第三話「ヴォルケンリッター」

「我々はヴォルケンリッター、主をお守りする守護騎士だ。」

女の口上を聞いたゴウは、頭に疑問符を浮かべた。

「守護騎士、だと?」
「いかにも。奥からシャマル、ヴィータ、ザフィーラ、そして私はシグナムだ」
「…それで、その守護騎士とやらが何用だ?」
「先ほど話したとおりだ。我らの存在は主を守護する為に在る」
(こいつら何を言っている?少なくとも敵意は感じないが・・・)
「なあ」

ゴウ達の会話は、ヴィータと呼ばれた少女の一言により中断された。

「コイツ気絶してるみたいだぞ」

はやての方を指差して告げるヴィータ。
言われてゴウが眼を向けると、はやてはベッドの上で文字通り眼を回して気絶していた。
ゴウは警戒を続けたままゆっくりとベッドに近寄り、はやての具合を診た。

(目立った外傷はない……呼吸も安定しているし、血色も良い。気を失っているだけか……だが万一ということもある。石田に診てもらうべきか…)「あのー」

突然シャマルとか言う女に話しかけられ、ゴウは思考の海から帰還し、そちらに向き直る。

「何だ」
「その子、ひょっとして体が悪かったりするんでしょうか…」

シャマルは心配そうにたずねる。

「問題は無さそうだが、一応病院に連れて行かねばならないな。それでだ、貴様らにも共に来てもらうぞ」
「え?」
「信用したわけではないが、害意は無いようだし、何より今この家には俺とはやてしかいない。お前らだけ置いていくわけにはいかんからな。話はその後で聞く」
「…分かった、それで良い。我々としても主の身が心配だからな」

どうやらリーダー格らしいシグナムの同意を受け、全員で病院に向かうこととなった。


その後、病院に運ばれたはやてはまもなく意識を回復させた。診察をした石田には、一緒についてきたシグナム達についてあれこれ追求されたが、
「はやての外国の親戚だ」だの、「ああいう服があいつらの国で流行っている」だの、「日本に慣れていないから言ってることが少し変なんだ」、と説明をしておいた。
もっとも、帰り際に石田から「本当のことはそのうち話すように」と釘を刺されたあたり、完全にだますことはできなかったようだが……


「・・・つまり、主の為にリンカーコア──簡潔に言うとあらゆる生物が持つ魔法を使うのに必要なものですが、それを蒐集し、闇の書に喰らわせることで、主を真の所有者とすることが我々の使命なのです。」

家に戻ってきた一行は居間に集まり、現在シグナム達が闇の書に関する説明を行っていた。

「お前らの素性は判明したが、俄かには信じがたい話だな」
「うるせーな、本当の事なんだからしょーがねーだろ!お前は口出すなよ!」
「喧しい、貴様には話しかけていない。引っ込んでいろガキ」
「んだとぉ!!」

……が、その場のムードというか空気は険悪極まりなかった。何しろ、そこに集まっている面々がやばすぎるのだ。
片や数百年の時を生きる歴戦の守護騎士達、片や戦国時代の闇を単身で渡り歩いて来た男。
そんな奴らがひとつの部屋の中で面をつき合わせているのだから、こんな状況になるのも当然と言えよう。
壁際に立ったゴウは武器こそ収めているが、四人に不審な動きがあればすぐ対応できるように気を張り詰めらせている。
それは騎士達も同様で、はやてに説明しながらもゴウを警戒しており、特にヴィータはさながら猫の如く、警戒心剥き出しの目でゴウを睨んでいた。

正に一触即発の空気の中、一応話の中心人物であるはやてが、おそるおそるといった感じで、気になった事を質問した。

「……え、えーと、そのリンカーコアやったっけ?それを体から取られたらどうなるんや?それに闇の書を完成させたらうちどないなるん?」
「最初の質問ですが、大抵の場合は死にます」
「ええっ!?」

