「おい、あの高町教導官と一緒にいる奴って誰だ……?
何か……やばくね?」
「次元犯罪者か……?
でも、バインドとか全然してねぇし……」
時空管理局本局。
なのはは周囲の局員達から寄せられる視線と、僅かながら聞こえてくる彼等の困惑の声に溜息をついた。
その原因は、彼女の後ろにいる人物……Lにあった。
両目の周りには、重度の不眠症を思わせるかのような真っ黒な隈。
これ以上はないと言えるレベルにまで曲がっている、極度の猫背。
両足にはスニーカーを素足で、踵を踏んで履いている。
そしてその手には、現在進行形で食べられている大判焼き。
はっきり言って、その風貌はこれ以上なく異様なのだ。
正直な話、なのはも最初にLを見た時はそう思った。
そんな彼が周囲の注目を集めるのは、至極当然である。
しかし、彼自身はと言うと全くそんなものは気にしていない。
極めてマイペースに、本局内の様子をじっくりと監察している。
L change the world after story
第3話「二人の天才」
「成る程、流石は本局です。
余程大きな建物ではあるだろうと予想はしていましたが、これは予想以上でした。
セキュリティも整っている様ですし、まるで要塞ですね」
「にゃはは……私も初めて本局に来た時には、凄い驚きましたよ」
「これならば、無限書庫の規模にも期待できそうです」
Lはなのはと何気ない会話をしながら、しかし注意深く周囲に視線を配らせる。
彼は今、本局内の内部構造を、目に見える範囲全て頭の中に叩き込もうとしているのだ。
これから先、この本局に出入りする機会は確実に増える。
単なる来訪・捜査協力・本局のジャック……考えられるケースは幾らでもある。
そしてそれらの際に、一々地図などを確認する手間をかけたくない。
そこでLは、丁度良い機会だから今のうちに覚えておこうと考えたのである。
(広さは首相官邸以上。
周囲は次元の海で、転送魔法等の特定の手段を使わない限りここからは逃れられない。
同様の理由で、外からの侵入も容易ではない……そして何より、魔道士の方々が常に数十人はいる。
防犯面に関してはかなりの物だ……)
「Lさん、着きましたよ」
数分後。
二人は、目的地である無限書庫に到着した。
Lは持っていた大判焼きを一口で飲み込み、服の裾で手を軽く拭く。
流石に書庫内は飲食禁止の様なので、さっさと食べ終えたのである。
なのはがドアを開き、中へと入っていく。
Lも彼女に続き、無限書庫へと足を踏み入れ……そして、感嘆の溜息をついた。
「これが無限書庫……凄いですね」
無限書庫の実態は、Lの想像を遥かに超えた代物だった。
彼は無限書庫を、とてつもなく大きい図書館の様なものであると考えていた。
しかし、実際は図書館なんてレベルではなく……図書館とは、遥かにかけ離れていた姿であった。
まず書庫内の壁は、出入り口を除いてその全てが本棚。
それらが円柱状に積み重なって、軽く100メートルは越えているであろう高さを為しているのだ。
言うなればこれは、本棚で出来た巨大な柱の内部。
Lはその凄まじさを実感しつつ、更に一歩前へと足を踏み入れる。
すると、その次の瞬間だった
「!!」
体がふわりと宙に浮いた。
続けて、隣にいたなのはも同様に浮き上がる。
一体何事かとLは感じたが、すぐに冷静さを取り戻して状況を理解する。
実際に体験するのはこれが初めてだが、こういう状態をどういうのかは勿論分かっている。
「成る程、魔力による擬似的な無重力空間ですか」
無限書庫の内部は、俗に言う無重力状態であった。
しかし完全な無重力と言うわけではないらしく、その証拠に、本棚に置かれている本はちゃんと立っている。
また、司書達が狙った本棚付近で停止できている様子から察するに……恐らく、中央に向かうに連れて重力が軽くなっているのだろう。
書庫としてちゃんと機能できるように、上手い具合に調整が出来ている。
Lはこの仕組みに感服しつつ、体をぐるりと回転させて体制を整える。
司書の全員が空を飛べるとは思えないこの書庫内において、高い位置にある書物をどうやって取るのかと思ったが、これで納得がいった。
