Lyrical Magical Stylish
Final Mission Jackpot
「フハハハハハハハハハ!! ハーッハッハッハッハッハ!!!」
倒れ伏す二人には最早目もくれず、ムンドゥスは狂ったように笑い続ける。
(…………)
その光景を見る―――いや、感じ取っている―――存在があった。
(……全く、世話の焼ける連中だ)
テメンニグルの屋上でダンテに斬られた男、バージルその人。と言っても、その場に実体があるわけではなく、幽霊のような存在なのだが。
どういうことかというと、肉体があったなら確実に死んでいた一撃だったが、幸か不幸かあのときのバージルは悪魔と同じ存在だった。
ムンドゥスが作り出した魔力、それに指向性を与え、仮初の体を得た存在。それがあのときのバージルだ。
ゆえに、体が失われても、その存在の根底を支えるだけ魔力が残っているのであれば、いずれ周囲の魔力を吸収して復活できる存在だったのだ。
もっとも、ダンテが与えたダメージはあまりに甚大で、こうやって意識を残しておくのが精一杯だったのだが。
(……だが、今なら俺は―――)
相変わらずひたすら笑い続けるムンドゥスを完全に無視して、バージルは二人へ目を向け、そして決めた。
「……あれ、私」
目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。ドッペルゲンガーと戦った場所以上に暗く、周囲には何も見えない。魔法で照らそうと思ったところで、握っていたはずのレイジングハートがなくなっていることに気付く。
「……死んじゃったのかな」
レーザーを食らったところまでは覚えているが、そこから先の記憶がない。だとすれば、死んだと見るのが妥当か。
「あーあ、ゴメンねフェイトちゃん、クロノくん、ダンテさん」
今なお戦っているであろう友人たちに謝る。だが、死んだはずの自分が何故こうやって色々考えたり出来るのだろうか、そこに疑問を持つより早く、なのは以外の人物の声が響いた。
「……俺と互角に戦ったくせに、随分あっさりと認めるのだな?」
「あ、バージルさん。どうもこんにちわ。こんにちわ、であってますよね?」
「そんなのはどうでもいい。貴様は、死んだと認めるのか!?」
「認めるも認めないも……こんな何もない場所、死後の世界くらいしか考えられないじゃないですか」
そこにバージルが出てきたことも、そう認識させる要因の一つなのだが。なのはは周囲を見回しながら答える。
そんななのはにバージルは溜息一つ付くと、心底見下した表情でつまらなさそうに呟いた。
「……所詮、その程度か」
「そりゃ私だって死にたくないし、死んだなんて認めたくないですけど」
「ならば立ち上がれ。聞こえぬのか? 耳障りな笑い声が」
言われるままになのはは耳を澄ます。だが、何も聞こえない。
変に期待を持たせるな、バージルにそう文句を言おうとしたところで―――
―――ハハハハハハハハハハ!! ハーッハッハッハッハッハ!!!―――
「…………」
かすかだが、聞こえてきた。何がそんなに面白いのか、狂ったように笑い続けている。その哄笑になのはは顔を顰め、心底魔帝を蔑んだ表情を見せて一言。
「Too noisy(うるさいなぁ)……」
なのはの言葉を聞いたバージルが初めて笑みを見せる。それは、彼の弟ダンテとそっくりな、凶悪で、大胆で、不敵な笑顔だった。
「ならばどうする」
「決まってます。黙らせる」
いつの間にか手の中に現れていたレイジングハートを肩に担ぎ、バージルに負けないぐらいの不敵な笑顔を見せる。そこには、自分が死んだなんて思いは欠片も残っていなかった。
「―――いい返事だ。征け、高町なのは」
「あ、私の名前、覚えててくれたんですか」
「……まあな」
「嬉しいです。じゃあ、バージルさんもお元気で」
「ああ」
それと同時に、周囲の闇が消えていく。顔を上げると、まばゆい光が射し込んでいた。
「う……」
目を開くと、視界がぼやけていたが、そこは随分と見慣れた戦場だった。
