閉鎖された戦場――リニアレール車両内に、嵐が吹き荒れていた。
「うおおおおおおおぉっ!!」
青い髪の破壊神――スバルが雄叫びを上げながら敵陣の中心に飛び込み、車両を占領するガジェットの一体に掴み掛かった。
コード状の触手をしっかりと掴まえ、スバルは捕獲したガジェットをハンマーのように振り回し、手近な敵に容赦なく叩きつける。
咄嗟にAMFを展開するガジェットだが、高度な対魔法防御も原始的な物理攻撃には何の意味も無く、鈍器代わりに使用された仲間共々に破片を撒き散らしながら砕け散った。
「次っ!!」
獰猛な光を瞳に宿し、スバルは次なる獲物へと魔の手を伸ばす。
ローラーブーツを噴かし、背後から抱きつくように新たなガジェットを捕まえたスバルに、残りの敵が一斉に光線を放つ。
降り注ぐ魔力弾の集中砲火にスバルは不敵な笑みを浮かべ、捕獲したガジェットを盾のように前方へ突き出した。
迫り来る凶弾の雨を認識したガジェットは防御プログラムを作動、AMFを展開する。
味方の展開したAMFに阻まれ、ガジェット達の攻撃はスバルに届くことはない。
「わはははは! 無駄無駄無駄ぁっ!!」
敵の攻撃を敵の障壁で無効化しながら、スバルは勝ち誇ったように哄笑する。
あらゆる魔法を打ち消すガジェットのAMF、敵に使われれば確かに厄介極まりない「壁」だが……自分で使う側に回ってしまえば、これ程便利な「盾」は無い。
更にガジェット本体の強度やスバル自身の腕力も相まって、魔導師にとっての最悪の「敵」は、今やスバルにとっての最適な「武器」と化していた。
敵の集中砲火が止んだ瞬間、今度はスバルが攻勢に回った。
手元のガジェットを力任せに放り投げ、敵にぶつけて牽制する。
敵が怯んだ隙に距離を詰め、術式を纏わせた拳で全力で殴りつける。
「リボルバーキャノン!!」
咆哮と共に零距離から撃ち出された衝撃波が、ガジェット達を粉微塵に消し飛ばした。
「あたしを誰だと――へぶっ!?」
高らかに勝ち名乗りを上げかけるスバルの背中に、ガジェットの放った光線が容赦なく突き刺さった。
バリアジャケットのおかげで光線自体によるダメージは皆無であったが、着弾の衝撃スバルの身体は前のめりに倒れ込み、顔面を強かに床に打ちつけた。
「っつぅー……」
痛む鼻頭に涙目になりながらスバルは上体を起こし、決め台詞を邪魔した無粋な敵を憤怒の表情で睨みつける。
「お前ら……」
幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、スバルは額に青筋を浮かべながら口を開いた。
右手首のタービンが獲物を追う獣のように獰猛に唸りを上げ、全身から溢れ出る魔力が竜巻のように渦を巻き、荒れ狂う嵐となって車両内を吹き荒れる。
ライトニング隊との合流というティアナの指示も、リニアレール奪還という自分達の任務そのものも、既にスバルの頭から消え失せていた。
今の自分のやるべきことは唯一つ、空気の読めない馬鹿共の抹殺――今のスバルの思考回路は、その一点に支配されていた。
「――全員、極刑!!」
スバルの怒号と共に空間が爆砕し、衝撃で車両天井が弾け飛ぶ。
この瞬間、戦場は処刑場へとその名を変えた。
リニアレール第五車両、戦闘続行中。
リニアレール車両内を、一陣の風が駆け抜ける。
≪Sonic Move≫
合成音声の無機質な呟きとほぼ同時に、車両中央に浮かぶガジェットが細切れに解体される。
≪Sonic Move≫
再び響く合成音声と共に、振り下ろされた鋼の塊が車両後方を飛ぶガジェットが叩き潰し、更に返す刃でもう一体、敵がAMFを展開する前に一瞬で斬り捨てる。
≪Sonic Move≫
三度紡がれる死刑宣告。
