魔術士オーフェンStrikerS 第八話
「スターズ01、スターズ02、及びライトニング01、制空権獲得しました!」
「ガジェット弐型散開!これより追撃戦に入ります!」
「スターズ03、スターズ04、二両目のガジェット全て撃破!これより三両目の制圧に取り掛かります!」
照明が無い、代わりに壁に備え付けられている大きな画面から漏れ出る光で室内の輪郭を形どっているここは機動六課作戦司令室、通称ロングアーチ。
持ち場の座席に腰掛け、せわしなく手元のパネルを叩きながら通信士であるシャリオ・フィニーノ、ルキエ・リリノ、アルト・クラエッタの三人が現場の状況を逐一報告する。
「今の所は順調ですね」
「ん、そやね…」
彼女達の報告を聞きながら作戦模様を映し出し続けているディスプレイの正面に座る機動六課部隊長八神はやて、そしてその傍らに佇む部隊長補佐であるグリフィス・ロウランがそう呟く。
と、彼女の声音に芳しくない物を感じたのかグリフィスが周りに聞こえないくらいの声量ではやてにこっそり話しかける。
「…八神部隊長、やはり休まれては如何ですか?顔色が優れませんよ?」
「え、そうかなぁ?」
「ええ。作戦が終了したらまた後処理で忙しくなるでしょうし…。幸いここまでは問題無く進んでますし後の指揮は私に任せて…」
どうか休んでいてくれませんか?とグリフィスが彼女に薦める。だが彼女は首を左右に振ると正面のディスプレイに向き直る。
「ありがとうな。でもウチなら大丈夫やって、これくらい。それに今ウチが眠いから抜けまっせ~、なんて理由で離脱したらみんなの士気に関わるやろ?」
「それは…そうですが…しかし、」
グリフィスが尚もはやてに反論しようと身を乗り出す。と、
「あれ?」
はやて達の前方で淀み無く報告を続けていたシャリオから突然、疑問符のようなものが上がる。
「どうした?」
彼女の声にグリフィスがいち早く反応する。
「ええと、さっきまでレリックの魔力反応に隠れていて気付かなかったんですが…レリックのすぐ近くにほんの微弱ですが別の反応を感知しました」
「なんだと!?」
シャリオのその言葉に室内に僅かな緊張が走る。当然だ。この反応がもしガジェットの物ならばレリックはすでに敵の手の中にあるという事になる。
「貨物車両はまだ破られてないんじゃなかったのか!?」
「は、はい。ガジェットが侵入した痕跡はありません」
「じゃあ、なぜ!?」
焦りも露わに声を荒らげるグリフィスをはやてが嗜める。
「落ち着いてぇな、グリフィス君。まだその反応が敵のもんやと決まったわけやないんやから…」
そう言うとはやてはアルトにサーチャーに列車内の映像を出すよう指示を送る。彼女は頷き手元のパネルを数回叩くと、現場の隊員達を映していた正面の大きなモニターが薄暗い貨物列車内の映像に切り替わる。
「これは…」
サーチャーに映し出されたものを見たはやてが誰にともなく呟く。いや、彼女だけではない。その場に居合わせた全員が予想外の光景に困惑の色を浮かべていた。
「人、ですね…」
これまたグリフィスが誰にともなく呟く。彼の言う通りモニターに映されたのは初老の男性だった。いや、よく見れば初老というほど高齢でもない。せいぜい壮年と言った所か。恐らく豊かに蓄えた口周りの白髭と白髪が見た者に老人というイメージを抱かせるのだろう。
服装の方はシンプルな白いマント―――いや、あれはローブだろうか?―――を纏っている。上から下まで真っ白の、恐らく真近で見れば肌すらも白いのではないかと思う程全身を異様なほど白で染め上げたような男。その男が密閉された貨物車両内、つまりはレリックのすぐ近くに佇んでいた。
「どういう事だ…?どうやってあの中に……。いや、それよりも列車を襲撃したのはガジェットだけのはずじゃ……」
皆の疑問を代弁するようにグリフィスが一人、顎に手を当てながら唸る。彼の言う通り、エンゲージ前に行った広域スキャンでは確かにガジェット以外の反応は確認出来なかった。
(でも現に肉眼で確認出来てもうてるからなぁ…。サーチャーの故障やろうか?)
