艦船フリーデン内 休憩室。
大きなソファーに観葉植物が置かれた質素な作りのこの部屋で、ウィッツとロアビィの雇われ組は休憩をとっていた。
ロアビィはを何か考えているのか、壁に寄り掛かって難しい顔をしている。
ウィッツはウィッツでそれを全く意に介さず、つまらなそうにソファーに寝そべっていた。
「おかしいとは思わない?」
ふと、静寂を切ってロアビィがウィッツに話し掛ける。
「何がだよ?」
「ジャミル・ニートといえば、この世界じゃかなり名の通ったバルチャーだろ? そんな奴が実は時空管理局の人間で、『提督』なんて大層な役やってる超エリートと来たもんだ」
「……そのジャミルが、あんな小娘一人に血眼になってるってことか?」
「ご名答」
起き上がり様にウィッツはロアビィに顔を向ける。
実を言うと、ウィッツも少しだけティファの素性が気になっていた。
名目上二人への依頼は『船の護衛』だが、ジャミルから託された真の依頼は『ティファ・アディールの護衛』
しかも仕事は護衛だけだというのに給金は破格。
何故ティファという娘にそこまでこだわるのだろうか。
ウィッツには皆目見当もついておらず、それは話を始めたロアビィも同じだった。
「それにあんなに強そうな局員の方々連れてるのに、俺達みたいなフリーの魔導師雇うのも解せないんだよねぇ」
「裏があるってか?」
「ま、そういうこと」
「……ジャミルが何を考えてるか知らないが、俺には関係ねぇや」
理由を知った所で報酬を貰ったら即さよならだしな、と付け加える。
契約云々以前に、ウィッツは時空管理局と関わりたくないという強い思いがあった。
時空管理局の管理下に置かれたアフターウォーでは法が施行されている。
殆ど飾りに近い法とはいえ、バルチャーを営むにはその法律に則って管理局の許可が必要になるのだ。
しかし質量兵器の使用禁止や魔導師ランク取得などバルチャー認定基準がこの世界の住人にとっては厳しい為、ほとんどのバルチャーは無許可で活動をしている。
ウィッツも認定手続きが面倒だという理由で無許可バルチャーをやっており、時空管理局と行動を共にしている今現在もかなり居心地の悪い思いをしているのだ。
触らぬ神に祟り無しとでも言わんばかりに、ウィッツは再びソファーへ横になった。
そんなウィッツを見てロアビィが呆れたような表情を浮かべる。
「そいつは残念。彼女の秘密がわかれば、それをネタにして儲け話にでも」
「儲け話だぁっ!?」
完全に冷えたと思われたウィッツの態度が急速に加熱した。
ソファーから飛び起き、ロアビィにズイと詰め寄る。
金が絡んだ途端に豹変したウィッツの態度に驚きを隠せないロアビィだが、場所が場所だけに焦りを感じた。
「し、しーっ! 声が大きいよ。誰かが聞いてたらどうすんの?」
「聞いていたが、どうする気だ?」
ハッと口を抑えるが時既に遅し。
後ろから痛い程視線が突き刺さる。
目の前のウィッツの表情が引き吊っているのを見ても、後ろにいるのは話しを聞かれたら相当不味い人間だと言う判断はついた。
ロアビィは恐る恐る後ろを振り返る。
そこにいたのは怖い顔をした鬼……ではなく、腰に手を当てたシグナムとサラだった。
「全く、偵察に行くと呼びに来てみれば。油断も隙もあったものではないな」
「い、いやー……これはその、ちょっとした出来心で……」
「とにかく、キャプテンに報告します」
「ちょ、ちょっと待った!」
ロアビィは去り行くサラの腕を慌てて掴み、自分の方へと引き寄せる。
ジャミルに知られれば報酬を貰う前に追い出される危険さえあるのだ、かなり必死である。
しかしサラは煩わしそうにロアビィを睨み付け、捕まれた腕を振り払う。
「言い訳はキャプテンの前でどうぞ」
「怒ると、素敵な顔になるね」
「この状況でよくそんな口が利けたものだな」
身が危ないと言うこんな時まで口説き文句は忘れない。
そんなロアビィに呆れ果てるシグナムだが、サラは対照的に薄っすらと頬を染めた。
しかし厳しい表情が崩れることはなく、またすぐに部屋の外へと歩みを進める。
その時、またもロアビィの手がサラの腕を掴む。
「おい! 待てって言ってんだろ!」
「ちょ、ちょっと! 放して!」
「キャプテンキャプテン言ってるけどさ、あんたらだって何も知らされずにこんな偏境世界まで来てるんだろ!?」
「そっ、それは……」
確信を突く一言に今まで厳しかったサラの表情が一変した。