次の瞬間、今度は車両前方のガジェットを、赤い髪の死神――エリオの槍が貫いていた。
動きを止めたエリオをガジェット達が素早く取り囲み、一斉に光線を撃ち出した。
≪Sonic Move≫
迫り来る光線の集中砲火に、エリオのデバイスが四度目の呟きを発する。
次の瞬間、突如エリオの身体が霞のように掻き消えた。
標的を見失った光線は直進を続け、その先に浮かぶ仲間の身体に無慈悲に突き刺さる。
遅い、余りにも遅くて欠伸が出る……同士討ちして爆発するガジェット達を背中越しに一瞥し、エリオは軽やかな音を立てて床に着地した。
鋭く正確なガジェットの光線攻撃だが、キャロの加速補助を二重に受け、しかも高速機動魔法を発動した今の自分の敵ではない。
破片の散らばる床を蹴り、壁を、天井を、そしてまた床を……車両内を縦横無尽に駆け回り、エリオは踊るように生き残りのガジェット達を翻弄する。
ガジェットがエリオを捕捉し、内蔵武器を起動する――その一瞬の隙に敵の懐に飛び込み、光線を放たれる前にデバイスを突き立てる。
AMFを発動させるべく敵が動きを止めたその刹那、ガジェットの背後に回り込み槍を一閃させて斬り伏せる。
魔法を無効化するガジェットのAMFも、鋭いが遅い敵の攻撃も、使われる前に倒してしまえば気にする必要は無い。
圧倒的とも言えるエリオの猛攻を前に、生き残りのガジェット達は撤退を開始した。
卵のような身体を反転させ、脱兎の如く逃げ出すガジェット達だが、しかしその必死な行動を嘲笑うかのように……、
≪Sonic Move≫
――敵を遥かに凌駕する神速の動きで正面に回りこんだエリオが、槍を携え立ち塞がる。
更にエリオの隣にもう一人、桃色の髪の伏兵――キャロが姿を現した。
「錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」
キャロの呪文発動と共に床面に魔方陣が展開され、その中心から出現した無数の鎖がガジェット達を絡め取る。
「フリード」
捕縛したガジェット達を油断なく見据え、キャロは傍らの相棒に呼びかけた。
主の命令に応えるように、フリードが口の中から火球を生み出す。
同時に隣のエリオも槍を構え、穂先に魔力を集束させる。
「ブラストレイ」
キャロの号令と共に炎の弾丸が、
「ルフトメッサー」
エリオの怒号と風の刃が、
「「――シュート!!」」
撃ち放たれた。
同時に撃ち出された炎と風の魔法は互いに干渉し、力を増幅させながら混ざり合い、最終的に巨大な火球となってガジェット達を飲み込んだ。
まるで赤い絨毯を引いたように車両中が火の海に包まれ、防火装置の作動した天井から人工的な雨が降り注ぐ。
スプリンクラーの水滴を全身に浴び、消えていく炎の海をどこか名残惜しそうに一瞥してから、エリオとキャロは互いの健闘を称え合うように笑いながらハイタッチを交わした。
リニアレール第十車両、制圧完了。
「あの馬鹿共が……」
各車両に設置された防犯カメラからリアルタイムで送られてくるスバル達の戦闘映像を横目に見遣り、ティアナは苛立ったように舌打ちした。
「馬鹿スバル! 遊んでないでとっとと先に進みなさい!! エリオにキャロ! 車両燃やしながらはしゃぐな!!」
調子に乗る同僚達を通信回線越しに怒鳴りつけ、ティアナは続いてロングアーチへと通信を繋ぐ。
「スターズF、五両目で戦闘中。ライトニングF、十両目を奪還」
自分は何をしているのだろう……列車の停止作業と並行して、いつの間にか現場管制の真似事をしている自分自身に呆れるように、ティアナは重い息を吐いた。
管制など訓練生時代に軽い講義受けただけで演習すらも行った経験は無く、そもそも複数の作業を両立出来る程の処理能力は自分には無い。
