駆けつけた現場は、あの日のような、火事だった。
今日のあたしは無力じゃない。
おかあさんとギン姉からさずかったシューティングアーツがある。
陸士訓練校で一緒にがんばったティアと、他のみんなもそばにいて…
そう、あたしは戻ってきたんだ! 炎の中に!
無力な誰かを助けるために。
あの日、あたしを抱いてくれた腕と拳にあこがれて、
追いかけ続けて、走り続けてきた毎日。
まだまだ背中は遠いけど。
護(まも)るんだ、あたしの五体(からだ)で!
止めるんだ、切ない悲鳴を!

「行くわよ、スバル」
「うん、ティア」


魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果

第七話『昴』


ミッドチルダ南部、スラムの近郊、廃工場。
突然地下から現れた炎は、劣化した建物をすぐさま呑み込んで、
まわりの空き地にも火が回り始めた。
あたし達防災課が現場に到着したのは、外から火事が確認された七分後。
問題なのは、この工場周辺で、行方不明者が多発してるっていうこと。
ここ一ヶ月で十六人が姿を消していて、うち一人は事件調査に乗り出した管理局地上部の捜査官。

「火を消すだけなら建物を壊せばいいけれど」
「もしかしたら、中には行方不明の人達が!」
延焼する建物内へ強行突入、誰かいないか限られた時間で隅々まで調査するのが、今回まかされた任務。
あたしのシューティングアーツの突破力と、ティアの精密射撃放水で、道のない道を切り開いて、進む。
繰り出す拳、踏み出す足にかかっているのは、助かるかもしれない人達の生命だから!
炎におののいてなんかいられない! いられないんだ!

「スバル、突出しすぎ!」
「でも急がないと!」
「私達に求められているのは、よく探すこと!
 急いで見過ごしたら悔やんでも悔やみきれないわよっ」
…また、ティアに言われちゃった。
突っ走りすぎるのを止めてくれるのは、いつもティア。
けど、あたしは知ってる。
ティアの胸には、絶対負けない夢が、静かに燃え続けてる。
こんな火事なんかより、ずっと、熱く。
だから、ティアと一緒になら消せない火なんか無い。
乗り越えられない壁もない。
あたしは、そう信じてる。






「…ねぇ、あれって」
「だ、大丈夫ですかっ?」
誰もいないことを報告しようと脱出する間際に、ティアが見つけた。
焼ける工場機械のそばで顔を押さえたままうずくまっている、首輪をはめた男の人。
そこの床に広がっていた黒いシミのわけは…助け起こして、すぐにわかった。
あまりのひどさに、あたしもティアも、ひきつった喉で息を吸い込んだだけだった。

「顔が…ない?」
「はがされたの、これ?」
起こした顔には、顔がなくて、むきだしの目がひからびてて。
鼻だった場所や、ほっぺただった場所から、どろどろになった血が垂れて。

「お、おーえん、か」
「生きてる!」
「今すぐ、外で応急処置を…」
「にぃ、逃ぃげら。
 おぇ、ひ、火ぃ、つけて、やっと、ん逃ぃげ、た」
歯や喉がむき出しになった口から話される言葉は、舌が足りなくて。
そして、なによりも…

「……ぉ…ご、ご、うぇん…」
生き延びる生命(いのち)が足りなかった。
ここにつくまでに、足りなくなっていたんだ。
のこした言葉は、聞き取れなかった誰かの名前と、
多分、その人に対する、ごめん。

「スバル…」
「…まだだよ。
 蘇生処置をするんなら、まだ遅くない!」
あたしが助かる見込みだって、ほとんど絶望的だったんだ。
こんなところであきらめがよかったら、あたしの今までに意味なんか全然ない。

「二手に分かれましょう、スバルはその人を急いで外に!」
「ティアは?」
「一人いたなら、まだまだいるわよ生存者!
 私が探すから、早く戻って来なさいよ? もう、火が…」
うしろからすごい力でひっぱたかれたのは、そのときだった。
あたしもティアも壁まで飛ばされて、くずれた瓦礫に埋まりかけた。
もちろん燃えてる。 急いで低出力放水したティアに水をかけられながら後ろを振り向くと…
あたしは、焼け焦げかけた熱さなんか、またあっさりと忘れた。

「ダァ~リィ~ン あたしのダァ~リィ~ン
 こんなところにいたのね。
 ベッドから逃げ出すなんて、恥ずかしがらなくてもいいのにぃ」
さっきの男の人を手づかみにして、顔をベロベロなめている女の人。
…ちがう、人じゃない。 女かもしれないけど、人じゃない。
背丈と体格がブルドーザーくらいあって、ほとんど裸のヒモボンテージで
こんな火事の中を平気で歩き回る人間なんて、いるわけない。
それに、あの胸…乳首のところに縫いつけてあるのは、人の顔。

