―――――人類の存在は神への冒涜である。
HALO
-THE REQULIMER-
LV3 [SPARTAN]
深夜。
クラナガン郊外、廃棄都市区画。
本来、一般市民は昼間でも立ち入らないだろう其処に、無数の気配があった。
気配の中心は一台のトレーラー。
クラナガンでも多く見かける輸送タイプの車両である。
確かに奇妙かもしれないが、こういった場所に止まっていてもおかしくはない。
だが、ある一点。其処にだけ違和感が存在した。
トレーラーの乗員らしき人物も、トレーラーに向かう人物も、
黒いスーツを着込んだ彼らは、明らかに堅気の人間では無かったのだ。
身にまとった気配。周囲へと注ぐ視線。常に懐に伸ばせるように構えられた腕。
そしてトレーラーのコンテナから下ろされるのは、厳重に梱包された黒いケース。
最早、事態は明白であった。
管理局世界では違法とされているロストロギアの密輸入、密売。
そして、その光景を双眼鏡越しに眺める集団がいた。
「――――ドンピシャリってところね」
『時間、位置、人員……。情報に誤差が無くて助かりました』
管理局所属、陸上警備部陸士108部隊。
地上の治安維持、わけても密輸入の取り締まりを得意とする彼らにしてみれば、
文字通りの意味で『鴨が葱を背負ってやってきた』といったところか。
密かに周囲を包囲し、取引が成立したところで一斉確保、検挙へ移る。
小規模――恐らく個人レベル――での密輸入である為、投入戦力は最小限。
即ちギンガ・ナカジマ陸曹以下10名の人員が張り込みを行っている。
その内の3名は通信や情報整理を担当するべく指揮通信車輌に詰めているため、
実質的に戦闘行動を取れるのはたったの7名。
だが――ギンガにとっても、他の陸士にとっても、こうした状況は日常茶飯事だ。
待機している姿にも、何ら気負いが無い。
「2人、かぁ。他に伏兵もいなさそうだし、フォワード7人でも多かったかな」
『まあ、三倍の戦力比を覆せる魔導師は民間にいないですからね』
「わからないよ? タカマチ一等空尉みたいな例もあるし……」
『きっと第二、第三のエース・オブ・エースが現れる、ですか。
まあ、さすがにエースを相手にするのは御免ですが――……っと。
ナカジマ陸曹、連中、取引を始めるみたいです』
「……うん、此方からも確認できた」
反対側――指揮通信車輌の上に待機している同僚と、通信越しに会話しながら、ギンガは頷いた。
トレーラーから下ろされた大型ケースに対し、購入側らしい黒服がトランクを開けてみせる。
此方からでは上蓋が邪魔になって見えないが、現金であるのはまず間違いないと見て良いだろう。
「トランクが相手側に渡って取引が成立したら、即座に確保。
一人も逃がさないように気をつけて」
『了解!』
黒服がトランクの蓋を閉じる。
頷きを交わす。
ケースを持ち上げる。
トランクを差し出す。
それを受け取ろうと手を伸ばす。
握る。
今だ。
「確――」
――――黒服達を巻き込んで、トレーラーが爆裂した。
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「――――」
誰もが言葉を喪った。
廃墟と化したビルの間で燃え上がる炎。
赤々と照らし出された夜空。
其処に浮かび上がったのは、一隻の武装艇であった。
その後部がゆっくりと開き、ロープを伝って次々に異形の兵士が降下する。
装甲服を着込んだ小人が十五名、それより背丈の高い爬虫類じみた容貌の兵士四名。
そして一際巨大な兵士が一体。総員で20名である。
「あれが……報告にあった、未確認勢力………?」
未確認勢力――コヴナント。
複数の異種族によって結成された宗教的組織。
管理局と同等、或いはそれ以上の勢力、戦力を保有し、
フォアランナーの遺産と呼ばれるロストロギアを求めて、
宇宙――次元世界に勢力を拡大しつつあるという。
あの小人はアングイと呼ばれる種族で、通称はグラント。
仲間意識が非常に強いため、コヴナントの歩兵を担当しているらしい。
どれも数日前、初めて彼らと交戦した管理局員と、
そして「協力者」という人物から提供された情報だ。
報告に無かったのは爬虫類形の兵士と、巨人型の兵士。
報告され、実際に戦闘も行われたのは、ハンターと呼ばれる巨大な兵士であった。
レクグロなる環状生命体――ミミズ型生物の集合体である彼らは、
そのとてつもない筋力量から重火器を駆使する、屈強な兵士である。
だが――今、降下艇からおりてきたのは、それとは全く異質の存在であった。
どう見てもそれは集合体ではなく一つの個体であり、
ハンターが必ず装備しているという強力な火砲ではなく、巨大なハンマーを備えている。
だが――そういった情報との誤差を抜きにしたって、異常な光景なのは事実だ。
このミッドチルダの首都――クラナガンを異形の存在が闊歩しているというのは!