現に今自分は現場の状況報告と司令部からの指示伝達との中継に追われ、肝心の車両制御の方は中々進展していない。
本来どちらかに集中するべき――否、現状を鑑みればどちらに集中するべきかは明らかなのだが、どちらとも中途半端に進んでしまっているので切り捨てるに捨てられない。
結果どちらにも集中出来ないまま時間だけが浪費されていくという本末転倒な状況が続いているが、自分を変えようにもつまらない意地が邪魔をして中々一歩を踏み出せない。
大体このような作業はリイン曹長の仕事だろうに……出撃の際に隊舎に残った上司に八つ当たりするように恨みの矛先を向けながら、ティアナは黙々と己の仕事を続ける。
手元に展開したウィンドウ――緊急操作マニュアルを慎重に確認しながら、掲載された過程の一つ一つを丁寧に消化していく。
『ティア! 五両目のガジェットは全部潰したよ!!』
『ティアナさん、十両目の鎮火を確認したので次の車両に進みます』
スバルとエリオからの報告を受け、制御パネルを操作しながら該当する車両の防犯カメラの映像を呼び出す。
……マニュアルを読み間違い、操作手順を一つ飛ばしてしまいエラー表示が出た。
「スバル、六両目のガジェットは五体。七両目の重要貨物室には敵はいないみたいだから、さっさと潰してとっととちび達と合流しなさい。
エリオにキャロ、九両目の敵は九体、ちょっと数が多いけど気合いと根性で乗り切るのよ」
操作をやり直しながらしながら現場のスバル達に通信を繋ぎ、激励の意味を込めて指示を出す。
……パスワードを打ち間違い、エラーの壁にぶつかった。
「スターズF、五両目を奪還。ライトニングF、九両目に突入」
再度パスワードを入力し、ロングアーチにも状況を報告する。
……指が誤って削除キーに触れ、これまでの苦労が白紙に戻った。
ティアナの中で、何かが切れた。
「だああああああああああああっ、もう! このポンコツ列車がああああああああっ!!」
髪の毛を両手でかき回しながら絶叫し、ティアナは八つ当たりするように操作パネルに拳を叩きつけた。
緊急操作マニュアルに羅列された二十以上の手順を再び最初からやり直し……自身の過失が原因とはいえ、これは流石に気が滅入る。
大体電車などどうせ走るか止まるか車内放送を流すか程度の機能しか存在しないというのに、その操作に何故ここまで煩雑な手順が必要となるのか。
犯罪防止のためか何かは知らないが、無駄なハイテクなど害悪以外の何物でもない。
やってられるか……据わった眼でマニュアルのウィンドウを睨みつけ、ティアナはデバイスを取り出した。
クロスミラージュの銃身が怯えたように一瞬震えるが、頭に血が上ったティアナが気付くことは無かった。
わざわざ正攻法で付き合ってやる義理など、考えてみれば無いではないか。
目には目を、ハイテクにはハイテクを――クロスミラージュを制御システムに介入させ、ガジェットと同じやり方で車両の制御を乗っ取ってしまえば万事解決。
インテリジェントデバイスに搭載されたAIは戦闘用、しかもクロスミラージュは最新型……ガジェットのような訳の解らないメカに出来て、自分の相棒に出来ない道理は無い。
デバイスの装甲をこじ開け、必要な配線を引き出す。
機械の扱いは簡易デバイスを製作する際に多少は勉強した、ハードウェアを繋げるだけならば自分でも簡単に出来る。
ソフトウェアの接続と掌握――言い換えればハッキングの作業自体は完全にクロスミラージュ頼みであるが、そこは相棒の性能を信じるしかない。
≪M……master?≫
クロスミラージュが困惑したように声を上げるが、ティアナは無視して作業を続ける。
ガジェットの残骸から拝借したケーブルにデバイスを繋ぎ、制御機器に接続して準備完了。
