魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission8『誕生 新生ストームチーム』"

――新暦七十五年 五月二日 十一時二分 アジト近辺の草原ー――

 ノーヴェは苛立っていた。酷く苛立っていた。

頬を撫でるそよ風も、鼻腔をくすぐる草花の香りも、目の前に広がる青空も、この怒りを静めることはできない。
いつもだったら、なぜ苛立つのかはわからない。
もう、それが自分の性分なのだと半ば諦めてもいる。
だけど、今は違う。今だけはわかる。
自分がこんなにも激昂している理由、それは――

「なんだ、もうおしまいか?」

――こいつのせいだ。

「どうした? まだ足を払われただけだろう。まだ時間は残ってるぞ。さっさとかかってこい」
 仰向けに倒れているノーヴェを見下ろすストーム1は、彼女を兆発するように手招きした。
(くそっ人をコケにしやがって)
心の中で毒づいて、ノーヴェは素早く飛び起き距離を取る。
ギャラリーの姉妹がどよめいた。やめておけ、という声も聞こえた。
ノーヴェは忠告を鼻で笑ってストーム1を睨みつける。

「……ぶっ殺してやる!」
 言うや否や、ノーヴェはダッと地を蹴った。
ジェットエッジは無いものの、強化された脚力は二人の距離をあっという間に縮めていく。
この徒手格闘訓練には禁止手がない。
つまりは、金的をしようが目潰しをしようが、とにかく時間内に素手で相手をぶちのめせばOKという訓練だ。
だけどノーヴェは小細工を使わず、あくまでも真正面からの攻撃にこだわっていた。
それが彼女のやり方だったし、戦闘機人の自分が、ただの人間相手に何度もやられるわけがないと本気で思っていたからだ。
さっきは油断しただけだ。アタシはアタシらしいやり方で、『今日こそ』こいつをぶっとばす!

 ストーム1は慌てることなく構えの姿勢を崩さない。
間合いを詰めると、ノーヴェは渾身の力を込めて拳を突き出した。

(そのスカした面をヘコませてやる!)

 が、ストーム1はノーヴェの拳を掌でしっかり横にいなした。
直後、ズンッと重い衝撃と焼けつくほどの鈍痛がノーヴェの体を駆け抜けた。
体勢を崩した瞬間に、EDFで鍛えぬかれた本気の拳がノーヴェの鳩尾に容赦なくめり込んだのだ。

 ノーヴェは腹を抱えて後ずさり、気がつくと膝が崩れて地面に頬を押しつけていた。
頭の中が真っ白だ。耳の奥がごおっと鳴り、景色がぐにゃぐにゃに歪んでいる。
半開きの口からだらだら涎を垂れ流し、痛みの余りに呼吸をすることもままならない。
圧迫された胃腸がグルグル鳴って、気を抜けばそのままゲロをぶちまけてしまいそうだ。
ストーム1は構えを解くと、もがくノーヴェをじっと見下ろし、心配そうな面持で言った。

「威勢が良いのは評価するが、そうやってむやみに突っ込んでいては素人にも簡単に見切られて反撃されるだけだぞ。
 今の訓練でも、俺が追撃をかけていればお前は二回も死んでいる……おい、セイン」
「はっ、なんですか教官さん?」
 セインは踵を合わせて気を付けの姿勢をとる。
「さっさとこいつを連れていってくれ。このままでは訓練が続けられんからな」
「は……じゃなくて、イエス、サー! 」
 セインはノーヴェの元に駆け寄ると、助け起こして近くの木陰へ連れていった。
「また負けちゃったね。大丈夫? すごい苦しそうだけど」
 セインは優しい手つきでノーヴェの頭を撫でる。
その手を払いたいが、思うように動けないのでノーヴェはされるがままだ。
そんなノーヴェに一瞥もくれることなく、ストーム1は訓練を続けるために他のナンバーズへ指示をだした。

「では次、オットーとディード、前に出ろ。制限時間は三十秒だ。訓練なんだから本気でやれよ」

――

「あーもう! あいつ、いつかぜってーぶっ飛ばしてやる!」
 声を張り上げ、ノーヴェはエビフライにフォークを突きたてた。
 アジトの食堂はナンバーズ全員を収容出来るくらいの広さはあるが、快適というには程遠い。
食事も自動調理器が人工食料を使って作る物なので、あんまり美味くなかった。
それでも、娯楽に乏しいナンバーズにとっては数少ない憩いの場であることには代わりない。

「むぐ……あいつって、もしかして教官さんのこと?」
 向かいの席に座っているセインが目を上げて、パンを頬張ったまま尋ねた。
「当たり前だろーが。なんだよあいつは! 人のことボコって見せしめみたいにほったらかして!
 しまいにゃ訓練続けたいからどけろだぁ? どこまでアタシを馬鹿にしたら気が澄むんだあの糞教官がー!」
 拳でなんどもテーブルを叩いて怒りを顕にするノーヴェ。
その衝撃で滅茶苦茶になっていく料理も彼女の怒りに拍車をかける。
「もー、だめだよ、女の子が糞なんて言っちゃ。それに、あれは訓練なんだから厳しくするのは当たり前じゃない」
 自分の皿をテーブルから上げて、困った顔でセインが言う。
「アタシは女の子なんて上等なもんじゃねーっての……それに、あいつの訓練なんかきついだけでなんの意味もないよ」
 ひとしきり騒いで頭が冷えたのか、ノーヴェは形の崩れた料理をもそもそと食べ始めた。

