某所の工場跡、そこには十数名の男達が集まっていた。
「リーランドさん、空港火災で例のお宝が無くなったそうですぜ。それでもやるんですか?」
不安そうに聞いた男の声を受けて、周りに居た男達もリーランドと呼ばれた人物の方を見る。
「この計画には大金を注ぎ込んだんだ、今更引けるか」
廃材にどっかりと腰掛けたまま、リーランドは苛立ったように答えた。
「だけど、ぶん取るお宝が無けりゃ意味無いんじゃ?」
「それ以外にも管制AIや金持ちどもの荷物があるだろうが。少なくとも元を取るには十分だぜ」
「ですが………」
「くどい!」
言い縋ろうとする手下の声を遮り、隅の方に目を向ける。
「心配いらねえ、絶対成功する。こっちには心強い味方が居るんだからよ。なあ、先生」
周囲の視線も釣られて向いた先、暗がりの中に壁に寄り掛かるようにして一人の男が立っていた。
「あんたがいれば問題ないだろ。なあ、ジェフリー先生」
まるで返事をするかのように、陰の中で歪んだ笑みが浮かび上がった。
エルク達がリニアに乗り込む数時間前の事である。
リリカルなのはARC THE LAD
『第二話:ミッドチルダの車窓から(後編)』
粗方の事情を聞きだしたエルクは、まず始めに貨物室を片付ける事に決めた。
慎重に室内へと体を滑り込ませ棚の陰に隠れて様子を窺うと、先程は分りにくかった内部が良く見える。
縛られた警備員五人に強盗は三人、真正面から向かって倒しても良さそうだが、聞きだした話では他にまだ仲間が居るとの事。
呼ばれると厄介だと判断し、手近にあった小物を掴むと放り投げる。
緩い放物線を描きながら飛んでいくそれは、隅に落下するとカツンと小気味良い音を鳴らし、全員が揃ってそちらを向いた。
想像通りの素人臭い動き。
その隙に一息に間合いを詰めると、槍の鎬で無防備に曝け出された後頭部を薙ぎ払った
鈍い手ごたえの後、意識を刈り取られた男達は崩れ落ちる。
気絶した連中を見下ろして、エルクはつまらなそうに息を吐いた。
(相手にならねえな)
安全を確保したエルクは警備員らの縄を解いていくと、その縄で今度は先に捕らえた一人を加えて強盗達を縛っていく。
「もう終わりましたか?」
「まあな」
入り口から顔を覗かせたキャロに警備員の介抱を頼むと、今度は強盗達の武器を取り上げていく事にした。
と言っても、建築材を加工したロッドや改造エアガンなどばかりで、武器らしい武器などなかった。
可哀想なぐらい貧弱な装備に、この強盗グループの程度が知れ、この程度で何故リニアを襲おうと思ったのかますます謎が深まった気がする。
そんな時ふと横を見ると、自由になった警備員達が壁際の装置を前に何やら話し込んでいる。
不審に思ったが気にしないでいると、やがてエルクの方へと近づいてきた。
「どうしたんだ?」
「いえ………、警報装置が止められていて通報が出来ないんです。おそらく機関室のメインシステムが停止してるんだと思いますが」
「それを復旧させろってことか?」
警備員達は顔を見合わせると申し訳なさそうに頷く。
あんな装備の奴らに圧倒されるぐらいだ、自ら向かおうというだけの気概を持つ者などいないのだろう。
「分った、俺に任せな」
◆
エルクは一人機関室へと向かって進む。
強引に聞き出した話では残りの仲間は七人、その殆どは先程の奴らと大差ないらしいが、一人主犯格の男が雇った魔導師が居るとの事。
こんな奴らが雇った魔導師なのだから大した事無いと思うのだが、決して油断は出来ない。
かといって相手の正体が分からない以上あれこれ模索しても特に良い案も出ず、そうしている内に展望台への階段を通り過ぎ機関室の扉が見えてきた。
(あれか………)
扉に触れるが、どうやらロックされていて開かず、カードキーが必要なようである。
恨めしげにカード挿入口を眺めるが無い以上どうしようもない。
(取りに戻るか? いや、これならば)
扉からは内部の駆動音が漏れ聞こえてくる。
