【LYRICAL PSYCHIC FORCE StrikerS】

♯PROLOGUE:SIDE - MAGICAL GIRL LYRICAL☆NANOHA StrikerS

□■□■□

「━━御免なカリム、遅なってもうて!?」

落ち着いた造りの高価そうな扉を押し開けて、
昼下がりの麗らかな陽射しが採光重視な造りの洒落た窓から注がれる
これまた品の良い風情に纏められた部屋の室内に
一人の少女が息急き切らせて駆け込んで来た。
少女は栗色のボブヘアーの毛先を吐く呼吸のリズムに合わせて僅かに揺らしながら
上気して薄らと朱を挿した頬の左側を伝う一筋の汗を自身の左手の甲で軽く拭い、
着ている渋茶色の時空管理局陸士制服の首許のネクタイを僅かに緩めつつ
先に室内で待ちアフタヌーンティーの準備を進めていた女性にゆっくりと歩み寄る。
カリム、と少女から呼ばれた待ち人は
カチューシャで軽く留められた癖の無い腰までの長さの艶やかな金髪を片手で軽く払いつつ、
身に纏うカソックに似合う柔らかな微笑みを以て少女を迎える。

「あら、はやてちゃん別に良いわよ。
 三佐になって今までより更に忙しくなったでしょうし、
 それに私とはやてちゃんとの間柄じゃないの。
 それとも、きちんと公私の区別は付けるべきかしら━━八神はやて三等陸佐殿?」

少女━━八神はやては、そんなカリムからの台詞受けて呼吸を整え終えると
同時に全身から過度の緊張を抜いた後にカリムが着いているティーテーブルの席の
対面の椅子に座り、それを見計らったタイミングでアールグレイを煎れたティーカップと
それを載せているソーサーをカリムははやての前の卓上に緩やかに差し出す。

━━此処は、ミッドチルダ北部・ベルカ自治領内に在る聖王教会本部内の
カリム・グラシアに与えられている執務室で在る。
今駆け込んで来たはやては、昨日にカリムから直接話がしたいと
誘いを受けてこの場を訪れていた。
カリムから直接話がしたいから来て欲しいと云う事は
大概が『直ぐに公には出来無いがどうすべきかをはやて等の
極親しい者と相談したい』と云う事で有る。
故に、はやては約束に間に合わせようと遅刻しながらも
こうして急ぎ馳せ参じたので有る。

出された紅茶をゆっくりと飲んで一息吐いたはやては
居住まいを正すと改めてカリムに向き直り、
挨拶と遅刻への謝罪を合わせてカリムに向けて頭を下げる。

「ほんまに堪忍なぁ。忙がしさを言い訳にはしとうないんやけど……
 確かに、今先刻解決させた事件の報告書の作成で遅れたんやもんなぁ……
 カリムには何でもお見通しやね」

たはは、と誤魔化し笑いをしながらカリムに謝るはやてを見て
カリムは内心で微笑ましいと思いつつも、同時に図らずも口にされた
はやての台詞に引っ掛かりを覚え、結果として何とも微妙で曖昧な微笑みを浮かべてしまう。

「お見通し、ね……本当にそうで在ったなら、
 何の杞憂も抱かなくて済むのかも知れないけれど……」

僅かに憂いを漂わせたカリムの様子を気遣って、空気の流れを変えようと
はやては幸先の良さそうな方向の話題へと重くならない口調で話を振る。

「前に話してくれた予言の件、やね。去年も同じ内容の予言が現れた言う……
 けど、それに対処する為に『あの話』をわたしに持ち掛けてくれたんやろ?
 そう言えば、今日は何で呼んでくれたん?
 『あの話』の件で何や良い風向きが吹いた言うてたけど?……まさか、
 単にお茶会したくてわたしを呼んだんや無いんやろうね?」

最後の台詞の辺りでははやてはわざと頬を膨らませて
軽く諌める様な感じで言ったが、それを察したカリムは
顔を臥せ背けてクスクスと小さな笑いを洩らした後に
再び顔を上げ、和やかな微笑を取り戻しつつはやてに台詞を返す。

