は日々奪われて、奪われた命は誰かの糧となる。
 それが世界の定めたルールであり、決して変えることの出来ない運命。

 そして、奪う命を選べないのもまた定めなのである。

                                          ――破り捨てられた紙片より


【UnrimitedEndLine】
 外伝 『Biscuit・Shooter/1』
  その日、雨が降っていた


 雨が降っていた。
 ザーザーと雨音が鳴り響いていた。
 濡れそぼる身体から体温が奪われていく。冷たく全身を濡らし、下着にまで染み込んだ雨水はどこまでも不快だった。
 身体が震える。
 歯がカチカチと鳴り響く。
 しかし、それを俺は歯を噛み締めて、スコープを覗き込む視線がずれないように、震えが腕へと伝わらぬように意思で身体の動きを止める。

「相棒」

 たった一言、言葉をかける。

「雨が酷い。水滴による魔力弾の干渉と気圧変化の誤差を修正しろ」

『――OK。Friend』

 僅かな駆動音を上げて、銃身に備え付けられたデバイスコアが無数の文字を出力していく。
 そんな光景を俺は無視する。
 必要なのはスコープ内の光景であり、引き金を引く指だけ。

「っ」

 スコープ内の視界に変化があった。
 誰も居ない無人地帯であったはずの廃墟外。
 そこへと足を踏み入れる複数の人影があった。人物達の中心に立つのは高級そうなスーツを着たトランクを持った人物であり、その周りにはセット状態にしたデバイスを持った人間たちが居た。

(情報通りか……)

 タレコミがあった違法魔導器の取引現場。
 反管理局の大儀を掲げるテロリストの一派。
 かなり重要な代物らしく幹部クラスも出てくるという情報は正しかったらしい……

(まあどうでもいいけどな)

 唇を噛み締める。
 ジワリと埃臭い雨の味がした。
 何故か無性に煙草が吸いたくなった。たった数ヶ月前までは吸うことのなかった煙草が、ニコチンが欲しかった。
 スコープの中では索敵魔法を使用する護衛らしき魔導師の姿。
 しかし、無駄だ。
 体温は雨の中で濡れて下がっているし、この廃棄都市の中には未だ把握し切れないほどの住民権を持たない浮浪者が居る。それらに一々対処していたら、住民全て殺さなくてはいけないだろう。
 そうなれば判断する基準はデバイスの起動状態による魔力反応での索敵だけだが、デバイスと彼自身に対魔力の隠蔽シートを被せ、息を潜めた彼の存在は認識出来ない。
 ここに潜んで半日近く。
 ようやく巡ってきた機会にも、彼は震えることなく、ただ息を潜めて、揺らぐことの無いように
肘の骨で腕を固定し、引き金の指をかけていた。

(まだか、まだか)

 考える。
 考える。
 待ち遠しく考えながら、意識を視界に向ける。
 スコープの中の光景が少しずつ変わっていく。
 幹部らしき人物が、傘を指す護衛の男に言葉を吐きかけながら、貧乏揺すりをしている。
 タレコミにあった取引開始時間まであと3分。
 どうやら予定時間まで待てないほど短気な性格らしい。しかも、極秘の取引のはずなのに、ここまで声が僅かに届くほどわめいている。
 典型的な単細胞だ。

(利用出来る、な)

 眼球を流れる雨を無視し、彼はそう考える。
 冷徹な意識が首をもたげ、囁く。
 残酷な復讐の意識が、甘美な誘惑が引き金の指に力を篭めさせる。

(待て)

 引き絞りかけた指を押さえ込む。
 息をゆっくりと吐いて、興奮を押さえ込む。
 そして、湧き上がったのはより残酷な思考。

(ここで終わらせるつもりか、それじゃあ意味が無い)

 残酷な狙撃手としての思考が、彼の頭の中で計算を繰り返す。
 そうしているうちに時間が経過する。
 無限にも近い、濡れているにも渇きを覚えるような時間の果てに、三分が経った。

(来た)

 先に待っていたテロリストの一派。
 それとは反対方角から同じような格好の幹部とデバイスを持った護衛が現われる。
 その手に持っているのは同じトランク。
 片方に入っているのは金であり、もう片方は魔導器。
 これから彼らは交換する。
 その瞬間を見極めろ。

