タカタカタ、タカタカター♪
シャマルを救うべく、自らの意思で聖衣(クロス)を身に纏った黒龍は、管理局の執務官であるクロノに戦いを挑んだ。
大事な家族の為に、空を飛べないという不利を物ともせず、聖闘士(セイント)の持つ圧倒的なスピードでクロノを翻弄する黒龍。
不利を悟ったクロノは、起死回生を測るべく接近戦を挑むが、互いの渾身の一撃が放たれた後、崩れ落ちたのはクロノであった。
倒れたクロノを、救助しようと動くなのは達。だが、その行動をあざ笑うかのように、黒竜は意識を失ったクロノを人質に取る。
そしてクロノの命と引き換えに、結界の解除を宣告するのであった。
情に目覚めし黒き龍第4話 「八神家の日常、そして終末」
「さぁ、こいつを見殺しにするのか、結界を解くのか早く選んでもらおうか」
僅かに、足元に力を篭める黒龍。その行動に、もはや顔を青ざめるしかないなのは達、黒龍の雰囲気に守護騎士達も
何かを言う事ができなかった。
アースラブリッジ
「艦長、早くクロノ君を救出しないと!」
エイミィが、リンディにクロノの救出を請う。だが、リンディは無言で聞き流していた。彼女の中では公としての自分と、母親としての
自分が争っていたのだ。
「エイミィ、結界の解除を。それと平行して、サーチャーをあるだけ周囲に展開してちょうだい」
リンディは、結界の解除をエイミィに命令した。だがそれは、母親としての顔だけでなく見捨てた場合のなのはやフェイトの反応
が容易に想像できるからだ、彼女は公と私の両方で妥協を取ったのにすぎないのである。
周囲に満ちる、異質な空気が薄れていく。黒龍は仕草で逃げろと、シグナム達に伝え油断無く周囲を見渡す。
シグナム達の気配が遠ざかるのを感じると、黒龍はあたりに響くように言い放った。
「どうやら、この小僧の命が大事に見える。シグナム達の引いたようだしな、そら返すぞ!」
踏みつけていたクロノから足を離すと、なのは達が居る方向に勢い良く蹴り上げる。
勢い良く飛ばされる、クロノの体をキャッチするなのはとフェイト。だが、勢いは殺せずにそのまま空を後退する。
その隙を逃さず、黒龍は己の最大速度で離脱した。
「目標、高速で移動しました。サーチャーが追いつきません、振り切られます!」
魔道師を補足するために、かなりの速度を与えられているサーチャーが全て振り切られ、レーダーによる探知に切り替えるが
突如目標が消失する。転移魔法かと残留魔力を確認しようとするが、一切の反応が無くエイミィは軽い混乱状態に陥った。
「嘘、消えた? 残留魔力は一切無し……転移魔法じゃない?」
無理もない、まさか人が完璧に気配を断って、闇と同化できるとは誰も思わない。
「しょうがないわね、クロノを回収後、直ぐ救護室にそれと、先ほどの戦闘記録を至急解析してちょうだい。」
リンディは、エイミィに対して言い放つと、クロノの状態を確認する為に自分も向かうのであった。
「どうやら、上手く撒けたようだな。しかし何をやっているのだシグナム達は?」
家族を救う為に、戦った黒龍ではあったが実際の所、状況が全く掴めていなかった。
「まぁ、後で直に聞けばいい。それよりも早くアイスを買いに行かねば」
そこで気づく、コートはシャマルに預けたままであるが、財布はズボンに入れておいたので問題はない。
問題は、この身に着けた聖衣(クロス)を何処に隠すかである。このままコンビニに入っては只の変質者である。
「とりあえず、近くの路地裏にでも隠すか。」
どこか締まらない八神家のノリに、何だかんだと毒されてきた黒龍であった。
数日後、八神家の夕刻
シグナムが蒐集に出かけ、シャマルと黒龍が少し遠くのスーパーの食料品セールに出かけてる現在。
八神家にはお子様二人と、ワンコが1匹。それぞれが、のんびりと日常を楽しんでいた。
「なぁザフィーラ、最近体洗ってる?」
はやてが、リビングに寝そべっているザフィーラに声をかける。
その視線は、ザフィーラのフサフサな毛並みに注がれているが、どうも様子がオカシイ。
「最近は洗っていませんが、どうなさいました主?」
寝そべったまま、ザフィーラははやての問いに答えた。
「やっぱりや、折角のキレイな毛並みがぼさぼさ、毛色も艶を失ってるし」
瞬きもせずに、ザフィーラを見つづけるはやて。
その視線に僅かに居心地を悪くしたのか、ザフィーラはのそりと起き上がる。
「はやての言うとおりだ、何か汚らしいぞ」
はやての膝枕の上で、寝転んでいるヴィータがはやてに追従するかのように、ザフィーラの姿を見た。
ザフィーラの、艶の有る綺麗な灰白の毛並みが、艶を失いすっかりボサボサになり、また汚れが目立っていた。
「そのまま家にいると、部屋中が汚れてしまうから洗わんといかんよなぁ」
その言葉にザフィーラは、風呂場に向かおうとするが、はやてが慌てて止めた。
「まった、私が洗ってあげる。一度で良いからワンコ洗うのやってみたかったんや」
はやてのワンコ発言に、ザフィーラは慌てて否定する。
「主、何べんも言うようですが、私は犬ではなく狼です」
しかし、その否定はヴィータの発言で、さらに否定される。
「何いってるんだよ、近所じゃ評判の賢い犬扱いじゃねぇか」