痛いほどに握り締めていたレイジングハートを杖代わりに立とうとして、全身を激痛が突き抜ける。が、こんなところで跪いてなんていられない。
―――この体には、まだ戦うだけの力がある。この心には、まだ戦うための意志がある。
「あああああっ!!!」
「……ほう、まだ立ち上がるか」
なりふり構わぬ咆哮で全身に喝を。ふらつく体、霞む視界、止まらぬ出血、残り少ない魔力。
状況は絶望的、それでも、未だ魂は砕けてはいない。なら、戦える。
「私は、諦めない。絶対に、諦めない!!」
「たった一人で我に歯向かう? 驕るな! 矮小な人間風情が!!」
ムンドゥスの怒気が衝撃波となってなのはを襲う。なのははそよ風が吹いただけでも倒れそうな体を無理矢理支え、さも可笑しいとばかりにムンドゥスの言を笑い飛ばした。
「一人? ハッ、笑わせないでよ。ダンテさんは絶対に立ち上がる。それに―――」
どんな状況でも不敵に笑って軽口一つ。
「私は、一人じゃない」
その姿は、本人を前にしたら口が裂けてもいえないけれど、ひそかに憧れた魔剣士そのもの。
「いつだって、一緒に戦ってくれる相棒がいる」
「Yes. You are the sweet master(あなたは最高だ)」
自分が負うはずだった傷を肩代わりして、全身ヒビだらけになりながらも共に闘うと言ってくれる。
「私を信じて、何も言わずに送り出してくれた家族がいる!」
いつもいつも、全幅の信頼を置いてくれる家族を裏切ることなんて出来やしない。
「強さで言っちゃえば圧倒的に劣る私を信じて、背中を任せてくれた人がいる!!」
たった数日共に闘っただけなのに、相棒と呼んでその背中を任せてくれたダンテ。
自分はこんなにも多くの人に支えられている。それなのに、自分勝手に諦めて道を閉ざすなんてそんなことは絶対に出来ない。
「だから―――仲間を平然と見捨てるテメェなんかに、絶対に負けてやるもんか!!」
「騒がしい小娘が……我を侮辱した罪、死すら生温い!」
「Com'n winp!!(かかって来いよ、ノロマ野郎!!)ダンテさんが戻るまで、私が相手をしてやる!!」
締めとばかりに中指を突きつけ、飛んできたレーザーを空に舞って回避する。
「「―――Let's Rock!!」」
そしてなのはは無数のヒビが入ったレイジングハートを構え、最後の戦いへと挑む。
「あー、死んじまったのか……参ったな、ダディやマミィに何て謝りゃいいんだか」
目を開いた先は、何もない闇。周囲には何もなく、ダンテはリベリオンを失った自身の右手を眺めてぼやく。
―――ふん、散々大口叩いて、結局お前も俺と同じだったということか―――
聞こえてきたのは懐かしい声。つい先ほどダンテに斬られて消えていったはずの兄のもの。
「まあ、そーいうことだな。ったく、情けない話だぜ」
それに反論する気力もなく、ダンテは首を振る。何と言われようが、自分は死んでしまったのだから。
「そうか、ならば俺は貴様の体を奪い、今度こそ魔帝を倒す」
その言葉と共にバージルが突如現れる。それでも、ダンテは特に何も思うところがなかった。
「好きにしてくれよ」
「……ふん、見下げ果てたヤツだ。だが、これを見てもまだ同じことが言えるか?」
「あん?」
バージルが閻魔刀を振る。すると、真っ暗だった周囲が一部裂け、そこについ先ほどまでの戦場が浮かび上がった。そこで見た、信じられない光景にダンテは驚愕する。
そこには、愛杖もろともズタボロになり、ダンテを失い、それでもなおムンドゥスに立ち向かうなのはの姿が映し出されていた。
「!!」
「聞こえるだろう。あの女の叫びが」
―――ダンテさんは、絶対に立ち上がる!―――
「……耳が痛いな」
―――私は、一人じゃない! 私を信じて、背中を任せてくれた人がいる!!―――
「……参った、こりゃ参ったぜ」
自然と口の形が笑みを象っていく。
かつて、自分はなのはに何と言った?
「俺がやるから安心しろよ」
かつて、自分は士郎と桃子に何と言った?
「なのはは俺が守る」
今までお前はどうやって生きてきた?
