正式に教官となったストーム1の部屋は、薄汚い病室に代って新しい部屋が宛がわれていた。
そこには無駄な私物が一切なく、あるのは、書物の少ない本棚に簡素な事務机、
ふかふかとはいかないが、布団がしかれたベッドに衣類が全く入っていないスカスカのクローゼットだけ。
部屋は散り一つないほど掃除が行き届いており、
『士官たる者つねに清潔を重んじ、部下の模範となるよう日々を過ごすべし』
というEDFの心得を忠実に守っていることがよくわかる。
良く言えばシンプル。悪く言えば殺風景。
そんな無個性とも言える部屋の中。ストーム1は事務机の前に座り、机上に浮かぶホロスクリーンを複雑な表情で見詰めていた。
そこに写っているのは、この後ナンバーズに配布する予定の新装備。
ヘルメットに記録されていた映像とライサンダ―Zの技術を使って作られた武装の設計図である。
そのほとんどがEDFで使用されていた武器のコピー品であり、スペック上ではオリジナルと同じ性能を引き出せるとされている。
カタログスペックはあくまでも実験上の数値であり、実際の戦場でも同じように扱えるとは限らない。
しかし、奴が整備したライサンダ―Zをテストしたところ、以前と変わらない威力を発揮できたことから期待を持ってもていいだろう。
全く……よくあれだけの情報で開発に成功したものだ。
奴の事は気に入らないが、科学者としての『能力だけは』認めてやってもいいかもしれない。
そう、あくまでも『能力だけ』は。
スカリエッティを人間として認められない理由。その一つが、部下であるナンバーズの存在だ。
人の体を機械と融合させ、戦闘能力を飛躍的に高めた科学の申し子。戦闘機人。
しかも、彼女等は自らの志願ではなく、最初から機人となるべく遺伝子を操作されて産み出された存在らしい。
見た目は十代半ばのウェンディやノーヴェすら、そこらの幼稚園児よりも歳下なのだと言う。
それらを訊いたとき、ストーム1は深いショックを受けたことを今でも覚えている。
戦闘機人、戦うために作られた兵器。
だけど、彼女達だって感情はある。泣きもすれば笑いもする。姿形もそれぞれ違う。性格だって、一部の例外はあるが、千差万別だ。
彼女達と出会ってからまだ少ししか経っていないが、それでも、ストーム1はナンバーズを命ある存在だと断言できた。
だからこそ、己の欲望のために不当に命を作り出すのは、しかも、人生で一番大事な幼少期を取り上げ即席の兵器として誕生させることは、彼には許すことはできなかった。
もう一つの理由は、教官になって一ヶ月以上経ったのに、未だに自分が戦うべき存在を知らされていないことだった。
わかった事といえば、ミッドチルダの基礎知識と、ナンバーズの顔と名前と能力くらい。
それから考えるに、一番可能性が高いのは『時空管理局』という組織だろう。
そして、一番ありえない……いや、ありえないと思いたいのは『異邦人』だ。
二人を助けた洞窟で遭遇した黒蟻の群れ。あれがなぜあそこにいたのか。
あれは、自分と同じようにこの世界に飛ばされてしまったのだろうか。
だとしたら、あの群れだけがこっちにきたとは考えにくい。
ひょっとすると、自分と同じように黒い霧に包まれていた『星舟』もミッドチルダのどこかにいるのだろうか。
もしそうだとしたら……この世界にとっては最悪の展開だ。
ストーム1は元の世界で『異邦人』に対する主要な作戦のほとんどに参加している。
彼はそこで、『異邦人』の地球人類に対する無差別攻撃を嫌と言うほど見続けてきた。
だからこそストーム1は、これから起こりうる最悪の展開を簡単に想像することができた。
全てのものを無に帰す砲撃、強酸、レーザービームの雨霰。
戦火に追われて逃げ惑う民衆。彼等に追い討ちをかける飢餓と病。そして、世界の崩壊……。
そのとき、出し抜けにドアをノックする音がして、ストーム1はそちらに目をやった。
入ってきたのはチンクだった。
彼女はストーム1の治療を手伝っていたことから、その後も彼の世話役を任されていた。
ストーム1にとって、彼女は副官のような存在であり、ウェンディ以外で普通に話が出来る唯一の部下でもある。
「どうしたチンク、何か用か?」
「ドクターからの伝言だ。装備の引渡しの用意が完了したので取りに来て欲しいそうだ」
時計を見ると集合までまだ三十分もある。
それだけあれば、向こうで装備の簡単なチェックくらいは出来そうだ。
ストーム1は「わかった。すぐ行く」と答え、ホロスクリーンを消してスカリエッティの元へと向かった。
装備を受け取りブリーフィングルームへ向かうと、すでに全員が揃っていた。
集中する視線。その先にあるのはストーム1が運んできたカートの上にあるものだ。
ケースや暗幕に包まれているナンバーズの新しい相棒達。
ストーム1は全員の顔を見渡し、腕に巻いたデジタル時計で時間を確認する。
今の時間は集合時刻の五分前だ。
