■
その瞬間、トーレの脳裏を埋め尽くしたのは恐怖だった。
体表面センサの弾き出した値から逆算される、男が放った砲撃の温度、威力―――推定温度にして摂氏数万度。
直径百ミリに満たないその光条が人体に直撃すれば、余波で半径三十センチ余りの風穴が開く。
それは半人半機であるトーレとて例外ではない。否、より的確に表現するなら、耐熱金属さえ瞬時に気化させる超高熱の前に、その程度は些細な差ですらない。
姿勢は崩れ、新たな回避軌道への移行にコンマ四秒。機械の知覚を凌駕するあの弾速に対して絶望的なまでに―――コンマ二秒ほど遅い。
―――何か、一手。一手あれば、辛うじて逃れられるものを……!
ほんの十分の一秒でいい。砲撃を遅らせることができれば。
臨死の思考圧縮が、マイクロ秒単位の思索を呼び起こす。
クアットロに、幻術による援護を要請する―――不可。幻像の構成速度は距離に比例して遅延する。この距離では一秒を超えるラグ。
こちらから攻撃を仕掛け、狙いを逸らす―――この距離だ。四肢のみを武器とする自分には不可能。
命中させる必要はないが、届く武器そのものが存在しないのではどうにもならない。
……届く、武器?
否、それすらも間違いだ。武器である必要などない。ほんの一瞬、集中を妨害できればそれでいい。
―――そうか!
右肩部と右腕部のフレーム、その連結を解除する。
痛覚遮蔽はしない。いや、できない。通常巡航ならともかく、戦闘機動では僅かな感覚の狂いが生死を分ける。
全ての感覚を、完全に維持したまま―――右腕の加速機構を超過駆動させ、
「ぐ……があああぁぁぁっっ!」
右腕を、肩口から引き千切りつつ音速超過で射出する―――!
トーレの視界、その人間部分が真紅に染まるほどの激痛。血―――を模した潤滑油が噴出することはない。循環系は閉鎖している。
脳髄を削るが如き苦痛と腕一本。だが、それだけの代償を支払った価値はあった。
アレックス―――キースシルバー/完全な戦闘型ARMSの知覚能力と反応速度は、極度の集中も相俟って、その一撃を完全に捕捉していた。
一瞬にして照準を修正、大気摩擦で赤熱しつつ迫る砲弾は、砲撃の前に一瞬で蒸発―――それこそが、トーレの狙いだ。
硬直する脚を必死に動かし、軌道上から退避。照準の修正によって辛うじて回避可能。
嫌な軋みを上げる躯は、それでも最高速度を維持。急速に戦場を離脱した。
■
「……奴には敵わない、か。予想通りとはいえ悔しいね。退却とチンクの回収は?」
「セインが往復輸送しています。ルーテシアに協力させると情報が漏れる危険性があるので。
『チェシャキャット・エミュレータ』を使用させたました。早ければもう帰還するかと。ですが、あれは―――」
「ああ、間違いなく『ネフィリム』、それも私が直に開発した個体だ……やれやれ。シューティングアーツのデータ収集が目的だったのに、予想外の大当たりが出たものだね。
エグリゴリと人間の間に生まれた巨人の名を持つ、戦闘機人の雛形にして完成形のひとつ……何処から流出、いや、何故生存している?
こればかりは予想外だ。よりによって、アレの居る部隊の人間が……いや、だからこそ、か?
