腑抜けていた。
完全無欠の油断であった。
なのは、フェイト、はやて、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。
皆、勝るとも劣らぬ使い手なれば、
日々立ち会うている己の強くならぬはずはなしと慢心していたのだ、おれは。
もっとも弱きは、己の心なり。
己に克たずして、零式の奥義無し。
魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果
第五話『葉隠禁止(中編)』
お化け屋敷でな、撮るよ~言われたら、みんなはどう思う?
遊園地なんやし、別にいてもおかしくないやんか写真屋さん。
とりあえずピースして、あとで気に入ったら写真買うてこくらいに思うのが普通やろ。
…血のにおいに気づかんわたしがバカやった。
突き飛ばされたわたしのかわりに、覚悟君が撮られた。
ばかでっかい頭と上半身、女王アリみたいな袋を引きずった下半身。
凝った扮装やな、思うとったのは、本物のオバケだったんや…
「大丈夫か、はやて」
「だ、大丈夫やけど…覚悟君、あの人は一体?」
「わからぬが先方に危害の意図あることは明白!」
がしゃがしゃと音を立てて電気がついた。
真っ暗闇が白色灯に照らされて…わたしは、そこでやっと気づいた。
いくら嗅いでも慣れない臭い、こんなところで嗅ぐはずのない臭いの正体。
隅っこに、気づかれんよう置いてあったのな…血まみれの、ドクロの山や。
喉まで一気に昇ってくる悲鳴――――
「撮るよ~~」
「キャアアアア―――ッ」
「うわああああああっ」
―――ちゃうねん!!
わたしのやるべきことは、無力に悲鳴を上げることやない。
それしかできない平和な世界の人達を守ることやて。
悲鳴は丸呑み! すくみかけた足に一喝(かぁっ)! よし、動けるわ。
「はやては、ヴィータやリィンと共に民間人を避難させなさい」
「覚悟君、わたしも戦えるて」
「戦線を支えるには一人で充分! されど避難誘導には人手が必要なり!
しかもここは閉所なれば、魔法よりも零式防衛術こそ最適任」
…せやな、言う通りや。
言う通りなんやけど、覚悟君の何ごともないような態度が、なんか引っかかるねん。
カメラ怪人さんの持ってるカメラ。 さっき覚悟君が撮られたカメラや。
あのカメラと、血まみれドクロの山…何か関係ある思わんか?
電気がつくまで、誰も気づかんかったんやで? こんなひどいことに…
「いいよ~そのポーズ、次はキミのカノジョと一緒に~スマイル~」
「はやては誰のものにもあらず!」
蹴りと一緒に即否定。 ナイス因果や覚悟君、わたしの耳も痛いわ。
それはともかく、できれば一緒に戦うべきや思うんやけど…
「くそっ、なんだよこいつは!」
「オバケですぅ~~っ」
電気をつけに行ってたヴィータとリィンが戻ってきたのに、
カメラ怪人が気がついた。 すでに撮ろうとしてる!
「決定的瞬間~ チィィ~ズッ」
「あっ、チィ~ズですぅ」
「このバカ、リィン…」
「零式積極重爆蹴(ぜろしき せっきょく じゅうばくしゅう)!!」
間一髪で、覚悟君の回し蹴りが怪人もろともカメラをぶっ飛ばした。
…やっぱりやな。 覚悟君、明らかに二人をカメラから守ったわ。
もう覚悟君は、わたしコーディネートのカジュアル形態から
零式鉄球を使ったバリアジャケット形態…どう見ても学ラン…にチェンジしとるけど、
あの学ランの白さのせいで、なおさらわかりやすいんや。 顔色悪いて!
