魔法忍者リリカル鴉
第一話「鴉、来たる」

室町時代後期 宇高多の地 飛鳥の里

「ああああああっ!!」

ドスッ!
黒き衣を纏った一人の忍が、地に倒れ伏した自らの仇敵たる修験者の、その心臓に手にした封印の刀を突きたてた。

「ぐはああっ!!」
叫び声と共に血を吐く修験者。

「……見事だ忍よ……だが詰めが甘いな!」

修験者はそう言うと体から伸びる刃を掴み、呪文を唱え始めた。

「~~~~~……」
「くっ、しぶとい奴!……!?体が……!?」

一旦刀を抜き取り、今度は頭に突き刺そうとした忍は、突如体に痺れが走り動けなくなる。

「無駄だ、動きはせん」
「何をした、我無乱!」
「くくく……わしはもう助からん……だが一人で死にはしない!道連れに貴様を、時の狭間に引きずり込んでくれるわ!!」

我無乱と呼ばれた修験者がそう言った後、周りの空間に半球状の光の壁が作られ、二人は閉じ込められる。

「ゴウ!」
「キヌ、来るな!」

仲間のくノ一のキヌが近寄って来るのを制する忍=ゴウ。

そしてその壁は一際強く輝いた後急速に収縮した。

「フハハハハハハ!!」「おのれ、我無乱ぁぁぁんっ!!」

叫んだ後視界が光に包まれ、そこでゴウの意識は飛んだ。


西暦200X年 某県 海鳴市
市内の山中

パシュゥゥゥ……
雨がシトシトと降る中、今まで何も無かったやや広い場所に突然半球状の光の壁が現れ、それが消えた時、そこには先程の男――ゴウが俯せに倒れていた。

「うっ……」

顔に掛かる雨粒で気がついたゴウは、体を震わせながら立ち上がり、辺りを見回す。

「ここはどこだ……?ザジ、キヌ、オンジ?どこにいる?」

帰ってこない返事と、自分が見知らぬ場所にいる事に不信感を抱き、ゴウは状況の整理を行う。

「俺はさっき我無乱と戦っていて……その後、あの光に包まれ…うっ、頭が…!」

急に頭痛に見舞われ、頭を手で覆うゴウ。

「くそっ、思い出せん……。まぁそれは後か。武器や道具は……」

道具袋を開くと、戦闘用の煙玉や飲薬、入れたままだった小判が何枚か入っている。回復薬は切れていた。

「道具はある。刀は……ん?」

腰の鞘に手を当てると、そこには何故か普段使っている忍者刀ではなく、黒い刀身のあの封印の刀が納まっていた。

「何ゆえこれが納まっているのだ……むっ!?」

ゴウが抜刀したそれを見ていると、更に奇妙な事が起こった。
刀が急に光り、瞬く間に小さくなっていったのだ。
光が止んだ時、ゴウの手の上には、黒い羽を模した金属の塊が乗っていた。

「…次から次へと、一体何なんだ……」

絶え間なく起こる不可思議な現象に、ゴウは混乱していた。

「……とにかく今はここから移動しなければ」

遠くに見える町の明かりらしきものを頼りに、ゴウは歩みを進めた。
しかし、十歩も歩かぬ内に眩暈を起こし、近くの大木に寄り掛かる。

「くそっ、体が……自由に動かん……」

術の影響でろくに動かない体を引きずり、ゴウはふらつきながら町へと歩いていった。


時刻が既に夜であることと雨が降っているせいか、人気がない町をゴウは一人トボトボと歩いている。
歩きながらゴウは、この町が何かおかしいと感じていた。

(地面が堅い何かで覆われていて、おかしな形の牛車が信じられない速度で走っていて、見掛ける人間は誰も彼もが見た事も無い着物を着ている……ここは一体どこなのだ…)

疑惑を抱きつつも歩き続けるゴウ。
だが、降り続ける冷たい雨は、疲弊した体から容赦なく体温と気力を奪い去り、遂にゴウはある家の前で壁を背に座り込んだ。

(もう体が動かない……飛鳥の里を復興させるまで……俺は死ねないのに……)

ゴウの思考に反して、瞼はゆっくりと下がっていった。


チュンチュン……
遠くから雀の鳴き声が聞こえて来る。

(あの世にも雀がいるのか……?)

目覚めたゴウはぼんやりとそんな事を考えた。
そして自分が布団に包まれているのに気付き、直前の考えを否定する。

(誰かが、俺を助けたのか…?)

上半身を起こしながらあれこれ思考していると、部屋の扉が開いて奇妙なイスに乗った一人の少女が入ってきた。

(子供……?)
「あっ、目ぇ覚めたん?良かった~。病院から帰ってみたら家の前で人が倒れてて、体が冷えきってたし意識は無いしで慌てたわ。」

手元のレバーを操作して近寄る少女。

「もう動けるん?ええと…」
「ゴウだ」
「え?」
「俺の名前はゴウだ」
「そっか、ほな私も名乗らなあかんな。私の名前は八神はやてや。よろしゅうな、ゴウさん」

にっこりと笑って自己紹介をするはやて。

「はやて、と言ったか。教えて欲しい事がある」

唐突に質問を受けたはやては一瞬キョトンとなるが、すぐ我に返って笑顔で答えた。

「ええよ。何でも聞いてや」
「何故俺にここまでする」
「え?」
「何故こんな怪しい男を、ためらいもなく家に入れたか、という事だ」

仕事柄と性格上、まず礼ではなく疑いをかけてしまうゴウ。
様々な機密を扱う仕事故、目の前の娘が何か目的があって助けたのかと思ったのだが、返ってきた答えはゴウの予想を大きく裏切った。

