リリカル・コア外伝第2話「騎士と鴉」
「えーと、今日の分の日誌はこれで良し、後は月例報告に添付する画像はと……」
エリオ・モンディアルは自身に割り当てられた端末と向かい合って格闘していた。
「あのデータ、何処に入れたかな……?」
機動六課在隊時に当時スターズ分隊副隊長だったヴィータに仕込まれたとは言えまだまだぎこちない。
エリオにとってはこのようなデスクワークよりも訓練、そして今ではキャロやルーに及ばないとは言えそれなりに
心を通わせれるようになった自然保護区の動物達と交流しているほうが落ち着くというのが本音である。
「あった。これを添付して……」
「エリオ、ちょっといいかい?」
「タントさん?どうかしましたか?」
「ちょっとね」
書類を作成後、提出し裁可して貰う現在の上司に声を掛けられる
「すいません、書類にはもう少し時間がかかりそうなんです……」
「ああ、それはまだいいよ。でも来たばかりの頃に比べれば大分此処にも業務にも慣れてきたね?」
「はい、おかげさまで」
六課解隊後、エリオはキャロと供に自然保護隊へ異動した。
エリオには他の三人と違い、前任部隊は無く、陸士部隊―特に一線級部隊から―からの引く手数多であったが、
結局自身の希望を通してもらう形で自然保護隊への転属となった。
六課解散後から一年と少し、牧歌的な“後方部隊”と揶揄されることもある辺境自然保護隊とは言えど、密猟者等の
追跡や捜査も一義的には任務として負っており、密猟者と向き合えば立派に“前線部隊”となる。
そんな中対密猟者戦において自然保護隊内の専門部隊以外、数少ない取り締まりも出来る保護官として実績も上げていた。
騎士として鍛練は一日も欠かさず行い、六課時代よりも上達のテンポは少し遅くなったものの、今では誰もが一目置く
自然保護隊最強の一角である。
「ちょっとお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
「そう、ちょっとした荷物の受け取りに行って欲しいんだ」
「荷物の受け取りですか?それじゃあフリードと一緒に……」
「いや、そんなに大きくないから一人で大丈夫だよ」
タントが言葉を区切る。
「荷物って何なんですか?」
「時々大きな規模で発生してる“蟻”の話は聞いてるね?」
「“蟻”って……、まさか……?」
「うん、そう。“バグ”。幾つかの世界で猛威を振るう“蟻”さ」
“蟻=バグ”。
何者かが作り出した生物兵器とされ、女王を中心とした集団、つまり蟻に似た組織を作り地中深く潜み、
時々現れては人間の生活圏を脅かす生命体。
「やっぱり人の手による物……、何でしょうか?」
「おそらくね、自然の生命体がその世界以外で同種が確認されるのは極めて稀、自然保護隊や過去の記録を見ても殆ど無いよ」
「この世界への流入があったんですか?」
「まだだよ、でも大分前に“蟻”が一つの都市を壊滅させた時、何者かが開発した極めて強力な駆除剤を使用したんだ。
そのおかげでその都市の“巣穴”の“蟻”を全滅させれたんだ」
その都市の住人はは殆ど死亡したんだけど……、タントが付け加える。
「荷物というのはその駆除剤の事ですか?」
「やっと生産が軌道に乗って此処にもそれが回ってくるということさ。備えあれば憂いなし。でも物が物だから受け取りに
行って欲しいんだ」
「でも、あれって人の手が入った生命なんですよね?研究元を叩かないと……」
「ああ、それなら君の保護者さん達がやってるよ」
「フェイトさんですか?」
「……くしゅん!!」
「風邪ですか?」
「うーん、違うと思うけど……。何て言うんだっけ?」
「……人が噂してるから、ですか?」
「そうそれ」
(フェイトさんなら四六時中誰かが噂しててもおかしくないと思うんだけど……)
ティアナが当然の疑問を脳裏に思い浮かべ、すぐにそれを打ち消す。
「えーと、報告の続きですが、“バグ”といわれる生物兵器群の開発元とされるケミカル・ダイン社ですが
クローム社の解体後、グループ企業だった同社の企業内の研究内容は細切れにされ散逸、
何処にあるかも分かりません」
「あー、それじゃこの線は望み薄?キサラギの方が望みが在るかな?」
「そうでもありません。ケミカル・ダイン社の実験施設と思われる施設の場所の特定に成功しました。そこには
まだ稼動中の記録媒体があるかもしれません。つまり……」
「どこで“実地試験”をしていたかが分かると……。さすが、ティアナ、よく分析したね」
「これぐらい出来なければ執務官補の名が泣きますから。でもコイロス浄水場で発生した生物ですか?