目を逸らし、ばつが悪そうな顔でうろたえている。
ロアビィはサラの腕を放し、今度は打先程とって変わった優しい表情を見せた。
「こっちだって命張って商売してるんだ。……せめて、あのティファとかいう娘のこと、知りたいと思うんだけどね」
「そ、それは……」
「シグナムさんもそう思わない?」
「全く思わんな」
即答。
シグナムにも自慢の話術で賛同してもらおうと企てていただけに、思わずロアビィは肩を透かしを食らう。
「私は主はやてを信頼し、主はやてが信頼したジャミル提督に全幅の信頼を寄せている。そのジャミル提督の事だ、何か考えがあってのことなのだろう」
「これは、見上げた忠誠心で……。でも、こちらとシグナムさんみたいにキッパリ割り切れるような性格してないんでね」
ね? とサラに微笑みかけるが、彼女は浮かない顔のまま何も答えない。
それはシグナムのように無償でジャミルを信用出来なかったことへの自己嫌悪によるものか。
はたまた、副官である彼女に何も教えてくれないことへの寂しさか。
結局ロアビィの言葉に何も返せぬまま、サラは無言を貫き続けていた。
ガロードがティファを連れ去ってから数時間。
二人は逃げ込んだ森の中で焚き火を前に並んで座っていた。
木々に囲まれた森の中だけに、月の明かりは入って来ない。
揺らめく炎の明かりだけが二人の顔を照らし出している。
「ティファ。君って、あいつらに捕まるまではどこにいたんだ? それに、あの不思議な力は?」
ティファに話し掛けながら、ガロードは焚き火の中へ拾ってきた小枝をくべた。
だが、ティファは答えない。
沈黙の中、枝の爆ぜる乾いた音だけが暗い森の中に響く。
「魔法、じゃあないよな? もしかして、前の戦争の時にいたっていう超能力者って君みたいな人だったのかな?」
再びガロードはティファに問う。
だが、やはりティファは答えなかった。
上空で透き通った風が吹き、頭上から木々がざわめく音がする。
雰囲気も手伝ってかその音は非常に不気味に聞こえた。
「なぁ、ティファ。黙ってちゃ何もわからないよ」
焚き火の暖かな光を眺めながらポツリ呟く。
そして沈黙が三度二人の間に落ちるかと思われた時だった。
「私は」
「え?」
殆ど自分からは何も喋らなかったティファが、ガロードに話し掛けてきたのだ。
軽い驚きに顔を横へ向けると、ティファと目が合う。
吸い込まれそうな紺碧の瞳がこちらに向けられていた。
「私は、あなたを知りたい……」
「ティファ……うん。わかったよ」
ガロードはティファからの意外な質問を嫌な顔一つせず快諾した。
気持ちの何処かで、ティファのことも知りたいが、自分のことも知っておいて欲しいと思っていたのかもしれない。
視線を再び焚き火の方へと戻し、ガロードは語り始めた。
「俺が生まれたのは、ちょうど戦争が終わった年だった……」
親父は軍に籍を置く技術者だったけど、戦争で死んじまった。
物心ついた頃って、まだめちゃくちゃだった。
太陽なんて出てないし、ずっと冬みたいだった……。
なんだかんだで、友達も半分くらい死んじゃったし。
やっと春が来るようになって、俺は時空管理局の技師になろうと思ってたんだ。
親父の血を継いだらしくって、昔っからそういうのが得意だったから。
それに管理局なら才能次第で子供でも雇ってくれるし。
でもある日、町は流れの魔導師の一団に襲われて……。
酷い有り様だった、ホントに……。
俺、昔から魔法の素質だけは全然なくてさ、何にも出来なかった……。
だから、そんな俺が助かったのは奇跡だった。
いや、あの時、俺は一度死んだんだと思う。
「……へっ、それでふっ切れちゃってさ。今みたいなお仕事になっちゃったってわけ」
「悲しい時代……」
「えっ?」
「思い出も、悲しい……」
そっと、ティファが自分の手をガロードの手に添える。
手自体は、少し冷たい。
しかし、何処か温もりを感じさせるその感覚にガロードの心は解きほぐされてゆく。
「私も、独り……」
「ティファ……」
ガロードは再びティファの瞳を見つめた。
先程は綺麗だと感嘆しただけだったが、今度は少しだけ違う。
ガロードの過去を知ったからか、深い悲しみの色がそこにはあった。
涙など一滴も零れ落ちていないのに、悲しみを感じさせる深い瞳。
その不思議な色に、ガロードはただただ見入っていた。
「暖かい、手……」
「え? ……うぇっ!? うわぁっ!!」