さらりとシャマルがそれに応答し、返ってきた答えに仰天するはやて。

「あっ、でも必ずってわけじゃなくて、大型のリンカーコアを持つ個体からなら、一回だけなら蒐集しても再生しますから大丈夫です。あと次の質問ですが、完成させた闇の書から膨大な魔力と魔法の知識を得ますから、
主は魔導士としてより高次の存在となります。それからはやて様の場合、不自由な御足を動かせるようにもできます。」
「待て、それは本当か!?」

先ほどまでヴィータ達と睨み合いを続けていたゴウが、突然話に割り込んできた。

「え、ええ。闇の書を完成させると、特殊な治癒魔法が使えるようになるの。それを使えば治す事も可能な筈だわ」
「願っても無い話だ。はやて、これで歩けるようになるぞ」

はやての足が治ると聞き嬉しそうにゴウは言う。
しかし当のはやてはこの場の誰もが想像だにしない言葉を吐いた。

「…蒐集なんて、しなくてええ。うち、そんな方法でなんか歩きとうない」
『えっ!?』
「はやて!?」

予想を大きく裏切る発言に、全員の視線がはやての方に向いた。

「どういうことだはやて。もう不自由な思いをしなくて済むんだぞ?」
「そりゃあわたしかて、歩きたくないなんて言うたら嘘になるで?でも話を聞く限り、うちの足を治すためには、他の誰かが傷つかなあかんのやろ?
そんなことまでして歩けるようになりたいなんて、少しも思わへん。誰かが死ななきゃ治らんゆうんなら、一生このままでいたほうがマシや」

凛とした口調で話すはやて。そのきりっとした表情と言葉は、十歳足らずの子供とは思えない程はきはきとしている。
ゴウはそれ以上反論できなかった。はやてが筋金入りの頑固な性格であることはこの家に来たときから知っているし、この発言も生来持つ彼女の優しさからきているのだと分かったからだ。

だが、これに困ったのはシグナム達ヴォルケンリッターだ。何せ自分達が最初に作られた時から与えられている使命を真っ向から否定されたのだ。今までの主にもこんなことを言われた覚えはない。

「しかしそれでは、我々は一体どうすれば……」
「ん?簡単や。みんなで一緒にこの家に住めばええやん」
『は!?』
「住む人が増えるんはゴウで一度慣れとるし、右も左も分からんみんなを追い出すのも気が引けてまうしな。今日からみんなは新しいうちの家族や。ええよな、ゴウ?」
「この家の家主はお前だ。お前の好きにするといい」
「よーし、明日からいろいろと忙しくなるやろな。がんばるでー!」

完全に呆気に取られたままの騎士達をよそに、ひとまずその場は一風変わった闇の書の主の「皆まとめて養ったる宣言」を最後にお開きとなり、
その日から六人家族となった八神家の新生活が始まるのであった。


それから数ヶ月の間、八神家では平和な生活が続いていた。
以前のゴウ同様、新しい生活に不慣れだった騎士達も現在はすっかり落ち着き、この世界の常識に順応していた。

ある日の夕食後、ゴウが外に出て風に当たっていると、そこに近づく人影があった。

「ゴウ」
「シグナムか。どうした?」
「なに、私も夜風に当たりに来ただけだ」
「そうか」

しばしの沈黙が降り、静かな風の音だけがその場を包む。

「不思議なものだな」

不意に、シグナムが口を開いた。

「ん?」
「今こうして、穏やかな気持ちで星を眺めている事がな。最初に話したように、我々は本来主の願いを叶えるための道具に過ぎんのだ。
それなのに、此度の主はそんなことは微塵も考えておらず、それどころか我らを家族と呼び、一人の人間として扱って下さる。・・・少なくとも覚えている中で、このようにされたのは初めてだ」
「不満か?」
「まさか。戸惑いこそすれ、主がして下さるご配慮に不満などあろう筈がない」

