魔法少女リリカルなのは×諸葛孔明 時の地平線
第二場
燃え盛る炎の中、孔明の前に現れた二人の少女。
あまりにも場違いといえば場違いな光景に、一瞬孔明の思考は呆けた。
二人ともまだ十代半ばといった容姿だ。凛々しさの中にあどけなさが残っている。
一人は白地に青のラインが所々に入った可愛らしい服に、胸の辺りに赤いリボンを着け、長い茶色い髪を左右に分けて結んでいる少女。
もう一人は紺色の――服自体は白服の少女と似ている――服に白い外套を羽織った少女。
しかし何よりも孔明が驚いたのが黒服の少女の髪……腰まで届くその長い金髪である。
これまでの人生で数々の民族と接してきた孔明だが、これほど鮮やかな金髪の持ち主には今まで会ったことが無かった。
そして二人の手には杖……と呼んでいいのだろうか。先端に宝玉がついた一風変わった杖を持っていた。
(魏や蜀の人間じゃない……異国の者か……?)
一瞬孔明は思案するが、ならば何故その様な、しかも女の子がこのような場所にいるのか。
また彼女達の周囲に見える桃色の空間……。目の錯覚なのだろうか?
考えれば考えるほど思考は袋小路に迷い込んでいく……。
なのはとフェイトもまた、予想していた感じとは違った人物に少々戸惑っていた。
背は自分達よりかなり高い。180センチ以上はあるだろう。肩までかかる茶髪は無造作に下ろされている。
年の頃は20代後半だろうか……整った顔立ちはファッション雑誌に載っても遜色はないだろう。
そして彼の着ている入院患者の様な白い服――それはミッドチルダにあるような服ではなく、なのは達の世界―地球―の着物に酷似していた。
観光客や……勿論職員等とは明らかに雰囲気の違う人物。
しかし一刻を争う今、余計な事を考えている暇は無い。すぐさま二人はその人物に声を掛けた。
「時空管理局です!」
「貴方を助けに来ました」
凛とした声に孔明はハッと我に返ったが、聞いた事の無い単語に再び混乱しかける。
「え……?」
「ここは危険です。早く脱出しましょう!」
イマイチ反応が鈍い青年に二人は益々違和感を感じた。
通常このような状況下で助けに来てくれた人物に対して、大なり小なり反応を起こすはずである。
ところが目の前の人物は殆どアクションを起こさない。むしろ状況を飲み込めていない…と言った方が良いのかもしれない。
兎も角脱出が第一。二人は直接孔明に近付いて彼をバリア内に引き入れた。
「な…何だこれは……!?」
薄い桃色の空間内に引き込まれた孔明。彼が驚いたのは強引に引っ張られたからではなく、
空間内部の状況にである。今まで炎のお陰で灼熱地獄だった大気。それが内部は嘘のように快適に保たれている。
この桃色の壁が綺麗な空気を作り出している……?
否、熱を遮断していると言った方が正しいのか。
内部の状況は直感的に掴んだ孔明だが、その原理はどうなっているのか全く見当がつかなかった。
そんな事を考えている彼の耳に白服の少女の声が聞こえてきた。
「ちょっと飛ばします。安全ですのでじっとしていて下さい」
「飛ばすって……うわ!?」
孔明がその意味を聞こうとした時、突如として体の感覚が軽くなったかと思うと、周囲の景色が高速で動き出した。
いや違う。自分達が飛んでいるのだ。それも凄いスピードで。
かなりの速さが出ているにも関わらず、壁や天井には全く接触していない。
そして建物の景色があっという間に消えたかと思うと、次の瞬間には満天の星が煌く空を飛んでいた。
(空を……飛んでいる??)
見上げれば綺麗な夜空。眼下を見下ろせば海と、燃えている建物。
自分の足は地面の遥か上空を彷徨い、火災現場から離れていっている。
そしてこれらの事象を起こしていると思われる二人の少女。
次から次に起こる状況の変化、不思議な事柄にもう言葉も出ない。
却って冷静になってしまった孔明は、今起きている事を心の中で纏めようとした。
(五丈原の陣中にいたはずのオレは……何故か炎の中に、しかもどこか違う所にいて……
壁が壊れて中から女の子が二人現れて……確か……管理局とか言ってたっけ……。
それで助けに来た、脱出しましょうって言われて変な空間に入れられて……今こうして空を飛んでいる)
……何だか真面目に考えるのが馬鹿らしくなってしまった。というよりありえない。
こんな事を考えている自分は頭が可笑しくなったのか?