「何をしている、早く民間人の誘導を!」
「ヴィータ、リィン、任すで! わたしはここで戦う」
「はやて! 何を言…」
「わからんて思うてるんか、覚悟君! あのカメラで何かされたやろ!」
「問題ない」
「ウソやッ」
覚悟君の強情のせいや。
こんなやりとりしてる間に、蹴飛ばされた怪人が壊れたセットの中から復活してきたわ。
わたしも変身する時間、あったはずなのに。
「ぶむぅぅ~~ん」
「…くっ」
「決定的瞬間を邪魔したなぁ~ パンチラゲット阻止したなぁ~」
「破廉恥!」
…サイテーや、ホントに。
でもまさか覚悟君、パンチラゲットされたから顔色悪いわけやあれへんし。
とにかく変身や。 とりかえしのつかんことになる前に。
カメラが壊れた今がチャンス…
「NOOOOOOO!! ミーの芸術を~~~ッ
芸術は自由なのに尊いのに~~~~~ッ フガ―――ッ!!」
「聞く耳持たぬ! きさまの芸術は侵略行為!」
「ミーのカメラは真実をうつしだすのだぁぁ~」
あかん! もうひとつカメラ持っとる!
んで、どう見てもこれって…モデル、わたし? わたしがモデル?
シャッター切られたらどーなるんや?
「強制おヌード!」
乙 女 の 危 機 や !
「スマイル、スマァ~イル ハイ、チィ~ズ 熱 写 暴 威(ねっしゃぼうい)」
プロテクション…間に合わへん! 変身してさえいれば!
思わず身体をかばって目を閉じたら、身体がフワリ浮き上がった。
それを感じた瞬間、下からすごい熱風が吹き上げてきた…爆発やんか、これ!
こんなのくらったら骨までおヌードや!
…もしかして、そういうつもりなんか?
芸術をかさに着たチカンなだけやなく、それが人殺すいうんか?
少しして、音と光が抜けきった。
眼を開けたら、わたしを抱き上げてかばってる覚悟君がいた。
真っ青やんか、顔色。 紫色やんか、手の平。
「敵を前にして外野の女人を狙うか!」
「芸術家だ~もんね~ 撮るよ~ッ」
どうしてそんな顔色で、全然平気そうにしとんねん。
覚悟君、ロボットなんか? 痛さも辛さも感じないんか?
これは…チアノーゼや。 酸素が来てない、いうことやんか。
息づかいはこんなに落ち着いてるのに、身体は死人になりかけてるいうことやんか。
「はやて、あなたは消火活動を」
「覚悟君は?」
「悪鬼を討つ!」
「そんな顔色で何言うてんねや!」
「問題ない! あなたも牙なき人の剣なら、おれなどに関わっておらず為すべきを為せ!」
わたしを腕から下ろして、覚悟君は、また。
…わかっとるて。 わたしを戦士として認めてくれてるからこその厳しい口ぶりや。
なのはちゃんやフェイトちゃん、うちの子らと同じに。
けどな、そういう問題とちゃうねん。
見てて、痛いねん、苦しいねん…
もう、我慢できねえ。
そう思ったときにはすでにグラーフアイゼンが唸っていた。
脇腹からえぐるように打ち込み、巨大変態カメラ野郎は悶絶しながらぶっ飛んだ。
…なにやってんだ、さっきから。
他の無力な連中を手早く追っ払いながら見てれば、
はやての足を引っ張り放題じゃねーか、てめー。
誰のせいで変身できてねえと思ってんだよ。
なにをアゼンとしてやがる、横槍突っ込まれて不満かよ。
いつからここはタイマンのケンカ場になったんだよ。
んで、三秒くらいタップリと間を空けて、やっと聞いた口がこれ。
「ヴィータ、室内でその威力は危険!」
問答無用でひっぱたいた。
わけがわかんねえって顔で、あたしを見てやがる…
ちょっとくらい、あたしの気にいらない態度をとるのも構わねえよ。
ゲームオンチなのも別にいい。
だけどてめえは今、一番ゆるせねえことを現在進行形でやらかしてんだ。
「すっこんでろよ、てめえ」
「…あれしきに、君の手をわずらわす必要なし」
「ふざけんな!」
瞳孔が一気に開くのが、自分でもわかった。
キレたらこうなる。 よくは知らない、気にもしない。
「零式のゼロは、生き残る気ゼロのゼロかよ!」
「…!!」
「やせ我慢でよ、ごまかしきれるとでも思ってんのかよ?