「でかい口叩いて、それを嘘にしないように生きてきた。地べたを這いずり回って、血反吐を吐いて、それでも言ったことだけは絶対に譲らなかった」
なのに、そうやって平然とくたばるつもりか? まだ何も終わっちゃいないと言うのに?
「……確かに、どうかしてたわ。俺」
そうだ。ここで倒れるというのは今までの自分を全否定するのと同じだ。いや、自分だけじゃない。自分を信じて、力を貸してくれた気のいい連中全員を裏切ることになる。
どんなに情けなく映ったとしても―――それだけは、絶対に出来るわけがない。
―――Com'n winp!!(かかって来いよ、ノロマ野郎!!)ダンテさんが戻るまで、私が相手をしてやる!!―――
「やれやれ、ホントとんでもねーガッツだな」
ダンテは笑って、いつの間にか手の中に生まれていたリベリオンを強く握り締める。その笑顔は、先ほどなのはが浮かべたものと全く同じだった。
「オーライ分かったよSweet Magical Girl. お前が折れないのに、俺が先に折れるわけにはいかねーよな」
折れていた心が蘇る。光を失った目に、再び戦意が満ちる。
「……ふん、手間のかかる弟だ」
「わりーわりー、さすがにこんな経験は始めてでよ」
ハッハッハ、とダンテは笑う。バージルもまた、ダンテの決意をかすかな微笑で受け止める。
「じゃ、行くわ。あんまり待たせちゃ悪いしな」
「ああ」
ダンテはバージルに背を向け、その背にバージルの声を受けながら、かすかに見える光へと向かう。
光は瞬く間に強くなり、周囲の闇を吹き払う。ダンテは眩しい光に目を細め、そしてバージルが小さく何かを呟いたのを聞いた、気がした。
「―――ああ、わかってんよ、兄貴。頑張ってくる」
目を開く。流れた血が入り込んだか、左目の視界が酷く悪い。そんな中で、ダンテはムンドゥスと、その周囲を飛び交う光、そしてそれを操るなのはの姿を捉えていた。
「……よし、行くか」
強かに打ちつけた頭は酷く痛む。半分塞がれた視界が気持ち悪い。血を流しすぎたか、剣を握る右腕が震えている。レーザーにぶち抜かれた腹は未だ白煙を上げ、覗き込めば内臓が見えそうだ。
それでも、気持ちは未だかつてないほど充実している。人の力の根源である魂が燃え滾っている。
「俺は、いつだって一人じゃない」
バージルに言った言葉を、そしてなのはが言っていた言葉を反芻する。俺が死んで、困るのは俺だけじゃない。なら、死ぬわけにはいかない。
ダンテは口を笑みの形に歪めると、愛剣と共に駆け出した。
「―――Let's Rock!!!」
「!! ダンテさん!!」
「! 貴様ぁ!」
「おおおおおおおっ!!!」
ダンテがいないことから、接近しての直撃を狙わざるを得なかったなのはに迫る魔帝の拳、それを雄叫びと共に弾き飛ばしたのはダンテのリベリオンだった。
「悪い、待たせたな!」
「全くです!」
「その分派手に行くぜ!」
ズタズタに傷ついた体のどこにまだそんな力が眠っているのか、ダンテの振るうリベリオンは全快時と何ら遜色ない、いやむしろ、強力になったまである。
そして、リベリオンが遂にムンドゥスの腹部にヒビを入れた。それまでと違う小さな、だが確実なヒビは、ダンテとなのはの攻撃がムンドゥスを着実に追い詰めていることを示している。
「行ける! レイジングハートッ!!」
「うおおおおっ!!」
闘志が爆発する。敵の体力も底なしではない、そしてその底が確実に近付いている。二人は裂帛の気合と共に、息も付かせぬ総攻撃を仕掛け続ける。
「があああああっ!!」
「どわっ!?」
「きゃあっ!」
凄まじい猛攻に耐えかねたか、遂にムンドゥスが絶叫を上げる。だが、そこから迸った衝撃波が二人の猛攻を止める。
「貴様らぁぁぁぁぁ!!」
「へっ、とっとと止めを刺さねーからだぜ」
「その通り。そんな慢心ばっかだから私たちに勝てないんだよ、間抜け」
「許さん、許さんぞぉぉぉぉ!!!」
