魔法少女リリカルなのは×諸葛孔明 時の地平線
第一場
――新暦71年4月29日
「八神捜査官。要救助者全員救助完了しました!」
「了解です!」
通信を聞いて八神はやては安堵した。ミッドチルダ北部の臨海第8空港で起きた大規模火災。
空港全体に火の手が回るほどの惨事。観光客や空港職員等負傷者は数え切れないが、奇跡的に
死亡者はゼロで済みそうである。
(航空魔道士隊がもっと早く来てくれれば……)
はやては動きの遅い地上本局部隊に思わず心の中で愚痴を零した。
しかし居ない者に文句を言っても何も起こらない。今いる人員で何とかしなければならないのである。
親友のなのはとフェイトも凄腕の魔道士だが、彼女らは火災鎮火という役割には向いていない。
だが彼女らは先程部隊指揮を託したゲンヤ=ナカジマ三佐の娘二人を始め、逃げ遅れた人たちを獅子奮迅ともいえる働きで救出した。
素早く思考を切り替え、はやては最後の抵抗とばかりに燃え盛る建物を睨んだ。
「ぶつくさ言っても始まらん…!」
ここからは自分の出番――と、はやてはデバイスを握る手に力を込めた。
既に数ブロックの凍結…もとい消火は完了している。
後は中央ブロックのターミナルの火災を消してしまえば鎮火の方向に向かうだろう。
「ここさえ消してしまえば後は――」
そう呟き詠唱に入ろうとしたその時――突然はやては上空より飛来する巨大な熱を感じた。
火災とは明らかに違う、肉体の奥底に響く熱さ。
その熱に吸い寄せられるようにはやては上空を見上げた――
同時刻――高町なのはとフェイト=T=ハラオウンは逃げ遅れた人達を全員助け出し、一先ず合流していた。
後は火災を鎮めるだけだが、自分達の魔法は消火活動には不向き……これ以上何も出来ない自分達を歯がゆく感じていた。
自然と火災現場を見る目も厳しくなる。
「なのは……気持ちは分かるけど、後ははやてに任せるしか……」
「うん……」
悔しそうに火を見つめるなのはにフェイトは声を掛けた。自分とてただ見ているだけでいるのは辛い。だが……。
「……そうだね。ごめんねフェイトちゃん」
親友にいらぬ心配を掛けたと、なのははフェイトへ謝罪の気持ちを込める。
消火だけがこの後の作業ではない。このまま突っ立っているわけには行かない。
要救助者は全員助け出したとの報告があったが、これ程の規模の災害である。
万が一という場合も十分に考えられる。ならば自分達が出来ることは――
「ひょっとしたら逃げ遅れてる人がいるかもしれないし、もう一度偵察に行こう、フェイトちゃん」
「うん。なのはは北側から回って。私は……」
南側から――そう言おうとした時……何かを察知したのだろうか。フェイトは唐突に上空を見上げた。
そしてそれはなのはも同じ……二人が感じたのは目の前の火災の熱ではない、もっと異質な、違う熱……。
今まで感じた事の無い熱に――はやてと同じように――引き寄せられるようになのはは顔を天へ上げた。
若き三人の魔道士が見上げた先――遥かな天空から現れたのは一匹の巨大な龍。
それは西洋で良く見られる巨大な翼を持ち、その巨体を二本足で支えるドラゴンでは無く、東洋で見られる大蛇のような長大な体を持つ龍であった。
驚く三人を尻目に龍は猛スピードで舞い降りるとそのまま空港中心部へと姿を消した。
その直後、轟音と共に空港中心部から凄まじい炎が天高く燃え上がり、その余波で消火された周辺ブロックまでも再び火が走り出した……。
「な……なんやあの龍は!?」
突然の状況にはやては思わず詠唱を中断してしまった。無理も無い。突然遥か上空から巨大な龍が飛来した。かと思うと、
恐るべきスピードで龍は空港中心部に突っ込んでいった。そして中心部にぶつかると龍は消え去り、
その直後、ターミナルはおろか、消火が完了したブロックにまで火の手が回りだしたのである。
それはあたかも新たな力を与えられたかのように……特に中央ターミナルは天に届かんばかりに紅蓮の業火を轟かせていた。
「くっ!折角後少しだったのに……!」
振り出しに戻ってしまった――はやては悔しさを押し殺すように歯噛みした。下手をしたらさっきよりも火の手が強いかもしれない。
