【LYRICAL PSYCHIC FORCE StrikerS】

♯PROLOGUE:SIDE - PSYCHIC FORCE

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━━針葉樹が生い茂る広大な昏い森の中、
真昼の様に周りに連なる峰々を赭々と照らし燃え上がる一画を
離れた崖の上から見下ろし眺める男が一人━━否、その男は
十代前半の少女の様な面差しの少年を下から掬い上げるかの様に
両腕で自身の胸許に抱えているので二人か。
尤も少年の方は気絶でもしているのか、僅かに胸は心臓の鼓動に合わせるかの様に
緩やかに上下してはいるが瞼は閉じられ身体はぐったりと力無く弛緩している。
少年を抱えて崖上から焔の園と化した曾ての居場所━━超能力集団・ノアの本部が有った辺りを
見下ろし眺めていた男は、焔に焙られ生じて離れていてもそこまで届いている薄熱い風に
襟足で馬の尻尾の様にひとつに括った艶やかな黒髪と纏っている派手な柄のスーツの裾をはためかせながら、
口許に愉悦めいた微笑を浮かべつつ言葉を紡ぐ。

「……此れで、後顧の憂い無く私は新たな舞台へと移る事が出来ますね」

男の言葉には、数多の曾て同胞と呼んだ者達が死んだで在ろうこの崩壊が
自分が望んで招いた事に対する罪の意識は一片も含まれてはいない。
それどころか、その響きには“次”へ進む事への愉しみしか滲んではいない。
そんな男の後ろの森の中から、葉擦れの音を極力抑えつつ別の男が歩み現れる。
巌の様な体躯に猛々しくセットした髪、額から顔の左半面を大きな傷痕が刻まれている
その剛毅な男は、先程から崖上に居るスーツ姿の男から数歩離れた辺りで歩みを停めると、
スーツ姿の男に向けてぞんざいに声を掛ける。

「俺が言うこっちゃ無ぇけどよ、本当に良かったのか?
 えぇ、ノア参謀のリチャード・ウォンよ」

リチャード・ウォンと呼ばれたスーツ姿の男は顔だけを僅かに振り向いて、
声を掛けて来た貌傷(スカーフェイス)の男に言葉を返す。

「『元』参謀ですよ、ガデス。━━寧ろ好都合でしたよ、キースの下では様々な意味で
 もう先は有りませんでしたからね。それに、次の売り込み先にももう内定は採れていますからね。
 それよりもガデス、頼んでいた事は終らせて載けていますか?」
「応、『色々と』回収は終えてるぜ。アンタに着いて行く事にしたサイキッカー2012人その他
 全員避難はさせて有るぜ。で、売り込み先ってなぁ何処なんだ? 前から噂が有った、
 俺等サイキッカーを目の敵にしてたこの国の軍か?」

ウォンがガデスと呼んだ貌傷の男が訝しげに訊いて来るのに対して、
ウォンは顔半面だけを向けた姿勢のままで応える。
その容貌に掛けられている丸いフレームの黒縁眼鏡のレンズは
赭々と猛る焔の光を反射し、その向こうに在るウォンの眼差しを窺う事は出来無い。

「いえ、この国の軍よりも━━この世界よりも広い世界を統べる軍組織が
 新たな私達の舞台ですよ。そろそろ、向こうから迎えが来る頃ですよ」
「何だそりゃ?」

ガデスが困惑した様に首を傾げると同時に燃え盛る元ノア本部の上空の空間が歪み、
直後に蒼白い閃光が疾りそれが収まると星明かり散りばめた漆黒の夜空には
一隻の艦(ふね)が静かに飛空していた。

突然の飛空艦の出現に驚いたガデスが即座にウォンに訊く。

「おいウォン、何だありゃあ!?」
「あれが私達の新たな舞台━━時空管理局からの迎えの次元航行艦ですよ。
 ほら、内火艇が出て来ました」

ウォンの言葉通り、虚空から現れた次元航行艦のコンテナと思われる辺りから
小集団を運搬するには適した大きさの小型艇が離推する光景がガデスにも確認出来た。
尤も次元航行艦が現れた空域からこちらまでの距離は少し離れており、
内火艇がこちらに到着するまでにはまだ1~2分程の猶予が有る様に見え、
その間に訊ける事は訊こうとガデスはウォンに話し掛ける。