 ――1秒。
 彼らがお互いの存在に気づく。

 ――2秒。
 互いのトランクを見て、頷きあう。

 ――3秒。
 言葉を交わし、ゆっくりと歩き出す。

 ――4秒。
 歩き出した前で互いのトランクを置いた。

 ――5秒。
 そして、足で蹴り飛ばし、滑るように届けられたトランクに幹部たちが手を伸ばしー―

「シュート」

 引き金を引く。
 ガチンと鳴らないはずの撃鉄音がしたような気がした。

『Snipe Shot』

 高速、遠距離射撃のスナイプショットが真っ直ぐに――最初の幹部の足を打ち抜いた。
 純粋魔力ではない、殺傷設定の狙撃。
 圧縮し、硬質化した弾丸は綺麗に打ち抜いて、血をぶざまな悲鳴を撒き散らす。
 ――吐き気がした。

「ひがぎゃぁあああ!!」

 悲鳴を上げて、無様に転がる幹部。
 続いて第二射。
 慌てて駆け寄る護衛の一人を狙い、引き金を引いた。
 ――胃液が込み上げる。

「がっ!!」

 無防備な背中を打ち抜いた弾丸は、純粋魔力の非殺傷設定。命中箇所はリンカーコア付近。
 しばらく魔法は使えず、悶絶することだろう。

 ――混みあがる胃液を噛み締める。

「なんだ?!」

「狙撃?! くそ、貴様らが仕組んだんだな!!」

 護衛が叫び、そして悶えていた幹部が悲鳴のように絶叫を上げた。

「こ、ころせぇえええ! 俺の足を、てめえらが全員ぶちころせ!!」

「――様を守れ!」

 一方的な混乱に、こちらの狙撃箇所を攻撃するものと取引相手に攻勢を仕掛けるもの、そして状況が分からず防戦を初め、幾十もの防御フィールドを展開する護衛たち。

「……醜いな」

 込み上げる胃液を軽く吐き捨てて、だらりと垂れた涎を雨で流れるままに彼は呟いた。
 幸いにもBランクにも達していない魔導師しかいないらしく、こちらに飛んでくるのは大規模破壊魔法ではなく、単なる魔力弾の類。
 周囲の壁は砕け、埃が舞い、雨と相まって泥のような瓦礫が飛んでくるが――直撃はしない。

「そろそろいいか」

 懐に隠していた端末のスイッチを押す。
 ブゥウウウンと聞こえないはずの幻聴が聞こえ、同時に雨粒が降り注ぐ空が僅かに歪んだ。
 これで転移魔法を使用するための空間が安定される。

 あとは――

「最低でも、奴らをぶちのめしておくか」

 瓦礫が飛んでくる。
 破片が頭に当たり、背中に食い込み、僅かに痛みが発する。
 もともとそんな魔力もなく、隠密のためにバリアジャケットを付けてない体は頑強なはずのコートでも防ぎきれずに、血が流れる。
 しかし、関係ない。
 ストームレイダーを握る手の震えを止めて、スコープを覗き見る。
 銃眼の行く先は――幹部を防御魔法で守る護衛たちの中心点。
 幾重にも重ねられたバリア系、フィールド系、シールド系の三重防護。AAAランクの砲撃魔法でも
なければ貫けなさそうな強固な壁。
 あれを軽々と貫けるのは、おそらく話に聞く管理局のエースぐらいのものだろう。
 が。

「甘いんだよ」

 精々B+のミッドチルダ式陸曹、ヴァイス・グランセニックには出来るのだ。
 その障壁を突破――否、“粉砕”することが。

 引き金を引き絞る。
 埃まみれの雨水を啜りながら、ビクビクと痙攣する内臓器官の苦痛を噛み締めながら、ヴァイスは嗤う。

「ぶちぬけ」

『Variable Barret』

 そして――彼は“四度引き金を引いた”。




 ……煙草に火を付ける。
 雨で冷え切った体に染み込むニコチンの味はイラつきを殺し、先端から立ち上る紫煙はどこか心を落ち着かせてくれた。
 今、ヴァイスが居る場所は武装隊の面々がよく通うBARのテーブル席だった。
 “無事”狙撃任務を終えて、彼は着替えだけ済ませてフラリと一人でやってきた。
 いつも陽気に会話する同僚は今は居ない。
 狙撃任務を終えたその日はどんな誘いも断って、一人で酒を飲み、煙草を嗜むことにしている。

「……っ」

 煙草を吸う。
 そして、煙を吐く。
 黙々とモクモクと煙を立ちこませる行為は決して自分は昔は行うことはなかった。
 たった数ヶ月前から彼は煙草を吸い、慣れもしない酒を飲むようになった。
 健康を害すると分かっていて、狙撃手として決して煙草を吸うことなど許されないのに、彼はそれを吸う事がやめられなかった。

(俺は……何をしているんだろうな)

 このまま酒を飲み、煙草を吸い続ければいずれ自分自身がスナイパーとして使い物にならなくなることが
分かっている。
 繊細な手つきが必須のスナイパーに、毛細血管を萎縮させ、指の動きを鈍らせる煙草は毒にしかならない。
 それが分かっているのに、ヴァイスはやめられなかった。
 元々煙草が好きでもなかった……いや、今でも美味いとは感じてない煙草を。

(そういえばなんで俺は煙草を呑まなかったんだったか?)