アドバンスト適合者の生体情報から補整して、崩壊時期を先延ばしにしたのか? だとすれば―――むしろ、実験方針の正しさが証明された?」
「紛失した三十二体の『ネフィリム』の内、後に死亡を確認されず、ドクターの手が入っているものは六体、存在します。
管理局に捕獲された個体の追跡調査を怠った、私の責任です。申し訳ありません」
「いや、いいよ。なら―――ん?」
「……秘匿回線に、通信?」
『――――――貴方たちに、依頼があります』
■
「……チッ」
舌打ちひとつ。またしても逃した。かつてない―――いや、『死んだ』時以来二度目の失態。
実戦を離れて勘が鈍ったか。眼前の表示/高度計を確認し、床を蹴って宙へと飛び出す。
両腕を大きく広げ、空気抵抗によって速度/姿勢制御。
「前線に出る。俺の行動は―――」
『障害を片っ端から排除するだけでええよ。手始めに、グリーン陸曹が戦ってたアレから頼むわ』
「……奴は、殺さなければ止められないが?」
腕を列車に叩き込んで速度を殺し、着地。思考する。
この組織の法体制は聞いた。
殺人/傷害を異様なまでに嫌悪し、ゴムスタン弾の使用すら、否、火器の存在そのものを否定する。
だというのに/故に、魔導師を―――
『構わへん。大体、止めるんやったらさっき撃つ前に止めとる。
……そや。同士討ちだけは避けてくれんと困るで。あと、できれば周囲の被害も』
「冗談を言うな、八神はやて。砲撃を使わず仕留められるほど、甘い相手ではない」
『撃ったら二次災害確定かいな……ならええよ。最悪でも結界で修復できるし、どうせ責任取るのはうちやない』
「……そうか。奴の武器については、可能な限り記録を取っておいてくれ」
通信を切断し、余計なウィンドウを全て消去。前方の敵―――キース・レッドに集中する。
両腕のARMSに加え、左手に短剣、右手に槍。四つの武器/漆黒と真紅。
「何故貴様がここにいる、レッド」
「それは私の台詞だ、シルバー。おまえが何故ここにいる。
エグリゴリとて、別の惑星に渡るような技術を持っているものか」
「……互いに、話す気は無いようだな」
左腕/砲撃を叩き込む―――躊躇い無く。ブリューナクの槍が噴き伸びる。
閃光/焦熱音。
影―――レッド、地を這うような低姿勢で突撃。
迎撃/疑問。荷電粒子は確かに直撃させた。だというのに無傷とは、
「喰らえ!」
「く……」
思考中断/腹を薙ぐ軌跡の短槍を受け流し、返す刀に放たれたグリフォンの刃を掴み止める。
「無駄だっ!」
レッド/超震動打撃。左手が分子の塵と吹き飛んだ。失策―――では、ない。
列車の屋根を蹴って踏み込み、跳躍/鳩尾狙いの膝蹴りが入る。
ARMSにダメージが入る攻撃ではない。目的は、回避のできない空中に移動させること。
「知っている―――消し飛べ、失敗作が」
「う、おっ!?」
右腕から放たれる光条―――荷電粒子ビーム『ブリューナクの槍』に、破壊できぬものなど存在しない。
そして、足場の無い空中では、避ける術もまた存在しない。
その、筈だった。
短剣を、さながら護符のように突き出す/硝子を切り裂くような、耳障りな音。
ただそれだけで、必殺の一撃が不可視の殻に逸らされる。
「なん……だと……!?」
「その過信がおまえの隙だ、シルバァァッ!」
着地から一瞬/神速の突き―――判断が遅れる/回避が遅れる/電子回路にも似た刃が左肩を抉る。
飛び退き、牽制の一射。辛うじて安全距離を取った。
「その武器が高強度の磁界で逸らしたか……だが、二度通じると思うな」
「一撃は……入ったぞ」
「それがどうした? この程度の傷、ARMSの移植者ならば……」
すぐにでも再生できる。そう言おうとした瞬間、違和感。
超震動によって砕かれた左腕は、再生が進んでいる。既に掌までは戻り、指を残すのみ。
だが、左肩の傷は、再生が極めて遅い。
これは―――
「再生できるとでも、思ったか?」
「……まさか、その槍は」
「そうだ。『ガ・ボウ』……癒せぬ傷を与える槍の名だ」
「『ARMS殺し』を、模倣した武器ということか……!」
危険/不利/戦力差―――その発生。遅々として進まない再生=蓄積されるダメージ。
電子回路のような刃/ARMS殺しと同様のプログラムを流し込む。
「便利な道具だな、キース・レッド。だが―――ひとつだけ欠点がある」
「……何だと?」
「名前がケルト神話とは、あのホワイトに匹敵する悪趣味だ」
「……ッ! いつまで強がっているつもりだ。キース・シルバー!
