ある日の午後。今日も今日とて、人々はいつも通りの日常を過ごしていた。
それは、何の変哲も無い平和な日常。町の高校に通う学生達は、今日も公園でバスケットボールと洒落込んでいた。
ここに、公園でバスケットボールを楽しむ少年達を、影から見詰める“一匹”の蜘蛛が居た。
「……レンゲル……レンゲルゥ……」
蜘蛛は呟きながら、公園にいる一人の少年に目をつけた。目の前でバスケットボールを楽しむ少年のうち一人に。
蜘蛛はその緑の体から大量の子蜘蛛を吐き出した。吐き出された子蜘蛛達は、風に乗って公園へと降り注ぐ。
大きさは1cmにも満たない程。小さな小さな子蜘蛛達は、少年達に気付かれる事無く、彼らの体に付着した。
◆
「睦月、頑張って!」
少年達のバスケットボールを見守る少女―山中望美―は、大きな声で、応援していた。満面の笑顔で、応援していた。
睦月と呼ばれた少年も、一瞬だが望美に明るい笑顔を向ける。
ここに、こんな平和なやり取りをじっと見詰める、“一人”の蜘蛛が居た。
『澤田君、頑張って!』
『真理!』
蜘蛛の脳裏を過ぎる、二人の男女の回想。
バスケットボールを楽しむ少年―澤田亜希―に、真理が声をかける。
澤田もにこやかに返事を返しながら、バスケットボールを続けていた。
……と言っても、それもただの妄想に過ぎないが。
ややあって、蜘蛛―澤田亜希―は、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
ヘッドホンから漏れる大音量のラップ音。手に取った折り紙にマッチで火を付けた澤田は、少年達の方向へと歩き出した。
Extra ACT.06「二人の蜘蛛、二人のキング」
「へぇ、結構頑張ってんじゃん。スパイダーの奴」
そこから少し離れた丘で、少年はベンチに座りながら呟いた。
ストローをさしたジュースを飲みながら、子供を吐き出す“スパイダー”に視線を送っている。
赤いジャケットを着込み、大量のアクセサリーを身につけた少年は、自前の携帯電話をスパイダーへと向ける。
そして聞こえるシャッター音。スパイダーが子蜘蛛を吐き出す瞬間を、携帯のカメラで撮影したのだ。
「レア画像ゲット!」
笑いながら携帯を閉じる少年。同時に、自分が座っていたベンチに、もう一人の男が座った。
「楽しそうだな……? スペードの……キング」
「……何だ? ギラファか。ビックリさせんなよ」
ギラファと呼ばれた男は、眼鏡を押し上げながら、少年に視線を送った。
「今日はお前に話が……」
……と、男が喋りかけた瞬間に、少年は右手を突き出した。ちょっと待てよ とでも言わんばかりに、男―金居―の口を止める。
「何だ……?」
「僕の事、キングって呼んでよ。お前とかじゃなくてさ」
「……俺もカテゴリーキングなんだが……?」
薄く笑いながら、挑発的に眼鏡を押し上げる金居。それに対し“キング”は、大きなため息を尽きながら言った。
「分かってないなぁギラファ。キングって言うのは、僕が1番強いって意味だよ」
「……フン」
「って、何だよその笑いは! ノリ悪いなぁ~」
金居の、明らかに相手を小馬鹿にした態度に、心外だと言わんばかりに落ち込むキング。
が、金居にとってそんなことはどうでもいいのだ。今最も重要な事は、キングの呼び方等では無い。
「……まぁいい、キング……俺と手を組まないか?」
