覚悟君が戻ってきた。
新暦0074年10月。
あの日の約束を、ぎりぎり果たしたその日に、や。
そうは言うても、わたしだけの力とちゃうねんけどな。
わたしかて、ヘタな謙遜をする程度の日々を送ってきたつもりはないねんけど、一人じゃ単なる小娘やんか。
聖王教会の…カリムの強力な後押しがあって、ほんっとに辛うじてこぎつけた結果やな。
完成した隊舎の執務室にやってきた覚悟君と向かい合ったら、
おっきくなった背に、いろいろ言うてやりたくなったわ。
けどな、うち、覚悟君の言葉、しっかり覚えてるねん。
せやからな…戦士に、敬礼や。
覚悟君も、わたしに敬礼してくれた。

「…………」
「…………」
結局、それだけやった。
そのまんま、三十秒くらいして。

「じゃあ、みんな…呼ぶな?」
「頼みます、八神二等陸佐殿」


魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果

第八話『対超鋼・機動六課』


「みんなそろったところで、状況を整理してみよか」
「うん、そうだね」
「行き違いがあったりしたら、困るもんね」
「了解した」
今、いるのは、わたしとなのはちゃん、フェイトちゃん。
うちの子らはガジェット退治の応援その他に駆り出されてて、来週までは戻ってこられへん。
リィンも今は、そっちについていってる。
覚悟君とすぐに会わせられないのが残念やけど…
あ、ちなみに、他人行儀は即刻禁止したで。
覚悟君だけそんなことやったら、なのはちゃんやフェイトちゃんにも、遠回しにそれ、押しつけることになるねんな?
…それにな。

『勘違いしたらあかんて。 わたしらを結びつけるのは上下関係やない。
 おんなじ、願いや。 戦う理由や…違うか?
 そう思うから、戻ってきてくれたんやろ、覚悟君』
『…相違なし。 謝罪する』
まあ、三年前は嘱託魔導師待遇(魔法使えないのにヘンな話やけど)で、わたしらの仕事、手伝ってもらってたから、
管理局の組織に正式に組み込まれることを自分で選んだ手前、組織の仕組み、ないがしろにできん思うたんやろな。
でもそれは、中身をしっかり守ってくれれば、形なんかどうでもええねん。
なのはちゃんにフェイトちゃん、シグナムたちもそうしとるみたいにな。

「…まず、どうしてカリムの、聖王教会の後押しが強まったのか?
 これは覚悟君が詳しいはずやな」
「強化外骨格、雹(ひょう)の発見ゆえに!」
なのはちゃんも、フェイトちゃんも、息を呑んだ。
わたしだって、カリムから聞いたときは、同じやった。
あんなことが、あった直後やったから…

「野生の火竜が丸呑みにしていたものを、おれが回収した」
「それってつまり、この世界に飛ばされてきたのは、覚悟くんだけじゃなくて…」
「呼ばれたのは、強化外骨格そのものであるかもしれぬ」
なのはちゃんに応える覚悟君の目つきは、鋭かった。

「強化外骨格に宿るは、理不尽に蹂躙されし魂なれば。
 カリムの予言の一節に符合せし部分あり」

 古い結晶と 無限の欲望が 集い交わる地
 死せる王の元 聖地より彼の翼が蘇る
 死者達が踊り 中つ大地の法の塔は空しく焼け落ち
 それを先駆けに 数多の海を守る法の船は砕け落ちる

「踊る死者達、これ強化外骨格の瞬殺無音を意味するならば…
 ミッドチルダに吹き荒れるは、大殺戮の嵐!」
「地上本部への…」
「強化外骨格を使った…」
「毒ガス攻撃!」
真っ昼間の晴天なのに、雷が轟音を立てて落ちてくるのを、わたしらは確かに聞いた。
本部からの事情聴取では知らぬ存ぜぬで突っ張り通したけど、
わたしは確かに知ってる。 瞬殺無音がなんなのか、零(ぜろ)から聞いて、知ってる。
十秒足らずで都市ひとつ根こそぎ鏖(みなごろ)す。
姿無く、音も無く、匂いもせず、ただ瞬間的にやってきて、あとは原型をとどめない…化学兵器、戦術神風(せんじゅつ かみかぜ)。