 カランとグラスの中の酒を動かして、音を立てながらヴァイスは考える。

(そうだ……“アイツ”が煙草の煙がまったくダメで――)

 ――思い出すのは動かない“友”の体。

 ――自らの手で抉り取った肉親の未来。

「っ!」

 連想した瞬間、内臓が悲鳴を上げた。
 ドクンと心臓が針で突き刺さったように痛みを発した。
 手に持っていたグラスを落として、含んでいた酒を吐き戻す。

「ぶ、がふ!」

 内臓ごと吐き戻しそうな感覚。
 込み上げる苦痛と酒の混ざった胃液が、口を押さえた手からこぼれそうになる。
 痛みが止まらない。
 吐き気がおさまらない。

「お客さん?! 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ」

 バタバタとバーテンダーがタオルとバケツを持って、吐き戻したヴァイスの胃液を拭いていく。
 申し訳なくなって、ヴァイスもまた治まりつつある胸を押さえながら、バーテンダーからタオルを借りて、自分の吐瀉物の後始末をした。

「大丈夫ですか、お客さん? 飲みすぎたのなら、タクシーを呼びますが」

「いや、悪い……すまないけど、水をくれるか」

「あ、はい」

 綺麗にテーブルを拭き終えて、バーテンダーが戻っていく。
 そして、ヴァイスが周りを見渡すと、当たり前だが元々少なかった客がさらにいなくなっていた。
 間違いなくヴァイスが見せた醜態のせいだろう。

(迷惑をかけちまったな)

 水を貰ったら迷惑料も込みで、金を置いてさっさと出よう。
 そう考えて懐の財布から、紙幣を数枚抜き出そうとして。

「すまんが、ここに座ってもいいかね?」

「あ、そこは――」

 さっき俺が吐いたからやめたほうが。
 そう言おうとして、顔を上げたヴァイスの表情が止まった。
 そこに見える人物に驚愕して。

「レジアスの……旦那?」

「久しいな、ヴァイス・グランセニック」

 目深にかぶっていた帽子を外し、そう告げる彫りの深い初老の男。
 それは居たのは自らの上司。
 首都航空隊の責任者であり、最高責任者でもあるレジアス・ゲイズだった。




 ヴァイスの横の席に座り、レジアスはバーテンダーに水割りを頼むと、静かに口を開いた。

「久しいな、ティーダの葬式以来か……」

「ええ」

 最初に告げられたのは半年前に失った友の名前。
 違法魔導師の追撃中に、命を落とした戦友の名前。
 そして、思い出すのは“たった一人でおもちゃの拳銃を持った残された少女”のこと。

「ティーダは優秀な局員だった……何故奴が死ななければいけなかったのだろうな」

「……俺のバックアップが足りなかっただけですよ」

 違法魔導師との戦い。
 飛行魔法を駆使する空戦魔導師に対抗できるのはあの時ティーダだけだった。
 そして、それを援護出来たのは唯一空戦魔導師でも狙撃可能なヴァイスだけだった。
 もっと、もっと自分が上手くやれれば、アイツは死ななかったのではないのかと夢に見る。
 たった一人の妹を置いて、逝く必要はなかったのでないのかと叫びたくなる。

「……そういうな、実質的な責任はワシと足りない地上本部の戦力にある。お前は十二分に優秀だ」

「大将を責める気にはなれません」

 新入隊員の頃から、レジアスには世話になっている。
 二年前に戦死を遂げたストライカーであるゼストと同様に、地上本部に勤める局員にとっては頼れる対象だった。
 彼がどれほど現場の人間を大切にしているのか誰もが知っている。
 そして、それでも酷使しなければならない現状に嘆いていることも知っている。
 陸にとって、ただ一人腐っていない責任者として、レジアスは信頼されていた

 そして、ヴァイスはたった一人の局員の死にも嘆くほど熱い男なのだと知っている。
 ティーダの葬式にひっそりといたたまれない気持ちで花を添えたヴァイスは、現場に居もしなかった局員の一人がティーダの死を侮辱した発言に、殴りかかろうとした。
 けれど、それを止めたのはレジアスだった。

