夢だ。
紅い夢だ。
紅き焔は捧げた祈りを嘲笑い、森を村を人を焼き。
守人たる民はその身に流れる紅い血で、己と大地を染めあげる。
そして地上の灯を映した紅い空に浮かぶのは、精霊像を奪い去る巨大な………
リリカルなのはARC THE LAD始まります
『第一話:炎に消える真実』
「………ッ!」
ミッドチルダ北部の安アパートの一室でエルクは眼を覚ました。
室内はカーテンの隙間から入り込む月の光で蒼く浮かび上がっている。
静寂と秩序、夢とは対極にあるような自室。
「………今夜はもう眠れそうにないな」
汗で張り付いた衣服が気持ち悪い。
自嘲気味につぶやくとバスルームに向かう。
最近よく見るあの夢、あれは自分の過去の記憶だろうか。
温めのシャワーを浴びながら何度も自問するが何も思い出せない。
気分転換にハンターズギルドへ行ってみる事にしよう。
何か仕事があれば気が紛れるかもしれない。
着慣れた服に身を包み、相棒の十文字槍型デバイスを掴むと、エルクは夜の町へと出て行った。
◆
昼間は喧騒に包まれている大通りも、夜になれば人もまばらで物寂しい雰囲気となる。
そんな大通りの一角に佇むようにハンターズギルドはあった。
「何か仕事はあるかい?」
ギルドに入り声を掛けると、カウンターの難しい顔をした事務員はエルクを見て破顔した。
「丁度良かった。急な仕事が今入ったところで、お前さんを呼ぼうと思っていたんだ」
話によると空港で男が暴れているらしい。
しかもその男は強力な魔法を使い、管理局の捜査官では手に負えないとの事。
「ったく。天下の管理局様が聞いてあきれるぜ」
そうは言ったが、仕方の無い事かともエルクは思う。
多数の世界を管理するには人手がいくらあっても足りない。
ゆえに強い魔法が使えるもの、優秀なものは本部に引き抜かれ、地方の局員は二番手三番手ぞろい。
それゆえにハンターが仕事に困らないのだが………。
「管理局の手の回らない所を何とかするのがハンターだ。報酬は弾むから頑張ってくれよ」
「分かってるって」
「ヘリを待たせてある。すぐに向かってくれ」
「了解」
時間が経つほど状況は悪くなるものだ。
短い応答の後エルクはすぐに飛び出した。
◆
海上に浮かぶように建設された臨海第8空港。
ミッドチルダ内だけでなく、他の管理世界との橋でもあるこの空港に昼夜の区別など無く、常に多くの人で賑わっている。
だがそんな常とは異なり空港のターミナルの一角では緊迫した空気が張り詰めていた。
「近づくな!そうすれば危害は加えない!」
そう叫ぶのはマスクを着けフードを被った男。
その手には銃型のデバイスを持ち空港職員を盾にしていた。
「何をしている!さっさと捕まえろ!」
相対し、その男を取り囲むように陣取っているのは時空管理局の局員たち。
隊長格の管理局員が後ろから野次を飛ばすが、周りを囲んでいる局員は近づきたくとも近づけなかった。
先ほど一度魔法で吹き飛ばされており、その威力練度共に自分たちよりも上回っている事を身をもって味わったからだ。
「何度も言っているが空港の運行を停止しろ!僕の要求はそれだけだ!」
金でもなければ物でもない、この男の奇妙な要求に局員達は困惑もしていた。
離陸予定の飛行機は今の所なく、着陸待ちは輸送機が一機だけ。
こんな騒ぎを起こす必要などないようなものだからである。
それに男の使った魔法も怪我をしないよう加減されたものであったし、人質に対してもデバイスを近づけてすらいない。
なにより声やフードから覗く眼は犯罪者と言うよりはむしろ………。
そんな思考を遮るように天井のガラスを突き破り一人の男が乱入した。
◆
「もうすぐ着きます」
パイロットの声を受けて、エルクはヘリのハッチを開けて下を見下ろした。
海は満天の星空を映し、都市の夜景を背後に海に浮かぶ空港は幻想的で、平和そのものの様であった。
だが事実としてその中には犯罪者という異物が紛れ込んでいるのだ。
頭を戦いに向けて切り替えると、エルクは戦地へと夜の空気を切り裂いて飛び降りた。
着地してまず目に入ったのは驚いた様子の犯人と、半泣きの人質と見られる中年男性。
そして揃って似たように驚いている管理局の面々。
「ハンターだ、おまえを捕縛する」
エルクはそう宣言するやいなや、驚愕がその場を支配しているうちに行動に移った。
すなわち犯人のデバイス、及びそれを持つ腕への槍による刺突。
要するに不意打ちである。
