この広い世界には幾千、幾万の人達がいて。
 いろんな人たちが、願いや想いを抱いて暮らしていて。
 その願いは時に触れ合って、ぶつかりあって。
 だけど、その中の幾つかは、
 きっと繋がっていける。伝え合っていける。
 これから始まるのは、そんな出会いとふれあいのお話。




 ――――魔法少女リリカルなのはThe Elder Scrolls はじまります



 タムリエル。

 正確に言えばニルンと呼ばれる世界に複数存在する、大陸の一つ。
 その全土を支配している、セプティム朝タムリエル帝国の事を示す。
 つまり管理局の見解による『第23管理外世界』とは、この世界の一部でしかない。
 とはいえ、このタムリエルのみを『管理外世界』とする判断も、決して間違っているわけではない。
 何故ならタムリエルと他大陸の間に広がり、互いの交流を阻む「ムンダスの大海」とは、
 我々の認識する「水によって満たされた海」ではなく、異世界と半ば地続きとなっている「精神世界」だからだ。
 管理局風に呼ぶならば「ムンダスの大海」は「次元空間」と置き換えても良いのかもしれない。
 最も、非常に危険が伴うとはいえ通常船舶で航行が可能な以上、やはり厳密な意味で「次元空間」とは別物なのだが。

 結界に揺らぎが見られた時点より密かに調査を実施した結果、上記の通り、ある程度以上の情報収集に成功している。
 この世界の文明レベルは中世の封建社会に酷似しており、それほど進歩した技術などは持っていない。
 石造りの街並みが広がり、機械類は未だ出現せず、よって世界は「剣と魔法」によって支配、運営されている。
 しかしながら魔法技術に関しては、時間や様々な技術的要因から調査は難航しており、現在の所は何も判明していない。
 だが、外部世界からの接触を遮断する結界。それも管理局に感知、解除できない結界。
 このような大規模魔法を行使できることから、その魔法技術は詳細不明なれども高度であると予想される。
 本任務は、その結界の基点であると思われるタムリエル中央、シロディール地方へと降下し、
 結界の揺らぎ――即ち大規模次元犯罪の前兆と思われる要因を調査し、可能ならば対応する事である。
 この異世界タムリエルは前述の通り、極めて未知の世界に等しく、その調査は多大な危険が伴うだろう。

「――――故にくれぐれも注意されたし、か」

 深い森の奥で、なのはとフェイトは出立前にクロノから言われた忠告を思い出し、小さくため息を吐いていた。
 成程、確かに注意力散漫であったかもしれない。
 タムリエル――シロディール地方に広がる森林の風景は、とても素晴らしいものだった。
 他都市に比べて多少なりとも自然の多い海鳴町は元より、ミッドチルダでも、こんなに綺麗な森は無いだろう。
 彼方此方から小鳥達の歌声が聞こえてくるし、青々と茂った木々の隙間から差し込む木漏れ日は、とても暖かだ。
 目を凝らせば林の奥には鹿の姿も見て取れた。周囲を探せば野兎なんかもいるかもしれない。
 そして何よりも、なのはが復帰したばかりであったし、二人っきりでの任務なんて本当に久しぶりだったのもある。
 ピクニック気分、とまでは言わなくとも浮かれていたのは事実だった。
 そしてこの世界で初めて人影を見かけて、ウキウキと話しかけてしまったことも認めて、なのはは頷いた。

「クロノ君、確かに私達が悪かったかもしれない」

 でもね。
 だけどね。

「こんな猫さんみたいな人に襲われるっていうのは、注意しようがないと思うの」

「猫じゃねえっ! カジートだッ!
 良いからさっさと金を出せ! 無けりゃ親御さんに出してもらうんだなッ!
 それも嫌だってんなら、ぶっ殺して身包み剥ぐだけだ!
 どっちにしたって手間は大して変わらねぇんだぞ!」」

 一方、吼える猫さんみたいな人――もといカジートの山賊は酷く頭が痛かった。
 カジートとは、つまり判りやすく説明するならば『猫の獣人』とでもするべきか。
 獅子か猫のような頭部を持ち、その体を覆う毛皮や、尻に生えた尾も獣のそれだ。
 そして何より特徴的なのは、その頭部に見合った瞳――暗視の力を持っているという事。
 その為、多くのカジートが盗賊や山賊へと道を誤ることが多いのだが、
 彼もまた、そうして犯罪者へと成り果てた――新米の山賊である。

 基本的に山賊、追剥の類は街道沿いの砦跡や、野営地に居座ることが多い。
 街道を行く旅人や何かは旅費を持っている事もあるし、良い稼ぎになるのだが――
 その一方で、山賊にとって酷く危険な場所でもある。
 数時間間隔で街道を巡回している帝都兵は、駆け出しの山賊にはとんでもない脅威なのだ。
 何せ帝国軍正式採用の鋼鉄鎧は酷く頑丈であり、その技量は並々ならぬものがある。
 まともに戦ったのでは当然太刀打ちできないし、隠れていても見つかるのが関の山だ。
 当然、駆け出しの山賊である彼にとって、街道沿いはリスクが高い。