「……へぇ……? 何か面白い事でもするつもり? 一応言っとくけど、このバトルファイトに勝ち残りたいっていうなら僕はお断りだからね」
「バトルファイト……か。お前はもう気付いてるんじゃないのか……?」
「何の話?」
「このバトルファイトは……偽物だ」
金居の言葉に、ジュースを飲んでいたキングはゆっくりと顔を上げた。
「おい……なんだあいつ……」
少年達は、バスケットボールを一旦中止し、突然現れた一人の男に視線を集中させた。
靴から頭まで、全身黒竦め。ヘッドホンからは大音量での音漏れ。正直言って、普通の雰囲気では無い。気味が悪い。
そして、直感で気味が悪いと感じた少年達が正しかったということが、次の瞬間に証明された。
みるみる内に男の体は変質し、灰色の装甲に被われたのだ。スパイダーオルフェノク。
澤田亜希の、もう一つの姿だ。
少年達も、スパイダーオルフェノクの姿に恐れ、一気に逃げ始める。
こうして、被害が出る前に大方の少年たちが逃走するのに成功……の筈だった。
一人だけ、逃げ遅れた少年が居たのだ。
「あ……あぁあ……」
「睦月……!」
余りの恐怖に、地面に尻餅をついて、スパイダーオルフェノクを凝視する少年―上城睦月―。
そんな睦月を助けようと、さっきまで睦月を応援していた望美が、睦月に駆け寄る。
だがそれは、スパイダーオルフェノク……というよりも、澤田という男に、更なる殺意を抱かせる事となった。
睦月に自分を重ね、望美に真理を重ねる。重ねれば重ねる程、苛立ちが激しくなるのみ。
捨ててしまった物は、二度と帰ってこないのだ。
「うぅ……うぉおおおあああああっ!!」
咆哮し、手に持った巨大な八方手裏剣を、二人に振り下ろそうとした、その時だった。
「な……っ!?」
「ウゥ……レ……ゲル……レン、ゲルゥッ……!」
背後から聞こえる声に、スパイダーオルフェノクはその手を止めた。
そこにいるのは、緑の体を持つ不死生物。紫の仮面の下に、赤い三つの目を輝かせた不気味な生物。
その名は、「スパイダーアンデッド」。
スパイダーアンデッドは、フラついた足取りで、スパイダーオルフェノクに向かって歩き出した。
「ウォオオッ!」
「チッ……!」
スパイダーアンデッドの長い爪による攻撃を、八方手裏剣で受け止めるスパイダーオルフェノク。
だが、それも完全に受け切ることは出来ず、多少押されてしまう。
仮にもカテゴリーエースの称号を持つアンデッドなのだ。いくら上級オルフェノクとはいえ、そう簡単に有利な状況には持ち込めないのだろう。
スパイダーアンデッドは、相手の八方手裏剣を弾き、その爪でスパイダーオルフェノクの体を切り裂いた。
「クッ……」
うめき声をあげ、のけ反るスパイダーオルフェノク。その隙に、スパイダーアンデッドは睦月へと視線を向けた。
突然睨まれた睦月は、尻餅をついたまま、ズルズルと後ずさる。スパイダーアンデッドの目に視線を集中させながら。
「な、何なんだよぉ……」
「レン……ゲルゥ……」
「レ、レンゲル……何だよ、それ!?」
「レン……ゲル……」
三つの目を輝かせ、頭についた小さな脚を天に向かって伸ばし、睦月を睨むスパイダーアンデッド。
何も知らない一般人にとって、これはあまりに恐怖過ぎる。
それでも望美は、勇気を出して睦月を立ち上がらせようと、腕を引っ張る。
「早く逃げようよ、睦月!」
「わ、わかってるけど……」