「クロスミラージュ! ちょっとハッキングでメインコンピュータを乗っ取って、大至急列車を止めなさい!!」
まるでイソギンチャクのように無数のコードやケーブルに繋がれ、急造のハッキングツールと化した己のデバイスに、ティアナは高らかに命じた。
こいつはデバイスを一体何だと思っているのだろーか……所有者の破天荒な行動に些か呆れながらも、クロスミラージュは主の命令を忠実に実行する。
――メインシステムにアクセス、プロテクトを突破
――制御プログラムに介入、システムの掌握完了
リニアレールの制御奪取を完了させたクロスミラージュが停止シグナルを送信し、列車が急ブレーキをかけて減速する。
まるで地震でも起きたかのように車両が大きく揺れ、窓の外の景色が動きを止める。
≪Order complete≫
「ご苦労」
命令完遂を報告するデバイスに労いの言葉を短く口にし、ティアナは大きく安堵の息を吐いた。
さて……クロスミラージュに繋いだコードやケーブルを引き抜きながら、ティアナは今後の段取りを思案する。
まずはロングアーチに列車停止を報告、ついでにスバル達の戦闘状況も伝えておけば効率的だろう。
その後はスバルと共にエリオ達と合流……否、先にスバルを合流させて後から追い着いた方が良いだろうか。
各車両内の映像を映すウィンドウ群を見回すティアナは、その時ふと眉を顰めた。
エリオ達の戦う第九車両からの映像が、いつの間にか途絶えている。
受信機の故障か、それとも戦闘の余波でカメラが壊れたのか……十中八九後者だろーなーとエリオ達の荒っぽい戦い方に嘆息を零しながら、ティアナは二人に通信を繋ぐ。
「エリオ? キャロ?」
二人の名を呼びかけてみるが、しかし通信機から返るのは雑音のみ……念話でも同じことを試してみたが、結果は変わらなかった。
敵のジャミング……ティアナの顔から血の気が引いた。
AMFを全開にすれば、通信魔法の妨害など造作も無い。
その思考に至らなかった自分自身を責めながら、ティアナは唯一通信の繋がる仲間――スバルに叫ぶ。
「スバル! エリオとキャロを助けて!!」
同時刻、エリオとキャロは半壊した第九車両で、巨大な敵と対峙していた。
比喩ではない……自動扉を周囲の壁ごと突き崩し、ガジェット掃討も佳境に入っていた第九車両に、それは突然姿を現した。
車両の幅の半分以上を塞ぐ球形の巨体――これまで自分達が倒してきたガジェットとも、外でなのは達が戦う敵とも異なる、しかし明らかにその面影を持つ新手の敵。
ガジェットの新型、卵型の通常タイプをⅠ型、三角形の航空型をⅡ型とするならば、これはさしずめⅢ型と言ったところだろうか。
この車両に残存していたガジェットⅠ型数体を周囲に従え、威圧するように自分達と相対する未知の敵に、エリオ達の顔が緊張に強張る。
ガジェット達も敵を警戒しているのか、攻撃を仕掛ける様子も先の車両に進攻する気配も見せない。
まるで時が止まったかのように続く沈黙、しかしこのまま永遠に睨み合いで時間を浪費する訳にもいかない。
「キャロ、頼むよ」
「任せて、エリオ君」
パートナーの言葉に力強く首肯し、キャロは呪文の詠唱を始める。
エリオの足元に薄桃色の魔方陣が展開され、くるくると独楽のように回転しながら輝きを増していく。
「What I want is the chain of bonds, What I wish is the sword of justice.(我が請うは縛めの鎖、我が求めるは正義の剣)
What I hope is the bliss of my edge, what I desire is ruin of my enemy.(我は望む幸運を我が刃に、我は欲する破滅を我が敵に)」