これも生物兵器って言われてますが……。なんでこんなものばかり作るんですかね、人って……」
ティアナはため息一つ、フェイトも同じ気持ちだった。
鉄道貨物ターミナル。列車の引込み線にクレーンが聳え立ち、周囲には色取り取りのコンテナが並ぶ、そしてコンテナを
積載するためのトラック・ヤード……。
普段こじんまりとした場所を中心に動くのに慣れたエリオにはこの貨物ターミナルの広さは圧巻であった。
「広い……、この施設だけで六課の施設ぐらいの敷地ぐらいはありそう」
タントに示された荷物保管所だけでもエリオの観点からすれば大きい部類に入る。
「すいません、荷物の受け取りはこちらですか?」
受付と思しき場所を見つけそこに明らかに暇をもてあましている係員
「はい、どちら様でしょう?」
「時空管理局自然保護隊、エリオ・モンディアル一等陸士です」
受付の顔に一瞬驚きが走る。だがそれも一瞬、すぐに仕事の為の顔に戻る。
一応は自然保護隊の制服を着用しているとは言え自分がおそらく管理局員として驚かれているのではなく、かつての
機動六課の隊員の一人として驚かれているのにエリオは慣れていた。
「積載されたコンテナはわかりますか?」
「特別仕立てのコンテナって聞いてるんですが……」
係員が端末を向き、
「それでしたら……。えー、管理局使用のコンテナですが次の列車で到着するとの事です」
「次のって、どのくらいですか?」
「まあ、後四十分程度ですね」
「エントランスで待たせて貰って良いですか?」
「どうぞ」
係員の言質を取り、エントランス内で適当な場所を見つけ、そこに座る。
あまり危険は感じられず、リラックスできる空間。冷房が効き過ぎずなおかつ暑くない申し分無しの場所。
だがエリオは自分がこの敷地内に入ってからずっと監視されていたのに気付いていた。
(外の車両に一人、監視カメラ、警備員がエントランスと廊下の向こうに二人ずつ……。ストラーダ、他には?)
《建物の外、小隊規模の“有明”を確認しています》
念話でストラーダに確認。しかし高々一等陸士を監視するにはあまりに物々しい警備。
(僕ってそんな危険人物に見える?)
《もしくは別の何かを警戒してるのでは?》
(うーん、ストラーダ、一応記録しておいて)
《Ya》
「間も無く着くそうです。一応契約上、コンテナの封印を解くのをお願いします。解除手順は分かりますか?」
「大丈夫です。ストラーダ、コードは分かってるよね?」
《Ya》
この係員がエリオを見て驚くのは二回目。デバイスを使ってることに驚いたようだ。一応民間では警備・巡察等を除く、
通常の任務では攻撃的なデバイスの所持・仕様には一応の規制が掛けられている。
重要な荷物の受け取りとは言え、通常の任務の観点から見れば取るに足らない任務である。デバイス、特に六課謹製の
ストラーダは過剰といえば過剰な装備であるといえる。
「いいデバイスですね?」
「……?ありがとうございます」
係員がそういったのは皮肉かそれとも正直な感想かエリオには分からなかった。
建物の外、強い日差しが降り注ぎ敷かれたコンクリートを熱していた。
各区画を結ぶ連絡路の一つをエリオは職員の誘導に従い、その中を歩く。
自身の歩く先、目的地と思しき場所までには“有明”が二機、着座していた。
(ストラーダ、周囲の状況は?)
《“有明”の小隊に動きはありません。我々を見ているのは監視カメラのみです》
取り越し苦労だったのか、一応彼らが注目しているのは別の何からしい。
「あの、此処って何時も警備は厳重なんですか?」
エリオが自分を先導する職員に聞いた。
「さあ、何処もこんなモノだと思いますよ?」
職員の答えは素っ気無いモノだった。その答えが疑わしい物であるのは明々白々。
(タイミング、悪かったかな……?)
エリオの思考が巡ろうとした時、周囲の平和な空気が一変した。
電柱に着きえられたスピーカから何者かの襲撃を伝える警報と警告。
『管制塔より全職員へ、敵性飛行体が接近、所定のシェルターへ移動せよ。繰り返す……』
「……え?」
まさかの事態に思わず素っ頓狂な声を上げる。管理局の質の悪い冗談でもこんな事はない。
「……状況は?……こちらも避難させた方が良いのか?」
先導の職員が手持ちの端末で確認していた。
(ストラーダ、通信を聞ける?)