外に居てもこれほどの騒音である、中に居る人間には多少の物音など聞こえないだろう。
「ふっ!」
勢い良く槍の穂先を扉の隙間に差し込むとそのまま下に振り下ろす。
ギンッという音と共に鍵が壊れて扉が開いた。
機関室内部は大小無数の機器が並び、まるで機械の密林のように入り組んだ複雑な構造になっており、奥まで見渡す事が大変難しい。
身を隠して進むのには大変好都合であった。
エルクは安心して一歩踏み出し―――目が合った。
丁度運悪く機材の陰から男が顔を覗かせたのである。
「おい、お前―――ッ!?」
男が全ての言葉を吐き出す前に、エルクは素早く近寄り拳を叩き込んで黙らせた。
力み過ぎたのか相手の体からゴキリという嫌な音が聞こえたが、そんな事に気を払っている暇は無い。
カツカツと金属製の床を鳴らす靴音が近くに寄ってくる音が聞こえたからだ。
エルクの姿が見えたとは考えにくいので、殴った男の呻き声かまたは倒れる音が聞こえたか、どちらにせよ早々に何とかした方が良い。
結論付けると相手が寄ってくるのをじっと待った。
「!? おい、どうした?」
仲間の惨状に気付いたらしく駆け寄る男、その背中にエルクは煌めく白刃を振り下ろした。
どうもこの部屋には二人しか居なかったらしい。
奥には管制室の扉があり、残りの連中はそこに居るのだろう。
気付かれる前に警報装置を復旧させるには好都合だと考え、エルクはメインシステムを探した。
あっさり見つかった件の装置は魔力駆動炉に脇に設置されていて、表面にはハッキング用の計器がペタペタと張り付いている。
それらを毟り取るとエルクはパネルを操作していき、遂に復旧確認画面まで漕ぎ着けた。
しかし………、
(IDカードが必要ってどういう事だ!?)
最後の最後で必要となったカードの確認。
今更ながら入り口の段階で取りに戻っていればと後悔するがもう遅い。
余計な手間を掛けてしまえば床に転がった二人が目を覚ましかねないし、管制室から他の仲間が出てきて気付かれるかもしれない。
迅速な行動が要求されるこの場面、どうしたものかと頭を悩ませた抜いた結果、
「勝手に制御奪われときながら、このポンコツ!」
苛立って思い切り拳を叩きつけた。
「ッッッッカァー! 硬っ!」
鈍い音を立てて表面がへこむが、さすがに壊れたテレビの様には直らず、やはりIDカードがいるようだ。
痛む手を振りながら頭を悩ませていた時、突然下からニュッと心を読んだかのようにカードが差し出された。
「エルクさん、IDカードです」
危険な為貨物室に預けてきたはずのキャロがそこにいた。
「キャロ!? なんでここに?」
「おじさん達からカードを渡すように頼まれたんです」
小さな子供にこんなお使い頼むなよと思うが、あの連中にここまで来る根性を期待するのも酷であろう。
復旧させたら一旦戻ろうと、げんなりしながらカードを通そうとした時―――今までずっと黙り込んでいた装置が、泣き喚くように突如としてけたたましい音を吐き出した。
『Warning! Warning!』
機械合成された音声が発せられると同時に、エルク達に急激な慣性が掛かる。
どうやらリニアを急停止させたらしく、魔力駆動炉の駆動音が小さくなっていった。
思わずたたらを踏み何とか体勢を整える事には成功したのだが、ふと気が付くとエルクの手からいつの間にかIDカードが消えている。
あわてて探し、見つけた場所は、
(………最悪だ)
ドバンと音を立てて開き、中からぞろぞろと男達を吐き出した管制室の扉、その前に転がっていたのだ。
数人の男達との対峙、僅かな睨み合いの一時。
その最中に不意にエルクの感覚が目の前の連中とは異なる刺すような殺気を掴んだ―――これは。
「!?」
危険を感じたエルクは急いでキャロの手を引き飛び退いた。
一拍遅れてエルクの立っていた位置へと幾筋もの雷が降り注ぐ。
「IDカード、か。届くのが遅いと思っていたが邪魔者が居たとは………」
