魔法忍者リリカル鴉
第二話「八神家」

はやての家に厄介になる事が決まった日から、俺の新しい、そして今までとは全く違う生活が始まった。


日の出と共に起き出て服を着替え、空き部屋を使用して鍛練を行う。忍たるもの、肉体を常に鍛え、如何なる事態にも備えておく必要がある。
鍛練を終えた後はやての寝室へ向かい、寝ているはやてを起こすのが俺の日課だ。

「はやて起きろ。朝だぞ」
「う…うーん。あ~、おはよーさんや、ゴウ」
「ああ、おはよう」

その後ははやてを抱き抱え階段を降りていき、一階の車イスに乗せる。
いつも不思議に思うのは、抱き抱えた時にはやてが顔を赤くする事だ。
最初は熱かとも思ったがそうではないらしい。
はやてが「お姫様抱っこや…」と言っていたが、何の事なのだろう?

朝食ははやてと共にに作り、はやてと共に食べるのがこの家の決まりだ。
はやての作る料理は本当に美味く、俺は食卓に付く度に舌鼓を打つ。
一度はやてに、「将来はいい嫁さんになるな」と言ったら、また真っ赤になった。赤くなりやすいのだろうか?


家事と昼食を終えた俺達は、ゆったりとした休憩時間を取る。はやては本を読んだり、俺はテレビを見たりだ。
この家に来てすぐの頃は、現代の文明というものに驚いてばかりだった。電灯に光が点ればギクリとし、水道から水が出れば目を点にしたものだ。
今見ているテレビも同様で、というよりこれには一番嫌な記憶がある。

(以下回想)
「はやて、あの四角いものは何だ?」
「あれ?あれはテレビや」
「何だそれは?」
「えーと、説明するより実践した方が早いわな」

はやてはテーブル上の黒い板を手に取り、テレビに向ける。
ピッ

『次のニュースです。本日未明…』
「うおおっ?!」

俺はその光景を見た瞬間、思いっきりのけ反った。

「ど、どうしたんゴウ!?」
「こんな小さな箱の中に人が入っている!一体どうなっているのだ!?」
俺はテレビとやらをあちこち触ったり叩いたりした。

「一体どんな術なのだ、はやて?おい、はや…て?」

振り返るとそこには、口元を手で押さえて俯き、肩を震わせているはやてがいた。どう見ても笑っている。

「…何故笑う、はやて?」
「だ、だって…ププッ…タイムスリップした人がやるお約束……な、生で見てもーた……うぷぷぷ…」

どうやらツボに入ったらしく、しばらくはやては笑っていた。
理由は分からなかったが、あの時は少し苛ついた。
(回想終了)

夕方
はやての足の具合を診てもらう為、二人で病院に向かう。
担当医の石田という女医には、俺ははやての従兄弟という事で通している。最初は怪しまれたが、はやての説明もあり今では普通に接されている。
尚俺には名字がないので、飛鳥 剛と偽名を名乗っている。

「……という事で、はやてちゃんの足に現在変化はありませんが、我々としても全力を尽くして治療に当たります」
「分かった。そちらの方は引き続き頼む。」
「あっ、待って」

ある日いつもの様にはやての容態を聞いた後部屋から出ようとすると、石田医師から呼び止められた。

「何だ?」
「飛鳥さん、今ははやてちゃんと一緒に住んでいるのよね?」
「そうだが、それが何か?」
「……はやてちゃんの事、いろいろとお願いね」
「?」
「はやてちゃんはとても強い娘だわ。まだ十歳に満たない子供とは思えないくらいにね」
「………」
「でもね、そんな強い娘だからこそ心配なの。甘えたい年頃なのに、両親がいないから自分から甘えを断ってしまう。
頼れる人がいないから、自分一人で全て頑張ろうとしてしまう。
優し過ぎるから、他人の分の重責まで背負おうとしてしまう。
…そんな事を続けてたら、あの娘いつか潰れちゃうわ。あの娘には、支えてあげる人が、守ってあげる人が必要なの」

ゴウは黙って石田の話を聞いている。

「だから、はやてちゃんの力になってあげて。はやてちゃんを守ってあげて。それが出来るのは、今はあなただけなの」
「…無論だ。言われなくとも、あいつは俺が守る。俺はあいつの家族だからな。それより治療の方はよろしく頼むぞ」

ゴウはぶっきらぼうに、しかし穏やかな口振りで言い、部屋を出ていった。

「……愛想のない人ね」

石田は苦笑を浮かべて、ゴウの背中を見送った。


病院から帰って来た俺達はいつも同様分担して夕飯を作り、二人でそれを食して後片付けをする。ここまでは何の事はない。
だがこの後俺には毎晩一つの戦いが待っている。それは――

ワシャワシャワシャ……

「どうだ、はやて?」
「うん。気持ちええよ。ゴウは洗うの上手いなー。」

そう風呂である。
はやてを一人で風呂に入れるのは時間がかかって風邪を引く恐れがあるし、何かあった時一人では危険な為、俺が一緒に入るようにしているのだ。
気恥ずかしい気がしないでもないが、はやてはまだ八歳だ。意識し過ぎるのも変だろう。
だが、真の問題はこの先にある。

「ほな今度はゴウの番やな。洗ったげるから背中向けてや」
「い、いやいい。俺は一人で出来る」
「そんな遠慮せんと。ほら、ゴシゴシッと♪」
「待てはやて!そこは違うだろ!?」
「えー?聞こえんな~?」
「よせ、ヤメロ!アッー!」

