巧の山をも揺るがせるような雄叫びが引き鉄となり飛行型ガジェットドローンが動き始めた。
一体一体が分散して空中を飛び回り巧を攪乱しながら砲撃を開始する。
「時間稼ぎかよ……させっか!」
相手の意図を決めつけた巧は魔力を両腕に集めながら相手よりも素速く動き間合いを瞬時に詰める。
"Faiz Edge Twin Mode"
魔力から生成したスフィア――巧はブラッドスフィアと名付けたそれの形状を球体から瞬時に変化。
かつてファイズだったころに愛用していたエナジーブレード、ファイズエッジとなった。
砲撃の雨を回避しながら接近し両手に一本ずつ握ったそれを敵に向かって奮う。
紅き光の剣が振り抜かれる度にガジェットは翼を切り落とされ、あるいは中心から両断されて落ちていく。
さすがに攻撃を全弾回避とはいかないが当たってもバリアジャケットの力で攻撃はほとんど通らない
「動き回ってるだけで……疲れさせるようなことしやがって!」
周囲のガジェットに気を配りながら巧は勝手に近づいてくる敵のみを攻撃対象にした。
動き回る敵をいちいち追いかけても面倒くさいのと何より時間を浪費したくない
(近づいた連中だけを仕留めていけば、自然に片づけられる……)
相手はどうやら一定の距離を保つように設定されているわけではないらしい
ただ動き回ってこちらの動きを攪乱するだけに設定されているようなので
動いていれば自然に敵とすれ違うことが多い、巧はその瞬間を見切って斬るだけだった。
「……動きが変わる?」
その考えを見抜いたのか約半数が巧によって切り裂かれ海に落ちていった頃、集団が間合いを一度離す。
15機ほどで編隊を組んだガジェットドローンⅡ型が巧に向かって機銃を放ちながら一斉に突き進んでいく。
肉眼で確認した巧は直線的な攻撃を難なく避けると自分と敵の間に先ほどのブラッドスフィアを複数生み出し
"Phone Blaster Burst Mode"
そこからの高速直射弾の連射。変換された魔力の弾幕でガジェットドローンを次々と貫いていく
順調だ……だが何かがおかしい、飛行魔法はまだ保っている。それ自体に特に問題はない
しかしこちらの防御力が高いとはいえ痛むほどのダメージもないのはおかしい
接近して斬る時も特に違和感は起こらず切り裂けた……そこでようやく敵の特徴のこと思い出す。
「攻撃だけじゃなく無効化フィールドも弱い……まさかこいつら、欠陥品か?」
バーストモードにAMFを貫通する機能はないことを知っている巧はそう予測を立てるが実際はわからない。
ともかくフォンブラスターで貫いたガジェットは約9体、他のガジェットも傷つけ満足な飛行を不可能にする
飛行バランスを崩したガジェットは回避もままならず巧の拳と蹴りによって破壊され地面に落下していった。
(ざっと1分50秒……釈然としないが、今はいいか)
敵を全滅させたことを確認し魔力を消費した巧は一度先ほどの場所に降りて休憩する
5分55秒の連続飛行制限時間を過ぎると全能力が著しく低下し始めるのを防ぐために必要だった。
しばらく休めば余裕もでてくるため巧は体力と魔力の回復に務めようとしたが
再び似たようなの敵の群れが接近、事態はそうそう都合よくいかないことに腹を立てながら向き直る
(……また来やがったか、人が休んでるところだってのに!)
次の飛行型ガジェットドローンが近づいてきたときにはまだ休み始めて20秒も経過していなかった
数は先程の倍以上はいる、この数を一人でやるには初心者の巧には分が悪過ぎた。
しかし無抵抗のままではすぐに取り囲まれて終わりとなってしまう。
そしてカリムから受けた『上空の敵をできる限り撃墜してほしい』という願いは守らなければならない。
他人に命令される度にその都度反発してきた巧だが頼み事をされたことは人生の中で数えるほどしかなかった。
今この状況で巧は頼られている、信頼されている……裏切る事を何よりも恐れる巧はその願いを叶えるしかなかった。
(しょうがない……できる限りは撃ち落としてやる)
巧は視界に入ったガジェットの大群を見つめながら再び複数のブラッドスフィアを周囲に生成する
ガジェットとの距離が縮まる、呼吸の音が煩いから殺した。全身から汗が噴出ているが拭う時間も惜しい
飛ばなければ若干余裕ができる、飛行時間をなるべく少なくするため多くの数をここで撃ち落とす
(来い……来い、来い。来いよ、来るなら来やがれ!)