分かってはいる。分かってはいるのだ。だが、何故だか足が動かない。スパイダーアンデッドから目が離せないのだ。
まるで自分を呼んでいるかのような気がした。
まるで目の前の化け物の声が聞こえるような気がした。
そんな筈は無いのに、睦月は何故かスパイダーアンデッドが気にならずには居られなかったのだ。
そうして睦月がスパーダーアンデッドを凝視していると、突然目の前の化け物が吹っ飛ばされた。
スパイダーアンデッドの体に、横から一台の赤いバイクが突っ込んだのだ。
「ウォッ……!?」
すぐに体勢を立て直すスパイダーアンデッド。赤いバイクから降りた男は、腰にハート型のバックルを持つベルトを出現させた。
男が手に持つカードは、まさしくカテゴリーエースが封印されたカード。ハートのカテゴリーエースが封印されたプライムベスタ。
このカードを持っている人物は、この世界に唯一人。
相川始だ。
「変身」
そして、「変身」の掛声と共に、エースのカードをベルトに通した。
言うが早いか、始の体が漆黒の光に包まれる。バックルにチェンジマンティスのカードをラウズした事で、『Change』の音声と共に、変身が完了したのだ。
漆黒の鎧に巨大な赤い瞳を持つ仮面ライダー……カリスだ。
カリスは、巨大な弓でスパイダーアンデッドを斬り付けると、すぐに睦月と望美に駆け寄った。
「あ、貴方は……」
「仮面……ライダー……?」
呟く二人を無視し、ゆっくりと立ち上がらせるカリス。そのまま、先ほど他の少年たちが逃げて行った退路へと目線を向け、言った。
「早く逃げろ」
少し離れた場所で、キングは一部始終を眺めていた。金居の話を適当に聞き流しながら、二人の蜘蛛の戦いを観察していたのだ。
が、赤いバイクが現れたと同時に、キングはすぐに携帯電話を取り出した。
「これはこれは……! ジョーカー!!」
携帯のカメラをムービーに切り替える。「ピロン」という音と共に、録画中を示す赤いランプが点った。
ちなみにこの携帯、スマートブレイン社の製品らしく、録画もかなりの高画質である。
「調度いい。見ておけ、アンデッドを封印出来るのはジョーカーと仮面ライダーだけだ。」
ベンチから立ち上がり、カリスを見詰める金居。キングは、暫く間を置いて、喋り出した。
「ま、別に僕はどうでもいいんだけどね。この戦いが本物であろうと無かろうと」
「何ぃ……?」
カリスの変身シーンの録画に成功したキングは、携帯電話を下ろしながら、興味なさげに呟いた。
「なんか馬鹿馬鹿しいんだよね。僕達があんなに必死になって戦ってるのに、人間達はそれを知らずに平和に暮らしてる。
その上、グロンギとかワームまでこの戦いに割り込んで来る始末でしょ? 僕だってこんな戦いが偽物だって事くらい分かってたよ」
「……じゃあ、お前はどうするんだ……?」
「目茶苦茶にしたいんだよ。この戦いも、ワームと人間の戦争も、グロンギの奴らのふざけたゲームも……全部! 目茶苦茶にね!」
顔をしかめ、不機嫌そうに叫ぶキング。感情の波が激しいのも、キングという人格の子供らしさからか。
満足のいく答えが聞けたのか、金居の口元もニヤリと釣り上がる。
「ならば尚更だ、キング……俺に力を貸せ。俺の目的もお前と同じだ」
「何だ……なら始めからそう言えよギラファ。ちょっとは面白いんだろうね?」
キングは再び、楽しそうに笑い出した。金居に協力するつもりなのだろうか?