カードを拾い上げ感慨深そうに呟く男は、他の連中に比べ暗く澱んだ印象を受けた。
おそらくこの男が今回の事件の主犯格。
「ジェフリー先生、そいつらの処理は頼みましたぜ」
そう言い残すと再び管制室に入っていく男。
入れ替わるようにして現れたのは、一言で表すなら魔導師だった。
ピンクとグリーンの派手なマントを纏い、先端にドクロの付いた杖をこちらに向けている。
まるで子供向けの絵本に出てくる悪い魔導師そのままの姿。
「………その桃色の髪の娘は俺によこせよ」
先程の雷はこいつが放ったのだろう。
電気に魔力を変換できるとは警戒に値する、予想以上の実力がありそうだ。
そう考えて改めて奴の服装を見れば、相手を油断させる為と考えられなくも無い。
だが仮にそうだとしても普通はそんな事はしない、そう普通ではないのだ。
「ロリコンかよ。キャロ下がってな、この変態は俺が………キャロ?」
返事がない。
不審に思いエルクがキャロの方へと目を向けると、明らかに様子がおかしい。
魔法に驚いたとか状況に付いて行けていないといった類ではなく、まるで未知の怪物にでも出会ったかのような怯え方をしていたのである。
「違う………」
一歩逃げるように後退る。
「違う………あの人、人間じゃない!」
「キャロ、下がってどこかに隠れてろ」
理由は分らないがキャロをこのままの状態にしておくの危険だ。
エルクはキャロを押しのけるように下がらせた。
「一人で相手をすると? 舐められたものだな。行け、お前ら。援護してやる」
ジェフリーと呼ばれていた魔導師の足元に波紋のように魔法陣が広がり、それと同時に弾かれたように三人の男達が駆け寄ってくる。
それぞれが思い思いの武器を手にしてはいるが、最も警戒するのはやはり奥に佇むあの魔導師。
エルクは身構えて魔法陣を展開、及び肉体強化を施して相手の魔法に応じようとした。
だが………、
「ブーストアップ・ジャンピングハイ」
ガキンッという激しい音、エルクのデバイスと金属製のバールがぶつかり合う音だ。
エルクの眼前には一瞬で距離を詰めてきた男の顔、相手のバールを受け止められたのは、臨戦態勢であるが故のある種の勘のおかげといえる。
力任せに押し返すと、エルクの上に影が差した。
慌てて飛び退くと、目の前を掠めるように流星のごとく鉄パイプが振り下ろされる。
(何だこいつらの動き!? あの野郎何したんだ!?)
先程あの男が何か唱えたのは分かる。
となると視界に映るあの二人に何らかの補助をしたと思われ………、
(………二人?)
咄嗟に槍の柄を横に繰り出すと猛烈な勢いの蹴りが叩き込まれた。
生身の足に普通の靴、にもかかわらず先刻のバールとは比べようも無い衝撃に、全身強化を施しているはずのエルクは宙へと舞い上げられる。
詠唱後の加速、及び攻撃方法による威力の違い。
空中へと浮き上がる間の火花のような思考、その中で出された答え―――奴が使ったのは、おそらく脚部限定の筋力強化。
そこまで考えた所で、エルクの視界が開けた。
天井近くまで浮き上がったがゆえに、煩雑な機械に遮られる事無く全体が見渡せる。
敵の能力は分かった、配置も見える、後はどう片付けるかだ。
だが、戦術を模索しようとしたとき、敵意の篭った強い視線を感じた。
こちらから良く見えると言う事は、裏を返せば敵の目にも留まり易いという事。
目を向けた先にはこちらに杖を向けるジェフリーの姿。
気が付けばエルクは直感的に天井を蹴っていた。
判断は正しく、背後を雷撃の軌跡が貫いてゆく。
三箇所の同時ブースト強化に加えこの砲撃、おかしな外見の割に魔導師としての力量はエルクよりも上かもしれない。
(まずいな、このままじゃ………)
落下しながら途中で幾つかの機材を蹴り、遮蔽物の密集した地点へと降り立つ。
飛び上がれば狙撃、かといって視界の悪いこの空間では飛び上がりでもしない限り、どうしても死角が出来てしまう。
通常ならば防戦一方となるこの状況、だがエルクは魔導師で魔法という便利なツールが存在する。