そしてこれはオレの命名ではない!」
「やはり、バックが居るのか……ふん、当然だな。そんなものを貴様が一人で作れる筈がない」
「おまえは、おまえ達は、いつも、そうやって……!」
最低限の情報は引き出し―――策も出来た。
この男はプライドが高い。そこに付け入る隙がある。
■
「いつまでも見下していられると思うなァァッ!」
跳躍から、左の短刀を叩き下ろす。
シルバーが右腕を構える。光―――舐めるな!
「無駄だと言っている!」
赤い短剣の機能を発揮。電磁障壁で荷電粒子を逸らす。
視界は無いも同然だが、このまま槍を振り下ろせば関係ない。切り刻んでやる!
「それはこちらの台詞だ。レッド」
「何……!?」
身を捻り、左半身をこちらに向けている。当然の帰結として、左肩に刃が喰い込み、止まった。
咄嗟に蹴りつけて引き抜こうとするも、易々と避けられる。この隙は―――!
「……スターレンゲフォイルッ!」
死を覚悟したその瞬間、閃光と轟音が放たれた。
同時、身体に何かが侵入する感覚。
これは―――
『威勢良く飛び出しといて、なぁーにボロ負けしてんだよレッドぉー』
「アギトか!? 来るなと……」
『言われたのはルーと旦那だけだ。あたしは聞いてねえ。
それに、おまえが負けっぱなしなのが悪いんだ。有利になった途端に反撃されやがって。
知り合いが噛ませ犬になってるのなんざ見てられねえのは当然だろ』
「貴様、よくも言いたい放題―――何をする!」
あろうことか、身体を勝手に動かされた。槍から手を離し、高架下に飛び降りる。
止めようとするが、できない。
「コアに直結して制御を奪ったのか!? 槍を置き去りにするな解析されたらどうする! 身体を返せ!」
『はい分かりましたよ―――っと』
高架下に飛び降りつつ、振り返りざまに指先に固めた炎を弾き飛ばす。
肩に突き刺さったままの槍に着弾し、爆裂した。槍が粉砕され、平衡感覚が麻痺している奴が転倒。
『さて、このままルーかセインに送って貰って、研究所まで帰るぜ』
「何故だ。私は奴を超えられると証明せねばならんというのに……!」
『……別に、制御は返してもいいけどよ。そら』
身体に自由が戻る。高架の支柱を三角跳びの要領で蹴り飛ばし、上に戻ろうとすると、
『あ、ユニゾンは解かねえぞ。で、おまえが戦ってる最中に』
「邪魔してやるとでも言うのか? 丁度いいハンデだ。そんな脅しで俺は止まらん」
『そう言うと思った。だから、全力で援護してやる。それで倒せても、証明とやらにはならねーと思うぞ』
「な……」
『おまえな、少しはあたし達の気持ちってのも考えろ。兄妹みたいなもんだろ。死なせるかよ』
「……俺にとって、兄弟とは憎むべき相手なのだがな。そこまで言うなら退いてやらんでもない」
拍子抜けしたような、独特の倦怠感がある。
それに任せたまま、地から生えた足首を掴む手に目をやった。
■
『……こちらとしては、先に申し上げた条件に同意して頂けなければ、更に有用な情報等を提供する準備があります』
「相互に協力したい、ということですね?
