「ふ~ん、じゃあ嘱託試験通ったんだ、オーフェンさん」
「うん。なのはさんが言ってたよ。今日から正式に私達の部隊に加わるからよろしくって」
いつもの食堂、いつもの席で朝食を摂っているフォワードの四人。今朝の話題は一週間前から六課に住み込んでいる一人の男の事だった。

「でもよく受かりましたよね。模擬戦の結果で試験官の人達がかなりもめたって聞きましたけど・・。」
僕もフェイトさんから聞いたんですけど、と付け加えながらエリオはせっせとキャロの皿にパスタを取り分けている。
「ああ、模擬戦で魔法を使わなかった挙句素手で殴り倒しちゃったってヤツ?」
「管理局始まって以来のことらしいですよ。」
「あははっ。試験時間約12秒で決着っていうのも初めての事らしいよ。やっぱりさすがだなぁ。」
パンをモグモグさせながら遠いどこかへ羨望の眼差しを向ける青髪の少女。そんな彼女にティアナは呆れたような声を出す。
自分の相棒はこの所あのツリ眼の兄さんにご執心だ。

「また始まった・・・。あんた組み手の相手してもらって以来やけに持ち上げるわよねオーフェンさんの事・・・。
ひょっとして惚れたの?」
その言葉にスバルが飲んでいた水を吹き出す。勢いよく噴出したそれは対面に座っていたキャロ―――を咄嗟に庇ったエリオの顔に浴びせられた。
「ち、違うよ!私はただ組み手を挑んでからこの四日間まだ一発も入れさせてもらってないからそういう意味でさすがって言葉を使っただけで、そんな惚れただなんて―――」
「あ~、はいはい・・・。」
テキトーに聞き流しつつ食事に戻るティアナ。前を見ると先ほどの水鉄砲がたまたま眼球を直撃してしまったらしいエリオがイスから転げ落ちる所だった。
「エリオ君!」
もんどりうって倒れるエリオを介抱しようとキャロが慌てて駆け寄る。
「ああもう・・・!」
ため息を吐きつつティアナも席を立つ。

「――――そりゃ嫌いじゃないよ?強いし、ちょっとかっこいいし、言葉使いはかなり乱暴・・・ていうかたまに物理的にも乱暴だけど、
でも私がこの間組み手の最中に足挫いた時にね――――」
真っ赤な顔をしたスバルの言い訳(だかなんだかよくわからないもの)はその後もしばらく続いた。

同刻、ちょうどオーフェン本人もはやての口から合格の旨を伝えられていた。
「というわけで嘱託魔導師試験合格や。おめでとさん、暴力魔人。」
「・・・・・・。」
花のような笑顔で放たれたその言葉にオーフェンの眉が一瞬ピクッ、と釣り上がる。

ここは機動六課内部の隊長室。本来厳粛で清廉な場所であるべきその部屋はしかし机を挟んで対峙する二人の人間が醸し出すドス黒いオーラによって魔窟と化していた。
「今日の午前の訓練から出てもらう事になっとるけど、何か質問とかある?傷害事件容疑者」
「くっ・・・。」
あくまで笑顔で言ってくる彼女にオーフェンは拳をグッと拳を固めて耐える。
「あ、あはは・・」
後ろで苦笑いが聞こえる。おそらくなのはだろう。彼女とフェイトついでにリィンは後ろで―――なぜかドアの前まで下がって控えている。

こみ上げてくる何かを懸命に抑えながら、オーフェンはわななく唇を動かそうとする。
「あ・・・あのな、はや「何もないな。ほんなら解散や。おっと言い忘れとった。一応なのはちゃんのとこに入るからコールサインは「スターズ5」やで。
私は「やくざその1」にしようとしたんやけどみんなに止められてな―――」
「うがああああああああああ!!!!」
そこが限界だった。

「聞けよ人の話!大体あの模擬戦で出来るだけ魔術は使うなっつったのはテメェだろ!!」
そう叫ぶとはやても表情をガラっと切り替え犬歯を剥き出しにして吠える。
「だからって誰が殴り倒せなんて言うた!?それに魔術使うな言うたんわ、相手に怪我さしたらアカンいう意味や!なのに相手のアゴの骨砕いてまってどないすんねん!!」
「しょうがねぇだろ力の加減間違えちまったんだから!大体俺はこっちの魔法は飛行魔法くらいしか教わってねぇんだぞ!それをいきなりあんな杖一本渡されて「さぁ、戦え」なんていわれても出来るわけねぇだろ使い方もわかんねぇのに!!」
「そんなもん機転と気合と主人公補正でなんとかせんかい!!あ、ちなみにオーフェンさんが相手にした人の治療費オーフェンさんの給料から差っ引いといたからそのつもりでな!!」
「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
とうとう掴み合いにまで発展する二人。
「ああもう!」
「オーフェン落ち着いて!女の子!相手女の子だから!」
「ケ、ケケケケケケンカは駄目ですぅ!」
そんな二人を頭を抱えながらなのは達が引き剥がしにかかる。もうすでに六課ではよくある光景になりつつあった。

