ふと右を見ると視界に入るのは黒髪の頭。
自分が今顎を乗せているのは人の肩。
服越しに感じる背中は暖かくて、ある程度筋肉が付いてるという事が服越しからも分かった。
これらの状況を総合して考えてみた。
…自分は見知らぬ男性にオンブされている?
「うわぁ!えっ!?ちょっ?」
赤面して慌てだすスバル。
その様子からは先ほどの戦闘の勇ましさは微塵も感じられない。
彼女だって年頃の少女。
若い男性にオンブされたら当然恥ずかしいだろう。
そんな彼女の様子を知ってか知らでか声をかけるブチャラティ。
スバルが恥ずかしがっている事に多分彼は気が付いていない……
十五歳の少女に対して『トイレが無いから穴を開けた。誰も見てないからそこで用を足せ』と平然と言ってのけた男だ。
女性に対するデリカシーなど彼には関係の無い事なのだろう。
「起きたか」
「はい。え~っと、貴方があたしを助けてくれたんですか?」
問いかけに対してブチャラティは返事を返さなかった。
スバルはそれを肯定として受け取る。
「もう一つ聞きますね。倒れてる親子はどうなったんですか?」
「俺が救急車を呼んでおいた。見る限り命に別状はないだろう」
その返事を聞いて安心するスバル。
だが、一つの事を思い出し戦慄する。
「ちょっと待ってください!あの親子は狙われてるんです!
あたしが戻って警護しないと!」
先ほど襲ってきた男。
彼の脅威は早々忘れられるものではない。
スバルは必死な口調でブチャラティに訴える。
「大丈夫だ。ヤツが君やさっきの親子を襲う事は無い……永遠にな」
スバルは安堵した。
しかし心の底で何かが引っかかっている。何かが。
しばしの思考。
そして彼女は理解した。
ブチャラティの言った“永遠”という単語、そして先ほどの沈黙。
つまり彼は――
「貴方は…貴方はあの男を……」
声が震えてここから先が言えない。
彼の返事がどうであれ、言ってしまったらもうあたしの中では確定事項になるだろう。
自分を背負っている男、彼が人殺しであるということは。
できれば返事を聞きたくはないと思った。
だけど真実を知る義務がある。見てみぬ振りをして生きてゆく事などスバルには不可能であった。
なのでスバルは勇気を振り絞って尋ねた。
「殺し…ましたね?」
言ってしまった。
ドラマの刑事達が現実にいたら常にこんな思いをするのだろうか?
心臓の鼓動が止まらない。
先ほどの戦闘よりも汗が酷い気がする。
怖い怖い怖い
目の前にいる恩人であろう人が、あたしを助けるために人を殺したと考えるのが怖い。
犯罪者とはいえ、自分の弱さの所為で人が死んだというのは認めたくない。
体が震えて足に力が入んない。
お願いです……早く返事をしてください。
私の心が潰れてしまう前に。
男の人が私を背中から降ろす。
降ろした後に振り返りあたしと対面する。
あたしの身長より高い位置から私の顔を見つめてくる目はとてもまっすぐだった。
「ああ、俺がヤツを始末した」
“始末”この言葉を聞いた途端、あたしの目の前が真っ黒になった。
やっぱり目の前の人はあの男を殺したのだ。
あたしからこの人に何と言うべきなのだろう?
この人殺し?助けてくれてありがとう?
違う。
そんな事を言うべきではない。
今、最優先で聞くべきことはこれだ。
「なんで…なんでその人を殺したんですか?」
「何でだって?俺はギャングでアイツは抗争中の組織の組員。
この世界にいる以上、殺し殺されは当然だろ?」
人を殺したことを平然と肯定された事に焦りの色が隠せないスバル。
初めて会うタイプの人間に対して何と言っていいのか分からなかった。
「でも……」
なんとか反論しようと口を開いたが言葉が出ない。
そんな彼女に対してブチャラティは問いかける。
「俺に噛み付くのもいいんだが仲間のほうは大丈夫なのか?
さっきから寝言で『ティア』って名前をずっと呼んでたぞ」
ブチャラティの言葉にハッとするスバル。
目の前に出てきた男と謎の能力。そして、その男を屠り去ったもう一人の男
生まれて初めて出会う事態の連続に彼女はパートナーの危機を忘れていた。
「ごめんねティア。今すぐ向かうから」
この場にいない彼女に謝罪して、デバイスに魔力を込める。
込めながらスバルはブチャラティを見た。
さっきの男の話が本当なら、ティアもまだ負けては無いだろうが結構ピンチなはず。
しかし、あの男に負けてしまったあたしだけで行っても大丈夫なのだろうか?
