第一話『運命の車輪~ホイール・オブ・フォーチュン~』
どんな場所でも、一人くらいは絶対の信頼を置かれている人物はいる。
時空管理局では“エース・オブ・エース”の高町なのは一等空尉等がそれに当たるだろう。
ここミッドチルダ南部にもそんな人物が一人。
だが、その人物の素性を外部の人間が聞いたら驚くのではないだろうか?
男の職業はギャング。
裏の世界の住人が一般市民に親しまれている。
この嘘の様な状況が成り立つのは、ひとえに男の人徳の所以だ。
男はギャングであったが堅気に迷惑を掛けた事は一切無い。
恐喝、闇金、麻薬、人身売買。
これらの全てを男は忌み嫌い、それを行う者全てを許さなかった。
男は決して法を破る事は無い―――
同業者以外の者にではあるが。
ならば何故、男は自らをギャングと呼ぶのか?
理由は単純。
男が他の組織を次々と潰して乗っ取っているからだ。
自分達に害を為すギャングを潰してくれてる上に、本人は人格者。
そんな男を嫌悪する一般市民がいるのだろうか?
彼の人気ときたら法の番人である管理局ですら彼に手出しできないほどであった。
局員の多くがテレビにしか存在しないと思っていた正義のヒーローを敬い。
ギャングと癒着して甘い汁を吸っていた者ですら、市民の反発を恐れて彼を見逃す羽目になっていた。
男がここへ来て半年。
南部にあるほとんどの組織は男によって解体され、市民の心もがっちりと掴んでいた。
男の名はブローノ・ブチャラティ。
ギャングでありながら、最もギャングを嫌う矛盾した存在。
そんな彼の事務所には今日も客人が二人。
「ブチャラティさん! 受かった! Bランク試験受かったよ!」
「そうか、そりゃよかったな」
「まぁ、ギリギリだったんですけどね……」
「それでも合格は合格だ。どれ、ケーキでも奢ってやろう」
「はいっ!ご馳走さんです」
事務所の扉を割りかねない勢いでやってきた来訪者。
はしゃぎながら入ってくる青と、落ち着いた様に見せようとするも今一喜びを隠しきれない橙。
一応ギャングのオフィスであるはずなのに二人は堂々と入ってゆく。
椅子に座って、なにやら地図を眺めているブチャラティ。
彼ももすっかり慣れたの様子で二人に対応する。
「あっ、ちょっと待っててくださいね。お茶淹れますから」
少女、ティアナ・ランスターがお茶を淹れようと走るのを制止するもう一人の少女スバル・ナカジマ。
「はははっ。ティアったら聞いてなかったの?
ブチャラティさんがケーキを奢ってくれるんだからお茶は淹れなくていいのよ」
スバルに指摘されて真っ赤になるティアナ。
彼女も十分すぎるほどに舞い上がっていたという事だ。
それを認めたくないが故にティアナは苦しい嘘を重ねる。
「聞いてたわよ!でもね、行く途中に喉が渇くかもしれないじゃないの!?」
だが赤面したままの言い訳は逆効果となり、ついついブチャラティも笑ってしまう。
「ちょっと、ブチャラティさんまで笑わないでくださいよ!」
「すまんな。二人が微笑ましくてつい」
「そうやって私をからかう~」
そうやってむくれるティアナであったがブチャラティにはそんな意図は微塵も無い。
本当に彼は微笑ましく思っているのだ。
かつての仲間と同年代の彼女達が楽しそうにしていることを。
「ほら、分かったからさっさとケーキ屋に行くぞ。
スバルもあんまりティアナをからかうな」
「「はーい」」
ケーキ屋の途中で彼はすれ違う人々のほとんどから挨拶されている。
当たり前のように通行人たちと挨拶を交わすブチャラティを感心の目で見る二人。
「……やっぱり凄いですね」
「本当にビックリするよ。ブチャラティさんの人望には」
「散々派手にやっちまったからな。いやでも目立っちまうだけさ」
ケーキ屋までは徒歩で片道20分はかかる。
なんだかんだで話は流れて、Bランクの取得試験の話へと飛ぶ。
「それでね、私の憧れのなのはさんが目の前に立っててね」
「はいはい、アンタは興奮しすぎなのよ。ブチャラティさん困ってるでしょ?」
「いや、俺は大丈夫だ。続きを聞かせてくれないか?」
「それで、怒られたんだけど二次試験の権利をくれてね。それに合格した訳ですよ!」