いっそ呪いか悪い夢じゃないかと考えた方が気が楽である。楽ではあるが……。
(夢じゃないとしても……自分は何故ここにいるのだろう)
そう孔明が思った時、ふと彼が最初に思い出したのは先程の『熱』である。
この世の物とは思えなかったあの『熱』。それは建物を燃やしていた炎とは全く別の存在……。
ひょっとしてあの『熱』が自分をここに運んできたのか?
(……段々非現実的な考えになっているな)
思わず嘆息したが、これまでの経緯を思えば仕方のない事ではある。
ただ一つ確実なのはここが死後の世界では無いという事、自分はまだ生きているという事。
そう感じていた孔明は、またもや不思議な光景を見る。いや聞くと言った方が正しい。
「こちら教導隊01、本局02。ターミナルの要救助者、男性一名を保護しました。」
《了解! さすがなのはちゃんフェイトちゃんやね。首都航空部隊も到着したし、こっちももう一踏ん張りや!》
白服の少女が何も無い前方に話しかけたかと思うとどこからともなく元気な返事が返ってきた。
口調といい声質といい横の金髪の少女ではない。別の誰か……だが当然周囲を見渡しても誰もいない。
(遠くにいる人と話している……? そんな事出来るわけ――いや……出来るのかもしれないな)
主な通信手段が伝馬か狼煙だった彼の時代を考えれば、遠く離れた相手と直接話すという事自体が非常識なのだが、
今の状態が常識の遥か外にいるという事が、彼に非常識を考えさせる土台になっていた。
「そういえば……」
白服の少女が思い出したように呟いた。
「フェイトちゃん、私達まだ名前言ってなかったよね?」
「あっ……」
フェイトと呼ばれた金髪の少女も失念していたという表情でこちらに顔を向けた。
「私なのは。高町なのはです」
「フェイト=テスタロッサ=ハラオウンです」
「あなたのお名前は?」
白服の少女――なのはと、金髪の少女――フェイトが挨拶をした。
今まで常識外の事が立て続けに起きていた中、突然の常識的な挨拶に孔明は一瞬反応できなかった。
だが挨拶をしてきた相手に挨拶を返さないのは失礼にあたる。それに状況的に見ても二人の少女は自分を助けてくれたのだ。
礼を言うためにも、孔明は自分の名を発しようと口を開けた。
「オレは……」
だがその瞬間、これまでの疲労か、それとも別の要因か。
全身が鉛のように重くなったかと思うと、そのまま孔明の意識は途切れた。
意識が消える直前、自分の身を案ずる二人の声が聞こえた気がした――。
首都クラナガンから遥か東方――周囲を山に囲まれた森林地帯。
一見すると何の変哲も無い穏やかな地域だ。森林浴には絶好の場所だろう。
だがここの地下へと目を移すと状況は一変する。
地下に広がる空間はおよそ自然の物ではない。
所々岩肌が見えるが、無機質な壁が大半を支配する内部は研究施設と言えなくもないが、どう見てもまともな施設ではない。
地上に近いフロアには、今から2週間前になのは達が交戦した機械兵器――後に管理局からガジェットドローンと呼称される――が待機状態にあり、
地下深くにはガジェットの生産工場や、人造魔道士の素体らしき物が保管されている。
そして中間部は広大な空間に様々な設備がある。恐らくここで研究を行っているのだろう。
その研究施設の一画――巨大なモニターが置かれている場所。
人の何倍もの大きさのモニターには、先程ミッドチルダ北部で起きた空港火災の様子が細かく映し出されていた。
「ほう、これは……」
モニターの前には男が一人。紫の髪に黄色の瞳、スーツに白衣を羽織った典型的な科学者や研究者の出で立ち。
この施設の主――ジェイル・スカリエッティである。
何故彼が空港火災の様子を眺めているか……答えるまでもないだろう、彼こそこの事件を引き起こした張本人だからである。