「あいつが、あの人の顔を…」
「なによこれ? こんなのが、この世にっ」
「いなくなった人達、まさか」
あたし達の見ている前で、そいつはあっさり答えを見せてくれた。
どうして、あのとき動けなかったのか。 悔やんだって遅かった。
あまりに現実離れした光景に、足がすくんで動かなくって。

「ひっとつっに、なりましょおーっ」
男の人は、頭からがりがりかじられた。
しぶいた血は、あっという間に蒸発して黒いススになっていく。

「これぞ究極の愛のカタチ!
 あたしは破夢子(はむこ)~っ
 あなたととこしえに苦楽をともにすること、誓うわよぉーん!」
もうダメだった、腰がぬけて立てなかった。
ティアの様子も気になったけど、目が、あの怪人に釘付けになって、動いてくれない。
全部たいらげた怪人が、あたし達に、気づいた。
近づいてくる。 足音が、すごい。 重い。

「そぉ~ あなた達の仕業ね?
 ダァ~リンを外に連れ出したのは?
 二人がかりでダァ~リンをたぶらかしたわねぇー?」
「…し、知らない、その人、知らない」
「おーだーまーりー!
 愛を引き裂く者はゆるされないのよぉ~
 女王様のカカトをお浴びっ」
また、あたしは、おびえるだけに逆戻りしてた。
助けて、とすら思わなかった。
死ぬんだな、って思った。
その一方で、死にたくないって、歯をガチガチ噛み合わせてた。
あの日、以下だ。 三年間、何をやってたの? あたしは何をやってたの?
ティアと頑張ってきたのも、こんな、無茶苦茶な世界の前では、まるきり無駄な努力?

 絶望 絶望 絶望

 踵(かかと) 絶望
 遠ざかる背中 絶望
 終わる生命(いのち) 絶望

 嫌(いや) 嫌(いや) 見たくない 見たくない
 目を閉じても消えない現実 非情!

あたしの心は、完璧にくじけてた。
もう、死ぬ以外になかった。
だけど、次に上がったのは、あたしの断末魔じゃなくて。

「がばちょべばばばば!」
横から顔を殴られるみたいに転がされていった、怪人のうなり。
なんだ? と思ったら、やっと首が動いた。
すぐ右で、ティアが、怪人に向けて放水してたんだ。
最大出力で、コンクリートも砕く威力の反動を尻もちのまま受け止めて、
おしりを引きずって、ずりずり後退してた。
そんな勢いで出したから、ポンプの水も三秒で切れる。
切れた後になっても、ティアはトリガーをガチガチ引いてた。
肩で息をしながら、目を血走らせて。

「ティア?」
「こんなところで…こんなところで転べない。
 こんなところで、私は転べないのよおっ!」
こんなところで、こんなところで。
そう、ひとつ言うたびにトリガーをひとつ引きながら、
ほとんど泣く寸前の顔で、ティアは。
そして。

「おごえええっ」
口を狙われて、しこたま水を呑まされた怪人は、
転げながら水とゲロをどばどば吐き出した。
大量の骨…どう見ても人骨。
その中に混じっていた、なにかちいさな固まりが、かぼそい声で、言ったんだ

「おにい、ちゃん…」
手らしい場所をかすかに動かし、前に這う。
こいつが生み出した新手の怪物かと一瞬思って。
気づいてみたら、ショックなんて言葉じゃ言い表せなかった。
原型をとどめないくらいに溶かされた、小さな女の子だった。
声を聞いても、少しじゃわからないくらいの。

「たす、けて…さむいよ、みえ、ない…おにい、ちゃん」
こればっかりは、あたしにもわかった。
…もう、助からない。 ここには助ける手段がない。
それまで生命を持たせることなんか、できっこない…
そう思ったら、もう、ダメで。
悲しいとか、やるせないとか、色々気持ちはあったけど。

「大丈夫、大丈夫だよ」
「おにい…」
「お兄ちゃんが、助けに来るから!
 それまで、あたしが守ってあげるから…だから!」
抱きしめた胸の中で、腕の中でこの子の身体は、ずるずると溶け落ちていく。

「だから、頑張ってよ…お兄ちゃんが来るまで、頑張ってよぉ」
「おにぃ、ちゃん…あったか…い」
顔ともわからない顔で、一生懸命笑ってくれたこの子の首は…
ぼろりと落っこちた。 こわれた人形みたいに。
もう、動かない。