自らのデバイス内にある魔法の記憶野から最適なものを探し出すと、魔法陣を現した。
「炎よ、復讐の刃と化せ!」
唱えるが外見上の変化は全く無い。
だが、エルクの熱くなっていた思考は冷えて、精神は澄んだ水のようになってゆく。
感覚が研ぎ澄まされ、呼吸音や振動、加えて筋肉の軋みや放たれた熱量からでも相手の位置が手に取るように分かる。
使用した魔法は『リタリエイション』自らの五感を高める事で反応速度を上げ、カウンターを与え易くするものだ。
しかし、見た目が変わらない以上、魔導師でもない相手はそんな事分かるはずも無い。
上から不用意に飛び掛る一人目を突き上げると、そのまま勢い良く後ろに引き、石突で機材の陰から飛び出した二人目を打ち倒す。
残る三人目の方に顔を向けると、先の二人の末路を目にして気が引けたか、襲い掛かろうとするのを止めたせいで前につんのめっている。
無論そんな隙を逃すはずも無く、全身をバネにした弾丸のような強烈な刺突は、相手の体へと吸い込まれるように叩き込まれた。
(残すはあの野郎だけだな)
エルクは打ち倒した強盗たちを一瞥すると、残る敵を片付けるべく再び意気込んだ。
「―――煌め……る天神よ…今………もと………」
そんな時にふと聞えた擦れたような音。
気のせいだろうか、いや、これは―――、
「―――撃つは雷、響くは轟雷………」
儀式魔法の詠唱。
気付いた時にはもう遅く、
「サンダーフォール」
雷撃の嵐が吹き荒れた。
文字通り全身を貫いた衝撃と焼け付くような痛みに、エルクの視界は明滅する。
それでも何とか意識を飛ばさずに踏みとどまれたのは魔力で全身を強化していたからか。
だが、脱力感に痺れ、さらに呼吸困難と筋肉の痙攣は止めることが出来ず膝を付いた。
まさか機関室で広域魔法を使うとは普通思わないだろう。
いくら丈夫に作られているとはいえ魔力駆動炉に雷撃を放つなど正気の沙汰とは思えない。
軽く焼けた皮膚の痛みを耐えながらただうずくまっていると、カツリカツリと渇いた靴音が近づいてくる。
間違いなくあの魔導師だ。
気力を振り絞り何とか震える四肢を抑えて再び立ち上がると、エルクは音の方へと槍を構えた。
機材の陰から悠々と現れたのはやはり、あの極彩色の魔導師。
しかし、ふらつく体と朦朧とした意識では次の行動に移ることが出来なかった。
「今のを耐えるとは………。小娘にばかり気を取られて気付かなかったが、なかなか優秀な魔導師のようだな」
上から下に値踏みするような視線を感じた。
曖昧な意識の中、相手の声が遠くから響いてくるように聞こえる。
耳障りな音に不快感を感じ、
「なかなか丈夫そうだ。お前も新しき人類としての素養があるかもしれん」
告げられた言葉でエルクの意識は一気に覚醒した。
新しい人類、この単語には聞き覚えがある。
同じ言葉を聞かされたのはほんの数時間前のことではなかったか。
「どうだ、新しき人類としてその力何倍にもしてみたくはないか?」
聞き間違いではない、こいつは件の黒服に関係がある。
燃え盛るように心に戦意の火が灯るのを感じる。
心の昂ぶりと共に全身に魔力が満ち溢れていくようであった。
「そうか………、お前も黒服の連中の一味か。無理矢理にでも話を聞かせてもらうぜ!」
「交渉決裂か、―――ならば邪魔者は死ぬがいい」
両者から殺気が膨れ上がり、互いの足元には魔法陣が浮かび上がった。
空気が張り詰め魔力が鳴動し、辺りの計器は余波を受けてガタガタ揺れる。
緊迫した一瞬、それらを全てぶち破るようにして、
「あの………、終わりましたか?」
間の悪い事にキャロが顔を覗かせた。
戦闘音がしばらく止んでいたため、もう戦いが終わったと勘違いしたのだろうか。
だが、これはあまりにもタイミングが悪すぎる。
ジェフリーの顔がニヤリと歪むのが良く見えた。
ドクロの杖をキャロへと向け、その正面に新たに展開されるもう一つの魔法陣。
(あの野郎―――!)
