「――――場所はエイリム山岳丘陵地区、保護対象のレリックをモノレールにて輸送中にガジェットが襲撃、かぁ。報告だと新しいタイプのガジェットも出てるみたいだね…。
本部の指揮ははやて部隊長が取ってくれる、…らしいんだけど、大丈夫かなぁはやてちゃん……もう徹夜三日目なのに…っと、ゴメンゴメン。脱線しちゃったね?」
山岳地帯上空―――目的地へ向けて進む機動六課大型ヘリの内部にてスターズ分隊長・高町なのはの口から今回の作戦内容がスラスラと紡がれていく。
隊長陣はともかくフォワード陣にとっては突然の、そして初陣となるこの出動。その為か彼女らは皆一様に緊張した面持ちを見せている。

「それじゃあ確認するね。私とフェイトちゃん、ヴィータちゃんは空域の制圧。標的は飛行タイプのガジェット…かぁ。」
「うん、新型だね。……ていうか、ヴィータって今日休暇のはずじゃあ…」
「…まぁ、成り行きでな」
遠い目をするヴィータを尻目に事情を知っているなのはが「あ、あはは…」と苦笑いしながら今度は対面に座るスバル達に向き直る。
「みんなは列車に侵入したガジェットの殲滅とレリックの回収ね?」
『はいっ』
フォワード陣もなのはの指示に頷く。
「で―――え~っと……」
そして最後に―――観念したかのように―――今までなるべく見ないようにしていた方向へとなのはが視線を向ける。

「…………………………」
「…………………………」
そこには皆と少し離れた所に座り、頬を膨らませたまま前方を睨みつけたまま微動だにしないリィンと、その対面に座り居心地悪そうに彼女の視線を無視し続けているオーフェンがいた。
「リィンには現場でフォワードの子達の指揮、オーフェンさんにはそのサポートを頼みたいん…です、けど……」
「ああ。まぁ俺は空飛べねぇんだし、そっちに回るしかないだろうな……」
「………了解です」
やや口元をヒクつかせながらなのはが同意を求めるとオーフェンは苦笑いで、リィンは憮然とした声音でだが頷く。

(ね、ねぇヴィータ…)
フェイトが隣にいるヴィータに念話で話しかける。彼女は後から合流したため朝錬時の騒動を知らず、
なぜ二人の間にこんな険悪なムードが漂っているのか一人理解できていないでいた。
(ん、なんだよ…?)
(えっとね、オーフェンとリィンなんだけど…何かあったのかなって思って)
(あ~、そういやオメーは居なかったんだっけ…)
(って事はやっぱり………)
何かあったのか……と、フェイトが心配そうな顔を浮かべる。
(……いや、まぁ本っっっ当にどうでもいい話なんだけどな……)
そんな彼女から微妙に目を逸らしつつそう前置くとヴィータは朝からの一連の流れを掻い摘んで説明しだした。

話は約30分前まで遡る―――――


(なんだかなぁ……何でこんな事になるかなぁ……)
そう一人ごちながら鉄槌の騎士・ヴィータはうんざりと天を仰いだ。
空は快晴―――雲一つないとまでは行かないがそれでも晴天といっていい陽気だ。管理局勤めになってからは何かと忙しい毎日。
こんな日に休暇を貰えたのならもうそれだけで上々の気分だろう。……そう、上々の気分だったのだ―――――『ついさっきまでは』
ちらりと、顔は天を仰いだまま視線だけで隣にいる自分をここまで引っ張ってきた妹分―――リィンを窺う。
―――彼女は怒っていた。
腕を組み、眉を尖らせてさっきから自分たちの正面で渋面を作るオーフェンを睨み続けている。どこから調達してきたのかやけにギラギラしたサングラスなどかけながら…。
多分迫力を出そうと思った結果なのだろうがどうみてもギャングごっこをしている子供くらいにしか見えない。見事なまでに裏目ってる。

ちなみになのはと新人`Sは気がついたらすでに居なかった。フェイトもびっくりのソニックムーブだ。あいつら後でぜってぇ一発ずつド突く。
…というか何でアタシはこんな所に連れて来られたんだろう。せっかくの休日なのに…。
リィンが言うには「もしも勝てそうになかった時、ユニゾンしてほしいから」だそうだがそれならシグナムに頼んだほうがいいと思う。あのおっぱい侍なら喜んで付き合うだろうに。
…まぁ、断りきれないアタシもたいがい姉バカだと思うけどよ。
でも流石にいつまでもこんな居心地の悪い空間に居たくはない。オーフェンだって本気で戦り合うつもりもなさそうだし(当たり前か)適当に収集つけてさっさと帰ろう。
「なぁ、リィ「さぁオーフェンさん!いざ、尋常に勝負です!」

