──時は数時間ほど前に遡る。
「くうっ!?」
自室にて黒い金属の羽を掴んだゴウの脳内に、情報が激流の如く流れ込んでくる。
『オペレーティングシステムの起動を開始』
『マスター・デバイス間のリンク接続・・・肉体のスキャン、および最適化を開始』
『体内各部のスキャン完了、異常なし。これより全身への魔力供給を行う』
『筋組織および神経系への魔力伝達を確認』
『脊髄・脳髄へ魔力伝達。順能率96.7パーセント』
『供給完了を確認』
『最適化完了。ファーストフェイズ終了』
『セカンドフェイズ開始』
『魔法の知識・発現方法のデータおよび汎用・戦闘用魔法のデータを送信準備』
『情報伝達回路の形成を開始・・・形成完了。オールグリーン』
『伝達開始・・・・・・・・完了』
『セカンドフェイズ終了。全過程終了を確認』
『これよりマスターの表層意識における意思疎通を図る』
「…っぐ……がはっ」
わずか一瞬の時間で雷に打たれたかのような衝撃をくらい、倒れそうになる体を必死で支えるゴウ。
自身の身に何が起こったのか、ふらつきの抜けきらない頭で考える。
感覚としては、過去に我無乱に魂を抜かれたときに受けた衝撃に近いだろうか。
だがあれは文字通り“抜き出される”感覚なのに対し、今のはむしろ逆、“詰め込まれる”感じがした。
そこまだ考えていた時、不意に声が聞こえてきた。
『はじめまして。御機嫌いかがでしょう、我が主』
その声を聞き、ゴウは飛び上がりそうになるほどに仰天した。何せ、自分の耳がおかしくなってないなら、声が聞こえたのは今自分が手にしている羽から聞こえてきたのだ。
「なっ!?」
『驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、今のは必要な処置でしたのでどうかお許しの程を』
「何だ貴様は!」
『私は主専用の、あの封印刀の変じたデバイス、簡潔に申しますと魔法の使用を補助するための道具です』
魔法。その言葉に、ゴウの心は大きく揺れ動いた。
「魔法、だと?」
『そうです。私は主が魔法を使うための、主が再び戦うための道具にして、武器です』
「武器・・・」
『私のことについては、今は重要ではありません。単刀直入に申し上げます。主のご家族、騎士の皆様が、現在窮地に陥っています』
「っ!?どういうことだ!」
『騎士たちが現在、何を行っておられるかは既にご存知ですね?』
「ああ」
『その蒐集作業を行っている最中、時空管理局─平たく申しますと、一種の警察機構ようなものですが、その人間に捕捉され現在は戦闘状態、戦況は芳しくない物と思われます。』
「何だと!?」
『脱出しようにも数が多すぎる模様、下手を打てばやられるでしょう』
デバイスの発した言葉に愕然とするゴウ。今日という日まで共にこの家に住み、家族として生きてきた騎士たち。その彼らに危険が迫っている。そして打ちひしがれているゴウにお構いなくデバイスは続ける。
『私を使ってください、主。あなたはこの力を望んでいたはずです』
ゴウは視線をゆっくりと掌のの上のそれに戻す。
『私の内には、主の願望をかなえるに足る確かな“力”があります。主に再び戦場に出る覚悟が御ありになるなら、私は自らの力の全てを喜んで主に捧げましょう』
ゴウは一瞬だけ迷う。“力”を欲したのも確かだが、今一度戦の場に出る事への恐れも、自分はまた抱いていたからだ。
過去では自分が刀を振るう度に、人が一人、また一人と死んでいった。いや、正確に言えば、最早人を殺すことに恐れなどない。
ゴウが真に恐れるのは、今の生活が、図らずも掴んだ“平穏”が失われることにあった。戦いを続けつつも、そこから逃げ出したいと思う自分がいることを彼は自覚していた。
だが───
『ご決断を。主』
「ああ……お前の使い方を、教えろ」
ゴウは自らの弱さを、断ち切った。
確かに今全てに目を瞑れば、平穏ではあれるかもしれないが、それは「周りに誰もいない」平穏だ。四人を見捨てて、悲しみに暮れるはやてとだけ生きていくなど、ゴウには考えられなかった。