《可能です》
ストラーダから直に送られてきたのは管制塔と警備小隊の交信。
<管制塔、接近に気が付かなかったのか!?>
<NOEで接近された。レーダーの探知が遅れたんだ!!>
<前衛より各機、機種を確認した。“ウェルキン”無人攻撃機だ>
<こちら管制塔、全火器の使用を許可、繰り返す……>
<リーダー了解。小隊全機、施設への被害を最小限に抑えろ>
最後の通信と同時に“有明”が動いた。
エリオの正面に着座していた二機はほぼ同時に起動し、右手に持つサブマシンガンを発砲。
発砲音が空気を震わし、さらに排夾されたカートリッジの地面に落ちる音が響く。
思わず耳をふさぎ、頭を下げた。
だが目は周囲を確認し、体は自然とひざを曲げ、半屈の姿勢をとり、次の動きに備える。
エリオ達の後方から別の音が聞こえ振り返る。後方にいた一機が背部のブースターを点火、地面の
コンクリートに脚を擦り、火花を上げながらこちらに向かっていた。
「危ない!!」
通過した一機は寸前で跳躍、二人の上を影を残し通過していった。
エリオと職員、二人とも顔の前で腕を組んで通過の風圧に耐える。
その次に来たのは弾幕を抜けた“ウェルキン”が一機、航過していく。
機体下面に装備された大口径機関砲は一機の“有明”を狙う。が、狙われた機は半身を取って寸前で回避。
“ウェルキン”は狙った機体に回避されたとはいえまだ地上に攻撃する目標はあった。
エリオと職員、“有明”に比べれば容易な標的。
「……不味い!!ストラーダ!!」
『Sonic form』
子供とは思えないような力と爆発的な加速で以って自身と職員を射線上から退避させる。
つい先ほどまで居た空間を機関砲がなぎ払い、破片をばら撒く。
(……あれ?)
職員の体に接触した時、、そして抱えた時、職員の体は妙に堅く、普通の人間とは思えない違和感を持っていた。
(ボディーアーマー?それに……拳銃型のデバイス?)
違和感の正体はすぐにわかった。職員は着ていた作業服の下にボディーアーマーを着込んでいる。
さらに右の腰には外側からは簡単に判らないように拳銃型のデバイス、さらに予備弾倉を携帯していた。
(一般職員までここまで武装をしている?)
そもそも一般職員が武装するのであればそれは着用する必要は殆んど無い。
警備班が警報を鳴らした後にでも装備を付けさせれば良い。“普段の業務”では戦闘装備は不要な物だ。
だが此処に居るのは本当に一般職員なのか?手際よく管制塔への連絡を取った手腕、落ち着いた交信内容。
しかもただのターミナルにしては豪華すぎる警備小隊の“有明”配備……。
(もしかしたら……)
おそらくはこの襲撃を此処の職員達は知っていた、もしくは予期していた可能性に思い至る。
建物の陰に隠れ、職員を下ろし、建物を盾に周囲を見渡す。
しかし襲撃側の狙いはなんなのか?皆目見当が付かなかった。
「此処は危険です!!」
端末を耳からはずした職員が叫ぶ。エリオは現実に引き戻される。
かれのその声は耳には入っている。だが目は空を飛ぶ“ウェルキン”を追い、耳は聞きながら周囲の
闘騒音を拾い、頭は周囲の状況を組み立てる。
「これがテロであれば管理局員として見逃すわけにはいきません!!手を貸します!!」
「しかし、此処は社有地です!!管理局員といえど礼状や所有者の許可無くデバイスを使用するのは……!!」
職員の言葉は正しい。しかしエリオには違う教えがあった。
「……大丈夫ですよ」
努めて表情を殺し、低く落ち着いた声をだそうとする。
「……な、何がですか?」
職員の顔が引きつった。
成功だ。エリオは内心ガッツポーズ。
「例えどんなのが相手だったとしても!!……ストラーダ!!」
騎士甲冑の着用は人前で裸をさらすようなもの。が、いまはそんな贅沢は言ってられない。
(最初の発光で目をつぶっていますように……)
エリオはそう願いつつ、騎士甲冑を着用、待機状態から実体化したストラーダを握り、振るう。
「降り掛かる火の粉を払って!!……まずはお話を聞いてもらうんです!!」
吐き捨てるように叫ぶとストラーダで以って加速、空に舞う。
エリオは航空魔道士ではないがストラーダを使えば限定的な空戦は可能。
「ストラーダ、敵の数は!?」
空に上がったと同時に周囲を確認、自分の目にも見えるがストラーダのセンサー系の方が広く全周をカバーできる。
『“ウェルキン”を十機以上確認。警備の“有明”は敵味方不明とします』
ストラーダが眼前に索敵結果を表示。テロリスト側は“ウェルキン”、こちらは敵性を示す赤。
“有明”は六機、こちらも味方とは言い切れないが一応は味方に近い緑の表示。
<こちらターミナル管制塔!!エリオ・モンディアル一等陸士へ!!状況への介入を依頼していない!!直ちに退去しろ!!