今更ティファに手を握られていることに動揺し、ガロードは慌てて手を離した。
気恥ずかしいやら嬉しいやら、思わず体が縮こまってしまう。
もちろん顔は沸騰したように赤くなっていた。
それが不思議なのか、ティファは小首を傾げる。
だが、次の瞬間その表情が強張った。
『Emergency』
「うわぁっ!?」
GXの警告と同時にティファがガロードを押し倒した。
突然の出来事に目を見張るガロード。
が、目の前を魔力弾が通過し、背後の森に着弾した瞬間全てを悟った。
自分達はまたも襲撃されていると。
「だ、誰だっ!?」
魔力弾が飛んで来たであろう方向を警戒しながら凝視する。
木々の間に魔力の光が見えた。
それはゆっくりゆっくりとガロード達の下へ近づいてくる。
森の中から出て来たのは一人の女バルチャーだった。
そして光は女の持っていたデバイスの魔力刃だと分かる。
「フフフ。お宝を見つけたよ?」
ガロード達を見つめ、女バルチャー――ヴェドバは妖しく微笑んだ。
魔力光が照らすその笑みは、背筋が凍るほど気味が悪い。
「さようなら、坊や達……」
弱者への慈悲でも掛けているつもりなのだろう。
そう囁くとガロード達に掌を向け、拳大の魔力弾を生成した。
GXを起動させようとするガロードだが、ヴェドバが魔力弾を撃つ方が早い。
ヴェドバがそのまま魔力弾を二人に放とうとした刹那。
ヴェドバが出ていた方とは全く違う方向から魔力弾が飛んで来た。
魔力弾はヴェドバとガロードの間に着弾し、凄まじい砂煙が両者を分かつ。
「なっ! 同業者かい!?」
「い、今だ! GX、行くぜ!!」
『Drive ignition』
砂煙の中、すぐさまティファを背に隠れさせガロードは叫んだ。
同時にガロードの体が光に包まれる。
僅か数瞬で光は弾け、バリアジャケット姿のガロードが姿を現した。
光が弾けた衝撃で立ち上がっていた砂煙も晴れる。
だが、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「こっ、これはっ! なんて数の魔導師だ!?」
前から、右から、左から。
裕に50は超えるバルチャー達がガロードを狙っていた。
正確には、ガロードの持つGXを。
アフターウォーの大部分である闇を生きる人間は、何もバルチャーだけではない。
情報屋という人種もこの世界において幅を利かせているのだ。
二人が森へ逃げ込んで来た時に茂みから二人を観察していた人物もそんな情報屋の一人。
ガロードは運悪くもGXを所持している所を見られ、バルチャー達に広められてしまったのだ。
「くっ! 渡してたまるかぁっ!」
「うわぁっ!!」
『Round shield』
商売敵の登場に焦ったヴェドバがガロードへ襲いかかった。
辛うじてGXのオートガードにより魔力刃を防ぐ。
しかしいくらデバイスが高性能でもガロードは魔導師として素人だ。
GXに頼り切りで生み出したラウンドシールドは本来の強度の半分にも満たない。
貧弱な障壁はヴェドバの魔力刃によって火花を散らしながら着実に罅を入れられてゆく。
「フッフッフッ……もらったよ!!」
「まだ……まだぁ!!」
『Rifle form』
ガロードの叫びに呼応するようにGXが魔力の光を纏った。
操縦桿の姿は見る見る内に変わってゆく。
光が晴れた時、ガロードの手の中にあったのは白いライフル銃だった。
障壁を維持したまま銃口をヴェドバに向ける。
「ふんっ! 障壁の越しに狙ってどうするつもり」
「食らえ!!」
『Shield buster』
次の瞬間、勝ちを確信していたヴェドバの鳩尾に拳大の魔力弾が直撃した。
障壁として利用していた魔法陣を魔力構築に利用したのだ。
ヴェドバの余裕に満ちていた表情は一瞬で苦痛に歪む。
「がはっ!!」
肺からすべての空気が吐き出されたような錯覚に襲われながら吹き飛ばされるヴェドバ。
そのままの勢いで木に激突し意識を失った。
素人の放った弾とはいえ、ほぼ零距離で射撃魔法を食らったのだ、無傷で済むはずもない。
「よ、よし、まずは一人……うわああぁ!!」
ヴェドバを退け一安心……とは、他のバルチャー達が許さなかった。
同業者が倒れたのを機に、周りで様子を見ていたバルチャー達が一斉にガロード達に攻撃を開始してきたのだ。
罅の入ったラウンドシールドが雨粒の様に飛んでくる弾を防ぐが、いつ消滅してもおかしくない。
(くっ! これじゃあいくらガンダムでも……!)