Lはそのまましばらく、書庫内全体の様子を見渡してみる。
すると……一人の青年が、上方からこちらに向かってきているのが見えた。
「いらっしゃい、なのは」
その青年は、なのはへと挨拶をする。
Lはそれを聞き、ちらりと横目でなのはの表情を確認した後、再び青年へと目を向ける。
眼鏡をかけた、いかにもといった感じの好青年。
なのはの嬉しそうな表情から察するに、どうやら間違いなさそうである。
「ユーノ君、久しぶり♪」
やはり、無限書庫の司書長―――ユーノ=スクライアであった。
ユーノはゆっくりと降下し、二人と同じ位置まで下がる。
久しぶりになのはと会えたからか、彼も彼女同様に嬉しそうな表情をしていた。
その後、ユーノは一度なのはに微笑んだ後、Lへと片手を差し出す。
彼は他の局員達と違い、前もってなのは達から来訪の連絡は受けていたので、Lに関してはある程度分かっていた。
また、無限書庫司書長という立場上、彼以上に得体の知れない人物とは何度も出会っている。
その為、彼に対しての抵抗は殆どなかった。
「はじめまして、Lさん。
司書長のユーノ=スクライアです」
「こちらこそはじめまして、ユーノさん。
私がLです」
Lもユーノに答え、片手を差し出す。
世界一の探偵と称され、世界中の全警察組織を動かす事が出来る唯一の存在であるL。
無限書庫の司書長という、管理局内でも極めて高い位に立ち、考古学者としても有名であるユーノ。
共に優れた知力を持つ二人の天才が、しっかりと握手を交わし合う。
「それでLさんは、どういった資料が必要なんですか?」
「とりあえず、ミッドチルダの歴史に関しまして、少し。
この世界に来て間もないですから、詳しく学んでおきたいと思うんです。
後、辞書も貸してもらえると助かります、意味の分からない専門用語等が出てきた時の為に」
Lはユーノへと、簡潔に己の用件を告げる。
なのは達へも言ったように、その目的はミッドチルダの歴史に関して詳しく学ぶ事である。
この世界で生活するに当たり、こう考えるのは極めて自然な事。
だから、なのはもLを素直にユーノの元へと案内した……しかし。
ユーノは、そんな彼の言葉に少しばかりの違和感を覚えた。
(とりあえず……?)
Lが最初に呟いた『とりあえず』という一言。
これが、ユーノにはどうも引っかかったのだ。
普通に考えれば、他にも何か調べたい事があるという意味なのだろうが……
これは、無限書庫に他に用事があるという意味にも取る事が出来る。
調べ事以外にも、やる事があるという様に取れるのだが……考えすぎだろうか。
「それじゃあ、私はちょっと書類を出してくるから。
ユーノ君、Lさん、また後でね」
「はい、分かりました」
「うん、また後で」
なのはは他に用事がある為、ここで無限書庫の外に出る。
それを見届けた後、ユーノは早速Lの要求に応えることにした。
比較的分かりやすい類の歴史書を一冊と、辞書を二冊程取り出して手渡す。
片方は言うまでもない国語辞典、そしてもう片方は、地球で言う広辞苑のミッドチルダ版である。
大抵の用語に関しては、この二冊があれば十分に事足りる。
それでも分からない部分が出た時は、直接教えればいい問題である。
「分からない部分があったら言ってください。
僕の分かる範囲でですが、説明しますから」
「ご配慮ありがとうございます、ユーノさん。
それじゃあ、早速失礼いたします」
Lは両手の親指と人差し指とで、歴史書の両端をそれぞれつまみ、ページ目を開く。
独特な、少なくとも普通とは言いがたい読書の仕方だった。
見た目が奇妙ならば、その動作もまた同様ということなのだろうか。
ユーノや、見ていた他の司書達はついついそう考えてしまうが……
彼等が本当に驚かされたのは、この直後だった。
「え……そんな早く読み進めて、大丈夫なんですか?」
「はい、問題ありません」
Lが、かなりのスピードでページを次々にめくり始めた。
並外れたスピードでの速読を開始したのだ。
恐らくは、自分達が今まで見てきた中で最速のレベル。
