第二幕「Chase The Wind」

台湾北部の港湾都市、基隆。
港から出たなのはたちは、日用品を求めて少し規模の大きいスーパーに入った。
しかし、ハカイダーが思いっきり目立ってしまっていた。
「……そろそろ職務質問されてもいい頃だな」
思いっきり他人事なハカイダーの言い草に、なのははコケそうになった。
「ハカイダーさん!」
「冗談だ」
怒るなのはをなだめながら、ハカイダーはこちらに向けられている視線に注意していた。
「ハカイダーさん?」
「誰かが俺たちに張り付いている」
その一言に素っ頓狂な声を上げそうになったなのはを制止し、ハカイダーは気付いていないフリを敢行した。

数十分後、ハカイダーたちはわざと路地裏へと入っていった。
ハカイダーたちをつけていた男たちも、後を追うように路地裏へと入っていき、……ハカイダーに返り討ちにされた。
男達の正体は、地元のマフィアであった。
「……何故俺たちを付け狙った?」
「た、頼まれた……」
「誰にだ?」
「スーツ姿の厳つい男で……右手が義手だった」
更に数分後。
「……」
「ナナミ、どうした?」
「あたし、あの人たちをけしかけた男に心当たりがある」
「本当か?」
「うん」

停泊中のペペロンチーノ号のキッチン。
「あの野郎、まだ俺たちを狙っていたのか」
「アルさん、知ってるの?」
「メタル・クロー……。ブラジルのある密猟組織の幹部だった男だ」
アルは、なのはとハカイダーに、メタル・クローとの因縁を説明した。
「アフリカでまいた時に諦めたかと思ったが、本当にしつこいぜ」
「逆恨みじゃないですか!」
「所詮そういう奴さ、メタル・クローは」
アルのメタルクロー評を聞き、ハカイダーは簡潔にこう言った。
「……醜い」
「ハカイダーさん……」
以前、ハカイダーがプレシアのこともそう評したことを知っていたなのはは、心中複雑であった。

一方、ペペロンチーノ号に客が来ていた。
「スコット」
「ルコントじゃないか。どうした、急に?」
「調査中にたまたまこの船を見つけてな。挨拶ぐらいはしておこうかと」
「そうか」
「そういえば、例の二人、乗っているんだろう?」
「……どうやって知った?」
「あの二人のことを知っている少年が同伴していてな。この船に乗ることも、彼には伝えていたようだ」
「その少年は?」
「恐らく、トーマスと一緒にこの船のキッチンに行ったはずだ」
キッチン。
トーマス・ルコントの来訪に、キッチンは騒然としていた。
「トーマス!」
「こっちに来てたのか」
「たまたまペペロンチーノ号がこの港に入っているのを見かけたんだ」
トーマスとの再会に喜ぶナナミとアルに、なのはは尋ねた。
「ナナミさん、アルさん、この子は?」
「コイツはトーマス・ルコント。俺たちの仲間で、少し前までこの船に一緒に乗っていたんだ」
「初めまして、なのは」
「初めまして、トーマス」
一方、ハカイダーはドアの死角に隠れている少年の存在に気付いていた。
「そこにいるのは分かっているんだぞ」
ハカイダーの声に観念した少年は、ドアの死角から出て姿を現した。
「ユーノ君!」
「久しぶり、なのは……」
思わぬ再開を喜ぶなのはとは対照的に、ハカイダーは憮然としていた。
「お前も来ていたのか」
「あ、ああ……」
ハカイダーが外に出ようとしたのを、なのはが呼び止めた。
「ハカイダーさん、どこに行くの?」
「港の施設を見学してくる」
ハカイダーはそう言ってキッチンを出た直後、ドアの前に立ちすくんでいたユーノにこう言った。
「なのはは、渡さんぞ」
そのまま、ハカイダーは歩いていってしまった。
「わ、渡さない?」
「私を!?」
「ま、大胆」
面食らったユーノとなのはとは対照的に、ナナミはませた笑顔を見せた。
「あーらら、あいつ、なのはに気があったのか……」
「ユーノ、凄い強敵だね」