 ストーム1がナンバーズの教官になってからというもの、ノーヴェ達は訓練漬けの日々を送っていた。
訓練は日の出前から始まり、足音を立てずに森の中を行軍する訓練。弾幕の中を潜りぬける訓練、
徒手格闘訓練等をこなし、昼食の後は座学の時間。それが終わったら夜間訓練を夜中まで。
どのメニューも地味で、泥臭くて、キツイものばかりだった。
固有武装は修理改造が今だ終わらず、ジェットエッジがないからISも使えず、訓練内容も魔法とは全然関係のないことばかり。
訓練開始から今日で半月。その間、ノーヴェはずっと疑問に思っていた。

『こんなことを続けていて、本当に効果はあるのだろうか?』と。

 昼食をあらかた食べ終えた時、見覚えのある人影が食堂に入ってくるのが見えた。
ストーム1だ。少し遅れてウェンディも続く。
あの二人が一緒に居ることは、別に珍しいことではない。
と言っても、二人が付き合っているというわけではなく、ウェンディが一方的に付きまとってるだけなのだが。
まったく、大概はスルーされているのによくやる。
今だって、ウェンディがいろいろ話しかけているのにストーム1は生返事を返しているだけではないか。
だけどノーヴェは彼女のことを笑う気も、馬鹿にする気も起きなかった。
自分もあんなことがなかったら、ウェンディと同じになってたかもしれないのだから。

『なあ、セインはあいつのことどう思ってんだ?』
 ノーヴェは二人の行く先を目で追いながら、念話を使ってセインに訊いた。
わざわざ念話を使ったのは、会話の内容をストーム1に聞かれないようにするためだ。
『それって好きか嫌いかってこと? だったら、あたしは好きじゃないなぁ。あの人無口だし、美形ってわけじゃないし、訓練以外は部屋に引きこもってお勉強だし。
 他の皆もあたしと同じと思うよ。ま、ドクターに怒られたくないから一応言うことは訊くけどさ』
 ノーヴェが予想した通りの返答だ。
事実、ストーム1が教官になったと訊いて喜んだのはウェンディだけで、他の者は、さして興味をしめさないか反感を持つかのどちらかだった。
これがドクターの命令でなかったら、おそらくナンバーズの半分くらいは離反していたことだろう。
そう思いつつ、ノーヴェが水を口に含んだそのとき――

『だから安心して良いよ。あの人のことが好きなのはウェンディと『貴女』だけだから』
噴き出した。それを訊いた途端、ぶほっ! 咳き込み盛大に噴き出した。
『ああ~もう、きったないなぁ』
 顔にかかった水やらなんやらを拭いながら、迷惑そうにセインが言う。
『てっててててめぇが変なこと言うからだろうが! 誰が誰のことを好きになったって!?』
『あれぇ? ノーヴェも教官さんのことが好きなんじゃないの?』
『何言ってやがんだセイン! 大っ嫌いだよあんな奴!』
『へぇ~そうなんだ~』
 顔を真っ赤にして、今にも怒声をあげそうなノーヴェを見ながらセインはおもしろそうにニヤニヤ笑っている。

『だったら、なんであの人のことばっか話してるの? このごろずっとそうだよね?』
『それは、あいつムカツクし……』
『徒手訓練のときは、相手役にいっつも教官さんを指名してるよね? それに、ウンって言ってくれるまでテコでも動かないよね?』
『うー……だってやられっぱなしは嫌だから……』
『はいはい、ヘタなごまかしはオ・シ・マ・イ。そんなこと言ってもお姉ちゃんは全部お見通しなんだぞー』
 しどろもどろのノーヴェを手で制し、セインは額に指当て眉をハの字にして首を振る。
それからセインは、両手を合わせて顔を伏せ、信者が神に祈るような格好でノーヴェの声を真似て喋り出した。

『あたしは貴方が大嫌い。言うことなんて訊きたくないし、顔だって見たくない。口を開けばキツイことも言っちゃうの』
『なっ……なに言ってんだテメェ!』
『でもね、本音はそうじゃない。本当はただの照れ隠し。あたしは素直になれないだけで――』
『やめろ、やめろよぉ!』
『実は貴方を心の底から――』

「だぁーーーーっからあいつなんて大っ嫌いだってんだろうがぁーーーーーーッ!」

 そしてノーヴェは立ち上がり、腹の底からセインに向かって叫んでしまった。
食堂に居る何人かがこちらを見ているがわかったが、そんなことはどうでもいい。
アタシがあいつのことを? 冗談じゃない!
確かに、あの時限定でパートナーになったことは事実だし、ちょっとだけカッコイイなー強いなーとも思ったのも本当だ。
だけどあいつは、全てが終わった途端、動けない自分やウェンディをほったらかして気絶したではないか。
しかも、そのことで気が動転していた自分は、その後救助に来た姉に泣きつくなんてらしくないこともしてしまった。
それがチンク姉やウーノ姉ならまだよかった。だけど相手はナンバーズ馬鹿代表とも言えるセインだった。
そのせいで、セインはなにかと姉貴面して付きまとうようになるわ、姉達からはお人よしのレッテルを貼られるわ、クア姉には――

「ええーっニコポ? きもーい! ニコポが許されるのは試験起動までだよねぇ?」

と、一月以上も馬鹿にされ続けるわと良いことなんて何一つなかった。
畜生、全部あいつのせいだ。
アタシの評判が落ちたのも、クア姉にからかわれ続けたも、妙な噂が流れているのも、全部全部あいつのせいなんだ! 

