―――――私は勇者なんかじゃない。
 偶然に世界の命運なんてのを託された、運が悪いだけの一般人さ。
 私に任された仕事は、本当は私以上に適任の奴がいるはずなんだ。
 例えば伝説の英雄とか、聖なる騎士とか、本当の勇者とか、な。
 だが運の悪いことにそいつは現れない。
 もしかしたら、はじめっからそんな奴はいないのかもしれない。
 だから勇者のふりをするのさ。
 強くもないのに、強がりながら。



 空が燃えていた。
 大地は裂け、炎が荒れ狂い、街を呑み込んでいく。
 通りを駆け抜けるのは名状しがたい異形ども。
 禍々しい鎧兜を纏った戦士達や、冒涜的な姿の怪物たち。
 誰の眼にも明らかだ。
 かねてより警告されていた通り『門』が開いたのだ。
 そして彼らは『門』を通って、地の底より這い出た存在。
 ――極めて古典的な名前で呼ぶならば、

 『悪魔』

 そう形容されて然るべきものであった。

 多くの住民が家に閉じ篭って全てが終わるのを待ち、
 或いは逃げるのに間に合わず、悪魔どもに無残にも殺されていく。

 そんな中、ただ一つの目的を持って駆け抜けていく者がいた。
 男だ。男が二人。
 1人は様々な苦脳を秘めた厳しい面構えの、平凡な男。
 身につけた衣服は僧侶か何かを思わせる、装飾の少ないそれだ。
 目前に立ちはだかるのは、つい先ほどまで市民を貪り食っていた怪物ども。
 その数は1匹や2匹ではない。あまりにも多すぎる。

「ダメだ、此方の道は奴らが多い! 回り道を――」

「そんな時間があるものか! マーティン、私が切り開く!」

 その男――マーティンと呼ばれた男の脇を、一陣の風が擦り抜ける。
 身を低くして一瞬にして通りを走り抜けたのは、まるで影のような男だった。
 黒い鎖帷子を纏い、頭をすっぽりと外套で覆った彼は、手にした武器を振り抜く。
 片刃の長剣――遥かな東方から伝来したと言われる、切れ味の鋭い代物である。
 皇帝直属の親衛隊のみが携帯を許されるそれを持っているという事は、この影は親衛隊なのだろうか。
 そう思う者がいるならば、あえて言おう。答えは断じて否だ。
 護ることよりも殺すことに長けた剣、とでも呼ぶべきか。
 およそ真っ当な剣術ではない。どれほどの敵を斬れば、このようになるのだろうか。
 断じて、親衛隊などという組織に所属する者の剣技ではない。
 凄まじい速さで縦横無尽に振るわれた刃が、次々に怪物どもの命を刈り取った。
 彼らは男の攻撃を受けるまで、その存在に気付くことすら無かったのだろう。
 あまりにも呆気なくバタバタと斃れ、屍を晒した。

 だが、それで終わりではない。
 終わりの筈がなかった。

 騒ぎを聞きつけた鎧武者達が、具足を鳴らして迫り来る。
 その数は遠目に見ただけでも――あまりにも膨大だ。
 男は躊躇しない。
 マーティンを背に庇い、悪鬼どもを睨みつけ、叫ぶ。

「行け、マーティン! ここは私に任せて、お前はアミュレットを神殿へッ!」

「しかし……ッ!」

「馬鹿者ッ! お前が死ねば其処で終わりだが、お前が神殿につけば此方の勝ちだ!
 何も奴らを殲滅するわけではない。『門』が閉じるまでの間だ。
 お前の鈍足でも、どうせ五分かそこらだろう。安心しろ。その程度ならば防ぎきってみせる」

 マーティンの顔に迷いが浮かんだのは明らかだった。
 それなりに長い付き合いだ。この人物の心根の優しさは、よく知っている。
 だが、彼は影のような男を見やり、そして押し寄せてくる悪魔どもを見やり、
 その全てに背を向けた。

「…………感謝する。アルゴニアンよ。君は、良き友だった」

「ああ。そうとも、マーティン」

「……」

「お前は良い友だった」

 会話はそれで終わった。マーティンは走り去り、影は残る。
 そうして影は外套の内側で薄く笑うと、それを跳ね除けた。
 露になったのは人の頭ではない。似ても似つかぬ蜥蜴の其れだ。
 アルゴニアン――辺境に多くが暮らし、帝国人から忌み嫌われる種族。
 遥か昔には奴隷として使役された事もあるアルゴニアンだったが、
 それでも尚、彼は人々が好きだった。
 何よりも、あのマーティンという男は気に入っていた。
 躊躇わずに命を賭け、こんな場所にまで付き合うほどには、だが。

 刃を構える。
 なぁに、不可能な事ではない。難しいことでもない。
 このくらいの窮地ならば、過去に幾度となく乗り越えてきた。

「さあ来いデイドラどもッ! 生きてれば一度は死ぬものだッ!!」

 アルゴニアンの挑発に対し、悪魔――デイドラの軍勢が雄たけびを上げた。
 そして幾度と無く彼らの野望を打ち砕き、今この戦いに終止符を打とうとする男を滅ぼすため、
 幾百ものデイドラがこの路地へ押し寄せ、そして――