ムンドゥスは両手に限界を超えた魔力を溜める。それは、魔力を糧に生きる悪魔にとって自身の寿命を縮める行為だ。それでもなお、捨て身の行動に出た理由はひとつ。
―――決着のときは、近い。
「……さて、そろそろいいんじゃねーか?」
「ですね。あんまり出し惜しみするのもよくないし」
そして、二人もそれを受ける。いくらバージルに背中を押され再度戦えるようになったとは言っても、もとより分の悪い勝負だ、賭けの一つにでも勝たなければ勝機はない。
「そんなわけでダンテさん。しばらく時間稼いでくれますよね?」
「任せろ」
血塗れのダンテが不敵に笑う。その顔には一片の迷いもなく、ダンテ同様血塗れのなのはもまた、ダンテの全幅の信頼を不敵な笑顔で受け止める。
「無駄だと言うのがわからぬか!!」
「無駄かどうかは、テメエ自身で確かめな!」
魔力の篭ったムンドゥスの拳を同じく魔力を乗せたリベリオンで弾き返し、ダンテは真正面から斬りかかっていく。
フラフラのなのははそれを見届けると、痛みで消えそうになる意識を繋ぎ、霞む目を見開いて愛杖を一振り。気合は十分、リアクター・パージで消し飛んだために残り少ないバリアジャケットすら極一部を除いて魔力に再変換し、なのはは魔法陣を描く。
「まさか無理だなんて言わないよね? レイジングハート?」
「Too easy, and you?」
「もちろん、楽勝!!」
自身も愛杖も状態は最悪。それでも、この体を突き動かす魂だけは、何人たりとも挫くことなど出来やしない。
「レイジングハート・ドッペルゲンガー起動」
「Mode doppel ganger ready」
アフターイメージ、ドッペルゲンガーの使える唯一の機能。なのはの隣に全く同じ姿をした影が現れる。
「……いくよ。風は空に! 星は天に! 輝く光はこの腕に! 不屈の心はこの胸に!! レイジングハート、シーリングモードフルドライブ!!」
「Sealing mode full drive ignition. Get ready, Master?」
星をも打ち抜く破壊の光が二つのレイジングハートに収束していく。
「Lyrical Magical Stylish!! 咎人達に滅びの光を! 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ! 貫け! 閃光!!」
地獄に二つの太陽が出現する。
限界まで収束された、なのは最大の切り札が発動の瞬間を今か今かと待ちわびている。
「ダンテさんっ!!」
「ウオオオッ!!」
ダンテはなのはが魔法のチャージを終えたことを知り、渾身の力でムンドゥスにリベリオンを投げつける。回転しながら突き進むラウンドトリップが周囲を巻き込む竜巻じみた攻撃なら、今回の投擲は外れることのない真紅の弓矢。
「グアアアアアアッ!?」
音速を超えたダンテのソードピアスはムンドゥスの生む力場を容易く貫通し、狙い済ましたようにムンドゥスの第三の目に深々と突き刺さる。
「派手にぶちかませ!!」
「Alright!!」
魔力を溜める、そのポイントであった第三の目を貫かれ、ムンドゥスの攻撃の手が止まる。ダンテはその隙に一っ跳びで魔法の射程外へ退避。
それを見届けたなのはは、限界を超えて集った魔力に最後のワンフレーズとともにレイジングハートを叩きつけようと振りかぶった。
―――さあ、全ての準備は整った。魔帝に、人の真の力を見せ付けてやろう。
「スターライト―――
これを撃ってしまったら、もう次はない。一瞬頭を過ぎったそんな後ろ向きの思考を不敵に笑い飛ばす。後のことを考えるなんて、随分余裕じゃないか。
通じなかったらどうする。次に過ぎるのはやはりネガティブな思い。だが、それすらもまた悪魔の笑みで吹き飛ばす。通じる、通じないではない、通すのだ。
自身に囁く弱気の虫を完膚なきまでに叩き潰し、なのはは万感の想いを込めて最後の魔法を解き放つ。
―――ブレイカァァァァァァーーーー!!!!」