「強化外骨格は…零(ぜろ)は、悪用されるの?」
「断じて否。 下郎にその身を許す零(ぜろ)ではない!
 雹(ひょう)もまた我が父、朧(おぼろ)の超鋼なれば、不仁を為すこと、決してありえぬ」
「お父さんの?」
重々しく頷いて、覚悟君は続ける。

「零(ぜろ)、雹(ひょう)がこちらに存在する以上…現人鬼(あらひとおに)の纏(まと)いたる霞(かすみ)もまた在ると考えるべき!
 外道に堕ちくさった散(はらら)ならば、強化外骨格の力、罪なき人の抹殺にふるったとて、何ら不思議なし」
フェイトちゃんが、ちょっと痛々しそうに目をそらしとる。
お兄ちゃんのことを「鬼」って呼んで、討つべき悪としてにらみ続ける覚悟君や。
たとえ冷たくされたって、虐待されたって、
それでもお母さんのこと信じ続けたフェイトちゃんには、やりきれないものがあるかもしれへん。

「でも、それをやるのが散(はらら)さんて決まったわけやない」
「だが、そう考えねばならぬのだ、はやて」
「これ見いや」
ウインドウを起こして、映像を再生する。
百聞は一見にしかずやて。

「これは、玩具(ガジェット)」
「三週間前の、ヴィータの戦闘記録や」
その日、現れたガジェットは、たった五体。
せやけど、その分、特別製やった。
数でタカをくくった地上部隊三十人が、あっさり片付けられてもうた理由は、
ヴィータがグラーフアイゼンで殴りかかった瞬間に、すぐわかった。

「…これは、まさか!」
さすがの覚悟君の顔色も、これには変わって当然やな。
あれの意味を知らなかった、なのはちゃんとフェイトちゃんだって、同じ顔したんやもん。

「わかるか、展性チタンや。 展性チタンの装甲を持った、ガジェットや」
ブースターで噴射しながら正面からぶち砕く、ラケーテンハンマー。
あれをくらって、吹っ飛ばされておきながら、ガジェットは表面が一瞬へこんだだけで。
装甲表面全体をぷるんと震わせた思うたら、元通りの形になって、元気ハツラツでミサイルを撃ってきた。
AMF(アンチ・マギリング・フィールド)で魔力が消されてまう上に、
通った威力、衝撃もこんな風に散らされるんじゃ、苦戦するのも当たり前や。
最終的に、ひとつ破壊している間に、残り全部に逃げられて。

「…わかるか、これがどういう意味か、わかるか?」
「展性チタンは、強化外骨格の装甲にのみ用いられし素材」
「せや。 強化外骨格の技術を解析してる、何者かがいるっちゅうことや。
 もっと、聞くで? これ、放っておいたら、この先どうなるか」
「瞬殺無音の暴露…」
「わたしは、もっとおそろしいこと考えとるねん」
正直、口に出すのもイヤな可能性やけど、
目をそむけるのは、絶対にあかんねや。
だから、言う。

「強化外骨格の、量産や」
覚悟君の息が、数秒間も止まったのを感じた。
なのはちゃんとフェイトちゃんには、あらかじめ伝えておいた、一番悪い予想。
もしも…もしも、色々とタガの外れた人が、それを使って何かやらかすのなら。
そこから描かれる未来図は、この世の、破滅や。

「覚悟君だけの問題とちゃうねんて。 もう、とっくの昔に。
 せやからな、探そう? 一緒に…止めなきゃいけない人達を」
「…了解。 おれの拳ひとつでは、因果は届かぬと認識した」
「うん、ええ子や」
一人で背負い込もうとするんは、覚悟君の一番心配なところ。
何も、覚悟君は、人類最後の戦士やあらへん。
支え合って、わたしらは、もっと強うなれるんや。