空港内に紛れ込んでいたロストロギア『レリック』を手に入れるための所業――。
爆発事故を起こしたのは証拠を残さないため……というのもあるが、この男の一種の戯れという理由の方が大きいのかもしれない。
彼が作り出した戦闘機人達も上手く事を運んでいる。
これまでの経過に満足していたスカリエッティだが、そんな中突如モニターに映った龍に彼は思わず感嘆の声を上げていた。
勿論予想外の事態に対してだが、それ以上に一科学者としての好奇心の方が高かったのかもしれない。
そんな彼に近付く影が一つ。
「ドクター」
スカリエッティの秘書にして戦闘機人の長姉ウーノ。いかにも報告に来た、といった雰囲気である。
「なんだい?」
だがスカリエッティは彼女の方を向かずモニターを見たままそれに答えた。
彼女も特に気にしていないのか、そのまま報告に入る。
「潜入していたドゥーエ達からの報告です。レリックは無事回収、現在帰還中と」
「そうか」
淡々と読み上げるウーノ。スカリエッティは相変わらず画面を見たまま短く返す。
……少し様子が変だと思ったのか、ウーノがもう一度呼び返す。
「ドクター」
「なんだい?」
先程と同じ呼び掛け、同じ返事。だが彼との付き合いが最も長いウーノは、彼の短い返事の中に僅かに別の感情が入っているのを感じた。
「何か楽しいことでもありましたか?」
目の前のモニターに移る光景は一般的には楽しいとはかけ離れている。
だが相手はスカリエッティ。何らかの発見に対して楽しみを見出しても不思議ではない。
だからこそ彼女は問いかけてみた。
その問いに対し彼は初めて彼女の方を向き答えた。
「楽しい? ああ、確かにその気持ちもあるかもしれない。だが興味の方が強いかもしれないねぇ」
「興味……ですか?」
少々意外な返答に思わず彼女は聞き返した。
一体あの火災のどこかに興味のある事でも見つかったのだろうか。
それよりも事件の規模が少々大きくなりすぎている事の方が彼女には気にかかっていた。
「ですがドクター。いくら足跡を消すためとはいえ、ここまで大事になっては逆に危ないのではないでしょうか?」
「なあに、たまにはでかい花火を打ち上げるのも一興だろう? それともウーノは妹達を信じられないのかい?」
「いえその様な事はありませんが……」
「そうだろう? それにあの炎は思わぬ副産物を生み出してくれたのだよ」
副産物……思っても見ない言葉に彼女は戸惑った。
「副産物……ですか?」
その反応をみたスカリエッティは、どうにも要領を得ていない彼女に愉快そうに聞いてみた。
「おや……君にはあの光景が見えなかったのかい?」
「あの光景? 妹達からも特に変わった報告は聞きませんでしたが」
『あの光景』と言われてもウーノはピンとこなかった。
彼女も別の場所で火災の様子を見ていたが、特に変な物は見えなかった。
しいて言えば途中収まりかけた火が急に盛り返したくらいだが、それとて大勢に影響があるとは思えない。
「いや、見えなかったのならそれで良いさ。どの道状況に変わりはない。下がりなさい」
「分かりました」
これ以上彼女は聞き返さない。ドクターがもう良いと言えばもう良いのだ。
既に用件を終えているウーノはその言葉を聞くと奥へと下がっていった。
彼女が下がっていったのを確認するとドクターは再びモニターの方を向いた。
それを見るスカリエッティの表情は、唇を吊り上げ人を嘲笑する様なものだったが、
瞳には僅かに新しい玩具を見つけた子供の様な感情が混じっていた。
(どうやらアレが見えたのは私と……あの三人だけの様だな。
我々もまだ表舞台には出られないが……いつか相見える事になるだろう。
その時は精々楽しませてくれよ、イレギュラー君)
彼の見つめる先にはなのはとフェイト、そして彼女らに助け出された孔明が映し出されていた。
最終更新:2008年04月26日 16:33