Strikers May Cry:2008/08/06(水) 21:08:01 ID:g3ny6sBU
魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第十三話 「脱出(前編)」
「うおらあぁぁぁぁあっ!!!」
少女の澄んだ声が響き渡り、同時に彼女の繰り出した鋼の蹴りが目標となった青白き異形に叩き込まれた。
人型を呈した異形の頭部に、少女の身体が独楽の如く回転し遠心力をたっぷり込めた鋼鉄の足先が蹴りを繰り出して突き刺さり深くめり込む。
少女の体重と跳躍そして高速の回転動作の力を乗せた蹴りの威力は凄まじく、異形の身体はその衝撃に耐え切れず即座に崩壊。
人外の化け物の身体は粉々に砕け散り、ガラスのような結晶となって宙に散った。
オーグマン、それがこの滅びた異形の呼称であり分類である。
異形の化け物を砕き殺した赤毛の少女は勝利の余韻に酔い痴れることもなく、蹴りの勢いをそのまま利用して着地と同時に加速、脚部のローラーブーツ“ジェットエッジ”が軋みを上げて疾走した。
彼女の相対した異形の敵は今しがた滅ぼしたこの一体だけではない。
離れた場所からこちらに狙いを定めた砲門が唸りをあげて砲火を開放する。
無数のランチャーが推進剤の軌跡を残しながら高速射出、着弾と同時に炸裂して爆炎を上げ凄まじい破壊の歌を響かせる。
少女は自身の能力で作り出した空を駆ける道“エアライナー”の上をローラーブーツの最大加速で駆け抜けて火の雨を掻い潜った。
容赦なき敵の攻勢に思わず彼女の口からは毒が漏れる。
「チキショウ! これじゃキリがねえじゃねえか!!」
突如として現れた敵の攻撃に仲間と分断され、少女はたった一人で異形の敵の只中を駆け抜けていた。
少女の名はノーヴェ、戦闘機人ナンバーズの9番である。
オーグマンの奇襲によって、他のナンバーズとはぐれたノーヴェは脱出の為に地下最深部にある緊急用脱出区画へと一人で向かっていた。
だがノーヴェは運悪く、資材搬入用通路で大量の敵に囲まれ窮地に陥る。
ノーヴェは、ランチャー化した両手を持つオーグマン“70mmフィンガーズ”が放つランチャーの雨の中を縫うように駆けて回避。
爆炎にボディスーツのあちこちを焦がされながらも直撃だけは避けて反撃の機会を伺う。
そんなノーヴェの眼前に今度は鎌の手を持つオーグマン“デス・サイズ”の振るう凶刃が宙に鮮やかな刃の軌跡を残しながら迫る。
狙うは無論ノーヴェの白く美しい首筋、異形の刃が鮮血を求めて高速で踊った。
「はぁっ!!」
ノーヴェがその澄んだ声で発した掛け声と共に喉元に迫った凶刃を跳躍して回避。
跳躍の慣性に従いノーヴェは空中で縦方向へ回転、逆さになった姿勢で手のガンナックルを使い至近距離からオーグマンの脳天を撃ち抜く。
閃光と共にオーグマンの頭が砕け散り、身体共々青白い結晶となって宙へ消えた。
ノーヴェは宙でそのまま新たなエアライナーを形成、着地して次なる敵へと照準を定めようとする。
だが、遂に敵に魔の手が彼女に迫った。
ノーヴェの進行方向の先に、まるで先読みしたかのようにオーグマンの放ったランチャーが殺到。
この狭い空間ではエアライナーを駆使した彼女の回避にも限界がある、敵の数が多ければなおさらである。
数発のランチャーが迫る光景にノーヴェはその金の瞳を大きく見開く。
まるで世界がスローモーションになったような錯覚、極度の緊張と集中が生命保全の為に活動して脳内の情報処理を加速。
ノーヴェは足元に展開していたエアライナーの軌道を修正、急激なカーブを作り出しランチャーの効果範囲から回避しようとする。
戦闘機人の少女は強烈なGを全身に感じながら強引に進行方向をシフト。だが時既に遅し、彼女が安全圏まで達する前にランチャーは盛大に爆発した。