「……それも良かったんだけれど、ね♪ けれど、先刻言った様に
 御互い忙しい身でしょう?━━それじゃあ、本題に入るわね」

自身のカップを取り上げ一口付けてアールグレイの豊潤な味わいで
喉を潤したカリムは、改めて居住まいを正して話に臨む姿勢を整えた。
それに合わせてはやても先程までの気安さを多少引き締めて話に臨む。

「『あの話』ですけれど、ミゼット提督始め彼の“伝説の三提督”の協力を取り付けられたわ」
「本当なんっ!?」

カリムの口から出された名前を耳にして、はやては吃驚して即座に尋ね返す。
もし丁度紅茶を口に含んでたとしたら、確実に噴き出していた勢いで有る。

「本当よ、わざわざ呼び出してまではやてちゃんを担ぐ必要は無いでしょう?」

此方はまるで動じず変わらず和やかに話すカリム。

「クロノ君とリンディさんは話の初めから乗り気でしたし、
 これで『あの話』の実現が早まるわ」

━━クロノとリンディ━━所謂“ハラオウン家”は
代々続く生粋の時空管理局魔導師の名門で在り、
同時にカリムやはやてとも近しい親戚付き合いの如く親交が篤い。
それに加えて時空管理局の中でも影響力の強い伝説の三提督からの協力を
得られたならば、何をするにしても筋の曲がった事で無い限りは
先ずは通らない筈は無いと云う心強い後ろ立てで在る。

カリムの台詞は続く。

「━━早ければ……一年半後。はやてちゃんの方は、もう当たりは付けてるの?」
「わたしの方は問題無ぃよ。なのはちゃんとフェイトちゃんは直ぐに『うん』て言うてくれたし、
 更に二人が目星付けてる子達が居るようやから。二人の目ぇなら期待出来る子達な筈や♪」

明るく答えるはやてに対して、カリムは「そう…」と言って
やや疲れを帯びつつも安堵の息を吐く。
カリムの微妙な風情に心配と訝しさがない交ぜになったはやては、
気遣わしげにカリムに声を掛ける。

「……そっち(聖王教会)、そんなに大変なん……?」
「……正直、ちょっと、ね」

隠し立てしても逆にはやての不安を助長させてしまうだけで有ろうと
考えてか、カリムは素直に愚痴を溢す。

「ロストロギア関連は時空管理局との協力態勢がしっかりとしてるから
 それ程でも無いんだけど……“旧ベルカ派”の動向が、ね……」
「旧ベルカ派かぁ……」

カリムの口から吐かれた厄介な名前に、はやても眉を顰める。

━━“旧ベルカ派”
それは、ベルカ貴族の中でも『ミッドチルダ中心社会を打破し、
曾てのベルカ聖王国の威光と栄光を取り戻そう!』と画策し暗躍する
懐古主義的急進派の事で在り、その成就の為に先ずはミッドチルダ政府と
時空管理局を反社会的手段で打倒しようとしている“テロリスト同盟”で在る。

曾ての大戦から後の今のベルカ民族は、
ベルカ王朝解体に代わり聖王を架空の信仰対象として奉り上げて
「民族的中心存在を政治からは切り放して封じる」事で
聖王教会を中心として現体制に保護存続を認めて貰っている立場で在る。

また、ミッドチルダを中核とした管理世界連盟にしてみても、
元の聖王国時代の版図が次元世界にまで広大に渡り各次元世界に散ってしまっている
膨大なベルカ民族を混乱や暴動無く纏め上げるには、象徴たる存在と
それを擁する自治組織の必要性と利用価値を容認するのが最も効率的で有ると
協議の末に衆議一決したので有る。

ここに、双方の妥協の下に
実は危ういバランスで保たれている現状が成立したので在る。

そんな現状に置いて、旧ベルカ派の思想と行動は聖王教会/時空管理局双方に取って
次元犯罪以外の何物でも無く、殊に聖王教会に取っては正に
「身内の問題」として対処せねばならない懸案事項なので有る。

「……と言う訳で、聖王教会騎士団は管理局に先んじて彼等を取り締まろうと必死で
 人員が分散してしまって手が足りない状況なのよ。しかも、旧ベルカ派は
 違法魔導師達を抱え込むのみならず最近出来たらしいサイキッカー組織とも手を組んだらしいのよ。
 今はまだ小規模なサイキッカー組織らしいけれど、彼等の個々の戦闘力や
 今の社会に対する不満の高さを考えると決して軽視出来る要因では無いわ」