発動前に潰すには距離があり、かといって放置すればキャロが犠牲になる。
もはや選べる選択肢はただ一つ、エルクが壁となり相手の魔法を防ぐしかない。
迷う時間もなく、回避も反撃も封じられたエルクは敵の射線上に飛び出すと、
「炎よ、俺を護る盾となれ!」
「トライデントスマッシャー」
炎と雷が交わり、そして爆ぜた。
◆
キャロ・ル・ルシエが戦場に足を踏み入れたのは、なにもエルクの事が心配だからという訳ではなかった。
もちろん心配はしていたが、それ以上にキャロの心を占めていたのは自分の感じたある奇妙な感覚の事であった。
信じられない、夢や幻であって欲しいという己の願いに突き動かされ、いち早く確かめるために戦いの音が止むと、とりあえず機関室へと再び入ったのである。
だが、実際には戦闘は終わったのではなく膠着していただけ。
護るべく飛び出したエルクの生み出した硬質な障壁は、三つに分かれた雷撃の中央からの一本を防いでいた。
しかし、続く上下からの二本の射撃が折り重なった大きな一つの破壊の塊は、圧倒的な圧力でエルクを防御ごと押し飛ばすと瓦礫の海へと沈める。
自らの不用意さが招いてしまった結末は、居場所を作ろうとしてくれた恩人が傷つけられるという現実と、自分が感じたものがやはり間違いではなかったという事実。
嫌悪感を抱くような笑みを浮かべて近づいてくる、あれは、あの人の形をした「何か」は。
激しい後悔と恐怖に、キャロの理性の戒めはいとも簡単に吹き飛び、眠れる竜が目を覚ました。
◆
エルクは圧し掛かる重みと蓄積したダメージで動けはしなかったが、意識はあった為その一部始終を見ていた。
エルクを無視し、キャロの元へとジェフリーが近寄っていった時、突如としてキャロの体が爆発したかのように見えた。
現実はフリードが巨大な姿に変わる為、劇的に膨張した結果そう見えたのである。
次に視界に映ったのは紅蓮の炎。
フリードの放った炎弾はジェフリーを飲み込み、周囲の装置を穿ち、壁に大穴をあけた。
「グオオオオ!」
脅威を排除してもフリード暴走は止まらない。
でたらめに放たれた炎は天井を砕き、床を焦がし、辺りの機器を融解させる。
デバイスの補助無しでこれ程の力が引き出せるとは、さすがにキャロの魔力は桁外れだと言える。
しかし、デバイスの介在がない以上これは殺傷設定と同意である。
魔力駆動炉にでも炎が当たれば、即座に惨事を招く事になってしまう。
自分が何とかしなければ………、その想いからエルクは瓦礫を押しのけて無理矢理体を起こすとキャロの元へと歩み寄った。
「キャロ! おい、しっかりしろ!」
軽く揺するとキャロが放心したような顔を上げた。
急激な魔力放出の疲労により意識が混濁して、その目は虚ろである。
「グルルルル」
フリードが怒りの目つきでこちらを向く。
もはや敵味方の区別も付かないのだろう。
一体どうすればよいのか、まともな活路を見出せぬままフリードをただ見つめたとき、唐突に乾いた銃声が響いた。
「このバケモノめ!」
血走った眼で密造であろう銃を撃つ男、しかしその程度ではフリードの外皮を傷つけることすら出来ず、火花が舞うだけである。
この男の服装と声には覚えがある、たしか今回の事件の主犯格であった。
(あいつは馬鹿か!?)