他に並べる者がいるとすれば、恐らくユーノ一人だけだろう。
彼ならば、魔法を使えばLと同じスピードで書物を読むことは出来る。
だが……Lには、魔法も何もない。
彼は素で、スクライア一族の探査魔法に並んでいるのだ。
尤も、一度に複数の書物を見る事ができるという点では勝っているが……それでも、これは十分凄い。
ちゃんと内容も頭の中に叩き込めているようであるし、たいした物である。
「凄いですね……それじゃあ、僕は仕事に戻ります。
何かあったら、気軽に声をかけてくださいね」
「そうさせていただきます」
Lは一瞬だけユーノに視線を向けてお辞儀をし、再び読書に戻る。
ユーノは彼からの返答を聞いた後、仕事を再開すべく魔法を発動させた。
本棚から複数の書物を引き寄せ、それを自分の周囲に配置。
魔法を使い、それら全てを一度に読み始めるが……それから十数分後、ユーノがある事に気づく。
いつからだろうか、Lがずっとこちらに視線を向けているのだ。
「……ユーノさん」
「Lさん、どうかしましたか?」
「羨ましいです」
「え?」
Lの口から出た予想外の言葉に、ユーノは呆気に取られた。
羨ましいといきなり言われても、何の事なのかが分からない。
一体彼は、自分の何が羨ましいと言っているのか。
ユーノは少しばかり考え、とりあえず一番可能性の高そうなものを口にしてみる。
「……僕の魔法の事ですか?」
「はい。
一度に複数の資料を読み進められるというのは、凄く便利です。
捜査の際には、容疑者リストやら過去の事例やらに目を通さなければならないのですが……」
Lが羨ましいと感じたのは、ユーノの予想通り魔法のことであった。
探偵という役職にあるLからすれば、彼の魔法はかなり魅力的だった。
推理材料として大量の資料を読むというのは、彼にとっては日常茶飯事である。
そして、それに時間を費やしてしまうという事もザラである。
それ故に、ユーノの魔法をこの上なく羨ましく感じたのだ。
もしも自分にも彼同様の力があれば、大幅な時間の短縮ができ、他の作業を円滑に進めることができるだろう。
だが……それは叶わない願いである。
「残念なことに、私に魔法は使えません。
尤も、リンカーコアがあるかないかをまだ調べてはいないですから、もしかすると使えるかもしれませんが。
しかし私に魔法が使えたとしても、ユーノさんの使っているその魔法は恐らく使えないでしょう」
「どうしてそう思うんですか?」
「ユーノさんが司書長だからです」
「……成る程」
Lの簡単な、しかし的確すぎる答えに、ユーノは思わず感心してしまった。
彼の言うとおり、この探査魔法はスクライア一族固有のもの。
誰にでも、簡単に使えるものではない……Lはその事実を、即座に見抜いたのだ。
「ユーノさんはかなり若い、普通に考えれば司書長という役職としてはあなたは異例すぎます。
順当に考えれば、もっと経験豊富な年配の方が就くのが妥当です。
しかし、しっかりした実力があるならば話は別になります。
あなたが異例であられたのは、特別な魔法が使えたからであり、その御蔭で無限書庫内ではこれ以上ない戦力になるから。
他にその魔法を使えるものはいない、いや、いたとしてもあなたのレベルには及ばない。
だからあなたは司書長という立場にいられ、だから私にはあなたの様に魔法を使う事は不可能です」
「はは……確かに、この魔法があるからこそ、僕はここで働けてますからね」
「ええ、ですがそれだけではなく、あなた自身に人望があるというのも大きいでしょう。
そうでなければ、これだけ司書の皆さんが一緒に仕事はしてくれませんから」
Lの見事なまでの分析力に、ユーノは感嘆の息をつき、他の司書達はただただ呆然としていた。
流石は、世界一の探偵と呼ばれているというだけの事はある。
もしもこれで、彼が本当に魔法を使えれば相当の事になるだろう……それこそ、ユーノの様な力があれば鬼に金棒である。
そんな期待を抱きながら、ユーノは思い切ってLに尋ねてみる。
「じゃあLさん、後でリンカーコアの検査を受けてみませんか?