それこそ映画などでしかお眼にかかったことのない非人間型の生物に、
陸士108部隊の面々は、未だ監視体制のまま反応する事ができずにいた。
――――大丈夫だ。まだ気付かれてはいない。
夜闇に紛れ、皆が皆、気配を押し殺している。
大丈夫。大丈夫の筈だ。
だが――周囲を見回していた爬虫類兵が、不意に視線を逸らす。
――視線があった。
次の瞬間、周囲に響き渡るような甲高い声が響き渡る。
「……嘘ッ! 気付かれた!?」
統率のとれた動きでコヴナントどもは銃を構える。
疑う余地は無い。その銃口は、彼女達――陸士108部隊の配置箇所へ向けられていた。
回避する余暇も無く、雨の如く光弾が降り注ぐ。
『バリアジャケットを展か――うわぁぁあぁぁあッ!!』
『くそ、なんだこれ、身体に張り付いて―――ぎゃああぁあぁあぁっ!!』
爆裂音が再度響き渡る。そして念話で飛び交う、悲鳴、絶叫。痛み。
空気を焦がす異様な臭いと共に放たれるそれは、容易くバリアジャケットを貫通する。
フィールド系、バリア系ともに有効性を認められず、シールド系に辛うじて有用性を認む。
これらの報告は既に陸士108部隊にも通達されていた。
――が、だからといって染み付いた習慣を即座に変えることはできない。
当然だ。今までも、そしてこれからも、魔導師にとって防御系魔法は絶対の盾だ。
AMF下――魔法それ自体を行使できない状況下でもなければ、破られる筈はない。
その筈だったのだ。
だが、このプラズマ弾は、それが通用しない。
更にはコヴナントの用いる投擲弾は、身体に張り付くと剥がれ落ちず、
周囲の人員を巻き添えにして爆裂した。バリアジャケットなどを展開する暇も与えずに。
誰もが信じていた事実が、こうもアッサリと打ち砕かれる光景。
一般的な魔導師ならば、ある種の絶望すら覚えてしまうかもしれない光景。
だが――――……。
「ブリッツキャリバー!」
《SET UP!》
ギンガ・ナカジマは違った。
即座にバリアジャケットを展開し、同時に脚部ローラー=ブリッツキャリバーを装備。
グラント、爬虫類兵の集団を突っ切ってハンターに至る道筋を脳裏に描き、彼女は駆け出す。
無論、傍観しているほどコヴナントの練度は低くない。
管理局は人外との戦闘に不慣れだが、コヴナントは"人外"との戦闘を幾度と無く乗り越えているのだ。
即時反応。手に握った武器――プラズマガン、プラズマライフルというらしい――を構え、
突出して迫ってくる標的にめがけ、電光弾による弾幕を展開する。
弾速こそ遅いが威力の高いプラズマガン、そして威力は低いが高速で飛来するプラズマライフル、
それぞれの弾丸の間を潜り抜けるギンガ。光弾が間近を霞め、大気の焼ける嫌な臭いが鼻を擽った。
回避不能な直撃弾に対しては拳を突き出し、シールドを展開。ついに魔法を行使する。
「く、ううぅぅうぅぅぅっ!!」
激突。衝撃。
反発するエネルギー同士が煌き、周囲に稲妻が走る。
プラズマ弾は音を立ててシールドを侵食。穴を穿って食い破るが――……
其処までの過程でエネルギーを使い果たし、バリアジャケットに至る前に消失した。
――思った通りだ。
防げない威力ではない。ギンガの顔に会心の笑みが浮かぶ。
その光景を見て、混乱の極みにあった部隊員達も辛うじて平静を取り戻していく。
「みんな、一度撤退して体勢を立て直して!
防げない攻撃じゃないから――早くッ!!」
『しかし、陸曹を置いていくわけには――……』
「良いから! 今の装備と戦力じゃ抵抗はできないし――……。
大丈夫。私もすぐに後退するから……ッ!」
『りょ、了解ッ!! ――――体勢を立て直し次第、すぐ戻ります。ご無事で!』
如何に未確認勢力の有する武器が此方のシールドを貫通するとはいえ、防げる威力ならば。
接近さえしてしまえば、ミッドチルダの白兵型魔導師に敵う相手はそういない。
ましてギンガは、数少ない魔導対応の格闘技――シューティングアーツの伝承者である。
各々の方法で気配を殺し、身を隠しながら後退していく友軍を背に、ギンガは拳を握り締めた。
――――皆が撤退する時間くらいなら、一人でも稼いでみせるッ!