GXを強く握りしめ、反撃できない歯痒さを押さえつけるガロード。
これだけたくさんのバルチャーに囲まれれば、負けは目に見えている。
それに人数も去ることながら、相手は場数を踏んだバルチャー達。自分は初心者。
絶望的だ。
もしガロード一人であったならば、何が何でも逃げようとしていただろう。
「……って、弱音吐いてる場合じゃねぇよな!」
しかし、今のガロードは一人ではない。
守りたい存在が自分のすぐ傍にいるのだ。
有りっ丈の気合いを籠め、ガロードはライフルフォームのGXの銃口をバルチャー達に向けた。
「こんなところで死んでたまるかっ!」
狙いも付けずに引き金を引く。
人数が人数だけに狙いが定まらずとも弾は当った。
「死ぬもんかっ!!」
無我夢中になって引き金を引く。
魔力弾が放たれる度にバルチャーは一人また一人と倒れていった。
「死なせるもんかあああああっっ!!!」
とにかく一人でも多く倒し活路を開く。
自分の後ろに隠れているティファを守るの為に。
ガロードは引き金を引き続ける。
(ガロード……)
10人ほどのバルチャーがガロードの射撃によって気絶した頃。
ガロードを守っていた障壁についにガタが来た。
度重なる攻撃に耐え切れなくなったラウンドシールドは砕け散り、魔力弾の直撃がガロードを襲う。
「うわぁぁぁっっ!!」
バリアジャケットの強度があったお陰で痛みは耐えられる位だが、衝撃は緩和できない。
必死にその場に止まり反撃に出ようとするが、思ったように体が動かないことに気がつく。
慣れない魔力弾の連射にガロードの精神も限界を迎えようとしていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!ジ、GX!」
『Round shield』
少しでも時間稼ぎをとなけなしの魔力で再び障壁を構築する。
が、構築された障壁は点滅し、今にも消えそうなほど頼りないものだった。
これが消えれば、本当にガロードには打つ手がなくなる。
「く、くっそぉ……これまでか………?」
「ガロード」
「えっ?」
ガロードが今度こそ諦めかけたその時、彼の背に隠れていたティファが口を開いた。
命の危機が迫っているというのに、彼女の声は落ち着きを放っている。
「あなたに、力を…」
「力? 力って一体……?」
ガロードが聞き返す声も聞かずティファは不意に目を閉じた。
何かを感じているのか?
理解に苦しむガロードだったが、変化はいきなりやって来た。
『ニュータイプによるシステムロック解除確認。サテライトシステム起動』
GXが告げた瞬間、ライフルフォームだったGコンはデバイスフォームへと戻った。
「な、なんだ!?」
『Satellite form』
「うわぁ!?」
変化はそれだけでは終わらなかった。
再びGコンが変形し、小型画面と透き通った緑のレンズ部が現れる。
更に発動させていない筈のリフレクターウイングの翼までもが出現。
極めつけは、ただ背負っているだけだった巨大な砲身が稼働し、ガロードの右肩を陣取ったのだ。
連続する変化について行けないガロードの前に、今度は空間モニターの画面が現れる。
そこには細かな文字とともに、こう記されていた。
『SATELLITE SYSTEM GX-9900 NT-001』と。
「サテライト…システム……? これが、その力なのか?」
その問いに小さく頷くティファ。
元の性格の為だろうか、それとも例の不思議な力で勝利を確信しているのだろうか、表情に不安や焦りは見て取れない。
しかしガロードにとっては些細なことだ。
諦めるくらいならとGXを強く握りしめた。
「よぉし……行くぜっ!」
『フラッシュシステム起動。メインシステムとの魔力リンク接続。初回ユーザー登録を行います』
丁度その頃。
ティファの捜索を再開したフリーデンが、今まさにガロード達が戦闘をしている森へ近付いていた。
戦闘と思わしき光を見つけ、もしやガロードではないかと疑いを持ったからだ。
守護騎士一同と雇われ組は偵察に行っているため、ブリッジには緊急時に襲撃できるようはやてが待機している。
「キャプテン、そろそろ戦闘区域に……あら?」
「どうしたですか?」
管制の手伝いをしていたリインがサラの疑問符を浮かべた声に反応する。
「あ、いや、戦闘中だと思われる魔導師一体の魔力値が規則的に上下しているの。どこかと通信でもしているのかしら」
「なに!? まさかっ……!」
「? ジャミル提督?」
「至急偵察に出ている守護騎士達を呼び戻せ!!」
「は、はいです!!」
様子が急変したジャミルに驚きつつも、リインはすぐにシグナム達と通信を始めた。
ジャミルは落ち着きを失い、体を震わせながら拳を握る。
脳裏に過るのは15年前の悪夢。
(やめるんだ! ティファッ!)