フリードの首がそちらを向き口蓋が開く。
最悪な事に男の隣には魔力駆動炉があった。
あまりに危険な状況にエルクはあせるが、そんなとき天啓のように解決策が閃いた。
「キャロ! こいつを持て、こいつだけに意識を集中しろ!」
キャロに押し付けるように渡したのはエルクのデバイス、これならば非殺傷設定に代わり危機は去るはずだった。
だがしかし、
「!?」
ビシリと音を立ててデバイスにヒビが入る。
強すぎる魔力を流し込まれて、フレームが耐え切れず破損したのである。
それならば………、
(悪いが使わせてもらうぜ)
キャロにさらに持たせたのは銃型のデバイス、2つのデバイスで魔力を二分すれば制御できると考えたのだ。
果たして、フリードから放たれた火球は男を呆気なく吹き飛ばす、しかし周囲の機材には焦げ目が付く程度であった。
上手く制御できたフリードの体はみるみる縮み、キャロの頭にポスリと着地する。
「これで、一件落着、か?」
緊張が解けて忘れかけていた疲労が湧き上がってくる。
急に体が重くなった気がして思わずまどろみそうになるほどだ。
しかし、そんな余韻を断ち切るように、無粋な影が割り込んだ。
「このガキが、舐めた真似しやがって!」
魔導師ジェフリー、あれほどの炎を受けてなお禍々しくそこに存在していた。
衣服は焦げ顔も煤けているが、血走った眼から戦意の光は全く衰えていない。
むしろ狂気を含んで危険性が増したと言っても良い。
足元から滲み出すように拡がる魔法陣と連動するかのように、埒外の魔力が収束し渦を巻く、否、現実に蒼い風が渦巻いている。
魔法陣から風が吹き出しているのだ。
雷に次いで風の魔力変換、おまけに辺り一面更地にしそうなほどの魔力を込めている。
それを見るや否やエルクはひび割れたデバイスを手に駆け出した。
あれだけの膨大な魔力で高速処理など出来るはずがない、潰すなら今。
「炎よ! 熱く燃えろっ!」
掛け声と共に全身へと圧縮した魔力を流し込む。
一種のカートリッジシステムの上辺だけの真似、もちろん多大な負荷に全身の筋肉が軋むが、エルクの身体能力は一時的とはいえ飛躍的に向上した。
文字通り全身全霊を込めた突撃は一息に距離を詰め、ジェフリーの腹部に突き刺さる。
「だああああ!」
「貴様ぁぁぁ!」
衝突に伴う衝撃はエルクの質量を加えて余すことなくジェフリーへと伝わり、ジェフリーの口からは血の混じった泡が噴出した。
そのまま新緑の中へと叩き落すと一瞬の後、森の一部が吹き飛んだ。
「手強い奴だ」
遠くに光の線が見える、ようやくやって来た管理局員だろうか。
見届けるかのように、役目を果たした相棒は中ほどからへし折れた。
直接の危機は去っている、しかし同時にまた新たな問題が湧き上がってきた。
(これって不味いんじゃないか?)
これだけ派手に暴れたのだ、エルクもキャロも事情聴取は免れない。
そうなると当然キャロのことが管理局の暗部にも知られてしまうだろう。
エルクは迷わずキャロを抱えると、壁に空いた穴から高架下へと飛び降りた。
◆
高架脇の獣道をエルク達は進んでいた。
薬草を口に含み、肉体的な痛みや疲れを誤魔化してはいるのだが精神面はどうしようもなく、エルクの歩みからは傍から見ていても無気力さが伝わってくるようである。
一方エルクの数歩後ろをついてくるキャロはというと、どうにも消沈した様子でうなだれており、エルク以上に活力が無かった。
「おい、キャロ」
「………」
さすがに気になったエルクが声を掛けると、キャロはノロノロと無言で顔を上げた。
「どうした? 泣きそうな顔だぞ」
「………ごめんなさい。わたしのせいで………」
どうやら先程の事を気に掛けていたようだ。
そもそもキャロが巻き込まれる形になったのは、元はといえばエルクが警報機を力の限り殴りつけたのが原因であり、キャロが気に病む必要はないのであるが、そう言っても納得しないであろう。
「それにフリードも暴れさせてしまって………」
表情を暗くして述べるキャロ、だがここは訂正しておくべきだった。
「それはキャロが魔法の知識や訓練を欠いていたからであって、別にキャロが悪い所為じゃない。現にデバイスがあれば制御できたじゃねぇか」
「………」
「失敗してもそこから学べばいいだろ。分からない事があればちゃんと答えてやるから」
「………はい」
「そういやなんであんなに怯えていたんだ?」
今思い起こしてみてもキャロの怯え方は異常だった。
それにあの時言った言葉も気に掛かる。
「確か、人間じゃないとか言ってなかったか? ロリコンは人でなしって事か?」
「? いえ、ただあの時あの人から………」
「あいつから?」
「あの人からとても普通の人間とは思えない感情を感じたんです」
「どういうことだ?」