舞い上がる爆炎、散華する破片、少女の身体はまるで人形のように吹き飛ばされる。
「きゃあぁっ!!」
普段のノーヴェの口からは決して漏れないような可愛らしい悲鳴が上がり、その身体が床の上を面白いように転がった。
少女の身体は床の上を転がり、強い衝撃に大きな音を立てて壁に勢い良くぶつかる。
「かはぁっ!」
硬い通路の壁に打ち付けられて全身を強打し、少女は僅かに血の混じったものを吐き散らす。
鮮やかな朱が少女の白く美しい顎先から首筋を汚し、そのしなやかな肢体もまたあちこちが裂けたボディスーツの合間から流れる鮮血で飾られた。
数的優位、圧倒的な多勢による蹂躙にノーヴェは力なく倒れ付す。
「くそっ……」
苦痛に喘ぎ、荒い吐息を吐き漏らしながら少女は震える足で必死に立ち上がろうと足掻く。
常人ならば骨格に致命的な破損をもたらしかねない衝撃に耐えただけでも大したものだが、既に彼女から戦闘力は削がれている。
しばらくの間は高性能な人造三半規管も役には立つまい、そしてそれが機能を取り戻した時にはもう遅いのだ。
倒れたノーヴェに情など欠片も持たぬ異形の怪物共は死を与えようと迫る。
向けられた砲門は死を連想させる黒き穴を覗かせ、寸分の狂いも無く少女に向けられた。
無数の砲弾が彼女を吹き飛ばすまで10秒とかかるまい。
喉元まで迫った死の気配に、ノーヴェは背筋に凄まじく冷たい感触を覚え涙した。
(ヤダ……死にたくない…)
透明な涙の雫が頬を伝い鮮血と交じり合って床に滴る。
いくら戦う為に生まれた戦闘機人とて感情もあれば恐れもする、取り分け“死”という生命保全の為の重大な要素に対する恐怖は大きい。
ノーヴェは逃れ難い死の予感に涙しながら力なく救いを求めた。
「助けて…チンク姉………グレイヴ…」
その言葉の残響が空気に溶けるのとオーグマンが砲火を放つのはまったくの同時だった。
燃焼・気化した推進剤が宙に白い軌跡を残しながら無数のランチャーが射出、少女の身体を微塵に吹き飛ばそうと高速で迫る。
だがそのランチャーの雨がノーヴェに着弾するよりも早く、黒き影が躍った。
無数の弾頭が同時に炸裂し、施設の一角を地震のように震わせて凄まじい大爆発を起こす。
爆炎が燃え上がり、視界を覆うように濛々と煙があがる。いかに戦闘機人とてこれは過剰殺傷(オーバーキル)もいいところだ、死体など欠片も残ってはいまい。
殺戮に特化したオーグマンの思考は自然と自分達の勝利を確信する。
だが晴れた煙の向こうに見えたのは粉々になった骸ではなく、鈍色の頭蓋。
鋼鉄で作られ、数多の鉄火を詰め込んだ巨大な棺、死人が担ぐ最強の兵装がそこにあった。
不気味な髑髏のあしらわれた鋼の棺桶、死人用兵装“デス・ホーラー”が佇み、敵の集中砲火を断固として防ぎきったのだ。
そしてこの武器を扱う者などこの世でただ一人しかいない。
十字架の刻まれた黒いスーツ、彼の大きな背中に一命を取り留めたノーヴェが思わず呟いた。
「……グレイヴ」
ビヨンド・ザ・グレイヴ、最強の死人がそこに立ち棺を盾に少女を守っていた。
彼は軽く振り返るとノーヴェに優しい眼差しを向ける、それは見つめられるだけで心が芯から温かくなるようだった。
そしてグレイヴは目に前に盾代わりに突き立てたデス・ホーラーを振り上げていつものように背負うと、両手に構えた凶暴な二匹の番犬を敵に突きつける。
彼の隻眼には先ほどノーヴェに向けていた優しさなど欠片もない、あるのは壮絶な敵意と燃えるような怒り。
死人がその意思を込めて引き金を引けば、地獄の番犬が遠吠えを上げて口腔から弾丸を吐き出す。
銃声の歌が響き、銃弾の雨が降り注ぎ、オーグマン共を蹴散らす。
するとグレイヴとノーヴェの横合いから、ケルベロスの銃弾と交差するような形で閃光が駆け抜けた。