「まだ少し時間はあるが、もう全員そろっていることだ。すぐにはじめよう。まずは、ナンバーズの新編成についてだが……」
ストーム1は懐から小さな電卓のような物を取り出した。携帯用のホロプロジェクターだ。
それについているボタンの一つを押すと、装置の上に直径一メートルほどのホロスクリーンがくっきりと浮かび上がった。
画面の中に映し出されたナンバーズの部隊編成。それが以下の陣容だった。
第一分隊 ストーム1
ノーヴェ
ウェンディ
第二分隊 チンク
ディエチ
オットー
ディード
第三分隊 トーレ
セッテ
スカウト セイン
管制官 ウーノ
電子支援 クアットロ
「以上がナンバーズの新しい部隊編成だ。戦場ではこの編成を基本として行動してもらうことになる。次は各分隊の役割を説明する。
第一分隊は最前線で敵とやり会う危険度の一番高いポジション。わかりやすく言えば前衛の部隊だ。
第二分隊は後方支援。第三分隊は航空支援専門。それぞれの分隊長にはチンクとトーレを指名する。
後、もしも俺に何かあった場合はチンクがナンバーズ全体の指揮を取ることになっている。全員それをよく覚えておけ。
スカウトの役割はISを生かしての偵察と工作活動だ。あとの二人については言わなくてもわかると思うが――」
「少しよろしいですか。教官」
ストーム1の言葉を遮る低く冷たい声。声の主はトーレだ。
彼女はナンバーズ最古参の一人であり、実戦経験も他と比べると豊富にある。軍隊で言えば熟練の下士官と言ったところか。
本来ならば真っ先に味方にすべき存在なのだが、彼女の役割であった指揮官兼教官役をストーム1が奪ってしまったため、トーレは彼を快く思っていなかった。
「どうしたトーレ、質問か?」
トーレは目に威圧的な光を宿し、じっとストーム1の目を見返した。
「その編成はドクターの了承を得て作られたものですか? それに、貴方が我々を指揮すると言った所で、我々がそれに従うと本気で思っているのですか?」
ストーム1は少しも怯むことなく即答した。
「当たり前だ。お前達への指揮権も正式に奴から譲り受けている。今後、俺の命令は奴からの命令だと思って行動してもらおう」
そう言われればトーレも引き下がらざるをえない。
ナンバーズ。中でも古参であるトーレら四人にとってはスカリエッティからの命令は絶対だ。
ウェンディのような後期組にとってはさほど重要ではないようだが、それでも彼女達を律するには十分な効果があるだろう。
現に、トーレに呼応して声を上げようとした数人も、それを聞いた途端に黙りこくってしまった。
(部下を指揮するにも奴の威を借りねばならんのか……)
ストーム1は心底情けなくなった。このことが後々響いてこなければ良いが。
「では次に装備品の支給を行う。まずは第一分隊の二人、前に出ろ」
ストーム1が言い、前に進み出た二人にカートの上の装備を手渡す。
ノーヴェには金属製のケースを二つ。ウェンディには、暗幕に包まれた大人の身長ほどもある物体。
装備を受け取った二人は、その場でケースや包みを開いて中身を取り出した。
「……あれ?」
それを見たとき、二人は驚いたような、呆れたような様子で同じ言葉を口に出した。
ノーヴェのケースから出てきたのは、リボルバーのシリンダーに手首をくっつけたような形の金属製の手甲。
そして、足首にギアがつけられたエンジン付きのローラーブレード。
ウェンディの装備は、先端部に銃口が装着された巨大な盾だった。
二人が呆れるのも無理はない。それらは、彼女達が以前に使用していた装備と全く同じ物だったからだ。
「ガンナックルと……ジェットエッジなのか? 形はちょっと違うけど」
「これって、ライディングボードッスよね?」
「違うな。正確な名称は、ノーヴェの装備はAFガンナックルとジェットエッジ改。ウェンディの武器はライディングボードMFだ。
両方ともEDFの技術を応用して改良されたものだ。ジェットエッジ改は耐久性を強化しただけだが、それ以外はエネルギー式から実弾式に変更され、威力も大幅に向上している」
彼の話を訊き終えた二人は装備の点検を始めた。
一通りいじくった後、ノーヴェがAFガンナックルを右腕に装着して天井に銃口を向けた。
試し撃ちでもしたいのか。まだ弾は装填されていないが、今のままでも空撃ちくらいは出来るだろう。
だが、なにも起こらない。
裏返したり、振ってみたり、銃口を覗き込んだりしてみても、撃鉄が落ちる音すら聞こえない。
「なんだよこれ、なんで撃てないんだよ?」
途方にくれるノーヴェの隣にぴたりと立ち、無言のままで彼女の右腕を掴んだ。
そして、AFガンナックルの向きを変え、左の横腹についているつまみを指差した。
「これを見ろ。ここについているのが安全装置だ。見ての通り、今は一番上にあるからどれだけやっても弾は出ない。
撃つときはこれを一つ下に下げろ。そうすればセーフティーが解除されて好きなときに撃つことが出来る」
