―――――気合を入れるんだ、兵隊! つべこべ言わずに気合を入れろ!

    HALO
 -THE REQULIMER-

LV4 [Inter Mission I]


 時空管理局 遺失物管理部 対策部隊 機動六課。
 そのフォワードメンバーである少年少女たちの朝は早い。

 教導隊より出向となっている高町なのは戦技教導官による早朝訓練は、
 朝の七時から開始され、朝食時間――二時間後の九時になるまで延々と続く。
 極めて当たり前の事実だが、遅刻等は厳禁であるし、身支度も含めれば六時半には起床せざるをえない。

 ところがだ。

 ―――隊舎の上空を、ヘリコプターの爆音が通り過ぎる。

 時刻は朝の五時過ぎ。 とんだ目覚ましであった。
 ベッドから叩き起こされたフォワード陣は、結果、寝惚け眼で訓練場に集結する嵌めになる。
 しゃっきりとしているのは、本人曰く数日は不眠でも問題ないというスバルのみだ。

「………うー」
「にゃはは……。皆、今日はちょっと早起きになっちゃったからねー」
「あの……今朝のヘリ、何だったんですか?」
 苦笑して皆を見回すなのは。当然の疑問をぶつけるスバル。
 それに対してなのはは、んー、と可愛らしく口元に指を当てて考え込んだ後、内緒だと言って笑った。
「まあ、後で教えてあげるから、今は訓練に集中しようか。
 ――それじゃあ、まずは眠気覚ましにシュートイベ―ションやるよ!」


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「んじゃ、俺はもう待機として睡眠とりますんで。旦那も休んでおいた方が良いッスよ?」

 あの後、108部隊の生き残りを病院へと輸送したストームレイダーは、
 そのまま機動六課宿舎へと帰還し、マスターチーフとヴァイス陸曹は其処でようやく休息を得た。
 欠伸をしながら自室へと戻るヴァイスを見送ったチーフだが、この後の予定もまた存在する。
 迷いの無い足取りで訓練所を一望できる位置へと移動する彼に、コルタナが心配そうに問いかけた。
 無論、神経回路を通した高速通話である。

《本当に休憩しなくても大丈夫なの?》
「問題は無い」

 端的な答え。
 スパルタン達――否、海兵隊の歩兵は全員、必要とあれば何時までも起きていられる。
 そういう訓練を受け、睡眠学習まで施されているのだ。事実、何の問題も無い。
 訓練所は何らかの機構――恐らくは魔術――によって、様々な戦場を再現可能らしい。
 会場に浮かぶ人工島に、瞬く間にビル群が生まれたかと思うと、
 空中を飛ぶ人物――タカマチ教導官だろう。面識は無いが――によって訓練が始められた。
 彼女の放つ無数の弾丸が、次々にフォワード陣に襲い掛かる。
 それを素早く動くことで回避し、彼らは反撃の一手を打つべく行動を開始した。
 悪くない動きだ。

  「どうですか? うちの部隊は?」

 背後から聞こえた声に、チーフはゆっくりと振り返る。
 同時に『モーショントラッカーを常時起動するか否か』について討議を開始。
 神経回路内での結論は否決。《私だって暇じゃないのよ?》もっともな理由だ。
 今後はチーフ自身による索敵の強化について合意する頃には、金髪の女性が視界に映る。
 さて、見覚えはあるが何者だったろうか。思案するよりも早く、彼女の方から名乗ってくれた。

「執務官の、フェイト・T・ハラウオンです。
 ――武装隊では一尉待遇になります。六課ではスターズ分隊長を」
「特殊機甲部隊SPARTAN-II-117、マスターチーフ」

 フェイトの会釈に対して、チーフは敬礼で応じた。
 士官待遇であるならば、礼を欠いた対応はできない。
 軍隊において階級と権限は、絶対の壁だ。異世界であろうと違いはあるまい。
 しかしそういった挨拶に慣れていないのだろう。フェイトは苦笑交じりに楽にして下さいと告げる。
 マスターチーフは、ゆっくりと肩の力を抜いた。

「今やっているのはシュートイベ―ションなんですけど……」
「魔法に関しては知識がない」
《でも、確かに中々のものだと思うわ。
 ――国連宇宙軍にも、生身であれだけの機動力を持つ歩兵はいないわね》

