――平凡な小学生だった私、高町なのはに訪れた突然の事態。
渡されたのは赤い宝石。手にしたのは魔法の力。
出会いが導く偶然が今、光を放って動き出していく。
繋がる想いと、始まる物語。
それは魔法と日常が並行する日々のスタート。
だけどそれは、決して私だけに訪れた事態じゃなかった。
彼に渡されたのは護符。手にしたのは自由な世界。
日常と冒険が並行する日々の始まり。
でも彼が手にした出会いは、本当に儚いもので。
その事を私達が知るのは、もっとずっと後のことで。
――今はただ、この偶然が導いた出会いに、感謝するばかり。
魔法少女リリカルなのはThe Elder Scrolls はじまります。
「……ふむ。とすると君達は、そのミッドチルダとかいう場所からシロディールまで旅をしてきたのか」
「ええと、まあ……そんな所、なのかな?」
「聞いたことがない地名だが……モローウィンドよりも遠い所って言うんじゃ、仕方ないか。
それにしては旅慣れていないように見えるが……。
山賊やらカジートやらもいないような所なのかい、そのミッドチルダは?」
「にゃははは……うん。そんな所です」
それはまた随分と辺境なんだなと呟くアルゴニアンに、なのは達は苦笑いを浮かべた。
実に奇妙な一行だった、と思う。
女の子二人にアルゴニアンが一人。
タムリエル広しと言えども、好んでアルゴニアンと接したがる人はそういない。
かつては奴隷であり、未だに多くが泥沼の近くで原始的な生活を営んでいる、被差別種族なのだから。
勿論おおっぴらに差別される事は無いが、見目の悪さと相俟って潔癖症な帝国民からは嫌われている。
先ほど彼女達が出会ったカジートの山賊も知っていたように、レヤウィンの伯爵夫人に関する噂もある。
曰くレヤウィン城の地下には秘密の拷問部屋があるだとか、
曰く目をつけられたアルゴニアンやカジート達は生きて帰れないだとか、
曰く血の淑女なる人物が全ての拷問を取り仕切っているだとか、
まあ、多くの人は噂話だとして片付けているのだけれど。
そう言った噂が流布すること事態、如何に異種族を嫌う人間が多いかということの証明と言える。
なのはとフェイトが出会ったアルゴニアンは、奇妙なことに自らを行商人と名乗った。
何でもブラヴィルで仕入先の人と、取引をした帰りだったそうだが――……。
アルゴニアンの行商人なぞ、滅多にいるものではない。――人に嫌われている種族だからだ。
とはいえ、二人はその事を『奇妙』と思わずに受け入れた。世界の常識にはとことん疎い。
それに何よりこのアルゴニアン。不思議なことに人を惹き付ける何かがあった。
こうして共に並んで旅をしていると、それが良くわかる。
仕立ての良い緑色の衣服。動きやすそうな革のブーツ。
首から下げた宝石や、両手の人差し指に一つずつ嵌めた指輪も、
あまり自己主張をせず、綺麗に纏まっている。
背中に弓矢を背負い、腰に剣を吊るしているとはいえ――
先ほどのように盗賊に襲われることを鑑みれば、当然と言えた。
「シェイディンハルまで品を運ばなきゃならないんだがね。
久々にレヤウィンから大回りしようかとも思ったが、まあ帝都に向かって良かったよ。
まったく、街道から離れたところを旅するなんて――女の子のやる事じゃあないぞ」
つまり二人にはブラヴィルもシェイディンハルもレヤウィンも、どんな都市なのか見当もつかない。
それにしても、話を聞くだに物騒な世界である。
山賊が蔓延り、怪物が闊歩し、世間に危険が満ち溢れていて。
ミッドチルダや地球といった、治安の良い世界に暮らしていた二人には、ちょっと想像できない。
「にゃはは……。道を五分も歩けば山賊に出会うって、ちょっと大げさな気もするけれどねー」
「大袈裟なもんか。私が旅に出たばかりの頃は、それはもう酷かったんだぞ。
まあ、さすがに帝都の近くまでくれば治安も良いが――衛兵が巡回しているからだな、結局は」
「……………あの、アルゴニアンさん?」
「うん? どうかしたか、フェイト」
「地図とかって、持って無いですか? シロディールの」
「そりゃあ私は持ってるが――そうか。二人は持ってないのか」
はい、と頷くフェイトに対し、ふむと考え込むアルゴニアン。
「別に見せるのも、渡すのも構わんが――どちらにしろ、もう少し後にした方が良いだろうな」
そう言って彼は、ちらりと視線を空に上げる。
つられて二人も見上げると、もう夕焼けも過ぎ去り、夜が迫ってきているのがわかった。
また、その空の美しさに息を呑む。
夕焼けが端の方から暗くなっていき、煌く星の瞬きが徐々に鮮明になっていく。
その数は、とてもではないがミッドチルダや海鳴の比ではない。
文字通り『満天の星空』と言ったところか。
そして何よりも目を引くのは――大きな二つの月。
彼女達が知っている月というのは勿論一つで、白や黄色なのが普通だったが、