「………研究所でわたしは様々な生き物と暮らす実験をさせられたんです。その中で身に付けたのが生き物と心を通じ合わせる力。例えば―――」
軽く頭を起こしてエルクをじっと見るキャロ、その眼は出会ってから何度か見たことのある、考え込むような眼だった。
「エルクさんは常に何かに怒ってイライラいるけど、大抵がわたしに対する心配から来ているものだったから安心して付いて来れたんです」
自分でもガラが悪いと思っているエルクに、なぜキャロが何の不信も抱かずに付いてきてくれたのか。
エルクは今まで特に考えなかったが、その理由が解った気がした。
「でもあの人は、誰かに押しつぶされて苦しんでいる心と、取り付いている誰かの心が混じったような、そんな不気味な感情を持っていたんです」
「そういう事か」
確かにエルクも似たような事を感じた気がする。
三箇所に強化を施す力がありながら脚部のみに留まったり、バリアで防いだわけでもないのに致命傷を与えられなかったり、まるで心と体を間違えているようであった。
「ただ、ロリコンってのは間違いなさそうだな」
「………そういえばずっと気になっていた事があるんですが―――」
◆
ミッドチルダ極北部、ここには一種の空白地帯が存在している。
ベルカ自治領の辺縁部、聖王教会と管理局の間に余計な諍いが生じぬ様に意図的に廃棄された都市群。
書類上住民はいない、という事になってはいるが実際は依然として多数の人間が暮らしている場所であり、そしてこの地はハンターズギルド発足の地でもあった。
この地域はベルカ自治領との交易ラインであったために、廃棄後も依然として残り続ける者、失った役職を埋める者、そして彼らの生活を支える者が再び集まったのだ。
そして再び人が暮らせる環境が出来ると、ある種の独立した社会が生じたのである。
しかし、政治的な摩擦を避ける為管理局も聖王教会も手を出せない間隙ゆえに、当然のようにテロリストや犯罪者、それに類する荒くれ者たちも入ってきていたのだ。
治安は維持しなければならない、しかしどこかに頼る事は出来ない。
苦肉の策として治安の維持のために作られた民間警備会社、これがハンターズギルドの雛形であった。
現在では他地域まで仕事の幅を広げるほど大きくなったギルド、その大元が治めるこの一帯は内包する犯罪者数はミッド有数の多さだが、治安の方は地方都市並みに安全と言える。
その一地域、住民からはインディゴスと呼ばれる存在しないはずの町の一角、都市鉱山として廃ビルを解体した跡地に立てられたアパートに二人と一匹の影が入り込んだ。
『―――こちらが事故のあった現場です。見えるでしょうか、市民の足として愛されてきたリニアレールは無残な姿に………』
傾いた夕日が屋内を赤々と染め、テレビからの音声のみが室内を埋める静かな一時。
『―――犯人グループの内五人死亡、二人が行方不明で、事件を解決しようとした魔導師が居たとの情報も入っており………』
その均衡を破るようにノックの音が鳴り響く。
「シュウ、俺だ。エルクだ」
「入れ。鍵は開いている」
物音一つ立てずに佇みテレビを見ていたこの部屋の住人は、ドアの方へと声を掛けた。
長身に水色の髪、軍人のような物腰だが纏う雰囲気は暗殺者のようである。
入ってきたのは声の通りの見知った顔。
「どうしたんだ急に? 連絡の一つでも遣せば良いのに」
「悪りぃ、考えてなかった。―――シュウ、暫くここに置いてくれないか?」
「構わないが………、後ろの娘は?」
「厄介ごとに巻き込まれたんで俺が保護したんだ」
焼き焦げボロボロになった服のエルクを見て、シュウの頭に先程のニュースが思い浮かんだ。
「もしやリニアでなにか………」
「疲れてるから全部後で話す」
フラフラした足取りで進むとエルクはぐったりとソファーに倒れこむ。
大変疲労の色が濃く、事の顛末を聞くのは無理だろう。
それはそうとして、
「えーと君は………?」
「キャロ・ル・ルシエです」
エルクが連れてきた少女の、じっと覗き込むような瞳からは戸惑っているようなものを感じる。
見知らぬ相手と二人で居るのはこの年ぐらいの子には酷だろう。
まずは気を許せる相手と認めてもらうのが良い。
「勝手が分らない所もあるだろうがゆっくりしていって欲しい。何か分らない所があれば聞いてくれ」
努めて優しく言ったのが功を奏したのか、少女は少し考え込んでいるようだが気まずさは多少薄れた気がする。
それゆえに、
「聞きたい事があるんですけど、いいですか? エルクさんも詳しくは分からないらしくて」
「まあ、エルクも何だかんだいってもまだ若いからな、知らない事もあるだろう。それで聞きたい事とは?」
こんな質問が繰り出される事となったのだ。
「―――ろりこんって何ですか?」
最終更新:2008年06月04日 20:51