死人みてえな肌の色でよお…」
あたしの眼は絶対にごまかせねえ。
大丈夫、大丈夫と大ウソをつき続けて、
なにもかもダメにしかけたクソッタレを知っている。
飛び散る火の粉に、あの日の雪を思い出す。
零(こぼ)れる生命が目に見える。
てめえは、はやてに同じものを見せる気か。
「姿形など、どう変わろうと問題なし。 わが身は必勝の手段なれば」
心の中でいくら叫んでも、こいつは全然、気づかない。
零(ぜろ)、こいつのどのあたりが、誰かと同じ涙を流せるやつなんだ。
「父上は、五体微塵(みじん)と化そうとも現人鬼(あらひとおに)と戦い続けた。
肌の色ごときで膝を折っては、武人の恥、葉隠の名折れ!」
あたしにあっさり背を向けて、飛んでいったカメラ野郎の方に歩いていきやがる。
…この、救済不能(すくえね)え恩知らず!
「ましてや、あのような下郎に遅れをとったとあらば、
おれは散(はらら)には永遠に届かぬ…」
こいつ、今まで感情ぶちまけたことなんか一度もなかったのに。
むしろホントに人間なのかどーか疑っちまうくらいだったのに…
ダメだ、こいつ! 話して止めてるヒマはねぇ!
そのとき、そこに。
「なに、ぼんやりしてるですか、ヴィータちゃん!」
「リ、リィン?」
「言ってわからないおバカは、こうなのです!」
後ろからかっ飛んできたリィンが、あいつの頭に宙返り片手逆立ち…
まさか、バカ、やめろ―――
典 我 一 体
ユニゾン・イン
「ばかな! なんということを!」
まじにうろたえたあいつの悲鳴が聞こえた。
あ…くが、ひがっ…ひはぁっ…
苦しい息をしてるのに苦しいこんなに息が荒いのに苦しい
見えない手に首を絞められてる苦しい痛い頭が割れる
死にたい今すぐ死にたい痛い苦しい殺して助けて…
リィンは、痛覚を遮断することにしました。
覚悟くんと同じ苦痛に、リィンは耐えられませんでした。
「今すぐに出ていきなさい!」
魔法の素質ゼロで念話すら使えない覚悟くんは、
自分の口でしゃべってリィンに呼びかけるしかありません。
つまり同化したリィンを追い出す方法ナシってことです。
そんなことより。
『どうして、こんなになるまで黙ってたですか…』
放射線被曝(ひばく)による体内の赤血球死滅。
もしかしなくても、あの最初のカメラの仕業ですか?
全身が酸素欠乏のまま四分経過…
すでに脳細胞の死滅が始まってるです。
今はリィンが全力で食い止めてますけど、そうでなければ今頃、覚悟くんは…
違うです。 今、立ってるのだってオカシイですよ。
もう、身体はほとんど死んでるですよ? どこも、かしこも!
「油断をした報いなり。 これはわが身の罰と知る!」
『死んじゃうですよっ!!』
「悪鬼討ち果たすには十二分なり!
さあ、出ていくが良い! わが体内は危険!」
リィンは最初から、そのつもりで入ったですよ。
覚悟くんの強情さだって、なんとなくわかってたですよ。
みんなだって、とっくの昔に知っているですよ?
『だったら覚悟くんも選ぶです!
リィンをひきずって一緒に死ぬか、またみんなで一緒にご飯を食べるか!
どっちにしても、リィンはここをどきません!』
だから、伝えます。
リィンは 覚悟くんを 信じています
マイスターはやてを 泣かせたりしないと 信じています
シグナムを ヴィータちゃんを ザフィーラを シャマルを
絶対に哀しませたりしないと 信じています
だって覚悟くんは 誰かを失う苦しみを 誰より知ってる戦士(ひと)だから!
――効いた。
暗雲の最中、まばゆき光を投げかけた言葉であった。
おれはまたも勘違いしていたのか? 一人で戦っていると?
己が未熟に目がくらみ、葉隠の名に拘泥し、ために皆を忘れていたのか?
ともに戦わんとするはやての真心を、それを守らんとするヴィータの心意気を。
煩悩に囚われて何が零式か、片腹痛し!
だからあのような格下に四分以上の生存を許すのだ!
「ならばわが身、すでに必生(ひっしょう)!!」
祝福の風、届いたり。
わが蒙(もう)、啓(ひら)けたり。
怪人、復活確認。 戦闘再準備!