その心中には、「二度と仲間を失うものか」という意思だけがあった。
『御意。では一言唱えてください。「セットアップ」と。戦闘時に主の身体をお守りする防護服等の設計は既に完了していますので』
「至れり尽くせりだな。・・・セットアップ」
苦笑しながらも起動キーを唱えるゴウ。瞬間、その身が光に包まれ、今来ていた服が分子レベルにまで分解され、同時に魔力で編まれた新しい戦装束が現れる。
深い闇色をしたそれは今までに来ていた装束に準拠したデザインで、されどところどころが流線的というか羽をあしらったかのようなイメージがあった。
最も目がいくのは左腕の手甲で、大きめで金属的な見た目にもかかわらず重量感はさほど感じなかった。
「これが新しい俺の服か」
『はい。見た目こそ普通の出来ですが、受けた衝撃の分散、水中での呼吸が可能などの機能が備わっております』
「何から驚いたらいいか分からんな。…よし、それで、どうやればあいつらのところへ向かえる?」
『次元転移魔法を発動します。本来大掛かりな手順が必要ですが、人一人なら少しの時間で済みます』
言うが早いか、足元に光が溢れはじめる。その光を見つめながら、ゴウはふと思ったことを口に出した。
「そういえばお前、名はなんと言うんだ?」
『名前は…特にありません。魔法のプログラムの組み立てに時間を費やしていたので、自身の名前を決めている暇がありませんでした。主、私に名前を付けて頂けないでしょうか』
「俺がか?」
『はい。私は主のためだけに存在します。ですから是非ともお願いします』
ゴウはしばし黙考し、やがてなにか思いついたのか顔を上げて話した。
「陰牙、というのはどうだ」
『いい名前だと思いますが、何か由来が?』
「俺の二つ名は鴉、その字を分けると牙と鳥だ。鳥が俺なら牙はお前。陰に生きる俺が持つ牙、だから陰牙だ」
『なるほど、理解できました』
「それに業と因果なら、丁度いい組み合わせだしな」
『皮肉ですね。ですが異論はありません、その名前を頂戴します』
会話の終了とほぼ同時に術式の展開が完了し、身体が光に飲み込まれる。
「行くぞ、陰牙!」
『御意!』
「・・・という訳だ」
時間は現在に戻り、今五人は街中のとあるビルの屋上に集まっていた。
何があったのかと四人に言い寄られたゴウは、自分の身に起きたこと、そしてあの場へと馳せ参じるまでの過程を話していた。
「…そうか。大体の状況は把握出来た」
「ぶっつけ本番で魔法やデバイスをああまで扱うとはな。正直驚嘆に値する」
「全くだぜ。でもホントすげぇ闘い振りだったよな」
シャマルに回復魔法をかけてもらいながら口々に話す一同。
「全く驚いたわよ、突然家の中から強い魔力反応が出て、部屋に確かめに行ったらゴウさんの姿が消えてて、それで皆を支援に行ったら今度はバリアジャケット着たゴウさんがいるんだもの」
「すまんな、だが事情を話している間も無かったんでな」
「ハァ、まあいいですけどね」
半ば呆れて嘆息するシャマル。しかしゴウは口調と顔つきを改めて騎士たちに言い放つ。
「お前らこそ、俺やはやてに黙って禁止されたことを続けていたんだ。人のことは言えんだろう」
ゴウのセリフに、その場の空気が一気に張り詰める。
「知ったのはいつからだ?」
「最初からさ。あの日のお前らはどこか様子がおかしかったからな」
「…うかつだったな。全く気付けなかった」
「忍をなめるな、気配を断って相手に近づくなど朝飯前だ」
「なるほどな・・・で、貴様はその事実をどうする?」
目を細めたシグナムが底冷えするような声で語りかける。隣に立ったザフィーラも同様の視線を発している。返答によっては只では済まさない、そんな感じの雰囲気だ。
だが、ここで思わぬ人物から横槍が入った。
「二人ともそんな目すんなよ!現にゴウはあたしらを助けてくれたし、事実を知ってたのにはやてにばらしたりしなかったじゃんか!」
間に割って入ったのはヴィータだった。シグナム達は珍しいものを見たかのような顔をしているが、それも当然。騎士たちのなかでゴウを最も嫌っていたのはヴィータだったからだ。