毎晩これだ、たまったものじゃない。
……何?羨ましいだと?
なら一遍やられてみろ。大事な物を汚された気分になるから……

風呂から上がった後は軽くくつろぎ、そしてはやてを寝室へ運ぶ。
普段ならこれで一日の仕事は終わるのだが、今日は少し様子が違った。

「よっと。大丈夫か、はやて?」
「うん、平気や。いつも運んでくれてありがとな、ゴウ」
「気にするな、俺の勤めだ」

はやてをベッドに下ろし、いつものやりとりをする二人。

「それじゃあな。ゆっくり休め」
「あっ…」
「? どうしたんだ?」

ゴウが部屋を出ようとすると、はやてが急にゴウの服の裾を掴んだ。

「えーとその…な?もう一つだけ、お願いしてもええ?」
「何だ?言ってみろ」
「えっと……私が眠るまででええから、手…握っててくれへん?」

顔をほんのりと赤め、上目遣いで見てくるはやて。

「構わないが……急にどうした?」
「それがな、自分でも何やよう分からんのやけど……出ていくゴウの背中見てたら無性に寂しくなって――このままゴウがいなくなってまうような気がしてきて……」
「怖くなった、と」

コクンと頷くはやて。
ゴウは手近にあったイスを引っ張ってベッドの近くに寄せて座り、はやての頭をくしゃくしゃと撫でた。

「心配するな、俺はいなくなったりしない。ここは俺の家でもあるしな。だから安心して眠れ。お前が望むなら、俺はそれを叶えてやる」
「……おおきにな」
嬉しそうに微笑み、はやては礼を言った。


一連の流れの後、俺達は少しの間談笑していたが、話疲れたのかはやては直に寝息を立て始めた。
俺はゆっくりと抜けだそうとしたが、聞こえてきたはやての寝言を聞いて、それを諦めた。

「お父さん……お母さん……いやや、行かんといて…」

悪夢を見てるらしく、
はやての顔を見ると目許に涙が浮かんでいた。
俺が手を強く握ってやると、表情が少し和らいだようだった。

(はやてちゃんの力になってあげて。それが出来るのはあなただけなの・・・)

俺は昼間石田から言われた事を思い出す。

(俺の手は、もう拭い切れないほど血で染まっている……だがこの手でお前の苦しみを減らしてやれるなら――はやて、俺はお前の側に居続けよう……)


俺はそう決意し、一晩中はやての傍らで手を握り続けた。
夜が明けた後、目覚めて俺が隣で手を握り続けた事に気付き、はやてがまた真っ赤になったのは言うまでもない。

六月三日 午後二十三時五十分
間もなくはやての誕生日となる。
聞いた所によると、この時代では誕生日に贈り物をするのが風習らしい。
金の問題は持っていた小判を古物商に売って、何を買ったらいいかは石田に助言をしてもらって解決した。
あまりゴテゴテしたものははやては好かないと聞いたので、水晶で出来たイルカの首飾りを買った。喜んでくれればいいのだが……

ゴウがあれこれ考えている内に、もう時計の長針と短針が間もなく重なろうとしていた。
あと三、二、一…

ドックンッ!

(っ!? 何だ今のは!?)

日付が変わった瞬間、ゴウの全身を言い様のない感覚が走り抜けた。
例えるなら、強い波動のような、圧倒的な気迫のような、今まで感じた事のないものだった。
そして同時にはやての部屋から聞こえてくる物音と奇妙な気配。ゴウは迷わず棚の奥にしまってあった忍道具から苦無を取りだし、はやての部屋へと向かった。


(気配は五つ……はやてを除いても四つか…ただの賊なら一瞬で仕留められる)

ゴウは足音一つ立てずはやての部屋の前まで移動し、扉の前で判断を下した。
ドガッ!
注意をはやてから自分に向ける為、扉を蹴り破るゴウ。
部屋の中を見渡すとはやてが寝ているベッドの横に黒い服を着た四人の男女が立っていた。
そしてその集団の中の一人、ピンクの髪をポニーテールに纏めた女がゴウの姿を認め、手にした刀に手を添えて言う。

「貴様、何者だ!」

ゴウも逆手に苦無を構えたまま言い返す。

「それはこちらのセリフだ。人の家に断りもなく入ってきておいて、どの口でほざく」
「人の家?ああ失礼した。お前は主の父、いや、兄か?」
「血縁関係はない。だが俺はそいつの家族だ。
そんな事より答えろ、貴様らこそ何者だ。どうやって入った。」

今でこそ戦いとは縁のない生活に身を置いてはいるが、ゴウとて一流の忍だ。誰か家に近付くものがあればすぐに気が付く。
だがこいつらは何の前触れもなく、いきなりその気配を発生させた。それがゴウにとっては不思議でしょうがなかった。

四人―さっきの刀を持った女と自身の身の丈ほどもある金槌を持った少女、手に指輪を嵌めた金髪の女、そして頭から犬耳を生やした男―は一度顔を見合わせ、互いに頷きあった後向き直って言った。

「驚かせてすまなかった。我々の名はヴォルケンリッター。此度、魔導書『闇の書』に選ばれた我らが主、八神はやて様にお仕えする為に存在する守護騎士だ。」

女は高らかにそう名乗った。

ゴウはこの時まだ気付いていなかった。彼女達の出現が、彼の運命を大きく変えるきっかけである事に。
そしてそのきっかけによって、自分が再び刃を手に、戦いの渦へと飛び込んでいく事に……


続く

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最終更新:2008年03月30日 21:26