「…むぅ~ん」
怪人が、起きた。
それから、あたし達を見て、言った。

「ケーッ、吐き出されてんじゃあないわよぉ。
 いい? あんたのお兄ちゃんはねぇ、あたしのお肉よお肉!
 あたしのお美腹(なか)の中にいれば、ずぅーっと一緒だったのにぃ」
この子は、動かない。
もう、動かない。
あたしは、立った。

 ゆるせない

「止めないわよ、スバル。
 私も、あんたと同じ気持ちだから。
 こいつは…許しちゃいけない、絶対!」
ティアがとなりに立つと、
あたしは無意識に構えをとっていた。
これは、シューティングアーツじゃない。
左腕は敵の正中線上にぴたりと伸ばし、
右肘は後ろに弓をひく。
あの日の、あの人と、同じ構え。
あたしの心に焼きついた、正義の形。

「なぁーにが許さないよ、エラッソーに。
 女王様のキャンドルサービスをお受け!」
常に動き続けるシューティングアーツとは相容れない
地に足をつけた『待ち』の構えだってギン姉は言ったけど、
あたし、今ならわかるよ。
この構えは、許しちゃいけないやつを倒す拳を放つためにある!

 あたしは こいつを ゆるせない!

吐き出される炎にはびっくりだけど、あたしの拳は勝つ! 正面から!
溜めの右、リボルバーナックルから薬莢をふたつ飛ばして、あたしは放つ。
閉ざされた空を拓(ひら)く拳。

 神 聖 破 撃
ディバイン・バスター

『突破』、それ以外の何も考えず鍛え上げてきた一弾だから、
吹き付ける炎の風をまっぷたつに割って、あいつに至る道を作る。
そして、ブーツのローラーをフル稼動。 瞬時最高速。
あいつはもう一発、火を吐こうとしてるけど、

「させないっ」
「おふぎゃ?」
ティアがアンカーガンで鼻先を撃って止めた。
その一秒で、あたしはこいつの懐に入って、
さっきの右を振り抜きざま逆に溜めた左の素拳に身を沈め、
加速を乗せて、一気に放つ。
誰かの死を必殺するための拳。

「 因 果 (いんが)!」

入った水月(みぞおち)を、そのまま正面に振り抜ける。
めり込む拳の抜けたあと、手応えは充分。

「ごごげええええええっ?」
建物の壁をひとつ破り、ふたつ破り、
向こう側の空き地にまで怪人は吹き飛んで、大量のゲロを吐いた。
外には待っていた他のみんながいて、いきなりのことにパニックになっている。
あたしとティアは追った。 すぐに。
もう立てないだろう、ここで逮捕して、捜査班に引き渡す。
そう、思っていたんだ。
…でも。
五分後、あたしもティアも、ボロボロだった。







「痛かった、痛かったわよぉ~
 よくも本気にさせてくれたわね」
地面に転がされたあたしは、もう立つ力も残ってなくて、
隣に放り投げられたティアも、それは一緒。
あたしが撃ち込んだ全力全開の拳は、今まで呑気にやっていたこいつを
本気で怒らせるだけに終わって…
踏み止まって、みんなを逃がすまで戦ったのが、あたし達の精一杯だった。

「お美腹(なか)が空いたわ。
 あんたらなんかじゃ、あたしの愛の足しにもならないけど!
 バーベキューにして、おいしくいただくわよぉん!」
もう、二の腕さえも、上がらない。
これで終わりなの?
あたしも、ティアも、真っ黒に焼かれて、終わるの?
そんなの、いやだ、ゆるせないよ…
今、今、燃え尽きても、いい。
もう二度と動かなくてもいいから。
動いてよ、あたしの身体…動いてよ。

「あなたもあたしのお肉にするからぁ、
 あたしったら、博愛・主・義・者!
 んじゃあ、美食(いただ)くわぁん、ウフフフフ」

「否! きさまの愛は侵略行為!」

…え?
この、声…

「なによあんた? その女とどおゆう関係?」
「恩人だ! 私の生命の恩人なり!」
間違いなかった。
この声は、間違いなかった。
ちょっとだけ、力が戻った。
首を動かして視界を上げる…
あの顔も、間違いなかった。
あの、構えも。
…違います。
生命の恩人は、あなたです。
だって、あなたがいなければ、あたしはいなかった!