左腕のタービンは彼女の戦意に応え、猛々しく唸り声をあげて回転を開始。
ブリッツキャリバーもまた、そのポテンシャルの全てを発揮すべくエンジン音を響かせる。
「は、ぁあぁあぁあああぁあぁっ!!」
そして彼女はコヴナントの集団へと飛び込んでいった。
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――――ほぼ同時刻。
廃棄都市区画を目指して、夜闇を切り裂いて飛行する一機の輸送ヘリがあった。
長方形の前方と後方にローターを備えたそれはJF-704式。
側面に描かれたマークから、管理局所属のものと見て取れる。
「ったく、こっちは昼間ヒヨッコどもを飛ばした後なんスよぉ?」
「――コヴナント共に言ってくれ」
その操縦手はやれやれといった口調で、同乗者に愚痴を零していた。
もっとも言葉ほどには声に棘が無い。
少なくとも操縦手は彼――突如現れた異邦人に対し、特段に悪い印象を抱いてないからだ。
「ヒヨッコどもは昨日、連中とやりあった後だから出撃は無理。
連中は旦那の専門分野って事で、おまけに六課のヘリパイは俺だけ、と。
まあ、時間外労働――頑張っていきましょうかね、お互いに」
「ああ」
寡黙な男だ、というのが第一印象。
そしてこうしてヘリによる移動中に重ねた会話の結果、
彼の寡黙さは、好意的な意味で捉えられるようになってきた。
無愛想なのでもなく、他者と関わる意思がないのでもなく、
基本的に必要な事しか言わない、という性格なのだ。
元々は陸で狙撃手として働いていた彼にしてみれば、
そういった男は、ほぼ確実に信頼できるという認識があった。
「さって、そろそろ降下地点なんだが――随分派手にやってるなぁ。
廃棄都市区画とはいえ、ああもまあバンバン花火を上げられるもんだ」
勿論、まだほんの僅かにしか交流がないのだが、
少なくとも人を見る眼には自信があると、操縦手は自負している。
間違いない。こいつは良い奴だ。
ヘリ後部のタラップを解放しながら、小さく頷いた。
少なくとも、悪い奴じゃあない。
「ヴァイス・グラセニック陸曹、いつでも行けるぞ」
「それじゃ――お手並み拝見させてもらいますぜ、マスターチーフの旦那」
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ギンガ・ナカジマによる遅滞戦闘は、問題なく実施されていた。
コヴナント達の攻撃を巧みに回避し、防ぎながら、格闘攻撃によって文字通り『叩いて』いく。
勿論、二十人から同時に攻撃されて無傷と言うわけにはいかない。
バリアジャケットのあちこちは焼け焦げ、髪を縛っていたリボンも、端の方が消し飛んでいた。
次の狙いは――あのハンマーを持った巨人だ。
その巨躯に見合った大きさの戦槌を片手で持ち上げ、ギンガ目掛けて振り上げる。
――予想通りだ。
打撃型の真髄は、刹那の隙に必倒の一撃を叩き込んで終わらせること。
出力、射程、速度、防御能力、彼我の戦力差。
それらは全て関係が無い。相手の急所に正確な一撃。
――狙うのは、ただそれだけ……ッ!
振り下ろされる戦槌を、最小限に身を捻って回避する。
そのままの勢いで懐に飛び込み、がら空きの胴部へ必倒の一撃。
ギンガは引き絞っていた左腕を解放し、神速の拳を―――
「――が、はぁっ!?」
何が起きたのか彼女には認識できなかった。
相手の動体へと一撃を打ち込もうとした瞬間、
彼女の身体は軽々と数メートルは空中を舞っていた。
次いで、腹部――鳩尾に激痛が走る。
―――殴られた。
そう理解したのは、地面に叩きつけられた瞬間だった。
「げほ……がはっ、はぁ、はぁ……っ」
ギンガ油断だった、というのは酷かもしれない。
それは実に巧みなフェイントだったのだから。
戦槌による強烈な一撃を放つと見せかけて、空いた左拳を叩き込む。
その外観と戦闘スタイルからは、想像もつかないほどの機敏な動き。
彼らはジラルハネイ。国連宇宙軍においてはブルートと呼称される種族である。
現在はコヴナントの主力歩兵として、実に重要なポストを占めている。
ブルート族は一時は原子力時代、宇宙時代にまで文明を進歩させておきながら、
大規模な戦争による環境悪化から産業化以前にまで後退し、そして再び文明を復興した過去を持つ。
しかしながら驚異的な事実は――――ブルート達が何も学ばなかった、という点。
ブルート達は一度滅亡しながらも、未だに戦争に明け暮れているのだ。
フォアランナーの時代から確認される知的存在の中で、このような種族は彼らだけである。
つまりブルート達は、文字通りの意味で戦闘を愛している、と言っても過言ではない。
文明誕生以前から、途方も無い年月を彼らは戦闘にのみ費やしてきた。