この騒動の原因は2日前、オーフェンがこちらの世界に来てから5日目。
つまり彼の嘱託魔道師試験の日だった。
なのは達の指導の元、局の規約やらなにやらを5日がかりで完璧に覚えたので筆記試験の方は問題なかった。
―――余談だがこれでも彼は前の世界では一応最高の教育を受けている為、頭の出来自体はすこぶる良かった―――事件が起こったのはその後の戦闘力検定試験。

「オーフェンさんオーフェンさん」
模擬戦開始まであと五分を切った頃、はやては彼の所にやってきた。
「何だよ。もうすぐ始まるぞ?」
「うん。そうなんやけど一応もっかい念押ししとこうと思って」
「念押し?」
オーフェンは首をかしげる。
「もうっ、忘れたん?この模擬戦では「あんまり」魔術は使わんでって話や。
威力は調節できるって言っとったけど、一応物理ダメージやからな。前に話したやろ?」
「ああ、その事か。分かってるよ」
軽く返す。
「ほんま?自分で頼んどいてアレやけど相手の人Aランクの魔導師やで?いくらなんでもキツイんじゃ―――」
「まぁ見てろって。確かに魔術なしってのは辛いが何もそれで即手詰まりってわけでもないさ。「手」は一応考えてる」
そう言いながら支給された杖型ストレージデバイスを握りしめる。
(魔術なし?)
「そっか。そんならちょっと安心やわ。」
オーフェンの言葉に微かな疑問を抱くがあそこまで自信満々に言うのだ。何か考えがあるのだろう。
そう思い彼女は席に戻っていく。・・・ここで誤解を正しておけば普通に合格できただろう・・。

はやてが頼んだのは直撃すれば相手を怪我させてしまう魔術は危ないので「できるだけ」使わないでほしいということ。
その説明をオーフェンはこの試験では非殺傷設定ができない魔術は「使ってはいけない」ものなのだと理解していた。その不幸なすれ違いの結果―――こうなったのだった。

「始め!!」
開始の合図がかかる。声と同時に相手の魔道師はデバイスを構える。間合いは五間。
だがその距離にあってオーフェンは構えを取らずに無防備に―――ついでに無表情で―――杖を肩に担いでいる。
「―――?」
魔道師が怪訝な顔をする―――と、突然オーフェンは杖型のデバイスを振りかぶり相手に向かって思い切り『投げつけた』
「なっ!?」
驚愕は誰の物だったのか。モニターで見ている試験官か、上の席で観戦していたはやて達か、それとも車輪のように回転しながら飛来する杖をどうしていいのか分からず硬直している魔導師か。
「くぅっ!!」
寸での所で体の硬直から抜け出した彼は横に身を捻ってかわす。ブンブンと独特の回旋音を立て、
使い方を間違われた哀れなデバイスはそのまま彼の遥か後方まで飛んでいく。

その事に安堵するヒマもなく―――いや、むしろ今度こそ決定的な驚愕に襲われ彼は目を見開いた。
目を離した隙に眼前の光景が一瞬前と一変している。自分のデバイスを相手に投げつける、
そんな愚かしい行為を実践した男がもう目の前数10cmという所まで迫っていたのだ。
「ッッッ―――!!」
声にならない悲鳴を上げながら慌てて障壁を展開しようとするが、
「遅い。」
遅すぎた。オーフェンは呟くと更に相手の懐に踏み込み、右拳を振り上げ一直線に突き出す。
全身のバネを総動員して放った右ストレートは驚くほどたやすく魔導師の左頬を打ち抜き、昏倒させた。

「・・・・・・・」
試験場が静まり返る。誰一人声を発せないでいた。審判も、はやて達も、試験官達も。唯一その場で声を出し続けているのは
地面に転がり白目を剥いてヒクヒクと痙攣している男だけだった。
「え~~と・・・」
それからどれほど時間がたったのか。一人、オーフェンはその空気に耐えかねたように頬を掻きながら
「やりすぎたか?」
そう呟いた。瞬間―――

