ぴちゃ……。
頬に落ちた冷たい感触で軍曹は眼を覚ました。
「ケ、ケロ……ここは?」
頬を拭うとしっとりと濡れていた……。
光など差し込まない暗黒の世界。
痛いほど凸凹した固い何かの上で倒れているのが背中で解る。
手探りで辺りに触れ、右腕を支えに体重を乗せて立ち上がると。
風が吹いていない事とここは冷ややかな気温の世界であることしか分からない。
何より湿り気もあって、ケロン星人の肌にはここの環境は最適だ。
次第に暗闇に慣れてきた眼は岩肌のような壁で造られたトンネルを捉え、ケロロ軍曹の脳に映像を映す。
訓練生としてケロン軍に軍学校に入学していた頃、彼はここと似たような場所で模擬戦を経験したことがあり。
ケロロは自分は今どこかの洞窟の中に居るんだと推測した。
「ケロー……我輩、何処の惑星にきたんだっけ?」
記憶に残る自分の行動を読み込みはじめ、ケロロは腕を組んで記憶の映像を見直して思い出しはじめる。
この星に来た目的(侵略)を……。
※
ケロン軍本部からの指令を受けてケロロ小隊5人全員で船に乗り込み、宇宙港から出港した後。
舵を自動運転に切り換えて本部から渡された目標の星の資料を確認した。
星の外見、その世界に生きる生命達の画像が添付された詳細が記載されている資料……。しかし、ケロロはある資料で心を奪われてしまう。
資料の内容よりも添付されていた画像に写っていた機械的でヒーローっぽい杖のようなもの。それを構えてピンク色のエネルギー射撃をしている女の子の姿に心を奪われた。
スッゲー!
『何コレー!!めっちゃカッコイイじゃん!戦隊ヒーローごっこ出来んじゃんかよ!!』
『カッコイイですぅー。』
と誰かと叫び、興奮した気持ちを抑え切れなくなって画像に写る人と同じポーズを取った。
※
ここまでの記憶がロードされたところでケロロは右手を顎に添えて「う~ん。」と唸りながら首を捻る。
「なんだっけ……な~んかこの後あったんだよねー。」
〔ねー〕
〔ね-〕
〔ね〕
気の抜けたような語尾が洞窟の形状に反響し、音がどこかから抜けて聞こえなくなると同時に何か最悪な事態が起きた事も思い出しそうであった。
※
『えっと、脇に抱えるように左手で持ってー〔バキン〕右手で支えて……ん?』
『おい……ケロロ。貴様今、何をへし折った?』
誰かに言われ、手元を見下ろす。
手に抱えていたものは先端に赤い球体が付き、手に馴染むような触り心地でいてそこから細長い棒が生えたような形の物。
『なんだっけコレ?なんか、触ったことがあるような……。』
『ケ、ケロロ君……それ船の舵じゃ。』
そう、誰かさんの言うとおり。
これはまるでこの船の舵であるレバー……。
突然、身体から脂汗が吹き出しはじめる。
それは自分はやってはいけないことをしてしまったのではないか?という確率の高い推測で体温がぐつぐつと急上昇した結果。
『アッハッハッハーまさかーそんなことないよねー。』
『隊長さんよぉ。やべぇぜこりゃ、クーックックック。』
と口で明るく振る舞うが、誰かの煽る声で首は潤滑油の注されていないロボットのようなぎこちない動きになり……全員でゆっくりと舵の方を振り向く。
『…………』
どうにか最悪の事態になっていないかと問題の存在の可動部分を根本からゆっくりと視線を注ぎ、上へと移動する。
上へ……。
上は……。
上が……。
根本の少し上から舵はボッキリとへし折られ、ちぎられていた。
とゆうことは……。
『我輩がちぎっちゃったんだー。なーんだ、そっかー……ケロロォォォ!!』
『ケロロ貴様ぁ!!』
『軍曹さん!?』
『どんだけ、オンボロなんだかな。クーックックック。』
『と、とりあえず何とかしないとケロロ君!』
やってしまった。
悲痛なバカの叫びが宇宙船に響き渡るが船はもはや自動運転から切り替えることは出来ず。
ブリッジから見えてきた綺麗な曲線を形成している真ん丸の星……が。
かなりの速度で拡大、いや近づいており星の大陸の山、川、海がはっきりと確認できた。
やばい。とはもはや言っている時間も無く。
ケロロは何か大仕事を成し遂げた中年親父の気持ちが痛いほど解ってしまい……諦めた。
『……あぁ、アルマゲドンから見る星ってこんなに綺麗だったんだ。』
『何を諦めてるんだケロロォォ!』
誰かのツッコミを聞きながら星の美しさを噛み締めた直後、視界は真っ白に染まり轟音と共に……意識は途切れた。
※
完全に『自分の記憶(アルマゲドン)』という映画を見終わり、ケロロは背後を振り向く。
その先、視線が捉えたのは落盤し土砂で塞がれている洞窟の出口。
あの後、この星に船が墜落して衝撃でハッチが開き……自分は洞窟の中に投げ出され。
船がぶつかったからあの出口を塞いでしまったことは納得できた。
「ケロ……悔やんでいても仕方ないであります。それよりもー」
後悔の念が心を押し潰してしまいそうであったが、この洞窟はまだ先に続いていることを確認出来ていた。
その事実が心強く、自分の背中を押してくれる。
くじけることはせず、再び奥へと向き直って歩を進ませるケロロ。
「こんな洞窟に入ったら藤岡隊長もきっと取材を続けるに違いないであります!」
そう自身で勇気づけ、誰かさん達を忘れて奥へと進んでいった。
長く長くずっと同じ岩肌の洞窟であったが、先程から上から水が滴っていることからここはただの洞窟ではく、鍾乳洞であることが実感でき。
暗闇に視界が慣れていたこともあり、上を見上げるとたしかに永い年月で作られた岩肌が鍾乳石を形成している。
「ケロ……浪漫を感じるなぁ。」
自分が経験した思い出。生きてきた年数など、彼らに比べたらまだまだ年下なのでありますな。
と言い知れぬ感動が押し寄せ、ケロロ軍曹の心を清らかにしていった。
「まさにガイアの夜明け!ケロッケロッケロッ。いざ、すすーめー♪ケロッ?」
しばらく奥を目指して進んでいた自身の眼が最奥から差し込む光を捉え、この洞窟から脱出出来る可能性への期待を抱く。
なんとも言い知れぬ喜びが沸き上がり、ケロロは勇み脚で光の源へと走り出す。
「藤岡隊長、我輩現場に突入するであります!」
次第に光へと近付き、視界がだんだんと暖かい輝きに覆われながらケロロは光の中に突入していく。
「やったー、ワレ脱出成功セリ。でありまーす!」
〔りまーす〕
〔まーす〕
〔まーす〕
「ケロ……?」
ある意味脱出は出来たのかもしれない。
光の源を潜った先にあったのは何かの研究施設。
反響する甲高い声に気付いた白衣を着た男性が驚いた表情で小さな姿の宇宙人を見ていた。
「カエル……?」
最終更新:2008年07月17日 21:02