ウ、ウゼェ…こっちのセリフに被せてきやがった…。ワザとじゃねぇだろうなこの野郎。
「いやぁ、んな事言われたってな…」
と、困ったように頬を掻きながらオーフェンがアタシの方に視線を寄越す。それにシュタ!と右手を上げて心配するなと合図する。
なんだかんだ言ってもリィンはアタシの妹分だからな。アタシが優しく諭してやればちゃんと言うこと聞くって。
そう確信を持ちながらニヒルに彼に頷き返すと咳払いを一つする。
「なぁリィン、いいじゃねぇか、許してやろうぜ…?オーフェンだって悪かったと思ってるって、きっと…」
「甘いですヴィータちゃん!!」

聞く耳持たなかった…。姉貴分のささやかなプライドを粉砕しながらリィンの口上は続く。
「オーフェンさんはリィンの純真な心を弄んだ上にこの小さな体を汚しつくした挙句、最後には玩具のように捨てたんですよ!?贖われる血も無しに許すわけにはいきません!」
…要するに油断して捕まり(純真な心を弄ばれ)、はやての口内に押し込まれ(体を汚しつくされ)、泣きながら逃げたのに探しに来てくれなかった(玩具のように捨てられた)、と…。
……(体を汚しつくされ)の部分は、はやてが聞いたら怒り狂うだろうな…。つーか目ぇ血走ってるぞ、大丈夫かコイツ…。


「待て待て待て、いくらなんでも人聞きが悪すぎるだろ!?」
流石に我慢ならなかったのかオーフェンが叫び返してくるがリィンはにべもない。
「極大解釈すれば大体こんな感じです!」
それはつまり違うって事だろーが…。
「それにオーフェンさんが嫌がるリィンを無理やりはやてちゃんの口に放り込んだのは事実じゃないですかぁ!!」
「いや、だってアレお前がやってくれって頼んだんじゃん」
「そんなおバカな頼み事誰もしてません!リィンがお願いしたのは、仕事もせずに惰眠を貪るはやてちゃんをオーフェンさんの熱いキスで目覚めさせてほしいという
切実にしてスウィートなお願いです!!」
「どっちにしろアホな頼み事だってのには変わりないと思うんだが……」
オーフェンが確信たっぷりに呟く。

「全然違います!それに今となってはそんな事はもうどうでもいいんです!」
が、やはり今のリィンの耳には届かない。溢れ出る闘志の表れか、すでにその全身から白銀の魔力を迸らせている。
「リィンを本気で怒らせるとどうなるかその身に思い知らせてあげなければ気が済みません!!」
どうやら本当にマジで戦るつもりらしい。
(……ワリィ、止めらんねぇわ。こうなると結構頑固なんだコイツ。面倒くせぇだろうけど一回吹っ飛ばされてやってくれ。それで多分気は晴れるだろうから…)
再び右手をシュタッ!と上げて一応念話でオーフェンに詫びておく。
(頼りにならねぇな、オイ…)
リィンが本気だという事を彼も悟ったのかそんな事を言いながらジリジリと後退していく。
それを見て取ったリィンも空中に魔方陣を展開させる。
「――――――」
「――――――」
両者共、すでに臨戦態勢――― 一触即発の空気が場を支配していく。

「あ、いたー!リィン曹長にオーフェン三等陸士、発見しました!」

が、その張り詰めた空気は思わぬ第三者の声によりあっけなく霧散させられた。
「シャーリー?」
「あ、ヴィータさんまで!…あれ?今日って休暇のはずじゃあ…」
唐突に、本当に唐突に虚空に現れた眼鏡をかけた活発そうな少女―――シャリオ・フェニーノが通信画面の向こうで首を傾げる。
「あ~、まぁ色々あってな…」
適当にお茶を濁しておく。「妹分の逆恨みの片棒を担がされているんです」とはとてもじゃないが言えない。………どうせすぐ広まっちまうんだろうけどな。
シャーリーは納得したのかしてないのか、あるいはどうでも良かったのか「ふ~ん」とだけ呟いて後は何も追求して来なかった。
「何ですかシャーリー?リィン達は今凄く忙しいんです。何か用件があるのなら後で―――」
さっきまでの破裂寸前な雰囲気を若干弛緩させてはいたが未だオーフェンとの対峙は止めていないリィンがシャーリーに食ってかかる。
「いや、後じゃ遅いんですよ!出動です、出動!ヘリのスタンバイは出来てますから早く戻って来てください!」
「――――――」
シャーリーの言葉に皆の間にさっきまでとはまた違った緊張感が走る。