もしこの状況が30分前に起きていたら……そう考えるだけで背筋に悪寒が走る。
だが幸運にも救助は先程完了している。また陸士部隊や災害担当局員も咄嗟に離脱して辛うじて巻き込まれてはいないようである。
兎も角一旦ラインを下げて再度消火するしかない……はやてはそう思い、指揮官のゲンヤと連絡を取ろうとした。
だが悪い時には悪い事が重なるものである……。
《はやてちゃん!中央ターミナルに生命反応です!!》
「なんやて!?」
ゲンヤのサポートをしていたリインからの緊急通信にはやては狼狽した。
火災が起きた中でも特に酷い状況だったターミナルは救助が最優先され、真っ先に避難が完了していたはずである。
「要救助者は全員助け出したんじゃないんか!?」
《そ…そのはずなんですけど、急に反応が……さっきまでは何も無かったのに……》
現場管制をしていたリインも予想外の事態に些かパニックに陥っている。
しかも中央ターミナルといえば先程『あの龍』が舞い降りた場所だ。
あまりにもタイミングが良すぎる。はやての脳裏を疑問が掠めた。
(場所といいタイミングといい、さっきの龍と何か関係あるんやろか……)
特別捜査官としての冷静な思考がはやてを支配する。
だが今は状況が状況である。はやては頭を振り、思考を目の前の炎に戻した。
(考えるのは後や。今は中の人を助けんと……)
だが事態は厳しい。炎は依然天高く燃え上がっている。
この状況で果たして助けに行けるか……?
次々に変化する状況にはやての心も弱気になりかける。だが――
《はやてちゃん!》
《はやて!》
はっとはやては我に返る。呼びかけてきたのは大切な親友――
その声にはやては弱気になった自分を責めた。
何があっても助け出す……そう決めたはずだ。
そしてここには自分だけじゃない。
「そうや……弱気になってはあかん。絶対に……助け出す!」
親友の姿に活力を貰い、はやてはなのはとフェイトに呼びかける。
「なのはちゃん!フェイトちゃん!中央ターミナルで救助者一名発見や。
ちょう厳しい場所やけど……お願い!」
《任せて!》
頼もしい返事が返ってきた。そうだ、今までも自分達は困難な場面を乗り越えてきた。今回も絶対に――
「リイン。二人に救助者の位置座標を送って!」
《はいです!》
はやての凛とした声にリインも落ち着きを取り戻し、自分の仕事に取り掛かる。
《八神捜査官。後少しで航空隊も到着する。疲れてるだろうがもう一踏ん張り頼むぜ》
「任せて下さい。ちっちゃくても体力には自信あるんですよ?」
リインの傍らで指揮を取り続けるゲンヤの励ましに笑顔で返すはやて。
デバイスを構えなおすと、はやては勢いと取り戻した炎を再び鎮めるべく、全ての熱を奪う氷結の息吹の詠唱を始めた。
ターミナル上空へ来た二人の魔道士は眼下を眺めた。
炎を撒き散らし続ける建物を睨みながら、なのはは自らの意思を愛杖に発する。
「時間が無いね……。レイジングハート、最短距離で行くよ!」
≪All right≫
主の意を受けたレイジングハートが先程受け取った情報と照らし合わせて最短距離を検索する。
向かうは炎渦巻く中央部。
≪下方の安全を確認。ファイアリングロック解除します≫
レイジングハートの声と共に薬莢が排出され杖の先端が最短距離の方角へ向けられる。
先程スバルを助けたのとは逆の方……地上へ。
≪Buster set≫
「ディバイィィンバスターー!」
なのはの声と共に桃色の閃光がターミナルの炎を屋根を貫き、建物内への道を作り出した。
すぐさまなのはとフェイトは建物内部に突入し、救助者の座標へと向かっていった。
「リインから送ってもらった座標だとこの辺りのはず……」
中央ターミナルに突入したなのはとフェイトは、オーバルプロテクションを展開しながら周囲を見回していた。
だが周囲は崩落した壁や煙が激しく、視界は甚だ悪い。
このような状況下のターミナルは損傷が激しく、長時間の行動は危険な状態になっていた。
早く見つけなければ……焦りの色が次第に二人を染めていく。