 シュートイベーションとは、教導官の放つ弾丸を只管避け続けるか、
 或いは教導官に一撃を加えることで終了する、苛烈な攻撃回避訓練であるらしかった。
 高町なのはという膨大な魔力、力量を有する魔導師が行っているせいか、
 展開されている弾幕の量、精度はおよそ尋常なものではない。
 少なくとも平均的な訓練ではない事くらいは、魔法に疎いチーフにも理解できた。
 無論、国連宇宙軍や過去の地球上の軍隊でも、敵の攻撃に対しての対処法は教わる。
 しかしそれは、即座に遮蔽物を見つけて飛び込むといった形の回避運動であり、
 弾幕に身を晒したまま、動き続けて攻撃を回避するとなれば――戦力としては必要十分以上だと言える。

「ただ……少し行儀が良すぎるな」
 ぽつりと零したチーフの一言。
 不思議そうにするフェイトに何でもないと首を横に振り、再び視線を訓練場へと向ける。

「……あの。マスターチーフって第97管理外世界――地球の人、ですよね」
「そうだが」
「……コヴナントとの戦争って、何年前から始まったんですか?」
「約30年前。正確には28年前になる」
「……私、十年前から行ったり来たりしてますけど――そんな話、聞いたことないです」

 チーフの掌の上で、コルタナは驚いたように彼女へと視線を向けた。
 行ったり来たり? 十年前から? 地球と?
 そんな簡単に地球と行き来する事はできない。
 できる筈がないのだ。

『コヴナントに補足される可能性のある船舶は、如何なる理由があろうとも地球に接近してはならない』

 コール議定書。
 地球を護る為に定められた、たった一つの厳格なルールが存在するが故に。
 これによって移民星からの避難は困難を極めたが、しかしつい先ごろまで地球の座標を隠す事に成功していたのだ。
 無論、戦争は終わった。
 コール議定書による拘束も遠からず解除される筈――いや、既に解除されているかもしれない。
 だが――10年前からだと?
 有り得ない。その当時は、コヴナントとの戦争が最も激化していたはずだ。
 疎開して地球に居続けるならともかく……。
 ましてや、コヴナントとの戦争それ自体を知らないなどという事は――……。

《今年って、何年かしら? 西暦だと》
「えと、今年が新暦75年だから……2014年です、確か」

 コルタナが息を呑む。無理も無い話だと思う。
 驚きを隠せたのは、彼がスパルタンであったからだ。
 マスターチーフは、搾り出すようにして呟いた。

「……我々の時間は2553年だ」

 ――どういう事なのだ、これは?


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 高町なのはから見たマスターチーフ。その第一印象は『真面目な人』だった。
 やると決めたこと、或いはやらなければならないことは、決して完遂する。
 少なくとも、初めて遭遇したときの戦闘記録映像。
 そして昨夜の戦闘の報告を見る限り、間違いないと思う。
 でも、その印象は少し誰かと重なって――誰に似てるんだろう。
 ……ああ、そうか。お父さんに似ているんだ。

「――と、言うわけで。
 それを受けて八神部隊長が正式に決定。
 マスターチーフさんが戦術顧問として機動六課に出向することになりました。
 未確認勢力――コヴナントと戦うことは、これからも多くなると思うし。皆、ちゃんと指導を受けるように」

「SPARTAN-II-117、マスターチーフだ。宜しく頼む」
《私はコルタナ。まあ、ユニゾンデバイス――みたいなものだと思ってくれれば良いわ》
 チーフと、その掌の上に投影されたコルタナの挨拶。それに対するみんなの反応もそれぞれだ。
 割合と素直そうに宜しくお願いしますと挨拶するエリオ、キャロのライトニング陣、そしてスバルに対し、
 ティアナ1人だけが、敵意をむき出しにするような視線をチーフに向けていた。どうしたのだろう?
 その視線を特に問題なく受け止めたチーフは、淡々とその一言を発した。

「それでは、訓練を開始する」


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 彼女は兄を奪った存在を許さない。
 彼女は兄を殺した相手を許さない。
 彼女は兄を貶めた物体を許さない。