繰り返す!!直ちに退去しろ!!……退去しない場合は貴官もテロリストとして対処する!!>
管制塔からの警告。
「時空管理局、エリオ・モンディアル一等陸士です。場所と状況は承知しています。
ですが今は人手が少しでも必要なはずです!!」
<こちらリーダー、管制塔へ。その通りだ。手駒は多いほうがいい。ロハであの“機動六課”が手助けしてくれるんだ。
最高の援軍だろ?>
此方は警備小隊のリーダーらしき機体からの通信が割り込む。ご丁寧に管制塔と自機の場所を送ってきた。
管制塔の位置はエリオからそう離れていない。しかもご丁寧に敵機の動きも付いている。
ストラーダが自身のデータを更新、表示した。
<リーダー、指揮権は此方にある!!余計な事を言うな!!>
管制塔の指揮官らしき男が叫ぶ。
<……所長!!来ます!!>
管制塔を目標に定めた“ウェルキン”が居た。数は二機、機首を管制塔に向け、機関砲の射程距離まで猶予は無い。
「……!!」
ストラーダが噴射ノズルを制御、エリオはそれに併せ方向変換と増速の動作をとる。
両手でストラーダを保持、コートをはためかせ一直線に“ウェルキン”に向う……、のではなく、少し軌道をずらし
管制塔を掠める軌道を取る。
<……待て、一体何を……>
管制塔の内部の人間がこちらを見る。
真横を通過する瞬間、ストラーダの噴射を停止、さらに急制動。
一瞬、体が浮いた。再びストラーダの噴射を再開だがあくまで一瞬だけ強力な姿勢制御用の噴射。
足が堅い物を踏む。地面ではなく、管制塔の強化ガラスを足で強く踏む。
「ストラーダ!!」
『Sonic form』
見せ付けるようにガラスを蹴り、再び加速、狙うのは前方の二機。
おそらく管制塔はストラーダの煙で視界は遮られている。
“ウェルキン”は突然の乱入者に臆する事無く機関砲を向け発砲。
機首下面のが光る寸前にエリオとストラーダはランダムで噴射を繰り返し接近。
相対速度の関係で接触するまではほんの一瞬、手の届くような距離にまで接近すればよし。
飛び道具を殆んど持たないエリオにとっては相手に以下に早く接近するかが一番重要なこと。
速度を保ったままストラーダの穂先に魔力刃を展開、すれ違いざまに一機の翼を切り落とす。
もう一機は標的をエリオに変更、急旋回に入るがエリオのほうが動きが早い。
急旋回のため速度を落とした“ウェルキン”の機体のほぼ中央にストラーダの魔力刃を突き立てる。
二機撃墜。戦果を確認すること無く、エリオは着地。地上で気配を殺し、絶えず周囲に目を配る。
何機かの“ウェルキン”が“有明”の十字砲火を受け墜落していくのが見えた。
<子供にしては良くやるようだ。だが……>
先ほどのリーダー機からの通信。強い敵意は感じられない。だが歓迎をしているとは感じられない声音。
<だが覚えておけ、お前はあくまで無許可で戦闘しているということだ。ああ、一応此方とリンクさせろ
そっちの方が都合がいいだろう?>
『Ya』
ストラーダがエリオの代りに返答を代行、データリンクを表示。
「手出ししないほうが良かったかな?」
『降り掛かる火の粉は自分で払うのでは?』
ストラーダの返答。もしかしたら自分はとんでもない越権行為に手を染めてるのではないか?
疑問が脳裏をよぎる。
だが、今はそれを考える時ではない、疑問を頭から振り払い次の“獲物”に視線を定める。
「ストラーダ!!」
ストラーダが応える。不安定な飛行ではあるが、それを可能にするのはエリオとストラーダの相性の良さと
一人と一機のポテンシャルの高さ。
このコンビにとってガジェット並みかそれ以下の無人兵機など物の数ではない。
最終更新:2008年04月12日 19:21