「なぁにが恩人よ、邪魔すんならあなたから愛してあげるわぁぁん」
「その言葉、宣戦布告と判断する。
 当方に迎撃の用意あり!」
葉隠、覚悟さん。
三年と半年前、あたしを全力で守ってくれた人が。
ずっと追いかけてきた憧れが、今、目の前に。
あのときのような黒い鎧ではないけれど、
そのかわりに、白い学ランのバリアジャケットと、
あたしと同じシューティングアーツのブーツを履いて。

「あたしは今、愛に飢えているのぉぉぉ」
「爆芯!」
ブーツから、カートリッジの薬莢が飛び出して、
怪人の突進に合わせて、猛烈加速。
そして、すれ違いざまに。

「 因 果 !!」
これで、全部終わってた。
怪人は、下半身だけ立ったまま、上半身はばらばらに砕け散っていた。
同じ水月への一撃でも、これがあの人だった。
残った怪人の下半身が背後で倒れたのだけ確認すると、
あの人は、こっちに、寄ってきた。
ブーツを星印のボタンにしまって。
完全に、武装を解いて。
それから、あたしを見て、言ったんだ。

「戦いの道を選んだのか、きみは…」
どこか、残念そうな声だった。
あのときと同じで、イヤな気分を顔に出したりしないけれど。
危険から救ってくれたこの人に、あたしはある意味、恩をアダで返したのかもしれない。
だけど、あのとき生まれた気持ちは、あたしの初めてのゆずれないものだった!

「…ずっと。
 ずっと、あなたの拳を追ってきました」
言葉が、勝手に零(こぼ)れ出てくる。
気がつけば、無理にでも身体を起こして訴えていた。

「嫌だったから…弱いのが、守られるだけなのが、嫌だったから!
 だから、強くなりたくて、管理局を目指して、あたし…」
それが、あたしの決意だったはずなのに。
三年かけて、強くなれたはずだったのに。
…ああ、そうか。
零れ出たのは言葉じゃないんだ。
これは、涙だ。
くやしくて、泣いてるんだ、あたし。

「それなのに、それなのに…あたし、弱くて。
 弱くて、弱くて、弱くて…
 怪物が出たら、こわくて、すくんで…
 守れなかった、誰も、守ってあげられなかった…あたし、あたしぃっ…」
力なく、地面を叩いて、すすり泣く。
みじめだった。 情けなかった。
そばで、ティアも泣いていた。
うつぶせになったまま、ぐすぐす鼻を鳴らしていた。
そんなあたし達に、あの人は。

「勝てぬ相手を前に一歩も引かざれば、すでに大敵『恐怖』に勝利したるなり。
 おまえたちは今日、戦士の入り口に立ったのだ」
あたしとティアに、強く、命じたんだ。

「立つがいい。 戦士が立つのは己が力にて!」
あたしも、ティアも、うめくだけで動けないでいると、
あの人は、さらに強く。

「立て!
 おまえたちの戦士たる決意、その程度のものか!」
「…っ、言われなくても!
 あんたなんかに、言われなくても!」
「その怒り、両足に込めよ!」
がたがたふるえながら、前足を踏み出した。
あたしも、ティアも、一息に。

「弱きおのれへの怒りを込めよ!
 それで足りねば、身命賭した願いを込めよ!」
もう、弱いのは、いやだ。
ひとり、おびえて泣き叫んだ、あたし。
弱虫で、なんにもできなかった、あたし。
怪物を前にして、全然動けなくなって。
腕の中で女の子が、おもちゃみたいに壊れて…
もう、弱いのは、いやだ!
あたしの願いは、あたしの願いは!
ティアが、立った。
あたしも、立つ。
もう、足は、ふるえない。

「立っておらねば遠くは見えぬ、歩けもせぬ。
 立って、見据えよ。 征くべき道を」
見届けたあの人は、あたし達に背を向けて、
そのまま去っていった。
最後にあたしは、あの日、聞けなかったことを聞いた。

「お名前を!」
「…?」
「あなたの、お名前を。 あなた自身から!」
振り返って、あの人は、名乗ってくれた。

「正調零式防衛術(せいちょう ぜろしきぼうえいじゅつ)、葉隠覚悟(はがくれ かくご)。
 …戦士よ、おまえたちの名は!」
「スバル・ナカジマ! あたしの拳は、シューティングアーツ!」
「ティアナ・ランスター、武器は…両手拳銃(トゥーハンド)!」





…その後。
十五分してやってきた管理局武装隊に、
立ったまんま気絶していたあたし達が発見されて。
気づいたら、ティアとベッドを並べて、二日経ってた。
これが、あの人との再会。
そして、機動六課での、戦いの始まり。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年08月14日 14:24