……いや、キングという男にとっては、「面白ければ何でもいい」のだろう。
本心から協力するつもりかは定かでは無いが、少なくとも現状よりは面白そうだと判断したのだろう。
ややあって、キングは何か思い付いたとばかりに携帯を取り出した。金居に画面を見せながら、ニヤニヤと笑う。
「こいつは……」
「何だ、ギラファ知ってるの? プロジェクトFの女の子のこと」
「こいつには見覚えがある……だが、そのプロジェクトなんとか……については初耳だ。」
キングの言葉に、金居は眉をひそめた。キングの携帯に写っている画像は、ワームと戦う魔法使いの少女―フェイトだ―。
金居は、ジョーカー……というよりも、始に会いにハカランダに赴いた際にも、この金髪ツインテールの少女は居合わせた記憶がある。
だが、金居は管理局についての知識はほぼ皆無。フェイトについても、何も知らなくて当然だろう。
「コレ、僕は結構面白い鍵になりそうな気がするんだよねー」
「ほう……?」
楽しげに続けるキングに興味を持ったのか、金居は再びベンチに座り、足を組んだ。
「カテゴリーエース……適合者を見付ける為に子蜘蛛を吐き出していたのか……」
状況を把握したカリスは、ゆっくりとカリスアローの持ち手を左から右へと移し、腰を低く落とした。
まるで獣のような、カリスの戦闘スタイル。そして、いざ走り出そうとした、その時であった。
『Complete(コンプリート)』
「何?」
ゆっくりと振り向くカリス。そこにいるのは、黒い体から眩ゆい黄色の光を放つライダー。
スパイダーアンデッドの奥にいる敵に視線を送りながら、確かめるよう自分の襟首を触っている。
カリスにとって、そのライダーには、確かな見覚えがある。以前、ブレイドと共に自分を痛め付けてくれたライダー……カイザだ。
念には念を入れておくべきだろう。また前回のように襲われてはたまった物じゃない。
カリスは弓を構えたまま、ゆっくりとカイザに向き直った。スパイダーアンデッドと、カイザを交互に睨むように。
……だが、そんなカリスの不安は無駄に終わったらしい。カイザは、カリスにはまるで興味がなさそうに、別の方向を睨んでいる。
「澤田ぁ……」
「草加……」
今のカイザの目的は、澤田亜希……いや、スパイダーオルフェノク唯一人。
スパイダーオルフェノクとカイザが、お互いに睨み合う。
そして次の瞬間には、カイザは逆手持ちの光の剣を引き抜き、スパイダーオルフェノクへと走り出していた。
邪魔をするのなら返り討ちにするまで……とも思っていたが、奴にその気が無いのならば一々相手をする必要も無い。
カリスは、すぐにスパイダーアンデッドに向かって走り出した。
◆
二人の敵相手に、カイザはカイザブレイガンを振るい、カリスはカリスアローを振るって戦っていた。
だが、それをいくら繰り返しても決定打を与えることは出来ない。カイザの攻撃は八方手裏剣で防がれ、
カリスの攻撃もまた、同じようにスパイダーアンデッドの爪に返されてしまうのだ。
「澤田ァ……!」
「君が俺に勝つのは無理だと思うけど……なぁっ!」
「クッ……!?」
言いながら、カイザの装甲を深く斬りつけるスパイダーオルフェノク。
それでもカイザは、スパイダーオルフェノクへと突貫する。負けられないとばかりに、ブレイガンを振り上げて。
「澤田っ! お前だけはッ!!」
「失敗作が……」
だが、やはりスパイダーオルフェノクが相手では、並のオルフェノクのようには行かない。
ブレイガンによる攻撃は八方手裏剣で防がれ、逆にパンチやキックを叩き込まれる。
冷静さを失った草加は、確かに戦闘能力は上がっているのかも知れない。が、攻撃パターンが単調化してしまっては意味が無い。
繰り出す攻撃はほぼ全て受け止められ、逆に打撃を受けていく。そして、ついに八方手裏剣による強力な一撃を受けてしまったカイザは、後方へと吹っ飛んだ。
「カテゴリーエース……まさか、もう適合者を見付けたのか……?」
「ウオォ!」
呟きながらカリスアローを振るう。その度にスパイダーアンデッドの爪と弓が激突し、火花が散る。
決定打こそ与えれてはいないが、そこまで不利という訳では無い。
まだ互角と言った感じに、二人の武器がぶつかり合っている。だが、その状況が何時までも続かないのが、戦いというものである。
やがて、スパイダーアンデッドの頭の足がゆっくりと開いた。
「何……!?」
「ハァッ!」
油断した。一瞬のスキに、スパイダーアンデッドの左手のワイヤーに絡めとられてしまったのだ。
一気に引き寄せられたカリスは、その鍵爪による一撃で後方へと飛ばされてしまった。
「クッ……」
「チッ……」
敵の攻撃にやられたカリスとカイザが、お互いに背中を合わせる。
たまたま飛ばされた位置が近かった為に、お互いの敵と対峙する形で起き上がった際にこうなってしまったのだ。
「お前は……あの時のアンデッドか」
「……それがどうした」
背中を合わせたまま、カイザが嫌味な口調で喋り出す。カリスも、スパイダーアンデッドから目を離さないようにゆっくりと振り向いた。
「あいつもアンデッドなんだろう? お前が何故同族と戦ってるのかは知らないがなぁ?」
「ああ、お前に教えるつもりもない」
「フン……なら話す事も無いな。俺は俺の戦いを続ける。邪魔はするなよ」
「それはこっちの台詞だ」
言いながら、カイザはブレイガンをガンモードにモードチェンジ。スパイダーオルフェノクへと照準を合わせる。
カリスも、カリスアローから弓を引くような動作を取る。同時に、見えない糸に弓が引かれ、カリスアローの中心に光が集まる。
そして、二人は同時にお互いの敵に向かって、光弾を発射した!