先ほどの敗北が軽く心に住み着いてしまっている。
この男の人。
あたしが勝てなかった相手に無傷で勝利したらしい。
戦力としては申し分ないだろう。
―――だけど
この男が再び相手を殺さない保証は無い。
あたしは気絶していたせいか、ショックは受けたものの今では少し落ち着いてきてる。
でも目の前で人が殺されるのを見たら?
別に人が死ぬのを見たことがあるわけではない。
実際にあたし達の職場は人の生死を賭けたものだ。
当然、全ての人を助けられるわけでもなく、今までに何度も挫折しかけたがその度に立ち上がってきた。
だけどやはり殺人は別物だと思う。
人が人を殺す。
それは悪人相手でもあたしは許せるものでは無いと何となくだが感じている。
それでも……ティアの安全には変えられないのかな?
最低なエゴだって事は自分でも分かってる。
だけどやっぱりパートナーとして友人として彼女を見殺しにするわけにはいかない。
覚悟を決めたスバルはブチャラティに話しかける。
「今からさっきのヤツの仲間のところにいくんですけど……一緒に来ますか?」
「そりゃ、俺としては是非とも付いて行かせて貰いたいが……いいのか?
さっきも言ったが俺は人殺しだぜ?」
「殺人を許す気にはなりません。けど、なんとなく貴方はいい人だと思うんです
だから……できれば次は殺さないでくれませんか?」
強い意思を瞳に宿らせたスバル。
ブチャラティはその瞳の中に確かな正義を見た。
ジョルノやミスタ、トリッシュにフーゴ。そしてアバッキオとナランチャ。
かつてのチームメイト達とよく似た瞳の輝きを――
「分かった、出来る限り殺さないように努力はしよう。
……おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。
俺の名はブローノ・ブチャラティ。まぁ好きな風に呼んでくれ」
「あたしはスバル・ナカジマです。よろしくお願いしますねブチャラティさん」
そう言って自分の右手を差し出すスバル。
ブチャラティに協力を取り付ける。それも極力殺しは無しでという好条件でだ。
完璧というわけではないが、ある程度上出来であった交渉に満足げな顔は隠し切れなかった。
差し出された右手を掴むブチャラティ。
「じゃあ、行きますね!」
今度は逆にスバルに背負われるブチャラティ。
想像してほしい。
身長180センチ近い二十歳の男性が155センチの少女に背負われる姿を。
正直滑稽なんてレべルでは無かったのだが悲しい事に本人たちは至って大真面目だ。
こうして夜の街をスバルは走って行く。
背中にブチャラティを乗せて。
☆ ★ ☆
スバルに念話を送ったティアナはサーレーと対峙していた。
周りには倒れている隊員が五人、サーレーの足元には隊長。
計六人を完全に人質をとられている状況にあるティアナ。
動くに動けない彼女に対してサーレーは余裕の表情で話しかける。
「いい加減話してくれてもいいんじゅあねぇか?
大丈夫、お前の仲間にも絶対に危害は加えないぜ?」
不利すぎる彼女にに交渉を持ちかけるサーレー。いや、これは交渉などではない。
教えなきゃ仲間の命も保障しないという只の脅しだ。
「あのさぁ。俺は女とやりあうのとかあんまし好きじゃないんだよ。
喋ってくれたら誰にも怪我させないからさ。いいだろ?」
前半の軽い調子から急に声のトーンを変えるサーレー。
恐らく前者は本心であろう。
しかし、彼の本性が現れたのは後者である。
やりにくい相手でも敵であるならば容赦しない。
ミッドチルダへと来る前は只のチンピラであったサーレーだが、ギャングとしての資質は十分にあったようだ。
「あなた頭脳が間抜け?こっちも仲間に手出しされて物凄く腹が立ってるの。
今更そんな脅しに屈するとでも思ったわけ?」
先ほどまで挑戦していた時間稼ぎは既に諦めている。
彼女がどんな質問をしようとも相手は親子の居場所を教えろの一点張り。
いつ仲間に手出しされてもおかしく無いこの状況だったので、相手の気を引こうと挑発をするティアナ。
「ワリィが挑発に乗る気はねぇぜ?