アフターイメージもまた全く同時に解き放った二筋の閃光は、全てを撃ち抜き無に帰す星の怒りだ。
ディバインバスターを遥かに超えた空間そのものを破壊しつくす断罪の剣が、ダンテの頭上を飛び越えムンドゥスに直撃する。
「ガアアアア!! この程度ォォォ!!」
目を焼く光の向こうから聞こえるのは、未だムンドゥスが健在であることを示す咆哮。
「ブレイク―――」
それを打ち消すが如く、残る魔力を全てレイジングハートへと注ぎ込む。
何もかもが光でかき消されていく中、未だ止まない砲撃は更に凶悪な発光を見せ、終盤に向けてその威力を上げていく。
「Come on!!」
ダンテはムンドゥスに突き刺さったリベリオンを呼び戻し、肩に担ぐいつものポーズを見せながら口笛を吹く。
「ヒュゥ、コイツはスゲーぜ。負けてらんねぇなぁ、相棒?」
自身の頭上を超え、あのムンドゥスの巨体を真っ向から消滅せんと迸るスターライト・ブレイカーに感嘆の声を漏らし、ダンテは止めの一撃を放つべく自身の魔力を練り上げる。
確かにとんでもない一撃だが、ムンドゥスを倒すには至らない、ダンテは何故だか分からないけれどそう直感していた。ならば、ソイツに止めを刺すのは俺の役目。
リベリオンが発光を見せるのと同時に、ダンテは自身の中に浮かんだトリガーに手を掛けた。
「―――シューーート!!!」
なのはの絶叫、そして最後に一際強く輝く星の怒り。
「はぁっ……はぁっ……ダンテさん!!」
「ウオオオオオオーーーーッ!!!」
目に痛い白光が収まったのち、その中から現れたムンドゥスは胸から下が吹き飛ばされて、それでもなお健在だった。
フィンで浮遊するための魔力すら使ってしまったなのはは地上に跪き、急激な消耗で一気に消し飛びそうになる意識を必死の思いで掻き集め、ダンテの最後の攻撃を見守る。
なのはが見守る中、一直線にムンドゥスまで突き進んだダンテは遂に、手を掛けていたトリガーを全力で引いた。吹き荒れる魔力、リベリオンの装飾が凶暴に発光し、ダンテの姿が人間から悪魔のそれへと切り替わる。
スパーダとも違う、どこか人間ダンテを感じさせるその力。それはまさしく、最強の魔剣士スパーダの魂を受け継いだ、魔人ダンテの姿だった。
溶岩に崩れ落ち、随分と頭が低い位置に来たムンドゥスを足場に飛び上がり、エア・ハイクを使って更に高く飛び上がる。
「Sweet Dream(おネンネしてな)!!」
遂にムンドゥスの上を取ったダンテは、あまりの光景に目を剥くムンドゥスに中指を突き立てると、全身の力を込めてリベリオンを振り下ろした。
「オオオオオオーーーーーーッッ!!!」
「ガアアアアアアアアアア!!」
ムンドゥスの頭に突き刺さる死の一撃。ダンテの放つ業火のような真紅の魔力が周囲一体を染め上げる。荒れ狂う魔力がスパークを起こし、ダンテの攻撃が凄まじい威力であることが容易に見て取れる。
それでも、ムンドゥスは倒れない。なのは最強の一撃に耐え、今なおダンテ最強の一撃を受け続け、それでも膝を折らない姿はまさしく魔を統べる者だった。
「ダンテさん……頑張れ!!!」
薄れゆく視界の中、なのはは掠れる声で叫ぶ。力が全てを支配するこの場において、それはあまりにも弱弱しく。
―――だが、期せずして放った言葉は、偶然にもバージルがダンテに向けたものと同じ。
兄と、相棒。二人の同じ声援が、ダンテの背を最後に強く押す。
当事者にしてみれば随分と長い、されど一瞬の停滞の後、リベリオンがムンドゥスをそのコア諸共真っ二つに引き裂いた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
凄まじい絶叫が周囲の空間そのものを揺るがす。それは、魔帝ムンドゥスの断末魔の叫び。
「我は……諦めぬ……何度でも……蘇って……見せようぞ……」
最後の恨みを残してムンドゥスが溶岩の中へ消えていく。それを見届けたダンテは魔人化を解除し、リベリオンを戻して不敵に笑った。