ふっ、とゴウが軽く笑って返す。

「俺も同じだ。あいつは俺みたいな見ず知らずの人間に対してまで、心配と優しさを絶やさないやつだからな。まあ正直、俺もあいつのそんなところに救われているんだが」

ゴウは目を細めて遠くを見ながらいう。
八神はやて。未来に飛ばされ何も分からず、どこの誰とも知れない自分を家に招きいれ、それどころか家族とまで呼んでくれた優しい娘。いつの間にかゴウにとってはやては、何にも増して大切な存在となっていた。

「それにしても、まさか此処までそっくりだとはな」
「? 何がだ?」
「俺とお前達がさ。過去が、というべきかな」
「?」
「俺が過去から来たというのは話したな?あの時代で、俺はろくでもないことばかりしてきた・・・」

ゴウの言うとおり、生まれた時代も場所も違うゴウとヴォルケンズだったが、彼らがこれまで行ってきたことは驚くほど酷似していた。
騎士達は創られた時から与えられている“主の手足となり、命令を遵守する”という使命の下、命令に従ってさながら機械の如く、
それこそ、奴隷のように見下され、嘲られ、虐げられ、どんな罵詈雑言を浴びせられようとも、蒐集行為を行い続けてきた。
───それが、自分達に課せられた使命であるが故に。

一方のゴウも、自らの失った記憶を取り戻すため、各大名の下す様々な任務をこなしてきた。
任務といっても、殆どが暗殺や敵部隊の全滅などの汚れ仕事ばかりであり、生還が望めないような任務であろうと、聞いただけで胸糞の悪くなるような事だろうと完遂が求められ、ゴウは一切の感情を殺して臨まねばならなかった。
───それが、自ら背負ってきた業の結果であるが故に。

状況は各々違えど、彼らは双方とも運命という鎖に縛られた人生を生きてきたのだ。

「あの頃はそんな毎日ばかりだった。でもまぁ今じゃお前達同様、この生活が幸せな物だと、そう感じてる」
「そうか…お前も我々同様、辛い過去を送ってきたのだな……」
「…はやてには、黙っていてくれ。大方はあいつにも話したが、こんな血生臭い真相を聞かせて、あいつの悲しい顔を見たくはない」
「わかった。・・・ところでゴウ、ひとつ聞いてもいいか?」
「ん?」
「元の時代に、親族はいないのか?」
「いないことは無いな。血の繋がりはないがな」
「帰りたくは、ないのか?その者達の元に」
「……帰りたいというより、帰らなければならない、と言ったほうが正しいな」
「どういう意味だ?」

興味を引かれたようにシグナムがゴウの顔を注視する。

「詳しい事までは喋れんが、俺は自らの過ちで、あいつらの大切な物を根こそぎ奪ってしまった。
今のところ方法は見つからんが、俺はいつか過去に戻り、俺がしてしまったことのケジメをつけなきゃならない」
「そうか……だがもしお前が帰ってしまったら、主はやては悲しむな」
「ああ。だから頼むぞ」

ゴウは真摯な顔つきでシグナムを見据える。

「え?]
「今言った通り、俺はいずれはやての元から去らねばならん。俺がいなくなってからはやての傍に──共にいてやれるのは、お前らだけだ。
ずっと孤独な思いをしてきたあいつをまた一人にするのは忍びない。だからあいつのことを……頼む」

はやてから離れるのは辛い。だがそれ以上に為さねばならないことが──自ら背負ってきた償うべき業がゴウにはあった。
なにより、元々二人は住む世界が違う。今はこの生活に甘んじていても、きっと自分はもう血と戦いの無い世界には戻れない。
暖かくて日の当たる世界に生きるはやてを、自分の生きる暗く冷たい世界に関わらせたくなどなかった。