では、こちらの条件は―――失礼……ええ、六番の無菌ポッドに。とりあえず、安静にしておきなさい」
『部下の方ですか?』
モニターの向こう側に、女性の声。
特殊な隠蔽魔法によって詳細な目鼻立ちは判別できず、声も個性を消されている。
「ああ、そうだとも……そして、大事な娘でもある。
待たせた上に申し訳無いが、行っても良いかね? 君との交渉はウーノに一任しよう」
『お気遣いなく』
とん、と肩を叩いたドクターが、チンクの治療に赴くため部屋を出た。
チンクのことは、任せておいて大丈夫だろう。託された役割として、長い金髪の女性との交渉を続行する。
■
スバルとエリオが召喚師を捕えに走り出したとき、ティアナもまた、別の方向へ移動していた。
攻撃の要である第二、第三分隊長を欠いた108部隊の援護に向かうためだ。
「こちら、機動六課スターズ分隊員、ティアナ・ランスター二等陸士です。援護に行きます。座標を」
『オ前か……第一分隊長のラッド・カルタス二等陸尉ダ』
通信回線からは、独特の訛りが聞こえてきた。
スバルの姉の上司―――ということで、ラッド・カルタスとティアナの間には面識があった。
研修の際に108部隊へ行ったことから、その個性も知っている。
彼の一族の出身地である第23観測指定世界には、惑星の公転、自転周期や大気組成、地質の関係から、砂漠を更に極端にしたような環境しか存在しない。
昼間の熱量兵器じみた日光は、生物から脆弱な肌を駆逐し、その異常な光量は、進化から視覚を持つという選択肢を消し去った。
対して摂氏零度を遥かに下回る夜間の気温や、特殊な大気が弱い光を侵入させないための、欠片の光さえないという事実も同様だ。
そんな世界で文明を成り立たせる『人類』は、多くに比して強靭で、異形だ。
ウィンドゥに映る相貌。
眼から頭にあたる部分は、銀色の竜革で作られたターバンを巻いている。
鷲鼻の下には犬歯を覗かせる口があり、全身を覆うのは肌とも鱗ともつかない暗青色だ。六本の指には鍛鉄並みの強度の鉤爪がある。
『敵は退いテいル。援護は要らン―――六課ノ落とさレた三人は、既に第二分隊が回収していル。
そチらの通信コードを貰ってイれば、伝達もできタのだガな』
「すいません……と、敵が退いた?」
『あア、間違いナい。残ってイるのは、上空と召喚士の傍にヒトりずツだケだ』
視覚を持たないということは、即ちそれに代わる手段を有するということだ。
『特殊な』人材ばかりが集まる108部隊の中でも、彼の探知能力は群を抜いている。
だからこそ、第一分隊がバックアップを一手に引き受け、第二第三が強襲に専念するという体制が成立していた。
「部隊長の方の通信コードを送ります。報告はそちらで。
……何か、聞き取れた事はありませんか?」
『列車の上ノはグリーンの関係者らシいな……気をつけロ。この事件は何カおかシい』
「同意します……では、指示を」
そう、この状況は、最初からおかしいのだ。
ラッド・カルタスがあの程度の情報しか得られない―――敵は、会話を交わさない、あるいは何らかの手段によって傍聴を防いでいること。
ここに来て撤退を始めていること。諦めたと取れなくもないが、ガジェットを先に撤退させる意図が分からない。
そして何より、強襲能力に特化した108部隊が、護衛任務を担当していること。