そこまでを一息に言い終え、カリムは再び紅茶に口を付ける。

「サイキッカー…かぁ。確かに、今までの社会はサイキッカーを虐げて来てたもんなぁ……
 特に魔導師が率先して」

はやても暗鬱と言葉を口にする。

━━次元世界にサイキッカーの存在が確認されたのはほぼ10年前からで在る。

呪文やデバイスを必要とせず魔法に酷似した力を行使し、
魔力素に拠らずに精神力を直接力に変換する事が出来て、
バリアジャケット・システムを介さずに無意識的に自身の身体を覆っている
不可視のオーラの作用だけでバリアジャケットに近い守備力を生身で獲得している
新人種は、その力の発動特性から“サイキッカー”と呼称付けられて
当初は稀少技能(レアスキル)保有者として時空管理局に歓迎されたが、
程無く人種総浚いで危険存在と見做される事になる。

その理由は、サイキッカーの殆んどが何がしかの精神故障の症状を現して
暴力的及び攻撃性の高い思考を帯び易く、能力発現してから自発的に
自己抑制の訓練を積んで長い時間を掛けて自身を制御出来るか
余程強い心や意思を持つ者で無ければ、直ぐに情緒不安定になって
暴走する者が殆んどで在ったので有る。
また、魔導師が適正者に魔法を教えて初めて力を行使出来るのとは違って
サイキッカーは自然発生的に覚醒して即座に或る程度の力を奮えてしまえる事が、
事態の悪化に拍車を掛けた。
つまり、突発的な超能力暴発事件が多数発生し、
怪我人は愚か死者まで出してしまう事例が多発したので有る。

これに対し時空管理局も何も手を打たなかった訳では無いが、
サイキッカーの力の不便な点のひとつとして
「非殺傷設定で奮う事が出来無い」と云うものが有り、
暴走サイキッカーの中でもまだ理性を残した者の中には
何とか手加減して威力を落としてくれる者も居たが、
それでも殆んどのサイキッカー対処場面が
『絶対に死なない安全性は無い』
と云う過酷な修羅場になる為、取り締まる管理局側にも
洒落にならない被害が被られるので有る。

また、サイキッカーの内包しているリンカー・コアは
魔導師のそれとは性質の異なるもので在った為に
対魔導師用のリミッターを受け付けないと云う事も
サイキッカー取り締まりのハードルを高めた。

そして最大の悲劇が、
当時の魔導師達が自分達とは異質なサイキッカーのリンカー・コアに着目し、
取り締まりと研究の名の下に社会に対して大手を振って
サイキッカーを用いた人体実験が横行した事で有る。
と或るマスコミがスッパ抜いたその内容は冷酷残虐苛烈を極め、
世論の風向きと心有る管理世界連盟の各国代表からの糾弾も有り
サイキッカーへの人体実験は表向きは抑えられたが、
実は今でも裏では引き続き人体実験が行なわれていると真実しやかに噂されている。

噂の真偽はどう有れ、それらの経緯から
現社会へのサイキッカーの恨みは根深いと言える。
それが、己がサイキッカーで在る事を秘密にし
今は社会に迎合してそれなりに慎ましやかに暮らしている者で在るとしても。

そして、大衆や魔導師の側からもまた
サイキッカーを危険視する風潮は薄れてはいない。

「━━とは言っても、リチャード・ウォン技術部総部長の登場の御陰で
 サイキッカーに対するリミッターもまだ効果が低いながらも開発されましたし」

カリムが新たに話題を付け足す。

「それに最近、自身もサイキッカーで在る事を公表したウォン少将自身の肝煎りで
 発足された管理局サイキッカー部隊が犯罪取り締まりに活躍なされていて、
 実際に教会騎士団も多少は負担が減って助かっているわ」
「確かになぁ……」

はやても思い当たる節が有るので有ろう、お茶受けのクッキーを囓りつつ頷き同意する。

「けど、ウォン少将が自分がサイキッカーだってのを明かした時には
 わたし、俄かには信じられへんかったわ。だって、ウォン少将って
 『非殺傷設定での攻撃が出来る』筈やん?」
「そうなのよねぇ……」