「戻るぞ」
「えっで、でも…」
「後にしろ!今はこっちが優先だ!」
リィンの戸惑い混じりの声に有無を言わさぬ口調を投げつけるとアタシは六課本部の方へと一目散に走り出した。



(――――つーわけで作戦終了まで決闘は延期…。リィンがあんな顔してんのはそういう訳だ。
巻き込まれたくなかったら事が収まるまで放っといた方が身のためだぜ…)
話を締め括るとヴィータは立ち上がり制服のポケットから待機状態のグラ―フアイゼンを取り出す。もうそろそろ敵とエンゲージする頃合だろう。
(あ、あはは…。で、でも大丈夫かな?二人共そんな状態なのに同じ任務任せちゃって…)
それに習いフェイトも立ち上がり、チラリと例の二人の方を見る。

(まぁ平気だろ。作戦に私情持ち込む程トーシロじゃねーって、どっちも)
メインハッチに向かいながら新人達に細かいアドバイスをしているなのはに声をかける。
「なのは、そろそろだろ」
「あ、うん。ヴァイス君!」
ヴィータの言葉に頷くとなのはは操縦室のヴァイスにメインハッチを開くよう指示を送ると、改めて新人達に向き直る。
「よっし、じゃあちょっと出てくるね。みんなも訓練終わりで疲れてるかもだけど頑張って…チャチャっとやっつけてちゃおう!」
「「「はいっ!」」」
「は…はい!」
「――――ん、いい返事!」
そう言って微笑むと彼女は開いたハッチの方へと足を進めていく。
(オーフェンさん…)
と、すれ違い様、念話で話しかけてきたなのはを横目で盗み見ると彼女の瞳は緊張の為か不安そうに表情を曇らせている桃色の髪の少女に向けられていた。
(キャロの事……お願いしますね?)
(………)
オーフェンは「気付くよな、そりゃ…」と胸中で密かに呟くと真剣な表情でこちらを見つめるなのはに向けてわずかに頷いた。
気の利いたセリフの一つも言ってやるべきだったのかもしれないが、生憎思いつかなかったので止めておいた。
だが彼女にとってはそれでも十分だったのか、安心した様に微笑み一度だけ強く頷くと後はバリアジャケットを纏いあっさりと空の中へと飛び去っていった。

「それじゃあ、私たちも行くけど…オーフェンもリィンも気をつけてね?」
「アタシ等も空を抑えたらそっちの援護に向かってやっからよ」
振り向くと新人達への激励を終えたのか、なのはと同じくバリアジャケットを展開させたフェイトとヴィータがこちらへと歩いてくる。
「ああ、そっちも油断だけはするなよ」「リィンの事なら心配無用です」
声が被った。
一瞬、お互いキョトンと顔を見合わせるがすぐにリィンの方がプイッと顔を逸らしてしまった。
その反応にオーフェンが軽く嘆息する。
(こりゃこっちから折れてさっさと謝っちまった方が賢明だな…。経験上このまま放置してても碌な事になりそうにねぇし…)
そんな事を考えながらクスクスと笑うフェイトと呆れ顔のヴィータが出撃していくのを見送る。