「スバルらしい話だな」
嬉しそうに合格までの経緯を語るスバル。
それをたしなめながらも、さり気無く自慢気に話すティアナ。
二人の会話に基本相槌を打ちながらもちょくちょく質問を入れるブチャラティ。
実に平和な三人。
だが目的地のケーキ屋まで約半分。
スバルの声のトーンが急に変わった。
「それでね…私達、なのはさん達が創立する新部隊に転属する事が決まったの……」
俯きながら話すスバル。
そんな彼女を見てられなくなったのかティアナが話を引き継ぐ。
「で、機動六課。私達の転属先なんですが……中央区にあるんで、しばらくお別れになってしまうんですよ…
すみませんね、食事前にこんな暗い話題しちゃって……」
唐突に告げられたしばしの別れ。
ギャングになり幾度も体験してきたそれはまたしても訪れる。
暗い沈黙だけが三人の周りを覆っていた。
そしてたどり着いたケーキ屋。
それぞれが好みのケーキを頼み、席に着く。
そこでスバルが口を開いた。
「ブチャラティさんが管理局……機動六課に入れば解決するんじゃないかな?
ほら、前に見せてもらったスタンドさえあれば十分やってけるよ?」
一抹の期待を掛けたその言葉はあっけなく打ち破られる。
「すまないが俺は裏の世界の住人……管理局みたいな表舞台に出るのには相応しくない」
「そんな事ありません!あなたは…あなたほどこの地区の為に生きてきた人を私は知らないです!」
「ありがとうティアナ。だがな、まだこの町のギャングは全て潰してない。
潰すだけなら管理局でも出来るかもしれない。
だがな、ギャングはその程度じゃ始末がつかねぇんだ……
後始末までキッチリやって完全に被害者を無くす、これは俺にしか出来ない。分かってくれ」
「でもッ!でもッッ!!」
必死で反論しようとするスバル。
だが、ブチャラティはそんな二人を怒鳴りつけた。
「でも何だ!?お前ら甘ったれてるんじゃねぇぞ!!
その機動六課とやらは自分で選んだ道なんだ!俺一人位は切り捨てて見せろ!!」
「ッッ!」
今にも流れ落ちそうになる涙を必死に食い止める二人。
ブチャラティはその間にも店員に金を支払って店から出ようとする。
店員も止めようと思ったが止める事はできなかった。
ギャングの持つオーラ。
普段の温厚で親切な彼からは想像できない殺気が店員の口を止めた。
「すまんな、騒ぎを起こしちまって。これで勘弁してくれないか?」
店員に謝罪しながら、実際の代金とは零が一つ違う料金を差し出すブチャラティ。
「ああ、あんまり気にしすぎる事は無いぜ」
「感謝する」
奥から店長が出てきて、ブチャラティからお札を受け取る。
ゆっくり開く自動ドア。
そしてブチャラティは外へと出て行った――――
☆ ★ ☆
いたたまれない空気に耐え切れずに店から出てゆく人々。
残された二人は暫らく無言を貫いていた。
20、30分は続いた痛々しい沈黙。
それを破ったティアナがポツポツと話し始める。
「私達…情けないわね」
「そうだねティア……私達はマンモーニだったのかもしれない」
「でも、ここで止まっちゃ私達は本当のマンモーニになっちゃうわよね?」
「うん!行かなくちゃ!行かなくちゃきっと私達は一生弱いままだ!」
「で、ブチャラティさんの行く先はわかんの?」
「うっ…………す、隅々から探せばいいんじゃないかな~なんて…」
「はぁ~。実際それしかないのが辛いところよね」
そういって店から飛び出る二人。
二人の目には既に迷いの色は消え去っていた。
いや、迷いどころか他の事は全く目に入らないらしい。
支払いを完全に忘れていた彼女達の幸運は、ブチャラティが既に代金を払い終わっていた事だろう。
走り続ける二人の脳裏に浮かぶのはあの日の出来事。
命を救ってもらったあの日。
自分達の正義を再確認させてもらったあの日。
そして、ブローノ・ブチャラティという名の正義に出会わせてもらったあの日。
二人はブチャラティに会って何を言うのかは決まってない。
だけど何か言わなくちゃいけない。
言わなかったら彼とは永遠に会うことが出来なくなる。
そんな気がしていたのだ。
ブチャラティさん、私達謝る!