「へっ、何度だってぶっ飛ばしてやるさ」
魔帝が倒れたことにより、この空間そのものが崩壊する。以前の戦いでそれを知っていたダンテは踵を返すと、慌てて崩れ落ちたなのはの元へと駆け寄った。
すでに崩壊の予兆である地震が起き始めている。時間はあまりなさそうだ。
「ヘイ、しっかりしろ! 寝てる場合じゃねーぞ!」
「う……」
ペシペシ頬を叩くが、全く起きる気配がない。レイジングハートも杖の形こそしているが、応答がない。
それもそのはず、魔力が完全にゼロになってしまったのだ。少し寝てれば回復するのだろうが、今はその少しの時間も惜しい。
「ち……しょうがねーか」
なのはを抱えて外まで向かう、というのも考えたが、魔帝が力を失っても他の悪魔が消えるわけではない。
時間制限もあるし、残された悪魔がダンテとなのはを崩壊の巻き添えにせんとばかりに襲い掛かってくるのも目に見えている。そんな中、なのはを抱えて突っ走るのはさすがに無謀だ。
ダンテは唇を噛み切ると、相変わらず起きる気配のないなのはのそれに躊躇なく重ねた。
「……ン」
「あ……」
ダンテの血がなのはの口に流れ込む。意識が消えていたなのはだが、ダンテの血が無理矢理流し込まれた瞬間――
「!!!!」
ビクン! と大きく体が跳ねた。強引に流し込まれたダンテの魔力が体内を蹂躙している。
だが、それも一瞬。周囲に霧散した魔力をも自身の魔力に変換できるなのはにとって、人の魔力を自身の魔力に変換するのは容易い。無意識ながら体が勝手にそれを行い、体に僅かだが力が戻る。
「……よぉ、寝覚めの気分はどうだ?」
「……最悪です」
僅かに開いた目から見えるのはダンテのアップ。なのはは今の心境をなんの躊躇いもなく口にした。
それを聞いたダンテは、ようやく調子が戻ってきたとばかりに笑い出す。
「ハハハハ、ソイツは結構。寝るのは布団まで我慢しな」
「……終わったんですよね?」
「まだだ」
「え」
「先生に教わらなかったか? 遠足は帰るまでが遠足だ。そら、とっとと行くぜ!」
地震が徐々に激しくなってきている。この場所も、今まで通ってきた場所も、いつまでもっているかなど分かったものではない。
なのはもまた、何となく起ころうとしていることを理解し、そして慌てて飛び上がる。
「ダッシュだ! しっかりついて来いよ!!」
「ダンテさんこそ! 転んでも待ちませんからね!!」
不敵な笑みを浮かべ、ダンテとなのはが全力で駆け出した。
大地を揺るがす爆炎が、周囲一体を真っ赤に染める。地球から程よく離れた無人世界の一つに魔界の門を空間ごと転移させたのは良かったが、後から後から際限なく溢れ出る悪魔を食い止めるにはアースラの乗組員だけではあまりにも人手が足りなかった。
「はぁ、はぁ……」
フェイトは荒い息をしながら、バルディッシュを強く握りなおす。リンディの機転により、門を無人世界に移してから一日。
休むまもなく増え続ける悪魔をひたすら狩り続けていたのだ。体力も魔力も既に限界を突破している。
それでも、なのはが出てくるまで、最悪の手段をとるわけには行かない。既にアースラの横で待機している巨大戦艦、それに装備されたアルカンシェルが、門を世界ごと吹き飛ばす準備を終えている。
フェイトたちが抑えきれないと分かったら、なのはたちを犠牲にしてでも門を消滅させるということだ。この世界が魔界になり、そして周囲の世界へ悪魔が飛んでいくのを看過するするわけにはいかないのだ。
「なのは……」
「フェイト、後ろだ!!」
「!!」
朦朧とする意識の中、親友の無事を祈る心だけが支える体。さすがに、そろそろアースラに戻って回復したほうがいいかもしれない。このままでは、いつ倒れるか分からない。
そんな状態のフェイトに、聞き慣れた声で突如叫ばれた己の名前。振り返ると、切り捨てたはずの死神が、フェイトに向かって鎌を振り下ろそうとしていた。
「あ……」