(あの…)
―――と、突然頭の中に声が響く。
リィンの方を見ると相変わらず不機嫌そうな顔をしているが何か気になる事でもあるのかチラチラとこちらを窺っている。
(何だ…?)
こちらも念話で先を促してやると少し迷う素振りを見せながらだがおずおずと話し始めた。
(あの…キャロをお願いします、ってどういう事ですか?)
(聞いてたのか?)
(……はい、偶々ですけど)
盗み聞きのような真似をしたとでも思ったバツが悪そうにリィンがうな垂れる。
(ああ、悪い。別に責めてるわけじゃねぇんだ…え~と、何ていうかな。キャロの奴少し悪い緊張の仕方してるみたいなんでそこら辺のフォローをお願いしますって事だよ)
そう視線でキャロを指し示しながらまだ慣れてない念話での会話を続ける。
(悪い緊張、ですか…?)
(ああ、元々荒事に向いてるタチとは言えねぇだろ、あいつは。そうでなくても場数もそれほど踏んでない上にまだ体も出来てねぇ子供だ。無理もないさ。…正直いきなり実戦の場に出すのはどうかと思うんだがな…)
(それは……)
その言葉を六課への反感だと感じたのかリィンが一瞬何かを言いかけるが反論が何も思い浮かばなかったのかあうあうと喘いだ後、眉を顰めて俯いてしまった。
それを見てオーフェンはやれやれ、と苦笑する。

(だからそんな顔するなって…。少し心配ってだけの話なんだからよ。それに…本当は俺だって人の事言えた義理でもねぇんだ…)
(え……?)
思わぬフォローにリィンが目をパチクリさせる。
(俺がまだガキの頃に籍を置いてた組織…大陸黒魔術士同盟(ダムズルズオリザンズ)っていう所なんだが…。
そこも年が低かろうが能力的に秀でてれば構わず戦力として数えるって所は同じだったからな。実際俺は15か14の時にもっと危険な任務を任された事があるよ)
(………………)
「だからそんな所に所属してた自分が管理局の体制をどうこう言う資格はないだろう?」と、言外に含める。
まぁ、それでもさすがに10歳の子供を任務に就かせるというのは同盟でも前例がなかったはずだが、
それも魔術という代物は力を制御しきれるようになるまでに莫大な時間を費やすため幼年期のほとんどを魔術の制御に費やすからだ。
もし魔術が魔法ほど容易に制御出来得るものならどうだったか分からない。いや、十中八九戦力に数えるだろう。魔術士の理念とは『自立』の一言に尽きる。
そんな彼らにとって「子供だから」というのは戦場から遠ざける理由にはならない。


(……リィンは)
(ん?)
俯いたまま小さな拳をギュッと握りリィンが小さく洩らす。
(リィンは…キャロ…もエリオも、あの二人が六課で戦いたいと思ってくれてるのは良い事だと思ってます…)
(………………)
開いたままのハッチから流れ込んで来る強風が彼女の長髪をはためかせる。そろそろ目的地が近いのか徐々にヘリの高度が下がってきている。


(隊にとって有功な戦力だからとかそんな意味じゃないです…。あの二人は確かにまだ小さいですけど、でもちゃんと自分で考えて…ちゃんと自分で決めて、ちゃんと自分の意思でこの場所に立ってるです。
…ならリィンはそれを止めるんじゃなくて、手伝ってあげる側に廻りたい…です)

そう言いながらも心中では何か引っ掛かるものがあるのか、言葉の内容に反比例してその声は酷く自信無なげだった。

(…まぁ、その為に俺たちがここにいるわけだしな)
(え……)
(違うのか?)
(ッ!は、はい、じゃなかった、違いませんですぅ!)
その言葉にリィンは弾かれたように顔を上げるとワタワタ両手を動かしながら捲くし立てる。…本当に感情を素直に出す少女だ。
オーフェンがそう思ったのとほぼ同時―――操縦室のヴァイスから声がかかった。
「オーフェンの旦那!リィン曹長!そろそろ目的地です、準備を!」
言われて立ち上がり、ハッチの外を見てみると下にはレール上を疾走する列車が見える。ちなみに上空では先に出て行った隊長陣が縦横無尽に飛びまわりながら派手にドンパチを繰り広げている。
それを確認するとオーフェンは改めて、今度は肉声でリィンに声をかける。

「…だとよ。俺はとりあえずライトニングスに付く。大まかな指揮はなのはの言った通りお前に任せるが、いいか?」
「―――はいです!」
リィンは頷くとフォワード達に向き直る。皆緊張しているのかいつもより若干表情が硬い。
「今回の任務はさっきなのはさんが話した通りです。ガジェットの殲滅とレリックの確保。ライトニングスとオーフェンさんは後方車両を抑えて下さい。前方車両と列車の停止はスターズとリィンが請け負います。
レリックは第七車両の重要貨物室に保管されていますので車両の最前方と最後方からガジェットをガジェットを虱潰しにして最後に回収します」