「…分かった」

丁度その時家の中からはやての声が聞こえてきた。

「ふたりとも、食後のデザートができたでー。入ってきいやー」
「はい、今行きます。…ゴウ」
「ん?」
「確かにお前とは、いつの日か別れねばならないのかもしれん」

シグナムは微笑を浮かべ、しかしはっきりと言った。

「だがその時までは─いや、例えその日が来ようとも、お前と主と我らは家族だ。その事は忘れるなよ」
「……ああ」

そして二人は“家族”の待つ家の中へと戻っていった。


その後も海や温泉、レジャーに行ったりと、八神家の一同は楽しく穏やかな日々を過ごしていた。



───が、そんな平和な日々は、冬が近づく秋ごろに終わりを告げた。

「ただいまー」
「お帰り、はやて。・・・ん?」

病院から帰ってきたはやてたちを見て、ゴウは違和感を覚えた。シグナム達の表情がやけに暗かったのだ。

「どうかしたのか、シグナム?顔色が悪いが」
「別に、何でもない。気にするな」

嘘をついていることは一目で分かった。人が嘘をつくときの目線や口調は、常時のそれとはごく僅かに異なるのだが、その違いを看破する術をゴウは身に付けていた。
こういった眼をした人間が真実を簡単には喋らないこともまた知っていたが、そのまま放っておくわけにも行かない。そう判断したゴウは、深夜になってから家を出て行く騎士達の後を尾行した。
近くの公園に集まった彼らは何事か話しており、ゴウはやや離れた茂みの中から聞き耳を立てていた。


そしてそこで──聞いてはならない真実を耳にした。

「このままだと、主はやては死ぬ」

今シグナムは何を言った?
はやてが死ぬ?はやてがしぬ?ハヤテガシヌ?
最初は何を言っているのか分からなかった。否、余りの事に脳が理解を拒んだと言うべきか。
だが、烈火の将の口から語られる言葉の数々は、ゴウの心に残酷な真実を次々と突き付けていった。

曰く、はやての足の麻痺は病気ではなく、闇の書がはやての魔力を吸収し続けているのが原因であり、このままでは麻痺が内臓器官にまで達して死に至ること。
曰く、唯一それを止めるには、騎士達の本来の使命であるリンカーコア蒐集を行い、はやてを闇の書の真の所有者にする以外にないこと。
曰く、闇の書の覚醒により侵食がより早く進んでいるため、あまり時間が残されていないこと。

全てを聞いたゴウは、怒りに体を震わせていた。そんな大変な事態を隠そうとした騎士達に。深く考えることもせず、日々をただ安穏と過ごしていた自分自身に。
そして何より、あの心優しい娘が、こんな訳の分からない理由によって死なねばならないという、理不尽かつふざけた運命そのものに。
耐え切れなくなったゴウは、シグナム達の前にその姿を見せようと足を───


──踏み出した体勢のまま、体の動きを止めてしまった。
考えてしまったからだ。『行ってどうする?』と。


今この場で四人の下へ詰め寄るのは簡単だ。しかし、今の自分には「力」がない。魔法なんて代物はもちろん、刀の一振りだってありはしないのだ。そんな自分に何が出来る?
ただの対人戦ならば戦えないこともないだろうが、今からシグナム達が行おうとしているのは魔法戦という人智を越えた戦いだ。鬼忍者と呼ばれようと、「人」の域は越えていない自分に、出る幕など無い。今行ったところで足手まといにしかならないのは明白だった。

悔しい。その言葉だけが、現在のゴウの胸中を占めていた。それこそ、強く噛み締めるあまり、口元から血が流れてくるほどに。
だが今の自分に出来る事などない。あるとすれば、怪しまれないよう先に戻っていることくらいだった。

「俺は……また何も出来ないのか………」

家までの帰り道、ぽつりと洩らした言葉は誰の耳に入るでもなく、そのまま冷たい風の中に消えていった。


続く

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最終更新:2008年05月02日 09:48