コヴナントに参加して以降も、それは変わりない。
新たに齎されたプラズマ兵器を喜んで受け入れたブルート達は、
しかしそれに満足せず、自らの用いてきた凶悪な兵器、武器、戦術をコヴナントに提供した。
即ち原始的、或いは酷く暴力的だが、実に効果的なものばかりを、だ。
つまり端的に言えば――人類などと言う未熟な種族とは、格が違うのだ。
「は……ぁ、はぐ…………っ」
リボルバーナックルを地面に突き、立ち上がろうと足掻く。
――が、無理だ。身体に力が入らない。呼吸が苦しい。
ぼんやりと霞む視界の中に、ブルートが大きくハンマーを振りかぶるのが映る。
その周囲を取り巻いているのは、先程まで蹴散らしていた筈のグラント達。
異種族であっても理解できた。彼らの顔には勝利を確信した、厭らしい笑みが浮かんでいて。
だけど――彼女が眼を奪われたのは、ブルートの背後。
"其れ"は酷く低い、地獄の底から吹く風のような声で、言い放った。
「――――まだ終りではない」
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ヘリから飛び降りたマスターチーフの視界に飛び込んできたのは、
ただ一人で奮戦する管理局員の女性と、それを地に叩き付けたブルートの姿。
ブルート族は、その歴史、性質に見合った、酷く残虐な嗜好を持っている。
恐らく、このまま放置すれば、あの娘は楽に死ぬことができないだろう。
国連宇宙軍の兵士達と同様に、死ぬ寸前まで弄ばれ、苦しむのだろう。
その事実を認識した時、既にチーフはトリガーを引き絞っていた。
射線上に管理局員――ギンガ・ナカジマがいるが、特に問題は無い。
ブルート族の肉体は強靭であり、そして何よりもこの弾に貫通能力は無いからだ。
つい先程に渡されたばかりのライフル型の簡易デバイス。
試作品でもある為、内部構造がほぼ露出している以外は、
基本的に通常のアサルトライフルと変わりなく扱うことができた。
デバイス開発主任のシャリオ・フィニーニ一等陸士曰く、
『マジカルライフル』等と言うふざけた名称らしいが、
ようは極めて簡略化されたカートリッジシステムである。
本来ならば、魔力が圧縮充填されている『弾』を炸裂させることで、
魔力をデバイスや術者本人へと供給し、強化させる機構であるが、
この銃器の場合は、その魔力をそのまま銃身に通して射出するようになっている。
使用者にリンカーコアが存在していなくても使用可能な為、ある種の質量兵器とも呼べるが、
完全な質量兵器に比べれば、遥かに言い訳のしやすい装備ではあった。
勿論だが、不満はある。
構造上、ほぼ常に発動している『非殺傷設定』というのも、その一つだ。
相手をどの程度無力化できたのか、一見して判断することができない。
倒した相手であっても警戒しなければならないというのは――……。
否、そもそもそれ以前に、このブルートを殺すべきだという認識があった。
だが、今は文句を言っている場合ではない。
それに少なくとも、機動六課のスタッフは「誰でも使用可能」という、
チーフが提案した条件を達成してのけたのだから。
「――無事か?」
32発の魔力弾を背後から受けてはひとたまりもない。
あっさりと昏倒したブルートを横目に、チーフはその女性局員に声をかけた。
ブルートに対しての言葉とは違う。低い声には気遣うような調子があった。
「あ……、は、い……大丈、夫……で……すっ」
息も絶え絶えといった様子だが、気丈な反応。さすがに殿を務めただけの事はある。
一瞬探る眼になり、即座に安心したような表情になった彼女だったが、
すぐにその瞳がチーフの背後へと向けられる。無論、チーフも察知していた。
グラント達だ。
リーダーであるブルートを倒されて混乱しつつあった彼らだが、
しかし目の前に敵がいる以上、それを斃さねばならないという意味で、
コヴナントにとっての事態は何ら変わりなく、そして極めて明確なものであった。
現在、ライフルに残弾は無い。そしてマガジンを交換している余暇も無い。
チーフの判断は素早く、そして的確であった。
「――――ッ!」
彼は躊躇無く銃を振り上げると、間近に迫ったグラントへ叩き付けたのだ。
ぐしゃりと鈍い音がしてグラントは吹き飛んだが、同時に銃身が醜く歪む。
無論、鈍器として使う分には問題は無いだろうが、それで乗り切れるような状況ではない。
どうせ残弾も無い。躊躇う事無く放り捨て――ようとして考えを変え、思い切り投擲する。
強化改造を施されたスパルタンの膂力によるものだ。
直撃を受けた爬虫類人型兵士が頭部を陥没させ、斃れる。
爬虫類人型兵士――国連宇宙軍ではジャッカルと呼ばれている兵士達。