一度調子に乗りすぎて痛い目に遭っちまったからな」
ティアナの挑発にも至って平然とした様子で返事をするサーレー。
自身のスタンドに対する絶対の自信。
己の精神力を糧としているスタンド使いにとっては自分の能力に自身を持つのはとてもプラスとなる。
だが、行き過ぎた自信は判断力を鈍らせて敗北へとつながる。
グイード・ミスタとの戦いで得た経験を元に彼は慎重になった。
今の彼には油断も慢心もほとんど無い。
――そう、ほとんどないという事は一応は持っている事となる。
残念ながら人間の本質というものは生涯変化しないというのが普通だ。
つまり彼がいくら改めようとしても、何処かに隙は出来てしまうのである。
この場合の彼の油断は、倒した隊員達をクラフト・ワークで地面に固定しなかった事。
ティアナの銃口がこちらを向いていなかったので全く警戒しなかった事だ。
銃口を背後へ向けるティアナ。
明らかに不審な行動であるのにサーレーはそれを気に留めない。
ゆっくりと引き金に手をかけるティアナ。標準は自分の真後ろにある家。
出来る限り目立たないようにコッソリと溜めていた魔力弾。
今までのスローな動作とは真逆、神速で引き金を引いたティアナ。
オレンジ色の魔力弾が銃口から発射されターゲットへと飛ぶ。
サーレーが飛んでゆくそれに気が付いたときはもう手遅れ。
火事によって脆くなった家がその衝撃に耐え切れるわけも無く……
失敗した達磨落としの如く着弾地点から見事に崩れ去った。
発生した煙に紛れ込むティアナ。
これでサーレーは完全に彼女の姿を見失う事になる。
普通ならそこで彼女を探そうと血眼になり煙の辺りを凝視するであろう。
それでも彼は慌てない。
罠の可能性を懸念して彼女を迎撃する体勢をとる。
冷静にスタンドを発現させて小石を拾わせた。
只の小石であろうとも近距離パワー型が投げれば必殺の兵器へと変わる。
彼のスタンド、クラフト・ワークの精密動作性は他の人型に比べるとやや劣るのだが、人間に小石をぶつける位なら容易い。
続く膠着状態。
もし気絶している隊員が目覚めたとしても何も出来ないであろう緊迫感。
どちらが先に折れるのか?
そんな疑問は考えるまでも無かった。
煤まみれの姿で家から飛び出すティアナ。
髪の毛も肌も真っ黒で目も当てられない姿になりながらもデバイスを構える彼女を小馬鹿にするサーレー。
「おいおい。策も無しに燃え盛る家に突っ込んだのかよ?
お前こそにクサレ脳みそなんじゃないか?」
反論の余地が無い。
だからティアナは言葉ではなく行動で示した。
デバイスから放たれる魔力弾達。
先ほどの一撃からごり押しではどんなに魔力を込めようと無駄だと悟った彼女は、威力を殺してでも連射に集中する事にした。
少しの時間差はあるといえど視界のほぼ全てを覆う魔力弾。
その光は真夜中であるはずの庭を明るく照らし上げた。
目の前に迫る橙の壁。
サーレーはあくまでも冷静に手に持った小石を大きく振りかぶり―――――
思いっきり上へと投げ飛ばした!
不思議そうな顔をしながらも勝利を確信した笑みを浮かべるティアナ。
彼女はまだ理解していなかった。スタンド、クラフト・ワークの能力を。
自分の魔力弾が何故草程度に止められたのかを。
空中五メートル程の位置で制止する小石たち。
石を投げ終えた直後にクラフト・ワークはサーレーの背後に回る。
そのまま寝そべった人を腕の中に収める形、いわゆるお姫様抱っこの体勢でサーレーを抱えたクラフト・ワーク。
完全に腕の中にサーレーを収めた後、ゆっくりと膝を曲げる。
魔力弾の到達まで残り数秒。
関節の限界まで膝を曲げきったクラフト・ワーク。
そして、曲げいた足の力を全て使って………跳躍した。
足を伸ばしきったポーズのまま中を舞う。
小石の上に着地。
ほぼ同時に丁度一メートルほど下を魔力弾が駆け抜けた。
「残念だったなぁ!