そっちの方が自分達にとっては大問題であるが…。そんな益体もない感想を胸中で呟きながらはやてが皆に指示を出す。
「うん、あの人が何者なのかは今は置いておこう…。とりあえずフォワードの皆には貨物車両内にアンノウンが居るって事を伝えて現状のまま任務続行。隊長陣にも同じ事を伝えてガジェット全機撃墜後に出来るだけ早くレリック回収のフォローに向かってもらって。」
「「了解!」」
はやての指示に通信士二人が頷く。しかしあとの一人、シャリオだけは聞こえていないとばかりに先ほどから手元のパネルを叩き続けている。
しかし淀みなく正確に動くその指とは違い彼女はその顔になにか深刻な色を浮かべていた。
「シャーリー?」
その様子を怪訝に思ったのか、彼女の隣に座るルキエが彼女の愛称で呼びかける。
「………ウソ」
しかしやはり彼女は手を止めない。何か認めたくない物に抗うように一心不乱にパネルを叩き続ける。
「……シャーリー、どないしたん?」
どう見てもただ事ではない彼女の様子にはやてがやや心配げな声音で問いかける。と、唐突にシャーリーの手が止まった。彼女は何か信じられない物でも見るような目でサーチャーに映る男に目を向けると、
「……この人…生きてません」
やはり信じられないというような口調でそんな事を口にした。
「生きてない?」
グリフィスがオウム返しに聞き返す。
「何を…どう見ても死んでいるようには―――」
「おかしいと思ってスキャンし直したの…。広域じゃなくて貨物車両内に限定して…」
グリフィスの言葉を遮るようにシャーリーが捲くし立てる。その顔はすでに困惑を通り越して恐怖に染まっていた。
「そうしたら…何回調べ直しても、生体反応なんか出ないの…。体温も…心音も…レリックの反応と微弱な魔力反応だけで、後は何も…」
それ以上は続けられなかったのかシャリオは口を噤んで押し黙ってしまった。
「……ステルスのように自分の反応を隠すレアスキルか何かでしょうか?」
静まり返るロングアーチの中、グリフィスがサーチャーに映る男から目を離さずに呟く。そんな彼にはやてが少し驚いたような眼差しを向ける。
「グリフィス君はリアリストやねぇ…」
「そ、そうでしょうか…。ですが幽霊や怨霊よりもそっちの方が私は怖いと思いますが…」
「う~ん、でもそれやと魔力反応が出てる理由に説明がつかへんし……これはホンマに、」
幽霊かもしれへんね―――
はやてがそう冗談交じりに口に出そうとした矢先、何の前触れもなく画面の男の姿が『消失した。』
「ッッ!? も、目標見失いました!」
「転移魔法!?そんな、魔法陣も敷かずにあんな一瞬で…!?」
まばたきをした次の瞬間に消えていた。そう言っていいほど唐突に、本当に唐突に消えてしまった男にシャリオ以外の隊員達も男の異常性にうすら寒いものを覚える。
「……………ほんまに幽霊かもわからへんね…」
完全にタイミングを逸したジョークに笑いを返せる者は今この場には一人も居なかった。
◇ ◆ ◇ ◆
その頃ロングアーチ内が軽い小パニックに陥っている事など知る由もなく、列車上、モノレールの後方から各車両のガジェットを殲滅していたオーフェンとライトニングス二名が第八車両―――目標のレリックが保管されている一つ前の車両でその足を停滞させていた。
「デカイな……」
オーフェンが眼下に開いている大穴を―――そこから覗いている物体を視界に納めたまま呟く。(ちなみに穴はオーフェンが魔術で開けた)
そこには今までのカプセル型のガジェットよりも遥かに巨大な球状のガジェットが列車内でこちらに背を向け道を塞ぐ様に鎮座していた。
「はい……」
「新型ですね……」
自分の横で同じように下のガジェットを見下ろしながらエリオとキャロが返してくる。二人の姿はいつもの訓練着とは違い、それぞれ専用のバリアジャケットにその身を包んでいた。
聞けばこれは午前の訓練終わりに出動がかかった事により急遽、なのはから手渡されたデバイスによるものらしい。前からこちらを目指しているであろうスバル・ティアナに関しても同様との事だ。
(ったく、俺があの張り切り妖精に絡まれてる間にかよ…。いいご身分だぜ…)