元々は被捕食者だった彼らは、索敵能力を高め、目的の為に手段を問わない気性によって生き延びてきた。
それ故にコヴナントでは斥候や特殊部隊員、そしてスナイパーのような役割を担っているのだが、
彼らの放つ正確無比、長距離からの射撃によって、マスターチーフは苦戦を強いられた事が何度もある。
極めて有効な弾幕を張れるとはいえ、逆にそれしか取り得の無いグラントどもよりも、遥かに優先すべき対象だ。
――――だが、これで手持ちの装備はゼロになった。
信頼すべきサイドアームであるM6Dハンドガンは、解析の為とかでシャーリーに預けてある。
かつては常に八個は携帯していたグレネードも『政治的判断』の為、今は所持していない。
完全なる徒手空拳。対峙するのは10以上もの銃口。
格闘用、或いは白兵戦闘用のデバイスを装備しているならともかく、彼一人では無謀だ。
ギンガは余力を振り絞り、腹部を押さえながら必死に立ち上がろうとし――
「問題ない」
マスターチーフの一言によって押し留められる。
躊躇無く、彼はグラント達に向かって足を踏み出した。
普通の魔導師――否、普通の海兵隊員ならば絶対に戦場へ行かないような軽装で、何故出撃したか。
理由は単純明快であり、彼女の心配は杞憂だったのだ。
つまり、訓練されたスパルタンに敵はいない。
――ただ、歩く武器庫があるだけだ。
*********************************
「――――――ッ!!!!!」
グラント達の悲鳴が響き渡る。
仮にギンガがコヴナント達の言語を理解できたならば。
彼らが叫んでいる単語の意味もまた、理解できたかもしれない。
哀れなグラント達はこう叫んでいたのだ。
――――『悪魔』と。
正しく、それは『悪魔』の所業に思えたかもしれない。
弾丸の切れたライフルで二人の仲間を次々と叩き潰してのけた彼は、
次の瞬間にはその手に、コヴナントの兵器であるプラズマガンを握っていたのだ。
コヴナントのプラズマ兵器は基本的に、二つの銃身の間にグリップが存在する形状をしている。
この銃身の間で何らかの気体が荷電され、強力な威力を持った光弾となって射出されるのだが、
プラズマガンは、単発のかわりに長時間荷電することで、高威力の攻撃が可能となっている。
少なくともコヴナントの持つ防護フィールドならば一発で無力化することができ、
そのことから恐らくはバリアジャケットであっても解除することも、不可能ではあるまい。
勿論前述した通り、難点は連射が不可能なことだが――スパルタンにとっては問題にならない。
その正確無比な射撃能力を鑑みれば、この至近距離であれば、一発たりとて外すことは無いのだから。
プラズマガンによる精密射撃で、グラント、ジャッカル共々射殺していく。
その一方で、先程『非殺傷』で打ちのめしたブルートが身動ぎするのを確認。
即座に光弾によるヘッドショットを実行。
頭が弾け飛ぶ様に、確実に『無力化した』という手応えと満足感を得る。
少しでも残量バッテリーの多いプラズマガン、或いはプラズマライフルがあれば即時交換。
正しくスパルタンにとって、敵兵士とは武器庫、弾薬庫そのものなのだ。
敵の兵器を使うことにも最早、躊躇う事はない。
人類はそういったプライドなどが役に立たない領域にまで、追い詰められていたのだから。
グラント十数体を無力化するのに、殆ど時間はかからなかった。
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「……す、ごい……」
《――大丈夫? ごめんなさい。治療キットがあれば応急処置もできるのだけど――》
「いえ、平気――です。頑丈さには取り得が、あって……」
だが――勿論、これで終りの筈が無かった。
続いて夜空に滲むようにして現れたのは、増援だろう。
もう一機のコヴナント降下艇であった。
即座に身構えるチーフとギンガだったが、しかし空から飛来するのはそれだけではない。
《……待って、チーフ。ストームレイダーから通信よ》
「グランセニック陸曹か」
『もっと気楽にヴァイスって呼んでくだせぇよ、旦那』
上空にいる機動六課ヘリパイロットのヴァイス・グラセニック陸曹は、
言葉通り、気楽で明るい口調でチーフからの返信に答えた。
本来ならば念話を使えば良いのだが、生憎とチーフもヴァイスも不得手である。
魔導師ばかりの管理局では半ば以上お飾りだった通信機が、
この二人の間では、実に有効活用されているようだ。
「ではヴァイス陸曹。どうした?」
『北方500mの地点に着陸できそうな場所を見つけやした。
この通信は陸士108部隊の方にも回してますから、皆其方に撤退して貰うとして。