強く念じるジャミルだが、頭を駆け巡ったのは激しいノイズだけだった。
同時に、横にいたはやてが月から伸びる一本の光を視認する。
「なんや、あれ……?」
『ユーザー登録完了。魔力受信用ライン精製』
GXを銃を撃つように構えると、月から伸びてきた魔力ラインがレンズ部に直結した。
空間モニターの内容が文字から射撃照準へと変わり、ガロードの狙いと照準の中心がリンクする。
「次っ! 4.03秒後に……月の魔力!?」
「……来ます」
ティファの言葉の直後、膨大な月の魔力が魔力ラインを通してGXへと流れ込んできた。
同時にGX内蔵された小型画面にリフレクターウイングと全く同じ形のケージが現れ、魔力のチャージ量を逐一表示する。
ガロードの背のリフレクターウイングも更なる輝きを放ち、それに怯んだバルチャー達は思わず攻撃を中止した。
歴戦の勘から逃げ出す者も少なくない。
魔力を受けているガロード自身も、デバイスから伝わる魔力の強さにGXを握る力が強まる。
『ライン精製及び受信成功。チャージ完了までのカウントダウンを開始します』
「キャプテン! 例の対象魔力値が大幅に上昇しています!!」
「くっ! ティファよ……!」
ノイズと闘いながらティファに呼びかけるジャミルだが、返答は全くない。
遂には耳から鮮血が垂れ出してきた。
「は、はやてちゃん……」
「誘拐事件は起こるわ月からレーザー光線が降ってくるわ……今度は一体何が起きるって言うんや……」
不安げな表情を浮かべて近づいてくるリインを軽く抱き寄せ、はやては深く溜息をついた。
しかし、不安を抱えているのははやても同じだ。
ジャミルの只ならぬ様子を見ていれば、これから何が起こるのか想像がつかなくても恐怖を掻き立てられる。
何かとんでもないことが起こる。
フリーデンクルー全員が緊張に包まれた。
『Three』
――秩序の崩壊したこの世界にあって、頼れるのは己の力だけである。
生きるためには、戦わねばならないのだ。
確かに戦争は終結した。
だが、一人一人の戦争は、まだ終わってはいなかった。
『Two』
だから人は力を求めた。
己の欲を満たすため、己の大切だと思うものを守るため。
ただ我武者羅に力を求めた。
手に入れた力は争いを招くと知っていて、それでも人は力を求めた。
そして、人が求めた力によって……
『One』
悪夢は再び蘇る――
『Count zero』
「撃つなあああああああああああああ!!!」
「行けええええええええええええええ!!!」
『Satellite cannon』
奇しくも、ジャミルの叫びとガロードが引き金を引くのは同時だった。
瞬間、サテライトキャノンの砲口から眩い『光』が噴き出す。
噴き出した『光』は一本の巨大な束となり触れたもの全てを飲み込んでゆく。
草花が、木が、暗闇が、人が、全て例外なく。
『無慈悲』という言葉が最も当てはまるのだろう、その光の前には如何なるものも抵抗を許されなかった。
「うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして光の爆心地であるガロードの視界も光に包まれてゆく。
まるで自分の体が消えてゆくような感覚。
広がってゆく無音の世界。
目の前の現象を全く理解することが出来ず、ガロードはただ叫ぶしかなかった。
――ティファの異変に気付かずに。
かくして、森は数分も経たないうちに光に溶けた。
強い恐怖のみを感じる、死の光に。
『GX-9900 ガンダムX』
15年前一つの世界を滅ぼしかけたデバイスの名である。
―PREVIEW NEXT EPISODE―
復活したサテライトシステムにより、多くの人間が死に、ティファの心は深く傷ついた。
時空管理局の精鋭達により捕えられたガロードは、GXを奪われ監禁されてしまう。
そして他方では、大いなる悪意が静かに動き始めていた。
第三話「私の愛馬は凶暴です」
最終更新:2008年04月29日 09:20