 ――――世界を光が包み込んだ。




 ――五年後。



 新暦68年 某月某日
 日本 海鳴と呼ばれる土地。

 深夜。時計の短針が十二を通り過ぎ、一を示す頃合。
 喫茶店『翠屋』には多くの人物が集まり、そして眠っていた。
 ある者はカウンターに突っ伏すようにして、
 ある者はテーブルの下で丸くなり、
 ある者は大きな犬にしがみついて。

 『高町なのは復帰記念パーティ』

 ようやく復帰した少女――彼らの大事な存在の帰還を祝うため、
 殆ど朝から晩まで騒いだ結果が、これである。

「もう、みんな酷いなぁ……。好き勝手に騒いで、勝手に寝ちゃうんだもん」

「仕方ないよ、なのは。それだけ皆、なのはが帰ってくるのを待ってたんだから……」

「うん、それは……わかってるんだけど、ね」

 今起きているのは、この二人。
 主賓である高町なのは。
 そして彼女の一番の親友であるフェイト・テスタロッサ・ハラウオン。
 悪戯っぽく笑いあいながら、幸せそうに眠りこけている仲間達を見やる。
 本当に幸せだ。
 自分達には家族がいて、友達がいて、仲間がいて。
 こうして何かにつけて祝って、騒いでくれる。

 だが、それもしばらくは見納めだ。

「なのは、その――」

「もぅ、心配性だなあフェイトちゃんは! クロノ君もだけど……。
 ひょっとして、お兄ちゃんに似た、とか?」

「なのはぁっ!」

 にゃはは、と笑って誤魔化すなのはを、フェイトは怒りながらも心配そうに見つめた。
 彼女がとてつもない大怪我をしたのは、一年前になる。
 だが、一年もかけねば治らないほどの負傷だったのだ。
 そして――まだリハビリを終えたばかりなのだから。

「私のことなら気にしなくて良いよ、フェイトちゃん。
 もうすっかり元気だし、前みたいな無茶はもうしない。
 それに――フェイトちゃんの執行官試験の方が大事なんだから!」

 そう、執行官試験。
 今まで二度受けて、フェイトは二回とも不合格になっている。
 本人は頑なに否定するだろうが、なのはの事故が影響しているのは間違いない。
 だが――……だからと言って、果たしてこのような事になっても良いのだろうか。

 ―――――話は数日前、高町なのはが退院する、その直前にまで巻戻る。

 退院準備の為、荷物を鞄に纏めていた彼女とフェイトの前に、クロノ・ハラウオンが現れたのだ。
 勿論、彼にとって最も大切な目的は、友人であるなのはの退院を祝う事だったが、
 それ以外にもう一つ、極めて重要な用件を抱えていた。

「「タムリエル?」」

「そう、第23管理外世界。現地の言葉で『タムリエル』と呼ばれている。
 文明ランクは――地球やミッドチルダよりもだいぶ低い。中世クラスだろう。
 ただ魔法に関しては正直想像がつかない。これまで、さして注目もされてなかったからね」

「これまで、って事は……今は注目されているの?」

 ああ、とクロノは頷いた。
 タムリエルは地球など他管理外世界と同様、次元宇宙に接触する技術を保持していない。
 そう思われていたのだ。――これまでは。

「事件が起きたのは新暦63年。なのはやフェイトと逢う二年前だ。
 タムリエルで大規模な次元震が確認された。
 その規模は――恐らく、史上最大。
 まず間違いなく『二つの世界が完全に繋がった』ような状態だった筈だ」

 それほどの大事件でありながら、事件の詳細は確認されていない。
 いや、できなかったのだ、とクロノは語った。

「次元震動が確認されてから一時間と経たず、それは消滅してしまったんだ。
 単なる偶然なのか、或いは人為的なものなのか、まるで判らないまま。
 そして、その後の調査も不可能だった。
 結界……とでも言うのかな。外部からの干渉を遮断するバリアが張られていたのさ。
 まあそんな事が可能な魔法技術があったなんて思いもよらなかったから、
 管理局のこれまでの調査が如何に杜撰だったか、って問題にもなったけど、
 とにかく、その世界への干渉は不可能だったんだ。ところが――三日前に、そのバリアが消滅した」

「それって……つまり、また同じ事が起こるかもしれないの、クロノ君?」

「ああ、そうだ。これは極めて重大な調査になる」

「でも、何で私と、なのはにその話を?」

「……つまり、なのは。君のSランク取得試験内容は『管理外世界タムリエルの調査』。
 そして、フェイト。君の執行官資格試験もまた『管理外世界タムリエルの調査』なんだ」


 ――魔法少女リリカルなのは The Elder Scrolls 始まります。

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最終更新:2008年05月08日 19:45