 そこで彼は帝都南方に広がるグレートフォレストの、更に街道から南に外れたあたりを根城としている。
 洞窟や遺跡が点在し、新米の冒険者が訪れるこの辺りは非常に良い『穴場』なのだ。
 なにせ駆け出しの冒険者というのは新米の山賊と、たいして力量の差が無い。
 更には身に着けている装備は高く売れるし、上等な品だったら自分の物にしても良い。
 勿論、返り討ちにあう可能性だってあるのだが――今回に関しては、その心配はなさそうだった。
 何せ上等そうな衣服を身に着けた少女が二人、だ。
 杖を持っているのを見た所、魔術師の類かと思って警戒したが……呪文を唱えてくる気配も無い。
 というか、このシロディールでも見たことのない形の杖だ。
 噂に聞くMOD(意味は知らない。彼はモロウウィンド産だろうと見当をつけているが)とかいう品だろうか。
 何にせよ、高値で売り飛ばせるのは間違いあるまい。

「なのは、なのは。ひょっとしたら猫じゃなくてライオンなんじゃないかな」

「そっか……ごめんね、ライオンさん。間違えちゃったよ」

「だーかーらーっ!!」

 ああもうやり難いなァッ!
 まったくもって緊張感が無い。――どこぞの箱入り娘か何かだろうか。
 カジートの存在すら知らなかったようだし、そうと見て間違いは無い筈だ。
 噂じゃあ、レヤウィンの伯爵夫人は酷い異種族嫌いだとかで、
 折りを見ては異種族人を拷問にしかける――のだそうだ。
 まあ、其処まで過度じゃないにしろ、差別主義者に育てられた良いところの娘達。
 ――なんてところだろう。
 こうして威嚇の声を上げて斧を振り回してもまったく動じない辺りを見ても、
 やっぱり世間に慣れてないに違いない。

 ――そうやって声を荒げるカジートに対し、なのは達もまた途方に暮れていた。
 いや、確かに強盗に襲われるなんてのは二人とも初めての経験だったが、
 今までの人生――特にここ数年で――それに倍する程の修羅場を潜り抜けている。
 それに第一……その、何だ。持っている武器がデバイスでも何でもないただの鉄の斧では……。
 正直、バリアジャケットや防護シールドを抜けるとは思えないし……。
 彼の纏っている革鎧だって、此方の砲撃魔術に耐えうる品だとはとても……。

「どうしようか、フェイトちゃん?」

「この世界のお金なんて持って無いし――……」

「……泥棒さん相手だったら、お話を聞いてもらうのも、良いと思うの」

「それはちょっと、物騒なんじゃないかなぁ……」

「てめえら、何をごちゃごちゃ喋ってやがるッ!
 うるさ「いや、五月蝿いのはお前のほうじゃないか?」

 その声は、なのは達の背後から、本当に突然響き渡った。
 驚き、振り返った二人の前にいたのは――――影のような男。

 本当に今の今まで、彼が存在する事にまるで気がつかなかった。
 果たして何処からか転移してきたのだと言われても、疑う事は無かっただろう。
 或いは、ひょっとするとそれは、このカジートの山賊も同様だったのかもしれない。
 明らかに視線の先――視野に入っていたはずの空間に、突如現れた人物を、
 彼はこの世のものでない物を見るように見つめていた。

 何故なら、その腕には既に弓が引き絞られていたからだ。

 この距離だ。弓に矢をつがえる前ならば斧を持つカジートに分があった。
 だが、既に矢をいつでも発射できるのなら……話は別だ。
 よほど下手な射手でもない限り外すことはないだろうし、
 そしてこの男が『よほど下手な射手』である事に賭ける勇気は無い。
 だがカジートの山賊は、それでも精一杯の虚勢を張って叫んだ。

「なんだ、てめぇっ! 俺の獲物を横取りする気か!?」

「特段、そんなつもりは無いが。
 此方としては彼女達を見逃すのと、少し夢味が悪くなりそうでね。
 なので止めに入らせて貰った。
 良いから早く逃げ出す事をお勧めする。さもなければ君の頭を射抜くだけだ。
 ――どちらにしても、手間は大して変わらない」

 その最後の言葉――つまり『いつでも殺せた』という一言が、決定打だった。
 カジートは泡を食ったように斧を放り出すと、一目散に街道のほうへと走り出していく。
 当然の判断だったろう。それは、なのはとフェイトにも良く理解できた。

 この影のような男は、最初から見ていたのだ。一部始終を。
 そして――……三人が三人とも、その存在に気づかなかった。
 どれほどの力量の持ち主だというのか。
 ――若干12歳の二人には、とてもじゃないが見当がつかない。

「……やれやれ、まったく。
 ガードの奴ら、鹿狩りには熱心な癖をして街道外の山賊退治は……。
 君達、二人とも怪我は無いかい? 
 どこの出身だか知らないが、街道や街から離れない方が良いぞ」

 そう言いながら近づいてくる男に対して、二人は礼を言うべくその顔を見上げ――そして固まった。

 クロノ君。確かにクロノ君の言うとおり、この世界は色々とわからないことが多いみたいです。
 だって、その、さっきの猫さんにも驚いたけど――この人。
 助けてくれたし、すっごく優しそうな声なんだけれど、そのお顔が――……。



「「……蜥蜴さん?」」



 ……アルゴニアンだ、と蜥蜴頭の男は、苦笑しながら訂正した。

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最終更新:2008年05月14日 06:39