「リィン、良いか?」
『はいですっ』
彼奴の正中線上に左腕を真っ直ぐ。
右肘は弓引きて仁王の如し。
零式防衛術、破邪の構えにてつかまつる。
今のおれは典我一体(てんがいったい)なしとげし、リィン覚悟!
思いはひとつ、悲哀残さじ!
「ぶもももも…痛ぇぇ~~」
「きさまに撮れるか? わが身がまといし真実を!」
「オトコなんざぁ撮ってもウレシくないぃ~ 再 ・ 熱 写 暴 威 」
またもはやてを狙ったか、おろかな。
これだけの余裕を与えられて手はずを整えぬ戦士ではない!
はやてに向かい直進した熱線は、直前に形成されしベルカ魔法陣の防壁にて完膚無きまでに阻止。
拡散されて無力化した影にて、はやてが超鋼、シュヴェルト・クロイツ展開確認。
「大丈夫なんか? 覚悟君」
「リィンが守ってくれている。 あと二十分は問題なしとの事!」
「…ほなら、十分で決めるで」
「おい、天井やぶって逃げたぜあいつ。 外に戦場うつす気かよ、くそっ」
駆け寄り来たはやての後ろから、ヴィータが宙に指を指す。
そこには確かにやつの飛び立ちし大穴ありて、直射日光差し込んでおるなり。
外には民間人が大量に、混沌(パニック)と化すは確実…されど。
「問題なし、やつには束の間の余命も与えぬ! ただちに追撃!」
「待て!」
声とともに現れたるは、見知らぬ白髪褐色の男。
…否、このにおいは知っている。
頭と腰にある耳と尻尾も見ればその正体、明らかであろう。
「ザフィーラか!」
「重かったのだ、無駄にされては困るな」
その場に投げ出されしトランクケースもまた、間違えるはずなし。
「零(ぜろ)!!」
『ひどい血色だな、覚悟! 雑魚を相手に油断したか?』
「恥じるべきはわが不明なり」
『詳細不明だが、まあ良し。 急ぎ着装せよ!』
「着装? しかし…」
零(ぜろ)は準ロストロギア指定なれば、発動には許可が必要。
そして、その責の全ては保管者たるはやてに帰することに…
「遊園地敷地内にガジェットドローンが三方より突入を開始してきた」
その説明、引き継ぎしはザフィーラ。
「総数は四十を超える。 迎撃できるのは我らのみだが、
敵の隊伍分散されては身体がいくつあっても足りん」
「速攻が必要ってえワケやな」
「だが、はやて…」
「あんまり、見損なわんどいてな? 覚悟君」
はやての唐突なる、デコピン。
やや深刻におれをたしなめる際の仕草なり。
「わたしかて、零(ぜろ)と心通わせた戦士やねんで。
力を使うべきときは、わかってるつもりや」
ならば、戦士に敬礼!
「八神一等陸尉殿! 強化外骨格、零(ぜろ)、着装いたします!」
「うむ、許可や! 汝が正義と共にあらんことを!」
『はやての同意を確認! 覚悟、ただちに認証開始せよ! 後がつかえておるなり!』
「了解」
超鋼(はがね)の纏い手たるおれ。
準ロストロギアの管理者たるはやて。
そして、侵略戦争の犠牲者三千の英霊。
三者の同意があって初めて零(ぜろ)の封印解除は可能なり。
認証の聖句はおれが決めた。 あれ以外にありえぬ。
征くぞ、零(ぜろ)!
長生きだけを願うなら 人は獣と変わりなし
ただひとすじの美しき道 駆け抜けるから人と言う
二つ無き身を惜しまずに 我が身は進む 仁のため
たった三文字の不退転 それが心の花である!
「Attestation is completed. Lock release」(認証完了、ロック解除)
「瞬着!!」
トランクに正拳一打、光と共に飛び出したるは零(ぜろ)細胞。
わが神経網へと絡みつき、外骨格を一体化。
腕部、脚部、腹部、胸部…着装確認。
最後の部位は頭部なり。
内装部、着装…外装部、着装完了。 これにて正真正銘、一心同体。
正義マフラー、われらが証。 展開確認。
全部位、異常なし!!
覚 悟 完 了
強化外骨格 零(ぜろ)
ミッドチルダに正義降臨
最終更新:2007年08月14日 14:22