「オラオラ~! ナンバーズのお通りっすよ~!!」
なんとも陽気な声と共に、固有武装ライディングボードに乗った活発な少女、ナンバーズ11番ウェンディが現れてグレイヴを援護するように射撃攻撃を射出。
ケルベロスの銃弾と合わせて行われる十字砲火、そこにさらに巨大な閃光が貫く。
「ウェンディ、あんまり突っ込まないで。私達は後方支援なんだから」
後ろで結んだ長い髪を揺らした少女、ナンバーズ10番ディエチが長大な狙撃砲を撃ちながら姉妹にそう漏らした。
固有武装イノーメスカノンが閉所使用の為に出力調整されたエネルギー砲撃で正確無比な射撃を行いオーグマンを次々に砕く。
「はいはい、了解っすよ~♪」
ウェンディは軽く手を振りながら陽気に返事をする。
ディエチとウェンディ、二人の支援砲火は閃光の嵐とでも形容できそうな勢いで降り注ぎ、ケルベロスの咆哮と共に殲滅の宴を奏でた。
鋼鉄の被殻を持つ銃弾が、高エネルギーで構成された射撃が数多と放たれ敵を穿ち貫き破壊する。
狭い屋内で行われるこの掃射を逃れる事など叶う筈が無い、銃声とエネルギー弾の宴によって瞬く間にオーグマンの群れが掃討された。
「はい、掃除終了っす」
「敵影なし、オールクリア」
自分達の武装を肩に担ぎながらウェンディとディエチは周辺を見回した。
今まで敵がいた場所は多大な破壊の痕跡と煙そして砕け散った青白い結晶で満ちている。
オーグマンが死後に残す舞い散る結晶や砕けた床の塗装を踏み砕きながら、二人とその後ろに控えていた姉妹がノーヴェの元に駆け寄った。
「大丈夫かノーヴェ!?」
「チ…チンク姉ぇ…」
ポロポロと涙を流しながら顔をクシャクシャにしたノーヴェに隻眼の少女、ナンバーズ5番チンクが真っ先に近づいてその小さな胸に少女を抱きしめた。
「えぐっ…ぐすっ……チンク姉ぇ」
「姉が来たからもう大丈夫だ、そんなに泣くな」
チンクは優しくそう囁きながらノーヴェの赤い髪をそっと撫でてやる。
頭一つ分小さいチンクにノーヴェが抱きついて慰められているというのは、どこか奇妙な光景だった。
しかしまあ、この姉妹にとってはよくある姿に周りの姉妹もまた一時の平安を得る。
「ありゃりゃ、ノーヴェがすっかり泣き虫さんっすねぇ~」
「ノーヴェの泣き顔ってなんか可愛いねぇ~」
チンクに縋り付いて泣いているノーヴェの泣き顔を見てウェンディとセインがからかう様に笑う。
そんな彼女達に今まで泣きじゃくっていた少女は小さな姉から離れると、髪を逆立てて食って掛かった。
「う、うるせえ! 泣いてなんかいねえ!!」
「いや、いくらなんでも無理のある反論っすよ」
「っていうか、今も泣いてるし」
「うるせえうるせえ!! これはあれだ……ちょっと目にホコリが入ったんだよ!!」
「こりゃまた苦しい言い訳っすねぇ」
「言い訳になってないしねぇ?」
姉妹の物笑いの種にされて顔をトマトのように真っ赤にして怒るノーヴェ。だが彼女のそんな姿は陽気な姉と妹を余計に楽しませる。
「はいはい、そうっすねぇ~、ノーヴェは泣いてないっすねぇ~」
「よしよし、良い子良い子」
「バカにすんな~!」
ヤレヤレと言った具合に呆れた顔で小馬鹿にした様な事を言う二人にノーヴェが手をブンブン振り回して反論。
本人は本気で怒っているようだが、周りから見ればなんとも可愛らしいものだった。
そして、すっかりご立腹の彼女の頭をグレイヴが宥めるようにその大きな手で撫で始めた。
「……」
「なっ、撫でんなよ…」
ノーヴェの頬が今度は怒りではなく恥じらいで顔を赤く染まった。
比較的よくされている事とは言えど、子ども扱いされて頭を撫でられるなんて年頃の女の子には恥ずかしい。
さらに人前、それもやたらと自分をからかう能天気な姉妹の前ならばなおさらだった。
ウェンディとセインはそんな彼女をまたからかおうとするが、そこで一番年上の姉の言葉に中断させられる。