はやてが疑問に首を傾げるのに併せてカリムも小首を傾げ、
そして思い付いた推論をカリムが口にする。

「……ウォン少将がそう云う特別なサイキッカーなのか、
 またはウォン少将はやっぱり元は魔導師でサイキックにはつい最近覚醒したのか……?」
「魔導師でサイキッカー!? そんな反則的な存在、居てる筈無いやろ!?」

カリムの推論を聞いて、はやては吃驚して否定の声を放つ。
そんなはやての反応にカリムも驚きつつも、何とか気を取り直して
ひとつ小さく咳払いすると落ち着いた声音ではやてに語り掛ける。

「━━まぁ、今この場で色々邪推しても意味は無いわね。
 ウォン少将は今も実際に実績を積み重ねておられるのですし」
「そうやね。ウォン少将、ああ見えて階級を嵩に着ないおおらかな御人やし。
 うちのシャマルも医療技術関係でウォン少将には御世話になっとるし、
 ヴィータなんか会う度にウォン少将が中華飴やら胡麻団子やらくれるんで
 結構気に入ってるんやで」

はやて自身もウォンに対しては好印象を抱いているらしく、
微笑みを浮かべてカリムに語り返す。
そんなはやてを見てカリムは僅かに表情を曇らせて、
若干固い声音ではやてに注意を喚起する。

「……けど、常に何か企んでる感じで、
 対面してて安心出来無い感じの人なのよねぇ、ウォン少将って」
「それはカリムの考え過ぎやってぇ」

それを聞いて、はやては気楽な感じで
ヒラヒラと片手を振りもしながら笑って否定する。
変わらぬはやての雰囲気に、ひとつ溜息を吐くと
先程よりもやや明るい感じではやてに応えるカリム。

「━━そうかも、ね。只、ウォン少将には気を付けて。
 これは只の私の勘だから、今はこれしか言えないわ」
「心配症やねぇ、カリムは」

はやては和やかに笑いながら空いたカリムのカップに
ティーポットから新たな紅茶を注ぎつつカリムに話し掛ける。

「それにしても、ウォン少将がサイキッカーだったんも驚きやけど、
 もっと驚いたんはその後やな。先刻カリムも言うとったけど
 ウォン少将が設立した管理局サイキッカー部隊、何だかんだで
 今や武装隊ん中でも高い実績を誇っとるもんなぁ」
「……確かにそうね。けれど、彼等が出て来ると現場の様相が激化するのも事実なのよね……」

驚きを思い出しつつも興味を惹かれて喋るはやてに対して、
憂いの表情を浮かべて手にしていたカップを下ろすカリム。

━━約半年前にリチャード・ウォン空少将の発案と推進の下に発足した
“管理局サイキッカー部隊”は、文字通りに数多のサイキッカーを時空管理局に登用して
武装局員として運用する事を目的とした部隊で在る。

設立以来、常に戦力的な人手不足に悩まされている時空管理局では在るが、
企画が提案された初期には
「部隊編成が可能な程の数のサイキッカーを集めて暴発して逆に災厄を呼び込むのでは……?」
と部隊設立そのものを危険視する声が管理局内でも圧倒的で有った。
しかし、ウォン少将の稀有な政治的手腕と豊富な人脈に拠って
管理局サイキッカー部隊設立案が管理局運営部会を通り
実際に管理局サイキッカー部隊が起動し始めてからは、
それが杞憂だったと云う事が証明される。

今や管理局技術部総部長を兼任するウォン少将が、
管理局内で頭角を現し始めた辺りの頃から行なって来たサイキッカー研究の蓄積と成果を
基にして所属サイキッカーの精神面のケアに万全が敷かれた事に依って、
暴発する事無く比較的順調に部隊運営が行なわれたからで有り、それに伴って
出動先の現場でも着実に実績を上げて行った為で有る。

また、サイキッカー部隊とは言っても
厳密にはサイキッカーのみで構成されている訳では無く、
魔導師ランクが低くとも一芸に長けた魔導師も率先して重用している為に
管理局魔導師の中でも殊に陸士達の間では受けが良い。