やばそうだなあ退かせるべきかなあと考えるティアナの心中を読んだかのように、ラッドの指示が来た。
『総員、可及的速やカに退ケ。そちラのエース殿ガ無事なラ、仕留めラれたモのを……』
「了解です。シグナム副隊長と……アレックスさんには指示が出せないので、八神部隊長経由でお願いします」
『……正気カ? 了解しタ』
「さて、と。スバルにエリオ、聞こえる?」
■
「はいはい聞こえてる聞こえてるー!」
召喚士を護衛している一体以外、あらかた敵は退いたから撤退しろ。そういう話だった、気がする。
正直よく覚えていない。何故なら、
「このっ!」
「………」
その一体が、とんでもない化物だったからだ。撤退さえ許されない。
思考などしている暇はない。黒い影が独特の振動音を響かせ横に高速滑空し、空圧の鎚が避けられる。
射撃魔法では狙う事さえできない速度。エリオは初撃を防いだものの吹き飛ばされて、今は瓦礫に埋まって気絶している。
召喚士は、薄い紫の髪をした大人しそうな女の子だった―――出会い頭に無言でコレをけしかけてきたが。
瓦礫の山の上に静止した影は、さながら人型の虫だ。躊躇わずウイングロードで突っ込んだ。
振動音が一際高まったその瞬間、姿は残像と化して消え去り、胸元に衝撃が走る。
「……ガリュー、帰るよ」
女の子の声。
遠ざかる景色を見て、自分が吹き飛ばされたと気付いた。
■
ヴァイス・グランセニックは悩んでいた。
ヘリのセンサを稼動させつつ、上空を周回していたのだが、
「ゼスト、か? 生きてたのかアイツ……の割には老け過ぎだよなあ」
旧知と思しき顔を発見してしまった。だが彼は死んだ筈で、親族はいなかった。一人として。
しかし武器は同じ槍で、技も変わらない。確かに、自分がスコープ越しに死を確認した男と同じだ。
「どうすっかねえ……と」
その瞬間、シグナムと対峙している男が構えを変えた。
槍を右手一本で持ち、左腕を肘から引く独特のフォーム。
「おいおい……マジにあの野郎なのか?」
■
「くそっ!」
レッドを仕留め損なった。
空中に突如出現した閃光/轟音―――さながらスタングレネード。
数秒間は全ての感覚を奪われる。気付けば転倒し、奪い取った筈の槍は原型を留めず焼き尽くされている。
「ロングアーチ、聞こえるか! 奴らは何処に逃げた!」
『分かりません。地面に着地した時点で、反応が途切れています……転移反応もありません!』
「……地下、か? 構わん。燻り出してやる……!」
飛び降りつつ、右腕/砲口を地に向ける。
共振は捉えられないが、奴の機動力ではそう遠くへは逃げられない。手始めに一発叩き込んで―――
『ちょ、ま、待って下さい! 今報告が来ました地下にもいません!』
「何? ならば、奴はどこに消えたのだ……?」
■
シグナムは、急激に魔力を高めていく。男の防御は、槍の技によるもの以上に魔力操作技法が強い。
半端な攻撃では容易く凌がれる。使うのは最大威力の剣撃『紫電一閃』だ。限界まで剣身に魔力を集束する。
そして、
「レヴァンティン―――カートリッジロード!」
『Explosion.!』
カートリッジから弾き出された魔力の全てを推力に変換し、放つは炎を纏った神速の太刀―――!
同時、男が構えを変える。槍を片手持ちに変え、左はさながら掌を打ち込むように。
……構うか!