「幼い子供の前で、信じられるべき管理局員がこれ以上醜態を晒すな」

 そう告げて、侮辱した局員にレジアスは一言二言耳打ちして、その顔を真っ青に変えさせた。
 風の噂で、そいつは数日後に左遷させられたらしい。
 そのことを、ヴァイスは一度首になる覚悟でレジアスに訊ねた。

「何故、アイツを飛ばしたんですか?」

「殴っても晴れるのはお前の気持ちだけだ。そいつが気持ちを改めることなどない。いずれ同じことを繰り返し、死者を侮辱するだろう。そんな人間に平和を守れない」

 そう告げて、レジアスは言葉を切った。

 それからヴァイスは責任と現場での過程だけではない結果を考えるようになったのだ。
 単なる部品ではなく、何かに役に立てられる人間であろうと。

「ヴァイス。お前は自分を責めているか?」

「え?」

「ティーダを失い、自分の妹の目まで奪った自分に憎しみを感じているか?」

「それ……は、当たり前じゃないっスか……」

 レジアスの言葉に、手の震えが止まらない。
 治まりかけた胸の痛みと吐き気が込み上げてくる。

「わしもそうだ」

「え?」

「ゼストが死んだのは……わしの所為なのだからな」

「どういう……意味なんすか?」

 ゼストが死んだ。
 それは確か違法研究をしている犯罪者との交戦で死亡したと聞いている。

「奴が死ぬ任務を止められなかったのはワシなのだ。だからこそ、その死の責任はワシにある。お前と同じく友を死なせた男だ……」

「違う!」

 ダンとテーブルを叩く。
 ヴァイスは握り締められた手にも気づかず、叫んだ。

「俺は大将と同じなんかじゃない! もっと、もっと、駄目な奴で……俺は……」

 どう告げればいいのか分からなかった。
 込み上げる吐き気もかみ殺して、ヴァイスはどう告げらればいいのか分からなかった。

 そして。

「ヴァイス。お前は……優秀、いや必要な人材だ。局員としても、人間としても。海のトップエースと比べても問題ない優秀なエースだ」

「お、俺は……俺は高々B+の陸戦魔道師で……」

「隠すな。ワシは“お前の技”を知っている」

「っ?!」

 技と言った。
 それは単なるストームライダーによる精密狙撃のことを指しているのではないことが分かった。
 ヴァイスが隠している“切り札”。
 魔法だけではない、言うなれば『技巧』のことだと理解する。

「魔導師としての才能が、選ばれた天才だけが世界を、平和を守るのでは駄目なのだ。努力するものが、意思を持つ者が、守れる世界ではなければいけないのだ」

「意思を持つ者……?」

「そうだ。志を持つ者ならば守れる――“百年の平和”を築き上げなければならない」

 カランと水割りを飲み干し、レジアスが席を立った。

「お前が繰り返される悲劇をティーダと妹の悲劇を繰り返したくなければ、ここに連絡するがいい」

 そう告げて、レジアスが差し出したのは一枚のメモ用紙。
 一つの電話番号と【Biscuit・Shooter】とサインされた文面。

「ビスケット……シューター……?」

「お前の“技術”を名づけた者の言葉だ。連絡する際には、そう名乗れ」

 そう告げて、レジアスはバーの出口へと歩き出す。

「レジアスの大将!」

「なんだ?」

「あなたは一体……なにを、そしてなんで俺なんかに声をかけたんですか?」

 それだけが疑問だった。
 どうしょうもない、ロクデナシの局員に、声をかけてくる理由が。
 誘ってくる理由が、あんな小細工しか使えない非力な自分が選ばれる理由が分からなかった。

「さてな」

 遠くを見つめ、レジアスが呟いた。

「お前は……痛みを知っている人間だったからかもしれん」

「いたみ?」

「失ったものに嘆くことが出来るのは優しい人間だ。そして、現実を知りながらも戦えるものは誇り高き意思を決して失わぬ」

 そう告げて、レジアスはバーの扉を開けた。

「強制はせん。ただ選択しろ。自分の願いを……」




 レジアスが立ち去ったバー。
 言葉もなく、ただ立ち尽くすヴァイスはメモ用紙を握り締めながら呟いた。

「俺は……俺はどうすればいい?」

 涙が溢れていた。
 吐き気もあった。
 けれども、心が燃えていた。
 痛みに引き攣る心が熱を上げていた。



 そして、彼は選択する。

 己が望む未来のために。

 ――全てを”ビスケットのように打ち砕く射撃手”として。



 それは現在より六年も昔の話である。

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最終更新:2008年04月23日 01:50