しかし、サイキッカー故の軋轢までが解消した訳では無い。

その問題の端的な例が「非殺傷設定問題」で有り、
近年激化する次元犯罪者達からの抵抗に対抗する為には
確かにサイキッカー達の力は効果的有効では有ったが、
先にも述べた様にサイキッカーの奮う攻性超能力は手加減は可能なれど
『非殺傷設定を付加させる事が出来無い』為に、
管理局サイキッカー部隊が相手をした犯罪者には重傷者が頻出し、
時には死者が出る事も少なくなかったので有る。
これまでそれが大きな問題にならないで済んでいるのは、
単にそう云う不都合を大きく上回る実績の高さと
司令官たるウォン少将の政治的手腕と指揮才覚故に過ぎない。

「……特に、部隊の中核的主力を担っているガデスと云う重力使いに
 エミリオと云う光使い、この二人の遣り方は目に余るものが有るわ。
 まるで、破壊や殺戮を愉しんでいるかのよう……」

そう言い、今は目前には居ない何かへの嫌悪と恐れを抑えようとするかの様に
カリムは左の腕で自身を抱き縮め、カリムの台詞を聞いたはやても露骨に眉を顰める。

━━エミリオ・ミハイロフとガデスとは、
二人共にウォン少将が管理局サイキッカー部隊を設立させる際に
何処からか連れて来たサイキッカーで在り、
エミリオは光属性の、ガデスは重力子へと
各々異なる変換資質を備えているとは云え
共に魔導師ランクにして空戦SS相当の実力を備えており、
二人共に管理局サイキッカー部隊の初期中核メンバーとして
様々な事件を解決して来ている。
しかし、その戦闘傾向は良く言っても単独に拠るスタンドプレー、
はっきりと悪く言ってしまえば唯我独尊的な立ち回り方で、
犯人の生命や周辺施設への被害は愚か支援してくれている同僚への損害すら
殆んど考慮せずに好き勝手に暴れ回っているので有る。
それでもガデスの方は豊富な傭兵経験を積んでいる経歴からか部下や仲間に対して
「邪魔だから退がってろ」と言って自身以外は退かせる位の配慮はしているが、
エミリオなどは「自分の身も自分で守れない方が悪いんだよ」と嘲け嗤いながら吐き棄てて
傍若無人に超能力を奮い、或る事件では潜伏したテロリストを殲滅する際に
何かの切っ掛けでキレて暴走したエミリオ独りに因って潜伏場所で在った第4廃棄都市区画が
エミリオ独りの手で一瞬で『蒸発』してしまったので有る。
ウォン少将の配慮に依って事前に避難勧告及びエミリオ以外への局員への退避指示が徹底していなければ、
恐らく人的被害は数百に上っていたで有ろうと推測されている。
尚、更地となった曾て第4廃棄都市区画だった地区は、
ミッドチルダ政府の施策の下に復興計画が進められていると云う。
尤も「費用も掛からずに更地に出来た事が渡りに舟だっただけだろう」と云うのが、
世間からの専らの風評では有るが。

ひとつ溜息を吐いたはやてが、軽く深呼吸をした後に
気を取り直してカリムに話し掛ける。

「……まぁ、管理局サイキッカー部隊をこれ以上どうこう言うても
 鬱になるだけやな。そう言えば、先刻に話に出て来た
 旧ベルカ派と手ぇ組んだサイキッカー集団って、何やの?」

はやてから声を掛けられた事を切っ掛けとしてカリムは身体から強張りを和らげ、
顔を上げてはやてと眼差しを合わせていつもの感じを取り戻した調子で応え始める。

「確か…“新生ノア”と名乗っていたかしら。
 カルロ・ベルフロンドと云う男性が最初は率いていたのだけれど、
 つい最近にそのカルロが擁立したキース・エヴァンスと云う
 新たなリーダーのカリスマと実力に依って徐々に規模と勢力を大きくしつつ有るわ」
「そうなんかぁ……その内、わたし等とも確実にカチ合うやろうなぁ。
 けど、予言の件の他にもわたしが本来欲しがってたコンセプトを盛り込んだ
 “あの件”が実現すれば、そいつ等の事も含めてカリムの苦労は激減りするんよ♪
 そう━━わたしが率いる“機動6課”が設立されれば!」

先程から気苦労に因る疲労感を滲ませているカリムを励ます為だろう、
自身の控え目な胸を張って左拳でドンとまで叩いて殊更に元気良く宣言するかの様に
はやてはカリムに応え返す。
そんなはやての様子を見て和やかに微笑みを湛えつつ「頼りにするわね」と
カリムがはやてに応えると同時に、扉越しに聞こえた「失礼します、騎士カリム」と言う
声に続いて朱紫色のショートヘアのシスター━━カリムの右腕たるシャッハ・ヌエラが、
胸元にファイルを抱えて室内に入って来る。
カリムは顔を向けて和やかにシャッハに声を掛ける。