二人の蜘蛛は、同時に光弾の衝撃を受け、大きくのけ反る。その隙に、二人は一気に敵に接近。
「澤田ぁ……これで終わりだ!」
カイザは走りながらブレイガンをブレードモードに変型。そのまま、逆手持ちのブレードを全力でスパイダーオルフェノクにたたき付けた。
「……終わりだ」
カイザと同じく、走りながら自分の武器を変型させるカリス。カリスアローにベルトのバックルをセットし、1枚のカードをラウズ。
『トルネード』
刹那、聞こえる電子音。同時に、カリスアローの刃を凄まじい疾風が渦巻く。
「とぅあっ!」
「ウォオッ!?」
そのまま、トルネードアローをスパイダーアンデッドへと振り下ろした!
カリスに切り裂かれたスパイダーアンデッドの体が、小さく爆発する。が、まだバックルは開かない。
封印するにはまだ足りないということだ。ならば、バックルが開くまで攻撃を繰り返すまで。
カリスが再びカリスアローを構え、スパイダーアンデッドに攻撃を重ねようとした、その時だった。
「フンッ……!」
「……何っ!?」
カリスが動こうとした瞬間に、スパイダーアンデッドの目が輝いた。同時に、カリスの足元が小さく爆発。スパイダーアンデッドによる念力攻撃だ。
カリス自体にダメージは無いが、カリスの目前に煙が広がり、視界が悪くなる。
だが、こんなものはただの目暗ましに過ぎない。すぐに煙りを払い、スパイダーアンデッドがいた位置に移動する――
「……逃げたか……」
――が、時既に遅かったらしい。
そこにはもう、カリスが狙っていたカテゴリーエースの姿は無かった。
「死ね! 澤田ぁーーー!」
『Exceed Charge(エクシードチャージ)』
カイザの足に装着されたポインティングマーカーデバイスが、スパイダーオルフェノクへとフォトンによるマーカー弾を飛ばす。
光に拘束されたスパイダーオルフェノクは、そのままカイザによる必殺キック―ゴルドスマッシュ―をただ見詰めるだけしか出来ない。
「クソッ……こんなとこで……!?」
スパイダーオルフェノクが、光から抜け出そうと、全身に力を込める。が、それも無駄の一言。
いくら力を入れようが、光が消える事は無く、目の前のカイザが迫ってくるのみ。
……だがその時、不思議な事が起こった。
「止めろッ!!」
どこかから聞こえる若い少年の声。そして、次の瞬間には、カイザの目の前にいるのはスパイダーオルフェノクでは無くなっていた。
代わりにそこにいたのは。赤いジャケットを着た、茶髪の少年―――
「どけぇえええっ!!!」
「あははは、残念でした」
―――キングだ。
キングは何の武器を持つ事も無く、肩を竦めながら両手を広げている。所謂“挑発”だ。
ゴルドスマッシュにより発生した円錐に、カイザのライダーキックが吸い込まれる……筈だった。
「なんだとぉッ……!?」
驚愕するカイザ。今の一瞬で、何が起こったのだろうか? 状況がさっぱりわからない。
気付いた時、既にカイザの体は地面に転がっていたのだ。
よく考えて状況を分析するが、それでも何が起こったのかがまるで解らない。
少年にキックを打ち込んだ刹那、“何か”に弾き返され、そのままカイザの体は吹っ飛ばされたのだ。
「だから言っただろ? 残念でしたって」
キングの腹立たしい声を聞くや否や、カイザはすぐに立ち上がり、キングを睨み付けた。
「……なるほどな……お前も、化け物って訳か……」
「化け物? うん、まぁそうかもね
……そんなことよりさ、さっきのやられポーズ撮りそこなっちゃった。惜しいなぁ」