其処の確保をお願いしたいってぇのと、今から旦那のクルマを落しますんで。
有効活用して、地上人員の撤退援護の方――宜しく頼んます』
「了解した。――助かる」
『なぁに、いつでもどこでも、って奴ですよ』
その言葉に、コルタナが微かに笑みを浮かべた。
昔の戦友を思い出したのだ。
通称ペリカン――輸送艇エコー419によって輸送されるジープは、
戦場の兵士からは「デリバリー」と呼ばれ、実に頼りにされていた。
事実、チーフとコルタナも、幾度と無くその恩恵を受けている。
フォーハマー、そう呼ばれていた女性パイロットが懐かしい。
彼女は、あの戦役を無事に生き延びただろうか? 恐らくは、きっと。
《……ねえ、チーフ》
『どうした、コルタナ?』
《悪くないんじゃない、管理局の人たちも》
内臓神経回路を通じた会話に、チーフは小さく頷いた。
豊かに残された自然。魔法と言う未知の力。管理局の奇妙な体制。
自身が異邦人である事を差し引いても、このミッドチルダは奇怪に過ぎた。
だが――其処に暮らす人たち。人類。
彼らにどうして悪い印象が抱けるだろうか。
低空にまで高度を下げてきた輸送ヘリが、その後部タラップを解放。
文字通り、そのクルマを「落とした」。
並の自動車ならば一発でサスペンションがお釈迦になりそうな衝撃であったが、
軍用に設計、開発されたこの車体ならば十分に受け止められるのだ。
ほぼ同時に降下完了したコヴナント達が、即座にヘリめがけて射撃を開始するも、
ヴァイス陸曹は巧みな操縦でそれを回避し、一気に高度を稼いで舞い上がる。
「――良い腕をしている」
《回避運動が? それとも「デリバリー」?》
「両方だ」
M12ワートボグ。
マスターチーフと共にミッドチルダへと落着した兵器の一つ。
端的に言えば二人乗りの軍用ジープそのものなのだが、
わけても特徴的なのは、後部に据え付けられた大型機関砲座である。
助手席の兵員が持つ銃器とあわせて、まさしく移動砲台と呼ぶべき絶大な火力を誇るのだが、
現在、チーフの目前にあるそれは、その後方銃座が撤去されていた。
マスターチーフ、そして彼の操る質量兵器群は未だ公的に認可されたわけではない。
このような状況で大型の火器を駆使すれば、たとえそれが幾らコヴナントに有効だとしても、
管理局員の心象は悪化し――ひいてはマスターチーフそのものの存在が危うくなる。
それらの自体を考慮した結果、これもまた八神はやての『政治的判断』に基づく改造であった。
《M12C……ワートボグ・シヴィリアンモデル、ってところかしら》
いつもの通り運転席に飛び乗り、エンジンを回す。
高らかに響き渡る駆動音。何ら問題は無い。
――いや、むしろ調子が良いくらいだ。
機動六課の整備スタッフは、実に良く働いてくれたらしい。
今の今までワートボグの脇に立っていたギンガを助手席に招きながら、
マスターチーフは満足げに頷いて、こう応えた。
「――ああ、悪くない」
*********************************
荒々しく地面を削りながらワートボグが駆ける。
「大丈夫か?」
「え、……は、はいっ。
――あ、ギンガ・ナカジマ陸曹です。
助けて頂いて……ありがとうございました」
「マスターチーフだ」
《私はコルタナよ、ナカジマ陸曹。
正確には違うけど、デバイスみたいなものかしら?》
苦笑交じりの声。
先程もチーフと会話していたのは彼女なのだろう。
落ち着いた女性の声。てっきり通信機の向こうにいると思ったのだが。
……恐らくは彼こそが、報告にあった『協力者』なのだろう。
管理局に属する人員で、ああも簡単に質力兵器を扱える者はいない。
技術的な問題でも、心理的な問題でも、だが。
《それと、どういたしまして、というより――お互い様ね。
多分、貴女がいなかったら私達も間に合わなかったもの》
事実、コヴナント出現の報せを受けてから飛んでくるまでの間、
増援――或いは救援が間に合うかどうかは、懸念事項だったのだ。
幸いにして撤退支援には間に合ったが、それも彼女のお陰といえる。
そして――会話を繰り広げている最中であっても、コヴナントは手を休めない。
後方からはプラズマ弾が次々に発射されてくるし、何発かは頭スレスレを飛んでいく。
本来ならば運転に専念すべきチーフも、片腕を車外へと突き出し、プラズマガンを発射。
だが――コヴナントどもを黙らせるには至らない。
「――――」
「―――?」
不意に、臨席のギンガが物言いたげな眼で此方を見ているのがわかった。
傷が痛むのかとも思ったが、どうもそういった雰囲気ではない。
どちらかというと咎めるような視線に思え、チーフが首を傾げると、
途端にコルタナが呆れたような声で告げた。