「で、察するにこの世界を離れて異世界に行くってみてぇだな?
 ま、俄かにゃ信じられねぇが問題はそこじゃねぇ……
 向こうの世界でも、俺が存分に暴れられんのか?」

獰猛な笑みを浮かべてガデスは問いを口にする。
それに答えるウォンの口調は実に淡々としたもので有る。

「……向こうの世界━━次元世界と呼ばれていますが、その中でも時空管理局が統轄している
 管理世界でもサイキッカー問題は有るのですよ。それに、我々とは似て非なる能力体系
 『魔法』を駆使する『魔導師』が次元犯罪者として暗躍もしていますからね、貴方の出番には
 不自由はしない筈ですよ」
「そりゃ有り難ぇ♪……けど、やけに向こうの事情に詳しいじゃねぇか、ウォン?
 前々から時々姿眩ましてたなぁ、奴等と接触してたからかぁ?」
「正確には、ノアに参加する前からですがね。と、内火艇が着きましたね」

ウォンとガデスが話をしている間に内火艇は二人から数m離れた辺りに静かに着陸し、
機体側面半ばに有るハッチが開くと同時に展開されるタラップを数人の武装した隊員らしき者達が
駆け降りて来て直ぐに整列すると、その中でも隊長と思われる一人が進み出てウォンに向けて
直立不動で敬礼する。

「リチャード・ウォン空少将、御迎えに上がりました!」
「少将ぉ~?!」

隊長が口にしたウォンの階級を耳にして、ガデスが素っ頓狂な驚きの声を挙げる。
そのガデスの驚きの声を耳にした隊長は、憤慨して高慢な態度で食って掛かる。

「貴様、何者だか知らないが失礼だろうっ! リチャード・ウォン空少将は長年管理局に勤められ、
 かの『邪聖剣事件』を解決に導いた実績を経て今や技術部の総部長でも有らせられるのだぞ。
 口の利き方にも身の程を知れっ!」

「……っンだとぅ……!?」

隊長の態度に鶏冠にキたガデスのPSYエネルギーが瞬時に高まり、ガデスの周囲の空間が
重力で歪み出す━━と、そんなガデスと睨む隊長との間にウォンが入って微笑みながら執り成す。

「落ち着いて下さい、ガデス。━━ワーゲン三尉、君も早合点はしないで下さい。
 彼━━ガデスはノアから引き抜いた幹部級のサイキッカーなのですよ。
 口の利き方も、彼の好きな様にと私自身が認めているのですから良いのですよ」

双方共に未だ納得は行ってはいなかったがウォンのその言葉で一応は互いに矛を納め、
ガデスは高めたPSYエネルギーを鎮め、ワーゲン三尉と呼ばれた隊長は気を取り直して
退きながら部下に対して様々な指示を飛ばしている。

「……で、先刻から抱えてるそのガキはどうすんだ、ウォン?」

ガデスから見れば小物相手に諍いを引き摺るのも阿呆らしいとでも思ったのだろう、
ガデスは退く隊長にはもう視線も遣らずに再びウォンに問いを放つ。
別にガデスは少年の安否を気遣っている訳では無いが、その少年がS級の力を保持している
“MASTER OF LIGHT”エミリオ・ミハイロフで在ると知れば必然その処遇をどうするのか、
彼の傭兵としての感性が気にしていた。
何しろ、今保護している相手はウォンで在る。
もしかすれば、身内粛清用の兵器としてエミリオを“調整”してガデスの敵として
仕立て上げるかも知れないと云う懸念が拭い切れない。
対するウォンは、再び愉悦の混じる微笑を口許に浮かべてガデスに応じる。

「……今回の争乱で有力な手駒が幾つか機能停止してしまいましたからね、
 その穴を埋める為に彼には“処置”を施そうと思いまして。ブラドで培った
 人格制御処置の応用ですから、兵器としての質は落ちませんが少々開放的に
 なってしまいますか」

その様を想像してか、ウォンの口許に浮かぶ微笑にやや苦笑気味な感じが混ざる。
そして、そんなウォンの様を見てガデスは彼なりにそれなりの安堵を得た。
どうやらエミリオを身内粛清用に調整するつもりはウォンには無いらしい。
だが、ウォンの命令ひとつでそう変貌出来る様に何がしかの仕込みは施す可能性は高いが、
何、その時はエミリオがそうなっちまう前に不意討ちでも仕掛けて先にぶち殺しちまえば問題無ぇ、
とガデスはここまで考えて自身を納得させていた。