カイザに問われたキングは、ポケットからゆっくりと携帯電話を取り出しながら言った。
どうやら、キングとしてもカイザの質問にまともに答えるつもりは毛頭無いらしい。
……っといっても、彼の場合、特に挑発しているという実感も無いのだろうが。
「お前、ふざけて……」
「カテゴリーキング……」
「何……?」
流石に頭に来たらしく、カイザもキングに対抗し、嫌味な口調で言葉を続ける。
だが、すぐ近くにいたカリスの言葉に割り込まれ、カイザはすぐにカリスの方向へと視線を動かした。
当のカリスはカリスアローを持ち直しながら、ゆっくりと腰を落としている。
「カテゴリーキング……俺と戦いに来たのか……」
「ちょっと待ってジョーカー、僕はまだ君と戦うつもりは無いって!」
「黙れ……アンデッドである以上、俺達は戦いの運命からは逃れることは無い」
再び自分に襲い掛かろうとするカリス。今にも飛びかからんと、腰を落としているのだ。
そんなカリスに、キングは大きなため息を落としながら言った。
「わかってないなぁ……今のジョーカーじゃ僕に勝てないって言ってるのに……」
忠告。キングは、戦うだけ無駄だとうそぶく。だが、戦闘態勢に入ったカリスに、そんな言葉は無駄だ。
「それはどうかな」
言うが早いか、カリスアローを構えたカリスは、キングに向かって走り出していた。
相対するキングもやれやれな表情で首を横に振る。そして。
「あーあ……仕方ないなぁ。止めろ!」
「何?」
まただ。また叫んだ。「止めろ」と、大きな声で。一体誰に何を止めさせている?
思考するカリス。キングが今しがた叫んだ言葉……「止めろ」。
何を意味するのかは解らない。が、このキーワードの直後、カリスの手に握られていた筈のカリスアローは消えた。
――どこへ行った?
右手から視線を外し、咄嗟に前方を見る。そこにいるのは、カリスアローを持ったキング。
一瞬で、あれだけ離れた位置からカリスの眼前まで迫ったというのか? その上カリスアローまで奪って? そんな筈は無い。
仮にも伝説のアンデッドと呼ばれたカリスともあろう者が、そんな大胆なミスを犯す筈が無い。
いや、正確には彼はカリスではないのかもしれないが、それでもそんなミスはあり得ない。
一瞬で様々な状況を脳内に浮かべる。だが、カリスにそれ以上の思考の時間が与えられることは無かった。
「……おぅわっ!?」
カリスが眼前にキングを認識した次の瞬間には、キングは手に持ったカリスアローを力強く振り下ろしていた。
その異常なまでのパワーと威力に、カリスも弾き返されてしまう。
「……だから言ったでしょ? 君じゃ無理だって」
「……貴様……」
地面に転がりながら、キングを見上げるカリス。キングは、軽く微笑みながらカリスアローを地面に投げ捨てた。
「ジョーカー、君はまだ僕と戦う時じゃないからさ。ばいばい」
「待て……!」
言いながら、カリスに向けた携帯のシャッターを切りったキングは、カリスの目の前からその姿を消した。
どうやらスペードのカテゴリーキングは、自らの姿を消す事も出来るらしい。
何にせよ、キングは既に気配すらカリスに悟られない位置まで離れたらしく、カリスにはこれ以上、何もすることが出来なかった。
◆
「澤田……ッ!」
全てが終わった後で、草加雅人は、握り締めた拳でサイドバッシャーのハンドルをたたき付けた。
やっと見付けた。やっと見付けた倒すべき宿敵。それなのに、訳のわからない第三者の介入により、奴にトドメを刺すことが出来なかったのだ。