まぁ、それに関しては自分が蒔いた種でもあるのであまり強くは言えないのだが…。
………とまれ、話を戻そう。
見たところこの車両のガジェットはあのデカブツ一体のみ。つまりあれを壊せばもう目標のブツは目の前だ。なら―――
「あの、オーフェンさん」
話を戻そうとした矢先に横槍を入れられた…。横のエリオを半眼になりながら睨みつける。
「あんだよ…」
「え、えっとですね。ちょっと気になっただけなんですけど、何でぼく達屋根の上なんかに乗ってるんでしょうか…」
こちらの目つきに若干怖気づきながらエリオがおずおずと口を開く。
「いや何でってお前、そりゃこっちのが楽で安全だからに決まってんだろ…」
「楽…?」
「上から俺とフリードで狙い打ち、討ち洩らした奴をお前が下に降りて叩く。ここまでずっと同じ戦法で来てるじゃねえか。いまさら何言ってんだ?」
「……………………」
エリオが無言で背後を振り返る。そこには例えようもないほど破壊し尽くされ、例外無くドス黒い煙を吐き出し続けるモノレール車両の成れの果てが合計6両、ガタガタと壊れかけの車輪を鳴らしながら健気に付いてきていた。10両目なんか天井がまるまる無くなっている。…誰の仕業かは言わずもがな、だ。
「…………安全の代償としては被害が大きすぎる気がするのはぼくの気のせいなんでしょうか……」
「まあ、それはそれとしてだ」
ジト~、とした目を向けてくるエリオから目を背けて―――ちなみに背後の光景の方も頑なに見ないようにして―――オーフェンが急に話を逸らす。
「ご、ごまかした!誤魔化しましたよね、今!?」
「どうやらこの車両のガジェットはあのデカブツだけみたいだな。アイツを壊せばもう目標は目の前なわけだ」
「そ、それに安全っていうけど下でガジェットと一緒にオーフェンさん達の攻撃にさらされてるぼくはちっとも安全じゃない気が…。ていうか現にオーフェンさんの魔術でぼく何回か吹き飛ばされてますし」
「でも問題はアイツが今までの奴と同じなのかって事だよなー。何かしら違うモノ持ってんなら危ないし」
「何で無視するんですかぁ!?」
しかしエリオもなかなか食い下がる。よく見れば彼の髪やら服やらは煤(すす)で真っ黒だった。そんな彼の方に半眼を向けながらオーフェンは軽くため息を吐く。
「はぁ、んな事言われてもなぁ…。アレはお前が背後の注意を怠ったのが悪いだろ。俺が後ろのガジェット掃ってやってなかったらお前今頃煤だらけどころか血まみれだぞ」
「うっ……」
その言葉にエリオがわずかに後ずさる。
ちなみにキャロは先ほどからそんなエリオとオーフェンを交互に見比べながら「あう…あう…」と何やらゴニョゴニョ言っている。多分「喧嘩は止めてください」的な事が言いたいのだろうが…。と、
「どうやらいつまでもダラダラと喋ってる場合じゃなさそうだな…」
「え?」
「見ろよ」
疑問の声を上げる二人にオーフェンは顎で前を見るように促す。
すると今まで置物の様に微動だにしなかったガジェットが緩慢にだが動きを見せていた。その場を移動はせずにただスー、と横に回転し始めたのだ。
「油断するなよ…」
ジリ…、と体重を踵に預けいつでも飛び退ける体勢で横の二人に忠告する。
「とりあえず先手は譲るぞ。今までの奴らと違うんだったら下手に動くより出方を見極めてから攻撃に回った方がいい」
こちらの言葉に二人が頷いた事を気配だけで確認すると相手の初手を迎え撃つための魔術の構成を頭の中に描いておく。
(さぁ、どう来る?)
三人が身構える中、丁度180度反転した所でガジェットがその動きを停止させた。
正面を向き、他のガジェットと同じく目の役割をしているらしい中心に備え付けられてる黄色のレンズがこちらに向けられる。
その直後、あるいはほぼ同時にガジェットの身体の一部が開き、そこから猛烈な勢いで何かがこちらに向けて飛び出してきた。
「っ、我は紡ぐ光輪の鎧!!」
少々面食らいながらも、動作は滑らかにあらかじめ作り上げておいた防御のための構成を解き放つ。
瞬間、突き出した手の平からまるでいくつもの光の輪を紡ぎ合わせたような防御壁が展開し、ガジェットが放った一撃を受け止めた。圧力に押されながらも何とか踏みとどまる。
(何だ、ありゃ。腕…か!?)