「ああ嫌いだね。嫌い嫌い大ッ嫌い。なんだよあんなダメ教官。機人のきの字も知らねぇくせにアタシに物教えるなんて生意気なんだっつーの。
 ぜってーあいつアタシら苛めて楽しんでるだけだよ。あの最低DV男は。無駄な訓練しか出来ない糞野郎なんて早くどっかに消えて欲しいね!」
 感情に任せて一気にまくし立てる。それはほとんど叫びに近く、喋り終えても息が荒いまま。
ノーヴェは深呼吸して呼吸を整えると、再び椅子に座った。 
一切の毒を吐き出したせいか、少しだけ気分が良い。
と、そこでセインの様子がおかしいことに気がついた。
口をポカンと開けたまま、目を大きく見開いて、まるで何かに驚いているようだ。
自分が大声で叫んだせいだろうか?

「その糞野郎とは誰のことだ?」
 ノーヴェの背後から低い声が聞こえた。
「ああん? そんなのストーム1って教官気取りのボケなすのことに決まってんだろ」
 当たり前のことを訊くな、とでも言いたげなノーヴェの答えに、声の主は溜息混じりに問いかけた。
「ほぅ、では、そのボケなすとはこんな顔じゃなかったか?」
 そこでノーヴェは一瞬固まった。
今気付いたが、これは確かに男の声だ。
今、アジトにいる男は三人。その中で今食堂にいる奴と言うと。
セインに目を向けると、しきりにノーヴェの後ろを指差している。
脂汗を流しながら、ノーヴェがゆっくりと振り向くと……

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 ノーヴェは思わず悲鳴を上げた。噂をすればなんとやら。そこにいたのはストーム1ご本人だった。
「お……おまおまおまえいつきゃみぎこにqぁwせdrftgyftgy!」
 ノーヴェが噛みまくりながらストーム1を怒鳴りつける。
いつから話を訊いていたんだこいつは。もしかして最初から? だ、だった違うんだからな!
セインが言ったことは違うんだからな! スキとかクワとか恋してますとか愛してますとか絶対無いんだからな!
そう弁明したくても舌が回らず言葉にならない。
それでも言いたいことは伝わったらしくストーム1は真顔のまま言った。

「『だからあいつなんてー』からだ。訊かれたくないなら小声で話すべきだったな」
 と、言うことは初めの方は聞かれてなかったということか。
冷静に考えればわかることだ。こいつは魔法もISも使えないから念話を聞き取れるわけがない。
安堵したノーヴェは怪訝な顔のストーム1を見上げて聞こえよがしに言った。


「だったらなんでございましょうか? 偉大なる教官様。あなたは暴言を吐いた私めをどうしやがるおつもりで……がもっ!」
 誰かがノーヴェの口を塞いだ。
そいつは後ろからノーヴェを羽交い締めにして、右手で口を塞いでいる。
ストーム1じゃない。後頭部に感じる大きい胸の感触からしてセインでもない。

「あ、あのストームさん! 今のありえない発言はきっとノーヴェの本心じゃないんッス!
 ノーヴェはほんとは素直でいい子なんッスよ! お願いだから信じて欲しいッス!」
 やっぱりお前かウェンディ! さっさと放しやがれこんちくしょう!
もごもご言いながら暴れてみるも、しっかり抱きしめられてるから意味がない。
まるで猫のじゃれあいみたいな光景に苦笑しつつ、ストーム1が命じた。
「もういいウェンディ、放してやれ」
「ストームさん、でも……」
「俺なら別に気にしてない。むしろ部下の本音を聞けて良かったと思っている」
 ストーム1の顔には、言葉通り怒りの色も悲しみの色も見て取れない。
感じるのは、不良のやんちゃを面白がっている教師のような雰囲気だけだ。
解放されたノーヴェが舌打ちをして睨みつけても動じる気配は無い。
どこまでスカしてやがるんだこいつは!
再び苛立ちを募らせて行くノーヴェだったが、ストーム1は真顔に戻って彼女に背を向けると、手を叩いて周りの注意を促した。

「皆聞いてくれ。今日までの訓練を無駄だ、意味がないと思っていた者もいるだろうが、それも今日で終わりだ。
ナンバーズは全員、今から一時間後にブリーフィングルームへ集合せよ。そこで部隊編成の発表と新装備の支給を行う。以上だ」

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最終更新:2008年06月10日 23:39