僕の様な魔法は使えないにしても、何か発見があるかもしれませんし」
「お心遣いありがとうございます、ですが。
私は別に、魔法が使えなくても構いませんから」
「え?」
Lからの意外な返答に、ユーノは言葉を失ってしまう。
普通、魔法の存在を初めて知った者というのは、自分にも使えるかどうかというのを気にするのが殆どである。
だから、Lも魔法が使えたらという期待を同様に持っているものだと思ったのだが……答えは真逆だった。
別に魔法が使えなくても何も問題は無いと、言い切られてしまった。
一体どういう事なのか、ユーノはその理由を尋ねてみようとするが、それよりも早くLが口を開く。
「私には、ここがありますから」
己の頭を人差し指で指しながら、簡単に答える。
知力さえあれば、別に魔法が使えなくともどうにでもなる。
この上なく単純な、しかし説得力のある答えであった。
確かに管理局内にも、魔法が使えずとも高い地位についている局員はいる。
そしてその多くは、Lが言うように頭が切れる者達である。
「使えるにしても……そうですね。
ユーノさんのその魔法以外じゃ精々、念話ぐらいでしょうか、使いたいと思うのは」
Lが他に使いたいと思えたのは、念話の力だった。
携帯電話や無線等を使わずとも簡単に連絡が取り合えるというのは、中々便利である。
これさえあれば、周囲に怪しまれる事無く情報のやり取りが出来る。
誰にもばれるリスクが無い連絡手段というのは、張り込みや潜入捜査等において相当強力である。
これは使えると、確かにそう思ったが……実はこの念話の力は、使おうと思えば使える。
いや、既にLは昨日の時点で使っているのだ。
そしてこの事実には、ユーノも気付いている。
「でも念話だったら、専用の機材があったら使えますよね?」
「はい、実際に昨日ゲンヤさんと一緒にやりました。
現場に直にいる時には流石に無理ですが、それ以外なら大丈夫です」
昨日の空港火災。
現場の指揮を取っていたLとゲンヤの二人は、通信機越しに魔道士へと指示を出していた。
そしてそれは、魔道士達へと念話の形で受け取られた。
これが意味する事は一つ……魔法が使えなくとも、機材を介するという条件付ならば念話は誰にでも使えるのだ。
厳密に言えば、魔法の使えない側は普通に機材へと喋る必要があるので、念話とは呼べないかもしれないが……
「使えるのならば、それはそれで良し。
使えなくても、別に代用は可能……はっきり言ってどちらでもいいです。
まあそもそも、リンカーコアがあるか無いかが分かってない以上、こういう事を言ってても仕方ありませんが」
Lは軽く溜息をついた後、歴史書を閉じてユーノへと手渡す。
元々相当の速読なのに加え、前もってネットで簡単な知識は調べていたのも手伝って、読み終えるのに然程時間はいらなかった。
辞書も結局の所、2~3回程使ったぐらいである。
(さて、と……)
Lはこれからどう動くかを考える。
知りたかった事の大体は知る事が出来たが、細かい専門的な知識に関してはまだである。
ユーノに新たな書物をもらい、それに関しても学んでおくか。
それとも、調べ事を一回ここで切り上げ……もう一つの目的を果すべきか。
(あまり時間が経ってからでは、なのはさんがここに戻ってきてしまう。
そうなると、タイミングを計るのが少し難しくなる……やはり今か)
やるのは今。
今のこのタイミングが最適と見て、Lは決行を決めた。
他の者達に怪しまれぬ様、さりげなくユーノへと言葉をかける。
「ユーノさん、すみませんがお手洗いに案内してもらってもいいですか?
私には、ここがどうなっているかが分からないので」
「あ、いいですよ。
それじゃあ、ちょっと待っててくださいね」
ユーノは資料にしおりを挟み、作業を中断。
出入り口へと、ゆっくりと降下していった。
Lもその後に続き、二人は書庫を出る。
そして、扉から数歩ほど離れた後……ユーノはLへと、口を開いた。
「……Lさん。
本当に、お手洗いなんですか?」
「……流石です、気付いていましたか」
ユーノはLの目的に気付いていた。
やはり最初に違和感を感じたとおり、彼は他に用件があって無限書庫に来た様だった。
そう確信に近づけたのは、先程のLの言葉。
お手洗いに『案内してほしい』という一言であった。
一見、何てことのない単なるお願いであるが……実はこの一言には、不自然な点があった。
何故ここで、案内してほしいと言ったのか。
こういう場合、『場所を教えてほしい』と聞くのが普通である。
案内をしてほしいと言うにしても、やはり最初に場所は尋ねる。