《チーフ、忘れたの? 管理局の人は質量兵器が――》
成程とチーフは頷く。
管理局世界の人間にとって、質量兵器は忌避すべき物だ。
他に頼るべき武器の存在しない自達らには、理解不能な思考。
しかしながら、魔術があるのだ。馬鹿げた力。理解不能な能力。
両手でハンドルを握り締めながら、チーフは考え込む。
ややあって、彼は何か明暗を思いついたらしい。
「弾を節約する」
「え?」
小さく呟くなり、マスターチーフはハンドルを思い切り回した。
後部のウェイトが無くなったウォートボグは、大きく尻を振りながら反転。
そのままチーフがアクセルを踏み込むのにあわせ、エンジン音も高らかに一気に飛び出す。
――――コヴナント達の真っ只中へ、と。
「え、えぇええぇえぇえぇぇえぇっ!?」
「舌を噛むぞ」
次の瞬間、大きな震動が車体を襲った。
ボンネットに激突した数名のグラント達が、鈍い音を立てて空中へと跳ね飛ばされる。
勿論、それで終りではない。跳ね飛ばされた者はまだ運が良かったと言えた。
不幸にも車輪に巻き込まれた者は、ベキベキと嫌な音を立てて轢かれたからだ。
まさに猪(ウォートボグ)の突進である。
蜘蛛の子を散らすように逃げていくコヴナントを追い立てながら、
着実にチーフは後続の魔導師たちの為に道を切り開いていく。
「い、いえ、確かにこれは質量兵器――じゃ、ないと思いますけど――ッ」
《……ごめんなさいね、ナカジマ陸曹》
呆れたような声。先程コルタナと名乗ったAIのものだろうか。
彼女は笑いを含んだ声で、親しみの溢れる声で、こう続けた。
《こういう人なのよ、彼は》
*********************************
数分後。
チーフ達を含む陸士108部隊の生き残りは、全員が撤退地点に到着していた。
プラズマガンを構えて油断無く周囲を警戒するマスターチーフをよそに、
着々と管理局員たちはヘリに乗り込み、負傷者達は治療を受けていた。
もちろん、ギンガ・ナカジマ陸曹も同様である。
腹部への殴打は下手すれば内臓破裂すら起こしかねないほどのものだったが、
彼女の場合は、ある事情から肉体が頑強であったため、
幸いにも比較的――奇跡的とも言う――軽傷で済んでいたようだった。
打撲傷に対して簡単なヒーリングが施されたのみで、特に問題無い状態にまで回復していた。
そして負傷者を満載したまま、ヘリコプターは最寄の拠点目指して上昇を開始する。
――だが、事態はこれで解決した、というわけでは無い。
新たな問題が浮上したのだ。
つまり、部隊員が明らかに足りない、という。
無論、殉職した者もいる。そういった可能性もあるだろう。
だが――それはありえないのだ。
何故なら、足りない人員とは指揮車輌内に残っていたメンバーだからだ。
――まさか、置いてきた?
自分の――部隊指揮を預かる身としては、とんでもないミスだ。
思わずギンガはヘリの内側から、身を乗り出し、眼下の暗闇を見やる。
勿論、それで見えるわけがない。実際に行って確かめなければ――。
「待ってください! まだ仲間が――……。
指揮車輌に、取り残されて、撤退できてないんです……ッ!
救出に向かわせてください!!」
ギンガの言葉を聴いたマスターチーフが、ヘルメットのスイッチを入れた。
殆ど間を置かずして、内臓HUD(ヘッドアップディスプレイ)に新たなウィンドウがポップアップする。
モーショントラッカー。動体反応を追跡する簡易レーダーである。
電波妨害下にあっても問題なく動作する為、UNSF海兵隊で正式採用され、
SPARTAN-IIにおいても第五世代ミョルニルアーマー以降、標準で搭載されている装備だ。
視覚的なステルスを用いていない限り、ほぼ全ての生命体を追跡可能なそれは、
確かに味方を示す光点が三つ――停止しているため、反応は微弱だが――残っている事を告げていた。
即座にコルタナが補正をかけ、視野に方向を示すマーカーを投影する。
まさしく、敵陣の真っ只中だ。
当初の予定が張り込みであり、彼女達が陸士108部隊であったのが幸いした。
密輸に関する調査、任務が多い事から、一番目立つ指揮通信車には様々な迷彩機能が施されているのだ。
その為、今現在――取り囲まれているとはいえ――残された陸士達の存在は気付かれていない。
だが、それも時間の問題である。そして救出もまた困難だ。
ブルートを撃破したとはいえ、未だジャッカルやグラントといった兵士達は残っている。
これ以上、戦闘行為が長引けば、確実にコヴナントは増援を派遣してくるだろう。
それは勿論、管理局にしても同じだろうが――……。
だからと言って、この敵の包囲網を突破して味方を救出し、脱出する。
そんな事が果たして可能だろうか?