「…で、次は、一体、どこでそんな技術を解析しとるのか、って話になるんやけど」
「言いにくいけど、一番最初に思いつくのは…」
「零(ぜろ)だね」
なのはちゃんの後を、フェイトちゃんが引き継いで、はっきり言うた。

「ロストロギアに匹敵するものなら、管理局で解析するのは当然だから…問題は、その後」
「管理局から悪漢どもへ情報の漏洩ありと?」
「そうだとしか思えない。 そうでなければ、別の強化外骨格を…
 覚悟の言っていた、霞(かすみ)を持っていると考えるしかなくなる」
「であれば…散(はらら)か」
覚悟君の拳が、きりりと握られた。
考えるな、ちうても無理なんや。
それは多分、覚悟君にしか背負えないものやから。
外野から、とやかく言えることと違う。
違うんやけど、でも、一人で背負い込むのは反対やし。
もし、対決に立ち会うようなことがあったら、わたし…何をしてあげられるんかなあ?
…あかん、あかん。 今考えることとちゃうで。

「散(はらら)さんより現実的な危険は、獅子心中の虫やで、覚悟君。
 姿も形もない霞(かすみ)より、現にある零(ぜろ)や」
直接的な表現を避けつつ、覚悟君流にむずかしい言葉をまぜてみる。
我ながら上出来やな。

「覚悟君、言うてくれたやんか。
 零(ぜろ)は征くべき場所に打って出たのだ、って」
「…うむ」
「じゃあ、管理局外部に漏れてる展性チタンの技術。
 これは、零(ぜろ)が撒いたエサとちゃうか?」
「!!」
ふふん、目つき、変わったやんか。
せやせや、男の子はくさってちゃダメやて。

「そろそろわたしらが、零(ぜろ)の声に応える番やて」
「敵の技術、零(ぜろ)ではなく、霞(かすみ)に由来していた場合は?」
「もし、そうなら…零(ぜろ)を取り戻す、立派な大義名分やんか。
 そのときは、零(ぜろ)と覚悟君の、全力全開であたる時や!」
一人で行かせるとは限らへんねんけどな。
わたし、策士やねん。
覚悟君、それに気づいてるのかいないのか、わからへんけど…

「はやて」
「ん?」
「命令を! 機動六課が葉隠覚悟に!」
こういうツボ、しっかり心得てるとこ、ホンットにニクイわ。
覚悟君の場合、完っ璧、これが天然やから、なおさらや。
あのシグナムでさえ、なんと古風な…とか言うて笑うんやで?
でも、闘志がわく。

「違うで、覚悟君」
「違う?」
「古代遺物管理部、機動六課が正式の名前や。
 せやけどもうひとつ、わたしらにだけ見える三文字がある。
 わたしらの背負う役目と同じように」
思い切りもったいぶって、気を引いて、
そして、力いっぱいに、名乗る。

「『対超鋼』!
 『対超鋼』機動六課(『たいちょうこう』 きどうろっか)や!」
「対超鋼、機動六課!」
「たとえ相手がロストロギアだろうと、強化外骨格だろうと、
 わたしらは一番最初に立ち向かって、一番最後まで立っている。
 機動六課は、そういう部隊や」
居住まいを正す。 八神はやて、上官モードや!

「葉隠覚悟陸曹」
「はっ」
「貴官は本日より機動六課中枢司令部、ロングアーチに所属。
 わたし、八神二等陸佐の直属として、対超鋼戦術顧問を命じる!」
「対超鋼戦術顧問、拝命いたします!」
「うむっ」
覚悟君の敬礼に、わたしも敬礼。
なのはちゃんも、フェイトちゃんも、敬礼。
一人前の仕事をするには、まだまだ時間がかかるねんけど、
生まれたばかりの機動六課は、今、確かに歩き出してる。

(グレアムおじさん…見てて、な)

空の彼方に、そっと、祈った。






「是非もなし」
なのはが指揮する『スターズ』分隊の配属候補、二人の話になってすぐ、
覚悟はそう言って、なのはの選択を全肯定した。
スバル・ナカジマとティアナ・ランスター。
私となのはみたいに、ずっと、二人でやってきたっていうコンビらしいけど。