普段大雑把な巧が神経をすり減らし、熱にすら耐えてまで慎重に狙いを定めようとしていた時だった。
「これは……? なんだ、どうしたんだ!?」
ガジェットの群れが唐突に上下に分かれた……その間で動かなかった、固まった機械が爆発する
何かが金色の横一線を空に描きそれに削り取られたかのように消滅していくガジェットドローンの群れ
目の前で起こったのか一瞬理解し損ねたがそれを削り取っていった何かの正体を目で追う
突如現れた金色の輝きが先ほどの巧以上の素早さで次々と敵を切り裂いていく姿がはっきり見えた。
上、右、下……巧の両目が忙しく動く、その速さに目が少し痛くなったが追えないほどではない。
その閃光の正体は黒いバリアジャケットに白のコートを纏う金色の髪の魔導師。
「しまった、先行し過ぎた……フォローがないけどこの数を一人で相手にできるかな」
その女性――時空管理局の執務官にして部隊では隊長を務める他法務や捜査指揮も担当していることから
機動六課一の働き者とも噂されるフェイト・T・ハラオウンが呟きながら周囲を見渡す。
不自然な魔力反応を感じたフェイトが見たその先にいた青年を見て驚きが表情に出てしまう
巧も敵をわずか数十秒の間に自分とほぼ同じ数を撃墜した女性を見て表情に出さず驚く
空から見下ろすフェイト、山岳から見上げる巧。二人の間の空気が張り詰めはじめる。
「そんな、あなたはこの間の!? なぜあなたが……なんでバリアジャケットを」
「まさかおまえが切り札……ちっ、まだ来やがるのか!?」
しかしその空気を機械であるガジェットドローンが読んでくれるはずもなく砲撃を巧に浴びせる
それを巧は反射神経だけで回避するが飛び過ぎた挙句にバランスを崩し崖から転落してしまう
「落ちる……危ない!」
「くっ……危ねえぞ、来るな!」
転落していく巧を助けようとフェイトが動こうとするが巧はそれを拒否する。
落下しながらも全く慌てなかった巧は同じく急降下してきた敵を狙って慎重かつ瞬時に狙いを定める。
"Phone Blaster Single Mode"
最長2kmの射程距離を誇る超高速直射弾が放たれAMFごと2体を貫通、撃破。
飛行魔法を行使して再び頂上に向かって登ろうとするが近づいてくるフェイトと至近距離でかち合う
(……見たことのないジャケットだけど、ちょっと趣味が悪いな)
(この白いコート……なんか意味があるのか?)
二人はお互いのバリアジャケットを見て何か口走ろうとするが慌てて押し込めた
フェイトが目の前に急接近した青年に驚きながらも先ほどのことについて質問する
「あなた、助けがいらないって……どうしてあんなこと言ったの?」
「あれくらいはいつものことだからな」
巧の言動が理解できなかったフェイトの問いに噴き出た汗を拭うついでに答える巧。
フェイトは巧の様子を窺うように見ているが巧の目はフェイトではなくどこか遠くを見ている
一方フェイトも何かに引き寄せられるような感覚を味わいながらも再び問うが
「あなたはいったい誰なの? 管理局の魔導師じゃないみたいだけど」
「あいつ説明してなかったのかよ、ったく……質問なら後にしろ、今取り込み中だ」
「じゃあこれだけは聞かせて……どうしてガジェットと戦ってたの」
「理由か? 頼まれたからだよ」
好意的な答えは帰ってこず、しばし睨み合ったまま動かなかったが数秒後に視線を離した
そのわずかな時間の隙にガジェットの包囲網が完成し2人は檻の中に閉じ込められた。
(もう少ししたらなのはも来てくれる……今はなんとかして切り抜けないと……)
(この数……無理して飛び続けなきゃならねえかもな……)
2人は再び向き直るが今度は様子見をする時間がないため簡単なやり取りだけを交わす。
とにかく自分達に与えられた任務を遂行するのを最優先とした。
たとえ未知の魔導師とはいえ不用意に相手をすることは任務には関係ないと判断
「空のガジェットを叩いて制空権を確保する! 顔色悪いけど、大丈夫?」