朗々と紡がれるキャロの言の葉を聞きながら、エリオは腰を落としてストラーダを構えた。
両脚にぐっと力を込め、穂先の切っ先に魔力を集束させる。
穂先の付け根のカバーがスライドし、カートリッジの空薬莢が排出される。
放物線を描いて落下する空薬莢が、からりと音を立てて床に転がり……瞬間、エリオが動いた。
地を穿つような勢いで床を蹴り、デバイスのブースターを点火する。
ほぼ同時に、キャロの呪文も完成していた。
「アルケミックチェーン・デュアルブーステッド!!」
車両内に凛と響き渡るキャロの声と共に、床に敷かれた魔方陣から数本の鎖が〝高速で撃ち出され〟た。
術式構成の段階で「加速」と「突撃強化」の補助効果を組み込まれ、無機物操作の魔法によって召喚と同時に矢のように射出された錬鉄鎖が、ガジェットⅠ型を正確に射抜く。
一つ眼に灯る光が消え、鎖に貫かれたまま力なく床を転がるガジェットⅠ型に一瞥も向けることなく、エリオはただひたすらに目の前の敵――ガジェットⅢ型へと突き進む。
≪Sonic――≫
デバイスの無機質な呟きと共に、エリオの世界がギアを切り替えた。
音が消え、まるで早回しのビデオのように加速しながら流れ過ぎる景色……神速の領域、時の流れから切り離された孤独な世界で、エリオはただひたすらに前進を続ける。
走る、奔る、駆ける、翔ける……。
敵の懐に飛び込む、己の間合いに捻り込む……辿り着いた。
床を踏み締める、槍を振り上げる、そして……飛ぶ!
≪――Move≫
再度耳朶を打つストラーダの声……音を取り戻し、世界は正常な時の流れに帰還した。
一瞬でガジェットⅢ型の頭上に移動したエリオが、渾身の力を込めてデバイスを打ち下ろす。
大上段から振り下ろされたエリオの斬撃を、ガジェットⅢ型は帯のようなアームを交差させて受け止めた。
魔力の刃と鋼の鎧がぶつかり合い、火花を上げて拮抗する。
堅い……予想外の敵の頑丈さに歯噛みしながら、エリオは更に槍を捻じ込む。
魔力を纏った鋼の切っ先が敵のアームを貫通し……刹那、逆三角形に並んだガジェットⅢ型の三つ眼が不気味に輝き、放たれた光線がエリオの身体に突き刺さった。
「ぐぁっ……!」
呻き声と共に吹き飛ぶエリオを、ガジェットⅢ型のアームが絡め取るように拘束した。
容赦なく身体を絞めつける敵の拘束に骨が軋み、エリオの口から苦痛の声が漏れる。
「エリオ君!」
捕われたパートナーに悲鳴を上げ、エリオの元へと走り出すキャロの足に、黒い触手が絡みついた。
転倒するキャロの目に映ったものは、身体を貫く鎖を引きずりながらゆっくりと起き上がる、破壊した筈のガジェットⅠ型。
倒し損ねていた……キャロの瞳が愕然と凍りつく。
再起動したのか、最初から死んだフリをしていたのかは定かではないが、どちらにしても形勢が逆転してしまったことに変わりは無い。
危機に陥る主の前にフリードが盾のように立ち塞がり、口元に火球を生み出す……が、生成された炎の弾丸は、しかしその直後に魔力レベルで霧散した。
AMF……キャロの顔が絶望に染まった。
必死に術式を構築しようと試みるが、魔力は欠片も結合しない。
足掻くキャロを嘲笑うように、ガジェットⅠ型は触手をのばしながら獲物ににじり寄った。
割れた単眼が鈍く煌き、コード状の触手が嬲るようにキャロの身体を這い回る。
「い、やぁ……!」
掠れたような悲鳴がキャロの口から漏れ、大粒の涙が頬を零れ落ちる。
その瞬間、エリオの中で何かが切れた。
「ゴミ屑風情が……キャロを、放せええええええええぇっ!!」
怒りに染まった咆哮と共に、突如エリオの全身から激しい電光が迸った。
まるで爆発するようにバリアジャケットが弾け飛び、衝撃でガジェットⅢ型のアームが千切れ飛ぶ。