防御壁越しに相手の得物を確認する。分厚いベルトを幾つも連結させたかのような極太の二本の『腕』。それがガジェットの両脇からこちらに向けて真っ直ぐ伸びていた。
「オーフェンさん!!」
このままでは危ないと思ったのかエリオが奔る。二本のアームを食い止めているオーフェンの横をすり抜け、一直線にガジェット本体へと肉薄する。
「はあああああああ!!!」
裂帛の気合でもって刃に雷を蓄えたストラーダを渾身の力で振り下ろした。
ガギィッ!と金属同士がぶつかり合う音の後、ストラーダの刃先から凄まじいまでの雷撃がガジェットに向けて叩き込まれる。
「ッ、硬い…!」
だが通らない。エリオの電流を纏った斬撃は奴の装甲を切り裂くどころか傷つける事すら敵わなかった。どうやら図体がデカイ分、強度の方もかなりの物らしい。そして次の瞬間、更なる驚愕が彼を襲う。
「………ッ!!」
それはどういった現象なのか。エリオの魔力によって強化されていたのだろう、薄い黄色の光に包まれていたストラーダからみるみる魔力が拡散していく。それに伴って辺りに撒き散らされていた放電も止まってしまう。
「そんな…」
そしてそれはガジェットに肉薄しているエリオだけに留まらない。後方でいつでも支援魔法を行える様に備えていたキャロにまで及んでいた。彼女の足元に構築されていた魔方陣が同じように粒子となって消えていく。
「AMF!?」
「嘘、こんな所まで…!?」
広範囲にまで及ぶAMF(アンチ・マジック・シールド)。それがこの現象の正体か。障壁を維持しながら考察する。
…だがこれが隠し玉だとすればとんだ肩透かしだ。なぜならあの装置は魔導師を封殺するための物。力の顕現に魔力を必要としない魔術士である自分にはなんら脅威を与える事は出来ない。…らしい。
「エリオ、下がれ!」
展開させている障壁でアームをいなしながら叫ぶ。すると(経験からか)それだけでこちらの意図を悟ったのかエリオが俊敏な動作で列車の最後方まで飛び退きガジェットから間合いを離す。―――魔術の及ぶ範囲外まで。
(よし…!)
それを確認してから改めて障壁を消し去り、超高難度の構成を全力で編み上げていく。…ここは急斜面の山岳地帯、更に付け加えれば高速で走行中の列車上だ。さっきまでのガジェットならともかくエリオの攻撃で傷一つ付けられないような奴を屠れる程の高威力の熱衝撃波など放てば自分の足場ごと爆砕させかねない。
「我が契約により―――」
ゆえに求めるのは単純な破壊とは別ベクトルの威力。自分の力を限界ギリギリまで支払い、作り上げる魔術にそれを実現させる力を付与していく。
ガジェットは変わらず、伸ばしたアームを自分目掛けて振り下ろしてくる。だがオーフェンはそれを完璧に無視した。狙うはガジェット本体、その中央。このタイミングならこちらの方がわずかに速い!
「―――聖戦よ終れ!!」
―――――きゅぼっ!!