あの変な少年のせいで澤田はいずこかへと逃げ去ってしまった。
「(何なんだ……あいつはッ!?)」
澤田に逃げられたというだけでも、草加の腹綿を煮え繰り返すには十分な出来事だ。
そんな草加の怒りに更なる炎を点けたのは、紛れもなくあの赤いジャケットの少年。
だが、何を考えてもいつものような打開策が思い浮かばない。何せ、敵の情報が少なすぎるのだ。
草加は晴れない気持ちのままヘルメットを被り、サイドバッシャーを走らせた。
◆
客は誰も居ない夕方の喫茶店。ここに、金居とキングは二人で座っていた。
一つのテーブルに向い合せに座り、キングはジュースを飲みながら携帯電話を弄っている。
そんなキングをじっと見つめていた金居が、ふとした疑問をキングにぶつけた。
「……何故奴を助けたんだ……?」
「ん……別に? ちょっとした悪戯だよ。仮面ライダーに嫌がらせしたかったんだ」
金居の質問に、キングは悪びれる様子無くうそぶいた。
本当にそれだけなのか? 元々思慮深い性格をしている金居には、どうも他の理由があるように思えた。
「それだけなのか……?」
「うん。あと、ジョーカーにもちょっと挨拶しようと思ってさ」
ジョーカーの話題になった途端、キングは楽しそうに笑い出した。非常に上機嫌そうな笑顔だ。
キングは、少し携帯電話を弄った後、再びその画面を金居に見せる。
『変身』
『Change(チェンジ)』
携帯電話から聞こえる、男の声。
相川始の……仮面ライダーカリスの変身する瞬間を、そのカメラのシャッターに納めたのだ。
携帯電話の中で再現される、始の変身の瞬間。漆黒の光に包まれ、人間からカリスへと変化するまでの過程が見事に映し出されているのだ。
「な? 面白いだろ、ギラファ?」
「フン……まぁ少なくとも、お前は面白そうだな?」
「まぁね♪」
ニヤリと、不敵に口元を吊り上げる金居。
なるほど。キングにとって今一番の楽しみは“コレ”らしい。それがわかっただけで、今の金居の中にあったモヤが取れた気がした。
そう。キングにとって今一番の楽しみは……「ジョーカーと仮面ライダー」なのだろう。携帯電話等はそれを楽しむ為の玩具に過ぎない。
実際には本人は面白い物なら何でもいいと思っているのだろうが、今はその対象がジョーカーへと向いているのだ。
金居は、これから始まるであろう自分達の計画に、微笑を浮かべずにはいられなかった。
そんな金居の心を知ってか知らずか、キングは今もずっと、楽しそうに携帯電話を眺めている。
まるで携帯電話を買ってもらったばかりの子供が、色んな写真を撮って喜んでいるように。
二人揃ったカテゴリーキング。どちらがどちらをどう利用するのか。それはまだ、誰にもわからない。
◆
「……草、加……ッ」
澤田亜希は、海鳴市のオフィス街をさ迷っていた。傷付いた体で、ビルの壁にもたれながら。
「俺が……あんな失敗作に……!」
肩で息をしながら、澤田は呟いた。
悔しい。あんな奴に負けたのが、悔し過ぎる。
あんな“失敗作”に。
あんな“出来損ない”に。
この“成功体”の俺が負けた。
それは、澤田という人物にとって、どうしても納得の行かない事だ。
行く宛ての無い怒りを抱えたまま、澤田自信も歩き続ける。
勿論、今の澤田には行く宛てなど何処にも無い。ふらついた足取りで、日が沈みかけた海鳴市をただただ、さ迷い続けるだけしか出来ない。
そんな澤田の首筋を、金色の小さな子蜘蛛が這っていた事に、誰も気付く事はなかった。
最終更新:2008年04月14日 03:58