敵の拘束から解放されたエリオはガジェットⅢ型に背を向け、キャロを陵辱するガジェットⅠ型へと走り寄った。
狂犬のように牙を剥き出し、猪のように直線的な突進を仕掛けるエリオを嗤うように、ガジェットⅠ型が光線を放つ……が、
「鬱陶しい!!」
怒号と共にエリオの体から放たれた電撃の牙が、まるで食い千切るように敵の光線を消し飛ばした。
守りたいと思った人がいた、護ると決めた人が出来た。
いつも笑っていて欲しいと願った、だから自分がその笑顔を守ろうと誓った。
故にエリオは……キャロを泣かせたあの敵を、全力全開で殺すことを心に決めた。
どくん……と、ストラーダの奥で何かが鼓動したような気がした。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びを上げながらエリオはガジェットⅠ型に肉薄し、デバイスを力任せに突き刺した。
体内の魔力の全てを電気に変換し、ストラーダ表面を伝えて敵の体内に叩き込む。
内部機構を直接破壊され、黒煙を吐きながら完全に機能を停止したガジェットⅠ型を、エリオは槍に突き刺したまま振り上げ、まるで鉄槌を振るうように床に叩きつけた。
まるで硝子細工のように粉砕され、破片を撒き散らしながら爆発するガジェットⅠ型に、キャロが安堵したように吐息を零す。
「ありがとう、エリオ君……」
涙の残る顔で控えめに笑うキャロに応えるように、エリオは荒い呼吸を整えながら満面の笑みで親指を立てた。
その時、エリオによる仲間の破壊を静観していたガジェットⅢ型が、再び動いた。
無機質な――しかしどこか獲物を狙う猛禽のような鋭い光が三つ眼に灯り、撃ち出された三条の光線がエリオの背中を襲う。
しまった……迫り来る敵の攻撃に、エリオは愕然とした表情を浮かべた。
キャロを助けることで頭がいっぱいで、背後の敵のことまでは考えていなかった。
身を護るバリアジャケットは既に無く、回避も電撃による相殺や防御陣の展開――魔力が残っていれば、の話であるが――もこのタイミングでは間に合わない。
やられる……自身の甘さと現実の残酷さに歯噛みするエリオの前に、青い影が突如滑り込んだ。
「スバルさん……」
まるで盾になるように自分の前に立ち塞がる白い背中、まるでヒーローのように自分の窮地に颯爽と現れた仲間――スバルの名を、エリオは思わず呟いていた。
≪Protection≫
術式発動を告げるデバイスの声と共に、スバルは掌を前方へと突き出す……が、AMFが展開されているのか防御陣が出現することはなく、三発の光線が正面からスバルを直撃した。
「ぁ痛っ!?」
「「スバルさん!?」」
予想外の事態にスバルは小さく悲鳴を漏らし、エリオとキャロは唖然と声を上げる。
しかし第五車両の時には敵の不意打ちにあっさりと吹き飛ばされたスバルだったが、その際の教訓を生かしたのか、今度は踏鞴一つ踏まずに持ち堪えてみせた。
文字通り身を盾にして仲間を守り抜き、スバルは背中越しにエリオ達を振り返る。
「二人とも、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ!」
笑いながら紡がれたスバルの科白は、根拠も説得力も――数秒前に本人があっさりと敵の攻撃を喰らったこともあり――皆無だったが、何故かエリオ達の心に染み入った。
格好良い……と、素直に思えた。
「さぁ、二人とも……皆で玉コロ退治といこーか!!」
不敵な笑みと共に轟くスバルの号令と共に、反撃が始まった。
天元突破リリカルなのはSpiral
第10.5話「初めて会っていきなりだけど、一緒に頑張ろうね(後編)」(続)
最終更新:2008年09月05日 13:01