ところでお前らの隊長は大丈夫なのかな?さっきの魔力弾がモロに当たっちゃったんじゃないの?」
攻撃をかわした余裕。
敵の切り札を完全に潰した高揚感が彼を饒舌にさせた。
調子に乗り切ってるサーレーを見ながらティアナは冷たく言い放つ。
「大丈夫よ。非殺傷設定にはしてるし、気絶してるから痛みも感じてないんじゃない?
むしろいい目覚ましになったかもしれないわね」
冷たく言い放った彼女の様子に酷く驚くサーレー。
見るからに甘ちゃんだったさっきとは違う。
コイツは俺を倒すために味方を切捨てる覚悟がある!
彼は心の中でティアナの評価を修正した。
「それと……アンタの能力は大体分かったわ。
“物を空中に固定する”こんな感じの能力でしょ?」
「さぁな。自分のスタンド能力をそうそうばらして貰えるとでも思ったのか?」
いつに無く真剣な顔をするサーレー。
スタンド能力を解除して再び重力に縛られた小石と共に落下してゆく。
ふわり、ジャンプするときと似たようなポーズで地上に戻ってきた。
ん?
何かが違う気がする。
目の前の女の姿はさっきと全く変わっていない。
だが、景色に致命的な違和感を感じる。
このモヤモヤの正体は何だ?
そこで気が付いた―――
いないのだ。
奴らの隊長も、気絶していた連中も。
あの女が助けたのか?
いや、ありえない。
ヤツはずっと俺と対面していた。
仲間を助けるために動き回れるはずが無い。
やっぱりヤツの仲間か?
訳がわかんねぇ……
★ ☆ ★
ここからは家に突入後の出来事をティアナ視点で振り返りたい―――
燃え盛る家の熱があたしに襲い掛かる。
バリアジャケットは防火服として働いているが暑いものは暑い。
でも、ここで出て行くわけには行かないんだ。
ヤツの能力は謎。
人型をしてた事とスタンドと呼ばれた能力である事。
草を毟る動作の素早さから、人間を遥かに凌駕していることは分かった。
だけど、ファントムブレイザーを止めたアレがなんなのか見当も付かない。
これから総合したあたしのやるべき事は三つ。
近接戦闘が得意なスバルが来るまでの時間を稼ぎつつ、隊員を救助する。
……そして、やつの能力の謎を解き明かす。
頭の中で作戦を組み立ててゆく。
あたしの手駒。相手の思考、戦力。倒れていた味方の位置。
現在の情報を些細な事まで叩き込み整理する。
出来た。
ただしこれは大きな賭け。
この作戦が成功してもあたしの魔力は間違いなく空っぽになる。
だから、救助成功からスバル到着までにグループの皆が起きないと終わりだ。
けど……この男を見逃す訳には行かない。
煙に紛れて脱出。
近くにある木の陰に紛れてフェイクシルエットを発動。
同時に、煙で隠れている隊員たちをデバイスから打ち出されてゆくワイヤーで釣り上げる作業を開始。
魔方陣から生まれてきた自分の幻影を再び家の中に潜入させる。
ふと自分の腕を見てみた。
煤まみれである。
幻影に煤は付けただろうか?
いや、絶対に付けていない。
アイツはそれを不審に思うだろか?
……分からない。
だけど、万全の姿勢でこの作戦は行わなくてはならない。
意外な盲点に気が付いて大慌てで自らの幻術に煤を付けた。
煙が薄れてゆくのを確認。
既に隊長以外の全隊員の救出に成功したが、隊長は男の足元なので気づかれずに救出できない。
だが、それは承知済み。
隊員を救出した事を悟られないため、幻影を隊員達が倒れていたのと逆方向から脱出させる。
相手が馬鹿にしてくるが無視。
あたしだってその位は気が付いてるに決まってる。
かなり舐められたものだ。
幻影の魔力弾を打ち出す。
低威力とはいってもこれだけの量を一気に打ち出すのは至難の技。
普通の魔導師なら違和感を感じるだろう。
普通の魔導師だったら……
「お前もスタンドが見えるんだな」
さっきあの男が言ったセリフだ。
何気ない発現であろうそれに、男の素性を一つだけ見つけることが出来た。
“お前も”という事は普通の人には見れないが、一部の人には見ることが出来るという事だ。
その一部というのは誰であろうか?