「魔法で戦ええええええええええ!!」
そこに居合わせた全員が一斉に叫んだ。

そんなこんなでこの模擬戦の結果の正否はもめにもめた。
(どうする!?魔法も使わずに勝った者に資格を与えてもいいものなのか!?)
(・・・申し訳ありません。前例がないため何とも)
(あってたまるか!!これはボクサーのプロテストではないんだぞ!失格だ、失格!)
(せ、せやけど彼は強力なレアスキル持ちです。戦力に加えられれば―――)
(八神二佐。確か彼は君の推薦だったはずだね・・・。)
(う・・・。)
(大変です!!相手の魔導師の方が労災と賠償金を要求しています!!)
(だそうだ・・・。大変だな、八神部隊長殿。)
(ううう~~・・・。)

結局はやての口ぞえと筆記試験の結果や精神鑑定にも異常は見られないからと言う事で
「合格。だが与えられる評価のランクを著しくダウンさせる」という結論に落ち着いたらしい。
オーフェンに与えられたランクはC-だった。

嵐が去った隊長室、頭を押さえて呻いていた。
「マ、マイスターはやて、大丈夫ですか?」
「う~、あのツリ目男。レディの頭に思いっきり拳骨落としていきよって・・・コ、コブが。」
と、そこへ―――
「ああ、こちらにおられましたか、主はやて―――フフッ」
ドアを開けて入ってきたシグナムが主を見るなり吹き出した。
「ど、どうしたん?シグナム?」
「いえ、今朝のはずいぶん激しかったのですね、と思いまして」
「え?」
「髪が乱れてますよ、主はやて。割と凄い感じに」
「ええ!?ウソッ!?あ~ホンマやぁ、ぐちゃぐちゃやん。も~」
言われて慌てて手櫛で髪を整えるはやて。
「フフフッ・・・ああ、申し訳ありません。笑ってしまって」
「もうっ!」
自分の守護騎士の笑みに頬を膨らませる。
「しかし・・・」
「ん?」
「いえ、オーフェンもずいぶんここに馴染んできましたね。まだ出会って一週間程しかたっていないというのに」
「・・・せやなぁ。フォワードの子らとも結構仲良うしてるみたいやし。ただあの口の悪さだけは何とかしてほしいわ、ホンマ。
あの人と口ゲンカしとると自然とウチまで口汚くなってまうねん」
ため息をつきながらイスに座り直す。
「ご愁傷様です。ですが私はお二人はとてもお似合いだと思いますよ?」
「・・・・シグナムにしては強烈な皮肉やな。」
「そうですか?」
そう言うと彼女は微笑を浮かべ、部屋を出ようと再びドアに手をかける。
「そういえばシグナムは何しに来たん?何か用があったんとちゃうの?」
「おお、いけない。私とした事が本題を忘れる所でした。―――オーフェンのデバイスはもう出来ているのですよね?」
「ん?ああ、出来てるで。もうシャーリーからなのはちゃんに渡されとるはずやから、てシグナム!?」
彼女の質問の意味を理解してはやてが思わず声量を上げる。シグナムはもうはやてに背を向けて部屋を出ていこうとしていた。そして去り際に一度だけ振り返る。
その瞳は―――
「なに、ちょっとした好奇心ですよ。彼がどんな戦い方をするのか興味があるので。それに―――」
―――その瞳は、妖しく輝いていた。
「主のたんこぶの借りを返さねばならないでしょう?―――騎士としては」

「ちっくしょう、はやての野郎!」
そう毒づきながら六課本部から少し離れた訓練所へと向かう。
オーフェンの姿はいつもの黒ずくめの服とは違い管理局の制服だった。皮の手袋もバンダナもいつも首から下げている銀のペンダントも外している。
ただペンダントだけは制服の内ポケットに潜めておく。理由はないがなんとなく肌身離さず持っておきたかったのだ。

「まぁ、でも仕方ないよ。はやてちゃん頑張ってたんだから。あれくらいは言わせてあげないと」
「そうそう。オーフェンが受かったのだって半分はあの議論ではやてが「身内贔屓だ」って声にも負けないで発言したからなんだよ?」
なのはとフェイトが彼の横を歩きながら諭す。
「頑張ってるってんなら俺はすでにたぶん世界で5本の指に入るほど頑張ってるぞ。にもかかわらずこれまた世界で五本の指に入るほど報われてないがな・・」
「もうっ!」
「またそんな事言って~」
あくまでひねくれるオーフェンに呆れたような顔をする二人。