本来ならば、いくつもの実戦経験に基づく正確にして鋭敏な一撃により、犯人の戦力を奪っていたはずだった。
だが今回の相手はそれなりの熟練者だったらしい。
いち早く冷静になると体勢を崩しながらもギリギリで槍を避けたのだった。
「へぇ………」
多少感心はしたが、しかしこれは予想の範囲内のことである。
槍の軌道は犯人と人質の間を縫うように突き進み、両者を分断する。
エルクはすばやくその隙間に滑り込むと、反撃の機会を与える間もなく、
「炎の嵐よ全てを飲み込め!」
己が最も得意とする魔法『ファイヤーストーム』を零距離から放った。
◆
さすがに今度の一撃は避けきれなかったらしく、焼き焦げた犯人はピクリとも動かない。
「よし、制圧完了だな」
エルクがそう言って犯人のデバイスを取り上げた時、初めて管理局員らは状況に追いつき我に返った。
「だれだ!ハンターのごろつきなんぞを呼んだのは!」
声のした方を見ると、局員の輪の外側の安全圏にいた隊長と思わしき人物が喚き散らしている。
「揃いも揃って無能どもめ!これだけいてハンターの若造に遅れを取るとはな!」
どうやら自分たちだけで解決できなかったのが不満らしく、その怒りを部下にぶつけているようだ。
コネだけでのし上がった奴だろうとエルクは適当に予想する。
魔法の実力があるなら先頭に立って戦うだろうし、指揮能力が高いなら気力を削ぐ様な事は言わないはずだからである。
ひと通り愚痴を言い終えたのか、その男は周囲の局員を掻き分けてエルクの前まで来るとジロリねめつけてきた。
「犯人は我々が連行する。捕獲に協力した謝礼は払ってやるから、ハンターのごろつきはとっとと帰れ」
そう言われてエルクはさすがにむっとした。
ハンターはいわば便利屋だ。
仕事内容は今回のような荒事から子守やお使いなど多岐にわたる。
それゆえ金さえ払えばなんでもする輩と思われる事も少なくないが、エルクはこの仕事をプライドを持ってやっていた。
ゆえに何か言い返してやろうと口を開いたのだが、
「いやー、ハンターさんすばやい解決ご苦労様です。報酬はギルドに払っておきますので。隊長さんも犯人がなぜうちの空港を狙ったのかキッチリ絞り上げてください」
横から空港の責任者に口を挟まれ盛大に毒気を抜かれてしまった。
バインドで拘束されて連行されようとしている犯人を横目に眺め、手持ち無沙汰にしていると。
「何はともあれ、これでようやく輸送機が着陸できます」
空港の責任者が上を見上げつつ言うのを聞いて、エルクもそれにならってなにげなく上を見た。
―――そこにあったのは悪夢だった。
突然の轟音と共に火達磨になった輸送機は、ジェット燃料を撒き散らしながら巨大なナパーム弾となって空港に直撃したのだった。
◆
空港全体を大きな揺れが襲った後、辺りは激しい炎に包まれる。
周囲の火の海、倒れ伏す人々、そのどちらにもエルクは既視感を感じた。
何かが脳裏をちらつくが、思い出そうとすると全身が拒絶するかのごとく不快な気分に苛まれる。
そんな折、不意に強力な魔力を感じ内へと向かう思考を外へと向けると、目に入ったのは打ち倒された局員と拘束を破り走り去る―――
「あの野郎!」
エルクが倒したはずの犯人。
魔法の直撃を受けたにしては回復が早すぎるのが妙だったが、そんなことを考えるよりも捕らえる方が先決だろう。
この事故と今回の事件、何か関係があるに違いない。
そう決断するやいなやエルクは犯人を追って灼熱の中へと飛び込んだ。
◆
事件による騒ぎがあったおかげか、客の多くはすでに空港の外に出ており、多数の局員が集まっていた為、残った民間人の誘導も比較的円滑に進んでいた。
しかし、この人数を持ってしてもカバー出来ないほど空港が広すぎた事、火の勢いが強く火の回りが速すぎた事。
この2つが災いし、空港内にはまだたくさんの民間人が取り残されていた。
「おとうさん………おねえちゃん………」
泣きながらうつむいて歩き回る少女もその一人。
自分はただおとうさんに会いに来ただけなのにどうしてこんな事になるのだろう。
そんな事を考えているとふいに上から影が差した。
誰かが助けに来てくれたのだろうか、淡い期待を胸に見上げた先にあったのは、無常にも自分に向かって倒れ掛かる石像の姿だった。
◆
エルクは燃え盛る火の海の中を走っていた。
煙のために視界が悪く、それに乗じた奇襲の可能性も捨てきれない。
周囲を探りつつ慎重に進んでいると、目前の扉から人の気配を感じた。
(………ここか?)