シグナムは勢いを殺さず、更に加速。剣先が水蒸気の尾を曳く。それほどの剣速だった。
―――それが、致命的だった。
「な……!」
ゼストもまた一歩も退かず、槍を剣の切先に合わせて突き込んだのだ。
寸分のずれも無い鋼同士の衝突は、火花を散らし軋みを上げる。
そして、身を捻っての左掌打が、その拮抗を縫うように放たれる。回避不能、必中の一撃―――
それを回避できたことこそ、シグナムの全力が生んだ奇蹟だった。
鋼の軋みが限界を超え、一瞬にして双の刃が砕け散る。勢い余ったシグナムは、そのまま横を通り過ぎた。
「くっ!」
双方とも、行動は極めて迅速だった。背は向けず、空中を急速逆進。
シグナムははやての指示、ゼストは自身の判断によって、戦場を離脱する。
■
「ドクター。チンクとトーレの様態は?」
「持ち直したとも。さすが私だ……そちらはどうなったね?」
「計画において障害になり得る人物、百名余りの情報を受け取りました。部隊戦力や特殊技能者についてが主で、108部隊のラッド・カルタスをはじめ、既知のものも多いですが」
「それは重畳だ……『依頼』とは?」
「『アインへリアル』とARMSに関する資料を要求されました」
「それは覆せなかったか……どちらの、だね?」
「誤魔化せませんでした。現状、稼動している方のアインへリアルです……宜しいのですか?」
「構わんさ。あれはどの道捨て駒だ……しかし、アインへリアルとARMSの情報を欲しがる……何者だ? その二つの存在を知っているというのは……
海の人間か『騎士団』の一部……エグリゴリの残党という線もあるな。機械部分の高度なメンテナンスは、資料が無いと難しい」
「地上の諜報員だとすると、こちらの行動が読まれているということになりかねませんが」
「ARMSについては、存在さえ知らない筈だ。今は、まだ。アインへリアルも、メンテに必要な情報は渡してある。
……ふむ、ではこうしようウーノ。既に地上に渡っている情報だけを提供して、様子を見る」
「了解しました、ドクター」
■
「あ、危なかった……あのまま撃たれてたら、一区画があらかた停電するところだった……」
「スターズ03、沈黙……敵、全反応が消失しました」
誰とは知れず、ふう、と息を吐いた。状況は集束し、しかし被害は甚大だ。
主要メンバーの殆どが行動不能に陥り、シグナムはデバイスを砕かれた。
■
「戦闘、終わったらしいわよ。負傷者も殆どいないって」
「……そうかい。そりゃあ良かった」
「……拗ねてるの?」
「そりゃあ、ね。スバルは?」
「負けて瓦礫の下。駄目駄目ねあの子……負けそうならすぐ退くように教えた筈なのに」
「僕がフォローに行ってれば……と」
士官用の病室のドアが、二度ノックされた。
インターフォンからは、ただ無愛想な声が響く。
『俺だ、グリーン。入るぞ……色々と聞きたいことがある』
■
医務室での検査は、予想よりも早く終わった。
閃光音響手榴弾のような魔法/アイゼンゲフォイルとやらに近いらしい―――の後遺症は一切見つからず、肩口の傷も易々と完治した。
所詮は模倣、ということか。しかし、戦闘中には再生の遅れが致命的なダメージを生むこともある。
対策を考えつつ廊下を歩み、目的の病室に到着。ドアを叩く。
「俺だ、グリーン。入るぞ……色々と聞きたいことがある」
『兄さんか……ギンガ、鍵を開けてくれ』
かちり、と金属音がしたのを確認し、ノブを回して扉を開いた。
中には士官と思しき長い青髪の女性と、
「グリーン……」
「久しぶりだね。シルバー兄さん」
ベッドから上半身だけを起こした、キース・グリーンがそこにいた。
「早速で悪いが、聞かせてくれ」
「何をだい?」
「全て、だ。おまえが何故ここにいるのか、あれから何をしていたのか……全てを、だ」
「……分かったよ。兄さん」
■
主にクラナガン近郊での、強力な武力を有する個人や組織に対する強襲・制圧を担当する部隊。
部隊番号の下一桁は主な任務の種類を。それ以外は担当区域を表している。
かつては陸士08部隊がそれを担当していたが、ある事件の後、部隊としての活動を完全に凍結されたため、108部隊が新設された。
短時間だが強力な白兵戦能力を発揮する第二、第三分隊が陽動を行い、夜間や暗・閉所戦闘と索敵に長ける第一分隊が制圧するという戦術を主とする。
しばしば高位魔導師との直接戦闘を強いられるため、給料は良いが危険が極めて大きい。また、前線部隊は常に人手不足。
故に、何らかの事情を抱えた人材が多く集まり、優秀な者だけが生き残った結果、各々が特化した技能への依存が大きい、特殊な形の少数精鋭となった。
最終更新:2008年03月20日 15:24