「こらお前達、あまりノーヴェをいじめるな」
「はいは~い」
「了解っす」
ウェンディとセインはチンクの言葉に諌められて冗談交じりに了承。ノーヴェはこれ以上からかわれずに済んでホッと胸を撫で下ろす。
チンクは戦いの場でも持ち前の陽気さを失わない姉妹の様子に僅かに安堵を得て緊張に固まっていた表情に少しだけ微笑を戻した。
だがそれも一瞬、すぐに心を戦闘用のそれにシフトする。
スカリエッティやウーノのいない今、彼女は現段階でのこの場の最高指揮者なのだ、感傷に浸る暇は無い。
チンク自身を含めここに集まったナンバーズは、セイン・セッテ・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディ、グレイヴを含め系七人。
彼女のその小さな肩にはこの七人の命が懸かっている、自然と形容し難いプレッシャーが重く圧し掛かる。
この窮地を脱する為の決断を迅速に、そして何より正確に導き出さねばならない。
「よし、ではこれから脱出の作戦を説明する」
チンクの立てた作戦は、この場で二手に別れ、敵の追撃に待ち伏せを行うチームと地下最深部の脱出用ポットを確保するチームになって進むというものである。
待ち伏せを行うチームは、長い一本道の通路の特性を生かして敵を遠距離から倒す為に射撃型であるディエチとウェンディ、中距離・近距離両戦闘が可能なノーヴェ。
そして中距離で優れた攻撃力を持ち、同時に彼女らを指揮する為にチンクが残り施設内のガジェットを集めるまで時間を稼ぐ。
ポットを確保するチームにはまずその能力で先に偵察するセイン、敵の伏兵や不測の事態を考えて単騎で最大火力のグレイヴと空間制圧力の高いセッテの三人。
以上がチンク組んだチーム編成と作戦である。
作戦内容と編成を簡単に伝えると、チンクは即座に各員に指示を飛ばした。
「ではまずセイン、ディープダイバーで先に潜行して様子を探れ」
「りょうか~い♪」
「くれぐれも気を付けろよ? 敵がどこに潜んでいるか分からないんだ」
「分かってるって。んじゃお先~」
セインは極めて明るくそう言うと、ウインクしながら彼女の能力であるディープダイバーを使って床下に潜っていった。
「ウェンディ、ディエチ、ノーヴェ、使えそうなものでバリケードを作れ。ガジェットが来るまでなんとしても持ち堪えるぞ」
「アイアイサ~♪」
「了解」
「うん、分かった」
チンクの指示に頷くウェンディ、ディエチ、ノーヴェ。三人はすぐに手ごろな合金製のドアや使えそうな資材でバリケードを築き始める。
そして残る二人にチンクは向き直った。
「セッテ、地下へのルートは…」
「把握済みです、問題ありません」
「そうか」
桃色の長髪にヘッドギアを装着した長身の少女、ナンバーズ7番セッテは極めて機械的にそう答える。
この非常時にもまるで動じず、常の冷静さを保っている彼女の様子に心中で感嘆しながらチンクは隣の死人に視線を移す。
彼もまたいつもと変わらぬ冷静さ、そして絶大の信頼を預けられる優しい隻眼でこちらを見つめていた。
「グレイヴ、セッテを頼むぞ」
「……」
死人は何も言わずにただ頷く。これ以上言葉などなくとも意思は伝わるから、ただ無言で瞳で答える。
グレイヴとセッテ、無口な二人はそのまま踵を返して地下最深部までのルートへと駆け出した。
チンクは暗闇に消える彼の背中に、僅かに憂いを込めた視線を向けていた。
「チンク姉?」
「は!? なんだ!?」
ノーヴェに突然声を掛けられてチンクが慌てて返事をする。彼女のそんな様子に、ノーヴェは不思議そうに首をかしげた。
「いやさ、ちょっと気になった事があってさ…」
「コホンッ、なんだ? 言ってみろ」
チンクはわざとらしく咳をしながら息を整えると、自分より幾らか背の高い妹を見上げるように向き直った。