 ティアナ・ランスターは、決して質量兵器を許せない。

 だというのに――……。

 ダン、と鈍い音を立てて彼女の投擲したナイフは、地面に突き刺さる。

「あーもうッ!!」

 ―――気に入らなかった。
 何もかもが気に入らなかった。

 質量兵器を扱う人物がここにいる事も。
 そんな人間が大手を振るって歩いている事も。
 そして、自分がそんな人間相手に教えを請うている事も!
 ましてや、その訓練がよりにもよって『ナイフの投擲』とは!
 魔導師を馬鹿にしているのではないだろうか、この男は。

 更に重ねて言えば、仲間や上司達の態度だ。
 突如出現したこの男は、なんでもヤガミ部隊長の肝煎りで、戦術顧問として機動六課に所属している。
 タカマチ教導官――なのはさんと立場は同じ。得体の知れない人物だというのに!
 他の部隊長達もあまり気に留めてはいないようだし――……。
 そして、まだ年の若いキャロやエリオは素直に聞いてしまうのも仕方ないとしても、
 何だって自分のバディであるスバルまでもが、あの男の言う事を聞いているのか!
 土に突き刺さったナイフを引き抜きながら、ティアナは周囲を見回した。
 そして、鋭い視線――物体に作用する力があれば、間違いなく刺し貫くだろう――をチーフに向ける。
 彼は今、エリオの挙手を受けて、其方へと歩き出した所であった。

「あの――……」
「どうした、モンディアル三等陸士?」
「別にこのナイフ投げが嫌だと言うわけじゃないんですけど。
 何故、訓練しなきゃならないんですか?」
 マスターチーフは少年の素朴な疑問に対して頷きを返した。
 疑問を抱いたまま訓練を続ける者より、疑問を提示してくれる者の方が好ましい。
「あの標的が敵だったと仮定し、それを無力化する必要が生じたとする。
 この際に身につけている装備がナイフしか無ければ、これを使うしかないからだ」
 無論、ナイフは二本持っていた方が好ましいが、と付け加える。
 するとエリオは少し考えた後で首を横に振り、続けて口を開いた。
「……いえ。多分、僕が聞きたいのは、そういう事じゃないと思います」
「言ってみろ、モンディアル三等陸士」
「ええと……僕らが戦う相手は次元犯罪者ですよね。コヴナントとも戦う事になるかもしれませんけど。
 とにかく、彼らはAMFやガジェット、あの質量兵器とか……危険な力を使うじゃないですか。
 それなのに魔法じゃなくて、ナイフで対抗する意味ってあるんですか?」
《それは違うわね。危険な力なんか存在しないわ》
「――――へ?」
 唖然、というのが適しているだろうか。
 思わず大口をあけてチーフを見上げるエリオに対し、
 その掌に姿を投影しているコルタナは苦笑交じりに指摘する。
《貴方たち管理局だって、魔法をクリーンな力として使っているでしょう?
 でも、貴方たちは武器としても其れを使う。――でも、魔法は危険な力じゃない》
 そういう事よ、と笑うコルタナに続けて、チーフもまた頷いた。
「危険な人間がいるだけだ、モンディアル三等陸士。
 力を持った、危険な人間が。
 コヴナントと戦うには、危険な人間が必要なのだ」

 ナイフさえ持っていなくとも、

 たとえ足がもげようと、

 たとえ腕が千切れようと、

 たとえ虫の息であっても、

 ――生きている限り、

「敵にとって、脅威となる存在が」

 洩れ聞こえてきた会話にティアナは顔を顰める。
 ますます気に入らなかった。
 マスターチーフという男の、言わんとする所が理解できるが故に。
 つまり奴はこう言ってるに等しいのだ。
『お前らは生きていたって脅威でも何でも無い』
 ――邪推だろうか? いや、間違ってはいない筈だ。
 同様に会話を聞いていたのだろう。
 キャロが真剣な顔をしてナイフを見つめているのが視界に入った。
 まあ、あの子達は小さいから良いとしても――……。