瞬間、彼が突き出した両手から極光が走る。熱衝撃波とはまた性質が違う、ただの光。その閃光が音も無くガジェットの中心を抉る。そして光が消えた時、
ガジェットの中央から上半分にかけて―――光が突き刺さった部分―――が、ごっそりと『消失』していた。
「……ふぅ。ま、こんな所か。案外あっけなかったな…」
突き出していた両手を下ろし、繰り手を失い振り下ろされた勢いのまま在らぬ方向へ吹き飛んでいくアームを見送りながらオーフェンが呟く。
「うわぁ…」
と、後方からキャロが―――ついでに下の方からもエリオが―――呆気に取られた声を上げてくる。
そんな二人の様子を見てオーフェンが苦笑を洩らす。そういえばいつもの訓練じゃこんな大魔術は見せた事がなかった。驚くのもまぁ、当然だろう。
「ほら、さっさと降りようぜ。エリオが待ってる。まぁこの先はもう戦闘も無さそうだし、興味あるんなら後で解説くらいはしてやるからよ」
「え、えっ?きゃあ!」
そう言ってキャロを腕に抱えると、オーフェンはモノレール上から室内へと飛び降りた。両足だけで問題なく着地を決めると、脇に抱えていたキャロを床に下ろしてやる。
「ス、スミマセン…」
「おう」
突然抱きかかえられて驚いたのか、それとも大声を出したのが恥ずかしかったのか、赤面しながらやや俯きがちにポツリと言ってくるキャロの頭を帽子の上からぽんぽんと一、二度叩いてやる。
最後にフリードが翼を羽ばたかせながら降りてくるのを待つと、オーフェンは報告の為にロングアーチへと通信を送る。
『こちらオー…スターズ05。列車後方のガジェットは全部片付けたぞ。これから目標の確保に向かう』
『……………』
しかし無応答。開いた回線からは返事が返ってくる気配はない。
『おーい…』
『………………………』
もう一度呼びかけてみるがやはり何の反応も返ってこない。
「っかしーなー。念話の送り方ってこうじゃなかったっけか?前になのはから教わった時は上手くいったんだけどな…」
「どうかしたんですか?」
一抹の虚しさを覚えながらそんな事を一人ぶつぶつ呟いていると横からジャケットをクイクイ、と引っ張られた。見れば隣を歩いているエリオが何かあったのか、と眉根を寄せた心配顔でこちらを見上げてきていた。エリオの更に横でキャロも同じような顔でこちらを窺っている。
「ああ、大した事じゃねえよ。ただ、」
まだ念話ってのに慣れてなくてな、と。苦笑しながらそう口にしようとしたその時、
「キュクルー!!」
こちらの言葉を遮るようにキャロの隣を飛んでいたフリードが―――この動物特有の鳴き声なのだろう―――喉に舌を絡ませるような鳴き声を上げた。
その鳴き声につられて全員が足を止め、フリードの方に視線を向ける。
「どうしたの、フリード?」
キャロが自分の相棒へと問いかける。だがフリードはそんなキャロの方には見向きのせず、喉の奥でウ~と唸りながら後方を、今自分たちが歩いてきた方向へと厳しい視線を送り続けている。
(何だ…?)
さすがに様子がおかしい。そう思いながらフリードの視線を辿る、が特に際立っておかしな物など見当たらない。
あえて言えば自分がついさっき破壊したガジェットが転がっているくらいしか目立った物は―――
「…気付かれてしまったか」
ぼそりと、どこからか深い声が聞こえた。
「っ、誰だ!!」
誰も居ない虚空から発せられたその声に多少ならずも驚愕しながらオーフェンはエリオとキャロを自分の背後に押しやり、声が聞こえた方向へと叫ぶ。
「誰だ…か」
するとそんな自嘲を込めた呟きと共に何の前触れもなく目の前の空間が蜃気楼のようにぐにゃりと歪む。
「それは困るな。君が憶えていてくれなくては…。この世界での私は何者でもなくなってしまうよ」
「……お前」
やがてそれが輪郭を映し出し、人の形を為す頃にはオーフェンは今度こそ決定的な驚愕に目を見開いていた。
記憶を探るまでもない。以前と全く変わらない紳士然とした態度に立ち居振る舞い、容姿に口調。その男は前に自分が出会った頃となんら変わらない姿で彼はそこに立っていた。そう、オーフェン自身が彼を滅ぼす前と変わらない姿のままで………。
「…なるほど。その顔からするとどうやら忘れられているという事はないようだ。では、改めて―――」
そこで一旦言葉を区切ると男はローブの下から右腕を差し出し、芝居がかった仕草でその腕をゆっくり胸元に置くと歌うように再び言葉を紡ぐ。
「久しい…いや、『この私』とは初対面か。初めましてと言うべきかな?まぁ、いずれにしろ変わりないようで何よりだよ、鋼の後継…」
「何でお前がここに居る?」
ほぼ反射的にオーフェンが相手の言葉を遮るように早口で捲くし立てる。遮りたかったのは奴の馴れ馴れしい口上なのか、咄嗟に紡がれた昔の自分の二つ名の方だったのかは考えないようにした。
それにどのみちもう遅い。自分の背後でキャロが「鋼の…?」と小さく呟いているのが聞こえる。
それを誤魔化すように小さく舌打ちしながら質問に答えるでもなく、ただ薄い笑みを浮かべる目の前の男を睨みつける。
だがダミアンはそれを気にした風もなくゆっくり視線を巡らせると中心部を大きく抉られ今はもう完全に機能を停止しているガジェットの方へとその相貌を向ける。