状況的に考えてあたし達チームしかありえない。
では、あたし達チームと一般人の違いは?
これも簡単な問い。答えは魔法が使えるということだ。
つまり、あの男は魔道師相手にスタンドを見せた事が無い。
魔導師との戦闘は今回が初めてであるという事だ!
だからこの時ばかりはリアリティよりもハッタリを優先させた。
その賭けは成功。
まさか避けられるとは思わなかったが時間稼ぎになったので結果オーライ。
隊長も問題なく救出に成功。
……あとスバルの救出待ちね。
安心しすぎて気が抜けたか、魔力が底を尽きたのか幻影が消えた。
「!?」
慌てて何とかするも既に手遅れ。
どうやら相手側に気付かれちゃったみたいね……
★ ☆ ★
急に目の前から溶ける様に消えていったティアナ。
サーレーは理解した。
さっきから自分は幻影に踊らされていたということを。
「はめやがったな畜生!」
イラついた様子で庭木に八つ当たりするサーレー。
怒りに任せたクラフト・ワークの一撃。
当然哀れにも殴られた木は真っ二つとなった。
「俺が見た限りだと親子を連れたヤツは裏から出たって事だよな?」
返事をするものは誰もいない。
気にせずに自己解決により家の裏手へと回ろうとするサーレー。
魔力は空。体術には自信が無い。
状況は圧倒的に不利、いや、自殺以外の何者でもない行動であった。
それでも時間稼ぎのため、隠れていた木の陰から飛び出して彼の前に立ちふさがったティアナ。
ティアナの姿を確認したサーレーが吼える。
「おい!また幻影だとはいわねぇよな?」
「ええ、もちろん。あたしは本物よ?」
返事を聞いて満面の笑みを浮かべるサーレー。
彼の笑顔にティアナは体が硬直してしまう。
笑顔では隠しきれない……むしろ笑顔によって内なる怒りが強調されているようだった。
「さっき女とは戦いたくは無いって言ったがな前言撤回だ。
今はお前をぶん殴りたくてたまらねぇ!」
叫ぶやいなや、ティアナの腹にクラフト・ワークによる右ストレートが決まった。
「がっ!ごほっ!ごほっ!」
「大丈夫、死なない程度に遊んでやるよ。
俺の怒りが納まるまではな!」
咳き込みながら、胃袋の中身を吐き散らすティアナ。
だが、サーレーは許す気配が無い。
「おらぁ!もう一発ッ!!」
今度も腹。
胃袋の中には吐き出すものが残ってないティアナは次に吐いたものは血であった。
「ふぅ、女をいたぶるのは趣味じゃなかったんだが案外楽しいかもしれねぇな」
下卑た笑いが顔に張り付いているサーレー。
「あん……た…最低………ね…」
息も絶え絶えになりながらも屈することなくサーレーを罵る。
(ごめんねスバル。今はあたしがサンドバッグになって時間を稼いでるけどそろそろ限界みたい。
あぁ、あたしの夢は結局叶わないのかな?ごめんね兄さん……)
もう何発殴られたか分からない。
バリアジャケットがあろうとも近距離パワー型の力には耐え切れない。
ボロボロのティアナに止めを刺そうと右手に力を込めるクラフト・ワーク。
「あばよ!あんたみたいな美人は出来ればプライベートで関わりたかったぜ」
死が近寄ってくる。
覚悟を決めたティアナは目を離さない。
これが彼女の最期の抵抗。
飛んで来る拳。
死の間際には世界がスローに見えるという話は本当だったらしい。
実際は光速で飛んできてるであろうそれがハッキリと視認できた。
ゆっくり、そして確実にあたしに訪れる死。
賭けはどうやら負けみたい―――
視界の右側に何かが映った。
スローモーションであたしの視界の中央にやってくるそれは人の腕。
そして、その腕があたしの眼前に迫っていた死を食い止める。
助かった。
その事を確認すると共に世界がスピードを取り戻す。
朦朧とした意識の中で見たもの。
それは、こちらへ駆け寄ってくる友の姿。あの男と対峙する謎の男。
現状を把握しようとするも頭が働かない……
『スバル……怪我…しな…い………でね……』
伝わったかどうかも分からないメッセージを最期にあたしの意識は途絶えた。
To be contenued……
最終更新:2008年08月03日 10:35