「無理って言えるかよ、この状況で」
「わかった。話はあとで……戦うわよ、今は!」
「ああ!」
『カートリッジロード、ハーケンフォーム』
"Faiz Edge Single Mode"
詳しい事はすべて後回しにして今は目の前の檻という名の障害を叩き壊すことに専念する
そう決めたことで余計な思考を省いた二人の動きはますます加速していった
ガジェットは駆け抜けるフェイトの雷光に引き裂かれ手に握られた武器で貫かれ次々と爆破されていった。
早朝からの慣れない鍛錬で疲労が溜まっている巧も奮戦して剣を使用、あるいは格闘で撃墜していく。
互いを知らないので連係こそ取れないものの近接戦闘を得意とする2人の力量がそれをカバーする
それに巧はいつも一人きりで戦ってきたので他人に協力されると自分の力配分を乱す可能性があった。
相手はAMFも攻撃も弱い、唯一褒められる機動性も高速戦闘を得意とする二人の前では意味もなかった
距離を離すも瞬時に詰められ砲撃も弾と弾の間を難なく回避され次々と落ちていく……一方的だった
飛行魔法に慣れているせいもありガジェットを落としつつも速度を上げていくフェイト。
しかし巧は制限時間を超えてから次第に速度が落ち動きにキレがなくなっていった
「大丈夫なの、君!?」
「……さあな」
「さあな、って……」
「いいからそっちに専念しろ!」
心配そうに見つめるフェイトの視線に構いもせず自分の限界を無視してガジェットを叩き落とす
高い場所にいるせいか息もだんだん苦しくなり飛行魔法の効果も失われていく
“アクセルシューター”
限界を超えて命の危険すら感じた巧の耳に入ってきた音声がその状況を一変させる
十数個にも上る桜色の魔力が残っていた8機近くのガジェットを一瞬で叩き落とすのが見えた
フェイトもその魔力反応を敏感に感じ取り放たれた魔力弾が放たれた方角を見据える
「! この反応は……なのはとみんなが来てくれたんだ!」
「誰だよ・・・おまえの味方か?」
「ううん、友達」
「即答しやがったな……まあいいか、後は任せる。俺の仕事は終わったしな」
「え!?」
救援が来たことでようやく安心した巧は飛行魔法を解除し地面に向かって落ちていく
フェイトは巧の行動に一瞬驚くがすぐに現れた魔導師と合流し空中のガジェットに対処し始める
協力するということを知らない巧も二人のコンビネーションが一級品であることを知った
一人で戦っていたときとは比べ物にならないスピードでガジェットドローンは数を減らしていく
これならもう大丈夫だ、そう巧が安心した瞬間を狙ったかのように予想外の攻撃が巧を襲う
地面に激突する寸前に一瞬だけ浮遊魔法を使って勢いを殺しゆっくり着地して任務完了
……少なくともそうなると巧は考えていた、それが甘すぎる考えだと知らずに
「―――いくよ、マッハキャリバー! セットアップ!!」
「へっ? お、おいちょっと待……ぐぁぁぁあがあぁああっ!!」
敵はガジェットだけとは限らない、人間さえも時として自ら害を成す可能性だってある。
自覚してはいないが際立った顔をしている巧の頬が同じく落下していた何かに踏まれていた
かろうじて確認できたのはその足にローラースケートのようなものがついていたこと
しかも運の悪い事にローラー部分で踏みつけられ頬の肉を抉られてしまったということのみ。
「えっ!? ひょっとして、今何か踏んじゃっ……ええーーーーっ!?」
(痛い、痛い……ってやべえ、このままじゃ落ちる!!)
青い短髪にはちまきをつけ、バリアジャケットを纏いながら自分の顔を傷つけたその少女が
巧が初めてこの世界に降り立った時に出会ったうちの一人で今は期待の新人フォワード。
奇しくもこの任務が巧と同じくデビュー戦であるスバル・ナカジマだと知ったのは
ローラーの痕が残った頬から流す血にも構わず近くの列車の上に無事着地してからだった
最終更新:2007年08月14日 14:03