「……情報破壊による存在意味の消失、か。確か黒魔術における究極形の一つだったな」
「なに?」
「アレには君への対策にと耐熱処理を施した金属を使ったとか自慢げに語っていたが…。ふん、どうやら当てが外れたようだな」
「……おい、一体何の話を―――」
急に話の方向を変えたダミアンを怪訝に思い言葉をかけようとしてハッとなる。
「待て、俺への対策だと?それに『語っていた』ってのは一体誰の事だ」
「…………………」
黙してこちらの反応を待つダミアン。そんな彼へと追求の為、苛立たしげに口を開きかける。と、その時、
『ロングアーチから各隊員に通達!目標第七車両にて不審人物を確認、後にその反応を…反応をロストしました!現在サーチャーにて追跡中!今、人相を送りますからもし遭遇した場合は―――』
「……………………」
いきなり繋がった通信から早口に捲くし立てられるシャリオの声にその問いは阻まれる。だが、同時に彼女の横槍は問うまでもなく奴に関する疑問の内の一つを氷解してくれた。
すなわち、奴がここにいる理由。人相など確認するまでもない。恐らくこの男がこの列車襲撃の実行犯と見て間違いない。
(わからねぇのは動機くらいのもんだが…これは考えるだけ無駄だな。材料が少なすぎる…)
「オーフェンさん…」
声に振り向く。と、エリオとキャロはすでに険しい面持ちでそれぞれ自分の獲物を構えていた。先の奴と自分とのやり取りと今の報告とで彼らもこの男を完全に敵だと認識したらしい。…これでまだ十歳そこそこだと言うのだから末恐ろしい。
そんな二人に頷き返しながらオーフェン自身も五感を尖らせ始める。
『エリオ、シャリオへの報告任せるぞ』
「え、あっ、は、ハイ!』
突然念話で話しかけられ狼狽しながらも返事を返してくるエリオを尻目にその場を一歩踏み出し、ダミアンと対峙する。
「状況はおおむね理解出来たようだな」
厳かに告げてくるダミアン。そういえば心が読めるみたいな事を言ってたっけか…。
「…いんや、分からない事だらけだね。もう一度同じ事を聞くが何でお前がここにいる?お前は…」
「そう、死んだはずだな。それは間違いない」
「ならっ!」
なぜここにいるんだ、とそう続けようとした言葉が唐突にこちらに差し向けられたダミアンの右手に遮断される。
「まぁ、待て。君にも色々と疑問があるのだろうが、実は私も君に聞きたい事がある。だがここでは些か話しにくいのでな…。悪いが少し付き合ってもらうぞ」
そうダミアンが呟き軽く腕を振る動作を行うと次の瞬間、オーフェンの姿がまるでコマ落としのようにその場から消失してしまった。
「っ、オーフェンさん!?」
その異常を目の当たりにしてキャロが悲鳴じみた声を上げる。実際は転移魔術を行っただけなのだが魔方陣も敷かずにあんな一瞬で行える転送魔法などミッドにもベルカにもありはしない。それを踏まえればキャロの取り乱しようもまぁ、当然と言えるだろう。なにせ彼女から見たら突然人が消滅したように見えたのだろうから。
「さて…」
そんな彼女を尻目にダミアン自身もオーフェンを追うように転移を行い始める。―――が、
『SONIC MOVE!』
その思惑を阻むように電子の篭った低い声と共に疾風の如き速さでダミアンに肉薄したエリオのストラーダが彼の鼻先数cmの所に突きつけられた。
「オーフェンさんに何をした…」
槍を突き出した体勢のままでエリオが眼前の男を問い詰める。押し殺したその声にはハッキリとした敵意が篭っていた。
「…………」
しかし男は気にした風もなく、視線すら彼と合わせずただ黙って虚空を見つめている。その目は傍目から見ても分かるくらいにどうしようもなく冷めていた。
そしてエリオはその目の意味を本能的に悟る。
(相手にされてない…。この人の中では僕達は『居ない事』になってる)
カッと、一瞬で頭の中が怒りで真っ赤になる。
「ッ、馬鹿にするな!!」
叫びと共に男の腹部目掛けて突き入れられるストラーダ。だが、
「帰りきたる。痕の多い獣の檻。大にしてうねり、小にしてわめく」
だがそれよりもなお速く男が唄を紡ぐ。エリオがそれを呪文だと認識する前に、彼の身体は横殴りに吹き飛ばされ、なす術もなく壁に叩きつけられていた。
「エリオ君!!」
崩れ落ちるエリオにキャロが慌てて駆け寄る。
「う…あ、だ、大丈夫、立てる…よ」
衝撃に息を詰まらせながらも彼女に答えるようにストラーダを杖にしてヨロヨロと立ち上がる。背中を強く打っていたがそれ以外は外傷らしい外傷は見当たらない。どうやら自分が食らったのは衝撃波などの類ではなくただ単に吹き飛ばされただけらしい。
ハッと気付き、列車内を見回す。ダミアンの姿はどこにも見受けられない。
「……あの人は?」
傍で気遣わしげに自分を見ている少女に尋ねると彼女は小さく首を左右に振った。
「エリオ君が吹き飛ばされた後、すぐに消えちゃったの…」
「くそ、一体どこに…!」
キャロに肩を借りながらエリオが悔しげに呟く。が、すぐに気を取り直すように首をブンブンと左右に振る。
(落ち着け、こんな時に熱くなったって仕方ないじゃないか!)