そしてノーヴェの口からでた言葉が自身の心をまた深く切り裂くとも知らずに。
「みんなと一緒にいないドクターとかウーノ姉はどうしたんだよ? それとクア姉も」
その言葉に、チンクの隻眼が一瞬ひどく切なそうに細められた。
彼女は見た、スカリエッティとウーノの明確な死を。それを思い出せば、戦闘用に切り替えた筈の思考がまた悲しみに塗り潰される。
ありのままの事実を伝える事などできない、今ここでスカリエッティやウーノの死を知れば確実にナンバーズ全体に動揺が走る事は眼に見えていた。
チンクは他の姉妹にもしたようにその口から辛い真実を隠す為の嘘を吐く。
「ドクターとウーノは合流できなかったんだ……きっともう、先に脱出している」
「そうなんだ」
「ああ…」
悲しみに沈みそうな心に蓋をして、チンクはそう言った。
姉妹の中でも自分の事を心から慕っているノーヴェに嘘を言うのは良い気分ではない。
チンクはその小さな胸の内に僅かな苦悩を秘め、罪悪感にチクリと痛みを感じた。
そんな彼女にノーヴェが少し不満そうな顔で言葉を続ける。
「それは分かったんだけどさチンク姉……その…どうしてグレイヴと一緒に行くのがセッテだったんだよ?」
「ん? なにか問題でもあったか?」
「いやさ……別に…あたしでも良かったじゃん」
ノーヴェはうっすらと朱に染まった顔で小さく呟くようにそう言った。
彼女のその様子にチンクは思わず苦笑する。
「なんだ? もしかして羨ましかったのか? ノーヴェは随分とヤキモチ焼きだな」
「ち、違うよ! そんなんじゃないって!!」
チンクの言葉に、ノーヴェはさらに真っ赤になった顔を横に振って否定する。
少女はいつも優しい小さな姉の少しだけイジワルな言葉に大いに慌てた。
そしてその赤くなった顔を恥ずかしそうに俯けながら、ノーヴェはポツリと漏らす。
「だってさ……あたしグレイヴに守ってもらってばっかりで………あたしだってアイツの事…守ってあげたいよ」
「ノーヴェ……」
やはりこの子は優しい、チンクは心からそう思う。
普段は粗野でやたらと攻撃的な性格だが、その芯には姉妹の誰よりも優しくて思いやりのある心が宿っている。
今すぐ頭を撫でてやりたい、と思ったが今の状況と彼女と自分の身長差を考慮して残念ながら中止した。
「大丈夫だノーヴェ、お前にも守れるさ」
「本当に!?」
「ああ、ここでな」
「ここで?」
「ああ、ここでだ…」
チンクの言葉を理解できず、ノーヴェが首をかしげる。
その刹那、ウェンディとディエチの叫びにも似た大声が割って入った。
「チンク姉~! 敵さんが来たっすよ~!!」
「援護と観測お願い!」
「分かった」
チンクがそう答えながら二人の下に行けば、そこから一本道の長い通路の先に無数のオーグマンが見える。
幅15メートル前後の通路に溢れんばかりの数のオーグマンが、こちらに向かって怒涛の如く迫り来る。
皆の背には自然と冷たいものが流れた。
「ディエチ、ウェンディ! 応戦開始!!」
「りょ、了解」
「分かったっす」
「フロアを崩落させぬように威力に気をつけろ、撃ち漏らした敵は姉とノーヴェが倒す!」
小さな姉の凛々しい指揮に冷たく凍るような恐怖が溶けた。
ディエチとウェンディはそれぞれの武装を構え、その照準を迫り来る敵影へと重ねる。
引き絞られた引き金(トリガー)に応じて高エネルギーの弾頭がオーグマンへと放たれ、閃光が空気を切り裂いた。
光の嵐とでも形容できそうな二人の弾幕が舞い敵を貫き滅ぼす。
遮蔽物のない状況で回避する術などないそれに、次々にオーグマンの身体は崩壊し青白い結晶へと変わり果てる。
だがそれでも猛攻は止まらない、圧倒的な敵の物量、数の暴力によって遂に撃ちもらされた敵が弾幕を潜り抜けて近づいてきた。