そこまで一息に言い切り、スバル達が自分の言葉に頷いたのを確認すると彼女はスゥッと小さく息を吸い直し―――
「ではみなさん!リィンとオーフェンさんが全力でサポートしますです!だからこの初めての実戦、どうかみなさんの精一杯を尽くしてください!」
ムン、と胸を張りながらそのよく通る幼い、しかしどこか力強さを感じさせる声で新人達に活を送った。
「――――――」
その突然の激励に言われた当の四人はしばしの間、唖然とした顔をする。文句自体は「よくある」励ましの言葉だ。
―――だが何故だろう…。そのよくある言葉に頼もしさのようなものすら感じる…。気が付けば彼女らは表情を引き締め敬礼の姿勢を取っていた。
するとリィンは一つ頷くと、今度はオーフェンに向き直ると何かを訴えるような瞳で彼を見つめる。何を訴えているのかは何となく読み取る事が出来た。要するに「お前も何か言え」という事だろう。
仕方が無いなという様に彼はフォワード陣の正面に立つ。。
「……その、何だ。今のお前らならガジェットくらい何体出てこようが問題じゃねぇよ。だ、だから自信持って行って来い…よ?」
言い慣れない言葉に舌を噛みそうになりながらもオーフェンはこんな感じでいいか?と視線だけでリィンに問う。
―――すると彼女は首を左右に振りながら「やれやれ」とでも言いたげなポーズを取った。
「………」
「わひゃ!」
オーフェンが無言で固めた拳を振り上げるとリィンは彼の視線から逃れるように身を隠す。

と、それを見てスバルが不思議そうに首を傾げると、横にいたティアナの袖をクイクイと引っ張る。
「ねぇねぇティア」
「ん、何よ?」
「うん。オーフェンさんとリィン曹長もう仲直りしたのかなって思って。ほら、だってさっきまで…」
「…あれが仲良くしてる様に見えるわけね、アンタには。ていうかそんな事気にしてる暇があるんならアンタはもう少し気を引き締めなさい。せっかく信頼してもらってんだからね」
そう言いながらティアナはスバルの頭に軽く小突くとハッチの方へと向かう。と、スバルも慌てて彼女を追う。

まず先陣を切るのは彼女達だ。


「……じゃ、行くわよ」
「うん」
そう言うと二人はあっさりとヘリから身を躍らせて行ってしまった。
(まぁ、あの二人なら心配いらないだろ。もし万が一不測の事態が起こってもティアナが居れば上手く立ち回れるだろう…し!?)
二人が消えていった方を眺めながらオーフェンがぼんやりそんな事を考えていると不意に後ろから髪の毛を思いっきり引っ張られた。突然の事に首がガクン、と後ろに反り返る。
「ッッ、ってぇな!」
思わず罵声を飛ばしながら振り返ると、そこには―――やはりというべきか―――既に距離を取ってこちらをジト~っと見つめているリィンがそこには居た。
「何すんだよ…」
相手の意図が分からず引っ張られた髪を撫で付けながら半眼で問う。するとリィンはその反応に満足したのか今度は不敵な笑みを浮かべる。
「ちょっと甘い気もしますけどこれとさっきので今朝の事、チャラにしといてあげます」
「…さっきは『リィンを本気で怒らせたら』どうとか色々物騒な事言ってなかったか?」
「はい。でも冷静に考えてみたらそんなに怒るような事でもありませんでした」
「……………」
あんまりといえばあんまりな物言いにオーフェンが絶句する。と、そんなオーフェンを尻目にリィンはふよふよとハッチの出口まで飛んで行くと―――
「それじゃオーフェンさん、二人の事『お願いします』ね?」
そう言うが早いが彼女は一瞬でバリアジャケットを纏うと先に降りていった二人を追って急降下していく。
「……何なんだ、一体」
訳が分からずそんな事を呟いてみる。これは、一応許してもらえたって事なのか?