そう自分に言い聞かせると何度か深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着ける事に成功する。するとエリオは次の車両―――レリックが保管されている貨物室に目を向けた。
「エリオ君?」
「オーフェンさんなら…きっと大丈夫だよ。先にレリックを確保しよう」
その言葉にキャロが身を硬くする。
「えっ、でも、オーフェンさんは…」
「うん、僕も心配だけど、あの人、さっきオーフェンさんに聞きたい事があるって言ってた。多分戦う事が目的じゃないと思うんだ。ならきっとオーフェンさんは生きてる筈だし、今起こった事は全部通信の向こうの人達も見てる。今頃ロングアーチのみんなが探してくれてるよ」
「う、うん…」
流暢な口調で話しながらもその実、頭をフル回転させながらエリオは必死に即興の行動指針を立てていく。キャロに気付かれないように。
「なら僕たちは僕たちに出来る事をやらなきゃ。ここでレリックを回収出来ればみんなの心配を一つ減らせる。…大丈夫だよ、もし万が一戦いになってたとしてもオーフェンさんが負けるわけないって」
「うん…うん、そうだよね!」
その言葉にキャロも今度は強く頷いてくれた。そんな彼女にエリオも笑顔を見せると、二人で荒れた車内を走り出す。
…本当を言えば何の根拠もない理論だ。あの男の言葉を信じられる根拠などどこにもないし、オーフェンさん自身あの人を確実に敵だと見なしてた。少なく見積もっても戦闘になってる可能性の方が高いように思える。
(…ああ、弱気になってるなぁ。フェイトさんやオーフェンさんならもっと自信を持って行動できるのかもしれないけど、と)
そんな考えに没頭している間に二人は貨物車両のドアの前へとたどり着いていた。
「………………」
無言でキャロへと視線を送る。彼女が小さく頷くのを確認するとエリオはドアを破壊しようとストラーダを構える。そして突貫しようと一歩踏み込んだその瞬間―――
「ウオラアアアアアアアアああああああああああああ!!!!」
まるで狙ったかのようなタイミングで、凄まじいプレッシャーを纏った一撃が天井をブチ破って自分たちの頭上へと降りかかって来た。
「っ、ストラーダ!」
『SONIC MOVE!』
脅威を感じるのとほぼ同時、咄嗟にキャロの手を掴むとゼロタイムでソニックムーブを発動、後方へと鋭く跳躍して難を逃れる。
(新手…!?)