しかし、それをすっ飛ばしていきなり案内して欲しいとは普通はあまり言わない。
場所がトイレというならば尚更である。
トイレに案内してほしいなんて、下手をすればとんでもない誤解を招きかねない。
L程の知力がある者が、そういった問題に気付かないとも思えない。
ならば、彼がこう言った目的は一つ……自分と一対一で話をする為である。
だが……万が一、単なる言い間違えや、天然という可能性もある。
単に、自分が気にしすぎているだけかもしれないし、もしかするとそれ以上……なるべく考えたくない展開もありえる。
そこで、Lにカマをかけたのだ。
「やっぱりでしたか……今のでやっと確信できましたよ」
「……私としたことが、迂闊でしたね」
他に何か目的があるんじゃないか。
思い切ってそう尋ねる事で、ユーノはLの真意を確かめにかかったのだ。
結果は見事成功……Lには他に目的があることが判明した。
他の誰かに聞かれてはまずい、自分にだけ話したい事があるのだと。
「まあいいでしょう、説明の手間は省けましたしね。
とりあえずユーノさん、廊下で立ち話では流石に話を聞かれる可能性があります。
どこか、近くにいい場所はありませんか?」
「それでしたら、すぐそこにあります」
ユーノは少し離れた位置にある部屋の扉を開け、Lを中に招き入れる。
この時間ではあまり使われる事の無い、小さな給湯室。
ユーノはLが中へと入ったのを確認して、鍵をかけた。
これで条件は整った……一対一で会話する事が出来る。
「余り話が長引きますと、司書の皆さんに怪しまれます。
なので、手っ取り早く話をさせていただきます。
私はこのミッドチルダにおいて、これまで同様に探偵として動きたいと思っています、しかし。
この世界に来て間もない私には、人脈は皆無です……これでは依頼も殆ど入らないでしょう。
そこで、ユーノさんにお願いがあります。
ユーノさんは無限書庫の司書長として、管理局の様々な部署に顔が知られています。
顔の広さは相当のものでしょう、ですから。
私の方で、当面の衣食住の方が整いましたら、連絡をしますので、局内全体に私の事を話してもらえませんか?
解決できない事件等があったら、いい探偵が一人いるから回して欲しいと」
「……それはつまり、僕に仲介役をして欲しいという事ですか?」
「それが私にとっては一番理想的な形です。
ですが、ユーノさんの忙しさも分かってはいますので、全部が全部とは言いません。
やってもらうのは、最初の内だけでいいんです。
私の名前がそれなりに知られるまでの間だけで」
Lの主な頼みと言うのは、自分の事を紹介・仲介してほしいという事であった。
今はまだ、昨日の空港火災を解決に導いたという実績しか自分にはない。
ゲンヤやはやて達、昨日の現場に居合わせた者達の間では確かに噂にはなっているだろう。
しかし、局内全体に名前が知られているかいないかと聞かれれば、答えは後者。
しっかりとした土台を作り、管理局との太いパイプを持つ為には、それでは駄目なのだ。
だからLは、ユーノに頼んだ。
管理局内に広い人脈を持つ彼は、宣伝をしてもらうには一番の適役なのだ。
「まあ、他にも捜査協力をお願いする可能性があるにはあります。
事件解決のため、無限書庫の資料をお借りしたいと思うときは必ず来るでしょうから」
「成る程……だから一対一にしたんですね」
「正解です、鋭いですね」
ここでユーノは、Lの真意を察する。
捜査協力を頼むかもしれないという言葉が、この状況を作った理由に直結したからだ。
まず、何故Lは一対一で話をしたかったのか。
紹介役や捜査協力の依頼というのは、別に書庫内でも十分出来る話である。
しかし、それをしなかったのは……他の司書達に話を聞かれたくなかったからだ。
Lの言うとおり、無限書庫の資料と言うのは、事件次第では解決の強力な武器と化す。
だが、それと同時に……強力な犯罪の武器ともなりえる可能性がある。
まだ見ぬ未知のロストロギアに関する情報や、その取り扱い方に関してなど、危険なものも多いのだ。
「万が一、司書の中に犯罪者に加担している者がいれば、その人は私を脅威と思うかもしれません。
確実に、何かしらの対策を打つでしょう……そうなれば厄介です。
それを防ぐ為に、ユーノさんだけにこうして話をしたんです。
あなたは信頼できそうですから」
無限書庫内に悪人がいた場合、自分の存在を知られれば対策を立てられる。
それを防ぐ為に、Lはユーノだけにこうして話したのだ。
しかし……信頼しているからというのは、はっきり言えば嘘である。