そんな事を考えていると不意に後ろの方で小さな物音が聞こえた。
「…………?」
振り返ってみるとキャロが口元に手を当て、微笑を浮かべてクスクスと笑っていた。
彼女の顔にはついさっきまで浮かべていた不安そうな表情はもう見当たらない。
……どうやら良い感じに肩の力が抜けたらしい。
(気を抜かれ過ぎても困るが…。ま、さっきまでのガチガチの状態よりかはずっとマシか)
そう思いオーフェンは今度はエリオへと目を向ける。…キャロに見惚れていた。
―――よし、こっちは心配の必要はないな。
「痛っ!な、何ですか!?」
「いや、何となくな」
ムッツリ小僧の頭に何となく拳骨など落とすと改めて咳払いをする。
「よし。降りてからの事だが、攻撃は俺とエリオのみで行う。キャロはエリオのサポートと自分に飛んでくる攻撃の防御だ。エリオも必要以上にキャロから離れるなよ。
常にコンビネーションを意識して戦え」
「え…、と、フリードは何をすればいいんですか…?」
おずおずとキャロが自分の相棒を指差しながら言うと、人語が分かるのかオーフェンの方を向いて「アギャア!」と一つ鳴くと羽をバサバサと羽ばたかせる。
その様が何となく「無視すんな、この野郎!」と言っているように見えた。

「フリードもキャロと一緒にエリオのサポートだ。エリオが敵を捌ききれなかった時のみ攻撃する事を許す。いいか?」
二人が頷くとオーフェンも「よし」と頷き返しメインハッチから下を見下ろす。
すでにヘリは自分たちの戦場へと着いている。
オーフェンは胸元から自分のデバイス『フェンリル』を取り出すと、一つ大きく息を吸い込み―――
「――――行くぞ」
「「はい!」」
「アギャア!」

迷わず、一気にヘリから飛び降りた。

「何だ…?」
モノレールの中央車両―――重要貨物室にてレリックを傍らに置きながらダミアン・ルーウは天井を睨みながら呟いた。
「どうかしたのかね?」
彼の前方のモニターから声がかかる。そこには小さな画面に映ったスカリエッティの姿があった。
「……誰かがこの列車の上に落ちてきた。」
「あ~、多分管理局の連中だろう。来るとは思ってたけど、意外と早かったねぇ」
事もなげに言ってくる彼にしかしダミアンは表情を崩さない。
「だから言ったのだ。あんなガラクタに運ばせずとも私がこのレリックとやらごとそっちに転移すればこんな無駄手間は踏まずに済んだ」
「私も言っただろう?レリックは莫大なエネルギーの塊だ。そんな物を迂闊に転移させては何があるか分からないし、
何より君にかかる負荷もバカにならないから止めておいた方がいいよ、とね」
「……ならばどうする?私は人を殺傷する術には長けていないぞ?」
「そうだねぇ…適当にからかって帰ってきたらどうだい?」
「………」

さすがに憮然となってモニター越しのスカリエッティを睨む。と、そんなダミアンの反応が可笑しいのか彼は肩を震わせてケタケタと忍び笑いを洩らす。
「からかわれているのは私のように思えるのだがな…」
人差し指で額を抑えながらダミアンが嘆息する。するとスカリエッティはイスの背もたれに深く体を預けるながら「心外だなぁ、」というように片眉を吊り上げる。
「まさか。肉体を持たない君を彼らが捕えられるはずがないからね。
それに―――話をしておきたい人物もそちらに来ているんじゃないかね?何と言ったかな、ホラ…黒ずくめの彼だよ」
「―――――」
ダミアンが再び視線を天井へと向ける。障害物を透過しつつ視界を凝らしていく。すると、
(―――居た…)
列車のかなり後方でおかしな格好の子供二人と共に襲ってくるガジェットを次々と破壊している。
「鋼の後継……」
かつてダミアンを…オリジナルの自分を消滅に追い込んだ直接の原因―――そして恐らくダミアンが死んだ後の、キエサルヒマ大陸の命運の行方を知ってるであろう男。

「――――なるほどな。確かに奴には聞きたい事がある。……礼を言わなければならないかな、スカリエッティ?」
「クク…何、気にする事はないよ。面白いサンプルを提供してくれたほんのお礼さ。
それに私は友達は大切にする性質なんだ。―――では、善い話が聞けるよう祈っているよ」
その言葉を最後に虚空に映っていた二ヤケ顔が掻き消える―――と同時に部屋に静寂が戻ってくる。
ダミアンは改めて視線を未だガジェットとの戦いを続ける黒づくめの男へと向けるとゆっくりと胸中で呟く。
(貴様次第だぞ…キリランシェロ)
彼を視界に捉えたままダミアンは転移を開始する。
(私がこの世界でこれからどう動くのかは全て、貴様の答え次第だ…)


数瞬後―――まるで初めから存在していなかったかのように貨物室から彼の姿は掻き消えていた。



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最終更新:2008年05月21日 01:02