扉を蹴破り中に入ると、部屋の中は燃えておらず、火災で電気も止まっていたため暗く、全体を把握できない。
「キュルルルルル」
獣のような爬虫類のような、なんとも形容しがたい唸り声。
エルクは警戒心を強めて声のした方へと槍を向けた。
「だめだよフリード」
今度は幼い少女の声、闇に慣れたエルクの目に映ったのは白銀の幼竜とそれを従える少女。
服装から見ておそらく逃げ遅れた民間人。
「お嬢ちゃん怪我は無いか?」
犯人の確保より、民間人の救出を優先に考えたエルクはこの少女に近づくが、少女の方は怯えたように一歩下がった。
そんな時ふと見えた少女の目、その目に宿るものにエルクは見覚えがあった。
この仕事をするようになってよく目にするようになった、何らかの犯罪に巻き込まれ人を信じられなくなった者、行き場を失った者の持つ負の感情。
まさしくそれがこの少女の目にはあった。
様々な理由が考えられたが、そのいずれにしてもこのままにして置く訳にはいかない。
相手の警戒心を解くために体勢を低くし目線を合わせる。
「怯えなくていい。俺はエルク、ハンターだ。お嬢ちゃんを連れ出しに来たんだ」
「私を………?」
「ああ」
そう言ってエルクは少女に微笑を向ける。
「私はこんどはどこへ連れて行かれるのでしょう?」
「あ~、それはお嬢ちゃんがどこに行きたくて何をしたいかによるな。何せハンターは人の願いを叶える仕事だから。お嬢ちゃんはどこへ行って何がしたい?」
思案している様子の少女により強い笑みを向けると、エルクは自分の着ていた上着を火避けのために被せる。
「ここは危ない。とりあえずここを出よう」
少女を抱えエルクは再び炎の海に踏み込んだ。
◆
部屋の外では炎がますます勢いを増し、紅蓮の他は殆ど何も見えない。
(出口はどっちだ………)
辺りを見渡していると、ふと何か聞こえた気がする。
気のせいかとも思ったが耳を澄ましていると、炎のはぜる音に混じり聞こえてきたのは………。
(まだ子供がいるのかよ!)
エルクは微かな声を頼りに駆け出した。
しばらく進むと辿り着いたのは吹き抜けのホールであった。
憩いのために植えられた観葉植物も今ではただの薪として空港の壁を黒く焼いている。
その中央には倒れた石像とその下に広がる血溜まり。
(まさか………)
最悪の想定と、一縷の望みを託しエルクが近寄ると、
「あんたは確か………」
逃げ出したはずの犯人がそこにいた。
「生きているか?」
「………ああ………さっきの、ハンターさんか」
「事件を起こしたツケがまわったな」
「ははは………皮肉なものですね………」
エルクは槍を一閃させ、石像だけを切り払った。
巻き上がる粉塵、それが収まると先程の剣圧でだろうか、男のフードが外れていた。
「おまえ………その顔は」
見えたのは異形の姿、顔全体にトカゲのような鱗が生えている。
「魔が、差したんですよ………強い力を、得られると聞いて………おかげで、半身が潰れても、死に切れません………」
自らの愚かさを嘆くような笑みを浮かべると。
「頼みがあります………これを、ティアナ、ランスターという子供に、渡して欲しい………報酬も、ある………」
そう言って手帳と使い古した財布をエルクへと差し出した。
「心配するな。助け出してやる。だから―――」
「向こうに………女の子が、行った………その子を………」
遮るように言われた事にエルクは舌打ちすると手帳だけ受け取り。
「依頼は受けた。報酬は仕事の後でおまえから受け取る。だから勝手にくたばるんじゃねぇぞ」
そう言うと周囲に防壁を張り、示された方へと走り出した。
エルクは通路を突き進む、だが行けども行けども子供の姿は無い。
(あいつ嘘ついたんじゃねぇだろうな)
そう考え出したとき目の前に現れたのは少女を抱えたツインテールの白服の女、浮いている事から見て空戦魔導師だろう。