このタムリエルで見える月は二つ。それも様々な色が混じり合った、奇妙な美しさを持っているのだ。
「う、わぁ……」
「凄い――綺麗」
「……もう遅い。この先に私の行き付けの宿がある。
どうせ今から帝都に向かうには夜通し歩くか、途中で野宿だろう。
其処に泊まろうと思うのだが、どうだ?」
二人から拒絶の言葉がでる筈もなかった。
―――宿屋『不吉の前兆』。
あまりにも、あまりな名前である。
ましてや、かつてその宿で凄惨な殺人事件が起きたとなれば、だ。
何でも泊まっていた老人が、何者かによって刺殺されたのだとか。
その鮮やかな手並み、そして老人が何かに怯えたような素振りを見せていた事から、
此度の殺人事件は、ある集団の手によるものだと実しやかに囁かれている。
曰く――暗殺組織『闇の一党』の仕業だ、と。
だが、そんな事情があるとなれば、宿屋の辿る運命は二つに一つ。
つまり寂れるか、栄えるか、という至極当然の二択であり、
幸いにも『不吉の前兆』が辿ったのは後者であった。
近くにある宿屋『ファレギル』が街道から少し逸れた場所にある事も手伝って、
この小さな、個人経営の宿屋はそれなりに繁盛をしているらしい。
ランプの明るい橙色の光に照らされた室内は、活気に溢れていた。
食堂には数人の客が思い思いに食事を楽しみ、酒を飲み、
店主はその光景を楽しそうに眺めている――と言った具合だ。
新たな客の存在に意識を奪われた店主は、其の人物が常連客であることを認めると、
その顔に満面の笑みを浮かべ、両手を広げて迎え入れた。
「やあアルゴニアン、よく来てくれたね!」
「ああ、相変わらず盛況なようで何よりだ。――二部屋頼めるかい?」
「二部屋? そりゃ構わんが――ああ、後ろのお嬢ちゃんがたは、あんたの連れか」
「そういう事だ」
「…………娘か?」
「馬鹿を言え、アルゴニアンにインペリアルの娘がいるものか」
そんな和やかな会話の末、あっという間に宿泊の手続きが進むのを見て、
なのはとフェイトはある事実を思い出し、慌てて口を挟もうとした。
理由は明白だ。
『この国のお金が無い』
それを言うと、アルゴニアンは笑った。
「子供がそんな事を気にするものじゃあない」
という訳で、あっという間に二人は寝室に放り込まれていた。
『子供は寝る時間だ』という事らしい。
12歳ともなれば、九時や十時に眠るという事に多少なりとも抵抗は感じるのだが、
――とはいえ、其処は女の子が二人。パジャマに着替えた後は自然にお喋りの時間となる。
寝台――小さなものが一つ。とはいえ少女二人ならば十分な大きさだ――の上に座り、
先ほどアルゴニアンから手渡されたシロディールの地図を広げ、興味津々といった様子で覗き込む。
「ええっと……帝都は、この真ん中の湖に浮かぶ島、だよね」
「たぶん。それで街道を南東に下って――川沿いのブラヴィル。海まで行くと、レヤウィン」
「其処から川の対岸に出て、ずーっと北上すると――帝都の東側に、シェイディンハル、かー。
アルゴニアンさんって、こんな長い距離を歩くつもりだったんだね」
大雑把な地形の上に街道と、各地の大都市の位置だけが記された地図を見ながら、
移動中に彼の語った土地の場所を確認していく。
『空を飛ぶ』という概念の無いらしいこの世界において、この距離を歩くのは中々に堪えそうだ。
とはいえ行商人ともなれば、やっぱり方々を歩き回るのだろうし、然程の苦労でもないのだろうか?
「……そうだ。ねえ、なのは。気づいてた?」
「うん? 何のこと?」
「あの人、行商人って言ってたけど――『売るほどの荷物』を持ってなかった」
「…………」
言われてみれば、だ。
仕入先の人と取引をした、という事はそれなりの『商品』を持っていなければならない。
だが――彼はそんなに大量の荷物を持っていただろうか?
否だ。勿論、旅人の常として背負い袋は持っていた。
だが……その中に売り物が入っているとは、到底思えない。
「……それに、助けてもらった時もだけど。
ただの行商人が、あんな風に気配を消せるのかな……」
「……でも、この世界は物騒だって言ってたよ。
それにアルゴニアンさんが何を売ってるのかにもよるんじゃないかな?
ひょっとしたら、凄く軽い物なのかもしれないの」
「それは……そうだけど」
押し黙る二人。
やがて出た結論は『まだこの世界の事をよく知らないから』だった。
違和感は感じる。奇妙だと思う。
だがそれは、この世界では普通なのかもしれない。
――それに悪い人じゃなさそうだし。
「……そう、だね。少し考え過ぎてたかもしれない」
「そうそう、一日歩いて疲れちゃったんだよ、きっと。
――今日はもう、寝ちゃおうか」
「うん……おやすみ、なのは」
「おやすみなさい、フェイトちゃん」
フッと蝋燭の火が吹き消され、
二人にとって『初めての日』は、ゆっくりと過ぎて行った……。
最終更新:2008年05月14日 06:39