「……で、時空管理局とやらに入るとして、俺達の立場はどうなんだよ?」

ひとつの懸案をそれなりに解消したガデスは、次なる問いをウォンに投げ掛けた。
応じるウォンは、今度は淡々とした口調で答える。

「先ずは、今引き連れる二千人余のサイキッカーも管理局に登録して
 “管理局サイキッカー部隊”を編成します。勿論、私が司令官に就きますが。
 ガデス、貴方は其処で幹部待遇として迎えられます。
 ━━その次に、この二人が何やら画策している様ですので、それを利用して
 次の段階に進む計画ですよ」

そう言ってウォンが軽い念動力で自身の懐から取り出したフォト・チップから投射された
二枚の2Dホログラフ画像には、恰幅が良いながらもいかつい風情の壮年男性と、
褐色のボブヘアーに育ちの良さそうな明るい笑みを浮かべた美少女がそれぞれに写っていた。
二人共に堅い感じの制服を身に付けているが両方とも明らかに盗撮された撮され方で、
画像に添付されているメモデータにはそれぞれに「レジアス・ゲイズ陸中将(地上本部付)」と
「八神はやて三等陸佐(特別捜査官)」と名称階級が添えられている。

画像を見たガデスは極素直にウォンに問う。

「……で、コイツ等が何企んでやがんだ?」
「それは向こうに行ってから明かします。まぁ、直接には貴方には関係しませんから
 あまり気にする必要は無いですよ。それとも、舞台裏の細かい絡繰まで知らなければ
 舞台上で演技が出来無い程貴方は繊細な役者でしたか?
 “MASTER OF GRAVITY”地獄の傭兵、ガデス」

聞き様に因っては明ら様に馬鹿にしている様なウォンの台詞を、しかしガデスは
そうとは取らずに豪快な高笑いと共に軽く往して陽気に応える。

「ガハハハハ! 確かに、な。裏に何が有ろうと俺の邪魔になるなら
 纏めてぶっ飛ばすのが俺流だったな」

言いつつ、視線だけはウォンの眼を離さず欠片も笑みを含めず
用心深く見据えているのは、やはりガデスの傭兵たる所以か。

そんな遣り取りを数分程していた後に、先程の
ワーゲン三尉が二人に歩み寄って来て報告を告げる。

「ウォン少将貴下の二千人余は皆、転送で艦に収容終了しました。
 ですが……次元航行艦がこの次元に現れた際の極微弱な次元震動と
 この場に充満していた膨大なPSYエネルギーとが相互に干渉し合って、
 大規模な次元穴が意図せず開いてしまいました。
 これへの対処は如何致しましょう、ウォン少将?」
「その次元穴は何時まで開きっ放しになりますか?」

ワーゲン三尉に尋ねるウォン。

「試算では約30分間程かと……」
「自然には閉じるのですね、なら放って置きなさい」

淡々と応えるウォンの返答に、ワーゲン三尉は吃驚して
ノア本部が在った辺りを指差して尋ね返す。

「放って置くって……!? ですが、あの施設の中にまだ生きている人が居れば
 運良く一命を取り留めたとしてもそのまま次元漂流に巻き込まれてしまう可能性が高く……」
「この作戦は管理局の中でも上層の更に一部しか知らない、謂わば極秘任務です。
 これ以上長居をして他の次元艦艇に気付かれる訳には行きません。
 さぁ、早く私達も内火艇に乗せて撤収して下さい」

ウォンは一方的にそう告げると続けて何かを言い縋ろうとするワーゲン三尉を後に置いて、
エミリオを抱えたまま足早に内火艇に乗り込んだ。その後ろには、大袈裟におちゃらけた感じで
肩を竦めたガデスが続く。

その場に置き去りにされたワーゲン三尉は、燃え上がるノア本部の在る辺りと
黒く開いた次元穴とを見据えて数瞬逡巡すると、頭を左右に振って何かを振り切って
内火艇へと歩を進めた。

ウォン達を乗せた内火艇を収容した次元航行艦は、現れた時と同じく閃光と共に
虚空へと消え、それから約30分後に山の斜面に開いていた次元穴も閉じ、
唯、後には次元穴に猛焔をも引き剥がされ只々黒々とした燃え跡を晒すだけの一画が
ぽっかりと樹海の只中に開いているだけで有った……。


━━以上が、この次元に置ける“第一次超能力大戦”の知られざる顛末で有る。

そして、場面はもうひとつの序章━━これより半年後の
と或る場所へと向かう少女へと移る事になる……。

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最終更新:2008年05月21日 18:53