「あなたがこの子を助けてくれたお兄さんですね」
出会い頭に言われたその言葉を聴いて、エルクはふと気がついた。
自分の槍をかわせるやつが普通石像の下敷きになる訳が無い、だとしたらまさか―――
「さあ、早く脱出を………」
エルクは相手の言葉を聴いていなかった。
自分の張った障壁が破られたのを感じたからである。
「この子を頼む」
背中の少女を相手に押し付けると、制止の声も無視して来た道を全速力で戻った。
◆
「いい格好だなティーダ」
「………」
「勝手に行動を起こすからこういう事になるのだよ」
エルクがホールに戻ったとき、そこに居たのは中央で犯人の男―――ティーダを取り囲むようにして立つ黒服達。
「カサドール執務官、レリックの回収終わりました」
「ご苦労………例の娘は?」
「不明です、この火災に紛れてどこかへ行ったものと思われます」
「ふん………まあいい、あれはたいして重要ではないからな。一応捜索隊は出しておけ」
指示を出す素振りは管理局の部隊の様だったが、それにしては服装が変であるしエンブレムも無い。
そんな集団を見てエルクは警戒感を露にして近寄った。
「なんだ、おまえは?」
声を掛けたのはこちらに気がついた黒服。
「ハンターだ。そいつは俺がギルドに引き渡す」
「ハンター?ああ、あのクズの寄せ集めか。悪いがこのキメラは我々が連れ帰る」
「何の権限があってだ!」
露骨な侮辱にエルクは激昂するが、
「地上本部秘密部隊カサドール一尉だ。問題なかろう。………引き上げるぞ」
懐から取り出した局員カードを軽く振ると、ほぼ同時に転送の魔方陣が展開される。
制止する間もなく黒服達は消え去り、後にはエルクだけが一人残された。
最後に一瞬だけこちらを見たあの男―――ティーダの顔、あれはまるで死を待つ殉教者のように穏やかで………。
「………ッ!怒りの炎よ!敵を焼き払え!」
行き場の失った怒りをそのままに己の魔法『エクスプロ-ジョン』を正面の壁に叩きつける。
桁外れの爆発と共に外まで達する大きな風穴が開いた。
外から冷たい夜の海風がエルクへとやさしく吹き込むが、エルクの心は全く晴れなかった。
そのまま外に出るとちょうど本局の航空魔導師隊が飛んできているのが目に入る。
少し前までならその命を賭して活動する姿に感心する事もあったが、あんなやつを見た後ではまるで道化のようにしか見えない。
もう帰ろう今日は心も体も疲れきってしまった。
そう思いながら歩こうとすると、服の裾を引かれるのを感じた。
後ろを見るとそこに居たのは………、
「ハンターさん、お願いがあります。私を管理局から逃がしてください」
白銀の幼竜を連れた少女。
どうやら今日はまだ忙しいらしい。
◆
明け方のニュースで昨日の事件が放送されている。
自分の部隊を作ると意気込む友人を応援しつつ高町なのはは昨夜の事を思い返していた。
要救助者の連絡を受け駆けつけた先にいた女の子。
目立った怪我も無く無事保護出来て、いざ脱出しようと抱き上げたとき、助けてくれたおにいちゃんが中に居ると言い出した。
そこにちょうどそれらしい人が来たから安心したけど、どうやら違ったみたいで自分に別の女の子を預けてどこかへ行ってしまった。
二人を外に逃がせて、急いで戻ったとき聞こえてきたのは『レリック、キメラ、秘密部隊』。
管理局には自分の知らない事があるみたい。
真実を知るには―――
「少数精鋭のエキスパート部隊、それで成果を上げていったら上のほうも少しは変わるかもしれへん。私がもしそんな部隊を作る事になったら協力してくれへんかな?」
「そんな楽しそうな部隊に誘ってくれなかったら逆に怒るよ」
―――上を揺さぶる必要がある。
最終更新:2008年06月02日 20:11