「あっそうだ。オーフェンさん、これ。」
訓練場の手前で何かに気づいたように声をあげ、自分のポケットを探る。しばらくして取り出したのは黒いひし形の宝石が付いたネックレスだった。
「さっきシャーリーから預かってきたオーフェンさんのアームドデバイスです。
要望通り短剣型のやつを作ってもらいました。後で試してみてください」
「あ、出来たんだ。名前とかはどうしたの?」
「ん?ああ、開発部の奴らに任せた。ほんとはエドゲイン君mark2にしてもらいたかったんだが、なぜか全員に反対されてな」
首を捻りながらなのはからデバイスを受け取る。
「あ・・・そうなんだ。じゃあその子の名前は?」
一瞬ツッコミそうになるが「まぁ、いいか」と思い直し今度はなのはに問い直す。
「『フェンリル』。その、オーフェンさんの目が狼みたいに尖ってるのを見て思いついたんだって・・・」
「そ、そうなんだ。・・・・・・・あれ、オーフェン?」
オーフェンは彼の手の中の宝石を黙って見下ろしている。
(ど、どうしたのかな?)
(さぁ・・・)

普段の彼なら憤慨してもおかしくないセリフだったはずだ。だが今の彼は怒るどころかいつもの険しい眼差しを和らげてさえいる。
その瞳は優しく、心なしか寂しげだった。
オーフェンはペンダントを握り締め

「ディープ・ドラゴンか。つくづく縁があるな・・・・レキ」
そうぽつりとつぶやいた。

「オーフェンさん・・・?」
「・・・・・・・。」
なんと声をかければいいのか分からず二人は立ち尽くす。
「・・・開発部の連中に礼を言わないとな。」
「「え?」」
「気に入ったよ。最強の相棒だ!」
そう言った彼の顔はもういつもの皮肉を絵に書いたような非常に「彼らしい」笑顔だった。
「さてっと、ちっと遅くなっちまったな。早くいこうぜ。スバル達はもう先に来てるんだろ?」
そう言って歩き出す。それにやや遅れて二人も続く。
(フェイトちゃん・・・。)
(ん・・どうしたの?なのは。)
念話でなのはが隣を歩く親友に声をかける。
(レキって、オーフェンさんのお友達の名前かな?)
(・・・うん、多分。)
(だよね・・・。)
なのはは軽く目を伏せる。―――だがすぐに前を向く。「いつもの」彼女らしい笑顔で。
(あのさ・・。いつか話してもらえるといいね!レキさんの事も、オーフェンさんの事も!)
(なのは・・・。うん、そうだね。いつか教えてもらおう。私達の知らない世界の事。)
(うん・・・。)

「なのはさ~ん!オーフェンさ~ん!」
「「フェイトさ~ん!」」
声がする。見るともう自分の教え子達が見える所まで来ていたようだ。慌てて小走りで駆け寄る。
「なのはさ~ん、遅いです~!」
「ゴメン、ゴメン!ちょっと遅れちゃったね。」
元気よく言ってくるスバルに一言詫びを入れ、改めて咳払いを一つ。
「みんなもう知ってると思うけど今日から仲間が一人増えます。
一応立場は私の部下で、コールサインはスターズ5。では自己紹介の方お願いしますね?」
クスクスと笑いながら一歩後ろに下がる。オーフェンが軽く睨んでくるが彼女はあさっての方を向いてその視線を軽く流した。
彼はしばらくなのはに抗議の視線を向けていたが通じない事が分かると、しかたがないという風にため息を吐きながら頭を掻く。

「あ~、今日付けで機動六課に配属されたオーフェンだ。その、何だ、よろしく頼む。」
やる気なさげに呟く。当たり前だ。なんせすでに顔見知りの連中ばかりなのだ。

「「「はい!よろしくお願いします!!」」」
「ま、よろしくね」
が、予想に反して(一人を除いて)元気に挨拶される。一瞬呆気にとられるがオーフェン顔の顔に自然に笑みが浮かぶ。
「ああ、よろしく頼む!」
今度はこの場の全員に向けてそう言った。

こうしてオーフェンの機動六課配属一日目が始まった。

魔術士オーフェン5話(前編)    終

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最終更新:2008年05月24日 03:45