オーグマン、デス・サイズがその鎌を振るって鮮血を求め迫り来る。
しかし、それを許さぬ隻眼の少女の刃が異形の眉間を穿つ。突き刺さった刃が炸裂しオーグマンの身体を散華させた。
「ノーヴェ、二人が撃ちもらした敵は私達で叩くぞ!」
「わ、分かった!」
弾幕の雨を潜り抜けた敵にチンクの投げるダガーナイフスティンガーと、ノーヴェの手甲ガンナックルの射撃が舞う。
応戦をしながら、チンクは先ほど言いかけた言葉を続けて漏らす。
「ノーヴェ、私たちはここからでもグレイヴを守れるんだ」
「え?」
「ここで私たちが稼いだ時間だけグレイヴ達を生かせる」
「あたしがここで戦うのも……グレイヴの事守ってるって事?」
「ああ、そうだ。だから…」
チンクは両手の指全てに挟んだ大量の刃を思い切り振りかぶり超高速の投擲術で投げ放つ。
彼女の投げた炸裂刃が舞い踊り、突き刺さり抉り敵を爆ぜ飛ばす。
羽織ったコートを翻し更なる刃をその内から引き抜き手に構えながら、隻眼の少女は眼前の敵に吼えた。
「ここは一歩も通さん!!」
澄んだ声の残響が爆音と砲声に混じり響き渡った。
△
施設の最深部、緊急時用に作られた地上射出用の脱出ポットの配置されたフロア。
そこの天井部に一本の指が突き出している。
カメラを内蔵した人の指、セインに内蔵された装備ペリスコープ・アイがフロアの安全を確認していた。
それなりの広さを有するフロア全域をカバーする事はできないが、気配がないと察してセインは安全であると判断する。
「よっと」
ディープダイバーの能力でフロアの天井を完全にすり抜けたセイン、はそのまま飛び降りて床に着地。
膝で上手く衝撃を干渉し、着地のショックを分散する完璧な着地を行いセインはフロアに下り立った。
周囲を眺めてもやはり敵の影も形も見当たらない、セインは安堵でふっと笑みを零す。
「よし、安全確認~♪ これなら最初っから皆をあたしが運んだ方が速かったじゃん…」
警戒を完全に解いたセインがそう言葉を漏らした刹那、彼女の言葉の残響と空気を切り裂くけたたましい音が木霊した。
それは紛れもない銃声。次いで彼女の感覚を襲ったのは衝撃、腹部に何かが打撃にも似た突き刺さるような違和感が生まれる。
そっと腹部を触ってみればヌルリとした感触がボディスーツ越しに手に伝わる。手のひらを見ればそこには生命の色、鮮やかな鮮血の赤に染まっている。
そして例え様の無い熱が背筋を駆け巡り脳に届いた。
「え? なに……これ?」
腹部を内側から焼くような未知の感覚にセインの口からそんな言葉が漏れた。
だが彼女の混乱など関係なく、続けてさらなる衝撃が腹部に走り、その身体を貫き鮮血を散らす。
セインの身体はあっけなく、崩れるように床に倒れ付した。
「いつっ!…うあぁぁあぁ…」
“痛い”と言ったつもりだったが言葉にならなかった。芯から湧き上がる燃えるような熱、痛みの奔流に腹から千切られるような錯覚すら感じる。
激痛と流血で力の入らぬ手足でセインが床の上で足掻き悶えた。
銃弾の衝撃と痛み、少女にとってそれはあまりに未知の感覚だった。
そして襲撃者はそんな彼女の様子を見ながら口元を僅かに歪めた声を漏らす。
「なるほど、ここで網を張っていて正解だったな」
巨大な十字架を持ち、ゴーグル上サングラスをかけた男が静かにそう呟いた。
狙撃の銃弾により血濡れで床上をのたうつ少女を、男は特になんの感慨もない濁った瞳でただ眺める。
「さて、都合良くエサができた、後続を歓迎する準備といくか…」
男、GUNG-HO-GUNSが一人チャペル・ザ・エバーグリーンの言葉に周囲に身を隠していた無数に青白い影が立ち上がる。
異形の化け物、オーグマンの群れがその身体を様々な武器へと形を変えていった……
続く。
最終更新:2008年08月07日 17:49