その奥に、必死の形相で助けようとこちらに向かうクロノが見える。でも、ちょっと間に合わないな……なんて他人事のように感じながら、フェイトは鎌の切っ先を眺めることしか出来ず―――
「Divine buster Ceruberus」
第三の声とともに迸った白光が、死神を一撃で氷漬けにし、それだけでは飽き足らないとばかりに凍ったまま粉々に吹き飛ばす。
続いて聞こえてきたのは、ここを戦場だと思っていないかのような暢気な会話。
「随分違う場所に出たが、砂しかねーな」
「良かったじゃないですか海に落ちなくて。ダンテさん、飛べないでしょう?」
「おいおい、そーいうときは運んでくれるもんだろう?」
「イヤですよ」
「え……な、のは?」
今のフェイトを救った一撃の声、それは今まで何度も聞いた、なのはの相棒レイジングハートのもので。その後聞こえてきた会話は間違いなくなのはとダンテのもので。
フェイトはふらつく足で門のほうに向き直る。クロノもまた、見覚えのある魔法に周囲の状況も忘れて門の方を見る。
「なの……は?」
歩いてくるのは二人の影。そのうちの一方は自分の親友であり、待ち焦がれていた人物であるはずなのに、フェイトはすぐにそれをなのはだと断定できなかった。
「What's wrong? フェイトちゃん。まるでお墓から出てきた死人でも見るような顔だよ?」
「そりゃ違うぜなのは。俺らを向かえるパーティの準備が終わんなかったから、せめて笑わしてやろうとあんな面白い顔してるのさ」
「あー成る程。それじゃあしょうがないか」
完全に周囲を気にしていない会話。周囲を覆う悪魔の群を一顧だにせず、二人は悠然と歩を進める。そんな二人が徐々に近付くにつれ、その凄まじい姿が露になる。
ダンテは、素晴らしい銀髪を半分以上血に染め、さらに頭から血を流している。頭から流れ出る血が顔を半分覆っており、さながらピエロだ。
真っ赤なコートは、元々赤かったのか血で染まったのか分からないぐらい血で染め上げられており、さらにところどころ開いた穴からはどう見ても致命傷というほどの傷跡が覗いている。
なのはもまたダンテに負けず劣らず凄まじい様相であり、頭から流れた血が顔を伝い、唇からさらに一筋、そして頬にも裂傷と流血が見て取れる。
可愛らしかったバリアジャケットはその殆どが消し飛んでおり、僅かに残ったそれも血で赤く染まり、さらに焦げ跡や斬られた跡が見える。
体がむき出しの部分にも無数の裂傷が刻まれ、白い肌を毒々しい赤が這っている。
だが、フェイトやクロノは二人の凄まじい様相よりも、何よりもその佇まいに目を奪われていた。
リベリオンとレイジングハート、自身の得物を肩に担ぎ、浮かべる笑顔は今まで見たことも無いほど大胆で、不敵で、そして凶悪に歪んでいた。悪魔も泣き出す、そんな表現がぴったりの凄惨な笑顔だ。
「ところでダンテさん、私、さっきのでスッカラカンなんですけど」
「ハハハ、そーいう時のためのコイツさ。片方使うといい」
「そうさせてもらいます」
戦闘の衝撃で高台になった砂地を歩くなのは。その隣、逆に窪んだところを歩くダンテ。上手い具合に身長差が消え、ちょうど二人の頭が同じぐらいの位置にある。
「それよりなのは、キメ台詞は覚えてるか?」
「あの品のないキメ台詞ですよね? 覚えてますよ。非常に残念ながら、ね」
「ソイツは結構。オーディエンスに見せ付けてやろうぜ」
自分たちを見る奇異と畏怖の視線はまるで意に介さず、ダンテとなのはは笑みを更に歪めて立ち止まり―――
「!! なのは、うし」
門から、とてつもない殺気が吹き上がる。ワンテンポ遅れて飛び出してきた、巨大な”何かが”ダンテとなのは目掛けて一直線に飛び掛るのを見て、フェイトは思わず声を張り上げかけて。
それよりも早く、ダンテがホルダーに収めていた拳銃を一挺ずつ抜き放った二人が背中合わせに最後のポーズを決め、飛び出してきた半身すらないムンドゥスに止めの銃弾を叩き込んだ。
「「Jack pot!!」」
最終更新:2008年03月23日 17:55