そんな中で先に救助者を見つけたのは、彼女らの長年のパートナーである――
≪マスター、後方15メートル先の壁の向こうに生命反応を確認≫
レイジングハートが場所を告げる。すぐさま二人は目を合わせ頷き――フェイトが自らのパートナーへ呼びかけた。
「バルディッシュ!」
≪Haken slach≫
フェイトの呼びかけに素早くバルディッシュは答え、金色の斬撃を壁に向かって放った。
轟音と共に壁が崩れると、二人はすぐさま内部に突入した。
二人がそこで目にした人物は……見慣れぬ服装をした長身の青年だった。
(熱い……)
朦朧とする意識の中、孔明は自身の周りに凄まじい熱が渦巻いているのを感じていた。
自分の命がもうすぐ尽きると悟っていた孔明は、これが死ぬ直前の最後の感覚なのか?と感じていた。
華佗ならこの感覚を知っているかもしれない――そう思い孔明は傍に居るはずの親友にこの感覚を聞こうとした。
その時……遥か彼方の地平線から発しているような華佗の声が孔明の脳裏に聞こえてきた。
(孔明……貴方の行く先にはまだまだ険しい道が待ち構えているようです。
それでも……どうかまた貴方に救いの手がありますように)
華佗……?突然聞こえてきた声に孔明は疑問を感じた。その意味を聞こうと孔明はうっすらと目を開けた。
しかしそこに華佗は居なく……変わりにあるのは燃え盛る炎。
「な……!」
想像していた景色とあまりに懸け離れた光景に、思わず孔明は絶句した。
それもその筈、今まで自分が臥していたのは五丈原の陣中であり、自分の幕舎であったのだ。
それが今や辺り一面は火の海――
(まさか魏軍の奇襲か……?)
一瞬孔明はその考えが浮かんだが、直ぐにそれを否定した。
この2週間前、孔明は魏軍総指揮官の司馬仲達と極秘に会談をし、
魏や蜀一国だけでない国全体の将来のことを仲達に託したのである。
その際自分の死後、後方から静かに撤退するよう指示をしてある旨も仲達に語っていた。
あの仲達が約束を破って攻撃してくるとは到底考えられない。
(あるいは魏延か……いや幾らなんでもそれはないか……)
もう一つの可能性も孔明は即座に否定した。
それに――と孔明は辺りを見渡した。炎に焼かれている建物は明らかに五丈原にあるものではなく……
いや彼の今までの知識を持ってしても見た事もない建物だったのである。
この世の終わりのような業火――もしかして自分は既に死に、地獄の世界に落ちたのかと孔明は思った。
「まあ……天国に行けるとは思ってなかったが……ゴホッゴホッ」
どす黒い煙にむせ返りながらも、不思議と心は落ち着いてきた。
そうだ……多くの命を奪ってきた自分が安らぎの休息を得られるわけが無い。
(しかもこの光景――まるで赤壁のようじゃないか……。あの時焼死した彼らと同じ責め苦を味わえということか……)
あの世の者達も中々皮肉な事をしてくれる……孔明は迫り来る炎を見つめた。
(貴方の行く先にはまだまだ険しい道が待ち構えているようです)
こういう事か……と先程脳裏に響いてきた華佗の言葉に対し孔明は自嘲気味に呟いた。
博望坡では3万、赤壁では10万の兵を火計で焼き殺した自分には相応しい道――
(これはオレの歩んできた道だよ華佗……。決して険しくはないさ)
いくら平和に心を砕いていたとしても、自分が犯した罪は消えることは無い。
ならばこの試練にも立ち向かうだけ――
迫り来る煉獄の炎を前に、孔明は決して眼を背けずに立ち上がった。
彼が立ち上がったのと左側の壁が音を立てて崩れたのは、同じタイミングだった。
「えっ……?」
明らかに自然に崩れた音ではなく、人工的に切り崩された音。
その音に不信を抱いた孔明は崩れた壁の方を見やった。
その先から――不思議な形をした杖を手に持ち、見た事も無い服を着た――二人の少女が現れた。
それは決して地獄の使いといった風情ではなく……炎の中から現れた一筋の希望に彼には見えた。
(どうかまた貴方に救いの手がありますように――)
華佗の祈りのような声が再び孔明の頭に響いた。
最終更新:2008年04月12日 19:02