ズガァン!と、一瞬前まで自分たちが立っていた床が踏み砕かれる音を聴きながらキャロを腕に抱き直し、ソニックムーブの効果が切れると共に床に着地すると片手に持ち直したストラーダで牽制するように今は離れている相手へとその切っ先を突きつける。そんなエリオに苛立たしげな視線を送りながら襲撃者がゆっくりと立ち上がる。
「チ、外したか…。殺ったと思ったんだけどな。すばしっこいガキだぜ」
「…女の人?」
エリオの言うとおり、その姿は以外にも年若い少女のものだった。整った容姿と相反するように顔には不機嫌そうな表情を浮かべ、目の前の彼らを見据える釣り目がちの双眸の奥では金色の瞳が爛々と燃えている。そして何よりも目を引くのは薄闇の中でもなお映える炎のように真っ赤な頭髪。ショートに揃えられたそれは元々活発そうなイメージのある彼女によく似合っている。だがそんな美少女と呼んで差し支えない彼女の格好は不釣合いなほど物騒極まりないものだった。全身をピッタリと覆うブルーのボディースーツはまだいい―――むしろ良い―――として右手には簡易的なガンナックル、両足にはスバルと同種のモノだろうローラーブーツに、更にこれまたスバルのリボルバーナックルに備え付けられているモノと同様のスピナーがギャリギャリと火花を散らしながら回転している。
…完全武装と言うほかに例えが見つからない程の完全武装だった。
『キャロ、気を付けて…』
『は、はい…!』
キャロを自分の背後に庇いながら襲撃者と対峙するエリオ。そんな彼らを見て彼女はフン、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「てめぇ等がこっちって事はタイプ・ゼロは反対側か。くそっ、おいしいなぁチンク姉…」
何やらブツブツとボヤキながら彼女は背後にある貨物車両のドアに左手に握っていた何かを貼り付ける。するとそこを軸に緑色をしたゼリー状の膜が展開され、あっという間に貨物車両全体を覆ってしまった。
「なっ!」
「結界…!?」
「…あのジジイの話が済むまでてめぇ等の足止めしとけってのがドクターの命令だからな。念の為にだよ。ったく、いくら命令だからって何であんな奴の為にアタシがここまでしてやんなきゃならねぇんだ…」
「ちょっと待って下さい―――」
独り言のようにブツブツと呟かれた彼女の愚痴にエリオがハッとした表情を見せる。
「あん?」
「僕たちの足止めが必要って事は、ひょっとしてオーフェンさん達はあの中にいるんですか?」
エリオの視線が結界の中に向けられる。
「だったらどうする?」
「……押し通らせてもらいます」
ストラーダを相手に向けて水平に構える。キャロも慌てて距離を取り支援魔法のための魔方陣を展開し、ここで退くつもりはないと相手に示す。
「―――ハッ!おもしれぇ、やってみろよ!」
それを見て取った赤毛の少女はここに来てずっと不機嫌そうだった表情を初めて崩す。
笑みだった。口元を釣り上げ犬歯を剥き出しにするような獰猛な笑みを彼女は浮かべていた。
「ノーヴェってんだ。ああ、覚えなくていいぜ?どうせてめぇ等―――」
立てた親指で自分を指し示し、更にその指をグイ、と下へ向けるとノーヴェ自身もまるでスタート前のスプリンターのように深く身体を沈みこませる。そしてそのまま、
「ここでくたばっちまうんだからなぁ!!」
咆哮と共に彼女は己が愛機「ジェットエッジ」に熱を吹かせ一気に獲物へと踊りかかっていった。
その頃―――
『状況を教えて下さい!一体今何がどうなってるんですか!?』
先の全隊員への通信から数分後、リィンは列車の停止を一時中止し、ついさっき通ったばかりの道を逆走していた。
『えっと、ライトニング分隊、スターズ分隊、七両目を挟んで共に先ほどとはまた別に現れた未確認人物と交戦中です!』
『またですか。もう未確認人物ばっかりですね…』
その報告にリィンはこめかみを指で押さえながらため息を吐く。途中でティアナ達と別れ、列車停止のために単独で先頭車両へと向かったのが仇になったか。まったく、途中までは順調な任務のはずだったのに気が付けば不測の事態の連続だ。
『オーフェンさんは?』
『そ、それが…連れ攫われてしまいまして…』
『はぁ!?』
少なからず頼りにしていた仲間のあんまりと言えばあんまりな現状に思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。
『張られた結界の中からオーフェンさんの反応が出ているので多分、第七車両に…』
『ああ、もう!』
思わず頭を抱える。事態がどんどんややこしく、かつ自分たちにとって悪い方向にばかり転がっていく。
『了解です!リィンもすぐ現場に向かうのでティアナ達になんとか持ちこたえてくれるよう伝えてくださいです!』
『了解!』
(まったくもう!ついさっき『お願いします』って頼んだばっかりなのになんて頼りにならない人なんですか!)
通信を切ると胸中で黒づくめの同僚を罵りながら更に速度を上げる。
(……無事でいて下さいよ…)
初陣は更に激化の一途を辿っていく。
魔術士オーフェンStrikers 第八話 終
最終更新:2008年08月21日 21:22