「両名すでに、恐怖超えたる器なり。
 錬磨おこたらねば一廉(いちれん)の戦士たるも夢ではなし」
「さすが…直接見てきた覚悟君はひと味違うね。
 でも、びっくりしなかった?」
「何が」
「スバルちゃんのこと」
覚悟にとっては、この世界での全ての始まりだったはずの女の子。
火事の中、生命を賭けて助けたこの子が今、機動六課に名前を連ねようとしている。
少しだけ、黙ってから…覚悟は、うなずいた。

「できることなら、平和の中に生きてほしかった」
それを聞けて安心したよ、覚悟。
戦いだけで頭が埋まっているような男の子じゃないって、三年前から知ってはいるけどね。
覚悟のあの強さは、聞けば五歳のときから仕込まれてきたものだっていうから。
…私も、境遇としては似たようなものだった。
だから、三年前、聞いたんだ。 辛くなかったか、って。
そうしたら。

『おれを宝と呼んでくれた父上の顔は、辛き日々を乗り越えし成果。
 あの顔を見たくて、おれは頑張り続けていたのだと、あの時に知ったのだ。
 おれほどの果報者、そうはおるまい』
私がついに手に入れられなかったものを、覚悟は手にいれることができて。
でも、一緒に辛いことを乗り越えてきたはずのお兄ちゃんに、そのお父さんが殺されて。
忘れろだなんて、言えるわけがない。
でも…それでも、私は、思うんだ。
大好きだったお兄ちゃんのこと、悪とか、殺すとか、そんな風に思い続けるなんて、哀しすぎる。
散(はらら)さんがどういう人か、まだ私は知らないけれど、戦いになるようなことは、できれば止めたい。
だけど、ね。

「だが、戦場にて勝てぬ大敵を前に一歩も引かなかった事実。
 決意を身をもって示す者を前にして、おれに何が否定できよう」
小さく笑うなのはみたいに、私の意見も、覚悟と同じ。
『覚悟』に余計な口ははさめないんだ。
今は、何も言ってあげられそうにない。

「…採用、決定だね」
「二人の教練、くれぐれも抜かりなきよう!」
「何を言ってるのかな? 覚悟くんも教官になるんだけどなあ」
「む…」
「覚悟くんぬきじゃ、意味ないよ? 対超鋼戦術顧問さん?」
「…了解、未熟ながら死力をつくそう」
「うん、いいお返事。 じゃあ、まずはわたしに教えてね」
なのはが席を立って、覚悟もそれに続く。
三年ぶりの、話仕合(はなしあい)に行くんだね。
最後のあれは、確か…
『後の先を狙い続けて膠着状態に陥った場合、いかに敵を崩すか?』でもめたときだったっけ。

「零(ぜろ)は無くても、大丈夫?」
「あなどるなよ! 当方にカリムより賜(たまわ)りし爆芯『富嶽(ふがく)』あり!」
「そうこなくっちゃ! …フェイトちゃん、どうする?」
いきなり話をふられて、今までずっとぼんやりしてた私はちょっと反応が遅れたけど。

「うん、行くよ」
バルディッシュを握り締めて、私も立つ。
私の率いる『ライトニング』分隊、二人の資料をファイルにしまって。
エリオ・モンディアル。
キャロ・ル・ルシエ。
私の養子、二人。

『真に我が子を思っての決断なれば良し』
覚悟は、そうとしか言わなかった。
…言われるまでも、ないよ!
レリック関係だけじゃなくて、私達が追うのは今や、強化外骨格に、謎の生物兵器人間…
死の危険が飛躍的に高まってきたのは、肌で感じる今日この頃だから。
そのために、私がいる。 なのはがいる。
むざむざ死ににいかせるような教練なんか、絶対にしない。
私も、エリオとキャロには、もっと安全に生きてほしかったけど、
二人の選んだ道には、きっとゆずれないものがあるはずだから。
だから、道半ばで倒れたりしないように、最後まで戦える力を、しっかりあげるんだ。

―――『対超鋼』機動六課、動き出す日は、すぐ近く。

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最終更新:2007年08月16日 09:28