これからは自分の覚悟を曲げるような事は言わない!
だから、だからこれがお別れなんてやめてよぅ……
そうよ!私達にはそれぞれ夢があるの!
あなた一人と別れる位は耐えて見せるわ!!
だから、だから最期くらいはきっちりと……ね?
☆ ★ ☆
やっちまったな…
だが後悔はしていない。
あの程度で潰れるようならアイツらはそこまでだ。
だがな、俺は二人に期待してるんだぜ?
これで成長してくれるといいんだがな……
ここで自分の面倒見のよさに苦笑するブチャラティ。
ジョルノ達は……
いや、俺の部下と比べるのが間違ってるな。
逆にアイツらは面倒の見甲斐が無さ過ぎる。
普通の15、16歳は彼女達みたいな感じなんだろうけどな。
どうも血生臭い世界に浸ってた所為で一般的な感覚が麻痺っちまってるみたいだ。
多少郷愁に浸りそうになるもようやく現実世界に帰ってくる。
しかし、彼は少々後悔した。
ここへ来てからはまだ日が浅い。
その上、現在地は謎の草原。
更に悪い事に、先ほどまで晴れ渡っていた天気は急変して、今にも雨が降りそうであった。
いや、降りそうなのではなくてもう降り始めていた。
ピシャ―ンという音を立てて落ちてくる雷。
彼だってイタリア人。
自分の身嗜みには非常に気を遣っていた。
そんな彼が自分の一張羅がずぶ濡れになるのを好むはずが無く、彼は巨木の下へと避難する。
その巨木の元に入った途端に、待ってましたとばかり大雨が降り出す。
困った事になったな。
これがブチャラティの素直な感想であった。
ここ最近の疲れが溜まってきてる上に、今日はずっと歩き続き。
そんな環境で疲れないはずが無い。
彼の体にはずっしりと睡魔がのしかかっていた。
そんな彼の指先が、よっかかっている木の傷に気が付く。
何となく気になって振り返りその傷を見る。
『FATE TESTAROSSA』
汚い字で彫られたそれは恐らく人名。
運命の名を冠する子供が何らかの機会にこの木の下で彫ったもの。
運命……か…
運命に翻弄されながらも最期まで抗い続けた自分の短い人生。
思えば…色々とあったよな
父と母の離婚 父についてゆくと決意した自分
恐らくここで俺の運命はある程度決まったのだろう
麻薬の取引に巻き込まれた父 病院に送られた父 報復に来るヤクの売人達 初めて人を殺した自分
そして…これが俺の人生最大の転機
パッショーネへの入団 スタンドの発現 個性的な部下達
……麻薬を売る組織への失望
ゆるやかに死んでゆく俺 ジョルノとの出会い 幹部への昇進
俺らのチームにジョルノという名の黄金の旋風が吹き込んだ
ボスの娘の護衛任務 ボスの裏切り ボスへの反逆
これが原因で俺は死んだ……だが俺は後悔してない…
あんな世界でも俺は自分の信じる道を歩いてゆきたかった…
再び宿した生 倒れてゆく仲間達 鎮魂歌
そして……二度目の死
俺は遂に運命を解き放つことに成功した
だが運命はそう簡単に俺を解放するつもりが無いらしい。
またもや俺は生を得る事となった。
それも異世界でだ。
自らの運命を頭の中で再び辿っていったブチャラティであったが、遂に睡魔に負けてしまったらしい。
スティッキー・フィンガーズの能力を使い、木に即席でベッドを作った。
何となくであったが名前の彫ってある部分を避けてだ。
名前の部分をあえて避けた理由は彼にも分からない。
彼の取り付けたジッパーなら完璧に復元できる。
頭の中では理解していても心が、フェイトとテスタロッサの文字を一時であっても切り離す事を拒んだのだ。
そして眠りに着くブチャラティ。
彼は果たして如何なる夢を見ているのだろうか?
眉一つ動かさないその寝顔からそれを察する事はできない―――――
To be contenued……
最終更新:2022年08月25日 22:11