リリカル・グレイヴ 番外編 「ツギハギと幽霊と女の子」(前編)
静寂の支配する夜闇の中、シンシンと雪が降る町を歩く奇妙な二人の男がいる。
一人はツギハギのある古ぼけたコートを着込み、両の目を塞ぐ眼帯に顔にすら傷を縫った跡がある全身ツギハギだらけで白髪の男だった。
男の名前は屍十二(かばね じゅうじ)、故あって旅をする死人兵士。
そしてもう一人の男は赤いレザーの上下にエレキギターを担いだ(厳密に言えば担いでいる訳ではないが)金髪リーゼントの陽気そうな男。
ロケット・ビリー・レッドキャデラック、エレキギターBL20000V(ブルーライトニング、トゥエンティサウザンドボルト)に憑依する愉快な幽霊だ。
ある理由によって様々な世界を旅するこの二人は偶然立ち寄ったこの町でとある少女に出会った。
それは幼き召還師、里を追われた悲運の少女キャロ・ル・ルシエである。
雪に彩られる夜の町の片隅で少女は嗚咽を漏らしながら一人寂しく泣いている。
その震える肩と、頬を伝い流れ落ちる涙の雫はどこまでも儚げで、見る者の心を揺らさずにはおかない。
そのキャロの様子に十二は苦々しい表情を浮かべる。
眼の見えぬ彼は視覚を除く様々な感覚で外界を把握している、故にキャロがどれだけ心の底から悲しんでいるかが分かるのだ。
そして十二はボリボリと乱暴に頭を掻きながらキャロに声をかけた。
「なに泣いてんだメスチビ、うるせえから静かにしてろや」
最悪に乱暴で粗雑な言葉、それでも声をかけられたキャロに彼の言葉にはどこか温かさが滲み出ているような気さえした。
十二の言葉に驚いて振り向いたキャロは唖然として十二とビリーの二人を呆けたように眺めている。
するとビリーがまるで空気を入れ替えるように、陽気に喋りだす。
「おいおいジュージ~、可愛いレディにそりゃ無いぜ?」
「うっせえ、辛気臭く泣かれてちゃあ迷惑なんだよ」
「相変わらず口が悪いなぁジュージ‥‥‥さて可愛いお嬢さん、君の瞳に涙は似合わない良かったら訳を聞かせてもらえないかい?」
ビリーはそう言うと丁寧に頭を下げてキャロの前に跪いた。
△
「ふむふむ、なるほどねぇ~。住んでた里を追われたと‥‥それは災難だったね、まったく君みたいな可愛いレディになんて事を」
十二とビリーはひとまずキャロの暖をとる為に場所を近くの喫茶店に移し、彼女からその身の上話を聞いた。
ちなみに異様な風体の客に店員一同が不審そうな目で見ているが、そんな事を気にする十二とビリーではない。
そしてキャロは注文した温かい紅茶を飲みながらやっと泣き止んで落ち着いたが、彼女の身の上話を聞いた十二は最悪に機嫌の悪そうな顔をしていた。
「おいメスチビ、てめえの里とかいうのはどこにあんだ?」
「“メスチビ”って、酷いです‥‥‥それよりそんな事聞いてどうするんですか?」
「決まってらぁ、殴りこんでてめえを引き取らせる」
十二はそう言うと手をポキポキと鳴らして凶暴な空気を放つ。
この男は冗談抜きで実行しかねないから恐ろしい。
その様子にビリーは“やれやれ”と言って肩をすくめる。
「おいおいジュージ、お前って奴はどうしていつもそう暴力的なんだ。もう少しスマートに行けないのか?」
「うるせえぞRB、こんな小せえガキをおっぽり出す奴らなんざ軽くボコって何がワリいんだよ」
宥めようとするビリーに向かって十二は怒りを剥き出しにして吼える。
十二とビリーのこのやりとりに、事の発端であるキャロは慌てて割って入った。
「あ、あのっ! 別に良いんです。私のせいで‥‥里のみんなに迷惑は掛けたくないですから‥」
「でも良いのかい? これから一人で生きていくなんて」
「はい‥‥みんなに迷惑をかけるくらいなら‥‥」
十二に向かって説得するキャロだが、言葉尻の語気は弱弱しい。
ある日突然、寒空の中に一人故郷を追われた孤独だろう、キャロの瞳はうっすらと涙で濡れて肩は小刻みに震えている。
それでも自分の故郷に迷惑をかけるくらいならば、一人孤独に耐える道を行こうと言うのだ。
十二は苦虫を噛み潰したかの如く、実に機嫌の悪そうな顔をして席を立つ。
「おい行くぞRB」
「っておい、ジュージ~」
止めようとするビリーに目もくれず十二はズカズカと店の外の出て行く。
キャロはまた一人になる寂しさに泣きそうな顔になる。
だが十二は一旦立ち止まるとキャロに向かって声をかけた。
「何やってんだメスチビ、早く来ねえと置いてくぞっ!!」
「えっ!? あ、あの‥‥それってどういう‥」
「お前どうせ行くアテなんか無えんだろうが。なら俺らと一緒に来やがれって言ってんだよっ!」
「でも‥‥そんな、屍さん達に迷惑かけちゃ‥」
「チビがいっちょ前にゴタク言ってんじゃねえぞゴラァ! さっさと来いボケナスが!!」
十二はキャロの頭を軽く小突くと、手を引っ張っていった。
素直になれない十二の親切さにビリーは思わず苦笑する。
こうして、ツギハギだらけの死人とエレキギターに憑いた幽霊そして竜召還師の女の子という奇妙な一団の旅が始まった。
続く。
最終更新:2008年03月30日 09:27