「お前が助け舟を出してくれるとは思わなかったな」
「そりゃ、その、お前にはさっき助けてもらったから・・・・」
最後の方はゴニョゴニョとしてて聞き取れなかったが、赤く染まった頬が全てを代弁していた。
「ヴィータの言うとおりだ、お前らのしていることをとがめたりする気は無い。はやてのことを思っての行動だろうからな。だが、一つ頼みがある」
「?」
「俺にも、蒐集行為を手伝わせてくれ」
「何だと!?」
「今まで干渉しなかったのは、お前らのように戦う為の力を持っていなかったからだ。そしてそれが手に入った以上、もう遠慮する気も必要もない。だから俺にも、はやてを助けさせてくれ」
沈黙が全てを支配する。ゴウは騎士たちの将の返答を待ち、烈火の将はどう答えるべきかを考え続けた。どれほどの時間が経ったのか、やがてシグナムは静かに口を開いた。
「今後人を殺さないと約束出来るか?」
「え?」
「先程の戦闘で見ていたが、お前、向かってきた局員を何人も刺し殺したろう。我らの流させた血によって主の人生が穢れるなどあってはならないことだ。だから「ちょっと待て、俺は一人も殺してはいない」って、何?」
急に言われ、思わずシグナムは聞き返す。
「おまえらがはやてのために不殺を誓ったことは知っている。だからさっきは全て非殺傷設定とやらを使った」
「そんな、いくら非殺傷設定でも、魔力の刃で刺されて無事な訳は…」
「ああ。そこの所は陰牙が上手くやってくれたよ」
ゴウの説明はこうだった。確かに如何に非殺傷と言えど、そのまま体に刺されれば肉体を傷つけるので結果的に殺すことになる。しかしデバイス『陰牙』の発生させる魔力刃は通常のつくりではなかった。
どういうことか説明すると、あの刀身の構成はどちらかというと発した魔力を人の細胞と融合させる回復魔法に近いのである。
先に挙げたとおり、そのままの魔力では人体を損傷させてしまうので、刃そのものを身体の中に溶け合わせるような性質で、されど完全にはなくならない程度の強度を持たせて顕現させているのだ。
例えるなら、スポンジを針で突付けば壊れるが、水を当ててもそのまま浸透し、後ろに流れていくようなものだ。
これならばショックは有るが殺すことはなく、突き刺した後に電気のように自分の身体から魔力を発し、体内の急所に直に流せば相手を昏倒させることが可能となるのだった。
「だからお前達の言う不殺は守っているし、破る気も無い。問題は無いはずだ」
「…分かった。ヴォルケンリッター烈火の将が認めよう。主の命のために、我らとともに戦ってくれ、ゴウ」
右手を差し出し、近いの握手を求めるシグナム。そしてその手をゴウはしっかりと握り締めた。
「もちろんだ、この命と力、はやてとお前達のために振るおう」
ゴウとヴォルケンズが共闘を誓い、全員の意思が一つとなった瞬間であった。
「あーっ、にしても疲れたよなぁ。お腹空いちまったよ」
腹の辺りをさすって空腹を示すヴィータ。
「そうね、早く家に帰ってはやてちゃんの・・・って」
『あ゛』
全員の顔が青ざめ、別な意味で意思が一つとなった瞬間だった。
「…まずはお帰り、皆。そ・ん・で、こぉ~んな時間まで帰ってこなかった理由を聞かせてもらいたいんやけどなぁ?」
八神家に帰ってきたゴウたちを待ち構えていたのは、引きつった笑みと青筋を額に浮かべたはやてであった。
「連絡も入れずにほっつき歩いとったシグナム、ヴィータ、ザフィーラ。それと探しに行ったきり戻って来いひんかったゴウとシャマル、うちがどんな気持ちで待っとったか分かるか?ん?」
見た者全てを竦みあがらせるような迫力をしたはやて。ズゴゴゴゴという音と一緒に背後に般若が見えるのは気のせいだろうか。
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
見事なシンクロっぷりで土下座する一同。歴戦の兵(つわもの)でも震えるほどのスゴ味であった。
その後延々とはやてのお説教を聴かされることになり、終わる頃には夜が白んでおった、とさ。
続く
最終更新:2008年07月03日 18:48