だが、ギンガはリボルバーナックルのはまった左手を握り締め、飛び込む決意を固める。
――できるかどうかなんて知らない。やるか、やらないかだ。
しかし、暗闇の中を見通すように眺めていたマスターチーフの言葉は、実に冷たいものだった。
「ヴァイス陸曹、上昇だ」
「――――ッ!」
――やはりそうか。そうなのか。
少しでも好感を抱いた自分が愚かだった。
質量兵器を扱うような輩は、決して他者を省みない。
人間が人間を殺す事を許容し、世界が滅ぶことさえ受け入れる。
見ず知らずの、管理局の人間など、どうでも良いのだろうか。
だから――誰かを見捨てても、何も感じないのか!
勿論、彼らを助けたいというのは――ある意味で無責任な願いだ。
わかっている。ここで多数を危険に晒したりはできない。
十中の九を救う為に一を切り捨てるのは、極めて合理的な判断といえる。
だけど、だけど――……ッ!
激情に駆られたギンガがチーフに詰め寄ろうとした瞬間、
「ナカジマ陸曹、此方の指揮を頼む」
「――へ?」
まったく予想外だった言葉が、彼女の出鼻を挫いた。
困惑するギンガを横目に、チーフはコンテナから新たな銃器を取り出していた。
今度のは先程のと異なる、完全実弾式の質量兵器。MA5Cアサルトライフルである。
更には弾薬の詰まったカートリッジも幾つか腰部にマウントする。
「え、あの、それって……?」
《後で最も近い拠点で合流するわ。其方にはヴァイス陸曹もいるから》
先程まで用いていたプラズマガンは背中にマウント。
此方は残存バッテリーが少々心許無いが、現地調達すれば事足りるだろう。
いつも通りの身支度をするような、気負いの無い動作。
その仕草のまま、彼は解放された後部タラップへと脚を踏み出す。
「問題は無い」
そう言うなり、マスターチーフはヘリから身を躍らせた。
これくらいの高度ならば、鍛えられた魔導師は元より、
先程もヘリから飛び降りてきた事を考えれば、彼でも着地できるのだろう。
だが――……。
「―――――」
ヘリから地表へ。どんどんと降下して、小さくなっていくチーフ。
信じられない。その姿を機上から眺めるギンガは、小さく呟いた。
ますます彼――マスターチーフの事がわからなくなっていく。
質量兵器を躊躇い無く使う。銃で撃ち殺すことにも慣れている。
更には車輌で敵を轢き殺しても表情一つ――見えないが――変えない。
だが自分の命を救ってくれた。
このヘリにいる多くの仲間もまた、彼が救い出してくれた。
そして今、彼は再び、人を助ける為に死地へと飛び込んでいる。
先程自分が思ったとおり、見ず知らずの、管理局の人間を助ける為に。
「グランセニック陸曹…………その、今の、って」
「自分もまだ旦那とは付き合い浅いんで、良く知らないッスけどね。
……ま、その短い付き合いでもわかる程度にゃ"あーいう"人だって事で」
そう言ってヴァイス・グランセニック陸曹は笑った。
悪い人物じゃあない。
質量兵器を躊躇い無く使う。銃で撃ち殺すことにも慣れている。
だが――戦場で肩を並べて戦うなら。背中を任せて戦うなら。
或いは背中を任せてもらえるのなら。これ以上ないほどの良い男だ。
「……グランセニック陸曹、指揮をお願いできますか?」
「ああ、どうぞ、ナカジマ陸曹。こっちは問題ないですぜ」
笑うような声。実際、笑っているのだろうと思う。
それを受けて、彼女もまたタラップから空中へと身を躍らせた。
デバイスに備わっている通信回線を開き、チーフへと呼びかける。
「あの……私もご一緒させてください!」
『――指揮を任せると言った筈だが』
《言っても無駄みたいね、チーフ。わかるでしょう?》
通信回線の向こうから、困惑したような溜息が聞こえてきた。
彼と出会って一時間弱。初めて眼に――耳にした、人間らしい仕草。
思わず、笑ってしまった。
「それで……その、一つお願いが」
『?』
「弾丸の節約は、やめてくれますか?」
《良かったじゃない、チーフ。 これで寂しくなるって事はなさそうよ?》
笑い声が聞こえてくる。
どうやら、救出のほうは無事に終了しそうであった。
HALO
-THE REQULIMER-
LV3 [SPARTAN]
Fin
最終更新:2008年07月07日 16:21