「あら、そろそろ時間かしらシャッハ?」
「いえ、はやてさんに御挨拶をと━━失敬っ!!」

カリムからの問いに此方も朗らかに応えようとしたシャッハの表情に
瞬時に険が疾り、両肩と背中が大きく露出したハイネックのボディスーツに
大きな白布をパレオの様に腰に巻いて翠色の腰帯で飾ったバリアジャケット姿に
刹那で変身し、ボディスーツと同色の肘まで覆う指貫き手袋を篏めた両手に
トンファーを模したアームド・デバイス“ヴィンデルシャフト”を手にすると、
間を置かずに跳躍して部屋の窓際角の天井をデバイスの一撃で打ち砕く。
しかし望む手応えを得られなかったのか、怪訝そうに眉根を寄せながら
着打点の下に位置する床へ着地するシャッハ。

最初は呆気に取られていたカリムで在ったが、
次の瞬間には己を取り戻して謎な行動を起こしたシャッハに落ち着いて問い、
首を捻りながらもシャッハは応える。

「どうしたの、シャッハ?」
「いえ、何か気配を感じたんですが……気の所為だったかも知れません」
「そう……教皇様の御容態も芳しくは有りませんし、
 もしかしたら他の派閥からの間諜かも知れませんわね。
 シャッハ、警戒有難う」
「は、騎士カリム」

カリムからの感謝と労いの言葉に対して、
バリアジャケット姿のまま片膝を着き
カリムに向けて騎士の礼を取るシャッハ。

━━現在の聖王教会は聖王を架空存在としての象徴として
奉る一方で、実際の最高権力者として“教皇”を載いている。
しかし、既にかなりな高齢に在る現教皇の体調が此処数年思わしくなく、
現在の教会内部では現教皇逝去後の次期教皇の座を巡り
政争暗闘が影に潜んで行なわれている。
そして、現教皇からの信頼篤いカリムは
次期教皇の座に最も近いと目されており、
次期教皇の座を狙う他派閥から睨まれているのが実情で有る。


「ところで……気の所為で壊された天井の修繕費は
 貴女のお給料から引いても良いかしら、騎士シャッハ?
 “はい”か“YES”で答えて下さいね♪」
「ちょっ何ですかそれ騎士カリム!?」

慈愛を湛えたかの様な輝く微笑みを浮かべながらそう問うカリムに対し、
即座に脊椎反射の如く切り返しツッコむシャッハ。
そんなシャッハに対し、朗らかに笑いつつ声を返すカリム。

「ほほほ、冗談ですわ♪ 教会の資金から必要経費で落とすから安心なさい」

冗談で無くほっと胸を撫で下ろしつつ
バリアジャケットを解除してカソック姿に戻るシャッハ。
そんな漫才を端から眺めつつはやてが音頭を取る。

「さぁ、堅い話はここまでにして
 本格的に午後のお茶会に突入しようや! カリム、シャッハ」

顔を見合わせるとどちらともなくクスクスと笑い出すカリムとシャッハ。
そして、改めて三人がティーテーブルの席に着き、
アールグレイの豊潤な香りとカップから昇り立つ綿の様な湯気が
一刻仕事を離れて和やかに談笑を始めた三人を柔らかく包んで行った……。


━━だが、シャッハの懸念は当たっていた。
聖王教会中央本部から続く深い森の中を
独りの魔導師がデバイス片手に教会から離れる方向へ疾走していた。
彼は魔導師ランクとしてはD程度でしかないが、
殊幻影魔法を織り交ぜた隠密活動では
実にSランク相当の実力を備えているのをウォンに見い出された
“密偵”で在った。
そして今、入手した情報━━機動6課設立の事を
主たるウォン少将に報告すべく、一路転送ポートへと加速魔法で駆け抜けて行った……。


━━そして、運命の歯車は噛み合う
その刻を刻一刻と近付けて行く。

そしてこれから更に一年半後━━全ては出逢い、物語は本格的に動き出す。

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最終更新:2008年06月09日 18:49