ユーノも、その事は分かっていた。
出会って間もない人間をすぐに信頼する探偵など、普通いる筈が無い。
疑う事が彼等の仕事と言っても、過言ではないのだから。
つまりこれは、別に真意があるという宣言。
それに気づけと言う事であり……ユーノは、すぐに気づく事が出来た。
Lの目的の一つは、釘を刺すことだと。
(もしも司書長の僕自身が悪事に加担しているとなれば、あえて暴露する事で牽制になる。
自分は疑いをかけているんだと、下手な動きが出来ないよう抑止力を働かせられる。
それにこれは、他の司書達をよく見張れっていう意味にもなる。
万が一、Lさんの言うとおりな人がいた場合は、司書長の僕にそれを止める責任がある。
それが出来なかった場合、僕も当然上司としての責任があり……上手く考えられてるな)
敢えて情報を相手に晒し、逆にそれで動きを封じる。
かつてLが夜神月に対しても実行し、彼を精神的に追い詰める事に成功した、効果的な攻めである。
ユーノもまた、その攻めの良さに感心せざるを得なかった。
これでは、対策を立てるのは難しくなる。
何せ、自分達は疑われているのだと堂々と宣言されているのだから、下手な動きを見せる事が出来ない。
見せれば即座に手を下すという、強烈な意思表示をされているも同然なのだから。
尤も、自分達には何の落ち度もないのだから、そう心配する必要は無いのだが。
それに……これは釘を刺す事よりも寧ろ、もっと重要な目的がある問いだという事に、ユーノは既に気付いている。
「……僕の事を試してみた結果はどうでしたか?」
「その言葉が聞けた以上、合格ですね」
Lのもう一つの目的。
それは、ユーノの知力を試す事であった。
期間限定といえど、仲介役として選ぶ以上はそれなりの実力が無ければ困る。
何でもかんでも依頼を持ってくるのではなく、依頼をそれなりに選んで欲しいからだ。
「正直に言うと、私はまだ管理局に不信感を抱いています。
これだけ大規模すぎる組織となると、どうしても穴はあるでしょうからね。
私のいた世界でだって、警察や政治家の汚職等はザラでしたし……知らぬ内にそんな悪事に加担する事になれば、最悪です。
ですので、そういう事を防げるように、ユーノさんにそれなりに依頼を選べるだけの実力があればと。
無論、悪事に加担するような依頼であると判明した場合は、その依頼人を罰するつもりでいます。
気分を悪くされたならばすみませんが、これが今の正直な気持ちです」
「……いえ、Lさんの言うとおりです。
確かに管理局内には、黒い噂のある人はいますし……それに……」
ユーノは、かつての闇の書事件の事を思い出す。
彼自身の知り合いにも一人、犯罪行為に手を伸ばしてしまった局員がいた。
闇の書を止める為にとはいえ……その局員は、少々行き過ぎた手段をとってしまった。
今はその罪を償い終え、二人の使い魔と共に故郷で平和に暮らしているが……
ここでユーノは、軽く頭を振って考えを消す。
昔の事を懐かしむよりも、今はLへの対応を考える方が先である。
「……いえ、何でもありません。
Lさん、話はこれで全部ですか?」
「はい、お手数おかけして申し訳ありませんでした……それで、どうでしょうか?
無論、無償でしてほしいなどと言う馬鹿な事は言いません。
報酬は山分け……いえ、ユーノさんの方が多めに取ってもらってもこの際構いませんが」
「……」
果たして、Lに協力するか否か。
ユーノは決断を迫られ、しばし考える。
いきなり自分の実力を試され、管理局への不安をぶちまけられと、物事を頼むには失礼な態度。
普通ならば、当然断るのだが……どういう訳か、不思議とそんな気が起こらなかった。
それどころか……ここまでLと会話を交わし続けている内に、彼の中にはある思いが芽生えつつあった。
(参ったなぁ……見てみたくなっちゃったよ。
Lさんが実際に、事件を解決する所を)
ユーノの心は高ぶっていた。
Lのその高い知力を以てすれば、きっと相当なことが出来るに違いない。
彼と組めば、面白い仕事が出来るのではないかと思えてしまったのだ。
それは、かつてLと行動を共にしていた、南空ナオミや駿河秀明達が抱いた気持ちと全く同じであった。
ユーノは、己の好奇心が高まりつつあるのを感じながら……ゆっくりと、Lへと答える。
「よろしくお願いします、Lさん」
ユーノはLへと協力することを決めた。
彼の助けとなる為、彼と共に戦うために。
互いに手を差し出し、しっかりと握手を交わす。
「ありがとうございます……ユーノさん」
最終更新:2008年04月11日 20:32