ストーム1はつまみを一つ下に動かした。
すると上部についているランプの色が赤から緑に代わった。
「この武器は『AF-100アサルトライフル』を元に作られているから、弾は最大で百八十発まで撃てる。弾切れになった場合はこのボタンを押せ」
ストーム1が右の横腹にあるスイッチを押すと、AFガンナックルの上部がガシャッと音を立てて開いた。
「空になった弾倉はそのままにして、ここから素早く次の弾倉を装填することだ。
ボタンを間違って押してしまっても、弾が残っているうちは弾倉は排出されないから安心しろ。
簡単な説明は以上だ。これ以上のことは今後の訓練のときに説明する」
「えっ? 訓練はもうしないって言ってただろ。食堂で」
「あれは基礎訓練は今日で終わりという意味だ。これからはそれぞれの装備や分隊に応じた訓練と模擬戦を中心にやるつもりだ」
続いてウェンディに装備の簡単な説明をすませると、第二分隊へ装備の支給を行った。
チンクに支給された武器は、グレネードランチャー『スタンピードXM』
無数の小型爆弾を撃ち出し広範囲の標的を吹き飛ばす、今は亡き彼の恋人も愛用していた大量破壊兵器だ。
砲撃手であるディエチにはイノーメスカノンの改良型『イノーメスカノン二式』が支給された。
こちらは実弾式ではなく、前と同じエネルギー式が採用されており、中距離の物量戦にも対応できるよう『とあるしかけ』が施されていた。
残りのオットーとディードへは何も支給されなかったが、二人はこの後ISを強化する手術を受けることになっている。
「次は第三分隊だが、さっきも言った通り、この分隊の主な任務は航空支援。
上空直掩はもちろん、時には敵軍や敵陣地への対地攻撃をしてもらうこともある。
そんなお前達に支給する装備は、これだ」
差し出された装備を見た二人はあきらかに落胆した様子だった。
なぜなら、ストーム1が取り出した物はどこにでもあるただの手榴弾だったからだ。
だけど、それはもちろんただの手榴弾ではなかった。
その手榴弾――ハンドグレネード『MG30』はEDFが開発した最強の手榴弾だ。
威力はハンパではないが、爆発半径があまりに広いために自爆する者が相次ぎ、急遽生産中止となった曰く付きの武器だ。
しかし、陸戦兵なら使いにくいこの武器も、爆風が届かぬ上空からなら有効な対地兵器として運用できるだろう。
「セインの武器は、これだ」
「これって……これぇ!?」
セインは悲鳴を上げて、ざざっと後ずさって距離を取った。
カートに残っていた最後の武器。それは弾幕突破訓練でさんざんナンバーズを苦しめた三脚の歩哨銃。
――『ZEXRーGUN』
訓練の時は非殺傷のペイント弾を使っていたが、それでも当たると結構痛い。
それに赤色のペイント弾を使っているので、当たると本当に負傷し血だらけになっているように見える。
セインはこの訓練で毎回戦死判定を食らっているので、これの弾幕が軽いトラウマにでもなっているのだろう。
彼女には偵察の他にも、敵中でこれを起動させて相手を混乱させるという危険な役割を担ってもらうことになっている。
普通なら戦死確実だが、セインにはIS『ディープダイバー』があるので危険度はかなり軽減されるだろう。
「それでは全員、そのまま俺の話を訊いてくれ」
ストーム1は、自分が何を言うのか、期待半分不安半分といった様子の彼女達の顔を見回した。
まだまだ訓練は続くが、部隊が発足し、装備も支給し終わったことだし、彼はここで最後の訓示を行おうと思っていた。
気の利いた隊長ならば、ここで格好良い演説をして、ナンバーズ全員の心をがっちりと掴んでしまうことだろう。
しかし、残念ながらそれはストーム1の得意とする所ではない。
彼は演説にはなれてなかったし、言葉遊びも不得手である。
(さて、どうしたものか)
三秒経ち、五秒経ち、十秒経ち。
さんざん悩んだすえに、彼の述べた言葉はこのようなものだった。
「知っての通り、俺はミッドチルダの住人ではない。この世界についても知らないことがほとんどで、魔法だって使えない。
もしかしたら、今後俺はナンバーズの誰かを先生と呼び、土下座をして教えを乞うことだってあるかもしれない。
そんな俺が皆に言えることはただ一つ。絶対に死ぬな。かと言って、命惜しさに逃げ惑うような卑怯なことは断じてに許さん。
どんなことがあっても、退かず、怯えず、立ち止まらず、勇敢に戦い、生き残り、勝利しろ。俺の言いたいことは、それだけだ」
案の定、訓示を終えた彼に、拍手も歓声も敬礼も返って来ることはなかった。
これが、後にミッドチルダの双璧と呼ばれる部隊の一つ。
『ストームチーム』が誕生した瞬間だった。
『星舟』活動再開まで後――15日――
To be Continued. "mission9『英霊の帰還』"
最終更新:2008年06月10日 23:40