ハカイダーは、港の施設を見学していた。
そして思い出していた。
いきなりミッドチルダに運び込まれたこと、運んだ連中と、それを操っていた『さいこうひょうぎかい』と呼ばれる三つの脳味噌を皆殺しにしたこと。
何故かアルフに拾われて、リニスの手伝いをしながらそれなりに日々を過ごしたこと、フェイトを虐待するプレシアに反感を抱き、最後の最後でアリシアの亡骸を奪った挙句プレシアだけ虚数空間に叩き落したこと。
アースラにいる間、話し合う内になのはとフェイトと仲良くなったこと、少しでもなのはの近くにいたくてこの世界に残ると決めたこと。
ほんの数日の間の出来事が頭の中を走り抜けた。
「……無粋な奴め」
ハカイダーは、自分を狙うものの気配をすぐ近くに感じ取り、思い出に浸るのを止めた。
それは、ほんの3m離れたところにいた。
「拾った恩を仇で返すとは……!」
「俺を拾ったのは貴様ではない。アルフだ。それに、あの時「消えろ」と言ったはずだ!」
「虚数空間を落ち続け、私はたどり着いたのだ」
それは身に纏っていたローブを派手に脱ぎ捨てた。
そこにいたのは、体の各所が金属と融合したプレシアであった。
「アルハザードに! そしてそこで私は私を強化改造した!!」
「醜さに磨きを増したようだな」
「ほざけ!」
プレシアは右手の爪をハカイダー目掛けて振り下ろしたが、ハカイダーには殆ど効いていなかった。
そして、ハカイダーの左ボディーブローが、プレシアのみぞおちを貫通した。
「な、何故!?」
「アルハザードの技術を妄信する余り、魔法を使おうという発想が出来なかったようだな」
「有り得ない! 堕天使が滅びた都市、「ジーザスタウン」の技術を使ったというのに……」
「……俺は、その「ジーザスタウン」で造られた」
「何!? では貴様は……!」
「アルハザードとやらの出身というわけだ」
ハカイダーはプレシアの喉元を掴み、こう言った。
「俺は破壊する者……、裁く者だ!!」
更に、一気に首を引き千切った。
「うごあ―――!」
止めに、左手に持っているプレシアの首を自分の頭に叩きつけた!
「へべぇ!!」
プレシアの頭を砕き、ハカイダーはペペロンチーノ号に戻ろうとしたが、その直後に自分に向けられる拍手に気付いた。
「レジアス・ゲイズか……」
「ほう、わしの名を知っているとは」
ハカイダーはプレシアの亡骸に一度目を向けてから、こう答えた。
「プレシアとやらと、時折会っていただろう?」
「知っているのか?」
「俺は少しの間だけ、時の庭園にいた。そのとき、お前らしき男がプレシアと会っているのを遠目で見ていた際に、リニ巣が教えてくれた」
「盲点だったな。最高評議会殺害後にどこに姿をくらましたかと思ったら……」
「なぜ、あの女と会っていた? リニスがお前のことを「時空管理局の凄くえらい人」と言っていた。何の目的で時空犯罪者であるあの女と接触した」
「簡単だ……。より強い力を得るためだ。時空管理局は常に人材不足だ。より強力な装備でそれを補うことの何が悪い?」
「そのためなら、次元犯罪者とも手を組み、見返りに見てみぬフリをするというのか」
「当然だ。さっきも言ったが、我々は常に人材不足なんだよ。社会正義のためには仕方のないことなのだよ」
それから、レジアスの演説が延々と続いた。
ハカイダーはそんなレジアスの姿を、グルジェフと重ねた。
その一言、一言がハカイダーの精神にともった怒りの炎の燃料となった。
「同じだ、お前も」
「何だと!?」
「『さいこうひょうぎかい』やあの女と同じように、お前は……醜い!」
「き、貴様ぁ!」
「お前が正義なら……俺は悪だ!!」
ハカイダーの鉄拳が、レジアスを吹き飛ばした。
直後、武装局員たちが大挙して押し寄せた。
レジアスが血反吐を吐きながら勝ち誇っていたが、局員たちはデバイスをレジアスだけに向けた。
唖然としていたレジアスは、すぐに我に帰ってわめいたが、そのまま局員たちに連行された。
「どういうことなんだ……?」
ハカイダーは、近くにいた局員の一人に話しかけた。
「実は、レジアス中将の不正や背任行為がある筋からリークされたんです……」
あのレジタンスの一人に似ていたその局員は、リークされた情報を事細かにハカイダーに伝え、その場を去った。
「……とんだ社会正義だな」

ペペロンチーノ号に戻った直後、なのはたちが駆け寄った。
「ハカイダーさん、大丈夫だった?」
「さっき、武装局員たちが大勢来たけど、何があったの?」
ハカイダーは、一人で行動していたときの時の一部始終を教えた。
ユーノは、うな垂れていた。
「ハカイダーさん、さっき、これからどうするかを話し合っていたの」
「どうするんだ?」
それを答えたのは、スコットであった。
「メタルクローに狙われている以上、この場に残るのは危険だから、この港を離れることにしたんだ」
「……」
「そこで追っ手をまきやすくするために、ペペロンチーノ号に残って一週間の間ルコントの船と行動を共にするチームと、こちらが連絡するまで台北に滞在するチームの二つに分けることにした。ホテルの方はルコントが手配してくれた」
「ペペロンチーノ号に残るのは?」
「私とアルだ」
「台北に行くのはナナミに、俺となのはか」
ハカイダーが呟いた直後、ルコントが口を開いた
「君への目付け役として、トーマスとユーノ君も同行する」
「……」

数十分後、準備が終わり、ペペロンチーノ号はルコントの船と一緒に港を出た。
なのははハカイダーが操縦するギルティーに、ナナミたちはルコントが調達したタクシー(代金は向こう持ち)で台北へと向かった
先に出発したギルティーが追っ手を釘付けにしている間に、ナナミたちを乗せたタクシーは悠々と高速道路経由で台北へと向かった。
追っ手を適当にひきつけた後、ハカイダーとなのはを乗せたギルティーは、猛スピードで追っ手を振り切り、一般道を突っ走った。
幸い、それ程混んでいなかったため、スムーズに走れた。
「何とかまいたみたいだね」
「後は、この道を加速していくだけだ」
一路、台北へ。


台湾の中枢、台北。
そこは中華特有の危険な香りがする大都市。
されど、ソドムでもゴモラでもない。
ソドムとゴモラとは違い、あの街は腐ってはいない。
そんな街にハカイダーたちは滞在することとなった。
そこで待ち受けるもの、それは……。
次回「今日は何色」
ハカイダーとなのはは歩く核弾頭につき、自爆、被爆、御用心。

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最終更新:2008年06月09日 18:34