(おおっぴらに狼なんて言える訳が無く、喋ってもいけない。そんな中、私は頑張って犬の振りをしているのだ。)
「私を、狼なんて言ったら大騒ぎだろうに」
(ヴィータよ、もう少し私の気持ちを汲んでくれ。)
「あん、この前爺ちゃん達にドッグフード貰って、尻尾を振りまくってたじゃねぇか、今更何言ってんだよ」
『……』
しばし無音になるリビング。
この中で、はやてとヴィータの気持ちは一つになっていた、即ち。
(ワンコ確定やね(だな))
アイコンタクトをするはやてとヴィータ。その様子に、慌ててリビングから離脱しようとしたザフィーラだが
何故か、体が動かない。慌てて自分の体を確認すると、そこには四肢を縛るバインドの光。
「何をする、ヴィー……タ」
流石に、この行動にはカチンときたザフィーラは、ヴィータに向かって怒ろうとしたが、そこには騎士甲冑を纏い己の相棒たる
グラーフアイゼンを肩に担いだヴィータと、ニコニコと笑っているはやての姿が。
「おい、はやてに洗って貰うか、アイゼンの頑固な汚れになるかさっさと選びやがれ」
ヴィータの非情な宣告に、せめてもとばかりに思念通話で黒龍に連絡をとろうとするが、そもそも黒龍は
思念通話どころか魔力が全く無い事に気づき、万策尽きたとばかりに顔を青くするザフィーラ。
いや、元々青いのであるが。
此処からはダイジェストでお楽しみください。
「あ、主! ヴィータ、何故服を脱いでる!?」
「どうせ、濡れるなら私たちも一緒に、お風呂しようと思ってな」
「はやてと入れるなんて、幸せじゃねーか何焦ってるんだよ」
「ザフィーラの毛皮、濡れてるとまた違う感触やなぁ」
「おら、座らないと洗えねぇだろ」
「主、抱きつかないでください。ヴィータその格好で上に乗るな!」
「も、もう限界だ(バタンキュー)」
「ちょ、ザフィーラ重いから、早ようどいてや!」
「重てーんだよ、このワンコ!」
「むうぅ~」
「動かんといて、どこ触れてるん!」
「あっ、バカやろう……」
一方、その頃の烈火の将と買物組み
全身を朱に染め、シグナムは佇んでいた。周りには無数の大型生物の山、もはやどれもピクリともせず
ただ、その姿が戦いの凄惨さを物語っていた。
「……待っていてください主はやて。後少し、後少しで闇の書の蒐集が終わります」
腕を振るい、己の相棒に付いた血を払い、待機状態に戻す。
「済まぬなテスタロッサ、お前との勝負は楽しかったがそうも言っては入られないのだ」
悲痛な表情で呟くと、シグナムは己の敬愛する主の元に返る為、転送の魔方陣を展開するのであった。
それはまた、一つの戦場であった。刃は無い、互いに殺しあう事は無くともその闘争心と熱気は正に相手を超える為に
高まりあう。これを戦場と言わず何と言おう、その戦場の名は主婦の嬉しい味方『特売セール』と言う。
「黒龍! ビニール袋に詰められるだけの人参をお願い、私は玉ねぎとジャガイモを詰め込むわ!」
シャマルは両手でビニール袋を伸ばせるだけ伸ばすと、ひたすら詰め込み始めた。詰め込んだ際に出来る隙間に小さ目の
玉ねぎを選び詰め込んでいく。
それは熟練の主婦の技であった。この世界で行った買物の数々が、湖の騎士を百戦錬磨の主婦へと鍛え上げたのだ。
もはや、彼女に死角はない。並み居る主婦を押しのけ、最良と感じる根菜を瞬時に選び取る。
無双の手腕をひたすら発揮し続けるのであった。
「シャマルよ、今の姿は、はやてに決して見せられないものだな」
高速の動きで、詰めれるだけの人参を詰め終わっていた黒龍は、離れた位置で奮戦しているシャマルの姿を確認すると溜息を一つ。
正直、今のシャマルの表情は悪鬼そのものだ。ぶっちゃけ自分から近づきたくない。
「後は、肉か。確かバラ肉のブロックだったな」
小宇宙(コスモ)を燃やすと、瞬時に精肉売り場に直行し安売りのバラブロックをゲットする。完璧なまでに少宇宙(コスモ)の無駄遣い
である。もっとも彼は暗黒聖闘士(ブラックセイント)そもそも、その力を私利私欲に振るっていたのだから、らしいといえばらしいのだが。
その日の夕食で、外出していた3名は奇妙な光景を見るのであった。
なぜかリビングに出されているちゃぶ台、そしてザフィーラに甲斐甲斐しく肉などを上げる、はやてとヴィータ。
「なぁ、シグナム。はやて達に何があったのだ?」
先に戻っていたシグナムに、問い掛ける黒龍。だが、シグナムも首を横に振るばかりであった。
「解からん、だが仲が良いのは良い事だ」
そんな微笑ましい光景を見て、シグナムは決意を新たにする。
「そうね、こんな生活がずっと続くように頑張りましょう。その前にご飯を作らないと」
シャマルがエプロンを手に、シグナムと黒竜に笑いかける。そんなシャマルに二人は全く同時に返事を返した。
『味付けは、絶対にするな』
「うう、二人とも酷いわ!」
シャマルの悲痛な声に、シャマル以外の4人と1匹は笑い出すのであった。
だが5人と1匹が、こんな風に笑い合える幸せな日は訪れなくなる。数日後八神はやてが、闇の書の侵食により倒れた事で、最後の
舞台が幕を開けたのだ。
それは夜天と群雲と、黒い龍の別れの時……
最終更新:2008年07月17日 20:49