「ねえスバル。どうしてアンタ、アイツの言う事を素直に聞けるの?」
「どーしてって……んー、助けてくれたから、かなぁ」
「はぁ? 何よそれ。助けてくれれば犯罪者でも良い人ってわけ」
「そうは言ってないけどー」
 ティアナの言葉を否定しながら、スバルは大きくナイフを振りかぶる。
 刃先を掴み、手首のスナップを効かせて投擲。
 タン、と響き渡る軽快な音。
 くるりと空中で半回転したナイフが、狙い違わずに的へと命中した。
「あ、このナイフ、きちんと的にあたると気持ち良いなぁーッ!
 なんていうか、こう、スカッとして! ほら、ティアもやってみなよっ!」
「あーもう……うっさい、馬鹿スバルッ!!」

 ティアナのナイフは、またも地面に刺さった。


**********************************************


 そういった訓練場の風景を真剣に見つめる者が、二人いた。
 先程までチーフとフェイトが立っていた場所にいるのは、シグナム、そしてヴィータ。
 副隊長を務める彼女達にとっても、やはりマスターチーフによる訓練は気になっていたらしい。
 いつになく真剣な表情のシグナムを見やり、ヴィータは呆れたように呟いた。

「…………シグナム、なんか雰囲気違ぇーな」
「当然だ、ヴィータ。
 奴は単なる戦士でもなければ、騎士でもない。
 兵士であり軍隊――つまり戦争だ、ヴィータ。
 我々が行うのは、間違いなく戦争になるだろう。
 斬り、斬られ、撃ち、撃たれ、殺し、殺される。それが戦争だ。
 お行儀良く非殺傷やら魔法やらと言いながら何も出来ずに死ぬか、
 或いは生き残り、勝利する為にあらゆる物を駆使して戦うか。
 少なくとも、私ならば後者を選ぶ。
 そして、選ばなければ生き延びる事はできない」
「ああ……だからか。
 マスターチーフとかいう奴があーいう事を教えてるのは」
「――――?」

 やっとわかったぜ、と呟くヴィータ。彼女を不思議そうに眺めるシグナム。
 しばらくして、ああと合点がいって頷いた。そういえば、そうだった。

「リィンや新人は当然として。主やテスタロッサ、なのは達も未経験だろうが――。
 そうか、ヴィータも戦場に赴いた事は無かったか」
「ああ。アタシが生まれた頃にゃ、もうベルカで戦争はやってなかったからな。
 つっても、はやての世界じゃあ六十年だか七十年前にドンパチやってたらしいぜ?
 海鳴で爺ちゃん達から良く聞かされたからなぁ……話が長いっつーのに」
「それでもしっかり聞いたのだろう。どんな感想だ?」
「いや、なんつーか……そんなに良いもんじゃなさそうだな、って」

 鼻の頭を掻きながらヴィータはそう言った。
 面白可笑しい逸話を語ってくれた者はいた。
 酷く懐かしそうな顔をする者もいた。
 悲惨な話など何一つ聞かされなかった。
 だが―――……。
 楽しそうな顔をする者は、誰一人としていなかったのだ。
 或いは、とヴィータは思う。
 それは老人達なりの優しさだったのでは、と。
 幾らヴィータが老人達よりも長い年月を生きていたとしても、彼女は戦争を知らない。
 知らない者に対して話すには、憚られる内容や想いが『戦争』にはあるのだろう。
 シグナムが見せた表情と頷きは、ヴィータの思考を肯定するものだった。

「まあ、せずに済めば良い部類の経験である事は、間違いあるまい。
 ――が、そうは言っても……戦争というのは、これもまた騎士の華だ。
 主に忠誠を誓っての戦い、或いは強敵との正々堂々たる決闘に並ぶ、な」
「血が騒ぐのも無理はねぇ、か」
 常にも増して――何処か高揚した表情のシグナム。
 その様子を見やったヴィータ。さも仕方ないと言わんばかりの顔で、口を開く。
「シグナムだもんなぁ」
「……何だその言い草は」
 シグナムの視線を避けるべく、ヴィータは明後日の方向を向いた。
 表情を伺うことはできないが、どうせニヤニヤと笑っているに違いない。
 シグナムは溜息を吐いた。反論をしてもからかわれるのが関の山だろう。
「まあ良い。ヴィータ、お前も覚悟しておいた方が良いぞ」

 そしてシグナムは、ちらりとマスターチーフの方に視線を向けて呟いた。

「奴を見る限り、今の戦争は随分と変わってしまっているらしいからな……」

    HALO
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LV4 [Inter Mission I]
    END

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最終更新:2008年07月13日 16:35