「だってゴウさん、困ってそうに見えたんやもん」

あっけらかんと言ってのけるはやて。

「あ?」

今度はゴウが聞き返す番だった。

「まぁ家の前におる人ほっとくのも後味悪かったしなぁ」
「ま、待て。ただそれだけの理由でか!?」
「困っている人助けるのに、そんなに理由が必要なん?」

さらりと言うはやて。
ゴウは呆れと感心の混ざった様な気持になった。

「……お前は、心の底から優しい娘なのだな、はやて。」

珍しく、少しだけ微笑みながら言うゴウ。

「え、そ、そんな事あらへんよ~。」

真正面から称讃を受けて、顔を赤くして照れるはやてだった。

「次なんだが、ここは何と言う町だ?」
「ここ?ここは海鳴市って言う所や。」
(海鳴……聞いた事がない……。まさかこれは…)

嫌な予感が現実になっていくのを感じたゴウは、確実に判別が付く質問をした。

「はやて、今は……今は何年だ?それと今の幕府は何だ?」
「おかしな事聞くんやな。今は平成XX年やんか。
しかも幕府なんて、百年以上も前になくなっとるやん」

決定的だった。
はやてが嘘を言っている様には見えないし、ここにくるまでに見た物全てが彼女の言い分を肯定している。
自分はあの時我無乱の術によって、遥か未来に飛ばされて来てしまったのだとゴウは理解した。

「そうか…」
「なぁゴウさん、どうしてそんな事聞いてくるん?」

心配そうに尋ねるはやて。
「聞かん方がいい。聞けばきっと、お前は俺が狂ってると思うだろう。」
「そんな事あらへん!」

いきなりはやてが大声をあげた。
ゴウは思わずギクリと体を震わせる。

「ゴウさん、真っ直ぐな目しとる。そんな目の人が狂ってるわけないやろ。
たとえゴウさんがどんな事を話そうと、私は絶対に疑ったりせえへん。
だから私、ゴウさんが内に溜め込んでるものを、吐き出して欲しいんや」
「……分かった。話そう」

それからゴウはぽつりぽつりと話始めた。
自分が室町時代に生きた飛鳥忍者という流派の戦忍(いくさしのび)である事。
とある敵に里を滅ぼされ、その際敵の術で一度記憶を失った事。
記憶の入った魂の欠片を取り戻す為、各大名からの依頼を受けていた事。
記憶を取り戻し決戦を挑んだが、最後の最後で敵の術をかけられ、この時代まで飛ばされた事。
所々を省略しつつ、ゴウははやてにこれまでの顛末を言って聞かせた。

「それで、この家の前にいた所に繋がるというわけだ」
「……そうだったんか。
てことはゴウさん、行く当てないって事やよね」
「そうなるな。流石に未来の世界に知り合いはいない。仕方がないから、どこかの山奥で(ほんならウチで暮らさへん?)って何?」

話に割り込まれたゴウは思わずはやてに聞く。

「だから、当てがないんやったら、この家で私と暮らさへん?」
「申し出はうれしいが、迷惑をかけたくはないし、君の親にも…」
「別に迷惑じゃあらへんよ。後、私には両親おらへんし。」
「…すまない。無遠慮な事を聞いた。」
「別に気にしてへんよ。
それに、私は見てのとおり足が不自由でな、補助してくれる人がいると助かるんや。」
「だがしかし……」
「意外と頑固やな~。あっ、ほなこんなのはどうや?」

なかなか踏ん切りが付かない様子のゴウに、はやてが提案をもちかけた。

「ゴウさんは依頼を受けて働く忍者なんやろ?
そんなら、私が『ここに住み込みで私の介護をして欲しい』って依頼するのはどうや?
報酬はゴウさんの衣食住の保証って事で」
「………」

はやての提案にあっけに取られているゴウ。

「だめ…かな?」

やや不安そうに聞いてくるはやて。

「……ふぅ。はやて、お前は優しいのと同時に、俺以上に頑固なようだな」

半ば諦めた感じで言うゴウ。

「えっ、それじゃあ!」

さっきとは打って変わり、ぱあっという擬音が合いそうな笑顔で喋るはやて。

「主・八神はやてより受けしこの任務、飛鳥忍者、鴉のゴウが謹んで引き受けさせて頂く。」

ベッドから降り、片手と片膝を床に付いて敬意を表す姿勢を取るゴウ。

「ああもう、そういうのはええから頭上げてや、ゴウさん。」
「単なる形式だ。気にするな」

すっくと立ち上がり、ゴウは言う。

「それからゴウさん、今の台詞で一ヶ所間違っとるトコがあるで」
「ん?どこか変だったか?」
「私らは主従やのうて……」

はやては満面の笑顔で言った。

「家族や♪」

こうして、ゴウとはやては「家族」として共に暮らす事となった。

続く

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最終更新:2008年03月11日 18:26